説明

電位差測定装置

【課題】 電位差計測装置において,ネルンストの式に従う電位が発生するにはある程度の時間(応答時間)が必要であることがわかった。また,この応答時間は装置を繰り返して使用すると徐々に長くなる傾向が見られた。
【解決手段】 試料溶液保持部と,試料溶液保持部に導入される試料溶液に接触し,親水性基を有する分子と電気化学活性物質を有する分子とが,表面に並んで結合した測定電極と,試料溶液保持部に導入される試料溶液に接触する参照電極と,測定電極と参照電極との間の電位差を測定する電位差計とを備えた電位差測定装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,電気的な計測を行い生体物質・環境物質を高精度,高感度および高スループットに測定することのできる測定装置,および測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
血液検査は健康状態の把握や病気の早期発見の手段として広く普及している。血液検査では,要求精度,迅速性,コストなどに応じて,大型の生化学自動分析装置を用いる場合や,小型のポイント・オブ・ケア・テスティング(POCT)向け装置を用いる場合がある。大型の生化学自動分析装置は総合病院や検査センターに導入されていて,単位時間当たりの検体処理能力が高く測定精度も比較的高く,ランニングコストも比較的低いため,健康診断などの定期的な検査に適している。一方,POCT向け装置では,現状では測定精度は大型の生化学自動分析装置には及ばないものの,検体を採取したその場ですぐに検査結果が得られる迅速性を有しているため,術中検査などの緊急検査,外来患者に対する検査,救急車内での検査,診療所での検査,自己血糖測定などの在宅での自己検査に適している。
【0003】
POCT向け装置では,電気的な測定法が用いられることがしばしばある。これは,電気的な測定法を用いることで,光学的な測定法を用いる場合に比べて装置を小型化することができるためである。電気的な測定法の一つである電流計測法は,試薬と試料の反応の生成物(通常は酸化還元物質)を電極で反応させ電流値として測定し,測定対象物濃度を求める電気化学的測定法である。通常,電流計測法では,次に示すコットレルの式やこれを応用した式に従い電極に流れる電流iを測定する。
【0004】
【数1】

【0005】
電流計測法を用いた装置としては,血糖値を測定するグルコースセンサなどがあり(例えば特許文献1),チップは使い捨てを前提として作られている。
【0006】
他の電気的な測定法である電位差計測法は電流計測法とは異なり,信号が電極面積に依存しない電気化学的測定法である。電位差計測法は,金や白金などでできた測定電極(作用電極)と参照電極で構成され,測定溶液中に酵素と酸化還元物質が存在する(特許文献2,特許文献3)。また,測定電極と参照電極は,電圧計などの電圧を測定する装置に接続されている。測定溶液中に測定対象物質が添加されると,酵素反応により測定対象物質が酸化され,同時に酸化状態の酸化還元物質が還元される。その際に生じる測定電極の表面電位は次のネルンストの式に従う。
【0007】
【数2】

【0008】
上式には電極の面積が含まれず,表面電位は電極面積に依存しない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平2-245650
【特許文献2】特表平9-500727
【特許文献3】特開2008-128803
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記のような特徴を有する電位差計測方式を用いて測定装置を構築したところ,ネルンストの式に従う電位が発生するにはある程度の時間(応答時間)が必要であることがわかった。また,この応答時間は装置を繰り返して使用すると徐々に長くなる傾向が見られた。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決する手段として代表的な例として、試料溶液保持部と,前記試料溶液保持部に導入される試料溶液に接触し,親水性基を有する分子と電気化学活性物質を有する分子とが,表面に並んで結合した測定電極と,前記試料溶液保持部に導入される試料溶液に接触する参照電極と,前記測定電極と前記参照電極との間の電位差を測定する電位差計とを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
