電子ビームの回折収差補正装置
【課題】 AB効果を用いて電子ビームの位相を制御する回折収差補正の動作原理に基づき、ソレノイドコイルリングの多極子により構成される補正器の構造とビーム軸に対するベクトルポテンシャルの直交度と軸ずれを調整する機能により回折収差補正器を構成する。
【解決手段】 位相差を発生させるためにベクトルポテンシャルをビーム軸に直交し、かつビーム軸に対して直交面内で対称な分布で誘起する回折収差補正器を対物絞りと対物レンズの近くに設置し、ビーム軸から傾いて進行する回折波は磁束のリングをくぐることで上記ベクトルポテンシャルによるAB効果によりビーム径内の位相差を増大して試料上の電子ビームの強度を抑制することができる。
【解決手段】 位相差を発生させるためにベクトルポテンシャルをビーム軸に直交し、かつビーム軸に対して直交面内で対称な分布で誘起する回折収差補正器を対物絞りと対物レンズの近くに設置し、ビーム軸から傾いて進行する回折波は磁束のリングをくぐることで上記ベクトルポテンシャルによるAB効果によりビーム径内の位相差を増大して試料上の電子ビームの強度を抑制することができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体装置や液晶や磁気記録媒体等、微細な回路パターンを有する基板製造技術に係り、特に、荷電粒子ビームにより微細な回路パターンを観察・計測・検査する荷電粒子ビーム顕微鏡および検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体デバイスの微細化・集積化に伴って、製造工程の管理や開発では、ウェハ上形成された孔や溝のサイズは微細な場合は約10nmとなる場合もあるように、回路パターンの微細化は進む。そのため、数10nmサイズの微細パターンを高精度かつ高速で計測する要求がますます高まっており、光学顕微鏡では対応できないナノ分解能観察の要求に答えるために、走査電子顕微鏡(以下SEMと称す)の電子ビームのプローブ径が年々縮小され約1nmまで達し、原子分解能を有するScanning Probe Microscope(以下SPMと称す)に次ぐ高解像度の観察像取得手段となっている。
【0003】
しかし、試料のダメージに代表される使用上の制約が、適用範囲の拡張と市場拡大を阻害している。例えば、Critical Dimension Scanning Electron Microscope(以下CD−SEMと称す)は半導体のリソグラフィ管理において不可欠な計測装置であるが、電子ビームによるレジストのダメージが測長を阻害している。このダメージを低減する有効な手段として100eV以下での測長が提案されている。このようにソフトマテリアルの低ダメージ観察には超低加速電圧の電子ビームが必要となるが、超低加速電圧の電子ビームは幾何収差と回折収差が増大して所望の分解能を得ることはできない。幾何収差補正とは電子光学系のレンズ等により幾何光学的に生じる収差であり、試料上のビームの開き角を大きくすると収差が増大する特徴をもつ。一方、回折収差は電子の波動性で生じる収差であり、試料上のビームの開き角を小さくすると収差が増大する特徴をもつ。分解能が10%劣化する試料高さの許容範囲を観察像の焦点深度とし、該焦点深度は試料上のビーム開き角を小さくすると増大する。
【0004】
非特許文献1には、幾何収差の補正方法の基本原理として、電場と磁場を重畳させた多極子により電子ビームのウィーン条件を作り出すことで幾何収差のうち色収差を補正する方法が示されている。
【0005】
特許文献1には、輪帯照明の基本原理として、荷電粒子線の通過を制限する通過開口を、荷電粒子源と走査偏向器の間に配置し、当該通過開口はその開口中心に荷電粒子線の通過を制限する部材を備えてなることを特徴とする走査型荷電粒子顕微鏡が示されている。
【0006】
特許文献2には、マイクロ波イオン源の多価に電離したイオンビームを効率よく取得するために、イオン源プラズマ室にソレノイドコイルと磁石列を配置し、合成磁場形状をプラズマから見て軸方向および半径方向ともにプラズマ中心部分で磁場強度が平均的に極小としてプラズマを閉じ込めて安定なビーム引き出しを実現する方法について開示されている。
【0007】
特許文献3には、電子顕微鏡のエネルギーフィルタの電源を削減して電子軌道の変化が少なく調整を容易にするために、主コイルと独立にかつ接近してバランスを調整するための補助コイルをそれぞれの上部と下部のポールピースを間に挟んでソレノイド状に巻回してポールピース間隙に磁場を発生させるマグネットについて開示されている。
【0008】
荷電粒子ビームを応用した観察・計測・検査装置にはSEM以外にTransmission Electron Microscope(以下TEMと称す)やScanning Transmission Electron Microscope(以下STEMと称す)などがあり、これらの光学系の構造上の共通の特徴として球面収差と色収差が分解能劣化の支配要因であった。すなわち、STEMやTEMでは色収差より球面収差が、SEMは球面収差より色収差が分解能劣化の支配要因となっていたため、それぞれに最適化した幾何収差補正技術が開発された。これらの幾何収差補正技術の登場により光学系全体の収差が抑制され、回折収差が光学系の構造上の共通の特徴として分解能劣化の支配要因となるようになったことが本発明の第2の背景である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007−207764
【特許文献2】特開昭63−114032
【特許文献3】特開2005−302437
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】H.Rose, Optik, 31 (1970) 144
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
非特許文献1に記載された従来技術では、幾何収差は補正できるが回折収差は補正できない。上記幾何収差補正は試料上のビームの開き角を大きくすると収差が増大する特徴をもち、上記回折収差は上記ビームの開き角を小さくすると収差が増大する特徴をもつことから、上記ビームの開き角を大きくすると上記幾何収差補正により収差を抑制することが可能となる。上記ビームの開き角を大きくすることにより焦点深度が浅くなり、上記試料上の溝や孔の表面と底を同時に観察できなくなる場合や、合焦点位置の検出が困難になる場合もある。焦点深度の浅い観察像は従来のSEM像に比べて立体的な情報が取得しにくい不便な観察像となってしまう。
【0012】
特許文献1に記載された従来技術では、回折収差を制御することができないために試料上のビーム強度分布に複数の強度ピークが形成される。さらに適切な幾何収差を加えることにより、試料上のビームの開き角を変えることなく焦点深度をいくらか深くすることができるが効果は限定的である。
【0013】
特許文献2に記載された従来技術では、イオン源プラズマ室にソレノイドコイルと磁石列を配置し、プラズマを閉じ込めて安定なビーム引き出しを実現することはできるが、荷電粒子の回折収差を補正することはできない。
【0014】
特許文献3に記載された従来技術では、上部と下部のポールピースを間に挟んでソレノイド状に巻回してポールピース間隙に磁場を発生させるマグネットを配置し、電子顕微鏡のエネルギーフィルタを実現することはできるが、電子ビームの回折収差を補正することはできない。
【課題を解決するための手段】
【0015】
荷電粒子光学における回折収差にはレイリー回折と波面収差があるが、ここでは電子光学におけるレイリー回折を取り上げて、以下に収差の特徴と補正方法について説明する。
【0016】
対物レンズにより試料上のビームの開き角を制御するために対物絞りでビーム軌道を制限すると電子の波動性が強くなり回折が発生する。上記回折により試料上のビームのスポット形状拡大の現象がレイリー回折である。試料上の回折波の強度分布は電子ビームの進行方向により生じるビーム径内での位相差で変化する。回折による電子ビームの進行方向がビームの軸からの傾きが大きくなるにつれて試料上の回折波の強度分布は減衰する。しかし、低加速ビームでは電子ビームの波長が長くなるために、進行方向によるビーム径内での位相差がつきにくくなり、回折波の強度分布の減衰が弱くなってしまう。そのため、回折収差は低加速になればなるほど増大する。
【0017】
次に電子ビームの位相制御に利用するAharonov−Bohm効果(以下AB効果と称す)について説明する。
【0018】
Y.AharonovとDavid Bohmが1959年に磁場や電場が完全に存在しなくても電子ビームの位相は変化する現象(以下AB効果)を理論的に予言し(Phys. Rev. 115 (1959) 485)、 外村らが1986年に電子線ホログラフィーの手法を用いて実証した(Phys. Rev. Lett. 56 (1986) 792)。有限の長さのソレノイドコイルでは磁場や電場が完全に存在しない条件を満足することが困難であるため、ソレノイドコイルをドーナツ状のリングにして磁場漏洩を抑制し、電子線の波長が短いために非常に微細(数μm)にすることが必要であった。上記実証では、非常に微細なリングの磁石を超電導材で囲みマイスナー効果により上記磁石の磁場の漏洩を完全に防ぎ、リングの外側と内側を通る電子線の位相差を電子線ホログラフィにより干渉縞の形で観察した。観察の結果、2つの電子線の軌道間に半波長だけの位相差が存在していることがわかり、ベクトルポテンシャルにより電子線の位相が変化することが実証された。
【0019】
上記レイリー回折は電子ビームの進行方向のビーム軸からの傾きにより効率的にビーム径内の位相差を発生することにより抑制できる。そこで、上記位相差を発生させるためにビーム軸に対して直交かつ直交面内で対称な分布を有するベクトルポテンシャルを誘起する回折収差補正器を対物絞りと対物レンズの間に設置する。ビーム軸上を進行する電子ビームの位相差は変化することなく、試料上の電子ビームの強度は変化しないが、電子ビーム経路上のフレネル回折によりビーム軸から傾いて進行する回折波は上記ベクトルポテンシャルによるAB効果によりビーム径内の位相差を増大して試料上の電子ビームの強度を抑制することができる。しかし、対物レンズで試料上に集束する電子ビームが回折波を生じながら進む。上記回折により試料上のビームのスポット形状拡大の現象がレイリー回折である。試料上の回折波の強度分布は電子ビームの集束方向により生じるビーム径内での位相差で変化する。回折による電子ビームの集束方向がビームの軸からの傾きが大きくなるにつれて試料上の回折波の強度分布は振幅しながら減衰する。対物レンズにより集束する電子ビームに対して効率的にビーム径内の位相差を発生することは難しい。そこで、対物レンズを通過する前の電子ビームの回折波に対して、ビーム軸からの傾きにより効率的にビーム軸からの位相差を発生する。これにより、対物レンズの前後の回折波の位相差が発生することによりレイリー回折は抑制できる。
【0020】
回折収差補正器の構成例を以下に述べる。上記ソレノイドコイルリングまたは上記磁石リングはリング面の延長方向がビーム軸を向き、かつビーム軸に対して対称となる、ビーム軸を中心とする同一円周上の位置に配置することにより所望のベクトルポテンシャル分布を得ることができる。例えば4個のソレノイドコイルリングを用いる場合は、対称となる位置に配置した2つのリング面の延長方向がビームの軸と交差し、かつ誘起されるベクトルポテンシャルがビーム軸に対して回転対称になるようにソレノイドコイルリングのペアを配置し、相対角度が90度となる位置に、各々のソレノイドコイルリングのペアのベクトルポテンシャルの向きが回転対象になるように、かつ隣り合うソレノイドコイルのベクトルポテンシャルの向きが軸対称になるように、もうひと組のソレノイドコイルリングのペアを配置することにより実現する。さらにビーム軸を中心とする同一円周上に8個や12個など4の倍数個のソレノイドコイルリングを用いることでよりベクトルポテンシャルの回転対称性が良くなる。さらに、ソレノイドコイルをらせん状に巻いた円筒でビーム軸を周回するリングを形成することにより、さらにベクトルポテンシャルの回転対称性が良くなる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、荷電粒子ビームにより、微細な回路パターンを観察・計測・検査する荷電粒子ビーム顕微鏡において、ベクトルポテンシャルのビーム径内の位相差を増大し、試料上の回折収差を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】回折収差補正器を走査電子顕微鏡に適用した1実施形態を示す図。
