説明

電子回路基板およびその製造方法

【課題】絶縁体として液晶ポリマーシートを有する電子回路基板であって、導体層のコアシートへの埋り込みや導体層近傍における空隙の発生が抑制されており、高周波の情報信号にも十分に対応できる高品質なものや高密度のものを製造できる方法を提供することを課題とする。
【解決手段】電子回路基板の製造方法は、液晶ポリマーシートの片面または両面に回路を形成する工程、回路面をカバーするための液晶ポリマーシートの片面を短波長紫外線により紫外線照射処理する工程、被紫外線照射処理面が回路面と接するように、回路が形成された液晶ポリマーシートと回路面をカバーするための液晶ポリマーシートとを積層する工程、および得られた積層体を熱圧着する工程を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液晶ポリマーシートを用いた電子回路基板の製造方法と、当該方法により製造された電子回路基板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、情報通信分野では処理すべき情報量が非常に増加している。それに伴って情報信号の高周波化が進んでおり、また、より多くの情報信号を伝送・処理するためや機器の小型化のために電子回路基板の高密度化が求められている。その結果、従来の電子回路基板では要望に対応できない場合が生じている。
【0003】
例えば、従来の電子回路基板の絶縁体としては、ガラスクロスにエポキシ樹脂を含浸させたシートやポリイミドシートが一般的であった。しかし、これら樹脂材料は誘電特性が十分でなく、高周波の情報信号を扱う電子回路基板に用いると信号の損失が大きくなるという問題がある。また、エポキシ樹脂を材料とするシート上に回路を形成するには、樹脂を硬化(架橋)するため長時間にわたるプレス処理が必要であり生産性が低い。熱可塑性を有しないポリイミドシートを用いた電子回路基板の場合でも、その前駆体であるポリアミック酸の溶液を銅箔上にキャスティングした後に加熱処理してイミド化するという煩雑な工程を経なければならなかったり、誘電特性に劣る接着剤によりポリイミドシートと銅箔を貼付けなければならないという問題がある。熱可塑化したポリイミドもあるが、この熱可塑性ポリイミドシートだけでは十分な寸法安定性が得られないので銅箔と非熱可塑性ポリイミドからなるシートとの接着剤として使わざるを得ず、やはり工程は煩雑になる。
【0004】
さらに、エポキシ樹脂やポリイミド樹脂は親水性が高いことから、水分を吸収して誘電率が上昇することにより回路の特性インピーダンスが変化してしまい、情報信号の損失が一層大きくなるという問題もある。そこで、高周波用の電子回路基板では、吸水性が低く誘電特性に優れたフッ素樹脂系の材料を用いることも多い。しかし、フッ素樹脂はメッキや接着などの加工が難しく、一般的な基板加工設備では対応できない場合がある。
【0005】
その他、誘電特性に比較的優れる絶縁体材料として、ビスマレイミド・トリアジン樹脂やポリフェニレンエーテル樹脂が用いられることもある。しかし、これら樹脂は寸法安定性に劣るためにガラスクロス等に含浸させる必要があり、せっかくの誘電特性を効果的に活用することができない上に、リジッド基板に利用することはできてもフレキシブル基板とすることはできない。
【0006】
そこで近年、吸水性が低く誘電特性に優れる液晶ポリマーを絶縁体材料として用いた電子回路基板が検討されている。この液晶ポリマーは、その熱可塑性により回路を構成する金属箔を容易に熱圧着できることから、回路の形成工程を簡略化できる。また、従来の非熱可塑性樹脂では、回路面を保護するカバー層を設けるために接着剤を用いる必要があるが、この接着剤は寸法安定性や誘電特性に劣る上に吸水性が大きいという問題があった。一方、熱可塑性である液晶ポリマーを用いれば、接着剤を用いることなく回路パターンシートとカバー用のシートを熱圧着できるという利点もある。
【0007】
