説明

難燃剤およびその製造方法

【課題】有害物質であるホウ酸類を除くことで安全性を高め、かつアルミニウムやカルシウム等の難燃効果が高い物質が溶解された中性領域の難燃剤を提供すること。
【解決手段】主成分であるリン酸二アンモニウムと、リン酸一アルミニウムと、リン酸三カルシウムと、クエン酸三カリウムとが溶解された難燃剤とし、その溶液にpHを調節するためのピロリン酸カリウムと、防腐・防蟻性を高めるための第四級アンモニウム塩と、難燃性を向上させるための過酸化水素およびリン酸グアニル尿素とを加えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、難燃剤およびその製造方法に関し、更に詳しくは、主として木材等の可燃性物質の難燃性を向上させるために使用される難燃剤およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、木材等の可燃材の表面に塗布、あるいは含浸等させることによって、その木材等を難燃化するための様々な難燃剤が開発されている。一般的な無機難燃剤としては、リン酸アンモニウム等のリン酸類の溶液等が挙げられる(例えば特許文献1参照)。
【0003】
しかし、無機リン酸類単独では、木材等の難燃剤としては十分な燃焼性能を得ることができないものが多い。そのため、一般的には、無機リン酸類の難燃剤に、ホウ酸、ホウ砂等のホウ酸類が混合されることで、難燃性能が高められて使用される。
【0004】
【特許文献1】特開平8−25314号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、ホウ酸類は、水質汚濁防止法、水道法等において規制されている有害物質である。そのため、人体や住環境等に与える影響を考慮すると、木材等の難燃剤としては、使用が制限されるべき物質である。
【0006】
ところが、ホウ酸類を除いた難燃剤とすると、難燃性能が不十分となるばかりでなく、木材表面に塗布等した場合、難燃剤が表面に白く残ってしまい、外観品質上の問題がある。また、住居の外壁材等として使用した場合、難燃剤が雨水等により簡単に溶脱してしまうという問題もある。
【0007】
そのため、ホウ酸類の代替物質として、アルミニウム、カルシウム塩等の金属系難燃剤を混合することが考えられるが、これらの多くは強酸や強塩基の溶液にしか溶解しない。したがって、これらの物質を含有した難燃剤とするためには、難燃剤自体を強酸、強塩基の溶液にするしかなく、例えば木材等に塗布した場合、その素地を痛めてしまう等の問題がある。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、含有成分から有害物質であるホウ酸類を除くことで安全性を高め、かつアルミニウムやカルシウム等の難燃効果が高い成分が溶解された中性領域の難燃剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために本発明に係る難燃剤は、リン酸二アンモニウムと、リン酸一アルミニウムと、リン酸三カルシウムと、クエン酸三カリウムとを水溶液中に含有することを要旨とするものである。
【0010】
この上記難燃剤には、ピロリン酸カリウムが添加されておれば、また、塩化ベンザルコニウム等の第四級アンモニウム塩が添加されておれば好適である。
【0011】
また、過酸化水素や、発泡形成体としてリン酸グアニル尿素が添加されておればさらに好適である。
【0012】
さらに、上記課題を解決するために本発明に係る難燃剤の製造方法は、リン酸二アンモニウムおよびクエン酸三カリウムを溶解する第一の溶液の生成工程と、リン酸一アルミニウムとリン酸三カルシウムを溶解する第二の溶液の生成工程と、前記第一の溶液と第二の溶液とを混合する混合工程とからなることを要旨とするものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る難燃剤によれば、その成分にホウ酸類を含んでいないため、人体や環境へ与える影響がほとんどなく、安全性の高い難燃剤とすることができると共に、素材表面における白化現象や、べたつきを防止することができる。また、素材を痛めることのない中性領域の溶液なので難燃剤としての用途が広く、かつアルミニウムやカルシウムといった難燃性を向上させる成分を含んだ優れた難燃剤とすることができる。
【0014】
また、上記難燃剤にピロリン酸カリウム添加されていれば、この難燃剤のpHを調節し、木材等に適した難燃剤とすることができる。さらに、塩化ベンザルコニウム、ジメチルジアルキルアンモニウムクロリド等の第四級アンモニウム塩の防腐・防蟻剤が添加されれれば、この難燃剤の使用により、難燃性だけでなく、木材等の防腐・防蟻性をも向上させることができる。
