説明

雑種識別方法

【課題】グイマツ、カラマツおよびそれらの人工交配であるグイマツ雑種F1の苗木および若齢木の判別法を確立すること
【解決手段】検体である苗木または若齢木が、グイマツ、カラマツまたはそれらの雑種であるかを識別する、雑種識別方法。検体から抽出したテルペン類または脂肪酸の含有量または含有率を線形判別分析に付し、その結果から検体がグイマツ、カラマツまたはそれらの雑種であるかを識別する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グイマツ、カラマツまたはそれらの雑種であるかを識別する、雑種識別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Larix属はヨーロッパ・シベリア・ヒマラヤ・北アメリカ北部など北半球の亜寒帯と中緯度の高山に広く分布する落葉針葉樹である。日本には、ニホンカラマツ (Larix kaempferi (Lamb.) Carr.)一種のみが、主に中央高地に分布しているが、日本中部のみならず、東および北日本においても成長がよい。そのため、日本の北に位置する北海道において重要な造林樹種となっている。しかしながら、北海道の在来種であるエゾヤチネズミ(Clethrionomys rufocanus bedfordiae Thomas)による樹幹の下部への食害は、深刻な問題である。一方、サハリンおよびクリル諸島南部に分布するグイマツ(Larix gmelinii var. japonica Pilg.)はニホンカラマツよりも成長速度が劣るものの、耐そ性や材質に優れている。これらの交配家系であるグイマツ雑種F1(L. gmelinii var. japonica Pilg × L. kaempferi (Lamb.) Carr.)はグイマツの長所である材質、耐そ性を保持し、成長速度の部分ではニホンカラマツよりも優れている。さらに、近年では高CO2吸収性のグイマツ雑種F1家系の選抜が行われており、F1は北海道における有望な造林樹種と考えられている。
【0003】
F1の種子は、母樹であるグイマツと花粉親であるカラマツが混植された採種園において、自然受粉を経てグイマツから採取される。採取された種子にはF1の種子とともにグイマツの種子が混ざっているが、種子の段階でそれらを判別することはできない。現在は、それらの種子を播種後、それら苗木の形態学的特徴(苗長、枝数)やフェノロジー(冬芽形成期、黄葉期、芽どまり期)の違いからF1の苗を判別しているが、各性質の頻度分布は連続的であり、完全に判別することはできていない。そのため、現在行われている雑種識別法の改良あるいはたな雑種識別法の確立が期待されている。
【0004】
これまでに、耐そ性の観点からグイマツ、カラマツおよびF1の抽出物に関する報告がある。非特許文献1[助野ら. (1997)]はテルペン、とくにラリキソールと13-エピマノールに耐そ性があることを報告している。また、非特許文献2[Hayashi et al. (1998)]はエーテル抽出物含有量が家系間でかなり異なることを報告している。彼らは、エーテル抽出物がグイマツ×グイマツに多く、カラマツ×カラマツには少ないことを報告している。さらに、それらの交雑種であるグイマツ×カラマツとカラマツ×グイマツではグイマツ×グイマツとカラマツ×カラマツの中間の含有量であったことから、これら針葉樹の樹皮のジエチルエーテル抽出物量は遺伝的影響を受けていると述べている。
【0005】
針葉樹の葉の脂肪酸組成については、これまでにケモタキソノミーの観点から研究が行われている(非特許文献3、Mongrand et al., 2001)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】助野真一, 小澤修二, 1997. カラマツ属耐鼠性成分の検索と早期検定へ の応用 (III) - 耐鼠性成分の同定 -. 第108回日本林学会大会講演要旨集, 198.
【非特許文献2】Hayashi, E., Iizuka, K., Sukeno, S., Kohno, K., 1998. Relationship between resistance to vole browsing and content of ether extract in the bark of larch species and hybrids. J. For. Res. 3, 119-122.