【図2】走査電子顕微鏡での回折収差の模式図。
【図3】Aharanov−Bohm効果の説明図。
【図4】レイリー回折の収差補正の方法を示す模式図。
【図5】レイリー回折を補正する具体的手法を示す図。
【図6】試料上のビーム強度分布を示す図。
【図7】回折収差補正器のベクトルポテンシャルの極子の配置例を示す図。
【図8】回折収差補正器の制御画面の例を示す図。
【図9】回折収差補正器をイオン顕微鏡に適用した1実施形態を示す図。
【図10】回折収差補正器を透過電子顕微鏡に適用した1実施形態を示す図。
【図11】回折収差補正器を反射電子顕微鏡に適用した1実施形態を示す図。
【図12】回折収差補正器をミラー電子顕微鏡に適用した1実施形態を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0023】
一例として、以下の実施例では、主として走査電子顕微鏡を用いた装置への適用例について説明するが、各実施例の回折収差補正の手段は、電子ビームだけではなくイオンビーム装置も含めた荷電粒子線装置一般に対して適用可能である。また、以下の実施例では半導体ウェハを試料とする装置について説明を行うが、各種荷電粒子線装置で使用する試料としては、半導体ウェハの他、半導体基板、パターンが形成されたウェハの欠片、ウェハから切り出されたチップ、ハードディスク、液晶パネルなど、各種の試料を検査・計測対象とすることができる。
【実施例1】
【0024】
実施例1では、走査電子顕微鏡への適用例について説明する。
【0025】
本実施例の走査電子顕微鏡は、真空筺体内に形成された電子光学系、その周囲に配置された電子光学系制御装置、制御電源に含まれる個々の制御ユニットを制御し、装置全体を統括制御するホストコンピュータ、制御装置に接続された操作卓、取得画像を表示されるモニタを備える表示手段などにより構成される。電子光学系制御装置は、電子光学系の各構成要素に電流、電圧を供給するための電源ユニットや、各構成要素に対して制御信号を伝送するための信号制御線などにより構成される。本実施例では走査電子顕微鏡を適用例にしているが、例えばイオン顕微鏡や透過電子顕微鏡や反射電子顕微鏡やミラー電子顕微鏡に適用してもよい。
【0026】
図1は、本発明の走査電子顕微鏡の全体構成を示す模式図である。本実施例の走査電子顕微鏡は、真空筺体内101に形成された電子光学系102、その周囲に配置された電子光学系制御装置103、制御電源に含まれる個々の制御ユニットを制御し、装置全体を統括制御するホストコンピュータ104、制御装置に接続された操作卓105、取得画像を表示されるモニタを備える表示手段106などにより構成される。電子光学系制御装置103は、電子光学系102の各構成要素に電流、電圧を供給するための電源ユニットや、各構成要素に対して制御信号を伝送するための信号制御線などにより構成される。ただし、装置全体を統括制御するホストコンピュータ104はどのような方式でもよく、例えば観察試料となるウェハを収納するカセットから試料室に搬送するシステムや通信システムと接続してもよい。
【0027】
電子光学系102は、電子ビーム110を生成する電子源111、電子ビーム110のビーム径を制限する対物絞り112と、電子ビーム110の幾何収差を制御する収差補正器113と、電子ビーム110の回折収差を制御する回折収差補正器114と、一次電子ビームを偏向する偏向器115、電子ビーム110を集束する電磁重畳型対物レンズ116、ステージ上に保持された試料117から放出される二次粒子118を集束発散するブースタ磁路部材119、二次粒子118が衝突する反射部材120、当該衝突により再放出される三次粒子121を検出する中央検出器122などにより構成される。反射部材120は、電子ビーム110の通過開口が形成された円盤状の金属部材により構成され、その底面が二次粒子反射面を形成している。
【0028】
電子源111から放出された電子ビーム110は、引き出し電極130と加速電極131との間に形成される電位差により加速され、電磁重畳型対物レンズ116に達する。電磁重畳型対物レンズ116は、入射した電子ビーム110をコイル132により試料117上に磁場を励起して集束させる。制御磁路部材133には、ヨーク部材134の電位に対する電位が負になるような電位が供給されており、この電位は制御磁路電源135により供給される。また、ステージ136には、ステージ電源137によって、ブースタ磁路部材119との電位差が負になる電位が印加される。このため、ブースタ磁路部材119を通過した電子ビーム110は、急激に減速され試料表面に到達する。ここで、電子ビーム110のランディングエネルギーは、電子源111とステージ136の電位差のみで決まるため、電子源111とステージ136のへの印加電位を所定値に制御すれば、ブースタ磁路部材119や加速電極131への印加電位がどうであっても電子ビーム110のランディングエネルギーを所望の値に制御可能である。ただし、電磁重畳型対物レンズ116はどのような方式でもよく、例えば制御磁路部材133が無い電磁重畳型対物レンズ116や磁場レンズや静電レンズでもよい。
【0029】
回折収差補正器114は、対物絞り112を通過した電子ビーム110のビーム軸に対して対称となるビーム軸を中心とする同一円周上の位置にソレノイドコイルをドーナツ状のリングまたはソレノイドコイルリングで形成する円筒パイプで形成するベクトルポテンシャルの極子をソレノイドコイルリングの面の延長方向が上記ビーム軸と交差する向きに各々配置し、各々2つのベクトルポテンシャルの極子に対して相対角度が90度となる位置でソレノイドコイルリングの面の延長方向が該ビーム軸と交差する向きにもうひと組のベクトルポテンシャルの極子のペアを配置し、かつ各々のベクトルポテンシャルの極子のペアがソレノイドコイル内に誘起する磁束のリングの向きを該ビーム軸に回転対称に、かつ隣り合うベクトルポテンシャルの極子がソレノイドコイル内に誘起する磁束のリングの向きを該ビーム軸に軸対称に誘起する。ただし、回折収差補正器114のベクトルポテンシャルの多極子の構成は、4極子以外に8極子や12極子や連続極子などでもよく、さらにベクトルポテンシャルの極子はソレノイドコイル以外に磁石のリングなどでも良い。さらに、回折収差補正器114はベクトルポテンシャルの多極子に加えてコンデンサレンズを組み込む場合もある。幾何収差補正器113は電子ビーム110の幾何収差の補正器であればどのような方式でも良いが、一般に磁極と電極の多極子とコンデンサレンズで構成される。
【0030】
図2は、走査電子顕微鏡での回折収差の模式図である。回折収差にはフレネル回折で生じるレイリー回折と波面収差等があるが、本発明ではレイリー回折を取り上げて、以下に収差の特徴と補正方法について説明する。
【0031】
対物レンズ210により試料上211の電子ビーム212の開き角213を制御するために対物絞り214でビーム軌道を制限すると電子の波動性が強くなり電子ビーム212の経路上で生じるフレネル回折215の影響が増大する。フレネル回折215による電子ビーム212の回折波の進行方向がビーム軸から傾きが大きくなるにつれて、ビーム径内で生じる位相差が増大する。対物レンズ210により集束した試料上のビームのスポット形状がフレネル回折215により拡大する現象がレイリー回折216である。レイリー回折216により試料上の回折波の強度分布は、電子ビームの集束方向がビームの軸から傾きが大きくなるにつれて電子ビーム212のビーム径内217での位相差で変化するために振幅しながら減衰する。さらに、電子ビーム212のビームランディングの速度を低速にすると電子波の波長が長くなるために、フレネル回折215で生じた回折波のビーム径内の位相差がつきにくくなり、回折波の強度分布の回折角度による減衰が弱くなってしまう。そのため、レイリー回折216は低加速になればなるほど増大する。さらに、対物レンズ210で試料上211に集束する過程でも電子ビーム212はフレネル回折215による回折波を生じながら進む。したがってレイリー回折216は、対物レンズ210までの電子ビーム212の経路上で生じた回折波と対物レンズ210による電子ビーム212の集束軌道上で生じた回折波の両方の干渉により、試料上211のビームのスポット形状拡大を生じる現象でもある。
【0032】
図3は電子ビームの位相制御に利用するAB効果の説明図である。電子線ホログラフィの手法を用いてAB効果を実証する方法は、電子源310から放出した電子ビーム311を2つの軌道に分けて十分に長いソレノイドコイル312を挟んで両側を通過し試料上313に集束する電子ビーム制御装置を用いて、試料上313の電子ビーム311の干渉縞314を観察する方法である。ソレノイドコイル312に電流315を流すとソレノイドコイル内のみに磁場を誘起することができる。そのとき磁場がないソレノイドコイル312の外側にはベクトルポテンシャル316がソレノイドコイル312の軸の中心からの距離に反比例して回転方向に誘起される。そのため、ソレノイドコイル312の軸を挟む両側を通過した電子ビーム311はベクトルポテンシャル316の影響を受けて電子ビームの位相が変化する。この現象がAB効果である。したがって、ソレノイドコイル312に流す電流を変えると電子ビーム311の位相が変化して試料上の電子ビームの干渉縞314が変化する。AB効果を実証する際、有限の長さのソレノイドコイル310では磁場や電場が完全に存在しない条件を満足することが困難であるため、ソレノイドコイルをドーナツ状のリングにして磁場漏洩を抑制し、電子線の波長が短いために非常に微細(数μm)にすることが必要であった。上記実証では、非常に微細なリングの磁石を超電導材で囲みマイスナー効果により上記磁石の磁場の漏洩を完全に防ぎ、リングの外側と内側を通る電子線の位相差を電子線ホログラフィにより干渉縞の形で観察した。観察の結果、2つの電子線の軌道間に半波長だけの位相差が存在していることがわかり、ベクトルポテンシャルにより電子線の位相が変化することが実証された。
【実施例2】
【0033】
実施例2では、走査電子顕微鏡への適用例での収差補正の作用動作について説明する。
【0034】
図4は、レイリー回折の収差補正の方法を示す模式図である。レイリー回折410は、対物レンズ411までの電子ビーム412の経路上で生じた回折波413と対物レンズ411による電子ビーム412の集束軌道上で生じた回折波414の両方の干渉により、試料上409のビームのスポット形状拡大を生じる現象である。
【0035】
レイリー回折410のうち、対物絞り415から対物レンズ411までに生じた回折波413に注目する。本実施例の1形態として、対物絞り415から対物レンズ411までの電子ビーム412はコンデンサレンズ416などで光学軌道を制御した平行ビームであり、電子ビームの位相は平面波である。対物レンズ411までに生じた回折波413は電子ビームの進行方向のビーム軸からの傾きに依存してビーム径内の位相差が増大する。そこで、ビーム径内の位相差を新たに発生させるためにビーム軸に対して直交かつ直交面内で対称な分布を有するベクトルポテンシャルを誘起する回折収差補正器417を対物絞り415と対物レンズ411の間に設置する。ビーム軸上を進行する電子ビーム412は回折収差補正器417を通過するときに上記ベクトルポテンシャルとの内積をとる経路積分が0となることからAB効果により位相は変化することない。したがって、対物レンズ411により試料上409に電子ビーム412を集束してもビーム強度は変化しない。一方、フレネル回折418によりビーム軸から傾いて進行する回折波413はベクトルポテンシャルとの内積をとる経路積分が0以外となりAB効果により位相差が生じる場合がある。このとき、ベクトルポテンシャルのビーム径内での分布により経路積分の差を増大すると、ビーム径内の位相差を増大し、試料上409のレイリー回折410を抑制することができる。
