説明

陽子線治療におけるポジトロン放出核種のアクティビティ分布のシミュレーション方法

【課題】陽子線を用いた治療において、実臨床で利用可能な程度に高速且つ高精度なポジトロン放出核種分布のシミュレーション方法を提供する。
【解決手段】特定の人体組織の構成元素を含む標準物質に陽子線を照射することにより生成されたポジトロン放出核種のアクティビティ分布の実測値を得て、当該実測値を用いて前記人体組織の各構成元素のポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算し、得られたアクティビティ分布の計算値を用い、前記人体組織の元素組成比に基づいて前記人体組織に陽子線を照射した場合のポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人体に陽子線を照射することなくポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算することが可能な陽子線治療におけるポジトロン放出核種のアクティビティ分布のシミュレーション方法に関する。
【背景技術】
【0002】
患者(被照射体)の病変部(ターゲット)に、荷電粒子線や光子線等の放射線を照射して、その治療を行う放射線治療装置の1種である陽子線治療装置が知られている。この陽子線治療装置は、線形加速器(リニアック)、サイクロトロン、シンクロトロン等の加速器を用いて多数のプロトンを加速し、束になって流れている状態のプロトン(陽子線)をターゲットに照射するものである。陽子線は線量集中性に優れており、ターゲット以外の部分への照射線量を減少させることができるので、安全性の高い放射線治療装置として注目されている。
【0003】
近年、医療現場のニーズに応えるために様々な陽子線治療装置が開発されており、先に本願発明者らは、被照射体の重要臓器、脳幹、視神経、脊髄等へ照射する際の悪影響を最小限に抑えることができる、陽子線回転ガントリーポートにBeam on−line PET system(Beam on−line PET system mounted on a rotating gantry port:BOLPs−RGp)を設置した陽子線治療装置(以下、『BOLPs装置』という)を開発した(例えば、非特許文献1参照)。このBOLPs装置は、ターゲットに照射する陽子線に含まれるプロトンと、酸素、炭素、窒素、カルシウム等の人体組織の構成元素(以下、『人体構成元素』という)の原子核との原子核破砕反応によって生成されたポジトロン放出核種の消滅γ線を検出し、検出された消滅γ線を用いてポジトロン放出核種の強度分布(アクティビティ分布)を作成することで、被照射体の体内における陽子線照射領域(アクティビティ画像)を可視化して、陽子線の照射精度を向上させたものである。
【0004】
かかるBOLPs装置を用いて治療を行う場合には、ターゲットである腫瘍等の形状や位置に応じて絶対線量、線量分布、照射位置等を含めた治療計画を立案する必要があり、この計画に従うことで精度良くターゲットに陽子線を照射することができる。臨床現場では、実測されたポジトロン放出核種のアクティビティ分布の形状変化を相対的に比較することで、計画された陽子線の線量分布の精度を保証する"相対的手法"が取られている。即ち、初回の治療で得られたBOLPs装置によるアクティビティ画像(リファレンス)と、日々の治療で得られたアクティビティ画像との分布形状を比較・観察して時間の経過と共に変化するターゲットに合わせて治療計画を変更し、ターゲットへ的確に陽子線が照射されているか、重要臓器への線量投与は問題ないか等の各項目を確認し、治療期間中での照射精度が担保されている。
【0005】
一方、実測されたポジトロン放出核種のアクティビティ分布を用いて計画された陽子線の線量分布の精度を検証するためには、この線量分布からポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算する必要がある。従来、これを実施するためには、プロトンと人体構成元素の原子核との反応率を示す値(反応断面積)を用い、モンテカルロ法等に組み込んで計算するしか方法が無かった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Teiji Nishio, et al. "Dose−volume delivery guided proton therapy using beam on−line PET system", Am. Assoc. Phys. Med., 2006, 33(11), p4190−4197.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記従来技術では、陽子線のエネルギーおよび生成されたポジトロン放出核種に依存する反応断面積を必要とするところ、プロトンと人体構成元素の原子核との原子核破砕反応において生成されるポジトロン放出核の種類およびその生成確率(反応チャンネル)が不明であるので、反応断面積を決定することは非常に困難であった。
