説明

陽イオン交換膜、水素イオン選択透過膜および酸回収方法

【課題】従来に比べ高濃度の酸を効率的に回収できる陽イオン交換膜ならびに水素イオン選択透過膜、および酸回収方法を提供する。
【解決手段】X線元素分析器を用いて測定された、陽イオン交換膜の厚さ方向における硫黄元素のX線強度分布において、陽イオン交換膜の厚さ方向の中央部付近に現れる極小値(Smin)と、陽イオン交換膜の一方の表面付近に現れる第1の極大値(Smax1)および陽イオン交換膜の他方の表面付近に現れる第2の極大値(Smax2)の平均値(Smax)との比(Smin/Smax)が、0.2〜0.8である陽イオン交換膜を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気透析法による酸回収に用いる陽イオン交換膜ならびに水素イオン選択透過膜、および陽イオン交換膜または水素イオン選択透過膜を用いた電気透析法による酸回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素イオン選択透過膜および陰イオン交換膜を陽極と陰極との間に交互に配置して脱酸室と酸濃縮室とが交互に形成された電気透析槽の脱酸室に、酸を含む廃液(以下、廃酸と記す。)を供給し、陽極と陰極との間に通電することによって、酸濃縮室から濃縮酸を回収する方法が提案されている(特許文献1)。水素イオン選択透過膜は、陽イオン交換膜の片面に陰イオン交換層を設けた複合イオン交換膜であり、陰イオン交換層によって金属イオンを排除し、水素イオンを選択的に透過するものである。
【0003】
陽イオン交換膜としては、テトラフルオロエチレンに由来する単位と下式(u1)で表される単位とを有する共重合体からなる陽イオン交換樹脂を膜状にしたもの、スチレン−ジビニルベンゼン共重合体のベンゼン環にスルホ基を導入した陽イオン交換樹脂を膜状にしたもの等が知られている(特許文献1)。
【0004】
【化1】

【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3491352号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、従来の陽イオン交換樹脂を膜状にした陽イオン交換膜をベースにした水素イオン選択透過膜では、水素イオンを効率的に透過させるために陽イオン交換樹脂のイオン交換容量を高くすると、陽イオン交換樹脂の含水率が高くなってしまう。その結果、水素イオンとともに電気浸透水として水分子も多く透過してしまうため、濃縮酸の酸濃度を充分に高くできない問題がある。
【0007】
本発明は、従来に比べ高濃度の酸を効率的に回収できる陽イオン交換膜ならびに水素イオン選択透過膜、および酸回収方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の陽イオン交換膜は、X線元素分析器を用いて測定された、陽イオン交換膜の厚さ方向における硫黄元素のX線強度分布において、陽イオン交換膜の厚さ方向の中央部付近に現れる極小値Sminと、陽イオン交換膜の一方の表面付近に現れる第1の極大値Smax1および陽イオン交換膜の他方の表面付近に現れる第2の極大値Smax2の平均値Smaxとの比(Smin/Smax)が、0.2〜0.8であることを特徴とする。
【0009】
本発明の陽イオン交換膜は、(i)膜状のポリマーに、スルホ基またはその前駆体基を有するモノマーを、放射線グラフト重合法によってグラフト重合させ、前駆体基を有する場合はこれをスルホ基に変換して得られた陽イオン交換膜、または(ii)膜状のポリマーに、スルホ基またはその前駆体基を導入可能な部位を有するモノマーを、放射線グラフト重合法によってグラフト重合させた後、スルホ基またはその前駆体基を導入可能な部位にスルホ基またはその前駆体基を導入し、前駆体基を導入した場合はこれをスルホ基に変換して得られた陽イオン交換膜であって、下式(1)によって求めたグラフト率が、2〜20モル%であることが好ましい。
dg=m/m×100 ・・・(1)。
ただし、dgは、グラフト率[モル%]であり、mは、膜状のポリマーを構成するモノマー単位のモル数であり、mは、膜状のポリマーにグラフト重合させた、スルホ基またはその前駆体基を有するモノマーのモル数である。