【0036】
一方、回折収差補正器417を通過して対物レンズ411から試料上409に集束する過程の電子ビームは回折波414を生じながら進む。回折波414により試料上409のビームのスポット形状拡大の現象であるレイリー回折410は残っている。すなわち、試料上409の回折波の強度分布は電子ビーム412の集束方向により生じるビーム径内での位相差で変化する。そのとき、フレネル回折418による電子ビーム412の集束方向がビームの軸からの傾きが大きくなるにつれて試料上409の回折波の強度分布は振幅しながら減衰する。対物レンズ411により集束する電子ビーム412に対して効率的にビーム径内の位相差を発生することもできるが本実施例では電子ビームの使い勝手から補正しない。
【0037】
このとき、試料上の電子ビーム412の回折波は対物絞り415から回折収差補正器417までの電子ビーム412の経路でフレネル回折418により生じた回折波414と回折収差補正器417から対物レンズ411を通過して試料上409に集束するまでの電子ビーム412の経路でフレネル回折418により生じた回折波の干渉波となる。回折収差補正器417がない場合のレイリー回折410に比べて上記干渉波が鋭いピーク形状になる場合がある。
【実施例3】
【0038】
図5にレイリー回折を補正する具体的手法を示す。上述のように、回折収差補正器510は、電子ビーム511のビーム軸に対して、並行しかつ直交面内で対称な分布でベクトルポテンシャル512を誘起することができる。回折収差補正器510を搭載した走査電子顕微鏡515の構成例を以下に述べる。
【0039】
電子銃516と、電子銃516から放出された電子ビーム511と、電子ビーム511の集束発散を制御するコンデンサレンズ517と、電子ビーム511のビーム径を制限する対物絞り513と、対物絞り513を通過した電子ビーム511のビーム軸に対して対称となる位置にソレノイドコイルをドーナツ状のリング518またはソレノイドコイルリングで形成する円筒パイプで形成するベクトルポテンシャルの極子のペア519をソレノイドコイルリングの面の延長方向が上記ビーム軸と交差する向きに2つ配置し、上記2つのベクトルポテンシャルの極子に対して相対角度が90度となる位置でソレノイドコイルリングの面の延長方向が該ビーム軸と交差する向きにもうひと組のベクトルポテンシャルの極子のペア520を配置し、かつ、ベクトルポテンシャルの4つのソレノイドコイル内に誘起する磁束のリングを軸対称に誘起されるようにベクトルポテンシャルの4極子を配置した回折収差補正器510と、電子ビーム511を試料上521に集束する対物レンズ514と、電子ビーム511を偏向する偏向器522と、電子ビーム511の照射により試料上521から発生した2次粒子523を検出する検出器524を有した走査電子顕微鏡515である。ここで、回折収差補正器510は、対物絞り513と対物レンズ514の間に設置する。さらに、回折収差補正器510と対物絞り513の間に色収差や球面収差などの幾何収差を補正する収差補正器を追加すると、さらに試料上522に電子ビーム511を細く集束することができる。偏向器を対物レンズ514と試料上522の間に置く場合は、対物レンズ514と回折収差補正器510を重畳することも可能である。
【0040】
回折収差補正器510はソレノイドコイル内の磁束により誘起されるベクトルポテンシャルとともに、ソレノイドコイルからビーム軸に染み出した磁束のリングによってもベクトルポテンシャルを誘起している。ソレノイドコイルリング内の磁束により誘起させるベクトルポテンシャルは、電子ビーム511がソレノイドコイルを跨がないかぎり位相差を生じない。一方、染み出した磁束のリング内に誘起されるベクトルポテンシャルは4極子を形成しており、ビーム軸にそって上下対称でかつビーム軸に対称なベクトルポテンシャル分布を誘起する。ベクトルポテンシャルの4極子の中央部525では、上記ビーム軸に直交する面内のベクトルポテンシャルの分布が上記ビーム軸を中心に対称な分布になる。図5(b)では上記ビーム軸に対する直交面内の極座標を
【0041】
【数1】
【0042】
とすると、対物絞り513を通過したビーム径の制限により(数2)と(数3)となり、ベクトルポテンシャル分布は(数4)となる。
【0043】
【数2】
【0044】
【数3】
【0045】
【数4】
【0046】
さらに、ソレノイドコイルをらせん状に巻いた円筒でビーム軸を周回するリングを形成してベクトルポテンシャルの極子を増大すると、ベクトルポテンシャル分布はビーム軸を囲む回転対称な連続極子(数5)となる。
【0047】
【数5】
【0048】
このとき、ビーム軸に染み出した磁束のリングはビーム軸と平行しているため、直進する電子ビーム511の位相に作用することはないが、第1の経路でのフレネル回折528で生じたビーム軸から傾斜して進行する第1の回折波529は磁束のリングをくぐることによりベクトルポテンシャルの極子の分だけ位相差を生じる。そこで、ベクトルポテンシャルの連続極子の中央部525で生じる電子ビーム511の位相差は、
【0049】
【数6】
【0050】
となる。ここで、(数7)は試料上521の座標、αは試料上のビーム開角526である。この時の電子ビーム511の試料上での波動関数は(数8)となる。
【0051】
【数7】
【0052】
【数8】
【0053】
となる。ここで、λは電子ビーム511の波長、J1( )、J0( )はベッセル関数である。
【0054】
試料上521の電子ビーム511のレイリー回折527は対物絞り513から回折収差補正器510までの電子ビーム511の第1の経路でのフレネル回折528により生じた(数8)の第1の回折波529と回折収差補正器510から対物レンズ514を通過して試料上521に集束するまでの電子ビーム511の第2の経路でのフレネル回折530により生じた第2の回折波531の干渉波となる。この時の電子ビーム511の試料上でのレイリー回折527の波動関数は、
【0055】
【数9】
【0056】
となる。ここで、LCは対物絞り513から回折収差補正器510までの電子ビーム511の第1の経路でフレネル回折528により生じた第1の回折波529の規格化因子で、LFは回折収差補正器510から対物レンズ514を通過して試料上521に集束するまでの電子ビーム511の第2の経路でフレネル回折530により生じた第2の回折波531の規格化因子である。比較のために、回折収差補正器がない場合の従来のレイリー回折532の波動関数は、
【0057】
【数10】
【0058】
となる。ここでLは規格化因子である。
【0059】
図6は試料上のビーム強度分布を示す図である。電子ビームの試料上でのレイリー回折の波動関数(数9)の二乗が回折収差補正後のビーム強度分布611である。回折収差補正器がない場合の従来のレイリー回折の波動関数(数10)の二乗が回折収差補正前のビーム強度分布610である。
【0060】
横軸は試料上でのビーム軸からの距離をrとして、電子ビームの波長と試料上のビーム開角でスケーリングした軸である。回折収差補正前のビーム強度分布610のカーブは0.61Dで横軸と交わる点が回折収差の基本的な性質であるRayleigh分解能を示す点である。補正器を適切な設定にすると回折収差補正器がない場合のレイリー回折に比べて干渉波が鋭いピーク形状になる場合がある。このとき、回折収差補正後のビーム強度分布のカーブはA″=3とした場合であり、ビーム強度分布のピークは鋭くなっている。さらにA″を適切に設定すればビーム強度分布の形状は鋭いピークになっていく。
【実施例4】
【0061】
図7は回折収差補正器のベクトルポテンシャルの極子の配置例である。ソレノイドコイルをドーナツ状のリングまたはソレノイドコイルリングで形成する円筒パイプまたは、磁石のリングのペアなどで形成するベクトルポテンシャルの極子のペアの配置の例である。前述の実施例ではベクトルポテンシャルの4極子710を取り上げたが、ベクトルポテンシャルの8極子712、12極子、16極子にするとビーム軸方向のベクトルポテンシャルの広がりを抑制できる。一方、ソレノイドコイルをらせん状に巻いた円筒でビーム軸を周回するリングを形成するベクトルポテンシャルの連続極子713を用いると、さらにベクトルポテンシャルの回転対称性が良くなる。
【実施例5】
【0062】
図8は回折収差補正器の制御画面の例である。電子ビームの加速や電流やビーム集束時の開き角の組み合わせ毎にベクトルポテンシャルの多極子の軸制御値を表示する画面810と軸制御値を計測または登録する画面811とベクトルポテンシャルの多極子のアライメントを指示する画面812などにより構成される。
【実施例6】
【0063】
図9は回折収差補正器をイオン顕微鏡に適用した1実施例である。レイリー回折910は、対物レンズ911までのイオンビーム912の経路上で生じた回折波913と対物レンズ911によるイオンビーム912の集束軌道上で生じた回折波914の両方の干渉により、試料上のビームのスポット形状拡大を生じる現象である。
【0064】
まずは、レイリー回折910のうち、ビーム制限絞り915から対物レンズ911までに生じた回折波913に注目する。本実施例の1形態として、ビーム制限絞り915から対物レンズ911までのイオンビーム912はコンデンサレンズ916などで光学軌道を制御して平行ビームであり、イオンビームの位相は平面波である。対物レンズ911までに生じた回折波913はイオンビームの進行方向のビーム軸からの傾きに依存してビーム径内の位相差が増大する。そこで、ビーム径内の位相差を新たに発生させるためにビーム軸に対して直交かつ直交面内で対称な分布を有するベクトルポテンシャルを誘起する回折収差補正器917をビーム制限絞り915と対物レンズ911の間に設置する。ビーム軸上を進行するイオンビームは回折収差補正器917を通過するときに上記ベクトルポテンシャルとの内積をとる経路積分が0となることからAB効果により位相は変化することない。したがって、対物レンズにより試料上にイオンビームを集束してもビーム強度は変化しない。一方、フレネル回折によりビーム軸から傾いて進行する回折波は上記ベクトルポテンシャルとの内積をとる経路積分が0以外となりAB効果により位相差が生じる場合がある。そこで、上記ベクトルポテンシャルのビーム径内での分布により上記経路積分の差を増大すると、ビーム径内の位相差を増大し、試料上のレイリー回折を抑制することができる。ビーム制限絞り915と回折収差補正器917の間に、色収差や球面収差など幾何収差を補正する幾何収差補正器を配置してもよい。さらに、試料を透過した電子ビームを検出することにより、高分解能な透過像を得ることも可能である。
【実施例7】
【0065】
図10は回折収差補正器を透過電子顕微鏡に適用した1実施例である。レイリー回折1010は、対物レンズ1011を通過後の透過電子ビーム1012の経路上で生じた回折波1013と対物レンズ1011による透過電子ビーム1012の集束軌道上で生じた回折波1014の両方の干渉により、透過電子の結像面1015での像ボケや検出器1016でのコントラストの揺らぎを生じる現象である。
【0066】
レイリー回折1010のうち、対物絞り1017から結像面1015や検出器1016までに生じた回折波1013に注目する。本実施例の1形態として、対物絞り1017から結像面1015までの透過電子ビーム1012はトランスファーレンズ1018で光学軌道を制御して平行ビームであり、透過電子ビーム1012の位相は平面波である。対物絞り1017通過後の透過電子ビーム1012の経路で生じた回折波1013はビーム軸からの傾きに依存してビーム径内の位相差が増大する。そこで、ビーム径内の位相差を新たに発生させるためにビーム軸に対して直交かつ直交面内で対称な分布を有するベクトルポテンシャルを誘起する回折収差補正器1019を対物絞り1017と結像面1015または検出器1016の間に設置する。ビーム軸上を進行する透過電子ビーム1012は回折収差補正器1019を通過するときにベクトルポテンシャルとの内積をとる経路積分が0となることからAB効果により位相は変化することない。したがって、対物絞り1017を通過した透過電子ビーム1012のビーム強度は変化しない。一方、フレネル回折1020によりビーム軸から傾いて進行する回折波は上記ベクトルポテンシャルとの内積をとる経路積分が0以外となりAB効果により位相差が生じる場合がある。そこで、上記ベクトルポテンシャルのビーム径内での分布により上記経路積分の差を増大すると、ビーム径内の位相差を増大し、結像面1015や検出器1016でのレイリー回折1010を抑制することができる。対物絞り1017と回折収差補正器1019の間に、幾何収差補正器を配置してもよい。