【0015】
また、上記難燃剤に過酸化水素やリン酸グアニル尿素が添加されておれば、難燃性をさらに向上させることができる。
【0016】
また、本発明に係る難燃剤の製造方法によれば、ホウ酸類を含有していないため安全性が高く、素材表面における白化現象や、べたつきが発生しない難燃剤を簡易な製造装置で効率よく大量生産することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本実施形態に係る難燃剤を詳細に説明する。
【0018】
この難燃剤は、リン酸二アンモニウムと、リン酸一アルミニウムと、リン酸三カルシウムと、クエン酸三カリウムとが溶解された、pH6以上8未満の中性領域にある溶液である。
【0019】
リン酸二アンモニウムは、本実施形態に係る難燃剤の主成分であり、消火の際、燃焼により炭酸ガスとアンモニアガスに熱分解される。炭酸ガスは燃焼物への酸素を遮断し、燃焼物の酸化を中和して抑える。アンモニアガスは中和、冷却作用で燃焼物の再着火を防止して、周囲への延焼を防ぐ作用がある。
【0020】
リン酸一アルミニウムおよびリン酸三カルシウムは、難燃剤の難燃性能を向上させる成分であるアルミニウムおよびカルシウム分を含み、リン酸二アンモニウムのみでは不十分な難燃性能を補うために使用される。
【0021】
クエン酸三カリウムは、上記リン酸一アルミニウムおよびリン酸三カルシウムに含まれるアルミニウムやカルシウムのキレート剤として働く。つまり、強酸、強塩基の溶液中にしか溶解しないアルミニウムおよびカルシウムを中性領域の溶液にも溶解するよう、水溶性の錯体とするために使用される。具体的には、クエン酸カリウムを溶解すると、アルミニウムや、カルシウムよりイオン化傾向の高いカリウムが優先的にイオン化することで、残ったクエン酸がアルミニウムやカルシウムとキレートするため、アルミニウムやカルシウムは沈殿することなく水溶性の錯体となる。したがって、キレート剤としては、クエン酸は、本実施形態では有効ではない。また、クエン酸ナトリウム等は、キレート剤としては有効だが、クエン酸カリウムよりも難燃性が劣るため有効ではない。
【0022】
この本実施形態に係る難燃剤は、以下の手順により製造することが好ましい。
【0023】
まず、水にリン酸二アンモニウムと、クエン酸三カリウムを溶解し、第一の溶液を生成する。次いで、強酸に溶解されたリン酸一アルミニウム溶液にリン酸三カルシウム溶液を溶解し、第二の溶液を生成する。そして、この第一の溶液と第二の溶液とを混合し、本実施形態に係る難燃剤を得る。
【0024】
このような工程により製造することで、製造工程途中においてアルミニウムやカルシウムの沈殿物が生成することがなく、製造装置を簡易なものとすることができる。つまり、例えば、最初にリン酸二アンモニウム溶液にリン酸一アルミニウム溶液とリン酸三カルシウム溶液を溶解させると、キレート剤のクエン酸三カリウムが存在しないため、製造途中でアルミニウムおよびカルシウムのゲル状沈殿物が生成することとなり、量産方法としては適さない(ただし、この方法でも同様の難燃剤を得ることは可能である。)。
【0025】
さらに、本実施形態では、この難燃剤にピロリン酸カリウム、第四級アンモニウム塩やリン酸グアニル尿素が添加されていてもよい。
【0026】
ピロリン酸カリウムは、金属定着剤として有効に作用し、上記難燃剤のpHを調節し、木材等に適した難燃剤とすることができる。
【0027】
第四級アンモニウム塩は、木材等の防腐・防蟻性を高めるための添加剤である。この添加剤として、塩化ベンザルコニウム、ジメチルジアルキルアンモニウムクロリド等が例示できる。
【0028】
リン酸グアニル尿素は、上記難燃剤の難燃性を向上させる発泡形成体である。すなわち、リン酸グアニル尿素は、炎と接触すると発泡体を形成し、木材表面で炎を遮断する効果を持つ。
【0029】
なお、本実施形態に係る難燃剤は、キレート錯体の構造になっているため、界面活性の作用を持ち、木材の洗浄にも使用することができる。さらに、過酸化水素の3%水溶液を難燃剤に加えることで、難燃剤としてだけではなく、木材漂白剤としても作用する難燃剤とすることができる。
【0030】
このように、本実施形態に係る難燃剤によれば、ホウ酸類を含有していないため、人体や環境へ与える影響がほとんどなく、安全性の高い難燃剤とすることができる。また、木材表面における白化現象や、べたつきを防止することができる。さらに、中性領域の溶液にも拘わらず、アルミニウムやカルシウムといった難燃性能の高い成分が溶解した難燃剤とすることができる。
【0031】
本発明は上記実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