【0010】
本発明の水素イオン選択透過膜は、本発明の陽イオン交換膜からなる陽イオン交換層と、陰イオン交換層とを有することを特徴とする。
本発明の酸回収方法は、本発明の陽イオン交換膜または本発明の水素イオン選択透過膜と、陰イオン交換膜とを用いた電気透析法によって、酸を含む溶液から濃縮酸を回収することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明の陽イオン交換膜ならびに水素イオン選択透過膜、および酸回収方法によれば、従来に比べ高濃度の酸を効率的に回収できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の酸回収方法に用いる電気透析槽の一例を示す概略図である。
【図2】例1の陽イオン交換膜の厚さ方向における硫黄元素のX線強度分布である。
【図3】例4の陽イオン交換膜の厚さ方向における硫黄元素のX線強度分布である。
【図4】例16の陽イオン交換膜の厚さ方向における硫黄元素のX線強度分布である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書において、モノマーは、ラジカル重合性の官能基を有する化合物を意味する。 本明細書において、(モノマー)単位とは、モノマーが重合することによって形成された該モノマーに由来する単位を意味する。単位は、重合反応によって直接形成された単位であってもよく、ポリマーを処理することによって該単位の一部が別の構造に変換された単位であってもよい。
本明細書において、(メタ)アクリレートは、アクリレートまたはメタクリレートを意味する。
【0014】
<陽イオン交換膜>
(硫黄元素のX線強度分布)
本発明の陽イオン交換膜は、X線元素分析器を用いて測定された、陽イオン交換膜の厚さ方向における硫黄元素のX線強度分布において、陽イオン交換膜の厚さ方向の中央部付近に現れる極小値(Smin)と、陽イオン交換膜の一方の表面付近に現れる第1の極大値(Smax1)および陽イオン交換膜の他方の表面付近に現れる第2の極大値(Smax2)の平均値(Smax)との比(Smin/Smax)は、0.2以上であり、0.3以上が好ましく、0.35以上がより好ましい。また、Smin/Smaxは、0.8以下であり、0.7以下が好ましく、0.65以下がより好ましい。
【0015】
min/Smaxが小さすぎると、陽イオン交換膜の厚さ方向の中央部付近におけるモノマーのグラフト重合が不充分であるため、陽イオン交換膜のイオン交換容量が不充分となり、陽イオン交換膜の抵抗が上昇し、陽イオン交換膜としての機能を充分に発揮できない。Smin/Smaxが大きすぎると、陽イオン交換膜の厚さ方向の中央部付近におけるスルホ基の量が多くなり、電気浸透水量が多くなり、濃縮酸の酸濃度を充分に高くできない。
【0016】
min/Smaxが0.2〜0.8である陽イオン交換膜は、放射線グラフト重合法によって膜状のポリマーの両表面付近に優先的にモノマーをグラフト重合させ、かつdgを2〜20モル%に調整することによって得ることができる。該手法によれば、目的とする回収酸濃度に適合した陽イオン交換膜を容易に製造することができる。
【0017】
(製造方法)
放射線グラフト重合法によって膜状のポリマーの両表面付近に優先的にモノマーをグラフト重合させる製造方法によれば、目的とする回収酸濃度に適合した陽イオン交換膜を容易に製造することができる。該方法によって得られる本発明の陽イオン交換膜としては、下記の2つのものが挙げられる。
(i)膜状のポリマーに、スルホ基またはその前駆体基を有するモノマーを、放射線グラフト重合法によってグラフト重合させ、前駆体基を有する場合はこれをスルホ基に変換して得られた陽イオン交換膜。
(ii)膜状のポリマーに、スルホ基またはその前駆体基を導入可能な部位を有するモノマーを、放射線グラフト重合法によってグラフト重合させた後、スルホ基またはその前駆体基を導入可能な部位にスルホ基またはその前駆体基を導入し、前駆体基を導入した場合はこれをスルホ基に変換して得られた陽イオン交換膜。
【0018】
(膜状のポリマー)
膜状のポリマーは、ポリマーを膜状(フィルム、シート、塗膜等)に成形したものである。
