説明

電歪素子及び電気歪生成方法

【課題】電場1Vあたりの結晶の長さの変化が飛躍的に増大した電歪素子を提供する。
【解決手段】電場に応じて歪を生成する電歪素子は、電気導体の特性を有する有機分子物質を含み、この電気導体の特性を有する有機分子物質は、θ-(BEDT-TTF)2CsM(SCN)4 (M=Zn and Co)を含んでおり、有機分子物質の1ボルトあたりの結晶長さ変化量は、10−6m/ボルト以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電場に応じて歪を生成する電歪素子、及び電歪素子に電場を与えて歪を生成する電気歪生成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電歪素子(ピエゾ素子)が広く知られている。強誘電体は、電場を作用させると歪む性質があり、電歪素子には一般にこの強誘電体を用いる。
【0003】
電歪素子は、電場を結晶に加えたときに、正電荷を帯びるイオンと、負電荷を帯びるイオンとが中心対称を失うように位置を変化させる(変位する)ことによって、電場による結晶の変形を実現している。
【非特許文献1】「物性科学入門シリーズ、物質構造と誘電体入門」、高重正明、裳華房、2003年、46頁〜49頁
【非特許文献2】「第8版 キッテル固体物理学入門 下」、Charles Kittel 宇野 良清、津谷 昇、新関 駒二郎、森田 章(東北大学名誉教授)、山下 次郎(東京大学名誉教授) 訳、丸善(株)出版事業部、2005年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
強誘電体を用いた従来の電歪素子(ピエゾ素子)は、電場1Vあたりの結晶の長さの変位差が、10−10m/Vと小さいという問題がある。
【0005】
本発明の目的は、電場1Vあたりの結晶の長さの変化が飛躍的に増大した電歪素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る電歪素子は、電場に応じて歪を生成する電歪素子において、電気導体の特性を有する有機分子物質を含むことを特徴とする。
【0007】
上記の特徴によれば、電場に応じて歪を生成する電歪素子を、電気導体の特性を有する有機分子物質によって構成したので、電気導体の特性を有する有機分子物質中の電子の秩序状態を、電流により撹乱することにより、結晶格子の歪みを生み出すことができる。従って、電場1Vあたりの結晶の長さの変化が飛躍的に増大した電歪素子を提供することができる。
【0008】
本発明に係る電歪素子では、前記有機分子物質は、θ-(BEDT-TTF)2CsM(SCN)4(M=Zn and Co)を含むことが好ましい。
【0009】
上記構成によれば、電場1Vあたりの結晶の長さの変化が飛躍的に増大した電歪素子を容易に提供することができる。
【0010】
本発明に係る電歪素子では、前記有機分子物質の1ボルトあたりの結晶長さ変化量は、10−6m/ボルト以上であることが好ましい。
【0011】
上記構成によれば、電場1Vあたりの結晶の長さの変化が飛躍的に増大した電歪素子を容易に提供することができる。
【0012】
本発明に係る電気歪生成方法は、電気導体の特性を有する有機分子物質を含む電歪素子に電場を与えて歪を生成することを特徴とする。
【0013】
この特徴によれば、電場に応じて歪を生成する電歪素子を、電気導体の特性を有する有機分子物質によって構成したので、電気導体の特性を有する有機分子物質中の電子の秩序状態を、電流により撹乱することにより、結晶格子の歪みを生み出すことができる。従って、電場1Vあたりの結晶の長さの変化が飛躍的に増大した電気歪生成方法を提供することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る電歪素子は、以上のように、電場に応じて歪を生成する電歪素子を、電気導体の特性を有する有機分子物質によって構成したので、電場1Vあたりの結晶の長さの変化が飛躍的に増大した電歪素子を提供することができるという効果を奏する。
【0015】
本発明に係る電気歪生成方法は、以上のように、電気導体の特性を有する有機分子物質を含む電歪素子に電場を与えて歪を生成するので、電場1Vあたりの結晶の長さの変化が飛躍的に増大した電気歪生成方法を提供することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の一実施形態について図1ないし図5に基づいて説明すると以下の通りである。