【実施例8】
【0067】
図11は回折収差補正器を反射電子顕微鏡に適用した1実施例である。反射電子顕微鏡は対物レンズ1110による電子ビーム1111の集束軌道が走査電子顕微鏡を異なり反射電子1112を検出するために試料1113が傾斜している。しかし、レイリー回折1114は、対物レンズ1110までの電子ビーム1111の経路上で生じた回折波1115と対物レンズ1110による電子ビーム1111の集束軌道上で生じた回折波1116の両方の干渉により、ビーム軸から傾斜した試料上のビームのスポット形状拡大を生じる。
【0068】
レイリー回折1114のうち、対物絞り1117から対物レンズ1110までに生じた回折波1115に注目する。本実施例の1形態として、対物絞り1117から対物レンズ1110までの電子ビーム1111はコンデンサレンズ1118などで光学軌道を制御して平行ビームであり、電子ビーム1111の位相は平面波である。対物レンズ1110までに生じた回折波1115は電子ビーム1111のビーム軸からの傾きに依存してビーム径内の位相差が増大する。そこで、ビーム径内の位相差を新たに発生させるためにビーム軸に対して直交かつ直交面内で対称な分布を有するベクトルポテンシャルを誘起する回折収差補正器1119を対物絞り1117と対物レンズ1110の間に設置する。ビーム軸上を進行する電子ビーム1111は回折収差補正器1119を通過するときに上記ベクトルポテンシャルとの内積をとる経路積分が0となることからAB効果により位相は変化することない。したがって、対物レンズにより試料上に電子ビーム1111を集束してもビーム強度は変化しない。一方、フレネル回折によりビーム軸から傾いて進行する回折波は上記ベクトルポテンシャルとの内積をとる経路積分が0以外となりAB効果により位相差が生じる場合がある。そこで、上記ベクトルポテンシャルのビーム径内での分布により上記経路積分の差を増大すると、ビーム径内の位相差を増大し、試料上のレイリー回折1114を抑制することができる。対物絞り1117と回折収差補正器1119の間に、幾何収差補正器を配置してもよい。
【実施例9】
【0069】
図12は回折収差補正器をミラー電子顕微鏡に適用した1実施例である。ミラー電子顕微鏡は試料1210に電子ビーム1211を並行に照射する照射光学系1212と試料1210からのミラー電子ビーム1213や反射電子ビーム1214を結像する投影光学系1215により構成される。投影光学系1215のレイリー回折1216は、対物レンズ1217を通過後のミラー電子ビーム1213の経路上で生じた回折波1218と対物レンズ1217によるミラー電子ビーム1213の集束軌道上で生じた回折波1219の両方の干渉により、ミラー電子の結像面1220での像ボケや検出器1221でのコントラストの揺らぎを生じる現象である。ただし、反射電子ビーム1214を結像する際に生じるレイリー回折はミラー電子ビーム1213で生じるものと同等であり、本実施例では断わりのない限り置き換えることができる。
【0070】
レイリー回折1216のうち、対物絞り1222から結像面1220や検出器1221までに生じた回折波1218に注目する。本実施例の1形態として、対物絞り1222から結像面1220や検出器1221までのミラー電子ビーム1213はトランスファーレンズ1223で光学軌道を制御して平行ビームであり、ミラー電子ビーム1213の位相は平面波である。対物絞り1017通過後のミラー電子ビーム1213の経路で生じた回折波1219はビーム軸からの傾きに依存してビーム径内の位相差が増大する。そこで、ビーム径内の位相差を新たに発生させるためにビーム軸に対して直交かつ直交面内で対称な分布を有するベクトルポテンシャルを誘起する回折収差補正器1224を対物絞り1222と結像面1220または検出器1221の間に設置する。ビーム軸上を進行するミラー電子ビーム1213は回折収差補正器1224を通過するときにベクトルポテンシャルとの内積をとる経路積分が0となることからAB効果により位相は変化することない。したがって、対物絞り1222を通過したミラー電子ビーム1213のビーム強度は変化しない。一方、フレネル回折1225によりビーム軸から傾いて進行する回折波は上記ベクトルポテンシャルとの内積をとる経路積分が0以外となりAB効果により位相差が生じる場合がある。そこで、上記ベクトルポテンシャルのビーム径内での分布により上記経路積分の差を増大すると、ビーム径内の位相差を増大し、結像面1220や検出器1221でのレイリー回折1216を抑制することができる。対物絞り1222と回折収差補正器1224の間に、幾何収差補正器を配置してもよい。
【符号の説明】
【0071】
真空筺体内101、電子光学系102、電子光学系制御装置103、ホストコンピュータ104、操作卓105、表示手段106、電子ビーム110、電子源111、対物絞り112、収差補正器113、回折収差補正器114、偏向器115、電磁重畳型対物レンズ116、試料117、二次粒子118、ブースタ磁路部材119、反射部材120、三次粒子121、中央検出器122、引き出し電極130、加速電極131、コイル132、制御磁路部材133、ヨーク部材134、制御磁路電源135、ステージ136、ステージ電源137、対物レンズ210、試料上211、電子ビーム212、開き角213、対物絞り214、フレネル回折215、レイリー回折216、ビーム径内217、電子源310、電子ビーム311、ソレノイドコイル312、試料上313、干渉縞314、電流315、ベクトルポテンシャル316、試料上409、レイリー回折410、対物レンズ411、電子ビーム412、回折波413、回折波414、対物絞り415、コンデンサレンズ416、回折収差補正器417、フレネル回折418、回折収差補正器510、電子ビーム511、ベクトルポテンシャル512、対物絞り513、対物レンズ514、走査電子顕微鏡515、電子銃516、コンデンサレンズ517、ソレノイドコイル518、ベクトルポテンシャルの極子のペア519、もうひと組のベクトルポテンシャルの極子のペア520、試料上522、2次粒子523、検出器524、ベクトルポテンシャルの4極子の中央部525、試料上のビーム開角526、レイリー回折527、第1の経路でのフレネル回折528、第1の回折波529、第2の経路でのフレネル回折530、第2の回折波531、従来のレイリー回折533、回折収差補正後のビーム強度分布610、回折収差補正前のビーム強度分布611、ベクトルポテンシャルの4極子710、ベクトルポテンシャルの8極子712、ベクトルポテンシャルの連続極子713、ベクトルポテンシャルの多極子の軸制御値を表示する画面810、軸制御値を計測または登録する画面811、ベクトルポテンシャルの多極子のアライメントを指示する画面812、レイリー回折910、対物レンズ911、イオンビーム912、回折波913、集束軌道上で生じた回折波914、ビーム制限絞り915、コンデンサレンズ916、回折収差補正器917、レイリー回折1010、対物レンズ1011、透過電子ビーム1012、回折波1013、集束軌道上で生じた回折波1014、結像面1015、対物絞り1017、トランスファーレンズ1018、回折収差補正器1019、フレネル回折1020、対物レンズ1110、電子ビーム1111、反射電子1112、試料1113、レイリー回折1114、回折波1115、集束軌道上で生じた回折波1116、対物絞り1117、コンデンサレンズ1118、回折収差補正器1119、試料1210、電子ビーム1211、照射光学系1212、ミラー電子ビーム1213、反射電子ビーム1214、投影光学系1215、レイリー回折1216、対物レンズ1217、回折波1218、集束軌道上で生じた回折波1219、結像面1220、検出器1221、対物絞り1222、トランスファーレンズ1223、回折収差補正器1224
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体装置や液晶や磁気記録媒体等、微細な回路パターンを有する基板製造技術に係り、特に、荷電粒子ビームにより微細な回路パターンを観察・計測・検査する荷電粒子ビーム顕微鏡および検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体デバイスの微細化・集積化に伴って、製造工程の管理や開発では、ウェハ上形成された孔や溝のサイズは微細な場合は約10nmとなる場合もあるように、回路パターンの微細化は進む。そのため、数10nmサイズの微細パターンを高精度かつ高速で計測する要求がますます高まっており、光学顕微鏡では対応できないナノ分解能観察の要求に答えるために、走査電子顕微鏡(以下SEMと称す)の電子ビームのプローブ径が年々縮小され約1nmまで達し、原子分解能を有するScanning Probe Microscope(以下SPMと称す)に次ぐ高解像度の観察像取得手段となっている。
【0003】
しかし、試料のダメージに代表される使用上の制約が、適用範囲の拡張と市場拡大を阻害している。例えば、Critical Dimension Scanning Electron Microscope(以下CD−SEMと称す)は半導体のリソグラフィ管理において不可欠な計測装置であるが、電子ビームによるレジストのダメージが測長を阻害している。このダメージを低減する有効な手段として100eV以下での測長が提案されている。このようにソフトマテリアルの低ダメージ観察には超低加速電圧の電子ビームが必要となるが、超低加速電圧の電子ビームは幾何収差と回折収差が増大して所望の分解能を得ることはできない。幾何収差補正とは電子光学系のレンズ等により幾何光学的に生じる収差であり、試料上のビームの開き角を大きくすると収差が増大する特徴をもつ。一方、回折収差は電子の波動性で生じる収差であり、試料上のビームの開き角を小さくすると収差が増大する特徴をもつ。分解能が10%劣化する試料高さの許容範囲を観察像の焦点深度とし、該焦点深度は試料上のビーム開き角を小さくすると増大する。
【0004】
非特許文献1には、幾何収差の補正方法の基本原理として、電場と磁場を重畳させた多極子により電子ビームのウィーン条件を作り出すことで幾何収差のうち色収差を補正する方法が示されている。
【0005】
特許文献1には、輪帯照明の基本原理として、荷電粒子線の通過を制限する通過開口を、荷電粒子源と走査偏向器の間に配置し、当該通過開口はその開口中心に荷電粒子線の通過を制限する部材を備えてなることを特徴とする走査型荷電粒子顕微鏡が示されている。
【0006】
特許文献2には、マイクロ波イオン源の多価に電離したイオンビームを効率よく取得するために、イオン源プラズマ室にソレノイドコイルと磁石列を配置し、合成磁場形状をプラズマから見て軸方向および半径方向ともにプラズマ中心部分で磁場強度が平均的に極小としてプラズマを閉じ込めて安定なビーム引き出しを実現する方法について開示されている。
【0007】
特許文献3には、電子顕微鏡のエネルギーフィルタの電源を削減して電子軌道の変化が少なく調整を容易にするために、主コイルと独立にかつ接近してバランスを調整するための補助コイルをそれぞれの上部と下部のポールピースを間に挟んでソレノイド状に巻回してポールピース間隙に磁場を発生させるマグネットについて開示されている。
【0008】