ポリマーとしては、ポリオレフィン、フッ素樹脂、ポリ塩化ビニリデン、ポリスルホン、ナイロン、ポリエステル等が挙げられ、疎水性が高く、得られる陽イオン交換膜における水分子の透過性が抑えられる点から、ポリオレフィン、フッ素樹脂が好ましい。
【0019】
ポリオレフィンとしては、高圧法低密度ポリエチレン、直鎖状低密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、ポリプロピレン、プロピレン−エチレンブロック共重合体;ポリエチレン、ポリプロピレン等にエチレンプロピレンゴム、EPDM等を分散させたポリオレフィン系熱可塑性エラストマー等が挙げられる。
【0020】
フッ素樹脂としては、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン−ペルフルオロ(アルキルビニルエーテル)共重合体、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、ポリクロロトリフルオロエチレン、エチレン−クロロトリフルオロエチレン共重合体、ポリフッ化ビニリデン、ポリフッ化ビニル等が挙げられる。
【0021】
膜状のポリマーの厚さは、10〜200μmが好ましく、20〜150μmがより好ましい。膜状のポリマーの厚さが10μm以上であれば、膜状のポリマーの取り扱い性がよく、また、得られる陽イオン交換膜における水分子の透過性が抑えられる。膜状のポリマーの厚さが200μm以下であれば、膜状のポリマーの厚さ方向の中央部付近にもモノマーを充分にグラフト重合できる。
【0022】
(スルホ基またはその前駆体基を有するモノマー)
スルホ基(−SOH)の前駆体基としては、−SO(ただしMはアルカリ金属イオンである。)、−SOR(ただしRはアルキル基等である。)、フルオロスルホニル基(−SOF)等が挙げられる。
【0023】
スルホ基を有するモノマーとしては、3−スルホプロピルメタクリレート酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパン−スルホン酸、2−メチル−2−プロペン−1−スルホン酸等が挙げられる。
スルホ基の前駆体基を有するモノマーとしては、ビニルスチレンスルホン酸ナトリウム、3−スルホプロピルメタクリレートカリウム、2−アクリルアミド−2−メチルプロパン−スルホン酸ナトリウム、2−メチル−2−プロペン−1−スルホン酸ナトリウム等が挙げられる。
【0024】
(スルホ基またはその前駆体基を導入可能な部位を有するモノマー)
スルホ基またはその前駆体基を導入可能な部位としては、ベンゼン環、エポキシ基、メタクリレート誘導体、アクリルアミド誘導体等が挙げられる。
【0025】
スルホ基またはその前駆体基を導入可能な部位を有するモノマーとしては、ビニルスチレン、グリシジル(メタ)アクリレート、N,N’−メチレンビスアクリルアミド等が挙げられる。
【0026】
(放射線グラフト重合法)
放射線グラフト重合法は、ポリマーに放射線を照射することによってポリマー内にラジカルを発生させ、該ラジカルを開始点としてモノマーをグラフト重合させる方法である。
放射線としては、電子線、紫外線、X線、α線、β線、γ線等が挙げられる。
【0027】
放射線の照射は、分子状酸素の存在しない雰囲気下、すなわち不活性ガス(窒素ガス等)の雰囲気下に行うことが好ましい。
放射線の線量は、電子線の場合、5〜300kGyが好ましい。
【0028】
グラフト重合は、膜状のポリマーに、過剰または重合させる分のモノマーを含浸させた状態で行ってもよく、膜状のポリマーをモノマーの液中に浸漬した状態で行ってもよい。グラフト重合は、膜状のポリマーを、モノマーを溶媒に溶解した溶液中に浸漬した状態で行うことが好ましい。溶媒としては、トルエン、キシレン、ベンゼン、クロロベンゼン、クロロベンゼン誘導体、ジメチルスルホキシド、シクロヘキサン、ヘキサン、各種アルコール類、各種ケトン類、水等が挙げられる。
グラフト重合の際の温度は、4〜80℃が好ましい。
【0029】
(スルホ基またはその前駆体基の導入)
スルホ基またはその前駆体基を導入可能な部位にスルホ基またはその前駆体基を導入する方法としては、たとえば、下記の方法が挙げられる。
