説明

電気化学的測定方法およびそれを使用した測定装置

【課題】妨害成分を阻止する選択透過膜を設けることなく、さらに妨害成分による応答電流を特に測定することなく、標的成分を簡単に測定することを可能にする電気化学的測定方法および装置を提供することを課題とする。
【解決手段】作用極、参照極および対極からなる電極系を用い、作用極に電位を印加して標的成分の電気化学的酸化または還元に伴う電流信号を検出する電気化学的測定方法において、標的成分の酸化または還元による電流信号が異なるように選択される、値の異なる少なくとも2つの電位を印加し、得られた値の異なる少なくとも2つの応答電流の差から、試料中に含まれる標的成分の濃度を求めることを特徴とする電気化学的測定方法および装置を提供する。この方法によって標的成分以外の物質の酸化または還元によって生じる電流信号を除去することが可能になった。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の分析に係り、特に複数の成分を含む試料から標的成分を簡単な方法で測定する、電気化学的測定方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電極を検出素子として用い、電極界面で起こる反応に基づく電流または電位変化を検知して各種物質を電気化学的に検出し測定する方法が知られている。例えば、白金電極上で起こる過酸化水素の酸化電流を測定して、過酸化水素濃度を電気化学的に求める方法があり、それに基づいた装置(過酸化水素電極)が開発されている。
【0003】
過酸化水素電極は、一般的に作用極、対極及び参照極からなる3極構造を有する。これら3つの電極は、例えばポテンシオスタット回路に接続され、予め参照極と作用極との間に一定の電位(例えばAg/AgCl参照極に対して0.6V)が印加されており、作用極の表面に到達した過酸化水素が、「化1」に示すような反応で酸化され、過酸化水素の2倍のモル数の電子が発生し、電子情報(電流値)に変換される。電子情報は一般的に過酸化水素が作用極表面に接する前(ベース電流)と接した後の電流値の比較で取り出される。
【0004】
【化1】

【0005】
また、過酸化水素電極と、過酸化水素生成酵素を含む生体触媒とを組み合わせてなるバイオセンサが開発され、その代表例はグルコース酸化酵素と白金電極とを組み合わせたグルコースセンサである。すなわち、グルコースは「化2」により過酸化水素に変換され、変換された過酸化水素を過酸化水素電極で検出する。
【0006】
【化2】

【0007】
電流測定型トランスデューサの一種である過酸化水素電極は、過酸化水素の他に、尿酸やアスコルビン酸などの還元性物質(以下、妨害成分という)に対しても応答し電流が発生する。したがって、これらの妨害成分が多く存在する生体関連試料を始めとする試料中の成分を測定する場合、酵素電極の測定精度を確保するために、妨害成分の影響を除去することが課題である。
【0008】
上記課題を解決するために取られた最も一般的な手段は電極表面又はその近辺に共存妨害物質を排除し過酸化水素を選択的に或いは優先的に透過させる選択透過膜を設けることである。
【0009】
図11にこのタイプのバイオセンサの基本構造を示す。すなわち、電極と酵素膜の間に過酸化水素選択透過膜を設ける。その原理を簡単に説明すると、センサを被測定媒体に接触させると、標的成分、例えばグルコースが酵素膜の中へ拡散し、酵素膜に含まれる酵素、例えばグルコースオキシダーゼにより酸化され過酸化水素が生成される。生成された過酸化水素が過酸化水素選択透過膜を通り越して過酸化水素電極に達する。
【0010】
一方、共存妨害成分がグルコースと同様に酵素膜まで拡散するが、酵素膜と過酸化水素電極との間に設けられている選択透過膜により排除され、大半は電極表面に到達できない。これにより出力電流が標的成分に由来するものであることを保証し、測定精度が確保される。
【0011】
このタイプのバイオセンサの性能を決めるもっとも重要な指標の一つに妨害成分に対する選択率がある。ここで妨害成分に対する選択率とは、同濃度の妨害成分に対する応答電流と標的成分に対する応答電流の比として定義する。以下単に選択率ともいう。例えば、グルコースセンサの場合、妨害成分であるアスコルビン酸(ASA)に対する選択率は(ASA/GLC選択率)、単位濃度のアスコルビン酸に対する応答電流(IA)と同グルコース(GLC)に対する応答電流(IG)の比率で決める:
