説明

電気式人工喉頭

【課題】振動板とボイスコイルモータを用いた電気式人工喉頭によって発生される音声の自然性をより向上させること。また、個人性を付与すること。
【解決手段】振動板と、パルス信号の供給を受け、そのパルス信号が示す周期の振動を上記振動板に与えて音を発生させる駆動部と、音の発生を指示する原音発生指示部と、原音発生指示部によって音の発生が指示されている間、その音を発生させるための基本となるパルス信号の波形に周期の微小変化を与えて得られる一連のパルス信号を駆動部へ供給する信号供給部とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気式人工喉頭に関する。
【背景技術】
【0002】
健常者は、自らの呼気が喉頭(声門)を経由する際に声帯を振動させることにより音を発生させ、その音の周波数成分を舌・顎や唇などの調音器官で変えることにより様々な発話を行っている。この声帯の振動により発生される音は、発話の基となる音であることから、「声門音源」などと呼ばれる。
【0003】
これに対し、喉頭を摘出してしまった喉頭摘出者は、通常であれば自らの意思による発声は不可能であるが、調音器官さえ残存していれば、人工的に作り出した音を声門音源の代わりに口腔内で発生させ、または、口腔内へ送り込んでやることにより、不完全ながらも発声ができるようになる。
【0004】
このような声門音源の代わりとなる音を人工的に作り出す装置の一つに電気式人工喉頭がある。電気式人工喉頭は、声門音源の代わりとなる音を、機械的、または、電気機械的に生成し、その音を頚部の振動などを通じて口腔内に導くことによって、喉頭摘出者自らによる発声を支援する。この種の電気式人工喉頭の中には、振動板と、その振動板を振動させて口腔内に音を発生させる、もしくは音を口腔内に導くためのボイスコイルモータとを搭載し、振動板の振動の周期や強度を変化させることによって、発生する音に変化をつけているものがある。
【0005】
例えば、特許文献1に開示された電気式人工喉頭は、歌のメロディーをなす一連の周期のシーケンスを記憶媒体に記憶し、このシーケンスに従った周期で振動板を振動させていくことにより、喉頭摘出者による歌唱を支援するようになっている。また、特許文献2に開示された電気式人工喉頭は、喉頭摘出者の気管孔から吐き出される呼気の圧力を検出するためのセンサを搭載し、そのセンサの検出値に応じて振動板の振動の周期を変化させるようになっている。
【特許文献1】特開平07−433号
【特許文献2】国際公開WO99/012501号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、健常者の声は、同じ声の大きさや高さで発声し続けるつもりで発せられている間も、その波形の基本周期や音圧は微小に変化している。一方、特許文献1や2に開示された電気式人工喉頭は、生成する音が決まると、その音に応じて予め設定された一定の強度および周期の打撃が継続するため、発生する声は人工的で不自然な印象を与えるものになり、誰が利用しても同じような声にしかならないという問題がある。
【0007】
これに対し、日本音響学会誌47巻12号の論文「母音の自然性における「波形ゆらぎ」の役割」には、口腔内に送り込む音の基本周期や音圧にゆらぎを与えることにより声の自然性が向上することが、複数の実験結果とともに掲載されている。
【0008】
しかしながら、この論文の実験にて用いられた電気式人工喉頭は、スピーカにより発生した任意の波形の音をパイプにより口腔内に導くタイプのものになっている。つまり、音として生成し得る波形の制約が大きい振動板と駆動部を用いたタイプの電気式人工喉頭によっても実現し得るような、波形の基本周期や音圧を微小に変化させる仕組みは未だ考案されていない。
【0009】
本発明は、このような背景の下に案出されたものであり、振動板と駆動部を用いた電気式人工喉頭により発生する声の自然性をより向上させ得るような仕組みを提供することを目的とする。また、振動板と駆動部を用いた電気式人工喉頭により発生する声に個人性を付与し得るような仕組みを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の好適な態様である電気式人工喉頭は、振動板と、パルス信号の供給を受け、そのパルス信号が示す周期または/およびデューティー比に応じた振動を上記振動板に与えて音を発生させる駆動部と、音の発生を指示する原音発生指示部と、上記原音発生指示部によって音の発生が指示されている間、その音を発生させるための基本となるパルス信号の波形に周期または/およびデューティー比の微小変化を与えて得られる一連のパルス信号を上記駆動部へ供給する信号供給部とを備えたことを特徴とする。