上記構成とすることによって,応答時間を短縮することができ,装置のスループットを向上させることができる。また、繰返しの測定を行う際に,応答時間が測定精度に影響を及ぼす程度よりも短い時間を維持するため,測定の高い再現性が維持される。さらに,応答時間は試料の濃度に反比例する傾向が見られるが,上記構成とすることでより低濃度の試料を測定する際にも応答時間が短くなり,結果として装置の感度が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】測定電極の例である。
【図2】電位差計測装置の構成図の例である。
【図3】図2の装置の動作を説明するフローチャートの例である。
【図4】親水性基を有する分子と電気化学活性物質を有する分子とが,表面に並んで結合した測定電極を用いることの効果の例である。
【図5】測定電極の等価回路の例である。
【図6】親水性基を有する分子と電気化学活性物質を有する分子とが,表面に並んで結合した測定電極を用いることの効果の例である。
【図7】親水性基を有する分子と電気化学活性物質を有する分子とが,表面に並んで結合した測定電極を用いることの効果の例である。
【図8】親水性基を有する分子と電気化学活性物質を有する分子とが,表面に並んで結合した測定電極を用いることの効果の例である。
【図9】測定電極の例である。
【図10】グルコース濃度を測定した結果の例である。
【図11】コレステロール濃度を測定した結果の例である。
【図12】電位差変化を測定した結果の例である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下,実施例を図面を用いて説明する。
【0015】
図2は,電位差計測法により試料中の測定対象物質を測定する装置の構成図の一例である。図2(A)に示す測定装置は,駆動部201と制御部202から成り,駆動部201と制御部202は接続されている。駆動部201は,試料搬送部203,試料配置部204,試料配置部204に配置された試料を導入する試料導入部205,試料導入部からの試料を流路内に保持する試料溶液保持部206,流路内の試料と接触するように設けられた測定電極207及び参照電極208,測定電極と参照電極の間の電圧を測定する電位差計209,流路内の試料を送液する送液部210,測定後の試料などを廃液するための廃液容器211からなる。制御部202は,データ処理装置212,データ表示装置216を有し,データ処理装置212は,例えば,演算装置213,一時記憶装置214,不揮発性記憶装置215を有している。試料配置部204としては、複数の試料容器を配置させ交換できるような構成とすることができる。
【0016】
図2(B)に測定電極207と試料溶液保持部206内の流路の拡大図を示す。送液部210により試料は矢印の方向に進み測定電極に接触する。送液部210を用いる代わりにシリンジなどで試料導入部205から試料溶液を注入しても良い。
【0017】
図3は,測定手順を示す図の一例である。試料配置部204に測定したい試料数だけ試料溶液を配置する(302)。駆動部201により試料配置部204を試料導入部205まで移動させ(305),送液部210により試料配置部204内の試料溶液を試料導入部205から吸引し,試料溶液保持部206内を試料溶液で満たす(306)。一定時間待機した後(307),試料溶液が測定電極と参照電極に接触した状態で,電位差計により測定電極と参照電極の間の電位差を測定し記録する(308)。送液部により試料溶液保持部にある試料溶液を廃液容器に廃液する(309)。304〜309の動作を測定したい試料について行った後(303),ネルンストの式やそれを変形した式に従い,電位差から試料中の測定対象物質の濃度を算出し(310),結果を表示する(311)。
