説明

電子スピン共鳴測定装置の自動制御装置

【課題】 本発明は、マイクロ波共振器内の生体試料を電子スピン共鳴測定する時に、該試料の動きによる擾乱を補償でき、該測定を安定に行える連続波電子スピン共鳴測定装置の自動制御装置を提供する。
【解決手段】 電子スピン共鳴測定装置の自動マッチング制御回路は、共振器に接続された伝送線路から一部分岐された反射波信号を包絡線検波する検波回路D2、参照信号を出力する発振器O3、反転処理された参照信号を位相調整する移相器103、該移相器の後に接続された高域通過フィルタ回路105、検波回路の検波信号と高域通過フィルタ回路を通過した参照信号とを混合する平衡変調器M2、該平衡変調器の出力を積分する積分器104、移相器による位相調整のマージンを確保できるように動作する位相補償回路106、そして、積分器の出力信号に参照信号を加算し制御信号を送出する加算器を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子スピン共鳴測定装置の自動制御装置に関し、特に、連続波による電子スピン共鳴測定装置において、マイクロ波共振器内に収納された或いは近接した生体試料を測定する際に、該生体試料の動きによる擾乱を補償し、電子スピン共鳴測定を安定に行える自動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、電子スピン共鳴(ESR)測定法は、電子が有する磁気モーメントの運動を利用して、フリーラジカルのような不対電子を持つ原子や分子について測定する方法である。通常、電子は、原子又は分子の軌道上で対をなして含まれるが、遷移金属イオンやラジカルの最外軌道上では、例えば、1個の電子のみが存在する場合には、これが不対電子となる。
【0003】
ESRの応用分野は、化学、物理学、生物学、及び医学等のように広範囲にわたる。最近では、生体内に自然発生するフリーラジカルが、癌や老化等に関係しているのではないかとされ、医学や生物学などの分野で話題になっている。ESR測定は、不対電子を有するフリーラジカルを非破壊的に測定でき、現段階では有効な方法である。
【0004】
ESR測定装置には、主に、パルスESR法と連続波ESR(CW−ESR)法とが採用されているが、従来のCW−ESR法は、マイクロ波の周波数を一定にし、磁界掃引を行うことにより、ESR信号を測定するという原理に基づいており、さらに、高感度化のためには、磁界変調をかけて測定するようにしている。
【0005】
従来のCW−ESR測定装置の概略構成が、図1に示されている。CW−ESR測定装置におけるESR測定のための基本的構成は、発振器O1、ブリッジC、ESR共振部R、位相敏感検波(PSD)回路1、そして、ESR共鳴測定制御装置2からなる。ESR共鳴共振部Rは、共振器R1、一対の直流磁界用マグネットR2、一対の変調磁界用コイルR3を有している。発振器O1は、マイクロ波等の測定用搬送波を発生するものである。発振周波数としては、例えば、1.1GHz等が用いられる。
【0006】
図1では、共振器R1が、変調磁界用コイルR3の上方に置かれているが、測定時には、試料が変調磁界用コイルR3の間に配置されるので、共振器R1は、サーフェイスコイル型の場合では、試料に接触又は近接され、或いは、ループ・ギャップ型の場合では、その内部に試料が配置される。一対の直流磁界用マグネットR2は、試料の測定部位に直流磁界を印加して磁界掃引を行うものであり、直流電源5により駆動される。また、一対の変調磁界用コイルR3は、高感度の測定を実現するため、変調磁界を印加するものであり、電力増幅器6により、発振器O2の変調信号が電力増幅され、供給される。
【0007】
ブリッジCは、その内部にサーキュレータを含み、或いは、方向性結合器やハイブリッド等により構成されてもよい。その役割は、発振器O1からのマイクロ波を共振器R1に供給し、共振器R1で反射され振幅変調されたマイクロ波をPSD回路1に伝送することにある。PSD回路1は、反射されたマイクロ波を、発振器O2からの変調信号に基づいて位相検波し、その検波信号をESR共鳴測定制御装置2に伝送する。ESR共鳴測定制御装置2は、測定システム全体を制御するとともに、検波信号に基づいて測定を行う。
【0008】
この様に構成されたCW−ESR測定装置では、同軸ケーブルを介して、周波数一定のマイクロ波が、例えば、1ターンコイルを有するループ・ギャップ共振器R1に伝送され、その内部に置かれた試料に供給される。試料が置かれた共振器R1から反射された反射波は、1ターンコイルを介してブリッジCに戻される。測定の際、直流磁界用コイルR2が、試料に印加する磁界を直流掃引するとともに、変調磁界用コイルR3が磁界の時間的変化を発生する。