【0012】
ASA/GLC選択率(%)= IA/IG*100 1)
【0013】
選択率を決める最大の要因はいうまでもなく選択透過膜の妨害成分に対する透過阻止性能である。選択透過膜の性能を評価するパラメーターとして、単位濃度の妨害成分例えばアスコルビン酸に対する応答電流(IA)と同過酸化水素(HPO)に対する応答電流(IH)の比率(ASA/HPO選択率)がある:
【0014】
ASA/HPO選択率(%)= IA/IH*100 2)
【0015】
センサ表面に接するグルコースが酵素膜に入って膜内に含まれる酵素によって過酸化水素に変換されるが、多くの場合変更がその一部分である。また、変換された過酸化水素は拡散によって選択透過膜を通り越して電極表面に到達する部分よりも、酵素膜に接する外部(沖合い)に拡散しロスする部分が多いのである。グルコースの過酸化水素への有効変換率をを示す指標として、GLC/HPO変換率がある:
【0016】
GLC/HPO変換率(%)= IG/IH*100 3)
【0017】
したがって、センサの選択率はASA/HPO選択率とGLC/HPO変換率の積によって決める。
【0018】
妨害成分も過酸化水素と同様な低分子である場合が多いので、選択透過膜によって過酸化水素の透過も阻止してしまうことが多く、これを達成するためには最適な膜材料と製法を確立することがもちろん、一定性能を確保するためにはある程度膜を緻密または厚くする必要があり、結果的に過酸化水素に対する出力を低下させ、センサの性能を示すもう一つの指標であるセンサ感度を低下させる。また、選択透過膜が厚くなるほど、過酸化水素の電極表面へ拡散する抵抗が大きくなり、有効変換率を低下させることによってセンサ感度と選択率を同時に悪化させる影響がある。
【0019】
このような背景から、本原理に基づくセンサに対して、特に選択透過膜を中心に多く研究されてきた(非特許文献1参照)にも関わらず、実用的に成功できたものが数少ない。また、選択率を確保するためには高度で困難な量産技術を確立する必要があり、結果的にセンサの製造コストが高くなる。
【0020】
コストが高いので、このタイプのセンサは繰り返して使用することが普通である。しかし、使用中に選択率が上昇するなど、安定性に難点があり、使用寿命が短いというもう一つの課題がある。一般的に、酵素などの生体触媒を利用したバイセンサの安定性は酵素の安定性に依存すると考えがちだが、グルコースオキシダーゼなど、安定性の高い酵素が自然界に存在し、さらにバイオ技術の進歩でより安定性の高い生体触媒を製造することが可能になった今、選択透過膜の安定性がセンサ寿命を決定する障害要因になっている。
【0021】
妨害成分の影響を除去する別の方法として、酵素を固定化していない別の電極を同時に設けて、両電極の出力差から補正する方法が考えられるが、電極間の応答性と動作環境を一致させ、且つ安定させることが困難なので、誤差が大きくなり、さらに、システムが複雑になることも課題である。
【0022】
また、特許文献2では、金からなる作用極を使用し、過酸化水素とアスコルビン酸がともに反応する(1.1V)、おとびアスコルビン酸が反応するが、過酸化水素が反応しないもう一つの電位(0.3V)を交互に印加して測定し、0.3Vでの結果からアスコルビン酸の濃度を算出し、それをもって1.1Vでのアスコルビン酸の応答電流を求めて補正する方法が提案されている。これに似た手法はダイヤモンド電極を利用した測定でも提案されている(特許文献3)。しかし、これらの方法では、妨害成分に対してのみ反応する電位の存在が必要な上、大きく離れる二つの電位を印加する必要があるので、使用できる電極材料が限られている。例えば過酸化水素電極として最適とされる白金電極はこれらの方法では辛うじてアスコルビン酸の影響を除去することは可能でだが、電位を大きく切り替えると電極自身の酸化還元により非常に高い暗電流が流れるので、使用できない。また、他の妨害成分、例えば尿酸による影響の補正ができない。さらに、これらの方法では、標的成分に対してだけではなく、妨害成分に対しても最低2つの検量線を作成する必要があるので、合わせて最低3つの検量線を測定する前に作成する必要がある。また測定精度を維持するために校正を行う必要がある場合、その都度複数の校正動作を行うことになるので、測定システムが煩雑になる。
