説明

電極の分析装置および分析方法

【課題】複数の被分析対象電極において、電極特性(例えば、電極反応(酸化能や還元能)や触媒作用),副生成物生成能(過酸化水素生成能等)を同時に分析できるようにする。
【解決手段】電解液5中に対して、対電極11,参照電極10,走査電極12を浸漬すると共に、複数個の被分析対象電極16aをそれぞれ互いに絶縁して浸漬し、前記の走査電極12に定電位を印加すると共に、被分析対象電極16aに定電位を印加または電位を掃引して、走査電極12,被分析対象電極16aの電極反応による電流変化を検出する。被分析対象電極16aは、例えば絶縁性基板により、それぞれ互いに絶縁された状態で保持される。そして、電位印加対象選択手段(チャンネル切替器等)17を用いて、前記の各被分析対象電極16aのうち何れかに制限して定電位印加または電位掃引できるように設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば電気化学分野において用いられている種々の電極の分析に関するものであって、複数個の被分析対象電極を容易に分析できるようにした分析装置および分析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電気化学分野においては種々の電極が用いられており、例えば白金等の金属,合金,金属酸化物,炭素,金属錯体等から成る電極や、その電極に金属,合金,金属酸化物,炭素,金属錯体(ポルフィリン,フタロシアニン等),酵素等の電極用触媒(例えば、電極反応等を活性させる作用を有する触媒)を担持したものが適用されている。例えば、下記<1>,<2>式に示すように、負極にて水素,一酸化炭素,メタノール等の燃料の酸化反応を起こし、正極にて空気中等の酸素の還元反応を起こす固体電解質型燃料電池においては、該正極として酸素還元能を有する白金触媒を担持した電極が一般的に用いられている。この白金等を用いた電極(例えば、白金触媒を担持した電極)は、電極反応が比較的良好とされている。
2→2H++2e- …… <1>
1/2O2+2H++2e-→H2O …… <2>。
【0003】
しかしながら、白金等は資源として稀少(少ない資源量)または高価であり、実用的(例えば、量産レベル)ではないものとみなされていることから、白金以外の材料を用いた電極(例えば、非白金系触媒を担持した電極)の出現が望まれている(例えば、非特許文献1,2)。また、正極の酸素還元能が低い場合には、前記の<2>式に示す反応だけでなく、下記<3>式に示す反応を起こし副生成物(中間体)として過酸化水素が生成されてしまう。この過酸化水素は、例えば固体電解質型燃料電池の場合、固体電解質を劣化させてしまう恐れがある。
1/2O2+H++e-→1/2H22 …… <3>。
【0004】
このようなことから、電気化学分野では電極の開発が活発に行われており、例えば実用電位域での電極特性が高いこと(例えば、電極反応(酸化能や還元能)や触媒作用が高いこと),化学的安定性を有すること,副生成物生成能(過酸化水素生成能等)が低いこと,資源として豊富に存在し低コストであること、などの条件を満たすことが求められている(例えば、非特許文献3)。また、電極の分析技術に関しても研究開発が適宜行われ、例えば後述の図12,図13(以下、同様なものについては同一符号を用いて詳細な説明を適宜省略)に示すように、回転電極(回転リングディスク電極等)法(例えば、非特許文献4),チャンネルフロー二重電極法に基づく分析技術により、電極特性を分析することが一般的に知られている(例えば、非特許文献5〜8)。
【0005】
図12は一般的な回転電極法による分析装置の概略説明図である。図12において、符号1は回転リングディスク電極を示すものであり、回転シャフト(図中ではモータ2bにより軸回転する回転シャフト)2aの先端部に取り付けられたディスク電極2と、そのディスク電極2の外周側に配置された同心円状のリング電極3と、それらディスク電極2(および回転シャフト2a等)とリング電極3との間を絶縁する絶縁部材4と、を主な構成としている。
【0006】