【0011】
この態様において、前記基本となるパルス信号の波形の低周期側および高周期側の所定範囲内の周期をそれぞれ指定する複数の周期指定データであって、肉声において計測された基本周期の時間的変化量に基づいて作成された複数の周期指定データのセットを記憶したメモリをさらに備え、前記信号供給部は、前記メモリに記憶された各周期指定データを読み出し、それらの周期指定データが指定する周期のパルス信号の各々を、前記微小変化を与えて得られる一連のパルス信号として前記駆動部へ順次供給するようにしてもよい。
【0012】
また、前記基本となるパルス信号の波形の低デューティー比側および高デューティー比側の所定範囲内のデューティー比をそれぞれ指定する複数のデューティー比指定データであって、肉声において計測された音圧の時間的変化量に基づいて作成された複数のデューティー比指定データのセットを記憶したメモリをさらに備え、前記信号供給部は、前記メモリに記憶された各デューティー比指定データを読み出し、それらのデューティー比指定データが指定するデューティー比となるパルス信号の各々を、前記微小変化を与えて得られる一連のパルス信号として前記駆動部へ順次供給するようにしてもよい。
【0013】
また、前記基本となるパルス信号の波形の低周期側および高周期側の所定範囲内の周期をそれぞれ指定する複数の周期指定データであって、そのパワースペクトル密度が周波数のべき乗に反比例するような複数の周期指定データのセットを記憶したメモリをさらに備え、前記信号供給部は、前記メモリに記憶された各周期指定データを読み出し、それらの周期指定データが指定する周期のパルス信号の各々を、前記微小変化を与えて得られる一連のパルス信号として前記駆動部へ順次供給するようにしてもよい。
【0014】
また、前記基本となるパルス信号の波形の低デューティー比側および高デューティー比側の所定範囲内のデューティー比をそれぞれ指定する複数のデューティー比指定データであって、そのパワースペクトル密度が周波数のべき乗に反比例するような複数のデューティー比指定データのセットを記憶したメモリをさらに備え、前記信号供給部は、前記メモリに記憶された各デューティー比指定データを読み出し、それらのデューティー比指定データが指定するデューティー比となるパルス信号の各々を、前記微小変化を与えて得られる一連のパルス信号として前記駆動部へ順次供給するようにしてもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によると、振動板と駆動部を用いた電気式人工喉頭により発生する声の自然性をより向上させることができる。また、電気式人工喉頭により発生する声に、個人性を付与することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
(発明の実施の形態)
本発明の実施形態について、以下、図面を参照しながら説明する。本実施形態にかかる電気式人工喉頭は、声の元となる音を喉頭摘出者の口腔内で人工的に発生させる、もしくは人工的に発生した音を口腔内に導くものである。その結果、舌・顎や唇などの調音器官を通じてその音の周波数成分に変化が加えられ、利用者の口から発せられる。
【0017】
図1は、本実施形態にかかる電気式人工喉頭10の左側面図であり、図2は、その上面図である。なお、図1および図2の左から右に向かう方向を前後方向とし、図1の上から下に向かう方向を上下方向とする。また、図1の鎖線内は、電気式人工喉頭10の内部構造を示すものとなっている。両図に示すように、電気式人工喉頭10は、筐体20の前方にテーパー形状のボイスコイルモータホルダ30(請求項の「駆動部」に相当)を連結させ、ボイスコイルモータホルダ30内部のボイスコイルモータ31により駆動される振動板50を、その最前方から露出させた構造を有する。
【0018】
筐体20は、利用者の掌に収まるサイズの略円筒形状をなしている。筐体20の上部には、外周から内周へ向かって孔(図示せず)が貫かれ、孔からは押しボタン21が露出している。この押しボタン21(請求項の「原音発生指示部」に相当)は、音の発生を指示する操作子であり、接点やスプリングを含むON/OFFスイッチ22(図3参照)と連動している。筐体20の内部には、ON/OFFスイッチ22を含む各回路素子が搭載されている。それら回路素子の詳細については後述する。
【0019】