【非特許文献3】Mongrand, S., Badoc, A, Patouille, B., Lacomblez, C., Chavent, M., Cassagne, C. and Bessoule, J., Taxonomy of gymnospermae: multivariate analysis of leaf fatty acid composition, Phytochemistry, 58, 101-115 (2001).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、テルペン類や脂肪酸を利用した苗木や若齢木の雑種判別に関する研究はほとんど行われていない。また、本発明者らの検討によれば、グイマツ、カラマツおよびのF1は、苗木または若齢木の場合、成木と異なり、脂肪酸組成による主成分分析では判別がほとんどできなかった。
【0008】
そこで本発明の目的は、グイマツ、カラマツおよびF1の苗木および若齢木の判別法を確立することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決する本発明は、以下のとおりである。
[1]検体である苗木または若齢木が、グイマツ、カラマツまたはそれらの雑種であるかを識別する、雑種識別方法であって、
検体から抽出したテルペン類または脂肪酸の含有量または含有率を線形判別分析に付し、
その結果から検体がグイマツ、カラマツまたはそれらの雑種であるかを識別する、前記方法。
[2]線形判別分析に用いるテルペン類は、13-エピマノール、ラリキソール、ラリキシルアセテート、13-エピトルロシルアセテート、イソピマール酸、アビエチン酸、デヒドロアビエチン酸およびネオアビエチン酸から成る群から選ばれる少なくとも1種である[1]に記載の方法。
[3]線形判別分析に用いるテルペン類は、13-エピマノールとアビエチン酸、またはラリキソールとアビエチン酸である[1]に記載の方法。
[4]線形判別分析に用いる脂肪酸は、ラウリン酸(12:0)、ミリスチン酸(14:0)、パルミチン酸(16:0)、パルミトレイン酸(16:1)、ヘキサデカトリエン酸(16:3)、14-メチルパルミチン酸(14Me-16:0)、ヘプタデカン酸(17:0)、ステアリン酸(18:0)、オレイン酸(18:1)、リノール酸(18:2)、リノレン酸(18:3)、アラキジン酸(20:0)、イコサトリエン酸(20:3)、ベヘン酸(22:0)、トリコサン酸(23:0)、リグノセリン酸(24:0)、ペンタコサン酸(25:0)、ヘキサコサン酸(26:0)、オクタコサン酸(28:0)、トリアコンタン酸(30:0)、ドトリアコンタン酸(32:0)から成る群から選ばれる少なくとも1種である[1]に記載の方法。
[5]線形判別分析に用いる脂肪酸は、14Me-16:0、16:0、32:0、16:1、24:0、22:0、18:0、14:0、17:0から成る群から選ばれる少なくとも1種である[1]に記載の方法。
[6]線形判別分析は下記式1を用いて行い、グイマツとF1を判別する、[1]〜[3]のいずれかに記載の方法。
線形判別関数DF=ω1x12x23x34x45x5+・・・+ωnxn+a (式1)
(式1中、ωnは各テルペン類の判別係数、xnは各テルペン類の含有率または含有量、aは定数項
[7]線形判別分析は下記式1を用いて行い、グイマツとF1を判別する、[1]または[4]に記載の方法。
線形判別関数DF=ω1x12x23x34x45x5+・・・+ωnxn+a (式1)
(式1中、ωnは各脂肪酸の判別係数、xnは各脂肪酸の含有率または含有量、aは定数項である。)
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、苗木および若齢木がグイマツ、カラマツまたはそれらの雑種であるかを低い誤判別率で識別することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】ジテルペン含有量から求めた判別式による判別得点の分布■と□はそれぞれグイマツとF1を示す。
【図2】脂肪酸組成から求めた判別式による判別得点の分布■と□はそれぞれグイマツとF1を示す。
