説明

電子増倍を用いる真空管用イオン障壁メンブレン、電子増倍を用いる真空管用電子増倍構造、並びにそのような電子増倍構造を備える電子増倍を用いる真空管

【課題】電子増倍を用いる真空管用の電子増倍構造において、浮遊イオンに対する遮蔽能力及び放出された電子の損失の減少という点で性能を向上させる。
【解決手段】真空管の入光窓(2)に対して対向的関係にあるように配置された入射面(7)と、真空管の検出窓(3)に対して対向的関係にあるように配置された出射面(8)と、浮遊イオンを遮蔽するイオン障壁メンブレン(10)とを備え、イオン障壁メンブレン(10)が、グラフィンを含む少なくとも一つの原子層を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子増倍を用いる真空管用の電子増倍構造に関する。該電子増倍構造は、真空管の入光窓に対向する関係で配置された入射面と、真空管の検出面に対向する関係で配置された出射面と、浮遊イオン(stray ion)を遮蔽するイオン障壁メンブレン(ion barrier membrane)とを備える。
【0002】
本発明は、また、電子増倍を用いる真空管に関する。該真空管は、光が照射されたときに上記真空チャンバー内に電子を放出することができるフォトカソード(光電陰極)と、放出された電子を、上記フォトカソードから、該フォトカソードに対して離間し、対向関係を有するように配置されたアノード(陽極)に向けて加速する電界手段と、上記真空チャンバー内において上記フォトカソードと上記アノードの間に配置された本発明の電子増倍構造とを有する。
【0003】
本発明はまた、本発明の真空管及び/又は電子増倍構造に用いられるイオン障壁メンブレンに関する。
【0004】
本発明において、電子増倍を用いる乃至行なう真空管構造は、イメージ増強管装置、面開放型電子増倍器(open faced electron multipliers)、チャンネルトロン、マイクロチャンネルプレート、そしてまた利得機構として二次電子放出現象を用いるマイクロチャンネルプレートや離散ダイノード(discrete dynodes)のような部材又は部品を含む光増倍器及びイメージ増強器のような密封された装置などを含む。
そのような真空管は業界で知られている。
それらは、光又はX線などの入射放射線の影響を受けて、いわゆる光電子を放出するカソードを備え、放出された光電子は電界の影響を受けてアノードに向けて移動する。
アノードに衝突した電子は、情報信号を構成し、該信号は適切な処理手段により処理される。
【背景技術】
【0005】
現代のイメージ増強管においては、イメージ増強作用を増大させるために、電子増倍構造、多くの場合には、マイクロチャンネルプレート即ちMCPがカソードとアノードの間に配置される。電子増倍構造がチャンネルプレートとして構成される場合には、チャンネルプレートは、入射面及び出射面間に延在する中空の管、例えば中空のガラスファイバーを束ねたもの乃至そのようなガラスファイバーの群を含む。チャンネルプレートの入射面と出射面の間に(電圧)電位差が印加され、入射面に入った電子が出射面の方向に移動し、その移動において、二次電子放出効果のために電子の数が増加する。出射面のチャンネルプレートを離れた後、これらの電子(一次電子及び二次電子)は、通常の態様でアノードの方向へ加速される。
【0006】
これらの装置に各々において、イオン帰還と呼ばれる現象が発生する。この現象は、加速電界において十分な運動エネルギーを獲得した、(負の電荷を有する)電子が衝突し、真空チャンバー内に存在する原子或いは分子をイオン化し、あるいは電子の衝突を受けた面に吸着されるときに起きる。
【0007】
電子の衝突により、原子の電子雲の外側領域から電子が叩き出され、これにより中性のガス原子又は分子が正に帯電すると、イオンは同じ電界の影響を受け、但し正に帯電しているので反対方向に移動し、運動エネルギーを獲得し、装置の入射側の面に衝突する。
【0008】
このようなイオンの帰還衝突は、かなりしばしば極めて著しく、多くの場合、装置により出射される信号を、装置のイメージのイオンスポット(ion spots)或いはいわゆるアフターパルス(after pulses)として、乱し或いは減少させる。多くの従来の装置においては、イオン帰還の影響を回避し、或いは減少させるために、設計、組立て、或いは動作電圧又は動作圧力範囲の限界に関し、特別の注意が払われる。
【0009】