【0009】
次に、CW−ESR測定装置における一部詳細構成を示した図2を参照して、その測定装置の動作の概略を説明する。変調用の発振器O2から発振出力された変調信号は、電力増幅器を介して、変調磁界用コイルR3に供給されるとともに、PSD回路1にも供給され、ここで、位相、振幅及び直流成分が調整される。発振器O1から出力されたマイクロ波は、分配器により、主線路用マイクロ波及び参照用マイクロ波に分岐される。
【0010】
主線路用マイクロ波は、ブリッジCに供給される。ブリッジCにより分岐された主線路マイクロ波は、1ターンコイルを経て共振器R1に導かれ、共振器R1内の試料に供給される。このとき、1ターンコイルと共振器R1との距離を調整することで、反射を最小とするように調整する。試料が内包される共振器R1から反射された反射波は、再び1ターンコイルを経て、ブリッジCに戻される。反射波は、増幅器7で増幅された後、電力合成器A1に供給される。
【0011】
一方、前述の分配器で分配された参照用マイクロ波は、移相器9により、共振器R1からの反射波と位相が合うように調整され、電力合成器A1に供給される。そこで、電力合成器A1は、ブリッジCから出力された反射波と、移相器9から供給された参照用マイクロ波とを加算し、検波回路D1で検波を行う。検波回路D1から出力された検波出力は、PSD回路1により、位相検波される。PSD回路1の出力であるESR検出信号は、パーソナルコンピュータなどを備えた測定制御装置2に導かれる。測定制御装置2は、直流磁界用マグネットR2に供給される直流電流を制御して、直流磁界を掃引することによって、検出されたESR検出信号に基づいて、電子スピン共鳴が測定される。
【0012】
ところで、以上に説明した構成による電子スピン共鳴測定装置においては、電子スピン共鳴測定を安定的に行うことができるように、種々の自動制御回路が組み込まれている。それらの自動制御回路として、代表的なものとして、自動周波数制御回路(AFC)、自動チューニング制御回路(ATC)、自動マッチング制御回路(AMC)が挙げられる。
【0013】
自動周波数制御回路(AFC)は、図1及び図2には示されていないが、マイクロ波共振器O1の共振周波数にマイクロ波周波数を同調させるものとして提案されている(例えば、非特許文献1を参照)。このAFCでは、常に、マイクロ波周波数と、マイクロ波共振器O1の共振周波数と一致させるように、マイクロ波発振器O1の発振周波数を自動制御している。
【0014】
この自動制御では、周波数変調したマイクロ波発振器O1の出力を、反射型の共振器R1に導入し、反射されたマイクロ波信号の包絡線を位相検波することにより、周波数のずれを検出しており、この周波数のずれに応じて発振器O1を負帰還制御している。この自動制御により、電子スピン共鳴現象による分散の影響を取り除くことができ、吸収量を正確に測定することが可能となる。
【0015】
また、自動チューニング制御回路(ATC)は、図1及び図2に示されるように、マイクロ波共振器R1の共振周波数をマイクロ波周波数に同調させるものとして提案されている(例えば、非特許文献2を参照)。このATCによれば、試料が動いても、マイクロ波共振器R1の共振周波数をマイクロ波周波数に一致させておくことができる。
【0016】
このATCシステムには、マイクロ波共振器O1の共振周波数をマイクロ波周波数に一致させるため、例えば、マイクロ波発振器と、位相検波回路と、共振器のギャップ部に誘電体を出し入れする電磁モータとを用いて、負帰還制御を実現することができる。或いは、この電磁モータの他に、圧電アクチュエータを用いて、誘電体板の位置を制御することによっても、実現できる。
【0017】
さらに、自動マッチング制御回路(AMC)は、図1及び図2に示されるように、マイクロ波共振器R1の入力インピーダンスを、通常では、伝送線路の特性インピーダンス、例えば、50Ωに合わせるものとして提案されている(例えば、非特許文献3を参照)。このAMCによれば、例えば、動物などの動く試料を測定する場合、動物が動いたことによりスペクトラムに現れる雑音信号を抑圧することができ、安定したESR測定を行うことができる。
【0018】
このAMCでは、ロックイン・アンプに内蔵された発振器から出力された信号を、マイクロ波共振器に接続されたバラクタダイオードに印加するようにし、インピーダンス整合に摂動を与えて、反射されたマイクロ波の包絡線を位相検波することにより、インピーダンス整合を制御する電圧を得る構成にしている。
【0019】
