説明

電力用変圧器の余寿命診断装置および余寿命診断方法

【課題】精度良く余寿命を診断することができる電力用変圧器の余寿命診断装置および余寿命診断方法を提供するものである。
【解決手段】撤去変圧器の負荷日誌記録や最寄りの気象観測データと最高油温度の定期および巡視点検記録により補正した熱履歴から得られる寿命損失と、撤去変圧器の巻線絶縁紙から測定した平均重合度との直接的な関係を求めたマスターカーブを作成し、被寿命診断変圧器の負荷日誌記録や最寄りの気象観測データと最高油温度の定期および巡視点検記録により補正した熱履歴から得られる寿命損失を、マスターカーブに当てはめて余寿命を診断するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電力用変圧器の余寿命診断装置および余寿命診断方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
変圧器の寿命は巻線絶縁紙の劣化度合いにより左右されるが、一般に劣化度合いを示す「平均重合度」が450程度に低下する値を「寿命の目安」(寿命レベル)としている。しかしながら、運転中の変圧器から平均重合度を測定するために巻線絶縁紙を採取することは、巻線を含む変圧器の構造と絶縁紙修復後の絶縁強度維持の観点から極めて難しい。
【0003】
このため、絶縁紙劣化の進行に伴い絶縁油中に発生する劣化指標生成物と呼ばれる化学成分(CO+CO 、フルフラール等)を採油しこれを測定することで、その生成量と平均重合度の関係を求め、累積発生量から間接的に余寿命を診断する手法が一般に用いられている(例えば特許文献1)。
【0004】
ところが、これら劣化指標生成物の発生起因となる変圧器の構成材料は、巻線絶縁紙のみならず、プレスボードや木材などがあり、また、発生速度が温度に依存することから、材料構成比の違いや負荷率・外気温度の影響等により、発生量と平均重合度の関係にばらつきが発生し精度良く余寿命を診断することは難しかった。また劣化指標生成物による診断は、個々の変圧器が辿ってきた巻線最高点温度の熱履歴の違いにより生成量が左右されることから、推定した平均重合度のばらつきが大きく、余寿命診断結果の誤差が大きいという問題があった。
【0005】
また熱履歴を用いた診断手法として、平均重合度と巻線最高点温度の時間積分曲線を予め作成し、温度センサにより測定した温度と時間から前記曲線と比較し余寿命を診断する手法が提案されている(例えば特許文献2)。この場合、変圧器の熱履歴を考慮するには、巻線中への温度センサの埋め込みと、その測定装置等のデータ処理装置の取付けが必要となるため適用される変圧器が限定され、複数台の変圧器を診断する場合には設備が複雑となり実用的ではなかった。
【特許文献1】特開2002−367842
【特許文献2】特公平2−27809号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記問題を改善し、巻線絶縁紙の熱履歴と平均重合度の直接的な関係を求め、劣化指標生成物による診断での誤差要因となる熱履歴や設計条件の違い等を排除することで、余寿命診断精度の向上を図った電力用変圧器の余寿命診断装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の請求項1、3記載の電力用変圧器の余寿命診断装置または方法は、
(1)
撤去変圧器が運転されてきた巻線最高点温度の履歴を、運転時の外気温度記録や負荷履歴から推定する第1の手段またはステップと、
(2)
撤去変圧器の運転時において点検時に測定した絶縁油温度から、前記推定された巻線最高点温度の履歴を補正する第2の手段またはステップと、
(3)この補正された撤去変圧器の巻線最高点温度の履歴とその継続時間から得られる寿命損失Vと、撤去変圧器の巻線絶縁紙から測定した巻線絶縁紙の劣化度合いの指標となる平均重合度Nとの関係からマスターカーブを作成する第3の手段またはステップと、
(4)
寿命診断変圧器が運転されてきた巻線最高点温度の履歴を、運転時の外気温度記録や負荷履歴から推定する第4の手段またはステップと、
(5)
被寿命診断変圧器の運転時における点検時に測定した絶縁油温度から、前記推定された巻線最高点温度の履歴を補正する第5の手段またはステップと、
(6)この補正された被寿命診断変圧器の巻線最高点温度の履歴とその継続時間から得られる寿命損失V を、前記第3の手段またはステップで作成したマスターカーブに当てはめて、現在の平均重合度N を推定し、設定した寿命レベルの平均重合度N に対応する寿命損失V と前記寿命損失V との差から被寿命診断変圧器の余寿命を測定する第6の手段またはステップとからなることを特徴とするものである。
【0008】