図12のような構成では、被分析対象電極をディスク電極2として取り付け、回転リングディスク電極1を所望の電解液(図中では容器5a内の電解液)5中に浸漬する。次に、ディスク電極2,リング電極3をそれぞれ所望の定電位に設定し該ディスク電極2にて酸素還元反応を起こした場合、ディスク電極2にて下記<4>式の4電子酸素還元反応や<5>式に示す2電子酸素還元反応が起こる。そして、その際のディスク電極2における電流変化(還元電流)を検出することにより、被分析対象電極の酸素還元能を分析できることが知られている。また、リング電極3にて下記<6>式に示す反応が起こり、その際のリング電極における電流変化(酸化電流)を検出することにより、被分析対象電極の過酸化水素生成能を分析できることが知られている。
2+4H++4e-→2H2O …… <4>
2+2H++2e-→H22 …… <5>
22→O2+2H++2e- …… <6>。
【0007】
図13は、一般的なチャンネルフロー二重電極法による分析装置の概略説明図である。図13において、符号6は分析セルを示すものであり、ポンプ7a,流量計7b等を介して一定流量の電解液(図中では容器5a内にてO2ガス(またはN2ガス)が溶存する電解液)5が流通する通路6aと、その通路6a内に配置された被分析対象の作用電極(図中では上流側電極)8,検出電極(図中では下流側電極)9,参照電極(図中では可逆水素電極等)10,対電極11と、を主な構成としている。
【0008】
図13のような構成では、被分析対象電極を作用電極8として取り付け、前記の通路6a内に電解液5を流通させる。この流通状態で作用電極8,検出電極9を所望の定電位に設定し該作用電極8にて酸素還元反応を起こした場合、作用電極8にて前記<4>や<5>式に示す反応が起こり、検出電極9にて前記<6>式に示す反応が起こる。そして、この際の作用電極8,検出電極9における電流変化(還元電流,酸化電流)を検出することにより、被分析対象電極の酸素還元能,過酸化水素生成能を分析できることが知られている。このチャンネルフロー法による分析装置は、十分広い範囲の温度域(例えば、室温程度〜110℃程度)での分析が可能とされている。
【0009】
近年においては、図14に示すようなプローブ顕微鏡(走査型電気化学顕微鏡(scanning electrochemical microscopy;以下、SECMと称する))を応用した技術(以下、従来型SECM応用技術と称する)、例えば図15,図16に示すような従来型SECM応用技術により複数の被分析対象電極を同時に分析することが検討されている(例えば、非特許文献9〜11)。
【0010】
図14は、一般的なSECMの概略説明図であり、符号12は、走査手段(XYZステージ13a等)を介して作用電極(図中では容器5aの電解液5中に配置された作用電極)8の周辺を走査できるように可動自在で微小な電極(探針等;以下、走査電極と称する)を示すものである。符号13bはバイポテンシオスタットを示すものであり、そのバイポテンシオスタット13bには作用電極8,参照電極10,該作用電極8用の対電極11,走査電極12が例えば配線13c等を介して接続される。また、前記走査手段13a,バイポテンシオスタット13bには、該走査手段13a,バイポテンシオスタット13b等を制御するコントローラ13dや、該バイポテンシオスタット13b等を介して得た測定データに係る演算処理等が可能なコンピュータ(例えば、パーソナルコンピュータ)13e等が接続される。
【0011】
このようなSECMでは、作用電極8,参照電極10,対電極11,走査電極12を電解液5中に浸漬して、所定の電位に設定された作用電極8の表面上で走査電極12を走査することにより、それら作用電極8と走査電極12との間で起こる電気化学反応による電流変化(プローブ電流,ファラデー電流の変化)を検出してマッピングし、作用電極8表面における局所的な電気化学特性をイメージングすることができる。なお、一般的なSECMでは、作用電極8と走査電極12との間の距離を数μm程度に設定して用いられることから、両電極間で直接的な電子授受が困難であるため、それら電極との反応性が高いメディエータ(電気化学活性物質)を用いている。
【0012】
図15は、従来型SECM応用技術による分析装置の一例を示す概略説明図である。図15において、符号14はバイポテンシオスタットを示すものであり、作用電極8,参照電極(例えば、水素基準電極)10,対電極11が例えば配線13c等を介して接続される。なお、図15中の作用電極8としては、グラッシーカーボン基板(プレート)に対し、鉛,銀,金,コバルトの混合物から成る電極用触媒を複数個所に担持(複数スポット)させて構成された電極が適用されている。符号15は定電流制御装置を示すものであり、走査電極(例えば、タングステンまたは金から成る直径25μmの微小電極)12,該走査電極12用の対電極12aが例えば配線13c等を介して接続される。