【図3】成木のジテルペン含有量による樹種の判別実験結果●、×および○はそれぞれグイマツ、カラマツ、F1を示す。図中の円は多変量平均の95%信頼区間を示す。
【図4】苗木のジテルペン含有量による樹種の判別実験結果●と○はそれぞれグイマツとF1を示す。図中の円は多変量平均の95%信頼区間を示す。
【図5】苗木のジテルペン含有量による樹種の判別実験結果●と○はそれぞれグイマツとF1を示す。図中の円は多変量平均の95%信頼区間を示す。
【図6】実施例2におけるジテルペン含有量による樹種の判別実験結果●と○はそれぞれグイマツとF1を示す。図中の円は多変量平均の95%信頼区間を示す。
【図7】実施例2におけるジテルペン含有量による樹種の判別実験結果●と○はそれぞれグイマツとF1を示す。図中の円は多変量平均の95%信頼区間を示す。
【図8】実施例3における成木の脂肪酸組成による樹種の判別実験結果●、×および○はそれぞれグイマツ、カラマツ、F1を示す。図中の円は多変量平均の95%信頼区間を示す。
【図9】実施例3における2005年度と2006年度に採取した成木樹葉の脂肪組成による樹種の判別実験結果●、×および○はそれぞれグイマツ、カラマツ、F1を示す。△は2006年度の採取した試料を示す。図中の円は多変量平均の95%信頼区間を示す。
【図10】実施例4における苗木の脂肪酸組成による樹種の判別実験結果●と○はそれぞれグイマツとF1を示す。図中の円は多変量平均の95%信頼区間を示す。
【図11】実施例4における苗木の脂肪酸含有率による樹種の判別実験結果●と○はそれぞれグイマツとF1を示す。図中の円は多変量平均の95%信頼区間を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、検体である苗木または若齢木が、グイマツ、カラマツまたはそれらの雑種であるかを識別する、雑種識別方法である。本発明の方法では、検体から抽出したテルペン類または脂肪酸の含有量または含有率を線形判別分析に付し、その結果から検体がグイマツ、カラマツまたはそれらの雑種であるかを識別する。
【0013】
[テルペン類を用いた識別方法]
以下、テルペン類を用いた識別方法について説明する。この方法は、例えば、以下の工程を含むものであることができる。
(1)検体から採取した樹皮の粉砕品を有機溶媒で抽出する工程、
(2)抽出物を含む液を乾固する工程、
(3)抽出物に含まれるテルペン類をメチル化に付す工程、
(4)メチル化したテルペン類をガスクロマトグラフィー(GC)にて分析する工程、
(5)得られたテルペン類の含有量または含有率の結果を線形判別分析に付し、検体がグイマツ、カラマツまたはそれらの雑種であるかを識別する工程。
【0014】
[抽出工程]
第1の工程である抽出工程では、検体から採取した樹皮の粉砕品を有機溶媒で抽出する。検体から採取した樹皮は、苗木または若齢木の樹皮である。苗木とは一般に樹齢0〜2年の木を言い、若齢とは一般に樹齢2〜22年の木を言う。樹皮の粉砕品は、例えば、液体窒素中で樹皮を粉砕することにより調製できる。
【0015】
樹皮の粉砕品を有機溶媒で抽出する。有機溶媒は、樹皮の粉砕品からテルペン類を抽出できるものであればよく、そのような有機溶媒の例としては、例えば、石油エーテル-ジエチルエーテル(1:1, v/v)であることが好ましい。溶媒抽出は、溶媒に超音波を与えて行うことが、効率的な抽出のためには好ましい。
【0016】
[乾固工程]
抽出工程で得られた抽出物を含む液を、次いで乾固する。乾固の方法及び条件は、抽出物が実質的に揮発しない方法及び条件であればよい。例えば、抽出物を含む液を常温にて、窒素気流に曝すこと等により乾固は行うことができる。乾固工程を経ることなしに、抽出工程で得られた抽出物を含む液をメチル化工程に付すこともできる。
【0017】
[メチル化工程]
次に、抽出物に含まれるテルペン類をメチル化する。メチル化は、上記テルペン類の所定の位置をメチル化できる方法であれば、特に制限なく使用できる。メチル化は、例えば、ジアゾメタンを用いる方法で行うことができる。具体的には、テルペン類を含む抽出物に、ジアゾメタンを添加して行うことができる。
【0018】
[GC分析工程]
メチル化したテルペン類を、次いでGC-MSにて分析する。メチル化したテルペン類のGC分析は、常法により行うことができる。
【0019】