【非特許文献1】ACS Symposium Series, Vol.487, p125-132(1992)
【特許文献1】特開平7−103939
【特許文献2】特開平11−83799
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
本発明は、上記問題を解決するためになされたもので、本発明の課題は、妨害成分を阻止する選択透過膜を設けることなく、さらに妨害成分による応答電流を特に測定することなく、標的成分を簡単に測定することを可能にする電気化学的測定方法および装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0024】
上記目的を達成するために請求項1記載の発明の電気化学的測定方法によれば、作用極、参照極および対極からなる電極系を用い、作用極に電位を印加して標的成分の電気化学的酸化または還元に伴う電流信号を検出する電気化学的測定方法において、標的成分の酸化または還元による電流信号が異なるように選択される、値の異なる少なくとも2つの電位を印加し、得られた値の異なる少なくとも2つの応答電流の差から、試料中に含まれる一つまたは複数の標的成分の濃度を求めることを特徴とする、電気化学的測定方法が提供される。この方法によって標的成分以外の物質の酸化または還元によって生じる電流信号を除去することが可能になり、複数の酸化還元活性を持つ共存妨害物質が含まれる試料に対しても、標的成分を正確に測定することができる。
【0025】
上記目的を達成するために請求項2記載の発明の電気化学的測定方法によれば、作用極、参照極および対極からなる電極系と、過酸化水素生成酵素を含む生体触媒とを組み合わせてなる測定系をを用い、作用極に電位を印加して過酸化水素の電極酸化に伴う電流信号を検出して試料に含まれる前記過酸化水素生成酵素の基質となる物質を測定する電気化学的測定方法において、過酸化水素の酸化による電流信号が異なるように選択される、値の異なる少なくとも2つの電位を印加し、得られた少なくとも2つの応答電流の差から、試料中に含まれる過酸化水素生成酵素の基質となる物質の濃度を求めることを特徴とする、電気化学的測定方法が提供される。この方法によって過酸化水素以外の還元性物質の酸化または還元によって生じる電流信号を除去することが可能になり、還元活性を持つ共存物質が含まれる試料に対しても、使用されるセンサや電極に妨害成分対策を特に設けることなく標的成分を正確に測定することができる。
【0026】
請求項3記載の電気化学的測定方法は、請求項1または請求項2において、前記作用極の材料は白金を主成分とすることを特徴とする。白金電極は安定性に優れ、広い電位窓を持っているので、本発明による測定方法に使用される電極材料としてもっとも好ましい。
【0027】
また、請求項4記載の電気化学的測定方法は請求項1または請求項2において、前記値の異なる2つの印加電位の差が0.1から0.4Vの範囲にあることを特徴とする。電位変更に伴って、標的成分などの物質による電気化学的反応による電流の他に、電気二重層や電極自身の変化による電流が一時的に発生するが、2つの印加電位の差がこの範囲にあれば、このような一次的な電流を最小限に抑えることができる。同時に、標的成分による、それおぞれの電位に対応する電流には十分な差異が生じ、精度の高い測定ができる。
さらに、請求項5記載の電気化学的測定装置は、作用極、参照極および対極からなる電極系を用い、作用極に電位(検出電位)を印加して標的成分の電極酸化に伴う電流信号を測定する電気化学的測定装置であって、作用極の電位を参照極に対して任意の値に保持する機構、適当なタイミングで作用極に印加された電位を変更する機構、異なる印加電位から得られた複数の電流信号の差から、試料中に含まれる被測定成分の濃度を演算する機構を有することを特徴とするので、共存妨害成分が含まれる試料に対しても、標的成分を高精度に測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下図面などを用いて本発明を更に詳細に説明する。
【0029】