荷電粒子ビームを応用した観察・計測・検査装置にはSEM以外にTransmission Electron Microscope(以下TEMと称す)やScanning Transmission Electron Microscope(以下STEMと称す)などがあり、これらの光学系の構造上の共通の特徴として球面収差と色収差が分解能劣化の支配要因であった。すなわち、STEMやTEMでは色収差より球面収差が、SEMは球面収差より色収差が分解能劣化の支配要因となっていたため、それぞれに最適化した幾何収差補正技術が開発された。これらの幾何収差補正技術の登場により光学系全体の収差が抑制され、回折収差が光学系の構造上の共通の特徴として分解能劣化の支配要因となるようになったことが本発明の第2の背景である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007−207764
【特許文献2】特開昭63−114032
【特許文献3】特開2005−302437
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】H.Rose, Optik, 31 (1970) 144
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
非特許文献1に記載された従来技術では、幾何収差は補正できるが回折収差は補正できない。上記幾何収差補正は試料上のビームの開き角を大きくすると収差が増大する特徴をもち、上記回折収差は上記ビームの開き角を小さくすると収差が増大する特徴をもつことから、上記ビームの開き角を大きくすると上記幾何収差補正により収差を抑制することが可能となる。上記ビームの開き角を大きくすることにより焦点深度が浅くなり、上記試料上の溝や孔の表面と底を同時に観察できなくなる場合や、合焦点位置の検出が困難になる場合もある。焦点深度の浅い観察像は従来のSEM像に比べて立体的な情報が取得しにくい不便な観察像となってしまう。
【0012】
特許文献1に記載された従来技術では、回折収差を制御することができないために試料上のビーム強度分布に複数の強度ピークが形成される。さらに適切な幾何収差を加えることにより、試料上のビームの開き角を変えることなく焦点深度をいくらか深くすることができるが効果は限定的である。
【0013】
特許文献2に記載された従来技術では、イオン源プラズマ室にソレノイドコイルと磁石列を配置し、プラズマを閉じ込めて安定なビーム引き出しを実現することはできるが、荷電粒子の回折収差を補正することはできない。
【0014】
特許文献3に記載された従来技術では、上部と下部のポールピースを間に挟んでソレノイド状に巻回してポールピース間隙に磁場を発生させるマグネットを配置し、電子顕微鏡のエネルギーフィルタを実現することはできるが、電子ビームの回折収差を補正することはできない。
【課題を解決するための手段】
【0015】
荷電粒子光学における回折収差にはレイリー回折と波面収差があるが、ここでは電子光学におけるレイリー回折を取り上げて、以下に収差の特徴と補正方法について説明する。
【0016】
対物レンズにより試料上のビームの開き角を制御するために対物絞りでビーム軌道を制限すると電子の波動性が強くなり回折が発生する。上記回折により試料上のビームのスポット形状拡大の現象がレイリー回折である。試料上の回折波の強度分布は電子ビームの進行方向により生じるビーム径内での位相差で変化する。回折による電子ビームの進行方向がビームの軸からの傾きが大きくなるにつれて試料上の回折波の強度分布は減衰する。しかし、低加速ビームでは電子ビームの波長が長くなるために、進行方向によるビーム径内での位相差がつきにくくなり、回折波の強度分布の減衰が弱くなってしまう。そのため、回折収差は低加速になればなるほど増大する。
【0017】
次に電子ビームの位相制御に利用するAharonov−Bohm効果(以下AB効果と称す)について説明する。
【0018】
Y.AharonovとDavid Bohmが1959年に磁場や電場が完全に存在しなくても電子ビームの位相は変化する現象(以下AB効果)を理論的に予言し(Phys. Rev. 115 (1959) 485)、 外村らが1986年に電子線ホログラフィーの手法を用いて実証した(Phys. Rev. Lett. 56 (1986) 792)。有限の長さのソレノイドコイルでは磁場や電場が完全に存在しない条件を満足することが困難であるため、ソレノイドコイルをドーナツ状のリングにして磁場漏洩を抑制し、電子線の波長が短いために非常に微細(数μm)にすることが必要であった。上記実証では、非常に微細なリングの磁石を超電導材で囲みマイスナー効果により上記磁石の磁場の漏洩を完全に防ぎ、リングの外側と内側を通る電子線の位相差を電子線ホログラフィにより干渉縞の形で観察した。観察の結果、2つの電子線の軌道間に半波長だけの位相差が存在していることがわかり、ベクトルポテンシャルにより電子線の位相が変化することが実証された。
【0019】
上記レイリー回折は電子ビームの進行方向のビーム軸からの傾きにより効率的にビーム径内の位相差を発生することにより抑制できる。そこで、上記位相差を発生させるためにビーム軸に対して直交かつ直交面内で対称な分布を有するベクトルポテンシャルを誘起する回折収差補正器を対物絞りと対物レンズの間に設置する。ビーム軸上を進行する電子ビームの位相差は変化することなく、試料上の電子ビームの強度は変化しないが、電子ビーム経路上のフレネル回折によりビーム軸から傾いて進行する回折波は上記ベクトルポテンシャルによるAB効果によりビーム径内の位相差を増大して試料上の電子ビームの強度を抑制することができる。しかし、対物レンズで試料上に集束する電子ビームが回折波を生じながら進む。上記回折により試料上のビームのスポット形状拡大の現象がレイリー回折である。試料上の回折波の強度分布は電子ビームの集束方向により生じるビーム径内での位相差で変化する。回折による電子ビームの集束方向がビームの軸からの傾きが大きくなるにつれて試料上の回折波の強度分布は振幅しながら減衰する。対物レンズにより集束する電子ビームに対して効率的にビーム径内の位相差を発生することは難しい。そこで、対物レンズを通過する前の電子ビームの回折波に対して、ビーム軸からの傾きにより効率的にビーム軸からの位相差を発生する。これにより、対物レンズの前後の回折波の位相差が発生することによりレイリー回折は抑制できる。
【0020】
回折収差補正器の構成例を以下に述べる。上記ソレノイドコイルリングまたは上記磁石リングはリング面の延長方向がビーム軸を向き、かつビーム軸に対して対称となる、ビーム軸を中心とする同一円周上の位置に配置することにより所望のベクトルポテンシャル分布を得ることができる。例えば4個のソレノイドコイルリングを用いる場合は、対称となる位置に配置した2つのリング面の延長方向がビームの軸と交差し、かつ誘起されるベクトルポテンシャルがビーム軸に対して回転対称になるようにソレノイドコイルリングのペアを配置し、相対角度が90度となる位置に、各々のソレノイドコイルリングのペアのベクトルポテンシャルの向きが回転対象になるように、かつ隣り合うソレノイドコイルのベクトルポテンシャルの向きが軸対称になるように、もうひと組のソレノイドコイルリングのペアを配置することにより実現する。さらにビーム軸を中心とする同一円周上に8個や12個など4の倍数個のソレノイドコイルリングを用いることでよりベクトルポテンシャルの回転対称性が良くなる。さらに、ソレノイドコイルをらせん状に巻いた円筒でビーム軸を周回するリングを形成することにより、さらにベクトルポテンシャルの回転対称性が良くなる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、荷電粒子ビームにより、微細な回路パターンを観察・計測・検査する荷電粒子ビーム顕微鏡において、ベクトルポテンシャルのビーム径内の位相差を増大し、試料上の回折収差を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】回折収差補正器を走査電子顕微鏡に適用した1実施形態を示す図。
【図2】走査電子顕微鏡での回折収差の模式図。
【図3】Aharanov−Bohm効果の説明図。
【図4】レイリー回折の収差補正の方法を示す模式図。
【図5】レイリー回折を補正する具体的手法を示す図。
【図6】試料上のビーム強度分布を示す図。
【図7】回折収差補正器のベクトルポテンシャルの極子の配置例を示す図。
【図8】回折収差補正器の制御画面の例を示す図。
【図9】回折収差補正器をイオン顕微鏡に適用した1実施形態を示す図。
【図10】回折収差補正器を透過電子顕微鏡に適用した1実施形態を示す図。
【図11】回折収差補正器を反射電子顕微鏡に適用した1実施形態を示す図。
【図12】回折収差補正器をミラー電子顕微鏡に適用した1実施形態を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0023】
一例として、以下の実施例では、主として走査電子顕微鏡を用いた装置への適用例について説明するが、各実施例の回折収差補正の手段は、電子ビームだけではなくイオンビーム装置も含めた荷電粒子線装置一般に対して適用可能である。また、以下の実施例では半導体ウェハを試料とする装置について説明を行うが、各種荷電粒子線装置で使用する試料としては、半導体ウェハの他、半導体基板、パターンが形成されたウェハの欠片、ウェハから切り出されたチップ、ハードディスク、液晶パネルなど、各種の試料を検査・計測対象とすることができる。
【実施例1】
【0024】
実施例1では、走査電子顕微鏡への適用例について説明する。
【0025】
本実施例の走査電子顕微鏡は、真空筺体内に形成された電子光学系、その周囲に配置された電子光学系制御装置、制御電源に含まれる個々の制御ユニットを制御し、装置全体を統括制御するホストコンピュータ、制御装置に接続された操作卓、取得画像を表示されるモニタを備える表示手段などにより構成される。電子光学系制御装置は、電子光学系の各構成要素に電流、電圧を供給するための電源ユニットや、各構成要素に対して制御信号を伝送するための信号制御線などにより構成される。本実施例では走査電子顕微鏡を適用例にしているが、例えばイオン顕微鏡や透過電子顕微鏡や反射電子顕微鏡やミラー電子顕微鏡に適用してもよい。
【0026】
図1は、本発明の走査電子顕微鏡の全体構成を示す模式図である。本実施例の走査電子顕微鏡は、真空筺体内101に形成された電子光学系102、その周囲に配置された電子光学系制御装置103、制御電源に含まれる個々の制御ユニットを制御し、装置全体を統括制御するホストコンピュータ104、制御装置に接続された操作卓105、取得画像を表示されるモニタを備える表示手段106などにより構成される。電子光学系制御装置103は、電子光学系102の各構成要素に電流、電圧を供給するための電源ユニットや、各構成要素に対して制御信号を伝送するための信号制御線などにより構成される。ただし、装置全体を統括制御するホストコンピュータ104はどのような方式でもよく、例えば観察試料となるウェハを収納するカセットから試料室に搬送するシステムや通信システムと接続してもよい。
【0027】
電子光学系102は、電子ビーム110を生成する電子源111、電子ビーム110のビーム径を制限する対物絞り112と、電子ビーム110の幾何収差を制御する収差補正器113と、電子ビーム110の回折収差を制御する回折収差補正器114と、一次電子ビームを偏向する偏向器115、電子ビーム110を集束する電磁重畳型対物レンズ116、ステージ上に保持された試料117から放出される二次粒子118を集束発散するブースタ磁路部材119、二次粒子118が衝突する反射部材120、当該衝突により再放出される三次粒子121を検出する中央検出器122などにより構成される。反射部材120は、電子ビーム110の通過開口が形成された円盤状の金属部材により構成され、その底面が二次粒子反射面を形成している。
【0028】