【0017】
図1は、実施の形態に係る電歪素子を説明するための図である。電歪素子1は、電場生成器2によって生成された電場3に応じて歪を生成する。電歪素子1は、電気導体の特性を有する有機分子物質によって構成されている。この電気導体の特性を有する有機分子物質は、θ−(BEDT−TTF)CsM(SCN)(M=Zn and Co)を含んでいる。
【0018】
従来の電歪素子(ピエゾ素子)は、強誘電性のイオンが外部電場によりその位置を変化させることを原理として用いている。本発明者は、強誘電性のイオンを用いるのではなく、電気導体の特性を有する有機分子物質中の電子の秩序状態が、電流により撹乱されることにより、結晶格子の歪みが生み出されることを利用する。本発明者は、この現象が、θ−(BEDT−TTF)CsM(SCN) (M=Zn and Co)に現れることを見出した。
【0019】
この電気導体の特性を有する有機分子物質であるθ−(BEDT−TTF)CsM(SCN) (M=Zn and Co)に電流を流すと、結晶体積が変化する。この動作の確認温度は、10K付近である。θ−(BEDT−TTF)CsM(SCN)(M=Zn and Co)の1ボルトあたりの結晶長さ変化量は、ΔL/LEex=10−6m/V以上となり、従来の物質の2桁〜4桁大きく、従来の物質よりも格段に大きい。
【0020】
ピエゾ効果は、格子変形が電界に比例して変化する現象である。この現象のおかげで、ピエゾ材料からなるデバイスの長さは、電界に応じて正確に変化し得る。ピエゾ効果は、圧力/応力センサ、超音波変換器、及び走査プローブ顕微鏡のような広い範囲の応用に使用されている。単純な調和的議論から、ピエゾ効果は、反転対称が無いことが要求され、従って、強誘電材料がピエゾになり得る。これに対して、金属、半導体は、電界が厳しく覆われるため、電歪性を示さなかった。ここで我々は、導電性有機塩の軸長が、電流(及び等価的な電界)に応じて変化することを示す。これは、格子と電界との間の新たなタイプの相関である。この有機塩の導電性のために、小さな電界が、有限の電流を引き起こし、これにより、格子パラメータの実質的な変化を引き起こし、有効なピエゾ係数は、すばらしく大きくなる。
【0021】
導電性の有機塩θ−(BEDT−TTF)CsM(SCN)(M=Zn and Co)は、電荷秩序導体として知られており、BEDT−TTFは、ビス(エチレンジチオ)テトラチアフルバレンを表わしている。
【0022】
図2(a)に模式的に示すように、この塩は、導電性のBEDT−TTF層及び絶縁性のCsM(SCN)層をb軸に沿って交互に積層されてなる層状の材料である。ギリシア文字θは、ac平面におけるBEDT−TTF分子のパッキングパターンを特定し、この場合は「三角格子」を表わす。BEDT−TTF分子の三角格子では、クーロン反力のため、低温において2分子ごとに1つの穴が配置される。この特別な塩では、電荷秩序の異なるパターンが競い、20Kよりも低い温度で非均質的に凍る。その1つは、外部電流によって溶け、巨大な非線形の導電性を生じる。電圧電流特性は、サイリスタ装置のそれと本質的に同じであるので、これを塩有機サイリスタと名づける。
【0023】
電荷秩序が電流によって溶けると、結晶セルの中の変化が期待される。類似の有機塩であるθ−(BEDT−TTF)RbZn(SCN)が、電荷秩序温度190Kで1次構造位相遷移を示す。そして、c軸に沿ったBEDT−TTF分子の交互回転が発達する。塩θ−(BEDT−TTF)CsM(SCN)(有機サイリスタ)では、電流の下で溶ける電荷秩序は、回転を解放する。このような現象は、非線形のV/I特性が現れている間に生じる。
【0024】
我々は、時間分解信号検出機構を伴うシンクロトロンX線回折実験を行った。格子パラメータのかすかな変化が、非線形V/I応答の間の高速度時間分解能を有するシンチレーション計数管によりモニタされ、この材料において示された。
【0025】
