説明

難分解性物質の分解方法

【課題】難分解性物質を含む水を電解法で処理する方法において、ラジカル種を効率的に発生させることができ、効果的に難分解性物質を酸化分解させることができる方法を提供する。
【解決手段】 本発明は、難分解性物質を含む溶液を電解処理し、前記難分解性物質を分解処理する方法であって、少なくとも水との接触面がロジウム、白金、イリジウムからなる陽極を用い、前記難分解性物質を含む溶液として、塩化ナトリウムを含む溶液を電解処理する方法である。ここで塩化ナトリウムの濃度は、0.1〜0.6Mとすると共に、溶液のpHを7以下として電解処理するのが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ノニルフェノール等の内分泌かく乱物質を含む難分解性物質の分解処理方法に関する。詳しくは、難分解性物質を電解法により分解する方法であって、その条件を最適化するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、工業排水、農業排水、生活排水、埋立地浸出水等の各種の水環境において、内分泌かく乱物質等の難分解性物質の存在が顕在化している。これら難分解性物質は毒性が強く、発癌性、催奇形性等を有するものが多いことから、近年厳しい環境基準により規制されている。
【0003】
難分解性物質を含有する各種排水の処理方法としては、従来から知られている排水処理方法である物理的処理法、化学的処理法、生物的処理法等の適用が検討されている(特許文献1、2参照)。しかし、難分解性物質は分子量が大きく、化学的に安定なものが多いことから、従来の処理方法では十分に対応できないという問題があった。そこで、難分解性物質を効率的に分解処理する方法として、電気化学的方法が検討されつつある。この電気化学的な処理方法では、処理対象となる排水を通電し、難分解性物質を酸化分解しようとするものである。
【特許文献1】特開平5−228496号公報
【特許文献2】特開2003−1277号公報
【0004】
ところで、通常、水を電解する場合においては、水の電気分解反応が進行しない電位域(一般に電位窓と呼ばれる)が存在するが、電位窓範囲内での電解処理では、水中の難分解性物質を直接酸化分解することができる。一方、難分解性物質は、その種類によっては酸化還元電位(直接酸化が可能となる電位)が異なり、電位窓範囲外に酸化還元電位を有するものがある。このような物質については、電位窓範囲内での電解では直接酸化することはできない。
【0005】
そこで、電位窓範囲外に酸化還元電位を有する物質を分解する手法として、電位窓範囲外の高電位で水の電気分解を進行させ、その際に発生し得るOHラジカル(ヒドロキシルラジカル)等のラジカル(以下、水の電解に際して発生するOHラジカル等のラジカルを総称してラジカル種と称する。)を利用して難分解性物質を間接的に酸化分解する方法がある。OHラジカルに代表されるラジカル種は極めて強い酸化力を有することから、化学的に安定な難分解性物質であっても容易に分解可能な物質である。そして、ラジカル種を利用した電解処理法によれば、広範に難分解性物質を分解し、排水の無害化が可能となると考えられている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、ラジカル種による難分解性物質の分解処理については、その理論や有用性は知られているものの、具体的手法、好適な条件についての検討はいまだなされていないのが現状である。
【0007】
そこで、本発明は、難分解性物質を含む水を電解法で処理する方法において、ラジカル種を効率的に発生させることができ、効果的に難分解性物質を酸化分解させることができる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、上記課題を解決すべく検討を行い、水分解時のラジカル種の発生量に及ぼす因子として電極の材質に着目し、所定の貴金属の適用によりラジカル種の発生量が増加することを見出した。そして、この電極材質の改善と共に、処理対象となる水に電解質を加えることでラジカル種の発生を効率化できることを見出し本発明に想到した。
【0009】
即ち、難分解性物質を含む溶液を電解処理し、前記難分解性物質を分解処理する方法であって、少なくとも水との接触面がロジウム、白金、イリジウムからなる陽極を用い、前記難分解性物質を含む溶液として、塩化ナトリウムを含む溶液を電解処理する方法である。
【0010】
本発明において、陽極の材質をロジウム、白金、イリジウムの3種の貴金属に限定するのは、本発明者等の検討の結果、これらの貴金属においてのみ効果的な量のラジカル種の発生が認められるからである。そして、これらの貴金属の中でラジカル種の発生に特に効果的なのは、ロジウムである。尚、本発明では、陽極の水と接触する箇所が上記貴金属からなるものであれば良い。また、陽極全体が上記貴金属で一体的なものとなっていることを要するものではない。従って、他の金属、例えば、チタンを基材とし、これにロジウム等を被覆したものを陽極として用いても良い。このような、被覆電極を用いる場合、貴金属の厚さは0.1〜20μmとするのが好ましい。0.1μm未満では使用中の被覆の消耗により基材が露出するおそれがあり、また、20μmを超えても電解の効果に差異はなく貴金属が無駄となるからである。