スルホ基またはその前駆体基を導入可能な部位がベンゼン環である場合は、放射線グラフト重合法によって得られたグラフトポリマーを、濃硫酸に浸漬する方法が挙げられる。
スルホ基またはその前駆体基を導入可能な部位がエポキシ基である場合は、放射線グラフト重合法によって得られたグラフトポリマーを、スルホ基導入剤の溶液に浸漬する方法が挙げられる。
【0030】
スルホ基導入剤としては、亜硫酸塩、またはエポキシ基と反応し得る官能基を有するアルキルスルホン酸塩が挙げられる。
亜硫酸塩としては、亜硫酸ナトリウム、亜硫酸カリウム、亜硫酸アンモニウム、亜硫酸水素ナトリウム等が挙げられる。
エポキシ基と反応し得る官能基としては、チオール基、アミノ基等が挙げられる。
エポキシ基と反応し得る官能基を有するアルキルスルホン酸塩としては、2−メルカプトエタンスルホン酸ナトリウム、3−メルカプト−1−プロパンスルホン酸ナトリウム、アミノメタンスルホン酸、2−アミノエタンスルホン酸、3−アミノ−1−プロパンスルホン酸等が挙げられる。
【0031】
(スルホ基の前駆体基のスルホ基への変換)
スルホ基の前駆体基は、スルホ基(−SOH)に変換する。
スルホ基の前駆体基が−SOである場合は、塩型の陽イオン交換膜を酸性化合物の水溶液に浸漬して酸型化する方法が挙げられる。
スルホ基の前駆体基が−SORまたは−SOFである場合は、陽イオン交換膜をアルカリ性化合物の水溶液に浸漬し、加水分解して−SOに変換し、ついで酸性化合物の水溶液に浸漬して酸型化する方法が挙げられる。
酸性化合物としては、硫酸、塩酸等が挙げられる。
塩基性化合物としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等が挙げられる。
【0032】
(グラフト率)
本発明の陽イオン交換膜においては、下式(1)によって求めたグラフト率(dg)が、2〜20モル%であることが好ましい。
dg=m/m×100 ・・・(1)。
ただし、dgは、グラフト率[モル%]であり、mは、膜状のポリマーを構成するモノマー単位のモル数であり、mは、膜状のポリマーにグラフト重合させた、スルホ基またはその前駆体基を有するモノマーのモル数である。
【0033】
dgが2モル%未満では、陽イオン交換膜のイオン交換容量が不充分となり、膜の抵抗も上がるため、陽イオン交換膜としての機能を充分に発揮できないおそれがある。dgが20モル%を超えると、電気浸透水量が多くなり、濃縮酸の酸濃度を充分に高くできないおそれがある。dgは、4〜18モル%が好ましい。
【0034】
は、放射線グラフト重合法に用いた膜状のポリマーの乾燥質量(W)を、ポリマーを構成するモノマー単位の分子量(M)(モノマー単位が複数の場合は、各モノマー単位のモル分率を加味した平均分子量)で除すことによって求める。
は、放射線グラフト重合法によって得られたグラフトポリマーの乾燥質量(W)から、放射線グラフト重合法に用いた膜状のポリマーの乾燥質量(W)を引いた質量(W−W)、すなわちグラフト鎖の乾燥質量を、グラフト鎖を構成するモノマー単位の分子量(M)(モノマー単位が複数の場合は、各モノマー単位のモル分率を加味した平均分子量)で除すことによって求める。
【0035】
(イオン交換容量)
本発明の陽イオン交換膜のイオン交換容量(Q)は、1〜8ミリ当量/g乾燥樹脂が好ましく、2.5〜6ミリ当量/g乾燥樹脂がより好ましい。
Qが小さすぎると、膜抵抗が高くなり、陽イオン交換膜としての機能を充分に発揮できない。Qが大きすぎると、陽イオン交換膜としての静的輸率が低下するため、電流効率が低下してしまう。
【0036】
Qは、(i)の陽イオン交換膜の場合は、下式(2−1)によって求める。
Q={(W−W)/M}/W×10 ・・・(2−1)。
ただし、Wは、放射線グラフト重合法に用いた膜状のポリマーの乾燥質量であり、Wは、放射線グラフト重合法によって得られたグラフトポリマーの乾燥質量であり、Mは、グラフト鎖を構成するモノマー単位の分子量である。
【0037】
Qは、(ii)の陽イオン交換膜の場合は、下式(2−2)によって求める。
Q={(W−W)/M}/W×10 ・・・(2−2)。
ただし、Wは、放射線グラフト重合法によって得られたグラフトポリマーの乾燥質量であり、Wは、陽イオン交換膜の乾燥質量であり、Mは、スルホ基導入剤の分子量である。