本発明で使用される電気化学的測定系は作用極、参照極および対極からなる。作用極の材料として白金、パラジウム、イリジウム、金などの貴金属、およびカーボン、ダイヤモンドが例として挙げられるが、安定性や使用のしやすさから白金がもっともよい。参照極としては銀/塩化銀電極、かんこう電極が例として挙げられるが、固体で成形しやすいことから、銀/塩化銀電極がもっとも好ましい。銀/塩化銀電極が安定的に機能するには一定濃度の塩素イオン、例えば塩化カリウム(KCl)と接触する必要があり、その基準電位(標準水素電極に対して)はKClの濃度に依存する(図9参照)。本発明では、特に言及しない限り、電位は飽和KClに対していう。対極として作用極と同じ材料、例えば白金を使用してよい。これらの電極はそれぞれ分離した形でポテンシオスタットに接続するか、ひとつの絶縁性基体に形成してもよい。図10にはセラミック基板上に形成された白金作用極、白金対極、および銀/塩化銀からなるプレーナー型電極系(プレーナー電極)を示す。プレーナー電極の場合、参照極に内部液を備える代わりに、一定濃度のKClを含む水溶液、例えば緩衝液に電極を接触させることによって、参照極の電位を一定に保つ方法を用いてもよい。
【0030】
白金作用極を使用した場合、過酸化水素、各種のアミン、尿酸やアスコルビン酸などの還元性物質を直接検出することができる。また、作用極表面あるいは表面近傍に過酸化水素生成酵素などを含む生体触媒を固定化することにより、過酸化水素形成酵素の基質となる色んな成分を検出対象とするバイセンサとして利用することができる。
【0031】
本発明による電気化学的測定方法は、標的成分の酸化または還元による電流信号が異なるように選択される、値の異なる少なくとも2つの電位を印加し、得られた値の異なる少なくとも2つの応答電流の差から、試料中に含まれる標的成分の濃度を求めることを特徴とする。例えば、測定される標的成分は一つの物質Aを含む試料を測定する場合、まず電位E1を印加し、得られた電流をI1とし、次に電位E2を印加し、得られた電流をI2とすると、以下の式によって標的成分Aの濃度CAを求める:
【0032】
CA=(I2−I1)/K 4)
【0033】
式中Kは標準試料の測定による検量線から決定される係数である。
【0034】
以下その基本的原理を図面に基づいて説明する。
【0035】
図1は物質Aの定常電流電位曲線である。定常電流電位曲線とは時間的影響を受けない電流電位曲線で、各電位における電流値は電極表面に接する媒体中の物質の濃度に比例する。濃度が一定であれば、図示するように、電流が電位によってきまる。定常電流電位曲線は電位をゆっくり走査する(例えば走査速度を5mV/s以下)、あるいは階段的に切り替えることによって求めることができる。電位の上昇とともに電流値が増大するが、ある一定電位になると電流値が最大になって増加が止まる。この最大電流値は限界電流という。電位を電流値がゼロよりも大きい(即ち物質Aが酸化される)任意の値に固定し、濃度を変えて測定すると、濃度と電流の関係を示す曲線、すなわち検量線が得られる。図2は図1の電位E1およびE2に対応する検量線を図式に示したものである。
【0036】
I1 = K1*C 5)
I2 = K2*C 6)
【0037】
選択された電位において、物質A以外の物質による電流がない、または無視できる場合、一点測定によって、どちらの検量線に基づいても濃度を求めることができるが、物質A以外に電極反応活性を示す共存成分(妨害成分)が存在する場合、測定された電流値に妨害成分による寄与が含まれるので、この方法では測定精度が大きく落ちる。
【0038】
図3には妨害成分Bが共存する場合の電流電位曲線を示す。物質Aと妨害成分Bが単独存在する場合の曲線はIAとIBであるが、共存した場合の電流IはIAとIBの合計になる。
【0039】
一般的に、2つの物質が共存する場合、それおぞれの電位における電流は両成分による電流の合計である:
【0040】
I1 = KA1*CA+KB1*CB 7)
I2 = KA2*CA+KB2*CB 8)
【0041】
KA1、KA2、KB1、KB2はそれぞれの標準試料による検量線から決められた係数である。この連立方程式を解くことによってそれぞれの濃度を求めることができる。例えば標的物質Aの濃度は以下の式によって求められる:
【0042】
CA = (KB1*I2-KB2*I1)/(KB1*KA2-KB2*KA1) 9)
【0043】
図3に示すように、妨害成分Bは標的成分Aとは異なるパターンの電流電位曲線を示すので、電位を適宜に選択することによって、電位E1とE2とでは、標的成分Aによる電流IA1とIA2とでは大きく異なるが、妨害成分Bによる電流IB1とIB2が実質的に同じである。この場合、式9)のKB1とKB2は実質的に同じ値となるので、式9)は以下のように書き換えられる:
【0044】
CA = (I2-I1)/(KA2-KA1) = (I2-I1)/K 10)
【0045】
すなわち、標的成分Aの濃度は2つの電位で測定された電流の差によって決められ、共存妨害成分Bが存在してもその影響を受けない。さらに、他の妨害成分、例えば妨害成分Cが存在しても、それに対応する電流IC1とIC2がほとんど同じになるように適宜選択された電位によって、妨害成分Bの場合と同様にその影響を除去することができる。
【0046】
以上の原理から分かるように、本発明による方法が有効になるには、標的成分と妨害成分との間に電気化学的な性質が有意に異なること、および印加電位を適宜に選択されることが必要である。ここで電気化学的性質が有意に異なるとは、具体的に図3に示すように、両者の電流電位曲線のパターンが異なることによって、標的成分による電流が異なるが、妨害成分による電流が実質的に同じとなるような2つの異なる電位が存在することを指す。
【0047】
ここで、「実質的に同じ」とは、両電位における妨害成分による電流信号の差が十分に小さく、その寄与による標的成分測定への影響が許容される誤差以内になることを意味する。したがって、実際に許容される差は、標的成分と妨害成分との濃度関係、標的成分と妨害成分の感度関係(具体的には式7)における係数:KA1、KA2、KB1、KB2)、および許容誤差などによって異なる。共存妨害成分の濃度が標的成分に比べて相対的に高いほど、また、妨害成分の感度が高いほど、許容される両電位における妨害成分による電流信号の差が小さくなる。例えば、妨害成分と標的成分の感度が同程度で、電位E2における標的成分による電流が電位E1におけるそれの2倍ならば、同電位における妨害成分による電流の差が10%の場合、妨害成分による誤差が10%になるので、妨害成分による許容誤差が20%ならば、20%違っても実質的に同じことになる。一方、同許容誤差が10%ならば、「実質的に同じ」ことは両者の差が10%以下になることを意味する。また、電位E2における標的成分による電流が電位E1におけるそれの1.5倍ならば、同電位における妨害成分による電流の差が20%の場合、妨害成分による誤差が40%になるので、同許容誤差が10%ならば、「実質的に同じ」ことは両者の差が5%以下になることを意味する。
【0048】
したがって、本発明において、印加電位を適宜に決定することが重要である。以下印加電位の決定方法について説明する。標的成分が一つの場合、印加電位が最低2つ必要であるが、一般的には2つの電位で十分である。
【0049】
まず、測定対象となる試料の中に、標的成分以外にどんな酸化還元性を有する成分が含まれるかを調査する。その中から、標的成分に比べて、その含有量が無視できないレベルに達しているものをリストアップする。例えば、グルコースオキシダーゼと白金電極を組み合わせた酵素センサを使用して、尿中グルコースを測定する場合、過酸化水素が実質的な標的成分になるので、過酸化水素が酸化反応を起こす電位範囲において、共存可能な妨害成分は尿酸、アスコルビン酸、各種生体アミン、および風薬の成分であるアセトアミノフェンなどが考えられるが、定常的に無視できないレベルに存在する成分は尿酸とアスコルビン酸である。
【0050】
次に、リストアップされた妨害成分および標的成分の電流電位曲線を測定し、その酸化挙動を明らかにする。
【0051】
電流電位曲線の測定は電位を連続的に走査する方法や、電位を段階的に変更する方法など、一般的な電気化学的手法を用いて行ってよいが、具体的な実験系や、電解液、電極など、使用される電気化学的な材料は実際の測定に準じるものを使用することが望ましい。電極については、作用極の材料はもちろん、参照極や対極も実際に使用されるものを用いることが望ましい。
【0052】
以下尿糖測定の場合、妨害成分になる尿酸およびアスコルビン酸の電流曲線の測定を例示する。電極として図10に示すプレーナータイプの白金電極を使用した。この電極の作用極は白金ペーストを原料として、スクリーン印刷で形成し、焼結されたものである。作用極のサイズは1.7×1.8mmで、面積は約3mm2である。この電極をフロースルーセルに装着し、図12に示す測定系に組み込んだ。電解液として0.05Mの塩化カリウムを含む0.067Mのリン酸緩衝液(pH6.8)に所定の成分を添加したものを使用した。塩化カリウムは銀/塩化銀参照極の電位を安定化させるために添加したものである。なお、銀/塩化銀の基準電位は参照極に接する塩化カリウムの濃度に依存する(図9参照)に銀/塩化銀電極の基準電位と塩化カリウムの濃度との関係を示す。図9から、塩化カリウム濃度が0.05Mの場合、基準電位は約0.3Vであり、飽和塩化カリウムの場合は約0.2Vなので、本測定系における電位は飽和塩化カリウムを使用した系に比べて電位は約0.1V高い。