電子源111から放出された電子ビーム110は、引き出し電極130と加速電極131との間に形成される電位差により加速され、電磁重畳型対物レンズ116に達する。電磁重畳型対物レンズ116は、入射した電子ビーム110をコイル132により試料117上に磁場を励起して集束させる。制御磁路部材133には、ヨーク部材134の電位に対する電位が負になるような電位が供給されており、この電位は制御磁路電源135により供給される。また、ステージ136には、ステージ電源137によって、ブースタ磁路部材119との電位差が負になる電位が印加される。このため、ブースタ磁路部材119を通過した電子ビーム110は、急激に減速され試料表面に到達する。ここで、電子ビーム110のランディングエネルギーは、電子源111とステージ136の電位差のみで決まるため、電子源111とステージ136のへの印加電位を所定値に制御すれば、ブースタ磁路部材119や加速電極131への印加電位がどうであっても電子ビーム110のランディングエネルギーを所望の値に制御可能である。ただし、電磁重畳型対物レンズ116はどのような方式でもよく、例えば制御磁路部材133が無い電磁重畳型対物レンズ116や磁場レンズや静電レンズでもよい。
【0029】
回折収差補正器114は、対物絞り112を通過した電子ビーム110のビーム軸に対して対称となるビーム軸を中心とする同一円周上の位置にソレノイドコイルをドーナツ状のリングまたはソレノイドコイルリングで形成する円筒パイプで形成するベクトルポテンシャルの極子をソレノイドコイルリングの面の延長方向が上記ビーム軸と交差する向きに各々配置し、各々2つのベクトルポテンシャルの極子に対して相対角度が90度となる位置でソレノイドコイルリングの面の延長方向が該ビーム軸と交差する向きにもうひと組のベクトルポテンシャルの極子のペアを配置し、かつ各々のベクトルポテンシャルの極子のペアがソレノイドコイル内に誘起する磁束のリングの向きを該ビーム軸に回転対称に、かつ隣り合うベクトルポテンシャルの極子がソレノイドコイル内に誘起する磁束のリングの向きを該ビーム軸に軸対称に誘起する。ただし、回折収差補正器114のベクトルポテンシャルの多極子の構成は、4極子以外に8極子や12極子や連続極子などでもよく、さらにベクトルポテンシャルの極子はソレノイドコイル以外に磁石のリングなどでも良い。さらに、回折収差補正器114はベクトルポテンシャルの多極子に加えてコンデンサレンズを組み込む場合もある。幾何収差補正器113は電子ビーム110の幾何収差の補正器であればどのような方式でも良いが、一般に磁極と電極の多極子とコンデンサレンズで構成される。
【0030】
図2は、走査電子顕微鏡での回折収差の模式図である。回折収差にはフレネル回折で生じるレイリー回折と波面収差等があるが、本発明ではレイリー回折を取り上げて、以下に収差の特徴と補正方法について説明する。
【0031】
対物レンズ210により試料上211の電子ビーム212の開き角213を制御するために対物絞り214でビーム軌道を制限すると電子の波動性が強くなり電子ビーム212の経路上で生じるフレネル回折215の影響が増大する。フレネル回折215による電子ビーム212の回折波の進行方向がビーム軸から傾きが大きくなるにつれて、ビーム径内で生じる位相差が増大する。対物レンズ210により集束した試料上のビームのスポット形状がフレネル回折215により拡大する現象がレイリー回折216である。レイリー回折216により試料上の回折波の強度分布は、電子ビームの集束方向がビームの軸から傾きが大きくなるにつれて電子ビーム212のビーム径内217での位相差で変化するために振幅しながら減衰する。さらに、電子ビーム212のビームランディングの速度を低速にすると電子波の波長が長くなるために、フレネル回折215で生じた回折波のビーム径内の位相差がつきにくくなり、回折波の強度分布の回折角度による減衰が弱くなってしまう。そのため、レイリー回折216は低加速になればなるほど増大する。さらに、対物レンズ210で試料上211に集束する過程でも電子ビーム212はフレネル回折215による回折波を生じながら進む。したがってレイリー回折216は、対物レンズ210までの電子ビーム212の経路上で生じた回折波と対物レンズ210による電子ビーム212の集束軌道上で生じた回折波の両方の干渉により、試料上211のビームのスポット形状拡大を生じる現象でもある。
【0032】
図3は電子ビームの位相制御に利用するAB効果の説明図である。電子線ホログラフィの手法を用いてAB効果を実証する方法は、電子源310から放出した電子ビーム311を2つの軌道に分けて十分に長いソレノイドコイル312を挟んで両側を通過し試料上313に集束する電子ビーム制御装置を用いて、試料上313の電子ビーム311の干渉縞314を観察する方法である。ソレノイドコイル312に電流315を流すとソレノイドコイル内のみに磁場を誘起することができる。そのとき磁場がないソレノイドコイル312の外側にはベクトルポテンシャル316がソレノイドコイル312の軸の中心からの距離に反比例して回転方向に誘起される。そのため、ソレノイドコイル312の軸を挟む両側を通過した電子ビーム311はベクトルポテンシャル316の影響を受けて電子ビームの位相が変化する。この現象がAB効果である。したがって、ソレノイドコイル312に流す電流を変えると電子ビーム311の位相が変化して試料上の電子ビームの干渉縞314が変化する。AB効果を実証する際、有限の長さのソレノイドコイル310では磁場や電場が完全に存在しない条件を満足することが困難であるため、ソレノイドコイルをドーナツ状のリングにして磁場漏洩を抑制し、電子線の波長が短いために非常に微細(数μm)にすることが必要であった。上記実証では、非常に微細なリングの磁石を超電導材で囲みマイスナー効果により上記磁石の磁場の漏洩を完全に防ぎ、リングの外側と内側を通る電子線の位相差を電子線ホログラフィにより干渉縞の形で観察した。観察の結果、2つの電子線の軌道間に半波長だけの位相差が存在していることがわかり、ベクトルポテンシャルにより電子線の位相が変化することが実証された。
【実施例2】
【0033】
実施例2では、走査電子顕微鏡への適用例での収差補正の作用動作について説明する。
【0034】
図4は、レイリー回折の収差補正の方法を示す模式図である。レイリー回折410は、対物レンズ411までの電子ビーム412の経路上で生じた回折波413と対物レンズ411による電子ビーム412の集束軌道上で生じた回折波414の両方の干渉により、試料上409のビームのスポット形状拡大を生じる現象である。
【0035】
レイリー回折410のうち、対物絞り415から対物レンズ411までに生じた回折波413に注目する。本実施例の1形態として、対物絞り415から対物レンズ411までの電子ビーム412はコンデンサレンズ416などで光学軌道を制御した平行ビームであり、電子ビームの位相は平面波である。対物レンズ411までに生じた回折波413は電子ビームの進行方向のビーム軸からの傾きに依存してビーム径内の位相差が増大する。そこで、ビーム径内の位相差を新たに発生させるためにビーム軸に対して直交かつ直交面内で対称な分布を有するベクトルポテンシャルを誘起する回折収差補正器417を対物絞り415と対物レンズ411の間に設置する。ビーム軸上を進行する電子ビーム412は回折収差補正器417を通過するときに上記ベクトルポテンシャルとの内積をとる経路積分が0となることからAB効果により位相は変化することない。したがって、対物レンズ411により試料上409に電子ビーム412を集束してもビーム強度は変化しない。一方、フレネル回折418によりビーム軸から傾いて進行する回折波413はベクトルポテンシャルとの内積をとる経路積分が0以外となりAB効果により位相差が生じる場合がある。このとき、ベクトルポテンシャルのビーム径内での分布により経路積分の差を増大すると、ビーム径内の位相差を増大し、試料上409のレイリー回折410を抑制することができる。
【0036】
一方、回折収差補正器417を通過して対物レンズ411から試料上409に集束する過程の電子ビームは回折波414を生じながら進む。回折波414により試料上409のビームのスポット形状拡大の現象であるレイリー回折410は残っている。すなわち、試料上409の回折波の強度分布は電子ビーム412の集束方向により生じるビーム径内での位相差で変化する。そのとき、フレネル回折418による電子ビーム412の集束方向がビームの軸からの傾きが大きくなるにつれて試料上409の回折波の強度分布は振幅しながら減衰する。対物レンズ411により集束する電子ビーム412に対して効率的にビーム径内の位相差を発生することもできるが本実施例では電子ビームの使い勝手から補正しない。
【0037】
このとき、試料上の電子ビーム412の回折波は対物絞り415から回折収差補正器417までの電子ビーム412の経路でフレネル回折418により生じた回折波414と回折収差補正器417から対物レンズ411を通過して試料上409に集束するまでの電子ビーム412の経路でフレネル回折418により生じた回折波の干渉波となる。回折収差補正器417がない場合のレイリー回折410に比べて上記干渉波が鋭いピーク形状になる場合がある。
【実施例3】
【0038】
図5にレイリー回折を補正する具体的手法を示す。上述のように、回折収差補正器510は、電子ビーム511のビーム軸に対して、並行しかつ直交面内で対称な分布でベクトルポテンシャル512を誘起することができる。回折収差補正器510を搭載した走査電子顕微鏡515の構成例を以下に述べる。
【0039】
電子銃516と、電子銃516から放出された電子ビーム511と、電子ビーム511の集束発散を制御するコンデンサレンズ517と、電子ビーム511のビーム径を制限する対物絞り513と、対物絞り513を通過した電子ビーム511のビーム軸に対して対称となる位置にソレノイドコイルをドーナツ状のリング518またはソレノイドコイルリングで形成する円筒パイプで形成するベクトルポテンシャルの極子のペア519をソレノイドコイルリングの面の延長方向が上記ビーム軸と交差する向きに2つ配置し、上記2つのベクトルポテンシャルの極子に対して相対角度が90度となる位置でソレノイドコイルリングの面の延長方向が該ビーム軸と交差する向きにもうひと組のベクトルポテンシャルの極子のペア520を配置し、かつ、ベクトルポテンシャルの4つのソレノイドコイル内に誘起する磁束のリングを軸対称に誘起されるようにベクトルポテンシャルの4極子を配置した回折収差補正器510と、電子ビーム511を試料上521に集束する対物レンズ514と、電子ビーム511を偏向する偏向器522と、電子ビーム511の照射により試料上521から発生した2次粒子523を検出する検出器524を有した走査電子顕微鏡515である。ここで、回折収差補正器510は、対物絞り513と対物レンズ514の間に設置する。さらに、回折収差補正器510と対物絞り513の間に色収差や球面収差などの幾何収差を補正する収差補正器を追加すると、さらに試料上522に電子ビーム511を細く集束することができる。偏向器を対物レンズ514と試料上522の間に置く場合は、対物レンズ514と回折収差補正器510を重畳することも可能である。
【0040】
回折収差補正器510はソレノイドコイル内の磁束により誘起されるベクトルポテンシャルとともに、ソレノイドコイルからビーム軸に染み出した磁束のリングによってもベクトルポテンシャルを誘起している。ソレノイドコイルリング内の磁束により誘起させるベクトルポテンシャルは、電子ビーム511がソレノイドコイルを跨がないかぎり位相差を生じない。一方、染み出した磁束のリング内に誘起されるベクトルポテンシャルは4極子を形成しており、ビーム軸にそって上下対称でかつビーム軸に対称なベクトルポテンシャル分布を誘起する。ベクトルポテンシャルの4極子の中央部525では、上記ビーム軸に直交する面内のベクトルポテンシャルの分布が上記ビーム軸を中心に対称な分布になる。図5(b)では上記ビーム軸に対する直交面内の極座標を
【0041】
【数1】
【0042】
とすると、対物絞り513を通過したビーム径の制限により(数2)と(数3)となり、ベクトルポテンシャル分布は(数4)となる。
【0043】
【数2】
【0044】
【数3】
【0045】
【数4】
【0046】
さらに、ソレノイドコイルをらせん状に巻いた円筒でビーム軸を周回するリングを形成してベクトルポテンシャルの極子を増大すると、ベクトルポテンシャル分布はビーム軸を囲む回転対称な連続極子(数5)となる。
【0047】
【数5】
【0048】