【0008】
また、モンテカルロ法は乱数を利用する統計的な計算方法であるため、ポジトロン放出核種の反応チャンネルをそれぞれ決定することができたとしても、反応断面積の計算に少なくとも数時間を要してしまい、実臨床における治療ルーチンの中で利用することは不可能であった。
【0009】
本発明は、上記従来技術の有する問題点に鑑みなされたものであり、その目的とするところは、陽子線を用いた治療において、実臨床で利用可能な程度に高速且つ高精度なポジトロン放出核種分布のシミュレーション方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の上記目的は、下記の手段によって達成される。
【0011】
(1)すなわち、本発明は、特定の人体組織の構成元素を含む標準物質に陽子線を照射することにより生成されたポジトロン放出核種のアクティビティ分布の実測値を得る第1のステップと、前記第1のステップで得られた前記実測値を用いてペンシルビーム法により前記人体組織に陽子線を照射した場合のポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算する第2のステップと、を有することを特徴とする、陽子線治療におけるポジトロン放出核種のアクティビティ分布のシミュレーション方法である。
【0012】
(2)本発明はまた、前記第1のステップで得られた前記実測値を用いて、前記人体組織の各構成元素のポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算する第3のステップをさらに有し、前記第2のステップは、前記第3のステップで得られた前記人体組織の各構成元素のポジトロン放出核種のアクティビティ分布を用い、前記人体組織の元素組成比に基づいて前記人体組織に陽子線を照射した場合のポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算することを特徴とする、(1)に記載の陽子線治療におけるポジトロン放出核種のアクティビティ分布のシミュレーション方法である。
【0013】
(3)本発明はまた、前記人体組織は、肝臓、脂肪組織、軟部組織、肺、筋肉、骨、脳、血液、皮膚、乳房または前立腺である、(1)または(2)に記載の陽子線治療におけるポジトロン放出核種のアクティビティ分布のシミュレーション方法である。
【0014】
(4)本発明はまた、前記構成元素は、炭素、窒素、酸素、カルシウム、リン、鉄、カリウム、硫黄、塩素、ナトリウムまたはマグネシウムである、(1)〜(3)の何れか1項に記載の陽子線治療におけるポジトロン放出核種のアクティビティ分布のシミュレーション方法である。
【0015】
(5)本発明はまた、炭素から生成されるポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算するための標準物質は、ポリエチレン、ポリプロピレン、ルサイトまたはグラファイトである、(2)に記載の陽子線治療におけるポジトロン放出核種のアクティビティ分布のシミュレーション方法である。
【0016】
(6)本発明はまた、窒素から生成されるポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算するための標準物質は、アンモニア水または液体窒素である、(2)に記載の陽子線治療におけるポジトロン放出核種のアクティビティ分布のシミュレーション方法である。
【0017】
(7)本発明はまた、酸素から生成されるポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算するための標準物質は、水、ゼラチンまたは氷である、(2)に記載の陽子線治療におけるポジトロン放出核種のアクティビティ分布のシミュレーション方法である。
【0018】
(8)本発明はまた、カルシウムから生成されるポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算するための標準物質は、酸化カルシウムまたはカルシウムである、(2)に記載の陽子線治療におけるポジトロン放出核種のアクティビティ分布のシミュレーション方法である。