[識別工程]
GC分析で得られたテルペン類の含有量または含有率の結果から、検体がグイマツ、カラマツまたはそれらの雑種であるかを識別する。具体的には、テルペン類の含有量の結果から、線形判別分析により、検体がグイマツ、カラマツまたはそれらの雑種であるかを識別する。その際、内部標準としてヘプタデカン酸を用いることが好ましい。
【0020】
線形判別分析に用いるテルペン類は、13-エピマノール、ラリキソール、ラリキシルアセテート、13-エピトルロシルアセテート、イソピマール酸、アビエチン酸、デヒドロアビエチン酸およびネオアビエチン酸から成る群から選ばれる少なくとも1種のテルペン類であることができる。
【0021】
[脂肪酸を用いた識別方法]
以下、脂肪酸を用いた識別方法について説明する。
(1)検体から採取した葉の粉砕品を有機溶媒で抽出する工程、
(2)抽出物を含む液を乾固する工程、
(3)抽出物に含まれる脂肪酸をメチルエステル化する工程、
(4)メチルエステル化した脂肪酸をGC分析する工程、
(5)得られた脂肪酸の含有量または含有率の結果を線形判別分析に付し、検体がグイマツ、カラマツまたはそれらの雑種であるかを識別する工程。
【0022】
[抽出工程]
第1の工程である抽出工程では、検体から採取した葉の粉砕品を有機溶媒で抽出する。検体から採取した葉は、例えば、苗木または若齢木の葉であることができる。葉の粉砕品は、例えば、液体窒素中で葉を粉砕することにより調製できる。
【0023】
樹皮の粉砕品を有機溶媒で抽出する。有機溶媒は、樹皮の粉砕品から脂肪酸を抽出できるものであればよく、そのような有機溶媒の例としては、例えば、クロロホルム-メタノール混合溶媒を挙げることができる。溶媒抽出は、溶媒に超音波を与えて行うことが、効率的な抽出のためには好ましい。
【0024】
[乾固工程]
抽出工程で得られた抽出物を含む液を、次いで乾固する。乾固の方法及び条件は、抽出物が実質的に揮発しない方法及び条件であればよい。例えば、抽出物を含む液を常温にて、窒素気流に曝すこと等により乾固は行うことができる。乾固工程を経ることなしに、抽出工程で得られた抽出物を含む液をメチルエステル化工程に付すこともできる。
【0025】
[メチル化工程]
次に、抽出物に含まれる脂肪酸をメチルエステル化する。メチルエステル化は、上記脂肪酸をメチルエステル化できる方法であれば、特に制限なく使用できる。メチルエステル化は、例えば、メタノール性塩酸を用いる方法で行うことができる。
【0026】
[GC分析工程]
メチルエステル化した脂肪酸を、次いでGC分析する。メチルエステル化した脂肪酸のGC分析は、常法により行うことができる。
【0027】
[識別工程]
GC分析で得られた(メチルエステル化した)脂肪酸の含有量または含有率の結果から、検体がグイマツ、カラマツまたはそれらの雑種であるかを識別する。具体的には、(メチルエステル化した)脂肪酸の含有量または含有率の結果から、線形判別分析により、検体がグイマツ、カラマツまたはそれらの雑種であるかを識別する。
【0028】
線形判別分析に用いる脂肪酸は、例えば、12:0、14:0、16:0、16:1、16:3、14Me-16:0、17:0、18:0、18:1、18:2、18:3、20:0、20:3、22:0、23:0、24:0、25:0、26:0、28:0、30:0、32:0から成る群から選ばれる少なくとも1種であることができる。具体的には、線形判別分析に用いる脂肪酸は、例えば、14:0、16:0、16:1、14Me-16:0、17:0、18:0、22:0、24:0、32:0から成る群から選ばれる少なくとも1種であることができる。
【0029】
線形判別関数により、グイマツとF1を判別する方法を以下に具体的に説明する。
判別関数DF=ω1x1+ω2x2+ω3x3+ω4ω=判別係数、x=変数において
【0030】
(1)テルペン類の場合、xnは各テルペン類の含有率または含有量、ωnは各テルペン類の判別係数、aは定数項である。
(2)脂肪酸の場合、xnは各脂肪酸の含有率または含有量、ωnは各脂肪酸の判別係数、aは定数項である。
【0031】
(例1)テルペン類の場合、
グイマツとF1の苗木それぞれ82個体と127個体のテルペン類の含有量を分析し、それらの値から線形判別分析により判別係数と定数項(表1)を求めた。式1において、