このとき、ビーム軸に染み出した磁束のリングはビーム軸と平行しているため、直進する電子ビーム511の位相に作用することはないが、第1の経路でのフレネル回折528で生じたビーム軸から傾斜して進行する第1の回折波529は磁束のリングをくぐることによりベクトルポテンシャルの極子の分だけ位相差を生じる。そこで、ベクトルポテンシャルの連続極子の中央部525で生じる電子ビーム511の位相差は、
【0049】
【数6】
【0050】
となる。ここで、(数7)は試料上521の座標、αは試料上のビーム開角526である。この時の電子ビーム511の試料上での波動関数は(数8)となる。
【0051】
【数7】
【0052】
【数8】
【0053】
となる。ここで、λは電子ビーム511の波長、J1( )、J0( )はベッセル関数である。
【0054】
試料上521の電子ビーム511のレイリー回折527は対物絞り513から回折収差補正器510までの電子ビーム511の第1の経路でのフレネル回折528により生じた(数8)の第1の回折波529と回折収差補正器510から対物レンズ514を通過して試料上521に集束するまでの電子ビーム511の第2の経路でのフレネル回折530により生じた第2の回折波531の干渉波となる。この時の電子ビーム511の試料上でのレイリー回折527の波動関数は、
【0055】
【数9】
【0056】
となる。ここで、LCは対物絞り513から回折収差補正器510までの電子ビーム511の第1の経路でフレネル回折528により生じた第1の回折波529の規格化因子で、LFは回折収差補正器510から対物レンズ514を通過して試料上521に集束するまでの電子ビーム511の第2の経路でフレネル回折530により生じた第2の回折波531の規格化因子である。比較のために、回折収差補正器がない場合の従来のレイリー回折532の波動関数は、
【0057】
【数10】
【0058】
となる。ここでLは規格化因子である。
【0059】
図6は試料上のビーム強度分布を示す図である。電子ビームの試料上でのレイリー回折の波動関数(数9)の二乗が回折収差補正後のビーム強度分布611である。回折収差補正器がない場合の従来のレイリー回折の波動関数(数10)の二乗が回折収差補正前のビーム強度分布610である。
【0060】
横軸は試料上でのビーム軸からの距離をrとして、電子ビームの波長と試料上のビーム開角でスケーリングした軸である。回折収差補正前のビーム強度分布610のカーブは0.61Dで横軸と交わる点が回折収差の基本的な性質であるRayleigh分解能を示す点である。補正器を適切な設定にすると回折収差補正器がない場合のレイリー回折に比べて干渉波が鋭いピーク形状になる場合がある。このとき、回折収差補正後のビーム強度分布のカーブはA″=3とした場合であり、ビーム強度分布のピークは鋭くなっている。さらにA″を適切に設定すればビーム強度分布の形状は鋭いピークになっていく。
【実施例4】
【0061】
図7は回折収差補正器のベクトルポテンシャルの極子の配置例である。ソレノイドコイルをドーナツ状のリングまたはソレノイドコイルリングで形成する円筒パイプまたは、磁石のリングのペアなどで形成するベクトルポテンシャルの極子のペアの配置の例である。前述の実施例ではベクトルポテンシャルの4極子710を取り上げたが、ベクトルポテンシャルの8極子712、12極子、16極子にするとビーム軸方向のベクトルポテンシャルの広がりを抑制できる。一方、ソレノイドコイルをらせん状に巻いた円筒でビーム軸を周回するリングを形成するベクトルポテンシャルの連続極子713を用いると、さらにベクトルポテンシャルの回転対称性が良くなる。
【実施例5】
【0062】
図8は回折収差補正器の制御画面の例である。電子ビームの加速や電流やビーム集束時の開き角の組み合わせ毎にベクトルポテンシャルの多極子の軸制御値を表示する画面810と軸制御値を計測または登録する画面811とベクトルポテンシャルの多極子のアライメントを指示する画面812などにより構成される。
【実施例6】
【0063】
図9は回折収差補正器をイオン顕微鏡に適用した1実施例である。レイリー回折910は、対物レンズ911までのイオンビーム912の経路上で生じた回折波913と対物レンズ911によるイオンビーム912の集束軌道上で生じた回折波914の両方の干渉により、試料上のビームのスポット形状拡大を生じる現象である。
【0064】
まずは、レイリー回折910のうち、ビーム制限絞り915から対物レンズ911までに生じた回折波913に注目する。本実施例の1形態として、ビーム制限絞り915から対物レンズ911までのイオンビーム912はコンデンサレンズ916などで光学軌道を制御して平行ビームであり、イオンビームの位相は平面波である。対物レンズ911までに生じた回折波913はイオンビームの進行方向のビーム軸からの傾きに依存してビーム径内の位相差が増大する。そこで、ビーム径内の位相差を新たに発生させるためにビーム軸に対して直交かつ直交面内で対称な分布を有するベクトルポテンシャルを誘起する回折収差補正器917をビーム制限絞り915と対物レンズ911の間に設置する。ビーム軸上を進行するイオンビームは回折収差補正器917を通過するときに上記ベクトルポテンシャルとの内積をとる経路積分が0となることからAB効果により位相は変化することない。したがって、対物レンズにより試料上にイオンビームを集束してもビーム強度は変化しない。一方、フレネル回折によりビーム軸から傾いて進行する回折波は上記ベクトルポテンシャルとの内積をとる経路積分が0以外となりAB効果により位相差が生じる場合がある。そこで、上記ベクトルポテンシャルのビーム径内での分布により上記経路積分の差を増大すると、ビーム径内の位相差を増大し、試料上のレイリー回折を抑制することができる。ビーム制限絞り915と回折収差補正器917の間に、色収差や球面収差など幾何収差を補正する幾何収差補正器を配置してもよい。さらに、試料を透過した電子ビームを検出することにより、高分解能な透過像を得ることも可能である。
【実施例7】
【0065】
図10は回折収差補正器を透過電子顕微鏡に適用した1実施例である。レイリー回折1010は、対物レンズ1011を通過後の透過電子ビーム1012の経路上で生じた回折波1013と対物レンズ1011による透過電子ビーム1012の集束軌道上で生じた回折波1014の両方の干渉により、透過電子の結像面1015での像ボケや検出器1016でのコントラストの揺らぎを生じる現象である。
【0066】
レイリー回折1010のうち、対物絞り1017から結像面1015や検出器1016までに生じた回折波1013に注目する。本実施例の1形態として、対物絞り1017から結像面1015までの透過電子ビーム1012はトランスファーレンズ1018で光学軌道を制御して平行ビームであり、透過電子ビーム1012の位相は平面波である。対物絞り1017通過後の透過電子ビーム1012の経路で生じた回折波1013はビーム軸からの傾きに依存してビーム径内の位相差が増大する。そこで、ビーム径内の位相差を新たに発生させるためにビーム軸に対して直交かつ直交面内で対称な分布を有するベクトルポテンシャルを誘起する回折収差補正器1019を対物絞り1017と結像面1015または検出器1016の間に設置する。ビーム軸上を進行する透過電子ビーム1012は回折収差補正器1019を通過するときにベクトルポテンシャルとの内積をとる経路積分が0となることからAB効果により位相は変化することない。したがって、対物絞り1017を通過した透過電子ビーム1012のビーム強度は変化しない。一方、フレネル回折1020によりビーム軸から傾いて進行する回折波は上記ベクトルポテンシャルとの内積をとる経路積分が0以外となりAB効果により位相差が生じる場合がある。そこで、上記ベクトルポテンシャルのビーム径内での分布により上記経路積分の差を増大すると、ビーム径内の位相差を増大し、結像面1015や検出器1016でのレイリー回折1010を抑制することができる。対物絞り1017と回折収差補正器1019の間に、幾何収差補正器を配置してもよい。
【実施例8】
【0067】
図11は回折収差補正器を反射電子顕微鏡に適用した1実施例である。反射電子顕微鏡は対物レンズ1110による電子ビーム1111の集束軌道が走査電子顕微鏡を異なり反射電子1112を検出するために試料1113が傾斜している。しかし、レイリー回折1114は、対物レンズ1110までの電子ビーム1111の経路上で生じた回折波1115と対物レンズ1110による電子ビーム1111の集束軌道上で生じた回折波1116の両方の干渉により、ビーム軸から傾斜した試料上のビームのスポット形状拡大を生じる。
【0068】
レイリー回折1114のうち、対物絞り1117から対物レンズ1110までに生じた回折波1115に注目する。本実施例の1形態として、対物絞り1117から対物レンズ1110までの電子ビーム1111はコンデンサレンズ1118などで光学軌道を制御して平行ビームであり、電子ビーム1111の位相は平面波である。対物レンズ1110までに生じた回折波1115は電子ビーム1111のビーム軸からの傾きに依存してビーム径内の位相差が増大する。そこで、ビーム径内の位相差を新たに発生させるためにビーム軸に対して直交かつ直交面内で対称な分布を有するベクトルポテンシャルを誘起する回折収差補正器1119を対物絞り1117と対物レンズ1110の間に設置する。ビーム軸上を進行する電子ビーム1111は回折収差補正器1119を通過するときに上記ベクトルポテンシャルとの内積をとる経路積分が0となることからAB効果により位相は変化することない。したがって、対物レンズにより試料上に電子ビーム1111を集束してもビーム強度は変化しない。一方、フレネル回折によりビーム軸から傾いて進行する回折波は上記ベクトルポテンシャルとの内積をとる経路積分が0以外となりAB効果により位相差が生じる場合がある。そこで、上記ベクトルポテンシャルのビーム径内での分布により上記経路積分の差を増大すると、ビーム径内の位相差を増大し、試料上のレイリー回折1114を抑制することができる。対物絞り1117と回折収差補正器1119の間に、幾何収差補正器を配置してもよい。
【実施例9】
【0069】
図12は回折収差補正器をミラー電子顕微鏡に適用した1実施例である。ミラー電子顕微鏡は試料1210に電子ビーム1211を並行に照射する照射光学系1212と試料1210からのミラー電子ビーム1213や反射電子ビーム1214を結像する投影光学系1215により構成される。投影光学系1215のレイリー回折1216は、対物レンズ1217を通過後のミラー電子ビーム1213の経路上で生じた回折波1218と対物レンズ1217によるミラー電子ビーム1213の集束軌道上で生じた回折波1219の両方の干渉により、ミラー電子の結像面1220での像ボケや検出器1221でのコントラストの揺らぎを生じる現象である。ただし、反射電子ビーム1214を結像する際に生じるレイリー回折はミラー電子ビーム1213で生じるものと同等であり、本実施例では断わりのない限り置き換えることができる。
【0070】
レイリー回折1216のうち、対物絞り1222から結像面1220や検出器1221までに生じた回折波1218に注目する。本実施例の1形態として、対物絞り1222から結像面1220や検出器1221までのミラー電子ビーム1213はトランスファーレンズ1223で光学軌道を制御して平行ビームであり、ミラー電子ビーム1213の位相は平面波である。対物絞り1017通過後のミラー電子ビーム1213の経路で生じた回折波1219はビーム軸からの傾きに依存してビーム径内の位相差が増大する。そこで、ビーム径内の位相差を新たに発生させるためにビーム軸に対して直交かつ直交面内で対称な分布を有するベクトルポテンシャルを誘起する回折収差補正器1224を対物絞り1222と結像面1220または検出器1221の間に設置する。ビーム軸上を進行するミラー電子ビーム1213は回折収差補正器1224を通過するときにベクトルポテンシャルとの内積をとる経路積分が0となることからAB効果により位相は変化することない。したがって、対物絞り1222を通過したミラー電子ビーム1213のビーム強度は変化しない。一方、フレネル回折1225によりビーム軸から傾いて進行する回折波は上記ベクトルポテンシャルとの内積をとる経路積分が0以外となりAB効果により位相差が生じる場合がある。そこで、上記ベクトルポテンシャルのビーム径内での分布により上記経路積分の差を増大すると、ビーム径内の位相差を増大し、結像面1220や検出器1221でのレイリー回折1216を抑制することができる。対物絞り1222と回折収差補正器1224の間に、幾何収差補正器を配置してもよい。