しかし、液晶ポリマーを用いた電子回路基板にも問題はある。例えば、図1に示すように液晶ポリマーシート(コアシート)1の両面に金属箔を熱圧着した後、片側に信号層3を、その反対側にグランド層2を形成して信号層3を液晶ポリマーシート(カバーシート)4でカバーする場合、信号層3がコアシート1中に埋り込み信号層3とグランド層2との距離が縮まる。その結果、伝送線路における信号層とグランド層との距離は回路の特性インピーダンスに大きな影響を与えることから、特性インピーダンスは設計値と異なるものとなってしまう。特に、図1の例のようにシートの両面に金属箔を熱圧着した後にエッチングして信号層を形成する場合、液晶ポリマー由来の水分は熱圧着時に外部へ放散されず、コアシートを構成する液晶ポリマーの加水分解反応が引き起こされ、その分子量と融点が低下する。一方、カバー用の液晶ポリマーシート(カバーシート)では斯かる劣化が生じていないため、信号層は融点の低下したコアシート中に大きく埋り込み、特性インピーダンスの変化も大きくなるという結果になる。
【0008】
また、高密度に回路を形成する場合は回路の線間距離が短くなるため、信号層3の近傍においてカバーシート4がコアシート1や信号層3に密着することができず、図2に示すように空隙5が生じることがある。この空隙に水分が入り込むとマイグレーションが生じて絶縁抵抗値が低下するため、製品の信頼性が低下してしまう。一方、斯かる現象を防ぐためにカバーシートを熱圧着する際の圧力や温度を高めると、液晶ポリマー全体が流動してしまい、回路パターンの位置ずれや厚み不良が生じる。
【0009】
ところで、従来、液晶ポリマー成形体の表面を処理することにより銅箔等との密着性を高める技術が知られている。例えば特許文献1の技術は、254nmの波長を含む紫外線等で液晶ポリマー(特許文献1では、溶融液晶性ポリエステル樹脂)の成形体の表面を活性化し、その表面と金属とを樹脂の流動開始温度以上で熱融着するものである。また、特許文献2の技術は、塗装等を行なうために、液晶ポリマー(特許文献2では、液晶ポリエステル)成形体の表面に184.9nmの波長を含む紫外線を照射するものである。これら特許文献の実施例では、それぞれ銅箔と成形体の密着性、および塗膜と成形体の密着性が試験されている。
【特許文献1】特開2000−233448号公報(特許請求の範囲、段落[0039]、表2と3)
【特許文献2】特開平1−216824号公報(特許請求の範囲、8頁右下欄、別表1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述した様に、液晶ポリマーと金属箔等との密着性を高めるために、液晶ポリマー成形体の表面を紫外線照射処理する技術は知られていた。しかし電子回路基板を製造する場合に上記特許文献を参照して液晶ポリマーからなるコアシート表面を紫外線照射処理すると、金属箔との密着性は向上するものの、高周波用の電子回路基板としては問題が生じる。即ち、紫外線照射により液晶ポリマーコアシート表面が劣化するため、カバーシートを熱圧着した場合に回路を構成する導体層がコアシート中へ大きく埋り込んでしまう。
【0011】
さらに特許文献1の技術では、液晶ポリマーと金属とを樹脂の流動開始温度以上で熱融着している。これは、当該技術が液晶ポリマーシートと金属箔との密着性の向上のみを志向しているからである。しかし、さらに金属箔をエッチングして回路を形成し、この回路面とカバーシートを熱圧着する場合に当該技術を適用すると、樹脂が流動して回路精度が低下してしまうことから特に高密度回路の場合には問題となる。
【0012】
そこで、本発明が解決すべき課題は、絶縁体として液晶ポリマーシートを有する電子回路基板であって、導体層のコアシートへの埋り込みや導体層近傍における空隙の発生が抑制されており、高周波の情報信号にも十分に対応できる高品質なものや高密度のものを製造できる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、上記課題を解決すべく、電子回路基板の製造条件につき鋭意研究を重ねた。その結果、液晶ポリマーシートを絶縁体として用いるに当たって、従来のようにコアシートを紫外線照射処理するのではなく、カバーシートに同処理を行なえば上記課題を解決できることを見出して本発明を完成した。
【0014】
即ち、本発明に係る電子回路基板の製造方法は、液晶ポリマーシートの片面または両面に回路を形成する工程、回路面をカバーするための液晶ポリマーシートの片面に短波長紫外線を照射する工程、被紫外線照射処理面が回路面と接するように、回路が形成された液晶ポリマーシートと回路面をカバーするための液晶ポリマーシートとを積層する工程、および得られた積層体を熱圧着する工程、を含むことを特徴とする。