【0018】
試料溶液として,検体と試薬の混合物を用いることで,検体中の測定したい物質(測定項目)の濃度を求めることができる。検体としては,一例として,血液,尿,唾液がある。試薬の組成と測定項目を表に示す。
【0019】
【表1】

【0020】
測定したい物質に対する抗体を用いることで,酵素免疫測定法により様々な物質を測定することができる。その際の,標識酵素と基質の組み合わせの一例を表に示す。
【0021】
【表2】

【0022】
図1は測定電極207の表面修飾の一例を示す図である。測定電極207には,望ましくは,親水性基を有する分子と電気化学活性物質を有する分子が,表面に並んで結合した測定電極を用いる。
【0023】
測定電極の表面に結合させる電気化学活性物質は,一例として,6−フェロセニル−1−ヘキサンチオール(CAS番号134029-92-8),8−フェロセニル−1−オクタンチオール(CAS番号146056-20-4),11−フェロセニル−1−ウンデカンチオール(CAS番号127087-36-9)がある。
【0024】
測定電極の表面に結合させる親水性基を有する分子は,一例として,6−ヒドロキシ−1−ヘキサンチオール(CAS番号1633-78-9),8−ヒドロキシ−1−オクタンチオール(CAS番号 33065-54-2),11−ヒドロキシ−1−ウンデカンチオール(CAS番号 73768-94-2),16−ヒドロキシ−1−ヘキサデカンチオール(CAS番号114896-32-1)11−メルカプトウンデカノールトリエチレングリコールエーテル(CAS番号130727-41-2),11−メルカプトウンデカノールヘキサエチレングリコールエーテル(CAS番号130727-44-5),16−メルカプトヘキサデカノールトリエチレングリコールエーテル,16−メルカプトヘキサデカノールヘキサエチレングリコールエーテルがある。
【0025】
図1(A)は、比較例として電気化学活性物質を有する分子として11−フェロセニル−1−ウンデカンチオール(11-FUT)のみを並べた場合、図1(B)は11-FUTと11−ヒドロキシ−1−ウンデカンチオール(11-HUT)を並べた場合、図1(C)は11-FUTと11−メルカプトウンデカノールトリエチレングリコールエーテル(11-MUEG3)を並べた場合、図1(D)は11-FUTと11-HUTと11-MUEG3を1:8:1で並べた場合を示している。
【0026】
図1では金の電極にアルカンチオールを修飾することで,親水性基を有する分子と電気化学活性物質を有する分子が,表面に並んで結合した測定電極としたが,金以外にも白金や銀などの貴金属にイオン結合や共有結合による化学修飾を施しても良い。また、上記のアルカンチオールを用いた修飾以外にも、例えばチオールベンゼンなどを末端に有するチオール化合物を用いることができ、電気化学活性物質を修飾した分子、親水性基を修飾した分子がそれぞれ並んで配置されるようにできればよい。並んだときのそれぞれの分子の高さが揃う方が、電気化学活性物質の存在する雰囲気を親水性とする点および試料交換時の試料の入れ替えの点でよい。
【0027】
図4は,親水性基を有する分子と電気化学活性物質を有する分子とが,表面に並んで結合した測定電極を用いることの効果の一例を示す測定結果である。電気化学活性物質として11−フェロセニル−1−ウンデカンチオール(11-FUT)と、親水性基を有する分子として11−ヒドロキシ−1−ウンデカンチオール(11-HUT)とをそれぞれ表面に並んで結合させた直径1.6mmの金電極を測定電極とした(以下,11-HUT混合電極)。具体的には,11-HUTと11-FUTを合計500μmol/L含むエタノール溶液に金電極を1時間浸漬して作製した。
【0028】