【符号の説明】
【0071】
真空筺体内101、電子光学系102、電子光学系制御装置103、ホストコンピュータ104、操作卓105、表示手段106、電子ビーム110、電子源111、対物絞り112、収差補正器113、回折収差補正器114、偏向器115、電磁重畳型対物レンズ116、試料117、二次粒子118、ブースタ磁路部材119、反射部材120、三次粒子121、中央検出器122、引き出し電極130、加速電極131、コイル132、制御磁路部材133、ヨーク部材134、制御磁路電源135、ステージ136、ステージ電源137、対物レンズ210、試料上211、電子ビーム212、開き角213、対物絞り214、フレネル回折215、レイリー回折216、ビーム径内217、電子源310、電子ビーム311、ソレノイドコイル312、試料上313、干渉縞314、電流315、ベクトルポテンシャル316、試料上409、レイリー回折410、対物レンズ411、電子ビーム412、回折波413、回折波414、対物絞り415、コンデンサレンズ416、回折収差補正器417、フレネル回折418、回折収差補正器510、電子ビーム511、ベクトルポテンシャル512、対物絞り513、対物レンズ514、走査電子顕微鏡515、電子銃516、コンデンサレンズ517、ソレノイドコイル518、ベクトルポテンシャルの極子のペア519、もうひと組のベクトルポテンシャルの極子のペア520、試料上522、2次粒子523、検出器524、ベクトルポテンシャルの4極子の中央部525、試料上のビーム開角526、レイリー回折527、第1の経路でのフレネル回折528、第1の回折波529、第2の経路でのフレネル回折530、第2の回折波531、従来のレイリー回折533、回折収差補正後のビーム強度分布610、回折収差補正前のビーム強度分布611、ベクトルポテンシャルの4極子710、ベクトルポテンシャルの8極子712、ベクトルポテンシャルの連続極子713、ベクトルポテンシャルの多極子の軸制御値を表示する画面810、軸制御値を計測または登録する画面811、ベクトルポテンシャルの多極子のアライメントを指示する画面812、レイリー回折910、対物レンズ911、イオンビーム912、回折波913、集束軌道上で生じた回折波914、ビーム制限絞り915、コンデンサレンズ916、回折収差補正器917、レイリー回折1010、対物レンズ1011、透過電子ビーム1012、回折波1013、集束軌道上で生じた回折波1014、結像面1015、対物絞り1017、トランスファーレンズ1018、回折収差補正器1019、フレネル回折1020、対物レンズ1110、電子ビーム1111、反射電子1112、試料1113、レイリー回折1114、回折波1115、集束軌道上で生じた回折波1116、対物絞り1117、コンデンサレンズ1118、回折収差補正器1119、試料1210、電子ビーム1211、照射光学系1212、ミラー電子ビーム1213、反射電子ビーム1214、投影光学系1215、レイリー回折1216、対物レンズ1217、回折波1218、集束軌道上で生じた回折波1219、結像面1220、検出器1221、対物絞り1222、トランスファーレンズ1223、回折収差補正器1224
【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子銃と、前記荷電粒子銃から放出された荷電粒子ビームと、該荷電粒子ビームのビーム径を制限する対物絞りと、前記対物絞りを通過した荷電粒子ビームのビーム軸に対して対称となる位置でかつベクトルポテンシャルの極子の面の延長方向が前記ビーム軸と交差する向きに誘起するベクトルポテンシャルの向きを回転対称にした2つのベクトルポテンシャルの極子のペアを配置し、前記2つのベクトルポテンシャルの極子のペアに対して相対角度が90度となる位置でベクトルポテンシャルの極子の面の延長方向が前記ビーム軸と交差する向きに誘起するベクトルポテンシャルの向きを回転対称にしたもうひと組のベクトルポテンシャルの極子のペアを配置する回折収差補正器と、該荷電粒子ビームを試料上に集束する対物レンズと、該荷電粒子ビームを偏向する偏向器と、該荷電粒子ビームの照射により該試料上から発生した2次粒子を検出する検出器とを有することを特徴とする回折収差補正装置。
【請求項2】
請求項1に記載の回折収差補正装置において、
前記回折収差補正器は、4の倍数の極子を有するベクトルポテンシャルの多極子を該荷電粒子ビームのビーム軸に対して対称となる位置で、かつベクトルポテンシャルの極子の面の延長方向が前記ビーム軸と交差する向きに、かつ回転方位に配置することを特徴とする回折収差補正装置。
【請求項3】
請求項1に記載の回折収差補正装置において、
前記回折収差補正器は、らせん状に巻いたソレノイドコイルでビーム軸を周回することを特徴とする回折収差補正装置。
【請求項4】
請求項1乃至3に記載の回折収差補正装置において、
前記回折収差補正器の該荷電粒子ビームのビーム軸に対して直交度または軸ずれを補正する機能を有することを特徴とする回折収差補正装置。
【請求項5】
荷電粒子銃と、前記荷電粒子銃から放出された荷電粒子ビームと、該荷電粒子ビームのビーム径を制限する対物絞りと、前記対物絞りを通過した該荷電粒子ビームのビーム軸に直交し、かつ前記ビーム軸に対して直交面内で対称な分布のベクトルポテンシャルを誘起する回折収差補正器と、該荷電粒子ビームを試料上に集束する対物レンズと、該荷電粒子ビームを偏向する偏向器と、該荷電粒子ビームの照射により前記試料上から発生した2次粒子を検出する検出器とを有することを特徴とする回折収差補正装置。
【請求項6】
請求項5に記載の回折収差補正装置において、
前記回折収差補正器は、ソレノイドコイルまたは磁石で形成するリング、または複数のソレノイドコイルリングまたは磁石リングを重ねて形成することにより構成されるベクトルポテンシャルの極子のペアを該荷電粒子ビームのビーム軸に対して対称となる位置で、かつ前記ソレノイドコイルリングまたは前記磁石リングの面の延長方向が前記ビーム軸と交差する向きにかつ回転方位に配置して形成することを特徴とする回折収差補正装置。
【請求項7】
荷電粒子銃と、前記荷電粒子銃から放出された荷電粒子ビームと、該荷電粒子ビームのビーム径を制限する対物絞りと、該荷電粒子ビームのビーム軸に対して直交度または軸ずれを補正する機能を有する回折収差補正器と、荷電粒子ビームを試料上に集束する対物レンズと、該荷電粒子ビームを偏向する偏向器と、該荷電粒子ビームの照射により該試料上から発生した2次粒子を検出する検出器とを有することを特徴とする回折収差補正装置。
【請求項8】
電子銃と前記電子銃から放出された電子ビームと、該電子ビームを照射する試料と、前記試料を透過した透過電子ビームが通過する対物レンズと、前記対物レンズを通過した該透過電子ビームの形状を制限する対物絞りと、前記対物絞りを通過して制限された該透過電子ビームの回折波を制御する回折収差補正器と、前記回折収差補正器を通過した該透過電子ビームを検出する検出器または結像する結像光学系とを有することを特徴とする回折収差補正装置。
【請求項1】
荷電粒子銃と、前記荷電粒子銃から放出された荷電粒子ビームと、該荷電粒子ビームのビーム径を制限する対物絞りと、前記対物絞りを通過した荷電粒子ビームのビーム軸に対して対称となる位置でかつベクトルポテンシャルの極子の面の延長方向が前記ビーム軸と交差する向きに誘起するベクトルポテンシャルの向きを回転対称にした2つのベクトルポテンシャルの極子のペアを配置し、前記2つのベクトルポテンシャルの極子のペアに対して相対角度が90度となる位置でベクトルポテンシャルの極子の面の延長方向が前記ビーム軸と交差する向きに誘起するベクトルポテンシャルの向きを回転対称にしたもうひと組のベクトルポテンシャルの極子のペアを配置する回折収差補正器と、該荷電粒子ビームを試料上に集束する対物レンズと、該荷電粒子ビームを偏向する偏向器と、該荷電粒子ビームの照射により該試料上から発生した2次粒子を検出する検出器とを有することを特徴とする回折収差補正装置。
【請求項2】
請求項1に記載の回折収差補正装置において、
前記回折収差補正器は、4の倍数の極子を有するベクトルポテンシャルの多極子を該荷電粒子ビームのビーム軸に対して対称となる位置で、かつベクトルポテンシャルの極子の面の延長方向が前記ビーム軸と交差する向きに、かつ回転方位に配置することを特徴とする回折収差補正装置。
【請求項3】
請求項1に記載の回折収差補正装置において、
前記回折収差補正器は、らせん状に巻いたソレノイドコイルでビーム軸を周回することを特徴とする回折収差補正装置。
【請求項4】
請求項1乃至3に記載の回折収差補正装置において、
前記回折収差補正器の該荷電粒子ビームのビーム軸に対して直交度または軸ずれを補正する機能を有することを特徴とする回折収差補正装置。
【請求項5】
荷電粒子銃と、前記荷電粒子銃から放出された荷電粒子ビームと、該荷電粒子ビームのビーム径を制限する対物絞りと、前記対物絞りを通過した該荷電粒子ビームのビーム軸に直交し、かつ前記ビーム軸に対して直交面内で対称な分布のベクトルポテンシャルを誘起する回折収差補正器と、該荷電粒子ビームを試料上に集束する対物レンズと、該荷電粒子ビームを偏向する偏向器と、該荷電粒子ビームの照射により前記試料上から発生した2次粒子を検出する検出器とを有することを特徴とする回折収差補正装置。
【請求項6】
請求項5に記載の回折収差補正装置において、
前記回折収差補正器は、ソレノイドコイルまたは磁石で形成するリング、または複数のソレノイドコイルリングまたは磁石リングを重ねて形成することにより構成されるベクトルポテンシャルの極子のペアを該荷電粒子ビームのビーム軸に対して対称となる位置で、かつ前記ソレノイドコイルリングまたは前記磁石リングの面の延長方向が前記ビーム軸と交差する向きにかつ回転方位に配置して形成することを特徴とする回折収差補正装置。
【請求項7】
荷電粒子銃と、前記荷電粒子銃から放出された荷電粒子ビームと、該荷電粒子ビームのビーム径を制限する対物絞りと、該荷電粒子ビームのビーム軸に対して直交度または軸ずれを補正する機能を有する回折収差補正器と、荷電粒子ビームを試料上に集束する対物レンズと、該荷電粒子ビームを偏向する偏向器と、該荷電粒子ビームの照射により該試料上から発生した2次粒子を検出する検出器とを有することを特徴とする回折収差補正装置。
【請求項8】
電子銃と前記電子銃から放出された電子ビームと、該電子ビームを照射する試料と、前記試料を透過した透過電子ビームが通過する対物レンズと、前記対物レンズを通過した該透過電子ビームの形状を制限する対物絞りと、前記対物絞りを通過して制限された該透過電子ビームの回折波を制御する回折収差補正器と、前記回折収差補正器を通過した該透過電子ビームを検出する検出器または結像する結像光学系とを有することを特徴とする回折収差補正装置。
【図1】
【図6】
【図8】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図7】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図6】
【図8】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図7】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2012−138312(P2012−138312A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−291519(P2010−291519)
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】
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