【0015】
上記の紫外線照射処理で照射する短波長紫外線の積算光量としては、100〜10,000mJ/cm2が好適である。100mJ/cm2未満では十分な効果が得られないおそれがある一方で、10,000mJ/cm2を超えるとシート強度が低下する場合があるからである。
【0016】
上記熱圧着温度としては回路が形成された液晶ポリマーシートの流動開始温度−50℃以上でかつ流動開始温度未満が好ましい。流動開始温度−50℃未満では圧着が十分でない場合があるからである。一方、流動開始温度以上では、特に高密度の回路パターンでは回路を構成する導体層を細くせざるを得ず導体層がコアシートから剥離し易くなるため、回路に乱れが生じて製品品質が低下するおそれがあるからである。
【0017】
また、回路を形成した後には短波長紫外線により回路面を紫外線照射処理することが好ましい。回路面で露出しているコアシートとカバーシートとの密着性が高まる上に、回路の下に存在するコアシート樹脂は影響を受けないため、導体層の埋り込みの問題も生じないからである。なお、本発明における「回路面」は、回路を構成する導体層自体と、回路が形成されているコアシート表面のうち導体層が存在しておらず露出している部分を含む概念である。
【0018】
本発明方法としては、片面に回路が形成された液晶ポリマーシートの回路面を液晶ポリマーシートでカバーした片面電子回路基板を製造するものが好ましい。この片面電子回路基板は、いわゆるフレキシブル基板として特に大量の情報を扱う小型機器に適するものである。
【0019】
上記液晶ポリマーシートとしては、液晶ポリマーフィルムを用いることが好ましい。特に、液晶ポリマーフィルムを絶縁体として用いた片面板や両面板はフレキシブル性を有するため、比較的小型の機器へ挿入する際における破損が低減され利便性が高いからである。
【0020】
また、上記方法により製造される電子回路基板は、誘電特性に優れることを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明方法により製造される電子回路基板では、回路の特性インピーダンスが設計値と大きく異なってしまうという問題が抑制されている上に、回路を高密度に設計しても回路パターンシートとカバーシートとの密着性が良好であるためマイグレーションも生じ難い。従って本発明は、大量の情報にも対応することができ、高周波情報信号の伝送や処理に用いることができる電子回路基板に関するものとして、産業上極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明に係る回路基板の製造方法は、
液晶ポリマーシートの片面または両面に回路を形成する工程(以下、「回路形成工程」という)、
回路面をカバーするための液晶ポリマーシートの片面に短波長紫外線を照射する工程(以下、「紫外線照射処理工程」という)、
被紫外線照射処理面が回路面と接するように、回路が形成された液晶ポリマーシートと回路面をカバーするための液晶ポリマーシートとを積層する工程(以下、「シート積層工程」という)、および
得られた積層体を熱圧着する工程(以下、「熱圧着工程」という)、を含むことを特徴とする。以下、各工程につき説明する。
【0023】
回路形成工程
電子回路基板は、主に片面板、両面板および多層板に分類される。片面板または両面板ではコアとなるシートの片面または両面に回路を形成し、回路面上に回路を保護するためのカバーシートを設ける。多層板の場合には複数のコアシートを積層し、コアシート間に3層以上の回路を形成する。従って多層板の場合は、回路を形成すべきコアシートの回路面と逆の面が他のコアシートの回路面と接していることから、コアシートが同時にカバーシートとしての役割を有し得る。また、多層板の場合にも、最表面の回路面上にカバーシートを設けてもよい。
【0024】
本発明では、コアシートを液晶ポリマーシートで構成する。誘電特性に優れた液晶ポリマーを絶縁体材料として用いることによって、高周波の情報信号にも十分に対応できる高品質で高密度の電子回路基板が得られるからである。この液晶ポリマーは耐熱性の熱可塑性樹脂であり、例えば、溶融状態で液晶性を示すサーモトロピック液晶ポリマーを例示することができる。本発明ではサーモトロピック液晶ポリマーが好適であり、より具体的には、サーモトロピック液晶ポリエステルやサーモトロピック液晶ポリエステルアミドが好ましい。