【0013】
図15のような構成では、まず、被分析対象電極を作用電極8として取り付け、その作用電極8,参照電極10,対電極11,走査電極12,対電極12aを電解液(例えば、0.5M硫酸溶液)5中に浸漬(例えば、作用電極8と走査電極12との間を30μmに設定して浸漬)し、走査電極12に定電流(例えば、−160nA)を流すと共に、作用電極8の電位を掃引(例えば、0〜0.8V(vs.水素基準電極)の範囲で掃引)する。これにより、前記の走査電極では、下記<7>式に示すように酸素を生成する。
2O→1/2O2+H2 …… <7>。
【0014】
また、作用電極8では、前記のように生成された酸素において前記<4>や<5>式に示す反応が起こり、この際の作用電極8における電流変化(還元電流)を検出することにより、酸素還元能を分析できることが知られている。したがって、作用電極8に形成された複数個所の電極用触媒上に対し走査電極12を走査しながら、前記の酸素生成,電流変化検出を順次行うことにより、被分析対象電極において各電極用触媒の酸素還元能を分析できるとされている。
【0015】
図16は、従来型SECM応用技術による分析装置の他例を示す概略説明図である。図16においては、作用電極8,参照電極(例えば、水素基準電極)10,対電極11,走査電極12がそれぞれバイポテンシオスタット13bに接続される。なお、図16中の作用電極8としては、金基板に対し、白金から成る電極用触媒と白金‐コバルトから成る電極用触媒とをスパッタリングして構成された電極が適用されている。
【0016】
図16のような構成では、まず、被分析対象電極を作用電極8として取り付け、各電極を電解液(例えば、0.1mol/dm3硫酸溶液)5中に浸漬し、作用電極8を酸素還元反応が起こる電位(例えば、0.90V(vs.水素基準電極))に設定し、走査電極12を溶存酸素検出電位(例えば、0.05V(vs.水素基準電極))に設定する。これにより、作用電極8では電極用触媒の有無等に応じて酸素還元反応が起こり、走査電極12では未反応の溶存酸素(作用電極8で還元されずに残存した溶存酸素)が検出される。したがって、作用電極8に形成された複数個所の電極用触媒上に対し走査電極12を走査しながら、前記の酸素還元反応,溶存酸素検出を順次行うことにより、被分析対象電極における各電極用触媒の酸素還元能を分析できるとされている。
【0017】
しかしながら、図12,図13に示したような分析技術によれば、被分析対象電極の電極特性(電極反応(酸化能,還元能),触媒作用)や副生成物生成能(過酸化水素生成能等)を同時に分析することができるが、複数の被分析対象を同時に分析することはできない。例えば、図12,図13に示した分析技術で複数の被分析対象電極を分析する場合、分析毎に被分析対象電極を交換(例えば、電極用触媒のみが異なる場合には、作用電極8に担持されている電極用触媒を研磨等により除去)する。すなわち、被分析対象電極毎に前記の交換工程を行う必要があるため、分析時間が長くなってしまう。なお、図10の分析装置の場合には、回転シャフト2a等と絶縁部材4との間のガスシール処理部の耐熱性が低いため(耐熱性を付与することが困難であるため)、その分析温度が制限(例えば、室温程度〜50℃程度に制限)されてしまう。
【0018】
また、図15,図16に示したような分析技術においては、複数の被分析対象電極の電極特性を同時に分析することができるが、被分析対象電極の副生成物生成能を分析することができない。
【非特許文献1】石原ら,電気化学会秋季大会講演要旨集,p.54,2005年。
【非特許文献2】中島ら,電気化学会秋季大会講演要旨集,p.49,2005年。
【非特許文献3】科学技術振興事業団,「燃料電池高性能化をめざして」,シンポジウム資料,p.24。
【非特許文献4】高須芳雄,吉武優,石原達己編,「燃料電池の解析手法」,p.91,化学同人,2005。
【非特許文献5】高須芳雄,吉武優,石原達己編,「燃料電池の解析手法」,p.93,化学同人,2005。
【非特許文献6】内田裕之,渡辺政廣,「電気化学および工業物理化学」,75,489−493,2007。
【非特許文献7】高須芳雄,吉武優,石原達己編,「燃料電池の解析手法」,p.94,化学同人,2005。
【非特許文献8】H.Yano,E.Higuchi,H.Uchida,M.Watanabe,J.Phys.CHEM.,110,16544−16549,2006.