次に、ボイスコイルモータホルダ30内部のボイスコイルモータ31とそれにより駆動される振動板50について詳述する。図1に示すように、ボイスコイルモータ31は、両端がN極とS極にそれぞれ着磁された円柱形のマグネット32、そのマグネット32を前方および側方から包囲する円筒形のボビン33、ボビン33の外周に巻き回されたコイル34、およびそれらを後方ならびに側方から包囲するヨーク35を有する。このヨーク35は前方が開口しており、その開口する部位を塞ぐように円形ゴム36が張り渡されている。そして、円形ゴム36の中央には、軸37が前後方向に貫かれ、固定されている。軸37の一端は、ボビン33に固定されている。振動板50は、幅の薄い円柱状をなしており、ウレタン系の樹脂により形成されている。この振動板50は、ゴム材38を介してボイスコイルモータホルダ30の前方の縁の内側に固定されている。
【0020】
このボイスコイルモータ31による振動板50の駆動は、フレミングの法則を利用してなされる。つまり、コイル34にパルス信号が供給されると、ヨーク35内をスライドするボビン33に加わる磁気力より前方へ押し出された軸37の他端が振動板50を打撃し、また離れるという動作を繰り返す。この結果、振動板50が振動する。そして、コイル34へのパルス信号の供給が止まると、円形ゴム36の復元力の作用を受けて軸37が後退する。
【0021】
図3は、電気式人工喉頭10の回路構成を示すブロック図である。本実施形態にかかる電気式人工喉頭10は、ON/OFFスイッチ22のほか、電源23、制御部24(請求項の「信号供給部」の一部に相当)、パルス信号出力部25(請求項の「信号供給部」の一部に相当)、および記憶部26(請求項の「メモリ」に相当)を有する。電源23、パルス信号出力部25、制御部24、および記憶部26は筐体20に内蔵される。また、上述したように、ON/OFFスイッチ22の一部をなす押しボタン21が筐体20の上部の孔から露出される。
【0022】
電源23は、例えば、電池であり、制御部24などへ電力を供給する。パルス信号出力部25は、制御部24による制御の下、ボイスコイルモータ31へそれを駆動するためのパルス信号を出力する。
【0023】
制御部24は、CPU(Central Processing Unit)、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)などを有する。そして、この制御部24は、記憶部26の記憶内容に従ってパルス信号出力部25の動作を制御することにより、パルス信号出力部25から出力される一連のパルス信号の周期およびデューティー比に微小変化を与える。
【0024】
記憶部26の記憶内容および制御部24によるパルス信号出力部25の制御内容についてさらに詳述する。記憶部26は、例えば、EEPROM(Electrically Erasable and Programmable Read Only Memory)などのメモリである。記憶部26には、読み出しの時系列順に並んだパルス信号生成データ(請求項の「周期指定データ」および「デューティー比指定データ」に相当)が格納されている。このパルス信号生成データは、パルス信号がハイの状態である時間を決定するハイデータと、パルス信号がローの状態である時間を決定するローデータの対である。なお、パルス信号生成データに基づいて生成されるパルス信号は、周期およびデューティー比が時間の経過とともに微小に変化するように設定されている。
【0025】
制御部24は、押しボタン21の押下に伴ってON/OFFスイッチ22からオン信号が供給されると、記憶部26に記憶されたパルス信号生成データを1つずつ読み出す。そして、制御部24は、パルス信号出力部25に対して出力信号をハイの状態になるように指示するとともに、ハイデータを、所定のクロック信号に応じてカウントダウンする。そして、カウント値がゼロになった場合には、パルス信号出力部25に対して出力信号をローの状態になるように指示するとともに、ローデータを、所定のクロック信号に応じてカウントダウンする。そして、カウント値がゼロになった場合には、つぎのパルス信号生成データの対を読み出し、同様の動作を繰り返す。そして、記憶部26に記憶されるパルス信号生成データが全て読み出された場合には、データの先頭に戻って同様の動作を繰り返す。これにより、パルス信号生成データによる再生可能時間よりも長い時間押しボタン21が押下された場合であっても、パルス信号を連続して生成することができる。
【0026】