【0025】
サーモトロピック液晶ポリエステル(以下、単に「液晶ポリエステル」という)とは、例えば、芳香族ジカルボン酸と芳香族ジオールや芳香族ヒドロキシカルボン酸などのモノマーを主体として合成される芳香族ポリエステルであって、溶融時に液晶性を示すものである。その代表的なものとしては、パラヒドロキシ安息香酸(PHB)と、テレフタル酸と、4,4’−ビフェノールから合成されるI型[下式(1)]、PHBと2,6−ヒドロキシナフトエ酸から合成されるII型[下式(2)]、PHBと、テレフタル酸と、エチレングリコールから合成されるIII型[下式(3)]が挙げられる。
【0026】
【化1】

【0027】
本発明に係る液晶ポリマーとしては、液晶性(特にサーモトロピック液晶性)を示し且つ本発明の目的を達成し得るものであれば、例えば、上記(1)〜(3)式に示すユニットを主体(例えば、液晶ポリマーの全構成ユニット中、50モル%以上)とし、他のユニットも有する共重合タイプのポリマーであってもよい。他のユニットとしては、例えば、エーテル結合を有するユニット、イミド結合を有するユニット、アミド結合を有するユニットなどが挙げられる。
【0028】
液晶ポリマーシートを得るに当たっては、これを構成する樹脂に応じた公知の各種方法を採用すればよい。また、本発明法において特に好適な上記例示の液晶ポリエステルを用いたシートとしては、例えばフィルム状のものであるが、ジャパンゴアテックス社製の「BIAC(登録商標)」などの市販品を用いることができる。
【0029】
また、液晶ポリエステルアミドとしては、他のユニットとしてアミド結合を有する上記液晶ポリエステルが該当し、例えば、下式(4)の構造を有するものが挙げられる。例えば、式(4)中、sのユニット、tのユニットおよびuのユニットのモル比が、70/15/15のものが知られている。
【0030】
【化2】

【0031】
本発明の液晶ポリマーシートは、誘電特性を過剰に貶めないなど本発明の目的を達成し得る範囲で液晶ポリマー以外のポリマーを含んでもよい。当該ポリマーは、液晶ポリマーと単に混合されているのみであっても、化学結合していてもよい。この様なアロイ用ポリマーとしては、融点が220℃以上、好ましくは280〜360℃のポリマー、例えば、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルサルホン、ポリイミド、ポリエーテルイミド、ポリアミド、ポリアミドイミド、ポリアリレートなどが挙げられるが、これらに限定される訳ではない。液晶ポリマーと上記アロイ用ポリマーの混合割合は特に制限されないが、例えば、質量比で50:50〜90:10であることが好ましく、70:30〜90:10であることがより好ましい。液晶ポリマーを含むポリマーアロイも、液晶ポリマーによる優れた特性を保有し得る。
【0032】
上記液晶ポリマーシートでは、シート平面に平行な方向の線膨張係数が25ppm/℃以下に調整されていることが好ましい。より好ましくは21ppm/℃以下である。また、液晶ポリマーシートの上記線膨張係数の下限は、8ppm/℃であることが望ましい。液晶ポリマーシートの線膨張係数は、機器分析(TMA法、Thermal Mechanical Analysis)により、試験片幅:4.5mm、チャック間距離:15mm、荷重:1gとし、室温から200℃まで昇温後(昇温速度:5℃/分)、降温速度:5℃/分で冷却する際に160℃から25℃の間で測定される試験片の寸法変化から求めた値であり、例えば、シートのMD方向(シート製造時の走行方向)およびTD方向(MD方向に直交する方向)の線膨張係数のいずれもが、上記範囲を満足していればよい。
【0033】
本発明のコアシートとしては、液晶ポリマーフィルムが好適である。特に片面板や両面板の場合、小型機器に適するフレキシブル電子回路基板とすることができるからである。この液晶ポリマーフィルムの厚さは特に制限されないが、10μmから1000μmが好ましい。10μm未満であると強度が不足するおそれがあり、また、1000μmを超えるフィルム化は困難である場合があるからである。
【0034】
