説明

電気化学的測定装置

【課題】一つの試料溶液に複数種類の目的物質が含まれていても、これらの目的物質について精度よく測定を行うことができる電気化学的測定装置を提供する。
【解決手段】同一の試料溶液Sに含まれる複数種類の目的物質を電気化学的に検出又は定量するための装置であって、作用電極2と、前記作用電極2の電位を所定の方向に変動させて、前記作用電極2表面に目的物質を電着させる電位を供給し、次いで、前記作用電極2の電位を反対方向に変動させて、前記作用電極2表面に電着した目的物質を溶出させる電位を供給する電位変動手段7と、対電極と、を備え、前記作用電極2と前記電位変動手段7との対が複数組設けられており、一の電位変動手段71が対となる作用電極21表面へ所定の一種の目的物質Aを電着させる電位を供給し、電着が完了した後、他の電位変動手段72が対となる作用電極22表面へ目的物質Bを電着させる電位を供給する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、一つの試料溶液に複数種類の目的物質が含まれていても、これらの目的物質について精度よく分析を行うことができる電気化学的測定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、微量な金属の測定方法としては、フレームレス原子吸光法や、蛍光分析法、誘導結合プラズマ発光−質量分析法(ICP−MS)、電気化学的測定法等が知られている。これらの方法を用いて、複数種類の金属が含まれている溶液を試料として測定を行う場合、フレームレス原子吸光法や蛍光分析法では、1種類ずつしか金属の測定ができず、また、測定前に、沈殿法やイオン交換により不要な金属を除去することが必要であるので、前処理に時間及び手間を要し、迅速な測定は困難であった。
【0003】
また、誘導結合プラズマ発光−質量分析法(ICP−MS)では、複数種類の金属を測定することは可能であるものの、装置が高価であり、メンテナンスも煩雑である。
【0004】
一方、電気化学的測定法においては、ストリッピングボルタンメトリー法を用いて、一旦全ての金属を電着させてから、各金属を異なる電位で溶出させると、電解液中に複数種類の金属が含まれている場合でも、それら各金属を測定できることが報告されている(引用文献1、引用文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−91499号公報
【特許文献2】特開2000−241388号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、例えば、銅とカドミウムのように金属間化合物を作る複数種類の金属が一つの試料溶液に含まれている場合、溶出時に分離する従来の方法では、それぞれの金属由来の電流に加え、金属間化合物に由来する電流も発生し、どちらの金属についても正確な測定ができなかった。
【0007】
そこで本発明は、一つの試料溶液に複数種類の目的物質が含まれていても、これらの目的物質について精度よく測定を行うことができる電気化学的測定装置を提供すべく図ったものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち本発明に係る電気化学的分析装置は、同一の試料溶液に含まれる複数種類の目的物質を電気化学的に検出又は定量するための装置であって、作用電極と、前記作用電極の電位を所定の方向に変動させて、前記作用電極表面に目的物質を電着させる電位を供給し、次いで、前記作用電極の電位を反対方向に変動させて、前記作用電極表面に電着した目的物質を溶出させる電位を供給する電位変動手段と、対電極と、を備え、前記作用電極と前記電位変動手段との対が複数組設けられており、当該複数の電位変動手段は、一の電位変動手段が対となる作用電極表面へ所定の一種の目的物質Aを電着させる電位を供給し、当該目的物質Aの電着が完了した後、他の電位変動手段が対となる作用電極表面へ他の一種の目的物質Bを電着させる電位を供給するものであり、前記目的物質Aの酸化還元電位の方が前記目的物質Bの酸化還元電位より高いことを特徴とする。
【0009】
このようなものであれば、電着工程を目的物質毎に異なる作用電極に対して酸化還元電位の高い目的物質から順に別個に行うことができるので、銅とカドミウムのような金属間化合物を作る複数種類の金属が一つの試料溶液に含まれている場合でも、一つの装置で、かつ、一度の操作で、分別して分析することが可能となる。
【0010】