比較対照として,電気化学活性物質である11−フェロセニル−1−ウンデカンチオール(11-FUT)と、親水性基を含まない11−ウンデカンチオール(11-UT)とを表面に並んで結合させた直径1.6mmの金電極を測定電極とした(以下,11-UT混合電極)。具体的には,11-HUTと11-FUTを合計500μmol/L含むエタノール溶液に金電極を1時間浸漬して作製した。
【0029】
フェリシアン化カリウム5mmol/Lとフェロシアン化カリウム5mmol/Lを含むリン酸緩衝液に測定電極,参照電極(銀塩化銀参照電極),対向電極(白金電極)を配置し,3電極法を用いて測定電極の交流インピーダンスを測定した。得られた交流インピーダンスを,図5に示す等価回路で近似した。図5の抵抗Rsは溶液抵抗を,抵抗Rdlは電極表面の抵抗を,容量Cdlは電極表面の静電容量を表す。
【0030】
電気的緩和時間τをτ=RdlCdlと定義して,さらに,11-FUTと11-HUTの合計濃度に対する11-FUTの割合もしくは11-FUTと11-UTの合計濃度に対する11-UTの割合を11-FUTの割合として,横軸を11-FUTの割合,縦軸を電気的緩和時間として図4にプロットした。黒丸は11-HUT混合電極を,白丸は11-UT混合電極を表す。
【0031】
親水性基を有する11-HUT混合電極の方が11-UT混合電極よりも電気的緩和時間が短いことが示されている。そして、11-FUTのみを表面に結合させた場合(11-FUTの割合が1)よりも,11-FUTと11-HUTを並んで結合させた場合(11-FUTの割合が0より大きく1より小さい)のほうが電気的緩和時間が短くなった。11-HUT混合電極では、11-FUTの割合が0.2程度で緩和時間は最小になり,それよりも11-FUTの割合が減少すると電気的緩和時間は増加した。また,抵抗値の変化に比べてキャパシタンスの変化はほぼ一定であり,電気的緩和時間の変化は抵抗値の変化が支配的であった。
【0032】
ここで図4の詳細について検討すると、11-FUTの割合としては0.01以上0.9以下の範囲内であれば電気的緩和時間は下がることが分かる。さらに11-FUTの割合として0.5以下であれば電気的緩和時間を0.01秒以下とすることができる。
【0033】
以上の結果から,次のことが考えられる。11-FUTのみを表面に結合させた金電極に比べて11-HUTも表面に結合させた金電極はヒドロキシル基の働きで金電極表面が親水性になる。そのため,親水性であるフェリシアン化カリウムおよびフェロシアン化カリウムが金電極表面に近づきやすくなり,フェリシアン化カリウムよびフェロシアン化カリウムとフェロセン基との単位時間当たりの酸化還元反応量,すなわち酸化還元反応速度が向上する。しかし,さらに11-FUTの割合が減少するとフェリシアン化カリウムよびフェロシアン化カリウムと反応するフェロセン基の面密度が減少するため,酸化還元反応速度が減少する。
【0034】
図9は,11−フェロセニル−1−ウンデカンチオール(11-FUT)と11−ヒドロキシ−1−ウンデカンチオール(11-HUT)とを表面に並んで結合させた電極での,分子の並びを模式的に表したものである。黒丸がフェロセンを,白丸が水酸基を表している。これらの分子が蜂の巣状に並ぶ場合,(A)のように11-FUTの割合が0.33程度でフェロセン同士がとなり合わずに水酸基に囲まれる。しかし,この場合でも密度にムラがあるとフェロセン同士が隣り合う可能性があり,(B)のように11-FUTの割合が0.125程度でフェロセンが2分子以上離れることができ,フェロセン同士がとなり合わなくなる確率が高まる。また,分子が升目状に並ぶ場合,(C)のように11-FUTの割合が0.5程度でフェロセン同士が隣り合わなくなり,(D)のように0.1程度でフェロセン同士が2分子以上離れることができる。尚,11-FUTなどアルカンチオールの電極表面での並びは電極の結晶面に依存しているため,結晶面を制御せずに作製した電極ではどのような並び(蜂の巣状か升目状か)になるかは定まらない。
【0035】