電解液を1ml/minの速度(作用極表面における平均線速度は約30cm/min)で送液し、初期電位を0Vまたは0.1Vとし、5mV/secの速度電位を0.8Vまで走査し、電流を記録した。得られた電流電位曲線を図4に示す。図4から、3成分とも印加電位の増大とともに電流が増加したが、アスコルビン酸の酸化電流は0.35V以上で電流がほぼ増加しなくなった。また尿酸については0.5V以上で増加しなくなった。一方、過酸化水素の酸化電流は電位が0.8vになってもまだ増加する傾向にあった。
【0053】
以上の結果から、測定する標的成分が過酸化水素の場合、電位E1を0.5V以上、例えば0.5-0.6の間から選択し、電位E2を0.55V以上、例えば0.6-0.8Vの間に選定して測定すれば、アスコルビン酸と尿酸の影響を除去することができる。もちろん、過酸化水素生成酵素と電極とを組み合わせて、過酸化水素生成酵素の基質、例えばグルコースを測定する場合も同じである。
【0054】
一方、標的成分が例えば尿酸の場合、測定対象となる媒体に過酸化水素が入っていないことを条件に、別の電位を選定することによって、アスコルビン酸の影響を受けずに、尿酸を測定することができる。一例として、電位E1を0.4V、電位E2を0.5Vとすることが挙げられる。
【0055】
なお、電位E1とE2との間隔について、標的成分以外の妨害成分による2つの電流が実質的に同じで、標的成分による2つの電流が有意に異なれば、特に規定することはないが、一般的に、標的成分による2つの電流の間に20%以上の差があることが望ましい。差が小さいと、式8の分母が小さくなることから、測定誤差が大きくなる。こういう意味ではE1とE2をできるだけ離した方がよいようだが、あまり離しすぎると、E2が高くなるので、電極自身の酸化による電流が発生すること、また、電流を大きくジャンプすることに伴う暗電流が大きくなることなどにより、同様に測定誤差が大きくなる恐れがある。具体的な間隔として、電位E2が電位E1に比べて0.1V−0.4V高い範囲にあることが望ましい。
【0056】
2つの電位を印加する順序についてはどの電位を先に印加してもよいが、自然電位からのシフトが大きいほど、電気二重層や電極自身の変化による暗電流の発生が大きいことから、まず低い電位のE1を印加し、次にE2にシフトする方が望ましい。また、電位E1からE2、またはE2からE1へ切り替える方法として、瞬時にスイッチする方法、段階的に切り替える方法、または一定の速度で電位を走査する方法が例として挙げられる。電位を瞬時に切り替える方法は、装置が簡単とのメリットがある。ただし、切り替えた直後では電気二重層や電極自身の変化による暗電流も含まれるので、一定時間経過後の電流を信号として読み取ることが望ましい。一方、電位を走査する方法では、走査速度を適度に遅く制御するころで、電気二重層や電極自身の変化による暗電流を小さく抑制することができるので、電位E2に達した直後の電流を信号とすることができる。ただし、電位操作機構が必要など、装置が少し複雑になる。
【0057】
以上標的成分がひとつの場合の測定原理と方法について説明した。同様な方法で、2つの標的成分を測定することができる。この場合、電位を最低3つ選定し、3点以上の測定を行う。例えば、尿中グルコースと尿酸を測定する場合、電位E1を0.4V、電位E2を0.5V、電位E3を0.7Vと選定して、3つの電流を測定することによって、尿中アスコルビン酸の影響を受けずに、尿酸とグルコースを測定することができる。
【0058】
次に具体的な測定シーケンスについて説明する。実際の測定手法に関しては、2つの電位を印加し、それに対応する2つの応答電流を測定して、得られた2つの電流の差から標的成分の濃度を決定する、という基本的な手法を取り入れればよく、特に制限されることはない。
【0059】