さらには、AMCの他の構成として、共振器で反射されるマイクロ波の位相をモニタすることにより、インピーダンス整合のずれを検出するようにしたものが提案されている(例えば、非特許文献4を参照)。
【0020】
【非特許文献1】M. Alecci, S. J. McCallum, and D. J. Lurie, Design and Optimization of an Automatic Frequency Control System for a Radiofrequency Electron Paramagnetic Resonance Spectrometer, Journal of Magnetic Resonance Series A, Vol. A117, pp. 272-277 (1995)
【非特許文献2】J. A. Brivati, A. D. Stevens, and M. C. R. Symons, A radiofrequency ESR spectrometer for in vivo imaging, Journal of Magnetic Resonance, Vol. 92, pp. 480-489 (2001)
【非特許文献3】G. He, S. Petryakov, A. Samouilov, M. Chzhan, P. Kuppusamy, and J. L. Zweier, Development of a resonator with automatic tuning and coupling capability to minimize sample notion noise for in vivo EPR spectroscopy, Journal of Magnetic resonance, Vol. 149, pp. 218-227
【非特許文献4】H. Hirata, Y. Yamaguchi, T. Takahashi, and Z.-W. Luo, Control characteristics of automatic matching control system for in vivo EPR spectroscopy, Magnetic Resonance in Medicine, Vol. 50, pp. 223-227 (2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
しかしながら、上述した自動マッチング制御回路(AMC)にあっては、制御回路の位相マージンが不足し、帰還制御システムとして安定化することが難しいことがある。また、位相検波回路が使用される自動マッチング制御の場合には、負帰還制御を実現するためには、参照信号の位相調整が必要となるが、この位相調整を行うために、特に、演算増幅器を用いた1段の移相器が使用される場合には、その位相の可変範囲が最大で180度に限られている。そのため、この移相器では、可変範囲の両端付近において、適切な位相調整ができないという問題があった。
【0022】
また、AMCを構成する位相検波回路において、平衡変調器又は乗算器による変調器へ入力される参照信号に直流成分が含まれることがある。この直流成分が零でない場合には、平衡変調器などのスイッチングのデューティ比が50%にならない。そのため、スイッチング間隔が偏ったものとなり、位相検波回路を意図して動作をさせることができないという問題があった。
【0023】
一方、従来に用いられていた電子スピン共鳴測定装置において、安定的に測定できるように、マイクロ波共振器からの反射波信号に基づいて、マイクロ波周波数を制御する自動周波数制御回路(AFC)と、マイクロ波共振器の共振周波数を制御する自動チューニング制御回路(ATC)とが備えられている。しかし、例えば、共振器を別の共振器に交換して測定するとき、AFCとATCを選択することが必要な場合がある。
【0024】
そのため、AFCとATCとを切り替えることを考えるとき、両者ともに、マイクロ波共振器からの反射波信号に基づいて自動制御するものであり、位相検波回路を共通化することが可能であるが、制御対象がそれぞれ異なるため、印加するバイアス電圧を異ならせる必要がある。そのため、位相検波回路が共通化されても、AFCとATCとを切り替える毎に、バイアス電圧を変更し、再調整しなければならず、共振器の容易な交換が妨げられることがあるという問題があった。
【0025】
そこで、本発明の目的は、以上に述べた問題点を解決する電子スピン共鳴測定装置の自動制御装置を提供することにあり、制御回路の位相マージンを確保して、帰還制御システムとして安定化させ、AMCに使用される位相検波回路おける位相調整の可変範囲を適切に設定し、適切な位相調整ができるようにする。また、位相検波回路の平衡変調器におけるスイッチングのデューティ比が50%を維持されるようにする。さらには、AFCとATCの切り替えを、バイアス電圧調整を不要にして、簡単に行えるようにする。