回路形成工程では、液晶ポリマーシート(コアシート)の片面または両面に回路を形成する。回路パターンを形成するための導体としては、銅、アルミニウム、金、銀、およびこれら金属を主体とする合金を挙げることができる。回路パターンは、これら金属からなる薄膜を回路パターンシートの上に設けた上でエッチングを施すことなど、従来の方法を用いることができる。金属薄膜の形成法としては、絶縁体シートと金属板(金属箔、金属フィルムなどを含む)を貼り合わせる方法の他、絶縁体シート表面に、真空蒸着法やスパッタリング法、イオンプレーティング法、めっき法、CVD法などにより形成する方法も採用できる。
【0035】
金属板の厚さは特に制限されないが、1〜200μm程度とすることが好ましい。薄過ぎると回路が切断されることによる導通不良が生じるおそれがあり、厚過ぎるとカバーシートを熱圧着する際、金属板近傍に空隙ができ易くなるからである。
【0036】
金属板を貼り合わせる方法としては、熱融着法が好適である。熱融着法としては、熱可塑性樹脂表面を加熱軟化させ、その上に金属板を積層した後冷却する方法や、コアシートと金属板を重ね、これを加熱した一対のロール間に通して熱融着させ、その後冷却する方法などが採用できる。
【0037】
また、金属箔などの金属板の少なくともコアシートへ接する側の表面を粗化したものを用いれば、コアシートと金属板の密着性をより一層高めることができる。
【0038】
本発明方法では、コアシート上の片面または両面に金属層を設けた後、エッチングにより所望の回路パターンを形成する。回路パターンを形成する金属層は単層でもよく、2種以上の金属層を積層したものであってもよい。
【0039】
紫外線照射処理工程
本発明方法では、上記回路形成工程とは別途、回路面をカバーするための液晶ポリマーシートの片面に短波長紫外線を照射する。
【0040】
当該工程で用いる回路面をカバーするための液晶ポリマーシート(以下、「カバーシート」という)は、上記回路形成工程で用いたコアシートと同様のものを用いることができる。但し、これに限定されないが、厚さが5μmから500μmのものが好ましい。5μm未満であると強度が不足して回路面の保護作用を十分に発揮できないおそれがあり、また、500μmを超えると導体層近傍の空隙を十分に充填できない場合があるからである。
【0041】
当該工程では、カバーシートの片面を紫外線照射処理する。なお、多層板では、コアシートの回路が形成されている面とは逆の面が、他のコアシートの回路面と接するように配置される場合がある。この場合においては、コアシートがカバーシートとしての役割も担っているため、コアシートの回路が形成されている面とは逆の面、即ち、他のコアシートの回路面と接する面を紫外線照射処理する。
【0042】
紫外線は、主に321〜400nmの長波長紫外線、291〜320nmの中波長紫外線、および290nm以下の短波長紫外線に分類される。本発明では、少なくとも短波長紫外線をカバーシートの片面に照射する。長・中波長紫外線のみでは十分な効果は得られないからである。但し、照射する紫外線は主波長が短波長のものであれば、他に中波長紫外線や長波長紫外線を含むものも使用することができる。また、紫外線以外の他の光線を含むものを用いてもよい。
【0043】
使用する紫外線照射装置は、短波長紫外線を照射できるものであれば特に制限されないが、例えば254nmと175nmを主波長とする低圧水銀灯、222nmを主波長とするKrClエキシマランプ、172nmを主波長とするXe2エキシマランプ等を用いることができる。146nmが主波長のKr2エキシマランプ、126nmのAr2エキシマランプ等でもよいが、170nm以下の紫外線光は酸素に吸収され易く空気中での照射は効率が悪いことから、これら装置を用いる場合には窒素環境下や真空環境下での照射が好ましい。
【0044】
当該工程で照射する短波長紫外線の積算光量としては、100〜10,000mJ/cm2が好適である。100mJ/cm2未満では十分な効果が得られないおそれがある一方で、10,000mJ/cm2を超えるとシートが変形したり強度が低下する場合があるからである。この積算光量は、紫外線強度(mW/cm2)と照射時間(秒)との積であるので、積算光量は使用する紫外線の強度や照射時間により調節することができる。
【0045】