【非特許文献9】J.L.Femandez et,J.AM.CHEM.SOC.,127,357−365,2005.
【非特許文献10】J.L.Femandez et,J.Anal.CHEM,75,2967−2974,2003.
【非特許文献11】長谷川ら,電気化学会秋季大会講演要旨集,p.161,2005年。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
以上示したようなことから、複数の被分析対象電極において、電極特性(例えば、電極反応(酸化能や還元能)や触媒作用),副生成物生成能(過酸化水素生成能等)を同時に分析できるようにすることが望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明は、前記課題の解決を図るために、電極の電極特性,副生成物生成能を分析するものであって、具体的に、請求項1記載の発明は、電解液中に浸漬される対電極,参照電極,走査電極,それぞれ互いに絶縁された複数個の被分析対象電極と、前記の各被分析対象電極のうち何れかを選択し、その選択した被分析対象電極に対してのみ定電位が印加または電位が掃引されるように設定する電位印加対象選択手段と、を備えた装置である。そして、前記の電位印加対象選択手段により選択された被分析対象電極に定電位を印加または電位掃引すると共に、その選択された被分析対象電極上に走査電極を位置させ定電位を印加して、前記の選択された被分析対象電極,走査電極における電流変化をそれぞれ検出できることを特徴とする。
【0021】
請求項2記載の発明は、請求項1記載の発明において、前記の各被分析対象電極は、絶縁性基板上に形成されたことを特徴とする。
【0022】
請求項3記載の発明は、請求項1または2記載の発明において、前記の電位印加対象選択手段は、チャンネル切替器であることを特徴とする。
【0023】
請求項4記載の発明は、請求項1〜3記載の発明において、前記の走査電極は、金属線の外周面を絶縁材料で被覆して成り、その金属線の一端部側が露出していることを特徴とする。
【0024】
請求項5記載の発明は、請求項1〜4記載の発明において、前記の被分析対象電極は、金属,合金,金属酸化物,炭素,金属錯体のうち何れかから成る電極、または、その電極に電極用触媒を担持したものであることを特徴とする。
【0025】
請求項6記載の発明は、電解液中に対して、対電極,参照電極,走査電極を浸漬すると共に、複数個の被分析対象電極をそれぞれ互いに絶縁して浸漬し、前記の走査電極に定電位を印加すると共に、被分析対象電極に定電位を印加または電位を掃引して、走査電極,被分析対象電極の電極反応による電流変化を検出する方法である。そして、前記の各被分析対象電極のうち何れか選択し、その選択された被分析対象電極に対してのみ定電位の印加または電位の掃引を可能にする選択工程と、前記の走査電極を走査して、前記の選択された被分析対象電極上に位置させる走査工程と、前記の選択された被分析対象電極に対し定電位を印加または電位を掃引すると共に、走査電極に対して定電位を印加し、電解液中の電気化学物質と被分析対象電極との電極反応による電流変化を検出すると共に、その被分析対象電極で生成される副生成物と走査電極との電極反応による電流変化を検出する検出工程と、を有することを特徴とする。
【0026】
請求項7記載の発明は、請求項6記載の発明において、前記の各被分析対象電極は、絶縁性基板上に形成されたことを特徴とする。
【0027】
請求項8記載の発明は、請求項7または8記載の発明において、前記の選択工程では、チャンネル切替器を用いて各被分析対象電極のうち何れか選択することを特徴とする。
【発明の効果】
【0028】
請求項1〜8記載の発明によれば、複数の被分析対象電極において、電極特性(例えば、電極反応(酸化能や還元能)や触媒作用),副生成物生成能(例えば、過酸化水素生成能等)を同時に分析でき、従来の分析技術と比較して分析効率が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本実施形態における電極の分析装置および分析方法を図面等に基づいて説明する。
【0030】