【課題を解決するための手段】
【0026】
そこで、上記の問題点に鑑み、課題を解決するため、本発明では、電子スピン共鳴測定装置の自動制御装置において、電子スピン共鳴共振器に接続された伝送線路から一部分岐された反射波信号を包絡線検波する検波回路と、参照信号を出力する発振器と、位相反転され又は非反転の前記参照信号を位相調整する移相器と、該移相器の後に接続された高域通過フィルタ回路と、前記検波回路の検波信号と、前記高域通過フィルタ回路を通過した前記参照信号とを乗算する平衡変調器と、該平衡変調器の出力を積分する積分器と、該積分器の出力信号に前記参照信号を加算する加算器と、を備え、前記加算器の加算出力信号に基づいて、前記共振器の入力インピーダンスを前記伝送線路の特性インピーダンスに整合させることとした。
【0027】
そして、前記高域通過フィルタ回路は、前記参照信号の周波数付近を遮断周波数とすることとした。
【0028】
さらに、前記移相器が、前記参照信号を入力とする演算増幅器を含み、該参照信号の位相を所定範囲の位相に調整でき、位相補償回路が、前記積分器と前記加算器との間に挿入され、前記位相補償回路が、フィードバック制御システムの位相マージンを確保できるように動作するようにした。
【0029】
また、前記自動制御装置は、前記検波回路の検波信号を変調信号に基づいて位相検波する位相検波回路と、前記位相検波回路の出力信号に第1バイアス電圧を加算する第1加算器と、を有する自動チューニング制御回路を含み、該自動チューニング制御回路が、前記共振器の共振周波数を、該共振器に供給されるマイクロ波の周波数に同調させる自動制御を行うこととした。
【0030】
また、前記自動制御装置は、前記検波回路の検波信号を変調信号に基づいて位相検波する位相検波回路と、前記位相検波回路の出力信号に、第2バイアス電圧と前記変調信号を加算する第2加算器と、を有する自動周波数制御回路を含み、該自動周波数制御回路が、前記共振器に供給されるマイクロ波周波数を、該共振器の共振周波数に同調させる自動制御を行うこととした。
【0031】
さらに、前記検波回路の検波信号を変調信号に基づいて位相検波する位相検波回路と、前記位相検波回路の出力信号に第1バイアス電圧を加算する第1加算器と、前記位相検波回路の出力信号に第2バイアス電圧と前記変調信号を加算する第2加算器と、前記位相検波回路の出力信号を、第1加算器と第2加算器とに切替出力できる切替回路と、を備えることとした。
【発明の効果】
【0032】
以上のように、本発明では、電子スピン共鳴測定装置の自動制御装置において、位相検波回路を用いた自動マッチング制御回路が構成され、この位相検波回路内の移相器の直後に、変調周波数付近で遮断周波数となるような高域通過フィルタ回路を挿入したので、移相器の位相を余分に回転することが可能になる。そのため、移相器の0度又は180度付近での調整が不要となり、移相器が十分に動作できる範囲で位相調整を行うことができる。
【0033】
さらに、移相器の直後に高域通過フィルタ回路を挿入することにより、位相検波回路に用いる参照信号に直流成分が含まれていても、この直流成分は、挿入された高域通過フィルタ回路によって遮断され、混合器におけるスイッチングのデューティ比を、無調整で50%とすることができる。
【0034】
また、位相検波回路に用いた自動マッチング制御回路において、該位相検波回路内における積分器の直後に、位相補償器を挿入したので、フィードバック制御システムの位相マージンを十分に確保でき、測定中における生体試料の動きがあっても、その動きによる擾乱を補償することができ、電子スピン共鳴測定を安定して行うことができる。
【0035】
また、本発明による電子スピン共鳴装置の自動制御装置では、位相検波回路の出力信号に第1バイアス電圧を加算する第1加算器と、該位相検波回路の出力信号に第2バイアス電圧と前記変調信号を加算する第2加算器と、位相検波回路の出力信号を、第1加算器と第2加算器とに切替出力できる切替回路とを備えたので、自動周波数制御と自動チューニング制御とに独立して必要なバイアス電圧を与えることができる。そのため、切替回路による切替えによれば、自動制御の制御対象をマイクロ波発振器又はマイクロ波共振器に切り替える際に、バイアス電圧の調整を容易にできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