更に、本発明に係る電気化学的分析装置は、前記試料溶液が流通可能な内部流路が形成されるとともに作用電極が内蔵されたセルを、複数備え、前記内部流路同士がつながるように、当該複数のセルが直列に連結されているものであることが好ましい。
【0011】
このようなものであれば、例えば、前記セルをユニットとして構成し、分析対象である試料溶液中に含まれる目的物質の数に応じて、ユーザーが任意の数だけ前記ユニットを連結して、分析対象毎に最適な分析システムを自由に構築できるようにすることができる。
【0012】
前記作用電極としては、例えば、複数の帯状電極の集合体からなる、いわゆる縞電極が好適に用いられる。このような縞電極は、S/N比が高いので、目的物質が低濃度であっても高い精度で測定することができる。
【0013】
また、前記セルとしては、例えば、内部流路が長さ方向及び幅方向に対して高さ方向が充分に小さく、前記内部流路の底面に作用電極が配置されている、いわゆる薄層セルが好適に用いられる。このような薄層セルを用いることにより、少量の試料溶液で高い電解効率を得ることから、隣接するセルにおいて互いのセルで電着する目的物質が混入することを最小限に抑えることができる。
【0014】
前記作用電極としては、例えば、導電性ダイヤモンド電極やカーボン電極を用いることができる。このうち、前記導電性ダイヤモンド電極としては、例えば、ホウ素、窒素、リン等がドープされているもの等が挙げられ、なかでも、高濃度でホウ素がドープされたボロンドープダイヤモンド電極は、電位窓が広く(酸化電位及び還元電位が広い)、また、他の電極材料と比較してバックグラウンド電流が低く、更に、化学的耐性、耐久性、電気伝導度、耐腐食性等にも優れるといった利点を有しているので好適である。
【0015】
本発明に係る電気化学的測定装置は、更に、前記作用電極の電位の変動に伴う電流変化を検出する電流検出手段と、前記電流検出手段により検出された電流変化から目的物質の濃度を算出する情報処理装置と、を備えていてもよい。
【0016】
このような本発明に係る電気化学的測定装置を用いて複数種類の金属を含有する溶液を試料としてボルタンメトリーを行う場合、作用電極に印加する電位は、最上流側の作用電極を最も正の電位とし、上流側から下流側に向かって順に負側の電位に設定していくことにより、各作用電極とも、単一の金属を分離して電着することが可能である。そして、一連の電着操作が終わった後、目的とする金属を電着した作用電極の電位を、正側に変化させ、電着した金属を溶出し、その際に作用電極と対電極との間に流れた電流を検出する。この電流値から、試料溶液中の目的金属の量(濃度)を算出することができる。
【発明の効果】
【0017】
このように本発明によれば、一つの試料溶液に複数種類の目的物質が含まれていても、酸化還元電位の高い目的物質から順に別個の作用電極に電着させることにより、これらの目的物質について精度よく測定を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施形態に係る電気化学的測定装置の概要図。
【図2】同実施形態における作用電極セルの概念図。
【図3】同実施形態における検出方法を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に本発明の一実施形態について図面を参照して説明する。
【0020】
本実施形態に係る電気化学的測定装置1は、図1にその機器構成を示すように、作用電極2が内蔵された複数個の作用電極セル5と、対電極3及び参照電極4が内蔵された対電極セル6とが、流路の上流側から直列に連結されたストップドフロー型のものである。各作用電極2には、それぞれ別個のポテンショガルバノスタット7が接続されており、いずれのポテンショガルバノスタット7も対電極3及び参照電極4に接続されており、更に、情報処理装置8に接続されている。そして、電気化学的測定装置1の下流に配置されたポンプPにより、上流側から試料溶液Sが各セル5、6に流入するように構成されている。
【0021】
以下に各部を説明する。
作用電極2は、導電性ダイヤモンド電極やカーボン電極からなるものであり、本実施形態では微小な帯状の電極が基材上に複数本形成された、微小帯状電極の集合体からなる縞電極が用いられている。このような縞電極は、S/N比が高いので、目的物質が低濃度であっても高い精度で測定することができる。
【0022】
対電極3は電解電流を補償するものであり、例えば、白金、炭素、ステンレス、金、ダイヤモンド、SnO等からなる電極を用いることができる。
【0023】
参照電極4としては公知のものを利用することができ、例えば、銀塩化銀電極、カロメル電極、標準水素電極、水素パラジウム電極等を用いることができる。