【0038】
(作用効果)
以上説明した本発明の陽イオン交換膜にあっては、X線元素分析器を用いて測定された、陽イオン交換膜の厚さ方向における硫黄元素のX線強度分布において、陽イオン交換膜の厚さ方向の中央部付近に現れる極小値(Smin)と、陽イオン交換膜の一方の表面付近に現れる第1の極大値(Smax1)および陽イオン交換膜の他方の表面付近に現れる第2の極大値(Smax2)の平均値(Smax)との比(Smin/Smax)が、0.2〜0.8であるため、下記の理由から従来に比べ高濃度の酸を効率的に回収できる。
【0039】
min/Smaxが0.2〜0.8であることによって、陽イオン交換膜の厚さ方向における硫黄元素のX線強度分布、すなわち陽イオン交換膜の厚さ方向におけるスルホ基の分布において、厚さ方向の中央部付近におけるスルホ基の量が、両表面付近のスルホ基の量よりも充分に少なくなる。
陽イオン交換膜の厚さ方向の中央部付近におけるスルホ基の量が、両表面付近のスルホ基の量よりも充分に少なくされていることによって、陽イオン交換膜のスルホ基の量を全体的に多くしても、スルホ基の量が少ない厚さ方向の中央部付近において水分子の透過性が抑えられる。その結果、陽イオン交換膜のイオン交換容量を比較的高くして水素イオンを効率的に透過させつつも、水分子の透過を抑えることができるため、高濃度の酸を効率的に回収できる。
【0040】
一方、Smin/Smaxが0.8を超え、1に近づくと、陽イオン交換膜の厚さ方向における硫黄元素のX線強度分布、すなわち陽イオン交換膜の厚さ方向におけるスルホ基の分布が均一に近づく。従来の陽イオン交換樹脂を膜状にした陽イオン交換膜においても、スルホ基の分布はほぼ均一である。
陽イオン交換膜の厚さ方向におけるスルホ基の分布が均一に近づくと、水素イオンを効率的に透過させるために陽イオン交換樹脂のイオン交換容量を高くした場合に、水素イオンとともに電気浸透水として水分子も多く透過してしまうため、濃縮酸の酸濃度を充分に高くできないとともに輸率も低下するため、電流効率の低下を来たす。
【0041】
<水素イオン選択透過膜>
本発明の水素イオン選択透過膜は、本発明の陽イオン交換膜からなる陽イオン交換層と、陰イオン交換層とを有するものである。
【0042】
(陽イオン交換層)
陽イオン交換層の厚さは、陽イオン交換層としての機能を充分に発揮させつつ、膜抵抗を低く抑える点から、3〜350μmが好ましく、10〜150μmがより好ましい。
【0043】
(陰イオン交換層)
陰イオン交換層は、たとえば、本発明の陽イオン交換膜の片面に、陰イオン交換樹脂の溶液を塗布し、乾燥することによって形成される。
【0044】
陰イオン交換樹脂としては、陰イオン交換基としてアミノ基を有する陰イオン交換樹脂が挙げられる。具体的には、ベースポリマーにアミノ基が導入されたものであり、より具体的には、ベースポリマーをハロアルキル化した後、アミノ化したものが挙げられる。
ベースポリマーとしては、ポリフェニレンオキサイド、ポリエーテルイミド、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリスルホン、これらの共重合体等が挙げられる。
【0045】
陰イオン交換層の厚さは、陽イオン交換層の厚さよりも薄くする。陰イオン交換層の厚さは、陰イオン交換層としての機能を充分に発揮させつつ、膜抵抗を低く抑える点から、1×10−3〜10μmが好ましく、1〜8μmがより好ましい。
【0046】
陰イオン交換層のイオン交換容量は、1〜4ミリ当量/g乾燥樹脂が好ましく、1.5〜3ミリ当量/g乾燥樹脂がより好ましい。イオン交換容量が低すぎると、膜抵抗が高くなる。イオン交換容量が高すぎると、水素イオンの選択透過性が低下する。
【0047】
(作用効果)
以上説明した本発明の水素イオン選択透過膜にあっては、陽イオン交換層として本発明の陽イオン交換膜を用いているため、上述した理由から従来に比べ高濃度の酸を効率的に回収できる。
【0048】
<酸回収方法>
本発明の酸回収方法は、本発明の陽イオン交換膜または本発明の水素イオン選択透過膜と、陰イオン交換膜とを用いた電気透析法によって、酸を含む溶液から濃縮酸を回収する方法である。
【0049】