次に、本発明の電子スピン共鳴測定装置の自動制御装置に係る実施形態を説明するが、その説明の前に、本実施形態の基礎となる各種の自動制御装置について、図3乃至図5を参照しながら説明する。
【0037】
図3は、自動チューニング制御(ATC)回路の構成例を示しており、このATC回路は、図2に示されたATC3に対応している。図3に示されたATC回路の構成要素には、図2に示されたものと同じ部分に、同じ符号が付されている。なお、図2には示されていないが、図1に示されているように、図3のATC回路には、発振器O1の発振信号を変調するため、発振器O1に変調信号を供給する発振器O3が備えられている。この変調信号の周波数は、例えば、20kHzである。
【0038】
図3のATC回路には、検波回路D2、位相敏感検波(PSD)回路10、加算器A2が含まれており、検波回路D2には、分岐器8によって、マイクロ波共振器R1で反射された反射波信号が伝送路から一部分岐され入力される。入力された反射波信号は、検波回路D2で包絡線検波され、PSD回路10に出力される。
【0039】
PSD回路10には、発振器O3で発振出力される変調信号が参照信号として供給されている。PSD回路10では、この参照信号に基づいて入力された反射波信号の検波信号を位相検波する。この位相検波の出力は、位相ずれの大きさに応じた直流電圧である。ここで、共振器R1に備えられたチューニング回路を制御する制御信号を作成するため、加算器A2によって、位相検波出力にバイアス電圧Vb1が加算される。このバイアス電圧Vb1は、チューニング回路を駆動する基準電圧となるものであり、チューニング回路の特性に合わせて設定される。
【0040】
次いで、図4は、自動周波数制御(AFC)回路の構成例を示しており、このAFC回路は、通常、電子スピン共鳴測定装置の自動制御装置として備えられている。図4に示されたAFC回路の構成要素には、図2に示されたものと同じ部分に、同じ符号が付されている。なお、図2には示されていないが、図4のAFC回路には、図3に示されたATC回路の場合と同様に、発振器O1に変調信号を供給する発振器O3が備えられている。この変調信号の周波数も、ATC回路の場合と同様である。
【0041】
図4のAFC回路には、検波回路D2、PSD回路10、加算器A3が含まれており、検波回路D2には、分岐器8によって、マイクロ波共振器R1で反射された反射波信号が伝送路から一部分岐され入力される。入力された反射波信号は、検波回路D2で包絡線検波され、PSD回路10に出力される。
【0042】
PSD回路10には、発振器O3で発振出力される変調信号が参照信号として供給される。PSD回路10では、この参照信号に基づいて入力された反射波信号の検波信号を位相検波する。この位相検波の出力は、位相ずれの大きさに応じた直流電圧である。これまでの信号処理は、図3に示されたATC回路と同様である。ここで、発振器O1の発振周波数を制御する制御信号を作成するため、発振器O3の発振信号出力に挿入された加算器A3によって、位相検波出力とバイアス電圧Vb2とが発振器O3の発振信号出力に加算される。このバイアス電圧Vb2は、発振器O1の発振調整をする電圧であり、発振器O1の特性に合わせて設定される。
【0043】
図5は、自動マッチング制御(AMC)回路の構成例を示しており、このAMC回路は、図2に示されたAMC4に対応している。図5に示されたAMC回路の構成要素には、図2に示されたものと同じ部分に、同じ符号が付されている。なお、図2には示されていないが、図5のAMC回路には、AMC用の参照信号を発振出力する発振器O4が備えられている。この参照信号の周波数は、例えば、3.5kHzである。
【0044】
図5のAMC回路には、検波回路D2の出力に、発振器O4の発振信号を参照信号とする位相検波回路が備えられている。その位相検波回路によって、共振器R1からの反射波信号における位相ずれを検出し、その検出出力に基づいて、マイクロ波共振器R1の入力インピーダンスを伝送線路の特性インピーダンスに整合させる制御が行われる。
【0045】
上述したATC回路やAFC回路の場合と同様に、分岐器8によって、マイクロ波共振器R1で反射された反射波信号が伝送路から一部分岐され、分岐された反射波信号は、検波回路D2で検波され、該検波信号は、必要に応じて増幅器101で増幅された後、位相検波回路に入力される。
【0046】