特に、例えばCs系の表面層を有するGaAsのように、影響を受けやすい単原子の負の電子親和力を持つ層で形成される或いはこれを有する部材面を備えたイメージ増強管装置において、上記の問題の解決のため、真空チャンバー内に、浮遊イオンから部材面を遮蔽するためにいわゆるイオン障壁メンブレンが配置される。そのようなメンブレンは、そのような浮遊イオンが永久的に損傷を与え、フォトカソードの放出量子効率を減少させることを防止する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そのようなイオン障壁メンブレンの基本的な短所は、浮遊イオンの帰還を阻止するだけではなく、装置内において信号、或いはイメージ情報をアノードの方に伝達すると考えられる一次電子の量をも減らすことである。強度、電子のための所望の透過率及びイオンのための所望の非透過率についての実際的な考慮の結果、AlあるいはSiO、或いは原子質量の小さい他の化合物などの材料を用いた場合、障壁メンブレンの厚さは数十ナノメールとするのが最も一般的である。
【0011】
本発明の目的は、浮遊イオンに対する遮蔽能力及び放出された電子に対する損失の減少に関し、性能を向上させた電子増倍構造を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この目的のため、本発明の電子増倍構造は、上記イオン障壁メンブレンが、グラフィン(graphene)を含む少なくとも一つの原子層で構成されている。
【0013】
グラフィンは、六角の結晶格子を持つ炭素原子の単原子厚平坦シートであり、浮遊イオンから、真空管の、脆弱なあるいは影響を受けやすい部材面を遮蔽するメンブレンとして構成することが可能である。特に、単原子厚グラフィン層は浮遊イオンに対して非透過的であり、効率的なイオン障壁メンブレンとして作用し得ることが分かった。
【0014】
さらに、炭素原子の単原子メンブレンが極めて薄いメンブレン層として構成可能であるので、電子の損失が著しく少ない。従って、それは、「浮遊」イオン帰還を阻止するために用いられる装置において、最良の検出量子効率(DOE)を持つ。
【0015】
グラフィンを含む原子層を複数枚用いてイオン障壁メンブレンを構成することで、本発明のイオン障壁メンブレンの遮蔽能力をさらに改善し、或いはより大きく影響された、或いはより大きな効果を持つものにすることができる。
【0016】
より特定すれば、上記少なくとも一つの原子層は、グラフィンのみを含む。
【0017】
本発明の特定の実施の形態において、上記のイオン障壁メンブレンは、電子増倍構造の入射面に配置されている。他の実施の形態においては、上記イオン障壁メンブレンは電子増倍構造の出射面に配置されている。
【0018】
さらに他の実施の形態においては、上記電子増倍構造が、真空管の入光窓を支持するように構成されている。
【0019】
さらに他の実施の形態においては、上記電子増倍構造が、チャンネルプレート、特にマイクロチャンネルプレートとして構成されている。他の実施の形態においては、上記電子増倍構造が二次電子放出ダイノードのアレイとして構成されている。
【0020】
本発明の他の側面においては、電子増倍を用いる真空管がイメージ増強管として用いられ、他の実施の形態においては、上記真空管が光増倍管として構成されている。
【0021】
さらに、上記真空管がチャンネルトロン又はマイクロチャンネルプレート検出器として構成された実施の形態は、従来の装置に対して優れている。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、浮遊イオンに対する遮蔽能力及び放出された電子に対する損失の減少に関し、性能を向上させた電子増倍構造を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】従来技術による電子増倍構造を備えた真空管を示す図である。
【図2】本発明による、電子増倍構造を備えた、電子増倍を用いる真空管の第1の実施の形態を示す図である。
【図3】本発明による、電子増倍構造を備えた、電子増倍を用いる真空管の第2の実施の形態を示す図である。
【図4】本発明による、電子増倍構造を備えた、電子増倍を用いる真空管の第3の実施の形態を示す図である。
【図5】本発明による、電子増倍構造を備えた、電子増倍を用いる真空管の第4の実施の形態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明を、添付の図面を参照してより詳しく説明する。
【0025】
以下の詳細な説明において、明瞭化のため、同様の部分は、同じ参照符号で示されている。
【0026】