具体的には、水素イオン選択透過膜および陰イオン交換膜を陽極と陰極との間に交互に配置して脱酸室と酸濃縮室とが交互に形成された電気透析槽の脱酸室に、廃酸を供給し、陽極と陰極との間に通電することによって、酸濃縮室から濃縮酸を回収する。
【0050】
(電気透析槽)
図1は、本発明の酸回収方法に用いる電気透析槽の一例を示す概略図である。電気透析槽10は、陽極12と陰極14との間に、水素イオン選択透過膜16を陽極12側に配置し、陰イオン交換膜18を陰極14側に配置して、陽極12と水素イオン選択透過膜16との間、および陰極14と陰イオン交換膜18との間に脱酸室20を形成し、水素イオン選択透過膜16と陰イオン交換膜18との間に酸濃縮室22を形成したものである。この際、水素イオン選択透過膜16は、陰イオン交換層が陽極12側に、陽イオン交換層が陰極14側になるように配置する。
【0051】
脱酸室20に、アルマイトを硫酸洗浄して得られた廃酸24を供給し、陽極12と陰極14との間に通電することによって、脱酸室20から酸濃縮室22へ水素イオン選択透過膜16を選択的に透過した水素イオンと、脱酸室20から酸濃縮室22へ陰イオン交換膜18を選択的に透過した硫酸イオンとが酸濃縮室22に集まり、酸濃縮室22から濃縮酸26が回収され、脱酸室20から脱酸液28が回収される。
【0052】
なお、酸回収方法に用いる電気透析槽は、図示例のものに限定されず、たとえば、水素イオン選択透過膜および陰イオン交換膜を2つ以上用い、脱酸室および酸濃縮室の数を増やすことによって、酸回収の効率を高めてもよい。
【0053】
(陰イオン交換膜)
陰イオン交換膜としては、公知の陰イオン交換膜を用いればよい。
【0054】
(作用効果)
以上説明した本発明の酸回収方法にあっては、本発明の陽イオン交換膜または本発明の水素イオン選択透過膜を用いているため、上述した理由から従来に比べ高濃度の酸を効率的に回収できる。
【0055】
本発明の陽イオン交換膜は、酸回収の他に中性塩の濃縮・脱塩等の用途にも使用することができる。
【実施例】
【0056】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの例によって限定されない。
例1、4、16、17、20は実施例であり、例26は比較例であり、例2、3、5〜15、18、19、21〜25は参考例である。
【0057】
(硫黄元素のX線強度分布)
陽イオン交換膜を0.5モル/Lの硫酸水溶液に6時間浸漬させ、純水で洗浄し、40℃で減圧乾燥した。エネルギー分散形X線元素分析器を備えた走査電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーズ社製、SU6600)を用い、陽イオン交換膜の断面を観察すると同時に、エネルギー分散形X線元素分析器によって、陽イオン交換膜の厚さ方向における硫黄元素のX線強度分布を測定した。
【0058】
(含水率)
陽イオン交換膜の含水率(H)は、下式(3)によって求めた。
=(W−W)/W×100 ・・・(3)。
ただし、Wは、酸回収用陽イオン交換膜の乾燥質量であり、Wは、酸回収用陽イオン交換膜を0.5モル/Lの硫酸水溶液に6時間浸漬させ、純水で洗浄した後の湿潤質量である。
【0059】
(電気浸透係数および濃縮酸の酸濃度)
図1に示す電気透析槽を用い、酸濃縮性能の評価を行った。
有効膜面積8.0cmの電気透析槽の陽極と陰極との間に、陽イオン交換膜を陽極側に配置し、陰イオン交換膜(旭硝子社製、SELEMION(登録商標)AAV)を陰極側に配置して、陽極と陽イオン交換膜との間、および陰極と陰イオン交換膜との間に脱酸室を形成し、陽イオン交換膜と陰イオン交換膜との間に酸濃縮室を形成した。
【0060】
モデル廃酸として0.5モル/Lの硫酸水溶液を用意した。25℃の硫酸水溶液を6.0cm/sの流束にて脱酸室に供給し、30mA/cmの電流密度にて陽極と陰極との間に通電した。60分間定常運転させ、酸濃縮室から濃縮酸を60分間回収した。水酸化ナトリウムを用いた中和滴定にて濃縮酸の酸濃度(C)を定量した。また、下式(4)から電気浸透係数を求めた。
φ=J/J
={(W−M/ρ)/18}/{(C/ρ)/1} ・・・(4)。