なお、低圧水銀灯など発熱する紫外線照射装置を使用する場合は、カバーシートとの距離を10〜200mmとすることが好ましい。距離が近過ぎると発熱のためにカバーシートが変形するおそれがあるからであり、遠過ぎると照射の効果が十分でなくなる場合があるからである。
【0046】
シート積層工程
上記回路形成工程で得られた回路パターンシートと、上記紫外線照射処理工程で得られたカバーシートは、回路パターンシートの回路面とカバーシートの被紫外線照射処理面が接するように積層する。
【0047】
上記積層の前には、回路パターンシートの回路面に短波長紫外線を照射することが好ましい。次の熱圧着工程において、回路パターンシートとカバーシートとの密着性が高まるからである。なお、回路面のうちコアシートが露出している部分では紫外線処理によりカバーシートとの密着性が高まるが、回路を構成する金属層直下の樹脂は紫外線による影響を受けない。従って、この紫外線処理を行なっても、熱圧着の際における金属層のコアシートへの埋り込みは抑制されている。
【0048】
回路パターンシートの紫外線照射処理に用いる短波長紫外線の照射装置は、上述したものと同様のものを用いることができる。但し、当該紫外線照射処理は液晶ポリマーシート同士の接着性の向上を目的とするので、積算光量は比較的小さいものでよい。例えば、100〜5,000mJ/cm2程度とすることができる。
【0049】
熱圧着工程
次いで、上記シート積層工程で得られた積層体を熱圧着装置により熱圧着する。熱圧着時の条件は常法に従えばよいが、特に高密度の電子回路基板の場合には、加熱温度や圧力が高過ぎると回路パターンに乱れが生じる場合がある。よって、例えば圧力は0.5〜10MPa、時間は1〜30分程度とする。また、熱圧着温度は、コアシートとカバーシートとを十分に圧着できる温度が好ましいものの、コアシートを構成する樹脂が流動する温度以上とすると樹脂の流動により導体層に乱れが生じ製品の信頼性が低下する可能性がある。斯かる観点からは、コアシートの樹脂につきDMA法(Dynamic Mechanical Analysis)の引張モードで測定した弾性率が、室温域の1/10〜1/1000の範囲内にある温度とすることが好ましい。具体的な温度は用いる液晶ポリマーの種類により異なるが、例えばコアシート樹脂の流動開始温度−50℃以上かつ流動開始温度未満が好適であり、流動開始温度−30℃以上、流動開始温度−5℃以下がさらに好ましく、流動開始温度−25℃以上、流動開始温度−10℃以下がさらに好ましい。なお、ここでの「流動開始温度」は樹脂の融点とは異なり、所定の圧力下で昇温した場合に樹脂が流動を開始する温度をいう。例えば、昇温速度4℃/分で樹脂を加熱しつつ圧力100Kgf/cm2(約9.8MPa)で押出すに当たり、溶融粘度が48000ポイズを示す際の温度とする。
【0050】
熱圧着装置の種類は特に問わないが、例えば、平板プレス機、連続ベルトプレス機、ロールラミネータ等を用いることができる。これらの中では、水分を効率よく除去できることから、真空式の平板プレス機を好適に用いることができる。
【0051】
液晶ポリマーシート同士を熱圧着する場合には、熱可塑性樹脂である液晶ポリマーと熱圧着装置との融着を防止するために耐熱性の高い離型材が必要となる。斯かる離型材としては、フッ素系多孔質フィルムが好適である。フッ素系多孔質フィルムは、その製造条件や高い疎水性故に水をほとんど含まない上に、液晶ポリマー由来の水を外部に放出できることから熱圧着時における加水分解反応を抑制することが可能になる。また、高いクッション性を有することから離型材としての作用と共に緩衝材としての作用も発揮することができる。
【0052】
フッ素系多孔質フィルムを構成する樹脂としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、PTFE−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、PTFE−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、PTFE−エチレン共重合体などを挙げることができる。これらの中でも、PTFEが好ましく、特に延伸多孔質PTFEを好適に用いる。これら樹脂のフィルム成形方法や多孔質化の方法は、常法を用いることができる。
【0053】