【0024】
作用電極セル5及び対電極セル6は、内部流路を試料溶液Sが流れ、当該試料溶液Sが作用電極2、対電極3及び参照電極4と接触できるよう構成されているものであれば特に限定されないが、例えば、図2にその概念を示すような、長さ方向L及び幅方向Wに対して高さ方向Hが充分に小さい内部流路が形成され、その内部流路の底面に電極が配置されている薄層セルが好適に用いられる。なお、図2では、縞電極からなる作用電極2が内部流路の底面に配置された薄層セルからなる作用電極セル5が例示されており、作用電極2は各微小帯状電極が試料溶液Sの流れに平行になるように配置されている。そして、この例において長さLは、内部流路のうち作用電極2が形成されている領域の長さを示す。
【0025】
ポテンショガルバノスタット7は、作用電極2の電位を参照電極4に対して一定にした状態で、作用電極2と対電極3との間に発生した電流を検出し、その検出信号を情報処理装置8に伝達するものである。ポテンシオスタット7は、電位を一定に保つ機能のほか、電位を一定速度で走査したり、指定した電位に一定時間ごとにステップしたりする機能を持つものであるが、これらの機能は1台に搭載されている必要はなく、例えば電位保持機能と電位走査機能が別体に設けてあってもよい。
【0026】
情報処理装置8は、CPUや、メモリ、入出力チャンネル、キーボード等の入力手段、ディスプレイ等の出力手段、A/D変換器、D/A変換器等を備えた汎用乃至専用のものであり、前記CPU及びその周辺機器が、前記メモリの所定領域に格納されたプログラムに従って協働動作することにより、ポテンショガルバノスタット7で検出された信号が解析され、目的物質の検出、濃度測定が行われる。なお、情報処理装置8は、物理的に一体である必要はなく、有線又は無線により複数の機器に分割されていてもよい。
【0027】
ポンプPとしては速度を制御しながら試料溶液Sを送ることができるものであれば特に限定されず、例えば、液体クロマトグラフィー用ポンプ等を用いることができる。
【0028】
次に電気化学的測定装置1を用いてストリッピングボルタンメトリーにより試料溶液Sに含まれる銅(酸化還元電位;+0.1V)と亜鉛(酸化還元電位;−0.9V)を検出する方法について、図3を参照しながら説明する。まず、測定対象の銅と亜鉛を含有しないキャリア溶液のみを作用電極セル5及び対電極セル6に流し、いわゆるバックグラウンド電流をできるだけ小さくし、かつ安定させる(ステップS1)。また、試料溶液Sは、HCl等を用いて、予めpH1に調整しておく(ステップS2)。
【0029】
次いで、試料溶液Sを作用電極セル51に流し入れる(ステップS3)。そして、まず、作用電極セル51において、ポテンシオスタット71を用いて作用電極21の電位を負電位の方向に変動させて、電位を+0.1V〜−0.9Vの範囲内にある所定の値に保持することにより、作用電極21の表面に銅を電着させる(ステップS4)。これにより、試料溶液Sに含まれる銅は全て作用電極21の表面に電着される。次いで、試料溶液Sを下流側に配置された作用電極セル52に流し入れる(ステップS5)。この際、作用電極セル52に流入した試料溶液Sには、銅は含まれていない。次に、作用電極セル52において、ポテンシオスタット72を用いて作用電極22の電位を負電位の方向に変動させて、電位を−0.9V以下の所定の値に保持することにより、作用電極2の表面に亜鉛を電着させる(ステップS6)。
【0030】
続いて、試料溶液Sを作用電極セル52から流し出し、作用電極セル51、52内をキャリア溶液で置換した後、ポテンシオスタット71、72により、作用電極21、22の電位を正電位方向に掃引することにより、作用電極セル51では銅が溶出し(ステップS7)、作用電極セル52では亜鉛が溶出し(ステップS8)、それぞれの金属の溶出に基づく電流が発生する。
【0031】
このような電気化学的反応によって発生した電流値(電気信号)は、それぞれポテンシオスタット71、72に伝達され各電極における信号の制御・検出が行われる。ポテンシオスタット71、72で検出された信号は情報処理装置8に送信され、銅及び亜鉛について予め作成された濃度と電流値との関係を示す検量線と、得られた電流値とが対比されて、試料溶液S中の銅及び亜鉛の濃度が算出される。
【0032】
電位の掃引が終わったあと、作用電極21、22の電位を+1.0Vで保持することにより、作用電極21、22の表面に残留した銅及び亜鉛は全て溶出するので、作用電極21、22を測定前の状態に戻して再生することができ、同じ電極を繰り返し使用することが可能となる。