図6は,電気的緩和時間と図2の測定装置で実測した緩和時間の関係を示すグラフである。図2の測定装置を用いて,第1の試料配置部に500μmol/Lフェリシアン化カリウムと500μmol/Lフェロシアン化カリウムを含むリン酸緩衝液(1:1試料)を,第2の試料配置部に900μmol/Lフェリシアン化カリウムと100μmol/Lフェロシアン化カリウムを含むリン酸緩衝液(9:1試料)を配置し,順番に測定を行った。ここで測定電極としては、様々な比率で作製した11-HUT混合電極もしくは11-UT混合電極を用いた。はじめに1:1試料を試料溶液保持部に保持させた後、試料搬送部203を回転させる等の駆動部による駆動により、9:1試料が試料溶液保持部に吸引されることで,測定電極と参照電極の電位差は,1:1試料に対する電位差から9:1試料に対する電位差に変化する。電位差の応答時間を全変化に対する 1/e(自然対数の底)の変化の得られる時間と定義し,図6に,縦軸を電位差の応答時間の測定値,横軸を測定に用いた電極の電気的緩和時間としてプロットした。電気的緩和時間0.2秒付近を境に,それより長い時間域においては電気的緩和時間と電位差の応答時間が一致し,それより短い時間域においては電位差の応答時間はほぼ一定値となった。これは,
【0036】
【数3】

【0037】
と考えると説明できる。すなわち電位差の応答時間は,測定電極の電気的緩和時間と試料溶液保持部での試料溶液の入れ替わりにかかる時間に支配されており,どちらか大きい因子が支配的となる。今回の測定においては,溶液交換時間が0.2秒程度であり,この時間を境に,より長い時間域では電気的緩和時間が支配要因となり,より短い時間域では溶液交換時間が支配要因となった。尚,ここで言う溶液交換時間とは,測定電極の位置で試料溶液が1:1試料から9:1試料に置換され始めてから置換され終わるまでの時間のことである。
【0038】
図7は,親水性基を有する分子と電気化学活性物質を有する分子とが,表面に並んで結合した測定電極を用いることの効果の一例を示す測定結果である。図2の測定装置を用いて,第1の試料配置部に500μmol/Lフェリシアン化カリウムと500μmol/Lフェロシアン化カリウムを含むリン酸緩衝液(1:1試料)を,第2の試料配置部に900μmol/Lフェリシアン化カリウムと100μmol/Lフェロシアン化カリウムを含むリン酸緩衝液(9:1試料)を配置し,順番に測定を行った。
【0039】
図7中、丸印は測定電極に11-FUTのみを表面に結合させた電極を用いた場合であり、三角印は測定電極に親水性基を有する分子と電気化学活性物質を有する分子とが,表面に並んで結合した電極を用いた場合を示す。また、それぞれ白抜きは清浄な場合、黒色は下記するように電極を汚染させた場合である。
【0040】
まず、9:1試料中のフェロシアン化カリウム濃度を繰返し測定したところ,測定電極に11-FUTのみを表面に結合させた金電極を用いた場合,測定再現性(測定値の標準偏差を測定値の平均値で除算したもの)は0.3%であった。同様に,50μmol/L 11-FUTと5μmol/L 11-HUTを含むエタノール溶液を用いて表面に11-FUTと11-HUTを結合させた金電極を測定電極に用いた場合,測定再現性は0.3%であった。
【0041】
一方,それぞれの電極を血清に1時間浸漬した後に同様の測定を行ったところ,11-FUTのみを表面に結合させた金電極での測定再現性は9.7%と再現性が低下したが,11-FUTと11-HUTを結合させた金電極での測定再現性は0.3%と,血清に浸漬させる前と変化が無かった。
【0042】
この原因を調べたところ,図7に示すように,試料溶液が1:1試料から9:1試料に入れ替わる際の応答の違いが見られた。横軸は,溶液入れ替えの瞬間を0秒とした。それぞれの電位差の応答時間は,11-FUTのみを表面に結合させた金電極では,血清浸漬前が0.6秒,血清浸漬後が1.8秒であったのに対し,11-FUTと11-HUTを結合させた金電極では,血清浸漬前後で0.6秒と一定であった。
【0043】
尚、電気的緩和時間を上記の3電極法を用いて測定したところ,11-FUTのみを表面に結合させた金電極では,血清浸漬前が0.2秒,血清浸漬後が1.8秒であったのに対し,11-FUTと11-HUTを結合させた金電極では,血清浸漬前が0.2ミリ秒,血清浸漬後が3ミリ秒であった。