記憶部26に記憶させる一連のパルス信号生成データは、例えば、以下の手順に従って生成される。まず、健常者、あるいは、喉頭摘出手術前の患者等が自然に発話した母音(例えば、「あ」、「い」、「う」、「え」、「お」)を所定の周期でサンプリングし、サンプリングデータを得る。なお、サンプリングする対象となる母音には、例えば、32以上のピッチ波形(後述する)が含まれていることが望ましい。
【0027】
図4Aは、このようにして得られたサンプリングデータの母音「あ」の波形を示す図である。この図に示すように、母音の波形は、略同一形状を有する基本波形(ピッチ波形)が所定の周期(基本周期)で繰り返されて構成される。パルス信号生成データを生成するためには、まず、基本波形のそれぞれの基本周期に関する情報を求める。具体的には、図4Aに示すように、音波形のゼロクロス点のひとつを目安として基本周期a0,a1,a2,a3,a4,a5・・・を求める。あるいは、図4Bに示すように、音波形のピークを目安として基本周期b0,b1,b2,b3,b4,b5・・・を求めるようにしてもよい。
【0028】
つぎに、サンプリングデータのそれぞれの音圧に関する情報を求める。具体的には、図5Aに示すように、各ピッチ波形毎に、その正側および負側のそれぞれのピークを結ぶ値(ピークトゥピーク値)k0,k1,k2,k3,k4,k5・・・を順に求める。あるいは、図5Bに示すように、各ピッチ波形毎に、その実効値R1,R2,R3,R4,R5・・・を順に求める。
【0029】
そして、上述のようにして求めた音圧に関する情報に基づいて、ハイデータを求める。より詳細には、ピークトゥピーク値k0,k1,k2,k3,k4,k5・・・に所定の係数を乗算した値をハイデータとする。あるいは、実効値R1,R2,R3,R4,R5・・・に他の所定の係数を乗算した値をハイデータとする。
【0030】
つぎに、基本周期とハイデータとに応じてローデータを求める。より詳細には、基本周期a0,a1,a2,a3,a4,a5・・・(または、基本周期b0,b1,b2,b3,b4,b5・・・)に所定の係数を乗算した値のそれぞれを、制御部24のクロック信号(前述したカウントダウンする際のクロック信号)の周期τで除算して得られた値から、ハイデータを減算した値をローデータとする。
【0031】
以上の処理によって得られたパルス信号生成データはつぎのような特性を有する。すなわち、それぞれのハイデータとローデータを加算した値に対応する時間は、前述したサンプリングデータの各ピッチ波形の基本周期に対応する。また、各ハイデータは、各ピッチ波形の音圧に対応する。このようにして生成されたパルス信号生成データは、記憶部26の格納領域に順に格納される。制御部24は、記憶部26に記憶されているパルス信号生成データを格納されている順に読み出し、ハイデータに対応する時間だけパルス信号出力部25の出力をハイの状態にし、ローデータに対応する時間だけパルス信号出力部25の出力をローの状態にする。これにより、パルス信号出力部25から出力されるパルス信号は、サンプリングされた波形データに対応する基本周期と、音圧を有するとともに、波形データが有する微小変化(基本周期の微小変化および音圧の微小変化)を有することになる。
【0032】
ボイスコイルモータ31の軸37は、パルス信号出力部25から供給されるパルス信号の波形に応じた周期および強度で振動板50を打撃する。よって、利用者が電気式人工喉頭10の筐体20を掌に握り、その振動板50を自らの頚部に押し当てて押しボタン21を押下すると、振動板50の振動が頚部から口腔内に伝わって音が発生する。利用者は、舌・顎や唇などの調音器官によってその音の周波数成分を変えることにより、所望の音韻を口から発することができる。そして、この口腔内にて発生する音の基本周期は、ボイスコイルモータ31の軸37が振動板50を打撃する周期に依存し、また、音圧は、軸37が振動板50を打撃する強度に依存する。
【0033】
図3の2つの丸枠内には、制御部24による制御の下にパルス信号出力部25からボイスコイルモータ31へ出力されるパルス信号の波形の一例と、その波形に応じたボイスコイルモータ31の駆動により口腔内で発生する音の波形がそれぞれ記してある。このパルス波形のT1により指し示される波形の立ち上がりの間隔(周期)は、ボイスコイルモータ31の軸37が振動板50を打撃する時間間隔と対応する。よって、この間隔が狭いほど、振動板50の振動の周波数が高くなり、口腔内で発生する音の基本周波数も高くなる。また、この波形のT2により指し示される、波形がハイレベルになっている時間、つまり、デューティー比は、ボイスコイルモータ31の軸37が振動板50を打撃する強度と対応する。よって、このデューティー比が高いほど、振動板50の振動の強度が大きくなり、口腔内で発生する音圧も大きくなる。