本実施形態は、プローブ顕微鏡を応用した新しい分析技術に関するものであって、対電極,参照電極,走査電極,それぞれ互いに絶縁された複数個の被分析対象電極を電解液中に配置し、前記の各被分析対象電極のうち何れかを選択して定電位を印加または印加された電位を掃引(正方向または負方向に掃引)すると共に、走査電極を走査して前記の選択された被分析対象電極上に位置させ定電位を印加する。これにより、前記の電位が印加または掃引された被分析対象電極では電極反応(電解液中の電気化学物質との酸化還元反応)が起こり、その電極反応を電位変化に対する電流変化として検出することにより、電極特性を分析することができる。また、前記の被分析対象電極において電位の掃引と共に副生成物が生成される場合には、その副生成物により走査電極で電極反応が起こり、その際の電極反応を電流変化(被分析対象電極の電位変化に対する電流変化)として検出することにより、被分析対象電極の副生成物生成能を分析することができる。
【0031】
図1は、本実施形態の電極の分析装置および分析方法の一例を示す概略説明図である。図1において、符号16は電極保持手段を示すものであり、バイポテンシオスタット13bにより電位印加または電位掃引される複数個(図中では8個)の被分析対象電極16aが、それぞれ互いに絶縁された状態で保持(例えば、絶縁基板上でそれぞれ所定間隔を隔てて保持)される。符号17は、前記の各被分析対象電極16aに接続された電位印加対象選択手段(チャンネル切替器等)を示すものであり、前記の各被分析対象電極16aのうち何れかに制限して定電位印加または電位掃引(各被分析対象電極16aのうち何れか選択し、その選択されたもののみに定電位印加または電位掃引)できるように設定するものである。
【0032】
この図1に示したような構成においては、まず電位印加対象選択手段17により、各被分析対象電極16aのうち何れか選択し、その選択された被分析対象電極16aのみ所望の定電位印加または電位掃引できるように設定する(選択工程)。また、走査電極12においては、前記の選択された被分析対象電極16a上に位置するように走査する(走査工程)。そして、選択された被分析対象電極16aに定電位を印加または該電位を掃引して電極反応を起こすと共に、走査電極12の電位は該被分析対象電極16aの電極反応で生成される副生成物と電極反応を起こすように設定し、該被分析対象電極16a,走査電極における電流変化をそれぞれ検出(検出工程)することにより、選択された被分析対象電極16aの電極特性,副生成物生成能を分析できる。その後、未分析の被分析対象電極について、前記同様に選択工程,走査工程,検出工程を繰り返すことにより、それぞれの分析を順次行う。
【0033】
例えば、図2に示すように、それぞれ異なる電極用触媒16ba〜16bcが担持された3種類の被分析対象電極16aa〜16acの酸素還元能,副生成物生成能を分析する場合、その被分析対象電極16aa〜16ac毎に選択工程,走査工程,検出工程を繰り返すことにより、各被分析対象電極16aa〜16acにて前記<4>や<5>式に示す反応が起こり、走査電極12にて前記<6>式に示す反応が起こる。そして、例えば図3(横軸;被分析対象電極の電位、縦軸;電流)に示すように被分析対象電極16aa〜16acの電流変化(図中下側の曲線),走査電極12の電流変化(図中上側の曲線)がそれぞれ検出された場合、被分析対象電極16acにおける酸素還元能が最も高く副生成物生成能が最も小さいことを読み取れる。なお、図2に示すように各被分析対象電極において電極用触媒のみが異なる場合には、その電極用触媒自体の特性を分析できることが図3から読み取れる。
【0034】
図4は、電極保持手段16に保持される複数個の被分析対象電極16aの一例を示すための概略説明図である。図4に示すように、例えばスパッタリングにより、電極保持手段(ガラス等の絶縁性基板)16上に対し、複数個の配線(チタン等)13cをそれぞれ所定間隔を隔てて略放射状に形成すると共に、それら各配線13cの端部に被分析対象電極16aを形成する。
【実施例】
【0035】
次に、図1に示したような構成の分析装置を用いて、金から成る被分析対象電極を以下に示す実施例1〜5のように分析した。
【0036】
なお、本実施例では、走査手段13aとして駿河精機製のK701−20RLS−5(例えば、ステッピングモータ等により駆動するもの),バイポテンシオスタット13bとして北斗電工製のHA−1010mM2B,コントローラ13dとして北斗電工製のHV−404,電位印加対象選択手段17として北斗電工製の8ch−switcherを適用した。また、参照電極10,対電極11には、それぞれAg/AgCl電極,Φ0.5mmのコイル状白金線を用いた。走査電極においては、ガラス管を細線化したキャピラリーガラス内にΦ100μmの白金線を挿入し、熱封止後、該白金線の一端部を研磨して露出(ディスク状に露出)させて構成された白金電極(探針)を用いた。