【0019】
(9)本発明はまた、陽子線回転ガントリーポートにビームオンラインポジトロン断層画像システムを設置した陽子線治療装置を用いることを特徴とする、(1)〜(8)の何れか1項に記載の陽子線治療におけるポジトロン放出核種のアクティビティ分布のシミュレーション方法である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、特定の人体組織の構成元素を含む標準物質に陽子線を照射することにより生成されたポジトロン放出核種のアクティビティ分布の実測値を用いて、前記人体組織の各構成元素のポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算することにより、当該アクティビティ分布の計算値を利用して、前記人体組織に陽子線を照射した場合のポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算することができるので、陽子線を用いた治療におけるポジトロン放出核種分布のシミュレーションを実行することができる。
【0021】
また、本発明によれば、ポジトロン放出核種のアクティビティ分布を、実測した各深部線量分布からペンシルビーム法により算出することができ、従来のモンテカルロ法を用いる必要がなくなったので、計算時間を大幅に短縮することができる。また、実測した各深部線量分布を用いてポジトロン放出核種のアクティビティ分布を算出しているので、計算精度を低下させることなくポジトロン放出核種のアクティビティ分布を算出することができ、実臨床における治療ルーチンの中で利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本実施形態において用いられるBOLPs装置を示す図である。
【図2】原子核破砕反応により生成されるポジトロン放出核種から放出される消滅γ線の検出過程を示す概念図である。
【図3】BOLPs装置の実臨床での実施フローを示した図である。
【図4】水に対するペンシルビーム化した223MeVのMONOの陽子線線量分布とアクティビティ分布である。
【図5】人体の各組織を構成する主要元素とその比率および密度である。
【図6】陽子線照射によって体内で起こる原子核破砕反応チャンネルと生成されるポジトロン放出核種である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態を、図面を参照して詳細に説明する。なお、本実施形態では、BOLPs装置を用いて説明を行うが、陽子線照射に伴うポジトロン放出核種を検出することができれば、他の陽子線治療装置等が用いられてもよい。
【0024】
図1は、本実施形態において用いられるBOLPs装置を示す図である。図1に示すように、BOLPs装置10は、患者20(被照射体)の体内の腫瘍P(ターゲット)に対して陽子線を照射する装置である。BOLPs装置10は、回転ガントリ101(照射室)に取り付けられて治療台102(載置台)の回りに回転可能とされた陽子線照射部103を備え、また、回転ガントリ101に取り付けられて治療台102の回りに回転可能とされた一対のPETカメラ1041(第1の検出器、第2の検出器)を有するPET装置104を備えている。
【0025】
陽子線照射部103は、陽子線の照射方向Aに順に配列され、陽子線ビームを順に通過させてビームを整形する散乱体、リッジフィルタ、ファインディグレーダ、ブロックコリメータ、ボーラス、マルチリーフコリメータ、装置各部の駆動を制御する照射制御部等を備えている。これらの各装置が相互的に機能することにより、陽子線発生部として機能するサイクロトロンで発生し、輸送装置を通じて陽子線照射部103に送り込まれた陽子線を、腫瘍Pに対して照射することができる。
【0026】
PET装置104は、PETカメラ1041の他に、画像処理部、記録部、表示部等を備えている。画像処理部は、PETカメラ1041によって取得された画像情報に基づいて画像処理を行い、PET画像を構成する。記録部は、生成されたPET画像等を記録する。生成されたPET画像は、表示部により表示される。PETカメラ1041は、治療台102上の患者20の両側に配置され、消滅γ線を検出するものである。具体的には、患者20には腫瘍Pに集積する11Cメチオニン等の放射性薬剤が投与(注入)され、PETカメラ1041は、腫瘍P(放射性薬剤の到達位置)から発生する消滅γ線を検出する。PET装置104は、PETカメラ1041による消滅γ線の検出結果に基づいて腫瘍Pの位置を検出する照射目標位置検出手段として機能するものである。