【0011】
また、処理対象となる難分解性物質を含む溶液は、水の電気抵抗を低下させるための電解質として塩化ナトリウムを含む。塩化ナトリウムを電解質とすることで、ラジカル種の発生量が極めて高くなるからである。この点、他の電解質、例えば、硫酸ナトリウムを電解質として電解しても、ラジカル種は発生するが、その量は塩化ナトリウムを電解質とする場合に比べて少なく、難分解性物質含有水の処理に対して実用的ではない。
【0012】
尚、処理対象溶液の電解質は、排水等の難分解性物質を含む溶液に塩化ナトリウムを添加するのが通常であるが、例えば、海水のように、処理対象水に初めから塩化ナトリウムが含まれている場合には、そのまま電解処理を行っても良い。また、処理対象溶液に、海水等、塩化ナトリウムを含む水を混合して電解処理しても良い。
【0013】
そして、電解質である塩化ナトリウムの濃度は、0.1〜0.6Mとするのが好ましい。0.1M未満の濃度でもラジカル種は発生するが、その発生速度はさほど大きくはなく、難分解性物質の分解処理に時間を要するからである。また、0.6Mを超えると、処理溶液中の塩分濃度が高くなり、本発明に係る方法と他の水処理方法とを複合的に行なう場合において、処理プロセスに支障をきたす恐れがあるからである。
【0014】
そして、本発明においては、処理対象となる溶液のpHを7以下にするのが好ましい。pHが7以下となったときに、特に、効果的な量のラジカル種が発生するからである。このpHについて、特に好ましいのは、5〜7である。
【0015】
本発明に係る難分解性物質の電解処理における条件は、電流値10〜100mA/cmの一定電流で、10〜60分間、電解処理するのが好ましい。尚、本発明において、陰極の材質については、特に限定はないが、抵抗が小さく電解中に反応しない材質からなるものが好ましく、特に、白金が好ましい。この陰極についても、被覆電極を適用しても良い。
【発明の効果】
【0016】
以上説明したように、本発明は、難分解性物質を含む溶液を電解処理し、その際発生するラジカル種により難分解性物質を分解除去するものである。本発明では、電極材質、電解質、及び、電解条件を適正化することで、効果的な量のラジカル種が発生するようになっている。そして、本発明によれば、これまで廃水処理で一般的に用いられてきた、物理・化学的、生物的処理方法では、処理し得なかった難分解性物質を効率的に分解処理することができる。
【0017】
尚、本発明の適用が有効である難分解性物質としては、4−t−ブチルフェノール、4−n−ペンチルフェノール、4−n−へキシルフェノール、4−ヘプチルフェノール、4−t−オクチルフェノール、4−n−オクチルフェノール、ノニルフェノール等のアルキルフェノール類の他、フミン質、フルボ酸、フェノール類、有機酸、芳香族炭化水素が挙げられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の好ましい実施形態について、以下に記載する実施例に基づいて説明する。本発明では、ロジウム、白金、イリジウム電極を陽極として、各種条件におけるOHラジカルの発生量を検討した後、難分解性物質としてノニルフェノールを含む水溶液を各種電極を用いて電解処理し、その分解の可否、適正条件を検討した。
【0019】
OHラジカル発生量の検討
まず、ロジウム、白金、イリジウム電極を陽極として水を電気分解したときのOHラジカルの発生量、発生条件について検討した。この検討で用いた電極は、何れも、チタンを基材とし、各貴金属を被覆した電極(被覆厚さ1μm)である。OHラジカルの発生量の測定は、PNDMA法により行った。この方法では、電解液中にラジカルトラップ剤であるPNDMA(N,N,ジメチル−p−ニトロソアニリン)を添加して電解を行い、その後の溶液を分光光度計にて分析し、440nmにおける吸光度を測定することでOHラジカルの発生量を求めるものである。
【0020】
図1は、このPNDMA法によるOHラジカル発生量測定のための実験装置の概略である。電解槽100中に陽極101と、陰極102、更に、参照電極103を挿入し、電解槽内の電解液104を電気分解する。電解液104は、試料ポンプ105により循環している。そして、電解条件はガルバノスタット106で制御、モニタリングされる。また、電解槽104は、冷却水107により温度一定とされている。本実施形態での実験条件は、以下の通りである。
【0021】
陽極寸法:2×3×0.1cm
陰極:白金被覆電極(チタン基材、寸法:2×3×0.1cm)
参照電極:飽和カロメル電極
電解液容積:500mL
PNDMA量:25μmol
電流密度:10mA/cm
温度:25℃
電解質:0.1M 硫酸ナトリウム
0.1M塩化ナトリウム
pH:5〜11(0.1Mリン酸ナトリウムを加え、硫酸及び水酸化ナトリウムで調整)
【0022】
以上の装置及び条件にて各電極のOHラジカル発生量を測定した結果を図2、図3に示す。また、この結果から求められる投入エネルギー当たりのOHラジカル発生量を図4に示す。これらの図から分かるように、何れの電極によってもOHラジカルの発生はみられるが、特に、電解質として塩化ナトリウムを適用することで著しい量のOHラジカルが発生する。また、電極を構成する貴金属の種類としては、ロジウム、白金が特に優れている。更に、pHの影響については、pH7以下においてOHラジカル発生量が上昇することが確認された。