図2(b)は、実験装置を模式的に示す。0.1×0.2×3.3mmの寸法の試料が、c軸に沿って4本の電線に取り付けられており、その1つのエッジは、閉じた冷凍サイクルのヒートバスとしてはたらく銅ブロックにつながれている。試料と検出器とは、それぞれω及び2θ軸の周りにブラッグ条件を満足するように独立に回転する。我々は、シンクロトロン放射を、BL02B1、SPring−8におけるX線源(λ=0.06167nm)として使用し、Iexの外部電流のための散乱強度NIexは、0.14秒の集積時間を伴う3.75秒の間隔の前の0.25秒の電流パルスに同期したω及び2θの関数として記録される。ジュール熱は、平均的に10μWよりも小さいと評価される。これは、サンプル温度10mKまで増大し得る。
【0026】
図3(a)において、外部電流無しの場合の(004)反射に対する強度Nが、2θ−ω平面において示されている。これは、曲がった楕円体のように分配され、c軸の長さと方向とが試料における特徴的な変化を示している。これは、電荷秩序領域の非均質的分配と整合している。c軸に沿った分子回転の程度は、試料の領域から領域に渡って変化する。
【0027】
図3(b)において、N8mA(Iex=8mAを伴う散乱強度)は、Iexが、2θ=29.81〜29.79度の周りに高強度領域(赤領域)にシフトすることを示す。これは、8mAの外部電流がc軸に沿って格子を広げたことの明らかな証拠であり、これによって、この複合物において強い電流−格子結合が現れる。もう一つの顕著な特徴は、Iexが、2θ−ω平面における高強度領域を壊すことである。赤領域は、図3(b)における完全楕円体を横切って延び、図3(a)における楕円体の右半分に制限される。これは、Iexが、電荷秩序領域の分配を変更し、c軸の長さを実質的に改変することを意味する。
【0028】
exによって引き起こされたかすかな変化を視覚化するために、零電流強度Nを、供給された電流NIexから減算する。図4(a)に模式的に示されているように、もし、Iexが2θ方向に沿った強度を翻訳しているだけならば、ΔN=NIex−Nは、2θの関数として、一対のくぼみ(青)と頂(赤)になるであろう。くぼみと頂との幅は、2θ(Δ2θ)にほぼ等しい。実際、観測されたN及びN8mAから計算されたΔNは、図4(b)及び図4(c)に示されるように、2θ−ω平面における(8 0 0)及び(0 30 0)反射のための一対の青及び赤スポットによって大まかに表わされる。一方、図4(c)に示されるように、図3で議論された改変された非均質性による(0 0 4)反射のための2θ−ω平面内に多数の赤スポットが現れる。一方、青スポットは、はっきりと十分に定義されている。図4(b)〜図4(d)に矢印によって示されているように、それぞれ、a、b及びc軸の+0.009、0.02、及び−0.02度として青スポットの幅からΔ2θを評価する。または、等価的に、格子変形ΔL/L(=Δ2θ/2θ)は、それぞれ、a、b及びc軸の−0.03、0.02及び0.07%に評価される。c軸に沿ったΔ2θ=0.02度は、図3におけるピークシフトから評価された値と等しい。その結果、試料のボリュームは、8mAに対して0.06%増大したことが見出された。
【0029】
exにより引き起こされたエレクトロストリクションΔL/Lをピエゾ効果と比較する。まず、ΔL/Lは、試料(V)を横切る電圧降下に比例しない。図4(e)〜図4(g)に示すように、Iex=1mAのときのΔNは、Iex=8mAのときのΔNに類似している。これは、Δ2θがIex及びV(図5(a))に弱く依存していることを意味している。次に、格子は非均質的に引っ張り、その体積部分は、IexまたはVとともに増大する。図5(b)は、Vの関数としての青スポット|ΔN|の強度を示す。|ΔN|は、電圧とともに急速に増大する。従来のピエゾ効果は、格子の一様な変位を引き起こすので、ΔN、即ち、体積部分は、Vと独立である。第3に、Iex=8mAのときのΔL/Lは、強誘電材料の電歪定数に比較して驚くほどに巨大であることが立証された。ここで、Iex=8mAのときの効果的な電歪定数deffを評価する。ΔL/Lは10−4のオーダーであることは、既に評価されているので、外部電界Eexのオーダーのみを知ればよい。これは、試料長1.2mmでV=0.11Vのときに10V/mであることが知られる。そして、deffは、ΔL/L及びEexから10−6m/Vと得られる。これは、通常のピエゾ材料の電歪定数10倍である。この差異を考慮すれば、この現象は、「巨大ピエゾ効果」と呼び得る。
【0030】