x1=13-エピマノール、x2=ラリキソール、x3=ラリキシルアセテートx4=イソピマール酸、x5=デヒドロアビエチン酸、x6=アビエチン酸、x7=13-エピトルロシルアセテート、x8=ネオアビエチン酸の各含有量、
ω1=13-エピマノール、ω2=ラリキソール、ω3=ラリキシルアセテート、ω4=イソピマール酸、ω5=デヒドロアビエチン酸、ω6=アビエチン酸、ω7=13-エピトルロシルアセテート、ω8=ネオアビエチン酸の各判別係数、
aは定数項である。
各ジテルペンの含有量、判別係数、定数項を代入することにより求めた判別得点を求めることにより、図1のようにグイマツとF1の2群に判別することができる。この場合の判別的中率は92.3%であった。
【0032】
【表1】

【0033】
(例2)
グイマツとF1の苗木各15個体の脂肪酸組成を分析し、それらの値から線形判別分析により判別係数と定数項(表2)を求めた。式1において、
x1=12:0、x2=14:0、x3=16:0、x4=16:1、x5=16:3、x6=14Me-16:0、x7=17:0、x8=18:0、x9=18:1、x10=18:2、x11=18:3、x12=20:0、x13=20:3、x14=22:0、x15=23:0、x16=24:0、x17=25:0、x18=26:0、x19=28:0、x20=30:0、x21=32:0の各含有率、
ω1=12:0、ω2=14:0、ω3=16:0、ω4=16:1、ω5=16:3、ω6=14Me-16:0、ω7=17:0、ω8=18:0、ω9=18:1、ω10=18:2、ω11=18:3、ω12=20:0、ω13=20:3、ω14=22:0、ω15=23:0、ω16=24:0、ω17=25:0、ω18=26:0、ω19=28:0、ω20=30:0、ω21=32:0の各判別係数、
aは定数項である。
式1に各脂肪酸の含有率、判別係数、定数項を代入することにより求めた判別得点を求めることにより、図2のようにグイマツとF1の2群に判別することができる。この場合の判別的中率は100%であった。
【0034】
【表2】

【実施例】
【0035】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明する。
実施例1
成木のジテルペン含有量による樹種の判別実験(1)
材料
成木の試料は2005年9月に北海道立林業試験場 (美唄市)で行った。32年生グイマツクローン(樺岡168;2ラメット,豊岡111;4ラメット)および46年生カラマツクローン (十勝16;5ラメット,十勝35;5ラメット)、そしてグイマツ×カラマツの11年生F1雑種2家系(樺岡168×十勝16; 5個体,豊岡111×十勝35;6個体)から枝を採取した。
【0036】
ジテルペン分析
標準のアビエチン酸とデヒドロアビエチン酸、ネオアビエチン酸およびイソピマール酸は市販試薬を使用し、適宜シリカゲルクロマトグラフィーおよび再結晶により精製した。13-エピマノール、ラリキソール、ラリキシルアセテート、13-エピトルロシルアセテートはグイマツ樹皮ジクロロメタン抽出物からシリカゲルカラムクロマトグラフィーまたは液体クロマトグラフィーを用いて、単離精製した。
【0037】
ホモジナイザーにより樹皮を液体窒素中で粉砕し、凍結乾燥した。内部標準として400μgのヘプタデカン酸を含む2 mlの石油エーテル-ジエチルエーテル(1:1, v/v)を100 mgの樹皮粉末に加え、10〜15℃で2時間超音波抽出した。抽出物を遠心分離し、上清を窒素気流下で乾固し、ジアゾメタンによりメチル化した。メチル化した試料はGC-MSを用い、キャピラリーカラムDB-1MSにより分析した。カラムは170℃から266℃まで5℃/minで昇温した。ヘリウムをキャリアガスとし、注入口温度は270℃、イオン化電圧は70 eVとした。 ピークの同定は標品の保持時間およびマススペクトルとの比較により行い、定量は検量線法により行った。
【0038】
統計解析
ジテルペン含有量による雑種判別の有効性を検証するため、統計処理ソフトを用いて線形判別分析を行った。
【0039】
成木のジテルペン組成および含有量