図1は、真空管、例えばイメージ増強器の例を断面図で示す。図示のイメージ増強器は、入光窓乃至カソード窓2と、検出窓乃至アノード窓3を有する管状のハウジング1を有する。ハウジングは例えばガラスで形成可能であり、カソード窓及びアノード窓も同様である。しかしながら、検出窓3は、光ファイバープレートであっても良く、或いはシンチレーティングスクリーン又は素子のピクセル化アレイ(例えば、半導体能動画素アレイ)で構成することもできる。カソード並びに場合によってはアノードをハウジング内に、例えば別個の担持体を用いて絶縁した状態で配置する場合には、ハウジングを金属で形成することもできる。
【0027】
イメージ増強器がX線を受けるように構成される場合には、カソード窓は薄い金属で構成することができる。しかし、アノード窓は、光伝達的である。カソード4を、チャンネルプレート6の入射面7上に直接設け乃至取り付けても良い。そのような変形はそれ自体公知であるので、詳細には示されない。
【0028】
図示の例では、実際のカソード4は、入光窓2の内側にあり、入射光又はX線(図1〜5において「h.v」で示されている)の影響により、電子を放出する。放出された電子は、電界(図示しない)の影響により、公知の態様で、検出窓3の内側に配置されたアノード5の方向に加速される。
【0029】
フォトカソード4は、元素の周期律表のIII列(III族)及び/又はV列(V族)に含まれる材料の一つ又は二つ以上で形成されていても良い。
【0030】
本実施の形態の電子増倍構造は、カソード4及びアノード5に略平行に延在するチャンネルプレート6として構成されたものであり、カソードとアノードの間に配置されている。例えば直径が8〜12μmの、多数の管状チャンネルが、チャンネルプレートの入射面7(入光窓2(カソード4)に対向している)とチャンネルプレートの出射面8(検出面3(アノード5)に対向している)の間に延在している。
【0031】
本願の導入部分で説明したように、「イオン帰還」現象による、装置のイメージのイオンスポット又はいわゆるアフターパルスにより、装置から出射される信号が乱され、或いは減少される。多くの従来の装置において、設計、組立て、動作圧力範囲の制限、或いは動作電圧に関し、イオン帰還の効果を回避し或いは減少させるために特別の注意が払われている。
【0032】
この現象は、加速電界中で十分な運動エネルギーを獲得した、(負の電荷を有する)電子が、真空チャンバー内になおも存在する原子又は分子に衝突し、イオン化したとき、或いは電子が衝突した面、ここでは、アノード5及び検出窓3に吸着(adsorb)されたときに起きる。
【0033】
本発明によれば、図2乃至5に開示したように、電子増倍構造6は、イオン障壁メンブレン10を備える。該イオン障壁メンブレン10は、グラフィンを含む少なくとも一つの原子層で構成されている。
【0034】
図を分かりやすくするため、原子層グラフィンイオン障壁メンブレンは太い線として示されている。
【0035】
グラフィンは、六角結晶格子を有する炭素原子の単原子厚平坦シートであり、電子増倍を用いる真空管の脆弱な或いは影響を受けやすい部材面を、浮遊イオンに対し遮蔽するメンブレンとして構成することができる。特に、単原子厚グラフィン層は、印加された電界により、検出窓3(5)から電子増倍構造8及び入光窓2(4)の方向へ移動する浮遊イオンに対して非透過的であることが確認された。グラフィン単原子層は効率的なイオン障壁メンブレンとして作用することができる。
【0036】
さらに、炭素原子の単原子メンブレン、例えばグラフィンは、極めて薄いメンブレン層として構成することができるので、印加された電界により入光窓2(4)及び電子増倍構造8から検出窓3(5)に向けて移動する電子の損失が著しく少ない。従って、「浮遊」イオン帰還を阻止するために用いられる装置において、最良の検出量子効率(DQE)が得られる。
【0037】
グラフィンイオン障壁メンブレン10の遮蔽能力は、上記イオン障壁メンブレンを、グラフィンを含む複数の原子層で構成することで、一層改善され、或いはより大きく影響された、或いはより大きな効果を持つものとなる。
【0038】
一つの実施の形態において、上記グラフィンイオン障壁メンブレン10は、アノード5/検出窓3と電子増倍手段6の上記出射面8の間に配置することができる(図2)。
【0039】
他の実施の形態(図3)において、上記グラフィンイオン障壁メンブレン10は、電子増倍手段6の上記出射面8上に配置され、例えば取り付け或いは貼り付けられる。
【0040】
さらに他の実施の形態(図4)において、上記グラフィンイオン障壁メンブレン10は電子増倍手段6の上記入射面7上に配置され、例えば入射面7に取り付け或いは貼り付けられ、さらに他の実施の形態(図5)において、上記グラフィンイオン障壁メンブレン10は、入光窓2の内側に、特にカソード4上に配置され、例えば取り付け或いは貼り付けられる(或いは支持する)。