【0037】
さらに、電極保持手段16は、図4に示すように略平板状のソーダガラス基板(50mm×50mm)を適用し、スパッタリングにより被分析対象電極16aを形成した。図4においては、まず、ソーダガラス基板の一端面側にチタン(厚さ50Å)を被覆してから、配線(厚さ3000Å;実施例1,2,4,5では金、実施例3では白金)13cを8個それぞれ所定間隔を隔てて形成(図中では基板一端面の中央部から略放射状に形成)し、それら各配線13cの中央部のみを絶縁物16dでそれぞれ被覆(すなわち、各配線13cの両端部が露出するように被覆)した。これにより、各配線13cにおけるソーダガラス基板中央部側に被分析対象電極16aをそれぞれ形成した。各配線13cにおけるソーダガラス基板外周側は、それぞれ電位印加対象選択手段17に接続した。
【0038】
また、検出工程における被分析対象電極16aと走査電極12との間の距離は、10μmに設定した。さらに、各実施例1〜5では、電極保持手段16に形成された各被分析対象電極16aの分析結果のうち一つに関してそれぞれ開示した。
【0039】
[実施例1]
まず、電解液5として、0.5mol/L硫酸カリウムを含んだ1mol/Lフェリシアン化カリウム溶液を用い、その電解液5中に参照電極10,対電極11,走査電極12,被分析対象電極16aを浸漬し、選択工程,走査工程を経てから、被分析対象電極16aに対して0V(vs.Ag/AgCl)と0.4V(vs.Ag/AgCl)とを交互に印加すると共に、走査電極12に対して0.45V(vs.Ag/AgCl)印加して検出工程を行うことにより、被分析対象電極16a,走査電極12における時間変化に対する電流変化を検出し、その結果を図5に示した。
【0040】
図5に示す結果から、被分析対象電極16aに0V(vs.Ag/AgCl)が印加された場合、その被分析対象電極16aにて下記<8>式に示す還元反応が起こると共に、その還元反応に共役し走査電極12にて下記<9>式に示す酸化反応が起きたことを読み取れる。
Fe(CN63-+e-→Fe(CN64- …… <8>
Fe(CN64-→Fe(CN63-+e- …… <9>。
【0041】
一方、被分析対象電極16aに0.4V(vs.Ag/AgCl)が印加された場合には、前記の<8>,<9>式に示す反応が起こらなかったことを読み取れる。
【0042】
したがって、本実施例1のような分析によれば、図6に示すように、被分析対象電極16aでのフェリシアンイオン(Fe(CN63-)の還元反応と走査電極12でのフェロシアンイオン(Fe(CN64-)の酸化反応とが起こり、それぞれの還元電流特性と酸化電流特性とを同時に検出できることを判明した。
【0043】
[実施例2]
まず、電解液5として、酸素飽和された0.1mol/L過塩素酸溶液を用い、その電解液5中に参照電極10,対電極11,走査電極12,被分析対象電極16aを浸漬し、選択工程,走査工程を経てから、被分析対象電極16aの電位を0.7V(vs.Ag/AgCl)から0.1V(vs.Ag/AgCl)に掃引(掃引速度15mV/sec)すると共に、走査電極12に対して1.0V(vs.Ag/AgCl)印加して検出工程を行うことにより、被分析対象電極16a,走査電極12における電流変化(被分析対象電極16aの電位変化に対する電流変化)をそれぞれ検出し、その結果を図7に示した。
【0044】
図7に示す結果から、被分析対象電極16aにて前記<5>式に示す還元反応が起こると共に、その還元反応に共役し走査電極12にて前記<6>式に示す酸化反応が起きたことを読み取れる。したがって、本実施例2のような分析によれば、図8に示すように、被分析対象電極16aでの2電子酸素還元反応と走査電極12での過酸化水素の酸化反応とが起こり、それぞれの還元電流特性と酸化電流特性とを同時に検出できることを判明した。なお、図7に示す結果においては、非特許文献8のチャンネルフロー二重電極法による結果と同様であることを確認できた。
【0045】
[実施例3]