石油エーテル−ジエチルエーテル抽出物のメチル化物をGC-MSに供した。その結果、ジテルペンとして13-エピマノール、ラリキソール、ラリキシルアセテート、13-エピトルロシルアセテート、イソピマール酸、アビエチン酸、デヒドロアビエチン酸およびネオアビエチン酸の8種が認められた。
【0040】
ジテルペン含有量による成木の判別
豊岡 111 4ラメット、豊岡 111×十勝 35 6個体、十勝 35 5ラメット、樺岡 168 2ラメット、樺岡 168×十勝 16 5個体および十勝 16 5ラメットの全27個体の8種のジテルペンの含有量をもとに線形判別分析を行った結果を図3に示す。多変量平均の95%信頼区間を示す図中の円は3樹種間で離れており、樹種間に有意な差が認められた。この判別分析の誤判別率は0%であり、ジテルペン含有量によって、樹種の判別が可能なことが示された。
【0041】
本実施例では、2つの家系、樺岡168×十勝16および豊岡111×十勝35の両親とそのF1の成木枝の樹皮の8種のジテルペンの含有量によって、判別分析を行ったところ、誤判別率は0%であった(図3)。第1軸および第2軸の寄与率はそれぞれ91.3%および8.7%であり、相関係数は0.9848および0.8680であった。最小の誤判別率(0%)はラリキソール、イソピマール酸(いずれもp<0.001, Prob>F)およびアビエチン酸(p<0.01, Prob>F)の3つのジテルペンを選択することにより得られた。第1軸はネオアビエチン酸、13-エピマノール、イソピマール酸の寄与率が高く、第2軸はイソピマール酸とアビエチン酸の寄与が高かった。
【0042】
実施例2
苗木のジテルペン含有量による樹種の判別実験
苗木は、グイマツとカラマツがランダムに混植された雑種採種園で生産された種子に由来する二年生種苗を用いた。この雑種採種園は,1974年に北海道有林網走東部森づくりセンターに造成され,試料採取当時の樹高は,グイマツが約18m、カラマツが約16mであった。2004年8月に雑種採種園のグイマツから自然交配種子を採取し、2005年5月に得られた種子を林業試験場苗畑に母樹別に播種した。雑種採種園産種苗には雑種個体と純粋なグイマツ個体が混在しているため、2005年10月上旬に少量の針葉を用いてDNAマーカーによる苗木識別を行った後、2006年9月にジテルペン分析用の枝を採取した。分析に使用した実生苗は、5母樹(中標津 660、中標津 121、樺岡 484、樺岡455、留辺蕊28)由来の1母樹あたり雑種個体が6-25個体、グイマツ個体が24-26個体,計209個体である。採取した試料は凍結保存し、分析には枝の樹皮を使用した。実施例1と同様にしてジテルペンの含有量による樹種の判別を行った。
【0043】
苗木のジテルペン組成および含有量
ジテルペンとしては13-エピマノール、ラリキソール、13-エピトルロシルアセテート、イソピマール酸、アビエチン酸、デヒドロアビエチン酸およびネオアビエチン酸の7種が認められたが、ラリキシルアセテートは検出されなかった。
【0044】
ジテルペン含有量による苗木の判別
7種のジテルペンの含有量による、各家系のグイマツおよびF1苗木の線形判別分析による判別結果を図4に示す。各家系の誤判別率は、中標津 660、中標津 121、樺岡 484、樺岡 455および留辺蕊 28のそれぞれ0%、2.0%、2.5%、8.1%、15.6%であった。このように、家系により誤判別率は異なるが、成木と同様に苗木においてもほぼF1とグイマツを判別することが可能であった。なお、留辺蕊 28で誤判別率が高かったのは、分析に用いたF1の数がグイマツに比べて少ないことや標準偏差が大きいことが原因と考えられる。
【0045】
最小の誤判別率を得るために必要なジテルペンは、13-エピマノール、ラリキソール、アビエチン酸(中標津 660、中標津 121、留辺蕊 26)、13-エピマノール、アビエチン酸、イソピマール酸(樺岡 484、留辺蕊 26)、ラリキソール、イソピマール酸、アビエチン酸(樺岡 455)であった。いずれの家系の3種のジテルペンで判別が可能であったが、留辺蕊 26にはさらにデヒドロアビエチン酸とネオアビエチン酸が必要であった。
【0046】