本発明の請求項2、4記載の電力用変圧器の余寿命診断装置または方法は、マスターカーブを作成する第3の手段またはステップにおいて、撤去変圧器の巻線絶縁紙から測定した平均重合度および巻線絶縁紙の加速劣化試験から測定した平均重合度を用いることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る請求項1、3記載の電力用変圧器の余寿命診断装置または方法によれば、入手が比較的容易な撤去変圧器の負荷日誌記録や最寄りの気象観測データと最高油温度の定期および巡視点検記録により補正した熱履歴から得られる寿命損失Vと、撤去変圧器の巻線絶縁紙から測定した平均重合度Nとの直接的な関係を求めたマスターカーブを作成し、被寿命診断変圧器の負荷日誌記録や最寄りの気象観測データと最高油温度の定期および巡視点検記録により補正した熱履歴から得られる寿命損失V を、マスターカーブに当てはめて設定した寿命レベルの寿命損失V との差から余寿命を求めることにより、精度良く余寿命を診断することができ、誤差要因を多く含む劣化指標生成物発生量を用いた診断手法に比べて精度の高い診断が可能である。
【0010】
従って熱履歴が全く異なる変圧器であっても、アレニウス則に従っていることから、指標となるマスターカーブ(寿命損失−平均重合度曲線)を1つの曲線で簡便に表現することができる。特に日射や冷却装置の冷却能力などの温度変動要因が大きい屋外設置の電力用変圧器の余寿命診断において、絶縁油温度の実測値と推定値の差から補正を行なって精度を高めることができる。
【0011】
また請求項2、4記載の電力用変圧器の余寿命診断装置または方法によれば、撤去変圧器の巻線絶縁紙から測定した平均重合度に加え、更に巻線絶縁紙の加速劣化試験から測定した平均重合度を用いることにより、特に寿命レベルや危険レベルでの診断の精度を更に向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
電力用変圧器の寿命を左右する巻線絶縁紙の劣化度合いを推定し、変圧器の余寿命診断の精度向上をさせた余寿命診断装置および余寿命診断方法を実現した。
【実施例】
【0013】
以下本発明の実施例を図1ないし図6を参照して詳細に説明する。先ず第1の手段またはステップでは、撤去変圧器について巻線最高点温度(ホットスポット)の巻線絶縁紙を採取し平均重合度を測定する。また必要に応じて、更に巻線絶縁紙の加速劣化試験により、平均重合度を測定しても良い。
【0014】
次に撤去変圧器の過去の負荷記録(日時、負荷率等)と、撤去変圧器が設置されていた場所に最も近い気象観測地点で観測された気温とから巻線最高点温度を算出する。図1は、外気温変動と負荷による温度上昇の関係を示す図であり、継続時間hにおける推定巻線最高点温度θ0は、下記(1)式により外気温変化θtと負荷電流によって生じる温度上昇値θLの和で推定している。
θ0[℃]=θt[℃]+θL[K]・・・・(1)
θ0:継続時間hにおける推定巻線最高点温度[℃]
θt:継続時間hにおける外気温度[℃]
θL:継続時間hにおける巻線最高温度上昇値[K]
具体的な巻線最高点温度上昇値の温度推定は図2に示す定格負荷時における変圧器内部温度分布と図3に示す継続時間hにおける変圧器内部温度分布の関係から次式で表される。
1.継続時間hにおける負荷率Lf
Lf=Px/Pn(=(負荷データ[kW]/力率)/変圧器定格容量[kVA])
Px:継続時間hにおける負荷[kW]
Pn:定格負荷[kW]
2.継続時間hにおける負荷損Wcx
Wcx=(Lf)×Wcn
Wcn:定格負荷時の負荷損[kW](工場試験記録データ引用)
3.継続時間hにおける最高油温度上昇値θoil(JEC-2200-1995「変圧器」参照)
θoil={(Wcx+Wfn)/(Wcn+Wfn)}0.8×θoiln
Wfn:無負荷損[kW]
θoiln:定格負荷時の最高油温度上昇値[K](工場試験記録データ引用)
4.定格負荷時の巻線最高点・最高油温間 温度差△θwmn(図2参照)
△θwmn=θwn+εmn(=15または10)―θoiln
θwn:定格負荷時の中央部平均巻線温度上昇値[K]
εmn:巻線最高点温度と抵抗法によって測定される巻線平均温度との差(油自然循環の場合には15℃,油強制循環の場合には10℃)
5.継続時間hにおける巻線最高点・最高油温間 温度差△θwm(JEC-2200-1995「変圧器」ならびに図3参照)
△θwm=(Lf)1.6×△θwmn
6.継続時間hにおける巻線最高温度上昇値θL(図3参照)
θL=θoil+△θwm
7.継続時間hにおける推定最高油温度θoilest
θoilest=θt+θoil
【0015】
第2の手段またはステップとして、撤去変圧器の運転時において点検時に測定した絶縁油温度から、(1)式で推定された巻線最高点温度の履歴を補正する。つまり、定期ならびに巡視点検においては変圧器の絶縁油温度を測定することから、この時の絶縁油温度定期記録を参照して次式により、巻線最高点温度の補正を行う。 θ[℃]=θ0[℃]+(θoilmeasav[℃]−θoilestav[℃])・・・・・ (2)
θ:継続時間hにおける補正巻線最高点温度[℃]
θ0:継続時間hにおける推定巻線最高点温度[℃]
θoilmeasav:実測最高油温度[℃](毎月の定期・巡視点検により測定される最高油温度記録の年間平均値)
θoilestav:推定最高油温度[℃](式7.により得られる毎月の推定最高油温度最大値の年間平均値)
【0016】
第3の手段またはステップとして、この補正された撤去変圧器の巻線最高点温度θiの履歴とその継続時間hiから得られる寿命損失Vを(3)式により求める。

