説明

電気化学発光物質の発光で蛍光物質を励起する化合物

【課題】供与体の蛍光波長で受容体を励起させるための外部光源装置を必要とせずFRET測定が可能となる化合物を提供する。
【解決手段】互いの距離によって各々の蛍光量が異なる電気化学発光物質と蛍光物質とから成る化合物で、電気化学発光物質と蛍光物質の距離が近い時、好ましくは5nm以下の場合には蛍光量が増加し、且つ電気化学発光物質と蛍光物質の距離が遠い時、好ましくは50nm以上の場合には蛍光量が低下する蛍光物質とからなる化合物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気化学発光物質の発光波長で蛍光色素を励起させ、蛍光を得る化学物質に関する。さらに詳しくは、本発明は、電気エネルギーを用いて電気化学発光物質を発光させ、この発光波長と蛍光物質の励起波長が重なっているため、蛍光共鳴エネルギー転移が生じて蛍光物質を励起可能な化合物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、生化学アッセイに用いられる光の測定法には、吸光・蛍光法や発光法等がある。発光法による測定は、高感度に測定が可能であることが知られている。この内電気エネルギーによって励起され発光する現象を、電気化学発光と呼ぶ。電気化学発光する物質としてルテニウム錯体やオスミウム錯体が挙げられる。電気化学発光の反応は、例えば電気化学発光を示す代表的な物質にルテニウムビピリジル錯体(Ru(bpy)3)2+ がある。電気化学発光の作用機序は、電極上でトリプロピルアミン等によりラジカルを発生させ、ルテニウムビピリジル錯体に電子を渡し、励起状態(Ru(bpy)3)3+となり、基底状態(Ru(bpy)3)2+に戻る時に発光を生じる(例えば、非特許文献1及び非特許文献2参照)。この様に電気化学発光は、電気化学エネルギーにより発光種を励起し、その励起状態が放射失括する際に可視光線を放出する。発光種の励起には電気化学エネルギーを利用するため、吸光法や蛍光法に比べバックグランドノイズを減らすことが可能である。
【0003】
このため、電気化学発光法は、吸光法や蛍光法よりも高感度に測定が可能となる。電気化学発光による測定は、DNA等の核酸測定や、抗原や抗体の測定として種々のアッセイに利用されつつある(例えば、非特許文献3参照)。また、蛍光法の一種である、蛍光共鳴エネルギー移動(Fluorescence resonance energy transfer:以下FRET)は、供与体となる分子の蛍光スペクトルと受容体となる分子の励起スペクトルに重なりがあり、それらの分子が近傍にある場合、供与体を励起するとエネルギーが受容体に移動して受容体となる分子が励起される現象である。異なる周波数(波長)で蛍光を発する2つの蛍光物質が一方の標識から他方へエネルギーを転移することができるのに十分に互いに隣接している場合に検出可能である。
【0004】
FRETは、エネルギーが励起した供与体分子から受容体分子への移動である無放射プロセスである。この移動の効率は、エネルギー供与体と受容体分子との間の距離に依存する。エネルギー移動速度は、供与体と受容体との間の距離の関数で表され、エネルギー移動効率は、距離の変化に非常に感度が高く、エネルギー移動は、1−10nmの距離範囲で検出可能な効率が得られるといわれている(例えば、特許文献1参照及び特許文献2参照。)。
【非特許文献1】Anal.Chem.,2004,76,5379−5386
【非特許文献2】Chem.Rev.,2004,104,3003−3036
【非特許文献3】Nucleic Acids Res.,22、3155−3159
【特許文献1】特表2006−505775号公報
【特許文献2】特表2005−538735号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前記従来の構成では、供与体の蛍光波長で受容体を励起させるために、別途外部光源装置が必要となる。このため、外部光源装置のノイズをカットするために、フィルターを入れる必要があるという課題があった。
【0006】
本発明は、前記従来の課題を解決するため、供与体の蛍光波長で受容体を励起させるための外部光源装置を必要とせずFRET測定が可能となる化合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は前記課題を解決するため、外部の励起光を必要とせず、電気化学発光の波長のみで、受容体を励起させることが可能であり、下記の化学式(化1)を満足する化合物であることを特徴とする。
【0008】
【化1】

【発明の効果】
【0009】
本発明の測定方法は、電気化学発光による受容体の蛍光測定であるため、外部励起光のノイズを受けない高感度測定が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下に、本発明の免疫測定装置の実施の形態を図面とともに詳細に説明する。
【0011】
(実施の形態1)
(電気化学発光物質と蛍光物質の合成)
前記化合物は、以下のようにして得る。まず、THF60.0mLに溶解させた4,4’−ジメチル−2,2’ビピリジン2.50g(13.5mmol)溶液を窒素雰囲気の容器に注入した後、リチウムジイソプロピルアミド2M溶液16.9mL(27.0mmol)を滴下し、冷却しながら30分撹拌した。
【0012】
一方、同様に窒素気流中で乾燥させた容器に、1,3−ジブロモプロパン4.2mL(41.1mmol)とTHF10mLとを加え、冷却しながら撹拌させた。この容器に、先程の反応液をゆっくり滴下させて2.5時間反応させた。反応溶液は2Nの塩酸で中和し、THFを留去した後、クロロホルムで抽出した。溶媒を留去して得た粗生成物をシリカゲルカラムで精製し、生成物Aを得た(収率47%)。窒素雰囲気の容器に、前記生成物A1.0g(3.28mmol)、フタルイミドカリウム0.67g(3.61mmol)、及びジメチルホルムアミド(脱水)30.0mLを加え、オイルバスで18時間還流した。
【0013】
反応後、クロロホルムで抽出し、0.2N水酸化ナトリウム50mLで蒸留水洗浄した。溶媒を留去して酢酸エチルとヘキサンから再結晶を行い、生成物Bを得た(収率61・5%)。塩化ルテニウム(III)(2.98g、0.01mol)、及び2,2’−ビピリジン(3.44g、0.022mol)をジメチルホルムアミド(80.0mL)中で6時間還流した後、溶媒を留去した。その後、アセトンを加え、一晩冷却することで得られた黒色沈殿物を採取し、エタノール水溶液170mL(エタノール:水=1:1)を加え1時間加熱還流を行った。ろ過後、塩化リチウムを20g加え、エタノールを留去し、さらに一晩冷却した。
【0014】
析出した黒色物質は吸引ろ過で採取し、生成物Cを得た(収率68.2%)。窒素置換した容器に、前記生成物B0.50g(1.35mmol)、前記生成物C0.78g(1.61mmol)、及びエタノール50mLを加えた。9時間窒素雰囲気で還流した後、溶媒を留去し、蒸留水で溶解させ、1.0Mの過塩素酸水溶液で沈殿させた。この沈殿物を採取し、メタノールで再結晶を行い、生成物Dを得た(収率81.6%)。さらに、前記生成物D1.0g(1.02mmol)、及びメタノール70.0mLを1時間還流した。室温まで冷却した後、ヒドラジン一水和物0.21mL(4.21mmol)を加え再び13時間還流した。反応後、蒸留水を15mL加え、メタノールを留去した。
【0015】
次に、濃塩酸を5.0mL加え、2時間還流して得られた反応液を一晩冷蔵し、不純物を自然ろ過で除去した。これを炭酸水素ナトリウムで中和した後、水を留去し、無機物をアセトニトリルで除去した。溶媒を留去して得た粗生成物をシリカゲルカラムで精製し、生成物Eを得た(収率71.4%)。アルミホイルで遮光した容器に、前記生成物E0.65g(0.76mmol)を加え、アセトニトリル10mLに溶解させた。
【0016】
次に、トリエチルアミン0.23g(2.29mmol)を加えた後、アセトニトリル20mLに溶解したグルタル酸無水物0.87g(7.62mmol)を滴下した。9時間反応後、エバポレーターでアセトニトリルを留去して得た粗生成物を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で精製し、(化2)に示す電気化学的に活性である物質を得た(収率87.5%)。
【0017】
【化2】

【0018】
表1は、前述のようにして得た化2に示す物質の1H‐NMR結果である。
【0019】
【表1】

【0020】
NMRの結果より、(化2)が得られたことが判明した。
【0021】
続いて、標識剤化2と蛍光物質を以下のようにして結合させた。まず、蛍光物質であるTexas Red 283μg(29.7pmol)を蒸留水0.2mLに溶解させ、1mMに調製した化2の水溶液に、N−ヒドロキシスクシンイミド0.3mg(2.6μmol)、WSC5.1mg(26.7μmol)、0.1Mトリエチルアミン0.9μL(90.0pmol)を添加し、2日間室温で反応させた。HPLCで精製後、目的物のフラクションを採取し、溶液を留去して標識剤と蛍光物質が直接結合した(化3)を得た(収率79.8%)。
【0022】
【化3】

【0023】
以下に本発明の(化3)を用いた電気化学発光測定について、その詳細を説明する。図1に測定に利用した電極の構造図を示す。電極は、作用極1、対極2及び参照極3とから成る。この電極に用いる材料は、特に限定されず、例えば、金、白金、白金黒、パラジウム、ロジウムのような貴金属や、グラファイト、グラシーカーボン、パイロリティックグラファイト、カーボンペースト、カーボンファイバーのような炭化物や、酸化チタン、酸化スズ、酸化マンガン、酸化鉛のような酸化物や、Si、Ge、 ZnO、 CdS、TiO、GaAsのような半導体等が挙げられる。
【0024】
また、例えば、ステンレス鉄線全般、純ニッケル、モネルメタル、チタニウム、銅、真鍮、アルミニウム及び同合金線、鉄線、亜鉛めっき鉄線などで作製されたメッシュ金網や、該メッシュ金網を金、白金、ニッケル、パラジウム、ロジウム、銅、銀、クロム、亜鉛、錫、半田、鉛などのメッキが可能な単一金属やこれらの合金で被覆するのでもよい。また、電鋳法により作製することも可能であり、例えば金、ニッケル、銅、鉄、銀、コバルト、亜鉛などの単一金属やそれらの組み合わせでもよい。また被覆の方法としては他に、真空蒸着法または浸漬法なども挙げられる。
【0025】
本実施例では、金電極を使用した。作製には、ガラス基板上にスパッタ装置(アルバック製SH−350)によりチタン10nmを下地に金200nmを形成し、フォトリソグラフィ工程により電極パターンを形成した。
【0026】
この作用極1に、(化3)を滴下し固定させる。固定化手法は特に限定されず、公知の方法が利用できる。例えば、電極上で乾燥させる手法や、電極上に導電性のある樹脂をコーティングし、その樹脂と物理吸着させる手法、カチオン若しくはアニオン性の樹脂を電極に塗布し、静電的に吸着させる手法、電極に正若しくは負電荷を帯びさせて、電気的に吸引させる手法等が挙げられる。さらに、固相が金電極である場合には、(化3)にチオール基を導入すると、金とイオウとの共有結合を介して、(化3)が該金電極に固定される。この(化3)にチオール基を導入する方法は、文献(M.Maeda et al.,Chem.Lett.,1805〜1808(1994)及びB.A.Connolly,Nucleic Acids Res.,13,4484(1985))に記載されているものを利用すれば良い。前記方法によって得られたチオール基を有する(化3)を、金電極に滴下し、低温下で数時間放置することにより、(化3)が電極に固定される。
【0027】
作用極1に(化3)を5μL滴下(最終濃度:1E−7 M)し、60度中で5分静置させ、乾燥させた。さらに、電極表面をピラニア溶液(過酸化水素:濃硫酸=1:3)で1分間洗浄し、純水ですすいだ後、窒素ブローで乾燥させた。作用極に電解液をそれぞれ75μL滴下した。その後、電圧を印加し、この時に生じた電気化学発光の測定を行った。なお、電圧の印加は、0Vから1.3Vまで走査し、3秒間電気化学測定を行った。電気化学発光量の測定は、光電子増倍管(浜松ホトニクス製H7360−01)を用いて行い、電圧掃印中における最大発光量を測定した。電解液の組成はリン酸緩衝液(0.1M pH7.4)に0.1Mのトリエチルアミンを溶解させたものを使用した。
【0028】
また、電気化学活性物質由来の電気化学的な信号は、添加する種類により異なるが、酸化還元電流を生じる電気化学活性物質を用いた場合には、ポテンショスタット、ファンクションジェネレータ等からなる計測系で測定できる。一方、電気化学発光を生じる電気化学活性物質を用いた場合には、フォトマルチプライヤー等を用いて計測が可能である。
【0029】
以上、説明した金電極を持つ測定プレートを用いて、次の物質の蛍光強度(A.U.)を測定した。Ru錯体の発光波長である620nmを除去するために、660nmの光学フィルターを用いて蛍光測定を行った。
【0030】
(1)電気化学発光物質(Ru錯体単体)
(2)本発明(化3)である電気化学発光物質と蛍光物質の化合物
(3)蛍光化合物
(4)電気化学発光物質と蛍光物質の混合物
結果を図2に示す。(1)のRu錯体単体(最終濃度:1E−7 M)と(3)蛍光化合物のみでは、蛍光は測定されていない。(1)のRu錯体単体では、電気化学発光が起こり、620nmの最大発光波長を生じるが、光学フィルターにより650nm以下の波長が除去されているため、蛍光が測定されない。また、(3)蛍光化合物のみでは、励起波長が無いため、蛍光が測定されていない。(2)の本発明の(化3)では、650nm以降蛍光が得られた。また、電気化学発光物質と蛍光物質を共有結合していないフリーな物質の混合物では、(2)の蛍光強度に比べ約100分の1程度であった。本発明である(化3)は、外部の励起光を必要とせず、電気化学発光の波長のみで、受容体を励起させ、蛍光を得ることが可能である。これは、従来のFRETによる蛍光測定と同等の蛍光が得られた。従って、外部励起光によるノイズの影響が無く、蛍光測定が可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明の化合物は、電気化学発光の波長を利用して蛍光物質を励起するため、外部励起光のノイズが少なく高感度に蛍光測定する装置として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】測定に利用した電極の構造を示す図
【図2】各物質の蛍光強度図
【符号の説明】
【0033】
1 作用極
2 対極
3 参照極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気化学発光物質と蛍光物質が化1を満足する電気化学発光物質の発光で蛍光物質を励起する化合物。
【化1】

【請求項2】
前記蛍光物質の励起波長は、前記電気化学発光物質の発光波長と重なり蛍光を発する物質である請求項1に記載の電気化学発光物質の発光で蛍光物質を励起する化合物。
【請求項3】
前記電気化学発光物質と前記蛍光物質との距離に応じて蛍光量が異なる請求項1に記載の電気化学発光物質の発光で蛍光物質を励起する化合物。
【請求項4】
前記電気化学発光物質と前記蛍光物質との距離が近い時、好ましくは5nm以下の場合、蛍光物質の蛍光量が増加する請求項1に記載の電気化学発光物質の発光で蛍光物質を励起する化合物。
【請求項5】
前記電気化学発光物質と前記蛍光物質との距離が遠い時、好ましくは50nm以上の場合、蛍光物質の蛍光量が低下する請求項1に記載の電気化学発光物質の発光で蛍光物質を励起する化合物。
【請求項6】
前記電気化学発光物質がルテニウムを含む請求項1に記載の電気化学発光物質の発光で蛍光物質を励起する化合物。
【請求項7】
前記電気化学発光標識がオスミウムを含む請求項1に記載の電気化学発光物質の発光で蛍光物質を励起する化合物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−234934(P2009−234934A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−79627(P2008−79627)
【出願日】平成20年3月26日(2008.3.26)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】