【0044】
本測定での溶液交換時間が0.6秒程度であるとすると,電位差の応答時間は電気的緩和時間で説明可能である。また,血清の代わりに全血を用いた場合も,11-FUTと11-HUTを結合させた金電極でも,電位差の応答時間は全血浸漬前後で0.6秒と一定であった。
【0045】
図8は,親水性基を有する分子と電気化学活性物質を有する分子とが,表面に並んで結合した測定電極を用いることの別の効果も示している。図8は,図1に示した測定電極(A)〜(D)を用いて,測定電極作製直後と血清に1時間浸漬後にインピーダンス計測により電気的緩和時間を評価した結果を示している。まず図1(A)のように11-FUTのみを並べて結合させた金電極では、血清浸漬前が0.16秒,血清浸漬後が1.6秒と電気的緩和時間が大きい上、汚染に対しても影響が見られた(図8(a))。
【0046】
また、図1(B)のように11-FUTと11-HUTを結合させた金電極では,血清浸漬前が0.2ミリ秒,血清浸漬後が3ミリ秒と血清への浸漬による電極汚染の影響で電気的緩和時間が15倍程度に増加した(図8(b))。
【0047】
そして図1(C)のように、50μmol/L 11-FUTと5μmol/L 11−メルカプトウンデカノールトリエチレングリコールエーテル(11-MUEG3)を含むエタノール溶液を用いて表面に11-FUTと11-MUEG3を結合させた金電極を測定電極に用いた場合,血清浸漬前が4ミリ秒,血清浸漬後が5ミリ秒と血清への浸漬による電極汚染の影響で電気的緩和時間が1.25倍程度であった(図8(c))。
【0048】
エチレングリコール基が電極表面に結合したことで,血清中の汚染物質の電極表面への結合が抑制されたことが考えられる。すなわち,親水性基を有する分子と電気化学活性物質を有する分子とが表面に並んで結合することで,(1)電気化学活性物質を取り囲む雰囲気を親水性とすることで試料溶液中の親水性の酸化還元物質との反応速度を向上させる,(2)電極表面を親水性とすることで汚染物質の吸着を抑制する,という2つの効果が得られる。
【0049】
この結果を踏まえて,(1)と(2)の両方の特徴を備えた電極として,図1(D)のように、11-FUTと11-HUTと11-MUEG3を1:8:1で混合した溶液で金電極の表面修飾を行ったところ,得られた電極では,初期の電気的緩和時間が小さく(2.5ミリ秒),血清浸漬後の電気的緩和時間の増加も小さかった(2.5ミリ秒→3ミリ秒)(図8(d))。
【0050】
電流計測法と電位差計測法では,電極の汚染の影響が本質的に異なる。電流計測法では,電極が汚染されるとコットレルの式における電極面積Aが実効的に減少したり,酸化還元物質の拡散係数D0が実効的に減少したりする。その結果,繰返し使用により電極が汚染されると同じ濃度の測定対象物質を測定しても電流値は減少する。一方,電位差計測法では,ネルンストの式に電極面積や酸化還元物質の拡散係数が含まれないため,繰返し使用により電極が汚染されても理論的には電位差に変化は生じない。しかし,実験結果から分かるように,繰返し使用により電極が汚染されると,恐らくは拡散係数が影響を受けるなどして電気的緩和時間が増加し,この時間以上経過しないと理論的に導かれる電位差は得られなくなる。一方で,このことは電気的緩和時間以上の時間待機してから電位差計測を行えば,電極汚染の影響を受けにくくなることも意味している。従って,初期の電気的緩和時間を短くしたり,繰返し使用による電気的緩和時間の増加を抑制したりすることは,電位差計測法においてその効果を発揮するものである。というのも,電流計測法では,電極の状態が変化する場合には初期の状態やその程度に関わらず測定に影響を及ぼすためである。また,電位差の応答時間と電気的緩和時間と溶液交換時間の関係式から分かるように,電気的緩和時間<<溶液交換時間 となるようにすることで,電極汚染や個体差に起因する電気的緩和時間の変動やばらつきが,待機する時間に影響を与えなくすることができる。