【0041】
本発明の真空管は、イメージ増強管として構成することができるほか、例えば光増倍管として構成することも可能であり、さらに、チャンネルトロン又はマイクロチャンネルプレート検出器として構成することも可能である。
【符号の説明】
【0042】
1 ハウジング、 2 入光窓、 3 検出窓、 4 カソード、 5 アノード、 6 チャンネルプレート(電子増倍手段)、 7 入射面、 8 出射面、 10 イオン障壁メンブレン。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子増倍を用いる真空管用の電子増倍構造であって、
前記真空管の入光窓に対して対向的関係にあるように配置された入射面と、
前記真空管の検出窓に対して対向的関係にあるように配置された出射面と、
浮遊イオンを遮蔽するイオン障壁メンブレンとを備え、
前記イオン障壁メンブレンが、グラフィンを含む少なくとも一つの原子層を備える
ことを特徴とする電子増倍構造。
【請求項2】
前記イオン障壁メンブレンが、グラフィンを含む複数の原子層を備えることを特徴とする請求項1に記載の電子増倍構造。
【請求項3】
前記少なくとも一つの原子層がグラフィンのみを備えることを特徴とする請求項1又は2に記載の電子増倍構造。
【請求項4】
前記イオン障壁メンブレンが、前記電子増倍構造の前記入射面に設けられていることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の電子増倍構造。
【請求項5】
前記イオン障壁メンブレンが、前記電子増倍構造の前記出射面に設けられていることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の電子増倍構造。
【請求項6】
前記電子増倍構造が、前記真空管の前記入光窓を支持するように設けられていることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の電子増倍構造。
【請求項7】
前記電子増倍構造がチャンネルプレート、特にマイクロチャンネルプレートとして構成されていることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の電子増倍構造。
【請求項8】
前記電子増倍構造が二次電子放出ダイノードのアレイとして構成されていることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の電子増倍構造。
【請求項9】
光が照射されたときに真空チャンバー内に電子を放出することができるフォトカソードを有する、電子増倍を用いる真空管であって、
前記放出された電子を、前記フォトカソードから、前記フォトカソードに対して離間し、対向する関係で配置されたアノードに向けて加速する電界手段と、
前記真空管内において、前記フォトカソードと前記アノードの間に配置された、請求項1乃至8の一つ又は二以上に記載の電子増倍構造と
を有する真空管。
【請求項10】
前記フォトカソードが元素の周期律表のIII族及び/又はV族に含まれる材料の一つ又は二つ以上で形成されていることを特徴とする請求項9に記載の真空管。
【請求項11】
前記真空管が、イメージ増強管として構成されていることを特徴とする請求項9又は10に記載の真空管。
【請求項12】
前記真空管が、光増倍管として構成されていることを特徴とする請求項9又は10に記載の真空管。
【請求項13】
前記真空管が、チャンネルトロンとして構成されていることを特徴とする請求項9又は10に記載の真空管。
【請求項14】
前記真空管がマイクロチャンネルプレート検出器として構成されていることを特徴とする請求項9又は10に記載の真空管。
【請求項15】
請求項1乃至14の一つ又は二つ以上のものに記載されたイオン障壁メンブレン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−67613(P2010−67613A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−213264(P2009−213264)
【出願日】平成21年9月15日(2009.9.15)
【出願人】(507409896)
【氏名又は名称原語表記】Photonis Netherlands B.V.
【住所又は居所原語表記】Dwazziewegen 2, 9301 ZR RODEN, The Netherlands