【0033】
このように構成された本実施形態によれば、電着工程を目的物質毎に異なる作用電極2に対して酸化還元電位の高い目的物質から順に別個に行うことができるので、銅とカドミウムのような金属間化合物を作る組合せでも、一つの装置1で、かつ、一度の操作で、分別して分析することが可能となる。
【0034】
なお、本発明は前記実施形態に限られるものではない。
【0035】
例えば、薄層セルの内部流路の底面に形成された作用電極2は、縞電極でなくともよく、平板状の平板電極であってもよい。
【0036】
また、前記実施形態に係る電気化学的測定装置1は、作用電極2、対電極3及び参照電極4が備わった三電極法による測定を行うものであるが、作用電極2及び対電極3のみを備えた二電極法によるものであってもよい。
【0037】
更に、前記実施形態では、ユニット化した複数の作用電極セル5を直列に繋いだ例を示したが、独立して電着が可能な複数の作用電極2が単一のセルに内蔵されていてもよい。また、この際、対電極3及び参照電極4も作用電極2と同じセルに内蔵されていてもよい。
【0038】
また、電気化学的測定装置1は、専用装置であっても汎用装置を組み合わせたものであってもよく、装置の形状や、セル容量、電極材料、電極形状等は特に限定されない。
【0039】
更に、作用電極セル5や対電極セル6としては、それぞれ別個に作られた電極・ボディ・接続部等の各部材を後から組み立てる方法により作製されたものに限定されず、一体成形によって一つの部材から作製される手法や、μTASと呼ばれる微細加工を用いて作製されたものであってもよい。
【0040】
その他、本発明は前述した実施形態や変形実施形態の一部又は全部を適宜組み合わせてもよく、その趣旨を逸脱しない範囲で種々の変形が可能であるのは言うまでもない。
【符号の説明】
【0041】
1・・・電気化学的測定装置
2・・・作用電極
3・・・対電極
4・・・参照電極
5・・・作用電極セル
6・・・対電極セル
7・・・ポテンシオスタット
8・・・情報処理装置
S・・・試料溶液
P・・・ポンプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
同一の試料溶液に含まれる複数種類の目的物質を電気化学的に検出又は定量するための装置であって、
作用電極と、
前記作用電極の電位を所定の方向に変動させて、前記作用電極表面に目的物質を電着させる電位を供給し、次いで、前記作用電極の電位を反対方向に変動させて、前記作用電極表面に電着した目的物質を溶出させる電位を供給する電位変動手段と、
対電極と、を備え、
前記作用電極と前記電位変動手段との対が複数組設けられており、
当該複数の電位変動手段は、一の電位変動手段が対となる作用電極表面へ所定の一種の目的物質Aを電着させる電位を供給し、当該目的物質Aの電着が完了した後、他の電位変動手段が対となる作用電極表面へ他の一種の目的物質Bを電着させる電位を供給するものであり、
前記目的物質Aの酸化還元電位の方が前記目的物質Bの酸化還元電位より高いことを特徴とする電気化学的分析装置。
【請求項2】
前記試料溶液が流通可能な内部流路が形成されるとともに作用電極が内蔵されたセルを、複数備えており、
前記内部流路同士がつながるように、当該複数のセルが直列に連結されている請求項1記載の電気化学的分析装置。
【請求項3】
前記作用電極が、複数の帯状電極の集合体からなるものである請求項1又は2記載の電気化学的分析装置。
【請求項4】
前記セルの内部流路が、長さ方向及び幅方向に対して高さ方向が充分に小さいものであり、前記内部流路の底面に作用電極が配置されている請求項2又は3記載の電気化学的分析装置。
【請求項5】
前記作用電極が、導電性ダイヤモンド電極である請求項1、2、3又は4記載の電気化学的分析装置。
【請求項6】
前記作用電極の電位の変動に伴う電流変化を検出する電流検出手段と、
前記電流検出手段により検出された電流変化から目的物質の濃度を算出する情報処理装置と、を備えている請求項1、2、3、4又は5記載の電気化学的分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−225770(P2012−225770A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−93625(P2011−93625)
【出願日】平成23年4月20日(2011.4.20)
【出願人】(000155023)株式会社堀場製作所 (638)