【0051】
親水性基を有する分子と電気化学活性物質を有する分子とが,表面に並んで結合した測定電極を用いることで,別の効果も得られる。
【0052】
11−フェロセニル−1−ウンデカンチオール(11-FUT)と11−ヒドロキシ−1−ウンデカンチオール(11-HUT)とを表面に並んで結合させた直径1.6mmの金電極を測定電極とした。試料溶液としてフェリシアン化カリウムとフェロシアン化カリウムの濃度比が1:1(1:1溶液)もしくは9:1(9:1溶液)であり合計濃度が10mmol/L,1mmol/L,100μmol/Lのリン酸緩衝溶液を用いた。
【0053】
合計濃度が等しい1:1溶液と9:1溶液を交互に測定したところ,11-FUTのみを表面に結合させた金電極に比べて,11-FUTと11-HUTを表面に並んで結合させた金電極では,100μmol/Lでの電位変化が増加し,理論値(56.5mV)に近づいた。これは,11-FUTと11-HUTを表面に並んで結合させた金電極では,電極表面のフェロセン基と溶液中のフェリシアン化カリウムおよびフェロシアン化カリウムとの反応速度が向上したため,より低濃度の試料溶液を測定できるようになったためである。
【0054】
さらに,それぞれの電極を血清中に1時間浸漬し,検体による電極汚染を模擬したところ,11-FUTのみを表面に結合させた金電極では1mmol/L以下の濃度での電位変化が大きく減少したのに対し(図12(B)),11-FUTと11-HUTを表面に並んで結合させた金電極では汚染の電位変化に及ぼす影響はほとんど見られなかった(図12(A))。
【0055】
図10は,図2の装置を用いて血清中グルコースの測定を行った結果の例を示す。フェリシアン化カリウム,フェロシアン化カリウム,グルコースキナーゼ,グルコース6リン酸脱水素酵素,ジアホラーゼ,アデノシン3リン酸,ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを含む試薬と検体を混合し,5分間反応させた溶液を試料溶液とした。ここでの測定電極としては、11−フェロセニル−1−ウンデカンチオール(11-FUT)と11−ヒドロキシ−1−ウンデカンチオール(11-HUT)とを表面に並んで結合させた直径1.6mmの金電極を用いた。他の測定電極を用いた場合も同様な結果が得られた。
【0056】
検体に,25〜200mg/dLグルコース水溶液を用いて測定を行った結果を図10(A)に示す。検体のグルコース濃度を設定グルコース濃度として横軸に,得られた電位差から求めたグルコース濃度を測定グルコース濃度として縦軸にプロットしたところ,良好な直線性が得られた。続いて,検体として血清を用いて25回繰返し測定を行ったところ,図10(B)に示す測定グルコース濃度の推移が観測された。平均値92.6mg/dLに対して標準偏差は1.0mg/dLであった。
【0057】
図11は,図2の装置を用いて血清中コレステロールの測定を行った結果の例を示す。ここでの測定電極としては、11−フェロセニル−1−ウンデカンチオール(11-FUT)と11−ヒドロキシ−1−ウンデカンチオール(11-HUT)とを表面に並んで結合させた直径1.6mmの金電極を用いた。他の電極を用いた場合でも同様の結果が得られた。フェリシアン化カリウム,フェロシアン化カリウム,コレステロールエステラーゼ,コレステロール脱水素酵素,ジアホラーゼ,ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを含む試薬と検体を混合し,5分間反応させた溶液を試料溶液とした。検体にコレステロール濃度既知の血清を用いて測定を行った結果を図11(A)に示す。検体のコレステロール濃度を設定コレステロール濃度として横軸に,得られた電位差から求めたコレステロール濃度を測定コレステロール濃度として縦軸にプロットしたところ,良好な直線性が得られた。続いて,検体として血清を用いて11回繰返し測定を行ったところ,図11(B)に示すように平均値202.4mg/dL,標準偏差2.2mg/dLであった。