【数1】

【0017】
次に寿命損失Vと、撤去変圧器の巻線絶縁紙および巻線絶縁紙の加速劣化試験から測定した巻線絶縁紙の劣化度合いの指標となる平均重合度Nとの関係を、図4に示すようにプロットする。複数の撤去変圧器について、上記手段をそれぞれ行なって寿命損失Vと平均重合度との関係をプロットする。例えば撤去変圧器Aについては、寿命損失V =exp(b θ )×h 、平均重合度N 、撤去変圧器Bについては、寿命損失V =exp(b θ )×h 、平均重合度N 、撤去変圧器Cについては、寿命損失V =exp(b θ )×h 、平均重合度N 、加速劣化試料Eについては、寿命損失V =exp(b θ )×h 、平均重合度N等を得ることにより図4に示すマスターカーブを作成する。このマスターカーブから、例えば平均重合度450に低下した時に、これを寿命損失としてV を求める。

【数2】




また例えば平均重合度250に低下した時に、危険レベルと設定する。
ここで温度θ〜θ、θは総運動時間h〜h,hに対する等価温度であり、以下のθ、hも同様である。
【0018】
第4の手段またはステップとして、被寿命診断変圧器が運転されてきた過去の負荷記録(日時、負荷率等)と、これが設置されていた場所に最も近い気象観測地点で観測された気温とから巻線最高点温度を算出する。この巻線最高点温度は上記(1)式により算出する。
【0019】
第5の手段またはステップとして、被寿命診断変圧器の運転時において点検時に測定した絶縁油温度定期記録を参照して、推定された巻線最高点温度の履歴を上記(2)式により補正する。
【0020】
第6の手段またはステップとして、この補正された被寿命診断変圧器の巻線最高点温度の履歴とその継続時間から得られる寿命損失V を下記(5)式により求める。

【数3】

【0021】
この被寿命診断変圧器の寿命損失V をマスターカーブに当てはめると平均重合度N と推定され、マスターカーブで設定した平均重合度450の寿命レベルの寿命損失V との差から被寿命診断変圧器の残存する余寿命損失V を算出する。
被寿命診断変圧器の余寿命損失V =V −V ・・・・(6)