まず、電解液5として、酸素飽和された0.1mol/L過塩素酸溶液を用い、その電解液5中に参照電極10,対電極11,走査電極12,被分析対象電極16aを浸漬し、選択工程,走査工程を経てから、被分析対象電極16aの電位を0.7V(vs.Ag/AgCl)から0.1V(vs.Ag/AgCl)に掃引(掃引速度15mV/sec)すると共に、走査電極12に対して1.0V(vs.Ag/AgCl)印加して検出工程を行うことにより、被分析対象電極16a,走査電極12における電流変化(被分析対象電極16aの電位変化に対する電流変化)をそれぞれ検出し、その結果を図9に示した。
【0046】
図9に示す結果において、走査電極12での電流変化が検出されていないことから、被分析対象電極16aでは、前記<5>式に示す還元反応は起こらず、前記<4>式に示す還元反応のみが起きたことを読み取れる。ここで、本実施例3と前記実施例2との比較により、白金から成る電極は、金から成る電極よりも、酸素還元能が高く副生成物生成能が小さいことを立証できた。なお、図9に示す結果においては、非特許文献7,8のチャンネルフロー二重電極法による結果と同様であることを確認できた。
【0047】
[実施例4]
まず、電解液5として、0.5mol/L硫酸カリウムを含んだ1mol/Lフェリシアン化カリウム溶液を用い、その電解液5中に参照電極10,対電極11,走査電極12,被分析対象電極16aを浸漬し、選択工程,走査工程を経てから、被分析対象電極16aの電位を0.4V(vs.Ag/AgCl)から0V(vs.Ag/AgCl)に掃引(掃引速度15mV/sec)すると共に、走査電極12に対して0.4V(vs.Ag/AgCl)印加して検出工程を行うことにより、被分析対象電極16a,走査電極12における電流変化(被分析対象電極16aの電位変化に対する電流変化)をそれぞれ検出し、その結果を図10に示した。
【0048】
図10に示す結果から、その被分析対象電極16aにて前記<8>式に示す還元反応が起こると共に、その還元反応に共役し走査電極12にて前記<9>式に示す酸化反応が起きたことを読み取れる。したがって、本実施例4のような分析によれば、前記の実施例1同様に、被分析対象電極16aでのフェリシアンイオン(Fe(CN63-)の還元反応と走査電極12でのフェロシアンイオン(Fe(CN64-)の酸化反応とが起こり、それぞれの還元電流特性と酸化電流特性とを同時に検出できることを判明した。また、実施例1の再現性が得られたことを判明した。
【0049】
[実施例5]
まず、電解液5として、0.1mol/L過塩素酸溶液を用い、その電解液5中に参照電極10,対電極11,走査電極12,被分析対象電極16aを浸漬し、選択工程,走査工程を経てから、被分析対象電極16aの電位を0.7V(vs.Ag/AgCl)から0.1V(vs.Ag/AgCl)に掃引(掃引速度15mV/sec)すると共に、走査電極12に対して1.0V(vs.Ag/AgCl)印加して検出工程を行うことにより、被分析対象電極16a,走査電極12における電流変化(被分析対象電極16aの電位変化に対する電流変化)をそれぞれ検出し、その結果を図11に示した。
【0050】
図11に示す結果から、その被分析対象電極16aにて前記<5>式に示す還元反応が起こると共に、その還元反応に共役し走査電極12にて前記<6>式に示す酸化反応が起きたことを読み取れる。したがって、本実施例5のような分析によれば、前記の実施例2同様に、被分析対象電極16aでの2電子酸素還元反応と走査電極12での過酸化水素の酸化反応とが起こり、それぞれの還元電流特性と酸化電流特性とを同時に検出できることを判明した。また、実施例2の再現性が得られたことを判明した。
【0051】
以上、本発明において、記載された具体例に対してのみ詳細に説明したが、本発明の技術思想の範囲で多彩な変形および修正が可能であることは、当業者にとって明白なことであり、このような変形および修正が特許請求の範囲に属することは当然のことである。
【0052】
例えば、実施例では被分析対象電極の還元反応,走査電極の酸化反応による分析を行ったが、被分析対象電極の酸化反応,走査電極の還元反応による分析においても同様の結果が得られることは明らかである。
【0053】
また、被分析対象電極としては、種々の電極を適用することができ、例えば、金属,合金,金属酸化物,炭素,金属錯体のうち何れかから成る電極、または、その電極に電極用触媒を担持したものが適用される。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本実施形態における分析装置および分析方法の一例を示す概略説明図。