【符号の説明】
【0058】
201 駆動部
202 制御部
203 試料搬送部
204 試料配置部
205 試料導入部
206 試料溶液保持部
207 測定電極
208 参照電極
209 電位差計
210 送液部
211 廃液容器
212 データ処理装置
213 演算装置
214 一時記憶装置
215 不揮発性記憶装置
216 データ表示装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料溶液保持部と,
前記試料溶液保持部に導入される試料溶液に接触し,親水性基を有する分子と電気化学活性物質を有する分子とが,表面に並んで結合した測定電極と,
前記試料溶液保持部に導入される試料溶液に接触する参照電極と,
前記測定電極と前記参照電極との間の電位差を測定する電位差計とを備えた電位差測定装置。
【請求項2】
前記試料溶液保持部は試料導入部を有する流路であることを特徴とする請求項1に記載の電位差測定装置。
【請求項3】
前記親水性基はOH基であることを特徴とする請求項1に記載の電位差測定装置。
【請求項4】
前記親水性基を有する分子は,さらにエチレングリコール基を有することを特徴とする請求項3に記載の電位差測定装置。
【請求項5】
前記電気化学活性物質はフェロセン誘導体であることを特徴とする請求項1に記載の電位差測定装置。
【請求項6】
前記親水性基を有する分子と前記電気化学活性物質を有する分子の総量に対する前記電気化学活性物質の割合が,0.01以上0.9以下であることを特徴とする請求項1に記載の電位差測定装置。
【請求項7】
前記親水性基を有する分子と前記電気化学活性物質を有する分子の総量に対する前記電気化学活性物質の割合が,0.01以上0.5以下であることを特徴とする請求項1に記載の電位差測定装置。
【請求項8】
前記親水性基を有する分子と前記電気化学活性物質を有する分子の総量に対する前記電気化学活性物質の割合が,0.01以上0.34以下であることを特徴とする請求項1に記載の電位差測定装置。
【請求項9】
前記親水性基を有する分子と前記電気化学活性物質を有する分子の総量に対する前記電気化学活性物質の割合が,0.01以上0.125以下であることを特徴とする請求項1に記載の電位差測定装置。
【請求項10】
前記親水性基を有する分子と前記電気化学活性物質を有する分子の総量に対する前記電気化学活性物質の割合が,0.01以上0.1以下であることを特徴とする請求項1に記載の電位差測定装置。
【請求項11】
前記測定電極は,貴金属からなることを特徴とする請求項1に記載の電位差測定装置。
【請求項12】
前記貴金属は,金,白金,もしくは銀からなることを特徴とする請求項11に記載の電位差測定装置。
【請求項13】
前記試料溶液は,全血試料,血清試料もしくは尿試料を含むことを特徴とする請求項1に記載の電位差測定装置。
【請求項14】
請求項2に記載の電位差測定装置において、複数の試料溶液を設置させる試料溶液設置部をさらに備え、設置される前記複数の試料溶液の一つが、前記試料導入部に触れるように備えられていることを特徴とする電位差計測装置。
【請求項15】
前記試料導入部に触れる試料溶液を交換するように駆動する駆動部を備えることを特徴とする請求項14記載の電位差計測装置。

【図3】
image rotate

【図5】
image rotate

【図9】
image rotate

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図4】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate


【公開番号】特開2012−181162(P2012−181162A)
【公開日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−45851(P2011−45851)
【出願日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)