上記方法により得られた電子回路基板は、回路の特性インピーダンスが設計値と大きく異なってしまうという問題が抑制されている上に、回路を高密度に設計しても回路パターンシートとカバーシートとの密着性が良好であるために、マイグレーションも生じ難い。従って、本発明に係る電子回路基板は、大量の情報にも対応することができる高周波情報信号の伝送や処理に極めて適するものである。
【0054】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例により制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0055】
製造例1 本発明方法による電子回路基板の製造
液晶ポリマーフィルムの片面銅張板(ジャパンゴアテックス社製、BIAC BC050−S12−B6、基材厚さ:50μm、銅箔厚:12μm)の銅箔をエッチングし、ライン/スペースが50/50μmのくし型回路パターンを形成した。別途、液晶ポリマーフィルム(ジャパンゴアテックス社製、BIAC BC050、厚さ:50μm)の片面に、低圧水銀灯(日本電池社製、主波長:175nmおよび254nm)を使用して2,000mJ/cm2または10,000mJ/cm2の積算光量で紫外線処理を行ない、これをカバーシートとした。なお、コアシートとした液晶ポリマー樹脂について、高化式フローテスター(島津製作所製、CFT−500型)を用いて流動開始温度を別途測定したところ、292℃であった。具体的には、昇温速度4℃/分で加熱された樹脂を荷重100Kgf/cm2(約9.8MPa)で内径1mm、長さ10mmのノズルから押出したときに溶融粘度が48,000ポイズを示す温度を測定し、これを流動開始温度とした。次に被紫外線照射処理面が回路面と接するように上記回路パターンシートとカバーシートを積層し、離型材として延伸多孔質PTFEフィルム(ジャパンゴアテックス社製、HRCF−090)を両側に配置し、熱圧着装置(北川精機社製、真空ホット・コールドプレスVH3−1377)を用いて、温度:275℃、圧力:3MPaで5分間熱圧着した。
【0056】
比較製造例1
上記製造例1において、低圧水銀灯(日本電池社製、主波長:175nmおよび254nm)の代わりにメタルハライドランプ(日本UV社製、主波長:340〜460nm)を使用し、1,300mJ/cm2〜13,000mJ/cm2の積算光量で紫外線処理を行なった以外は同様にして、電子回路基板を作成した。また、紫外線照射を行なわない以外は同様にした電子回路基板も作成した。
【0057】
製造例2
製造例1において、熱圧着温度をコアシートを構成する液晶ポリマーの流動開始温度以上である295℃とした以外は同様にして、電子回路基板を作成した。
【0058】
試験例1
上記製造例1と比較製造例1で得られた電子回路基板を回路面が含まれる面で切断し、断面を回転研磨装置(Struers社製、Rotopol−11)で研磨した後に実体顕微鏡(ニコン社製、SMZ1500)により観察し、回路が存在する部分におけるカバーシート厚さと回路パターンシートのコアシート厚さを各電子回路基板ごとに6点測定し、(カバーシート厚さ)/(コアシート厚)を算出してその平均を求めた。製造例1の結果を図3に、比較製造例1の結果を図4に示す。
【0059】
図4に示す通り、主波長が340〜460nmの紫外線でカバーシートを処理した場合は、積算光量を多くしても導体層のコアシートへの埋り込みは改善されていない。一方、図3の通り、主波長が175nmと254nmの紫外線でカバーシートを処理した場合は、積算光量を多くするほど導体層はカバーシート側へ埋り込んでいき、コアシート側への埋り込みは抑制されている。従って、本発明によれば、電子回路基板の特性インピーダンスの変化を低減できることが実証された。
【0060】
試験例2 HAST(Highly Accelerated temperature & humidity Stress Test)試験