これにより、患者20に照射された陽子線に含まれるプロトンと腫瘍Pを構成する元素の原子核との原子核破砕反応によって生成されたポジトロン放出核種からの消滅γ線を検出することができる。そして、PETカメラ1041による消滅γ線の検出結果に基づいて実際に照射された陽子線の患者20の体内における到達位置を検出する陽子線到達位置検出手段として機能するものである。すなわち、図2に示すように、治療で用いる陽子線に含まれるプロトンと患者20の腫瘍Pを構成する元素の原子核との原子核破砕反応により体内中で生成されるポジトロン放出核種がβ崩壊により放出したポジトロンと電子との結合により放出された消滅γ線をPETカメラ1041が検出し、当該ポジトロン放出核種の強度分布(アクティビティ分布)を測定することで、患者20体内における実際の陽子線到達位置を検出することができる。
【0027】
図3は、BOLPs装置の実臨床での実施フローを示した図である。図3に示すように、PET装置においては、実測されたポジトロン放出核種のアクティビティ分布の形状変化を相対的に比較することで、計画された陽子線の線量分布の精度を保証する"相対的手法"が取られている(実施フロー(a)参照)。この手法において、ターゲットに陽子線を照射することにより実測されたポジトロン放出核種のアクティビティ分布を用いて計画された陽子線の線量分布の精度を検証するためには、この線量分布からポジトロン放出核種のアクティビティ分布をシミュレーションする必要がある(実施フロー(b)参照)。従来、この実施を行うためには、プロトンと人体構成元素の原子核との反応率を示す値(反応断面積)を用い、モンテカルロ法等に組み込んで計算するしか方法が無いとされていた。
【0028】
しかしながら、陽子線のエネルギーおよび生成されたポジトロン放出核種に依存する反応断面積を必要とするところ、プロトンと人体構成元素の原子核との原子核破砕反応において生成されるポジトロン放出核の種類およびその生成確率(反応チャンネル)が不明であるので、反応断面積を決定することは非常に困難である。また、モンテカルロ法は乱数を利用する統計的な計算方法であるため、ポジトロン放出核種の反応チャンネルをそれぞれ決定することができたとしても、反応断面積の計算に少なくとも数時間を要してしまい、実臨床における治療ルーチンの中での利用は不可能である。
【0029】
そこで、本発明においては、従来から陽子線の線量計算において利用されているペンシルビーム法を利用することを試み、図3の実施フロー(a)に実施フロー(b)を加えた、実臨床での利用を可能とする程度に高速且つ高精度な、ポジトロン放出核種分布のシミュレーション方法を完成させた。
【0030】
一般的な陽子線の線量計算は、計算精度と計算時間とのバランスが取れたペンシルビーム法を用いて行われる。この線量計算においては、陽子線を細いペンシル形状の線量分布として扱い、それを照射野内で複数にセグメント化した各々の微小領域に対して重畳積分することで、照射領域全体の線量分布計算を実施する。例えば、陽子線治療計画装置においては、水中でのビームエネルギー、拡大ブラッグピーク(Spread Out of Bragg Peak;SOBP)およびファインデグレーダ(FD)の各深部線量分布を実測により決定し、物質中での多重散乱効果の計算による、各深部点でビーム軸垂直平面内での2次元カーネル化により、SOBPペンシルビーム線量分布をデータ化して利用する。実測による深部線量分布を利用している理由は、この線量分布形状を計算のみで精度良く算出することが非常に困難なためである。
【0031】
本発明でも同様に、ポジトロン放出核種のアクティビティ分布のペンシルビーム化を、ビーム条件ごとにSOBPペンシルビームアクティビティ分布をデータ化することにより行う。図4は、水に対するペンシルビーム化した223MeVのMONOの陽子線線量分布とアクティビティ分布である。
【0032】
ここで、人体の各組織に含まれる元素の組成比は、図5に示すとおり既知である。したがって、BOLPs装置を利用して、炭素、窒素、酸素、カルシウム、リン、鉄、カリウム、硫黄、塩素、ナトリウム、マグネシウム等の人体構成元素の原子をそれぞれ含む物質(標準物質)のポジトロン放出核種のアクティビティ分布の実測値を得て、当該実測値を用いて各構成元素のポジトロン放出核種のアクティビティ分布を算出することにより、当該各構成元素のポジトロン放出核種のアクティビティ分布の計算値と人体組織の元素組成比とを用いて、所望の人体組織のポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算することができる。