図5に2つの電位印加によって1つの標的成分を測定する手順の一例を示す。待機状態において、電源投入または測定ボタン等によって測定モードに入って、電位E1を印加する。次に試料を導入し、電位E1に対応する電流I1を測定し、記憶する。次に印加電位をE2にシフトし、電位E2に対応する電流I2を記憶し、この段階で測定結果を出力し表示する。
次に試料を排出し、電極を含めた系を洗浄し、待機状態に戻って、次の測定に備える。
【0060】
この測定シーケンスでは、待機時電極への電位を印加していないが、トイレ設置型検査装置など、使用者の排泄に伴って直ぐ測定を開始し、短時間で結果を出力する必要がある場合、待機時に一定の電位、例えば第一の電位E1を印加する方法を取り入れてもよい。この場合の測定シーケンス例を図6に示す。
【0061】
試料を導入する方法として、試料をそのまま作用極表面に導入してもよいが、試料に含まれる成分の濃度が高い、または測定精度が要求される場合、成分が一定のベース電解液で試料を希釈して導入する方法が望ましい。具体的な方法として、試料を予めベース電解液と混合して、均一に混ぜてから電極表面に導入する方法、およびベース電解液を送液しながら、送液の流路の途中で試料を注入する方法、などが例として挙げられる。後者の例としてフローインジェクション分析が挙げられる。フローインジェクション分析方法は特別な洗浄動作を必要とせず、測定が早いなどのメリットがあるが、試料がある濃度分布を有する溶液ゾーンとして電極表面を通過するので、電位E1とE2の印加タイミングに合わせて、2回試料を注入する必要がある。
【0062】
以上、本発明による方法の原理と具体的な測定方法について説明した。次に本発明による電気化学的測定装置について説明する。本発明による装置は電位操作および得られた電流信号の演算方法によって特徴付けられることから、電気化学回路および内蔵する制御・演算ソフトがポイントである。具体的には、作用極の電位を参照極に対して任意の値に保持する機構、適当なタイミングで作用極に印加された電位を変更する機構、および異なる印加電位から得られた複数の電流信号の差から、試料中に含まれる被測定成分の濃度を演算する機構を含む。他のシステム、例えば、送液・試料導入システム、洗浄システムや出力・表示システムなどは従来周知のシステムを必要に応じて使用してよい。
【0063】
(実施例) アスコルビン酸と尿酸共存下のグルコース測定
【0064】
グルコースセンサの作成:図10に示すプレーナ型電極の作用極表面に、グルコース酸化酵素(2290units/ml)、牛血清アルブミン(17.5 mg/ml)、および架橋剤であるグルタルアルデヒド(0.2%)を含む水溶液(10μl)をスポット状に滴下し、乾燥して作用極表面にGOD酵素膜を有するグルコースセンサを作成した。できたセンサの作用極表面上の膜構造を図7に示す。白金作用電極の表面に酵素膜を設けた非常に簡単な構造を有するセンサである。
【0065】
できたセンサをフローセルに装着し、図12に示す分析装置にセットした。まずベースとなる電解液(組成:0.033Mのリン酸水素二ナトリウム、0.033Mのリン酸二水素カリウム、0.05MのKCl)を送液しセルを満たしてから作用極表面に0.5Vの電位を印加した。次にグルコース溶液1に対してベース電解液35の比率で混合した複合液に切り替えて送液した。応答電流が確認された後、印加電位を0.7Vに切り替えて電流を継続的に記録した。できた電流曲線の一例として、10mMのグルコースを測定した電流電位曲線を図8に示す。0.5Vの電位が印加された状態でグルコースがセルの送液されると、電流が増えてやがて定常値に達する。この電流信号は電位E1に対応する応答電流I1である。次に電位を0.7Vにシフトすると、電流が一旦急激に上昇するが、速やかに低下し、I1よりも高いレベルで再び安定する。この安定したところの電流はE2に対応する応答電流I2である。図8から、安定するまで電位切換えから2分間強かかるが、すでに説明したように、電位切換えによる電流変化は基本的に電気二重層や電極自身の変化によるものであり、被測定媒体中の物質濃度と関係ないことから、予め予測し補正することができることから、測定時間をより短縮する必要がある場合、例えば1分間のところでの電流を使用してもよい。なお、本実施例では試料に接触するまでのベース電流が非常に低く無視できるが、無視できない場合についてはI1とI1はこのベース電流を差引いた値を用いる。
【0066】