これらの不規則性は、もっぱら外部電流によって溶けた電荷秩序に起因する。より高い電流がこの複合物の電荷秩序領域のより大きな部分を溶かすことを示した。従って、ΔNは、溶けた領域の体積部分に対応し、Iexを伴って増大することが期待される。一方、Δ2θは、溶解の前後における格子パラメータの差異によって決定され、すべての領域において等しく、Iex及びEexに弱く依存している。deff、「有効な」電歪定数は、Eexの小さい値及びEexに独立なΔ2θの値に対して非常に巨大であり得る。
【0031】
電流による電荷秩序の溶解からの巨大格子変動は、ピエゾ効果に類似の現象のための新規な設計コンセプトを示す。ピエゾ性は、機械的動作と電気的パワーとの間のエネルギ変換技術のための巨大な可能性を有している。この新たな発見は、イオン結晶内の原子の動きに起因する以前から知られていたピエゾ効果の小さな寸法に打ち勝つピエゾ効果の巨大な応答を示す。これは、相互電子システムにおける特性の1つである電荷秩序現象に適用される巨大なピエゾ応答を獲得する他の可能な原理の発見である。相互電子システムにおける電流−格子応答の巨大結合の探索は、近い将来、電気的パワーと機械的動作との直接エネルギ変換技術のための新規な構成を提供する。
【0032】
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。すなわち、請求項に示した範囲で適宜変更した技術的手段を組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明は、電場に応じて歪を生成する電歪素子、及び電歪素子に電場を与えて歪を生成する電気歪生成方法に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】実施の形態に係る電歪素子を説明するための図である。
【図2】(a)は上記電歪素子に含まれる導電性の有機塩θ−(BEDT−TTF)CsM(SCN)(M=Zn and Co)の構成を示す図であり、(b)は上記導電性の有機塩θ−(BEDT−TTF)CsM(SCN)(M=Zn and Co)のための実験装置の構成を示す図である。
【図3】(a)は外部電流無しの場合の(004)反射に対する強度Nを、2θ−ω平面において示すグラフであり、(b)は外部電流Iex=8mAの場合の強度Nを示すグラフである。
【図4】(a)はIexによって引き起こされたかすかな変化を視覚化するためのグラフであり、(b)〜(g)は観測されたN及びN8mAから計算されたΔNを示すグラフである。
【図5】(a)はΔ2θと電圧との間の関係を示すグラフであり、(b)は|ΔN|と電圧との間の関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0035】
1 電歪素子
2 電場生成器
3 電場

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電場に応じて歪を生成する電歪素子において、
電気導体の特性を有する有機分子物質を含むことを特徴とする電歪素子。
【請求項2】
前記有機分子物質は、θ-(BEDT-TTF)2CsM(SCN)4(M=Zn and Co)を含む請求項1記載の電歪素子。
【請求項3】
前記有機分子物質の1ボルトあたりの結晶長さ変化量は、10−6m/ボルト以上である請求項1記載の電歪素子。
【請求項4】
電気導体の特性を有する有機分子物質を含む電歪素子に電場を与えて歪を生成することを特徴とする電気歪生成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−164429(P2009−164429A)
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−1653(P2008−1653)
【出願日】平成20年1月8日(2008.1.8)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年8月21日 社団法人 日本物理学会発行の「日本物理学会講演概要集第62巻第2号第4分冊第62回年次大会」に発表
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【出願人】(899000068)学校法人早稲田大学 (602)