【0033】
具体的には、炭素原子核のアクティビティ深部分布を実測する場合には、標準物質として所定形状のポリエチレン、ポリプロピレン、ルサイト、グラファイト等を用いて行い、窒素原子核のアクティビティ深部分布を実測する場合には、標準物質として所定形状のゼラチン等で固めたアンモニア水、液体窒素等を用いて行い、酸素原子核のアクティビティ深部分布を実測する場合には、標準物質としてアンモニア水と同様にして固めた水、ゼラチン、氷等を用いて行い、カルシウム原子核のアクティビティ深部分布を実測する場合には、標準物質として所定形状の酸化カルシウム、カルシウム等を用い、得られた各標準物質のポジトロン放出核種のアクティビティ分布に基づいて、ターゲットに陽子線を照射した場合のポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算することができる。ここに挙げた標準物質としては、各構成元素の単体や、目的の構成元素以外に水素のみを含む単純構造の化合物等を用いることが好ましい。水素原子核とプロトンは陽子線治療におけるエネルギー領域では反応しないので、水素を含んでいても目的の構成元素の原子核についてのアクティビティ深部分布を得ることができるからである。また、アンモニア水や酸化カルシウムを標準物質として用いる場合には、純水の実験結果との差分法により、窒素原子核やカルシウム原子核から生成されるアクティビティ深部分布を決定する。また、深部アクティビティ分布は時間により形状変化を伴うため、格納するデータ情報群には時間依存性を考慮させる必要がある。
【0034】
この手法による特徴は、陽子線照射において、人体構成元素の原子核である炭素原子核、窒素原子核、酸素原子核、カルシウム原子核等から生成された、エネルギー依存を持つポジトロン放出核がどんな種類であり、また、どれだけの量が生成されたかを知る必要性がないことである。この手法を用いれば、陽子線が腫瘍等のターゲットに入射して停止するまでに相当する厚みを持つポリエチレン、アンモニア水、純水、酸化カルシウム等をターゲットとし、陽子線を照射したときにBOLPs装置によって実測される深部方向のアクティビティ分布をそのまま利用することができるので、実際の患者への陽子線照射によって生成されるポジトロン放出核のアクティビティ分布を直接的に決定することができる。
【0035】
一般的には、陽子線の深部線量分布の計算と比較して、ポジトロン放出核種の深部アクティビティ分布の計算の方が、精度追求が困難であることが知られている。図6に示すように、1つの人体構成元素の原子核から生成されるポジトロン放出核種は複数のものであるので、このようなポジトロン放出核種を生成する原子核破砕反応を含み、多岐に渡る複雑な原子核破砕反応による反応チャンネル毎の反応断面積値を決定することは容易ではない。また、図5に示すとおり、各人体組織によって人体構成元素の組成比は異なるものであるので、このような要素についても検討する必要があり、上記反応断面積値の決定をより困難なものとしている。
【0036】
本発明は、上記従来技術の有する問題点に鑑みなされたものであり、図4に示す、患者を想定した上記標準物質を用いて実測により直接的に得られるアクティビティ分布は、反応断面積を利用し計算されたアクティビティ分布の結果よりもシンプルかつ高精度である。
【0037】
なお、本発明のポジトロン放出核種分布のシミュレーション方法は、上記した実施形態に限定されるものではなく、例えば、ポジトロン放出核種を生成させることができれば陽子線の代わりに、π中間子線、陽子線、重イオン線等の荷電粒子線や、X線、γ線等の光子線が用いられてもよく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0038】
上述したように、本発明は、特定の人体組織の構成元素を含む標準物質に陽子線を照射することにより生成されたポジトロン放出核種のアクティビティ分布の実測値を用いて、前記人体組織の各構成元素のポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算し、ここで得られた前記人体組織の各構成元素のポジトロン放出核種のアクティビティ分布に基づいて、前記人体組織に陽子線を照射した場合のポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算するので、陽子線を用いた治療におけるポジトロン放出核種分布のシミュレーションを実行することができる。また、ポジトロン放出核種のアクティビティ分布を、実測した各深部線量分布からペンシルビーム法により算出することができ、従来のモンテカルロ法を用いる必要がなくなったので、計算時間を大幅に短縮することができる。また、実測した各深部線量分布を用いてポジトロン放出核種のアクティビティ分布を算出しているので、計算精度を低下させることなくポジトロン放出核種のアクティビティ分布を算出することができ、実臨床における治療ルーチンの中で利用することができる。したがって、本発明の方法は、陽子線治療におけるポジトロン放出核種のアクティビティ分布のシミュレーション方法に利用した場合極めて有用である。
【符号の説明】
【0039】
10・・・BOLPs装置
101・・・回転ガントリ
102・・・治療台
103・・・陽子線照射部
104・・・PET装置
1041・・・PETカメラ
20・・・患者
P・・・腫瘍

【特許請求の範囲】
【請求項1】
特定の人体組織の構成元素を含む標準物質に陽子線を照射することにより生成されたポジトロン放出核種のアクティビティ分布の実測値を得る第1のステップと、
前記第1のステップで得られた前記実測値を用いてペンシルビーム法により前記人体組織に陽子線を照射した場合のポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算する第2のステップと、
を有することを特徴とする、陽子線治療におけるポジトロン放出核種のアクティビティ分布のシミュレーション方法。
【請求項2】
前記第1のステップで得られた前記実測値を用いて、前記人体組織の各構成元素のポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算する第3のステップをさらに有し、
前記第2のステップは、前記第3のステップで得られた前記人体組織の各構成元素のポジトロン放出核種のアクティビティ分布を用い、前記人体組織の元素組成比に基づいて前記人体組織に陽子線を照射した場合のポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算することを特徴とする、請求項1に記載の陽子線治療におけるポジトロン放出核種のアクティビティ分布のシミュレーション方法。
【請求項3】
前記人体組織は、肝臓、脂肪組織、軟部組織、肺、筋肉、骨、脳、血液、皮膚、乳房または前立腺である、請求項1または2に記載の陽子線治療におけるポジトロン放出核種のアクティビティ分布のシミュレーション方法。
【請求項4】
前記構成元素は、炭素、窒素、酸素、カルシウム、リン、鉄、カリウム、硫黄、塩素、ナトリウムまたはマグネシウムである、請求項1〜3の何れか1項に記載の陽子線治療におけるポジトロン放出核種のアクティビティ分布のシミュレーション方法。
【請求項5】
炭素から生成されるポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算するための標準物質は、ポリエチレン、ポリプロピレン、ルサイトまたはグラファイトである、請求項2に記載の陽子線治療におけるポジトロン放出核種のアクティビティ分布のシミュレーション方法。
【請求項6】
窒素から生成されるポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算するための標準物質は、アンモニア水または液体窒素である、請求項2に記載の陽子線治療におけるポジトロン放出核種のアクティビティ分布のシミュレーション方法。
【請求項7】
酸素から生成されるポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算するための標準物質は、水、ゼラチンまたは氷である、請求項2に記載の陽子線治療におけるポジトロン放出核種のアクティビティ分布のシミュレーション方法。
【請求項8】
カルシウムから生成されるポジトロン放出核種のアクティビティ分布を計算するための標準物質は、酸化カルシウムまたはカルシウムである、請求項2に記載の陽子線治療におけるポジトロン放出核種のアクティビティ分布のシミュレーション方法。
【請求項9】
陽子線回転ガントリーポートにビームオンラインポジトロン断層画像システムを設置した陽子線治療装置を用いることを特徴とする、請求項1〜8の何れか1項に記載の陽子線治療におけるポジトロン放出核種のアクティビティ分布のシミュレーション方法。

【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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