ただし、φは、電気浸透係数[−]であり、Jは、水分子の透過流束であり、Jは、水素イオンの透過流束であり、Wは、濃縮酸の質量であり、Mは、硫酸の分子量であり、ρは、濃縮酸の密度であり、18は、水分子の分子量であり、1は、水素イオンの分子量である。
【0061】
〔例1〜16〕
高密度ポリエチレンフィルム(タマポリ社製、厚さ:35μm、密度:0.94g/cm)を用意した。また、グリシジルメタクリレートをトルエンに溶解させ、10体積%のグリシジルメタクリレート溶液を調製した。
高密度ポリエチレンフィルム5.0cm×10cmに裁断した。高密度ポリエチレンフィルムに、窒素ガス雰囲気下において200kGyの線量の電子線を照射し、ラジカルを発生させた。高密度ポリエチレンフィルムを、40℃のグリシジルメタクリレート溶液に浸漬し、ラジカルを開始点としてグリシジルメタクリレートをグラフト重合させ、グラフトポリマーを得た。グラフト率(dg)は、グラフト重合の時間によって調整した。dgを表1に示す。
【0062】
亜硫酸ナトリウムの10質量部、2−プロパノールの15質量部および水の75質量部を混合し、亜硫酸ナトリウム溶液を調製した。
得られたグラフトポリマーを、80℃の亜硫酸ナトリウム溶液に96時間浸漬させ、グラフト鎖のエポキシ基に−SONaを導入し、塩型の陽イオン交換膜を得た。
得られた陽イオン交換膜を、0.5モル/Lの硫酸水溶液に6時間浸漬させ、−SONaを酸型化し、陽イオン交換膜を得た。
【0063】
陽イオン交換膜のイオン交換容量(Q)および含水率(H)を表1に示す。また、陽イオン交換膜の酸濃縮性能を評価した。電気浸透係数(φ)および濃縮酸の酸濃度(C)を表1に示す。
また、例1、例4および例16については、陽イオン交換膜の厚さ方向における硫黄元素のX線強度分布を測定した。結果をそれぞれ図2、図3および図4に示す。また、硫黄元素のX線強度分布から求めたSmin/Smaxを表1に示す。
【0064】
【表1】

【0065】
〔例17〜26〕
例1〜16と同様にしてグラフトポリマーを得た。dgは、グラフト重合の時間によって調整した。dgを表2に示す。
【0066】
2.0モル/Lのメルカプトエタンスルホン酸ナトリウム水溶液の10体積部、ジオキサンの80体積部および1.0モル/Lの水酸化ナトリウム水溶液の10体積部を混合し、メルカプトエタンスルホン酸ナトリウム溶液を調製した。
得られたグラフトポリマーを、80℃のメルカプトエタンスルホン酸ナトリウム溶液に96時間浸漬させ、グラフト鎖のエポキシ基に−SCSONaを導入し、塩型の陽イオン交換膜を得た。
得られた陽イオン交換膜を、0.5モル/Lの硫酸水溶液に6時間浸漬させ、−SONaを酸型化し、陽イオン交換膜を得た。
【0067】
陽イオン交換膜のQおよびHを表2に示す。また、陽イオン交換膜の酸濃縮性能を評価した。φおよびCを表2に示す。
また、例18、例20および例26については、陽イオン交換膜の厚さ方向における硫黄元素のX線強度分布を測定した。硫黄元素のX線強度分布から求めたSmin/Smaxを表2に示す。
【0068】
【表2】

【0069】
min/Smaxが0.2〜0.8である陽イオン交換膜は、陽イオン交換樹脂を単に膜状にした陽イオン交換層を有する市販の水素イオン選択透過膜よりも、φが低く、Cが高く、高濃度の酸を効率的に回収できることが確認された。
min/Smaxが0.8を超える陽イオン交換膜は、φが高く、Cが低く、電流効率も低下し、酸を効率的に回収できなかった。
【0070】
また、放射線グラフト重合法によって膜状のポリマーの両表面付近に優先的にモノマーをグラフト重合させ、かつdgを2〜20モル%に調整した陽イオン交換膜は、陽イオン交換樹脂を単に膜状にした陽イオン交換層を有する市販の水素イオン選択透過膜よりも、φが低く、Cが高く、高濃度の酸を効率的に回収できることが確認された。
dgが20モル%を超える陽イオン交換膜は、φが高く、Cが低く、電流効率も低下し、酸を効率的に回収できなかった。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の陽イオン交換膜ならびに水素イオン選択透過膜は、電気透析法の酸回収プロセスに用いる酸回収用陽イオン交換膜ならびに水素イオン選択透過膜として有用である。
【符号の説明】
【0072】
10 電気透析槽
12 陽極
14 陰極