【0022】
被寿命診断変圧器が今後も現在と同じ運用状況で運転されると仮定すれば、

【数4】


で表わせるので、(8)式に示すように(7)式の右辺がVと等価になった時が,余寿命h2iである。
V=exp(bθ11)×h21+exp(bθ12)×h22+・・・+exp(bθ1n)×h2n (1≦n≦m2)・・・・・(8)
よって、余寿命h2i は、
2i =h21+h22+・・・・・+h2n ・・・・(9)
となり、余寿命が残り(h21+h22+・・・・・+h2n) であると診断される。
【0023】
本発明の電力用変圧器の余寿命診断装置は、プログラム化されてCDロムなどの記録媒体に記録され、これをコンピュータにインストールし、データを入力して演算させることにより現在運転中の電力用変圧器の余寿命を診断する。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】外気温変動と負荷による温度上昇の関係を示す説明図である。
【図2】定格負荷時における変圧器巻線・油の温度上昇分布を示す概念図である。
【図3】継続時間hにおける変圧器巻線・油の温度上昇分布を示す概念図である。
【図4】絶縁紙の寿命損失と平均重合度の関係を表したマスターカーブを示すグラフである。
【図5】被寿命診断変圧器の現在までの寿命損失V とマスターカーブから求めた寿命レベルの寿命損失V とから、被寿命診断変圧器の残りの寿命損失V を求め、これから余寿命h を求める関係を示す説明図である。
【図6】本発明を示す構成図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)撤去変圧器が運転されてきた巻線最高点温度の履歴を、少なくとも運転時の外気温度記録と負荷履歴から推定する第1の手段と、
(2)撤去変圧器の運転時において点検時に測定した絶縁油温度に基づいて、前記推定された巻線最高点温度の履歴を補正する第2の手段と、
(3)この補正された撤去変圧器の巻線最高点温度の履歴とその継続時間から得られる寿命損失Vと、撤去変圧器の巻線絶縁紙から測定した巻線絶縁紙の劣化度合いの指標となる平均重合度Nとの関係を示すマスターカーブを作成する第3の手段と、
(4)被寿命診断変圧器が運転されてきた巻線最高点温度の履歴を、少なくとも運転時の外気温度記録と負荷履歴から推定する第4の手段と、
(5)被寿命診断変圧器の点検時に測定した絶縁油温度に基づいて、前記推定された巻線最高点温度の履歴を補正する第5の手段と、
(6)この補正された被寿命診断変圧器の巻線最高点温度の履歴とその継続時間から得られる寿命損失V を、前記第3の手段で作成したマスターカーブに当てはめて、現在の平均重合度N を推定し、設定した寿命レベルの平均重合度N に対応する寿命損失V と前記寿命損失V との差から被寿命診断変圧器の余寿命を測定する第6の手段と
からなることを特徴とする電力用変圧器の余寿命診断装置。
【請求項2】
マスターカーブを作成する第3の手段において、巻線絶縁紙の加速劣化試験から得られる寿命損失および平均重合度を併用することを特徴とする請求項1記載の電力用変圧器の余寿命診断装置。
【請求項3】
(1)撤去変圧器が運転されてきた巻線最高点温度の履歴を、少なくとも運転時の外気温度記録と負荷履歴から推定する第1のステップと、
(2)撤去変圧器の運転時において点検時に測定した絶縁油温度に基づいて、前記推定された巻線最高点温度の履歴を補正する第2のステップと、
(3)この補正された撤去変圧器の巻線最高点温度の履歴とその継続時間から得られる寿命損失Vと、撤去変圧器の巻線絶縁紙から測定した巻線絶縁紙の劣化度合いの指標となる平均重合度Nとの関係を示すマスターカーブを作成する第3のステップと、
(4)被寿命診断変圧器が運転されてきた巻線最高点温度の履歴を、少なくとも運転時の外気温度記録と負荷履歴から推定する第4のステップと、
(5)被寿命診断変圧器の点検時に測定した絶縁油温度に基づいて、前記推定された巻線最高点温度の履歴を補正する第5のステップと、
(6)この補正された被寿命診断変圧器の巻線最高点温度の履歴とその継続時間から得られる寿命損失V を、前記第3のステップで作成したマスターカーブに当てはめて、現在の平均重合度N を推定し、設定した寿命レベルの平均重合度N に対応する寿命損失V と前記寿命損失V との差から被寿命診断変圧器の余寿命を測定する第6のステップと
からなることを特徴とする電力用変圧器の余寿命診断方法。
【請求項4】
マスターカーブを作成する第3のステップにおいて、巻線絶縁紙の加速劣化試験から得られる寿命損失および平均重合度を併用することを特徴とする請求項3記載の電力用変圧器の余寿命診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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