【実施例】
【0032】
以下、実施例を用いて本発明について詳細に説明する。
【0033】
以下の手順により、本実施例に係る難燃剤を調整した。まず、リン酸アンモニウム(ラサ工業(株)製)40kgを水(pH7.3)120kgに投入し、20分間攪拌して溶解した。次いで、クエン酸カリウム(扶桑化学工業(株)製)10kgを投入し、5分間攪拌して溶解し、第一の溶液を得た。
【0034】
また、リン酸一アルミニウム(ラサ工業(株)製、商品名:マルプ)24kgにリン酸三カルシウム(三井東圧化学(株)製)2kgを30分間攪拌して溶解し、透明で、やや灰色化した第二の溶液(pH1.7)を得た。
【0035】
このようにして得られた第一の溶液170kgに、第二の溶液26kgを加え、さらに、添加剤としてピロリン酸カリウム(ラサ工業(株)製)2kg、および防腐・防蟻剤として塩化ベンザルコニウム50%液(ロンザジャパン(株)製、商品名:HYAMINE(登録商標))2kgを加え、さらに、リン酸グアニル尿素((株)三和ケミカル製、商品名:アピノン405)20分間攪拌して溶解した。この溶液を濾過することで不純物を取り除いて、透明な難燃剤210kg(pH6.8〜7.5)を得た。
【0036】
このように得られた難燃剤について、下記の各種分析・試験を行った。
【0037】
(成分分析)
上記難燃剤を縦100mm×横100mm×厚さ15mmのスギ材に対し、木材用減圧加圧注入機の水槽内で減圧注入し(減圧条件:減圧0.128mPa下で一時間減圧注入し、六時間で常圧に戻した)、被検試料体を得た。この被検試料体のカンナ片(厚み0.1〜0.2mm)10×10mmを、電子線マイクロアナライザ(EPMA)((株)島津製作所製)により元素分析した結果を表1に示す。また、得られた難燃剤について、発光分析装置((株)島津製作所製 ICP−8100)により成分分析した結果を表2に示す。
【0038】
【表1】

【0039】
【表2】

【0040】
表1および2より、上記実施例に係る難燃剤には、アルミニウム、カルシウム、カリウム等の難燃効果のある金属成分が含有されていることが分かる。つまり、本実施形態に係る難燃剤は、木材等に適した中性領域の溶液でありながら、アルミニウムやカルシウムといった難燃性を向上させる成分が溶解している。
【0041】
(防耐火試験)
上記実施例により得られた難燃剤を使用した木材の防耐火性能について評価を行った。
【0042】
まず、所定のサイズのヒノキ材(縦100mm×横100mm×厚さ15mm)を用いて以下に示す三種類の試験片(a〜c)を作成した。
【0043】
(a)表面に難燃剤を塗布したもの(圧着ローラ塗装機で木材表面に塗布したもの)
(b)難燃剤を減圧注入したもの(減圧注入を円滑に行うため、木材の両側面の厚み7.5mmの位置に等間隔に三個所、直径2mm×深さ45mmのインサイジング処理を施し、難燃剤を減圧注入(減圧条件:減圧0.128mPa下で一時間減圧注入し、6時間で常圧に戻した)し、乾燥させたもの(含水率18%))
(c)未処理のもの
【0044】
図1にこれら条件(a)〜(c)のサンプルについて、コーンカロリーメータ試験を行った結果を示す。なお、このコーンカロリーメータ試験は、建築基準法に基づく防耐火試験方法と性能評価規格されているものであり、物質の燃焼時における発熱速度(kW/m)およびその累積値である総発熱量(MJ/m)により評価する。なお、難燃材料の性能適合基準は、以下の(1)〜(3)の通りである。
【0045】
(1)5分間の加熱により、総発熱量が8(MJ/m)以下であること
(2)発熱速度が10秒以上継続して200(kW/m)を超えないこと
(3)裏面まで貫通する亀裂及び穴がないこと
【0046】
図に示されるように、「(a)難燃剤を塗布したもの」および「(b)難燃剤を減圧注入したもの」は、「(c)未処理のもの」と比較し、発熱速度が小さく、総発熱量も小さい。そして、「(a)難燃剤を塗布したもの」および「(b)難燃剤を減圧注入したもの」、いずれもが上記(1)〜(3)の難燃材料の性能適合基準を満たした。特に、「(b)難燃剤を減圧注入したもの」については、木材の難燃性能が非常に高く、総発熱量を「(c)未処理のもの」の約20%に抑えることができた。
【0047】
(毒性試験)
上記実施例により得られた不燃材を検体として、雌マウスを用いた急性経口毒性試験を行った。その設定条件を表3に示す。
【0048】
【表3】

【0049】
表3に示すように、実験例1〜4は、マウスの体重あたりの検体投与量をそれぞれ20、10、3、0.3(ml)変化させたものである(検体投与量の右に各条件における試験液(検体)濃度およびその投与容量を示している)。また、比較例として、マウスの体重当たり20(ml)の注射用水を投与したものを用意した。