一般的に採種園では、種子に遺伝的多様性をもたせるため、両親それぞれについて数種のクローンを混植し、自然受粉により種子を得る。本発明で、複数の交配家系の苗木(グイマツ:127, F1;82)について枝樹皮のジテルペン含有量をもとに判別を行った場合の誤判別率は7.7%であった(図5)。13-エピマノール、アビエチン酸、イソピマール酸 (いずれもp<0.001, Prob>F)の3つのジテルペンを選択することによって、最小の誤判別率(7.7%)が得られた。苗木の判別には、13-エピマノール、ラリキソール、アビエチン酸、イソピマール酸の含有量が必要と考えられた。
【0047】
これらの結果、グイマツおよびカラマツの複数のクローンが混植された採種園で得られた種子に由来する苗木であっても、それらの樹皮のジテルペン含有量によりF1を判別できることを意味している。
【0048】
ジテルペンとして13-エピマノールとアビエチン酸の2種類を選択した場合の結果を図6に示す。誤判別率は9.1%であった。ラリキソールとアビエチン酸の2種類を選択した場合の結果を図7に示す。誤判別率は9.6%であった。
【0049】
本発明者らは、葉のジテルペン含有量についても同様に分析を行った(結果は示していない)。成木の葉のジテルペン含有量は、2-6 nmol/葉 mgと少なかった。成木の葉のジテルペン含有量によるグイマツ、カラマツおよびF1の誤判別率は7.4%、グイマツとF1の誤判別率は0%であり、F1を判別することが可能であった。しかし、苗木の家系別の樹種誤判別率は13.5〜28.6%と高くなった。このことから、判別に使用する部位は葉よりも樹皮が適していると考えられた。
【0050】
実施例3
成木の脂肪酸組成による樹種の判別実験(1)
【0051】
試料と実験方法
試料はジテルペンの分析と同様である。苗木は3家系各10個体を分析に使用した。
採取した葉は液体窒素中でホモジナイズすることにより粉砕し、クロロホルム-メタノール2:1(v/v)で全脂質を抽出した。全脂質にメタノール性塩酸を加えてメタノリシスし、脂肪酸メチルエステルをGC分析した。
【0052】
成木の脂肪酸組成とそれによる樹種の判別
成木の葉にはC12からC32までの21種の脂肪酸(12:0、14:0、16:0、16:1、16:3、14Me-16:0、17:0、18:0、18:1、18:2、18:3、20:0、20:3、22:0、23:0、24:0、25:0、26:0、28:0、30:0、32:0)が認められた。
【0053】
これらの脂肪酸組成をもとに線形判別分析による樹種の判別を行った結果、誤判別なく樹種の判別が可能であることが示された(図8)。このとき、p値がもっとも小さいことから判別に取り入れた脂肪酸は、24:0、20:0、18:1であった。これら3つの脂肪酸の含有率は2家系に共通した傾向が認められた。さらにこれら2005年9月に採取した試料とともに翌年の9月に採取した試料の判別を行っても、樹種の判別は可能であった(図9)。
【0054】
実施例4
苗木の脂肪酸組成による樹種の判別実験
苗木の脂肪酸組成の全21種の脂肪酸組成の値(mol%)判別分析では、成木に比べてp値は高いが、9つの脂肪酸14Me-16:0、16:0、32:0、16:1、24:0、22:0、18:0、14:0および17:0の組成を取り入れることで、判別は可能であった(図10)。
【0055】
もっとも誤判別率が低くなるような脂肪酸を選択していくと、以下の表の9つの脂肪酸によって誤判別率を0にすることが可能である(このことは図10のみではわからない。)。
【0056】
【表3】

※14Me-16:0のみ選択した場合は誤判別率が30%だが、16:0、32:0、…17:0までの脂肪酸を追加すると誤判別率が0になる。
【0057】
実施例3と同様にして脂肪酸含有率による樹種の判別を行った。
脂肪酸14:0、16:0、16:3、14Me-16:0、17:0、18:0、18:1、18:3の8種類を選択した場合の結果を図11に示す。誤判別率は6.7%であった。
【0058】