【図2】図1の装置における走査工程の一例を示す概略説明図。
【図3】図1の装置における分析結果の一例を示す概略説明図。
【図4】電極保持手段に保持された被分析対象電極の一例を示す概略説明図。
【図5】実施例1の分析結果を示す電流変化特性図。
【図6】実施例1の酸化還元反応を示す概略説明図。
【図7】実施例2の分析結果を示す電流変化特性図。
【図8】実施例2の酸化還元反応を示す概略説明図。
【図9】実施例3の分析結果を示す電流変化特性図。
【図10】実施例4の分析結果を示す概略説明図。
【図11】実施例5の分析結果を示す概略説明図。
【図12】一般的な回転電極法による分析装置の概略説明図。
【図13】一般的なチャンネルフロー二重電極法による分析装置の概略説明図。
【図14】一般的なSECMの概略説明図。
【図15】従来型SECM応用技術による分析装置の一例を示す概略説明図。
【図16】従来型SECM応用技術による分析装置の他例を示す概略説明図。
【符号の説明】
【0055】
5…電解液
10…参照電極
11…対電極
12…走査電極
13b…バイポテンシオスタット
16a…被分析対象電極
17…電位印加対象選択手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解液中に浸漬される対電極,参照電極,走査電極,それぞれ互いに絶縁された複数個の被分析対象電極と、
前記の各被分析対象電極のうち何れかを選択し、その選択した被分析対象電極に対してのみ定電位が印加または電位が掃引されるように設定する電位印加対象選択手段と、を備え、
前記の電位印加対象選択手段により選択された被分析対象電極に定電位を印加または電位掃引すると共に、その選択された被分析対象電極上に走査電極を位置させ定電位を印加して、
前記の選択された被分析対象電極,走査電極における電流変化をそれぞれ検出できることを特徴とする電極の分析装置。
【請求項2】
前記の各被分析対象電極は、絶縁性基板上に形成されたことを特徴とする請求項1記載の電極の分析装置。
【請求項3】
前記の電位印加対象選択手段は、チャンネル切替器であることを特徴とする請求項1または2記載の電極の分析装置。
【請求項4】
前記の走査電極は、金属線の外周面を絶縁材料で被覆して成り、その金属線の一端部側が露出していることを特徴とする請求項1〜3の何れかに記載の電極の分析装置。
【請求項5】
前記の被分析対象電極は、金属,合金,金属酸化物,炭素,金属錯体のうち何れかから成る電極、または、その電極に電極用触媒を担持したものであることを特徴とする請求項1〜4の何れかに記載の電極の分析装置。
【請求項6】
電解液中に対して、対電極,参照電極,走査電極を浸漬すると共に、複数個の被分析対象電極をそれぞれ互いに絶縁して浸漬し、
前記の走査電極に定電位を印加すると共に、被分析対象電極に定電位を印加または電位を掃引して、走査電極,被分析対象電極の電極反応による電流変化を検出する方法であって、
前記の各被分析対象電極のうち何れか選択し、その選択された被分析対象電極に対してのみ定電位の印加または電位の掃引を可能にする選択工程と、
前記の走査電極を走査して、前記の選択された被分析対象電極上に位置させる走査工程と、
前記の選択された被分析対象電極に対し定電位を印加または電位を掃引すると共に、走査電極に対して定電位を印加し、電解液中の電気化学物質と被分析対象電極との電極反応による電流変化を検出すると共に、その被分析対象電極で生成される副生成物と走査電極との電極反応による電流変化を検出する検出工程と、
を有することを特徴とする電極の分析方法。
【請求項7】
前記の各被分析対象電極は、絶縁性基板上に形成されたことを特徴とする請求項6記載の電極の分析方法。
【請求項8】
前記の選択工程では、チャンネル切替器を用いて各被分析対象電極のうち何れか選択することを特徴とする請求項7または8記載の電極の分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2009−98087(P2009−98087A)
【公開日】平成21年5月7日(2009.5.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−272073(P2007−272073)
【出願日】平成19年10月19日(2007.10.19)
【出願人】(304023994)国立大学法人山梨大学 (223)
【出願人】(591031212)北斗電工株式会社 (20)