上記製造例1と比較製造例1の電子回路基板および上記製造例1で紫外線照射処理を行なわなかった電子回路基板について、HAST試験機(タバイ エスペック社製、HASTチャンバー EHS−210)を使用して、温度130℃、相対湿度85%の条件下で交流電圧30Vを印加し、1時間ごとに抵抗値を測定した。その結果、図5の通り、過酷条件下では経時的に抵抗値が低くなっていくことから、マイグレーションによる絶縁性の低下が生じていると考えられる。しかし、当該結果において図6に示す様に各電子回路基板の10時間後の抵抗を測定したところ、紫外線照射を行わなかった基板に対して照射した短波長紫外線の積算光量が多くなるほど抵抗値は高くなっていることが分かる。これは、紫外線照射処理によりコアシートに対するカバーシートの密着性が高まって回路を構成する導体層近傍の空隙が狭まることによって、高湿度下においても吸水によるマイグレーションによる絶縁性の低下が生じ難くなっていることによると考えられる。
【0061】
以上の結果の通り、本発明方法によれば、回路を構成する導体層間の空隙が低減されており信頼性の高い電子回路基板を製造できることが実証された。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】従来方法により製造された電子回路基板の一態様を示す図である。信号層がコアシート側に埋り込み、信号層とグランド層との距離が短くなっている。
【図2】従来方法により製造された電子回路基板の一態様を示す図である。回路面間で回路パターンシートのコアシートとカバーシートが密着できず、回路近傍に空隙が生じている。
【図3】本発明方法で製造された電子回路基板において、回路が存在する位置におけるコアシート厚とカバーシート厚の比率を示す図である。カバーシートに照射する紫外線の積算光量が多いほど、回路のコアシート側への埋り込みが低減されていることが分かる。
【図4】本発明の規定範囲外の紫外線を用いて作成した電子回路基板の回路が存在する位置におけるコアシート厚とカバーシート厚の比率を示す図である。積算光量を多くしても、当該比はほとんど変化しないことが分かる。
【図5】HAST試験における抵抗値の経時的な変化を示す図である。経時的に抵抗値が低くなっていることが分かる。
【図6】本発明方法で製造された電子回路基板のHAST試験結果を示す図である。紫外線の照射積算光量が大きくなるにつれて、抵抗値も大きくなっていることが分かる。
【符号の説明】
【0063】
1 : コアシート、 2 : グランド層、 3 : 信号層、 4 : カバーシート、 5 : 信号層近傍に生じた空隙

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子回路基板の製造方法であって、
液晶ポリマーシートの片面または両面に回路を形成する工程、
回路面をカバーするための液晶ポリマーシートの片面に短波長紫外線を照射する工程、
被紫外線照射処理面が回路面と接するように、回路が形成された液晶ポリマーシートと回路面をカバーするための液晶ポリマーシートとを積層する工程、および
得られた積層体を熱圧着する工程、
を含むことを特徴とする電子回路基板の製造方法。
【請求項2】
照射する短波長紫外線の積算光量を100〜10,000mJ/cm2とする請求項1に記載の電子回路基板の製造方法。
【請求項3】
回路が形成された液晶ポリマーシートの流動開始温度−50℃以上かつ流動開始温度未満で熱圧着する請求項1または2に記載の電子回路基板の製造方法。
【請求項4】
回路を形成した後、回路面に短波長紫外線を照射する工程をさらに含む請求項1〜3のいずれかに記載の電子回路基板の製造方法。
【請求項5】
片面に回路が形成された液晶ポリマーシートの回路面を液晶ポリマーシートでカバーした片面電子回路基板を製造するものである請求項1〜4のいずれかに記載の電子回路基板の製造方法。
【請求項6】
液晶ポリマーシートとして液晶ポリマーフィルムを用いる請求項1〜5のいずれかに記載の電子回路基板の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の方法で製造されるものであり、誘電特性に優れることを特徴とする電子回路基板。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−19338(P2007−19338A)
【公開日】平成19年1月25日(2007.1.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−200720(P2005−200720)
【出願日】平成17年7月8日(2005.7.8)
【出願人】(000107387)ジャパンゴアテックス株式会社 (121)
【Fターム(参考)】