ここで、AMC回路に備えられる位相検波回路は、図5に示されるように、位相反転器102、移相器103、積分器104、平衡変調器M2、及び加算器A4を含み、さらに、位相反転器102と移相器103との間に、切替スイッチを有する切替回路111が設けられる。なお、積分器104は、低域通過フィルタ回路でもよく、平衡変調器M2は、乗算器でもよい。位相検波に用いられる参照信号は、位相反転器102と加算器A4に供給される。位相反転器102で位相反転された参照信号は、移相器103に入力され、0度から180度の範囲で位相調整される。ここで、位相調整された参照信号は、平衡変調器M2において、前述の検波信号と混合される。なお、切替回路111の切替動作によって、位相反転することなく、非反転の参照信号を、発振器O4から直接に移相器103に入力するようにしてもよい。
【0047】
平衡変調器M2の出力信号は、積分器104において、積分され、平滑化され、加算器A4において、発振器O4から出力された参照信号と加算される。この加算信号が、共振器R1に備えられているインピーダンス整合回路に出力され、この加算信号に基づいて、インピーダンス整合回路が制御され、マイクロ波共振器R1の入力インピーダンスが伝送線路の特性インピーダンスに整合される。
【0048】
ところで、上述したようなAMC回路にあっては、制御回路としての位相マージンが不足するため、電子スピン共鳴測定装置における帰還制御システムとして安定化することが難しいことがある。また、負帰還制御を実現するためには、参照信号の位相調整が必要となるが、この位相調整を行うために、特に、演算増幅器を用いた1段の移相器が使用される場合には、その位相の可変範囲が最大で180度に限られている。そのため、この移相器では、可変範囲の両端付近において、適切な位相調整ができないものであった。
【0049】
また、AMCの位相検波回路において、混合器へ入力される参照信号に直流成分が含まれることがある。この直流成分が零でない場合には、平衡変調器などのスイッチングのデューティ比が50%にならない。そのため、スイッチング間隔が偏ったものとなり、位相検波回路を意図して動作させることができないものであった。
【0050】
そこで、本実施形態の電子スピン共鳴測定装置におけるAMC回路では、この様な問題を解決するものとして、移相器と平衡変調器との間に、高域通過フィルタ回路を挿入し、さらに、積分器と加算器との間に、位相補償器を挿入するものとした。
【0051】
図6は、本実施形態によるAMC回路の構成例を示している。本実施形態のAMC回路の構成は、基本的には、図5に示されたAMC回路の構成を採用しており、図6に示されたAMC回路が、図5に示されたAMC回路と同じ部分には、同じ符号を付した。本実施形態のAMC回路が、図5のAMC回路と異なるところは、移相器103と平衡変調器M2との間に、高域通過フィルタ回路105が挿入接続され、さらに、積分器104と加算器A4との間に位相補償器106が挿入接続されていることである。
【0052】
ところで、1段構成よる移相器が演算増幅器を用いて構成される場合には、その位相調整の可変範囲は、0度から最大で180度に限られたものとなる。この場合には、可変範囲の両端である0度と180度付近においては、適切に位相調整することができないことがある。
【0053】
高域通過フィルタ回路105は、参照信号の周波数付近で遮断周波数となるようにフィルタ特性が調整されているものとし、例えば、コンデンサと抵抗で構成されたフィルタ回路でよい。この高域通過フィルタ回路105が移相器103の後に接続されることにより、参照信号の位相を余分に、例えば、45度程度余分に回転することになる。そのため、移相器103の可変範囲における両端の0度及び180度付近で調整することがなくなり、その両端での動作を避けることができる。
【0054】
また、高域通過フィルタ回路105は、当然のことながら、信号に対する低域遮断としての機能を有しているので、位相検波回路に入力される参照信号に直流成分が含まれている場合には、この直流成分は遮断される。そのため、直流成分が回路上のオフセットに起因して発生している場合でも、直流成分は遮断され、このオフセットの調整を不要としている。そして、この高域通過フィルタ回路105の挿入接続により、直流成分による偏りが抑制されるので、平衡変調器M2におけるスイッチングのデューティ比が、そのための調整を必要とすることなく、50%を維持し、位相検波回路として意図した動作をさせることができる。
【0055】
次に、本実施形態のAMC回路における位相検波回路の積分器104と加算器A4との間に挿入接続された位相補償器106について説明する。位相補償器106は、フィードバック制御システムの位相マージンを確保するために、挿入されたものであり、位相補償器の構成は、位相マージンが稼げるものであれば、どのようなものでもよい。例えば、2個の抵抗と、コンデンサとで直列接続体を形成し、この直列接続体に、積分器104の出力が供給され、そして、2個の抵抗の接続点から信号を取り出す形態とすることもできる。