【0050】
ここで、マウスは、各実験例・比較例につきそれぞれ5匹を使用した。検体投与前には、約4時間絶食させ、体重を測定後、表1に示す投与量で、毎日、検体(あるいは注射用水)を胃ゾンデを用いて強制単回経口投与した。
【0051】
また、マウスは、5週齢のICR系雌マウスを約1週間の予備飼育を行って一般状態に異常のないことを確認した後、試験に使用した。このマウスは、各実験例・比較例ごとにポリカーボネート製ゲージに各5匹ずつ収容し、室温23±2(℃)、照明時間12(時間/日)に設定した飼育室において飼育した。飼料(日本農産工業(株)製、商品名:ラボMRストック(登録商標))および飲料水(水道水)は自由に摂取させた。観察期間は、14日間とし、投与日翌日からは1日1回観察を行った。
【0052】
その結果として、いずれの実験例においても観察期間中に死亡例、異常例等は見られなかった。
【0053】
また、投与後7日および14日に体重を測定し、一元配置の分散分析法により有意水準5%で統計学的検定を行った。その結果を表4に示す(値はマウス5匹の平均値±標準偏差(単位g))。
【0054】
【表4】

【0055】
表4から分かるように、検体投与後7日および14日の体重測定において、実験例1〜4のすべてについて、比較例と比較し体重値に有意差は見られなかった。
【0056】
また、観察期間終了後、全てのマウスについて剖検を行ったが、すべてのマウスに異常は見られなかった。したがって、上記難燃剤のマウスにおける単回経口投与によるLD50値は、雌では20(ml/kg)以上であるものと考えられ、これらの結果を総合的に判断すると、本実施例に係る難燃剤の毒性は低いことが推察される。
【0057】
(過酸化水素の添加による効果の確認試験)
屋外で黒灰色に変色した米松材(縦100mm×横500mm×厚さ30mm)に、上記難燃剤100重量部に対し3.5%過酸化水素水を50重量部加えた溶液を塗布した。一時間乾燥後、さらにこの溶液をかけながらたわしでアク洗いを行った。
【0058】
その結果、木材内の泥や分解されたリグニンなどが溶出し、水で洗浄することで元の米松に戻った。
【0059】
さらに、乾燥後、この木材をバーナで10分間炙った。その結果、炙った部分はリン酸が泡状に盛り上がり、炎を遮断していたため、この木材が延焼することはなかった。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明に係る難燃剤およびその製造方法は、木造建築物の建材や、木製の家具や工芸品の材料といった木材だけでなく、壁紙等の紙製品にも使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本発明の実施例に係る難燃剤を塗布した木材(a)、本発明の実施例に係る難燃剤を減圧注入した木材(b)、未処理の木材(c)について、物質の燃焼時における発熱速度(kW/m)およびその累積値である総発熱量(MJ/m)を測定したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸二アンモニウムと、リン酸一アルミニウムと、リン酸三カルシウムと、クエン酸三カリウムとを中性領域の水溶液に溶解させたことを特徴とする難燃剤。
【請求項2】
請求項1に記載の難燃剤にピロリン酸カリウムが添加されていることを特徴とする難燃剤。
【請求項3】
請求項1または2のいずれかに記載の難燃剤に第四級アンモニウム塩が添加されていることを特徴とする難燃剤。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の難燃剤に過酸化水素が添加されていることを特徴とする難燃剤。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の難燃剤にリン酸グアニル尿素が添加されていることを特徴とする難燃剤。
【請求項6】
リン酸二アンモニウムおよびクエン酸三カリウムを溶解する第一の溶液の生成工程と、リン酸一アルミニウムとリン酸三カルシウムを溶解する第二の溶液の生成工程と、前記第一の溶液と第二の溶液とを混合する混合工程とからなることを特徴とする難燃剤の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−231363(P2008−231363A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−76869(P2007−76869)
【出願日】平成19年3月23日(2007.3.23)
【出願人】(305017505)北斗製材工業株式会社 (4)
【Fターム(参考)】