【0023】
ノニルフェノールの分解試験
次に、難分解性物質としてノニルフェノールを含む水溶液を処理対象溶液として電解処理し、その分解の可否について検討した。この試験では、試験装置として図1を用い、電解処理後の水溶液をHPLC(高速液体クロマトグラフィー)にて分析し、ノニルフェノールの残存率を測定し、その分解効率を検討した。試験条件は、下記のとおりである。
【0024】
陽極寸法:2×3×0.1cm
陰極:白金被覆電極(チタン基材、寸法:2×3×0.1cm)
参照電極:飽和カロメル電極
電解液容積:500mL
ノニルフェノール濃度:1×10−4M(22ppm)
電流密度:10mA/cm
温度:25℃
電解質:0.1M 硫酸ナトリウム
0.1M 塩化ナトリウム
pH:5〜11
【0025】
この試験結果を図5、図6に示す。この試験結果から、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、何れの電解質を適用してもノニルフェノールの分解が生じるが、硫酸ナトリウムの使用する場合には残存率をゼロにすることは困難であった。これに対し、塩化ナトリウムを使用した場合には、残存率は処理時間の増加と共に急激に減少し、容易にゼロにすることができた。尚、このノニルフェノールの分解試験においては、電極の種類及びpHによる優位性はさほど大きくはなかった。
【0026】
電解質(塩化ナトリウム)濃度の検討
以上の試験から、ノニルフェノールの分解のための好適な条件として、電解質を塩化ナトリウムとし、溶液のpHは7以下とすることが確認された。そこで、電解質である塩化ナトリウムの濃度によるOHラジカル発生量、ノニルフェノールの分解効率の相違を検討した。この検討では、上記の2つの試験を塩化ナトリウム濃度が異なる溶液について行った。従って、試験方法は上記と同様である。試験条件は以下のようにした。
【0027】
陽極:ロジウム被覆電極(チタン基材、寸法:2×3×0.1cm)
陰極:白金被覆電極(チタン基材、寸法:2×3×0.1cm)
参照電極:飽和カロメル電極
電解液容積:500mL
ノニルフェノール濃度:1×10−4M(22ppm)
電解質:塩化ナトリウム
0.02M〜0.6M
電流密度:10mA/cm
温度:25℃
【0028】
この試験結果を、図7、図8に示す。これらの図から、塩化ナトリウム濃度とOHラジカル生成速度(ノニルフェノール処理速度)との関係として、塩化ナトリウム濃度の増加と共にOHラジカル生成速度(ノニルフェノール処理速度)が上昇するが、0.1M以上ではその変化が少なくなっている。このことから、塩化ナトリウム濃度は、0.1M以上とすることが好ましいことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本実施形態で使用した試験装置の構成を示す図。
【図2】各電極によるOHラジカル発生量を示す図(電解質:塩化ナトリウム)。
【図3】各電極によるOHラジカル発生量を示す図(電解質:硫酸ナトリウム)。
【図4】投入エネルギー当たりのOHラジカル発生量を示す図。
【図5】各電極によるノニルフェノール残存率を示す図(電解質:塩化ナトリウム)。
【図6】各電極によるノニルフェノール残存率を示す図(電解質:硫酸ナトリウム)。
【図7】塩化ナトリウム濃度を変化させたときのOHラジカル発生量と生成速度を示す図。
【図8】塩化ナトリウム濃度を変化させたときのノニルフェノール残存率と処理速度を示す図。
【符号の説明】
【0030】
100 電解槽
101 陽極
102 陰極
103 参照電極
104 電解液
105 試料ポンプ
106 ガルバノスタット
107 冷却水

【特許請求の範囲】
【請求項1】
難分解性物質を含む溶液を電解処理し、前記難分解性物質を分解処理する方法であって、
少なくとも水との接触面がロジウム、白金、イリジウムからなる陽極を用い、
前記難分解性物質を含む溶液として、塩化ナトリウムを含む溶液を電解処理する方法。
【請求項2】
塩化ナトリウムの濃度が0.1〜0.6Mである請求項1記載の難分解性物質の分解処理方法。
【請求項3】
溶液のpHを7以下として電解処理する請求項1又は請求項2記載の難分解性物質の分解処理方法。
【請求項4】
電流値10〜100mA/cmの一定電流で、10〜60分間、溶液を電解処理する請求項1〜請求項3のいずれか1項記載の難分解性物質の分解処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−69106(P2007−69106A)
【公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−257831(P2005−257831)
【出願日】平成17年9月6日(2005.9.6)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年3月17日 社団法人日本水環境学会発行の「第39回 日本水環境学会年会講演集」に発表
【出願人】(000217228)田中貴金属工業株式会社 (146)
【Fターム(参考)】