【0056】
この形態の位相補償器によれば、高周波数側では、抵抗による分圧比の信号が取り出され、低周波数側では、抵抗による分圧比より高い信号が取り出されることになり、位相マージンを稼げるようになる。なお、この形態に限らず、コンデンサの代わりに、インダクタンスで構成でき、種々の形態を適用することができる。この位相補償器は、電子スピン共鳴測定装置の自動制御装置に組み込まれることによって、安定した自動マッチング制御を実現することができる。
【0057】
次に、電子スピン共鳴測定装置の自動制御装置の別の実施形態について、図7を参照して説明する。別の実施形態による電子スピン共鳴測定装置の自動制御装置では、図3に示されたATC回路と、図4に示されたAFC回路とが関連する。
【0058】
前述したように、電子スピン共鳴測定装置においては、安定的に測定できるように、マイクロ波共振器からの反射波信号に基づいて、マイクロ波周波数を制御するAFC回路と、マイクロ波共振器の共振周波数を制御するATC回路とが備えられている。しかし、例えば、共振器を別の共振器に交換して測定するとき、AFCとATCを選択することが必要な場合がある。
【0059】
そこで、別の実施形態の電子スピン共鳴測定装置の自動制御装置では、AFC回路とATC回路とが共通する回路要素で構成されていることに着目し、AFC回路とATC回路の制御対象が異なることにも対処し、AFC回路とATC回路とが選択されて自動制御できるように、簡単に切り替えられる構成とした。
【0060】
図3及び図4に示されたように、AFC回路とATC回路ともに、マイクロ波共振器からの反射波信号に基づいて自動制御するものであり、位相検波回路を共通化することが可能である。つまり、マイクロ波共振器R1からの反射波信号の一部を伝送線路から分岐し、分岐された反射波信号を包絡線検波し、この検波信号を位相検波することまでは、共通である。
【0061】
ただ、位相検波された後においては、制御対象が、AFCでは、発振器O1であるのに対し、ATCでは、マイクロ波共振器R1に備えられたチューニング回路であることで異なっているため、位相検波回路の出力に印加するバイアス電圧も異なるものとなる。そこで、別の実施形態の電子スピン共鳴測定装置の自動制御装置では、位相検波回路が共通化された場合でも、AFCとATCとを切り替える毎に、バイアス電圧を変更することを必要としないような切替回路を配置して、共振器の容易な交換が妨げられることがないようにした。
【0062】
図7は、別の実施形態による電子スピン共鳴測定装置の自動制御装置における制御回路の切替構成を示している。なお、図7では、この切替構成を中心にして図示したため、自動制御装置の他の制御構成を省略している。図7に示された自動制御装置では、発振器O3と、位相敏感検波(PSD)回路10と、加算器A2とで、ATC回路が構成され、また、発振器O3と、PSD回路10と、加算器A3とで、AFC回路が構成されており、位相検波回路が、共通化されている。
【0063】
ATCとAFCに共通なPSD回路10の出力は、切替回路110の入力端子に接続されている。切替回路110は、2出力端子を有し、入力端子に入力された信号を、例えば、オペレータのマニュアル操作による外部制御信号に基づいて、出力端子のいずれかに切り替えて出力する。入力された位相検波出力が、加算器A2又は加算器A3のいずれかに供給される。
【0064】
位相検波回路の位相検波出力が、加算器A2に供給されたときには、ATC回路が有効となって動作することになり、或いは、その位相検波出力が、加算器A3に供給されたときには、AFC回路が有効となって動作する。
【0065】
以上のような構成とすることにより、例えば、電子スピン共鳴測定装置の自動制御装置には、AFC回路が備えられている場合に、さらに、ATC制御機能を付加したいときには、ATC制御機能に必要な位相検波回路について、別途にATC用を設けなくとも、AFC回路の位相検波回路を共有させることができ、簡単な切替回路を設けるだけで、AFC回路とATC回路とを任意に切り替えられ、しかも、切り替える度に、制御に適したバイアス電圧調整が必要なくなる。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】本発明の基礎となる電子スピン共鳴測定装置の概略構成を説明するブロック図である。
【図2】電子スピン共鳴測定装置における自動制御回路の概略構成を説明するブロック図である。