上記図8〜11は、統計解析ソフトを使用して判別分析を行うことにより、グイマツ、カラマツ、F1の各個体の21種の脂肪酸組成の値(mol%)を基に、正準変量の散布図(グイマツ、カラマツ、F1の各群の組み合わせから判別関数を求め、それらを主成分分析したもの)を描いたものである。図中の円は多変量平均の95%信頼区間を表す。有意な差がある群では円は重ならない。したがって、図6〜8ではすべて円が重なっておらず、有意な結果が得られた、すなわち樹種が判別できていることになる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明は林産分野に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体である苗木または若齢木が、グイマツ、カラマツまたはそれらの雑種であるかを識別する、雑種識別方法であって、
検体から抽出したテルペン類または脂肪酸の含有量または含有率を線形判別分析に付し、
その結果から検体がグイマツ、カラマツまたはそれらの雑種であるかを識別する、前記方法。
【請求項2】
線形判別分析に用いるテルペン類は、13-エピマノール、ラリキソール、ラリキシルアセテート、13-エピトルロシルアセテート、イソピマール酸、アビエチン酸、デヒドロアビエチン酸およびネオアビエチン酸から成る群から選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
線形判別分析に用いるテルペン類は、13-エピマノールとアビエチン酸、またはラリキソールとアビエチン酸である請求項1に記載の方法。
【請求項4】
線形判別分析に用いる脂肪酸は、ラウリン酸(12:0)、ミリスチン酸(14:0)、パルミチン酸(16:0)、パルミトレイン酸(16:1)、ヘキサデカトリエン酸(16:3)、14-メチルパルミチン酸(14Me-16:0)、ヘプタデカン酸(17:0)、ステアリン酸(18:0)、オレイン酸(18:1)、リノール酸(18:2)、リノレン酸(18:3)、アラキジン酸(20:0)、イコサトリエン酸(20:3)、ベヘン酸(22:0)、トリコサン酸(23:0)、リグノセリン酸(24:0)、ペンタコサン酸(25:0)、ヘキサコサン酸(26:0)、オクタコサン酸(28:0)、トリアコンタン酸(30:0)、ドトリアコンタン酸(32:0)から成る群から選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載の方法。
【請求項5】
線形判別分析に用いる脂肪酸は、14Me-16:0、16:0、32:0、16:1、24:0、22:0、18:0、14:0、17:0から成る群から選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載の方法。
【請求項6】
線形判別分析は下記式1を用いて行い、グイマツとグイマツ雑種F1(以下F1という)を判別する、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
線形判別関数DF=ω1x12x23x34x45x5+・・・+ωnxn+a (式1)
(式1中、ωnは各テルペン類の判別係数、xnは各テルペン類の含有率または含有量、aは定数項
【請求項7】
線形判別分析は下記式1を用いて行い、グイマツとF1を判別する、請求項1または4に記載の方法。
線形判別関数DF=ω1x12x23x34x45x5+・・・+ωnxn+a (式1)
(式1中、ωnは各脂肪酸の判別係数、xnは各脂肪酸の含有率または含有量、aは定数項である。)

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2010−216993(P2010−216993A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−64128(P2009−64128)
【出願日】平成21年3月17日(2009.3.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年10月4日「The Japan Wood Research Society ジャーナル」に発表、平成20年11月23日「Bioscience,Biotechnology,and Biochemistry ジャーナル」に発表
【出願人】(310010575)地方独立行政法人北海道立総合研究機構 (51)
【出願人】(504300088)国立大学法人帯広畜産大学 (96)
【上記1名の代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス