説明

防錆剤及び鉄筋コンクリート用鋼材の防錆構造

【課題】現場で簡単に防錆処理作業ができ、一定期間防錆効果を発揮し、またコンクリート付着を妨げず、しかも環境への影響が少ない鉄筋用防錆剤を提供する。
【解決手段】鉄筋コンクリート用の鋼材に塗布して用いられる防錆剤であって、アクリル樹脂を分散媒としての水に分散させたアクリル樹脂エマルジョンの水中に、フィチン酸が加えられていることを特徴とし、鉄表面から溶出する鉄イオンとフィチン酸とのキレート化合物によって被膜を形成し、さらにその上層にアクリル樹脂による被膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄筋コンクリート用の鋼材に使用される防錆剤及びこれを用いたび鉄筋コンクリート用鋼材の防錆構造に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、鉄筋コンクリートに用いる鉄筋の表面は、いわゆる黒皮と呼ばれる酸化鉄の緻密な不動態被膜で覆われて酸化されにくくなっているが、運搬時等において表面に傷が付きやすい。直ぐに施工すればよいが、工場出荷時から実際に施工されるまでのスパンが長く、施工業者や現場の資材置き場に保管されている間に、傷が付いた部分から赤錆が広がってしまう。そのため、施工時に赤錆を落とす作業が必要となり、作業者にとっては、余分な手間がかかるという問題があった。
【0003】
このような鉄筋の防錆対策として、従来から金属メッキによる防錆処理、無溶剤・粉体エポキシ樹脂塗装(海洋構造物)、シンナー等の有機溶剤系の簡易塗装等が知られている。
【0004】
しかしながら、金属メッキ処理は工場で行う必要があり、現場へ運搬する間での間の傷付きに対応できないし、コスト高となる。
【0005】
一方、塗装タイプの防錆剤は、現場でも防錆作業が可能であるが、粉体エポキシ樹脂塗装は高額な機器設備が必要で、また作業性も悪く、コストも嵩む。
【0006】
また、有機溶剤を使用するものは、VOC(揮発性有機化合物)規制等、環境問題を重視しなければならない。さらに、塗料の成分として、生体に障害や有害な影響を引き起こす内分泌攪乱物質が含まれないか、ナノ・レベルでの環境汚染も懸念される。
なお、その他の鉄筋の防錆技術としては、たとえば、特許文献1、2に記載されるようなものがある。
【特許文献1】特開2008−019143
【特許文献2】特開2007−254817
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、現場で簡単に防錆処理作業ができ、一定期間防錆効果を発揮でき、しかも環境への影響が少ない簡易な鉄筋コンクリート用鋼材の防錆剤及び鉄筋コンクリート用鋼材の防錆構造を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明は、鉄筋コンクリート用の鋼材に塗布して用いられる防錆剤であって、アクリル樹脂を水に分散させたアクリル樹脂エマルジョンの水中に、フィチン酸が加えられていることを特徴とする。
【0009】
本発明によれば、水溶性の防錆剤を鋼材に塗布すると、鋼材表面と防錆剤の接触部において、鉄表面から溶出する鉄イオンがフィチン酸と瞬時にキレート結合し、キレート化合物によって被覆され、酸化鉄や水酸化鉄の形成が防止されると共に、鉄イオンの溶出自体を防止することができる。
【0010】
さらに、アクリル樹脂エマルジョンの水分が蒸発,乾燥すると、フィチン酸と鉄のキレート化合物層の上に高分子のアクリル樹脂の被膜が強固に形成される。フィチン酸と鉄のキレート化合物の層だけでは物理的な強度は得られないが、アクリル樹脂被膜によって物理的な付着強度が得られる。
【0011】
また、アクリル樹脂エマルジョンだけでは、接触部において鉄イオンが溶出し、水酸化鉄、酸化鉄が生成されてしまうが、本発明ではフィチン酸が存在するので、そのキレート作用によって鉄イオンを補足し、酸化鉄の生成が防止される。
【0012】
また、本発明の防錆剤は水溶性で、無極性溶媒を使用していないので、環境に対する影響は小さい。また、防錆剤は一液性なので、作業がきわめて容易である。
【0013】
特に、鉄筋コンクリート用の鋼材の表面に黒皮が形成されている場合には、傷によって鉄地肌が露出した部分に、自動的にフィチン酸と鉄のキレート化合物による被膜が生成されるので、特に傷の部分を確認しなくても最適な防錆処理がなされる。黒皮の部分については、フィチン酸による保護層が形成されないが、鉄表面が、黒皮とアクリル樹脂によって二重に保護され、防錆効果を高めることができる。
【0014】
鋼材が鉄筋の場合、発錆は強度低下につながり、本発明の防錆剤を使用することにより、施工の信頼性を高めることができる。
また、アクリル樹脂がシラノール基を有していれば、無機材質である鋼材表面との付着力を増大させることができる。
アクリル樹脂は乳化用の親水基を有する自己乳化型とすれば、界面活性剤が不要となる。
また、アクリル樹脂の塗膜の造膜性を調節する可塑剤(たとえば、ブチセロソルブ)が含まれていれば、最適な造膜性を選択することができる。
【0015】
また、本発明の鉄筋コンクリート用鋼材の防錆構造は、アクリル樹脂鋼材の鉄地肌表面にフィチン酸が鉄イオンとキレート結合したキレート化合物被膜が形成され、該キレート化合物被膜を覆うように鋼材表面を被覆するアクリル樹脂被膜が形成されていることを特徴とする。
鋼材表面には黒皮が形成されており、キレート化合物被膜は黒皮が傷付いて露出する鉄地肌表面に形成されていることが好適である。
また、キレート化合物被膜とアクリル樹脂被膜は、アクリル樹脂を水に分散させたアクリル樹脂エマルジョンの水中に、フィチン酸が加えられた防錆剤の塗膜によって構成されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、防錆剤を鋼材に塗布すると、鉄地肌表面から溶出する鉄イオンがフィチン酸と瞬時にキレート結合し、鉄地肌表面はキレート化合物被膜によって被覆され、酸化鉄や水酸化鉄の形成が防止されると共に、鉄イオンの溶出自体を防止することができ、さらに、その上層にアクリル樹脂被膜が形成されるので、長期にわたって防錆効果を発揮することができる。
【0017】
また、一液性なので、現場で簡単に作業ができる。さらに、水溶性なので、有機溶媒に比べて環境への影響が小さい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に、本発明を図示の実施例に基づいて詳細に説明する。
図1は、本発明の実施例に係る防錆剤の概念構成を示している。
防錆剤10は、アクリル樹脂11を分散媒としての水12に分散させたアクリル樹脂エマルジョンの分散媒としての水中に、フィチン酸13が加えられていることを特徴とする。
【0019】
アクリル樹脂11は、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)、アクリロニトリル(CH2=CHCN)、アクリル酸エステル(CH=CHCOOR)、メタクリル酸エステル[CH=C(CH3)COOR]等のモノマーが単独、あるいは他のモノマーと複合して重合あるいは共重合して高分子鎖を形成したものので、その総称である。
【0020】
アクリル樹脂として、乳化用の親水基14を有する自己乳化型とし、界面活性剤を用いないソープフリーとすることが好ましい。もっとも、界面活性剤を用いるようにしてもよい。
【0021】
また、アクリル樹脂の高分子鎖にはシラノール基を有することが好ましい。そうすれば、無機質である鉄筋表面との付着性が向上する。
アクリル樹脂エマルジョンは、例えば、ヘンケルテクノロジーズジャパン社製、ヨドゾールAD130等を用いることができる。
【0022】
また、アクリル樹脂の皮膜の造膜性を調整するために、可塑剤(たとえばブチセロソルブ)を添加することが好適である。この可塑剤の量は3〜6
重量%程度が好ましい。
【0023】
フィチン酸13は、myo−イノシトールに6個のリン酸基が結合した化合物であり、鉄などの多くの金属イオンと接すると瞬時に強くキレート結合をする。水溶性の植物由来の酵素であり、玄米、大麦、トウモロコシ等に含まれる。フィチン酸13としては、たとえば、サンカイ化成株式会社のRP-3000(品名)を用いることができる。
【0024】
次に、本発明の防錆剤10の使用方法について説明する。
本発明の防錆剤10が使用される鋼材は、鉄筋コンクリートに用いられる鋼材である。たとえば、JIS規格の鉄筋(JIS G3112、G3117)、溶接金網(JIS G3551)、鋼材を使用したスペーサ等の規格品だけでなく、規格外のものを含め、鉄筋コンクリートに使用される各種鋼材が含まれる。鉄筋は、いわゆる棒鋼で、表面に凹凸が設けられた異形鉄筋、凹凸の無い丸棒等種々のものが含まれる。
【0025】
以下、図2に示すような、異形鉄筋を例にとって説明するものとする。
すなわち、この鉄筋100は、断面円形の鉄筋本体101の表面に長手方向に延びるリブ102と、鉄筋本体101の周方向に所定間隔を隔てて多数設けられる節103を有するもので、表面が黒皮で被覆されている。
【0026】
このような鉄筋100は、施工業者や施工現場の資材置き場に束ねて保管される。存置期間は、一般的には、数ヶ月程度にわたる。鉄筋103には、運搬途中で表面の黒皮が擦れあったりして傷が付いており、そのままにしていると、傷の部分から赤錆が発生し拡大していく。
【0027】
そこで、このように保管された現場において、本発明の防錆剤10を塗布する。塗布は、刷毛110で塗布してもよいし、スプレー111で噴霧するようにしてもよい。
【0028】
鉄筋100に水溶性の防錆剤10を塗布すると、傷付きによって鉄地肌が露出した部分において、鉄地肌表面と防錆剤10が接触し、鉄表面から溶出する鉄イオンがフィチン酸13と瞬時にキレート結合する。このキレート結合により生成されるキレート化合物の被膜21によって、鉄地肌表面が被覆され、酸化鉄や水酸化鉄の形成が防止されると共に、鉄イオンの溶出自体を防止することができる。傷の付いた部分には、自動的にフィチン酸13と鉄のキレート化合物による被膜21が生成されるので、作業者は傷付き部分を確認することなく、全体に塗布するだけでよい。
【0029】
さらに、アクリル樹脂エマルジョンの分散媒である水分が蒸発,乾燥すると、フィチン酸と鉄のキレート化合物層の被膜21の上に高分子のアクリル樹脂の被膜22が強固に形成される。フィチン酸と鉄のキレート化合物層の被膜21だけでは物理的な強度は得られないが、アクリル樹脂被膜22によって物理的に強固は付着強度が得られる。このように、防錆剤10を塗布した塗膜によって、キレート化合物被膜21とアクリル樹脂被膜22の二重構造の防錆構造が形成される。
【0030】
アクリル樹脂エマルジョンだけでは、接触部において鉄イオンが溶出し、水酸化鉄、酸化鉄が生成されてしまうが、本発明ではフィチン酸13が存在するので、そのキレート作用によって鉄イオンを補足し、酸化鉄の生成が防止される。
【0031】
また、本発明の防錆剤10は水溶性で、基本的に無極性溶媒を使用していないので、環境に対する影響は小さい。ブチセロを使用する場合でもごく少量でよい。さらに、一液性なので、作業が容易で短時間で終了する。
【0032】
一方、傷の無い黒皮の部分については、フィチン酸による被膜は形成されないが、鉄表面が、黒皮とアクリル樹脂被膜22によって二重に保護され、防錆効果を高めることができる。
【0033】
鉄筋の発錆はコンクリートの強度低下につながり、本発明の防錆剤を使用することにより、施工の信頼性を高めることができる。
【0034】
図4(A)に、本発明の防錆剤を使用した鉄筋のコンクリートとの付着強度試験結果をグラフで示している。図4(B)は、比較例として、防錆剤を使用しない場合の付着強度試験結果のグラフである。
【0035】
使用した防錆剤は、アクリル樹脂エマルジョンとして、ヘンケルテクノロジーズジャパン社製のヨドゾールAD130(商品名)、フィチン酸は、サンカイ化成株式会社製のRP-3000(品名)を用いた。ヨドゾールAD130の固形分 52重量%、精製水 5重量%、フィチン酸 5重量%、可塑剤 4重量%である。
【0036】
粘度は500mPa・s程度に調製し、PHは8.5、平均粒子径は0.13μm、比重は1.15である。
アクリル樹脂皮膜22の密着強度は、38kg/cm、クロスカット試験(100/100)で剥離はなく、硬度は鉛筆硬度で、Hであった。
【0037】
一方、図4の試験に用いる試験体として、防錆剤を塗布した鉄筋と塗布しない鉄筋について、それぞれその一端を型枠に入れてコンクリートを流し込み、図3に示すような直方体形状のコンクリートブロック201よりなる試験体200を3つずつ作成した。これら試験体200を、試験機に取り付け、引っ張り荷重を加えて鉄筋100の自由端のすべり量を測定した。
【0038】
試験の結果、図4に示されるとおり、本発明の防錆剤が塗布したままコンクリートが付着した状態でも、すべり量と付着応力度の関係は、防錆剤を塗布していない鉄筋と同程度であった。すなわち、すべり量が0.04mmでの付着応力度を比較すると、防錆剤塗布鉄筋は平均2.4N/mm、無塗布鉄筋では、2.8N/mm工、最大付着応力を比較すると、防錆剤塗布鉄筋は、平均16.2N/mmに対して、無塗布鉄筋では16.0N/mmと、同程度であり、塗布したまま施工しても強度上の問題が無いと思量される。したがって、施工時に塗布膜を除去する必要が無いことがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】図1は本発明の防錆剤の概念図である。
【図2】図2(A)乃至(C)は本発明の防錆剤が適用される鉄筋を示すもので、(A)は部分平面図、(B)は部分正面図、(C)は側面図、図2(D)及び(E)は鉄筋の防錆剤塗布状態と乾燥硬化状態を模式的に示す部分拡大断面図である。
【図3】図3は試験体の部分斜視図である。
【図4】図4(A)は本発明の防錆剤が塗布された試験体の付着応力度とすべり量の関係を示すグラフ、(B)は防錆剤が無塗布の試験体の付着応力度とスすべり量の関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0040】
10 防錆剤
11 アクリル樹脂
12 水
13 フィチン酸
100 鉄筋
101 鉄筋本体、102 リブ、103 節
110 刷毛、111 スプレー
21 キレート化合物による被膜
22 アクリル樹脂被膜
200 試験体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄筋コンクリート用の鋼材に塗布して用いられる防錆剤であって、
アクリル樹脂を水に分散させたアクリル樹脂エマルジョンの水中に、フィチン酸が加えられていることを特徴とする防錆剤。
【請求項2】
鋼材表面には黒皮が形成されている請求項1に記載の防錆剤。
【請求項3】
鋼材は鉄筋である請求項1または2に記載の防錆剤。
【請求項4】
アクリル樹脂はシラノール基を有している請求項1又は2に記載の防錆剤。
【請求項5】
アクリル樹脂は乳化用の親水基を有する自己乳化型である請求項1乃至4のいずれかの項に記載の防錆剤。
【請求項6】
アクリル樹脂の塗膜の造膜性を調節する可塑剤が含まれている請求項1乃至5のいずれかの項に記載の請求項1乃至5のいずれかの項に記載の防錆剤。
【請求項7】
鋼材の鉄地肌表面にフィチン酸が鉄イオンとキレート結合したキレート化合物被膜が形成され、該キレート化合物被膜を覆うように鋼材表面を被覆するアクリル樹脂被膜が形成されていることを特徴とする鉄筋コンクリート用鋼材の防錆構造。
【請求項8】
鋼材は鉄筋である請求項7に記載の鉄筋コンクリート用鋼材の防錆構造。
【請求項9】
鋼材表面には黒皮が形成されており、キレート化合物被膜は黒皮が傷付いて露出する鉄地肌表面に形成されている請求項7又は8に記載の鉄筋コンクリート用鋼材の防錆構造。
【請求項10】
キレート化合物被膜とアクリル樹脂被膜は、アクリル樹脂を水に分散させたアクリル樹脂エマルジョンの水中に、フィチン酸が加えられた防錆剤の塗膜によって構成されている請求項7、8又は9に記載の鉄筋コンクリート用鋼材の防錆構造。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−138442(P2010−138442A)
【公開日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−315069(P2008−315069)
【出願日】平成20年12月10日(2008.12.10)
【出願人】(508363502)株式会社カナコウエンジニアリング (1)
【Fターム(参考)】