グルコース濃度を変えて測定し、また尿酸とアスコルビン酸についても測定した。それぞれの応答電流応答値を表1に示す。またグルコースについては検量線を作成した。その結果を合わせて表1に示す。
【0067】
【表1】

【0068】
表1から、グルコースに対して応答電流値が印加電位によって大きく異なるが、尿酸とアスコルビン酸については印加電位に伴う変化がほとんどなかったことが確認できる。
【0069】
次にグルコース、尿酸およびアスコルビン酸を含む混合溶液を調整し、試料として同様に測定した。得られた電流応答値およびグルコース濃度の演算結果を表2に示す。
【0070】
【表2】

【0071】
表2から、このセンサは尿酸とアスコルビン酸に対応した応答電流が2つの電位においても高い値が記録されたにもかかわらず、両成分が共存した場合でも、グルコースの濃度が正確に測定されていることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】標的成分に対する電流電位曲線を概念的に示す図である。
【図2】印加電位に対応する標的成分に対する検量線を示す図である。
【図3】本発明による標的成分を測定する原理を示す図である。
【図4】アスコルビン酸、尿酸および過酸化水素の電流電位曲線を示す図である。
【図5】本発明による方法の測定シーケンスを示す図である。
【図6】本発明による方法の別の測定シーケンスを示す図である。
【図7】実施例で試作したグルコースセンサの膜構造を示す図である。
【図8】実施例におけるグルコースを測定するときの電流信号を示す図である。
【図9】銀/塩化銀参照極の基準電位と塩化カリウム濃度の関係を示す図である。
【図10】セラミック基板上に形成されたプレーナー型電極系を示す図である。
【図11】従来技術に用いられるグルコースセンサの構造を例示する図である。
【図12】本発明による方法に使用される測定装置を例示する図である。
【符号の説明】
【0073】
1電極
2…作用極
7…参照極
8…対極
10…プレーナー電極系
26…過酸化水素選択透過膜
28…酵素膜




【特許請求の範囲】
【請求項1】
作用極、参照極および対極からなる電極系を用い、作用極に電位を印加して標的成分の電気化学的酸化または還元に伴う電流信号を検出する電気化学的測定方法において、標的成分の酸化または還元による電流信号が異なるように選択される、値の異なる少なくとも2つの電位を印加し、得られた値の異なる少なくとも2つの応答電流の差から、試料中に含まれる一つまたは複数の標的成分の濃度を求めることを特徴とする、電気化学的測定方法。
【請求項2】
作用極、参照極および対極からなる電極系と、過酸化水素生成酵素を含む生体触媒とを組み合わせてなる測定系をを用い、作用極に電位を印加して過酸化水素の電極酸化に伴う電流信号を検出して試料に含まれる前記過酸化水素生成酵素の基質となる物質を測定する電気化学的測定方法において、過酸化水素の酸化による電流信号が異なるように選択される、値の異なる少なくとも2つの電位を印加し、得られた少なくとも2つの応答電流の差から、試料中に含まれる過酸化水素生成酵素の基質となる物質の濃度を求めることを特徴とする、電気化学的測定方法。
【請求項3】
前記作用極の材料は白金を主成分とすることを特徴とする、請求項1または請求項2記載の電気化学的測定方法。
【請求項4】
前記値の異なる2つの印加電位の差が0.1から0.4Vの範囲にあることを特徴とする、請求項1または請求項2記載の電気化学的測定方法
【請求項5】
作用極、参照極および対極からなる電極系を用い、作用極に電位(検出電位)を印加して標的成分の電極酸化に伴う電流信号を測定する電気化学的測定装置であって、
作用極の電位を参照極に対して任意の値に保持する機構、適当なタイミングで作用極に印加された電位を変更する機構、異なる印加電位から得られた複数の電流信号の差から、試料中に含まれる被測定成分の濃度を演算する機構を有することを特徴とする、電気化学的測定装置。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2006−105615(P2006−105615A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−288759(P2004−288759)
【出願日】平成16年9月30日(2004.9.30)
【出願人】(000010087)東陶機器株式会社 (3,889)