16 水素イオン選択透過膜
18 陰イオン交換膜
20 脱酸室
22 酸濃縮室
24 廃酸
26 濃縮酸
28 脱酸液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線元素分析器を用いて測定された、陽イオン交換膜の厚さ方向における硫黄元素のX線強度分布において、陽イオン交換膜の厚さ方向の中央部付近に現れる極小値(Smin)と、陽イオン交換膜の一方の表面付近に現れる第1の極大値(Smax1)および陽イオン交換膜の他方の表面付近に現れる第2の極大値(Smax2)の平均値(Smax)との比(Smin/Smax)が、0.2〜0.8である、陽イオン交換膜。
【請求項2】
膜状のポリマーに、スルホ基を有するモノマーを、放射線グラフト重合法によってグラフト重合させて得られた陽イオン交換膜であって、
下式(1)によって求めたグラフト率が、2〜20モル%である、請求項1に記載の陽イオン交換膜。
dg=m/m×100 ・・・(1)。
ただし、dgは、グラフト率[モル%]であり、mは、膜状のポリマーを構成するモノマー単位のモル数であり、mは、膜状のポリマーにグラフト重合させた、スルホ基を有するモノマーのモル数である。
【請求項3】
膜状のポリマーに、スルホ基の前駆体基を有するモノマーを、放射線グラフト重合法によってグラフト重合させた後、前駆体基をスルホ基に変換して得られた陽イオン交換膜であって、
下式(1)によって求めたグラフト率が、2〜20モル%である、請求項1に記載の陽イオン交換膜。
dg=m/m×100 ・・・(1)。
ただし、dgは、グラフト率[モル%]であり、mは、膜状のポリマーを構成するモノマー単位のモル数であり、mは、膜状のポリマーにグラフト重合させた、スルホ基の前駆体基を有するモノマーのモル数である。
【請求項4】
膜状のポリマーに、スルホ基を導入可能な部位を有するモノマーを、放射線グラフト重合法によってグラフト重合させた後、スルホ基を導入可能な部位にスルホ基を導入して得られた陽イオン交換膜であって、
下式(1)によって求めたグラフト率が、2〜20モル%である、請求項1に記載の陽イオン交換膜。
dg=m/m×100 ・・・(1)。
ただし、dgは、グラフト率[モル%]であり、mは、膜状のポリマーを構成するモノマー単位のモル数であり、mは、膜状のポリマーにグラフト重合させた、スルホ基を有するモノマーのモル数である。
【請求項5】
膜状のポリマーに、スルホ基の前駆体基を導入可能な部位を有するモノマーを、放射線グラフト重合法によってグラフト重合させた後、スルホ基の前駆体基を導入可能な部位にスルホ基の前駆体基を導入し、前駆体基をスルホ基に変換して得られた陽イオン交換膜であって、
下式(1)によって求めたグラフト率が、2〜20モル%である、請求項1に記載の陽イオン交換膜。
dg=m/m×100 ・・・(1)。
ただし、dgは、グラフト率[モル%]であり、mは、膜状のポリマーを構成するモノマー単位のモル数であり、mは、膜状のポリマーにグラフト重合させた、スルホ基の前駆体基を有するモノマーのモル数である。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の陽イオン交換膜からなる陽イオン交換層と、陰イオン交換層とを有する、水素イオン選択透過膜。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれかに記載の陽イオン交換膜または請求項6に記載の水素イオン選択透過膜と、陰イオン交換膜とを用いた電気透析法によって、酸を含む溶液から濃縮酸を回収する、酸回収方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−189223(P2011−189223A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−54979(P2010−54979)
【出願日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【出願人】(390005407)AGCエンジニアリング株式会社 (14)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】