【図3】図1に示された自動制御回路における自動チューニング制御回路の具体例を説明するブロック図である。
【図4】図1に示された自動制御回路における自動周波数制御回路の具体例を説明するブロック図である。
【図5】電子スピン共鳴測定装置に備えられる自動マッチング制御回路の具体例を説明するブロック図である。
【図6】本発明による電子スピン共鳴測定装置に備えられる自動マッチング制御回路の実施形態を説明するブロック図である。
【図7】自動チューニング制御回路と自動周波数制御回路とを切り替えて動作させる場合の切替制御回路を説明する図である。
【符号の説明】
【0067】
1、10 位相敏感検波回路(PSD)
2 電子スピン共鳴測定制御装置
3 自動チューニング制御回路(ATC)
4 自動マッチング制御回路(AMC)
5 直流電源
6 電力増幅器
7、101 増幅器
8 分岐器
9 移相器
102 位相反転器
103 0−180度可変移相器
104 積分器
105 高域通過フィルタ回路
106 位相補償器
110、111 切替回路
A1〜A4 加算器
C ブリッジ
D1、D2 検波回路
O1〜O4 発振器
R1 マイクロ波共振器
R2 直流磁界用マグネット
R3 変調磁界用コイル
M2 平衡変調器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子スピン共鳴共振器に接続された伝送線路から一部分岐された反射波信号を包絡線検波する検波回路と、
参照信号を出力する発振器と、
位相反転され又は非反転の前記参照信号を位相調整する移相器と、
前記移相器の後に接続された高域通過フィルタ回路と、
前記検波回路の検波信号と、前記高域通過フィルタ回路を通過した前記参照信号とを乗算する平衡変調器と、
前記平衡変調器の出力を積分する積分器と、
前記積分器の出力信号に前記参照信号を加算する加算器と、を備え、
前記加算器の加算出力信号に基づいて、前記共振器の入力インピーダンスを前記伝送線路の特性インピーダンスに整合させることを特徴とする電子スピン共鳴測定装置の自動制御装置。
【請求項2】
前記高域通過フィルタ回路は、前記参照信号の周波数付近を遮断周波数とすることを特徴とする請求項1に記載の電子スピン共鳴測定装置の自動制御回路。
【請求項3】
前記移相器が、前記参照信号を入力とする演算増幅器を含み、該参照信号の位相を所定範囲の位相に調整でき、
位相補償回路が、前記積分器と前記加算器との間に挿入され、
前記位相補償回路が、フィードバック制御システムの位相マージンを確保できるように動作することを特徴とする請求項1又は2に記載の電子スピン共鳴測定装置の自動制御回路。
【請求項4】
前記検波回路の検波信号を自動チューニング制御用の変調信号に基づいて位相検波する位相検波回路と、
前記位相検波回路の出力信号に第1バイアス電圧を加算する第1加算器と、を有する自動チューニング制御回路を含み、
前記自動チューニング制御回路が、前記共振器の共振周波数を、該共振器に供給されるマイクロ波の周波数に同調させる自動制御を行うことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の電子スピン共鳴測定装置の自動制御回路。
【請求項5】
前記検波回路の検波信号を自動周波数制御用の変調信号に基づいて位相検波する位相検波回路と、
前記位相検波回路の出力信号に、第2バイアス電圧と前記変調信号を加算する第2加算器と、を有する自動周波数制御回路を含み、
前記自動周波数制御回路が、前記共振器に供給されるマイクロ波周波数を、該共振器の共振周波数に同調させる自動制御を行うことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の電子スピン共鳴測定装置の自動制御回路。
【請求項6】
前記検波回路の検波信号を変調信号に基づいて位相検波する位相検波回路と、
前記位相検波回路の出力信号に第1バイアス電圧を加算する第1加算器と、
前記位相検波回路の出力信号に第2バイアス電圧と前記変調信号を加算する第2加算器と、
前記位相検波回路の出力信号を、第1加算器と第2加算器とに切替出力できる切替回路と、を備えたことを特徴とする請求項4及び5に記載の電子スピン共鳴測定装置の自動制御回路。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−10331(P2007−10331A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−187943(P2005−187943)
【出願日】平成17年6月28日(2005.6.28)
【出願人】(304036754)国立大学法人山形大学 (59)