【0034】
背景技術の項にも記したように、健常者の声は、同じ声の大きさや高さで発声し続けるつもりで発せられている間も、その波形の基本周期や音圧は微小に変化している。
【0035】
よって、記憶部26に記憶された一連のパルス信号生成データに従って生成されるパルス信号の基本周波数は、声の基本周波数(例えば、男性の声であれば125Hz程度、女性の声であれば250Hz程度)の高周波側と低周波側の所定範囲に分散する。このため、パルス信号生成データに従って振動板50を打撃し、その振動により口腔内にて発声する音の基本周波数も、受聴者に生理的に受け入れられやすい微小変化を有するように変化する。
【0036】
同様に、記憶部26に記憶された一連のパルス信号生成データにより示される各デューティー比は、基本となるデューティー比(例えば、50/100)の高デューティー比側と低デューティー比側の所定範囲に分散する。このため、パルス信号生成データに従って振動板50を打撃し、その振動により口腔内にて発声する音の音圧も、受聴者に生理的に受け入れられやすい微小変化を有するように変化する。
【0037】
以上説明した本実施形態にかかる電気式人工喉頭10では、利用者が押しボタン21を押下することによって音の発生の指示を下すと、パルス信号出力部25からボイスコイルモータ31へパルス信号が供給される。そして、ボイスコイルモータ31の軸37がこのパルス信号に従って振動板50を打撃し、その打撃による振動が利用者の頚部から口腔に伝わることにより口腔内に音が発生する。そして、その音の基本周期や音圧を決定付けるパルス信号の周期およびデューティー比は一定でなく、微妙に変化するようになっている。
【0038】
さらに、パルス信号出力部25から出力されるパルス信号の周期およびデューティー比は、記憶部26の一連のパルス信号生成データに従って遷移するようになっている。そして、それらのパルス信号生成データは、健常者あるいは、喉頭摘出手術前の患者等から録音された音声の音波形を基に取得される。よって、単なる変化ではなく、受聴者に生理的に受け入れられやすい微小変化を有するように音の基本周期や音圧を変化させることができ、人間の声帯から発生するものにより近い音を人工的に作り出すことができる。その結果として、人間の肉声により近い声となる。
【0039】
(他の実施形態)
本発明は、種々の変形実施が可能である。
【0040】
上記実施形態にかかる電気式人工喉頭10は、振動板50の振動を決定付けるパルス信号の周期およびデューティー比に所定の範囲内の微小変化を与えられるものの、その基本となる周期およびデューティー比自体は、一種類しか準備されていない。これに対し、パルス信号生成データの複数のセットを記憶部26に記憶させることで、口腔内に発生させる音の基本周期や音圧自体が切り替えられるようにしてもよい。この変形例にかかる電気式人工喉頭10は、声の基本周波数および声の大きさを異にする健常者等の音声を個別に録音し、それらの録音した音声の各々から得たパルス信号生成データの各セット(例えば、男性用セット、女性用セット)を、基本周期および音圧のインデックスデータと対応付けて記憶部26に記憶させることにより実現できる。
【0041】
上記実施形態にかかる電気式人工喉頭10は、基本周期とデューティー比とを指定する一連のパルス信号生成データを記憶部26に記憶させておき、それらのデータが指定する基本周期およびデューティー比のパルス信号がパルス信号出力部25からボイスコイルモータ31へ順次供給されるようになっている。これに対し、基本周期およびデューティー比の微小変化を有する一連のパルス信号を生成するアルゴリズムを実装し、そのアルゴリズムに従って制御部24を動作させるようにしてもよい。このような構成をとることにより、パルス信号生成データのセットを記憶部26に予め記憶させておく必要がなくなる。
【0042】
上記実施形態にかかる電気式人工喉頭10は、パルス信号出力部25から出力するパルス信号の周期およびデューティー比に微小変化を与えることにより、口腔内に発生させる音の基本周期と音圧の双方を微妙に変化させるようになっている。これに対し、パルス信号の周期に微小変化を与える一方でそのデューティー比を一定にし、口腔内に発生させる音の基本周期だけを微妙に変化させるようにしてもよい。また、パルス信号の周期は一定でそのデューティー比に微小変化を与えることにより、口腔内に発生させる音の音圧だけを微妙に変化させるようにしてもよい。
【0043】
上記実施形態にかかる電気式人工喉頭10は、パルス信号出力部25から出力するパルス信号の周期およびデューディー比を、健常者、あるいは、喉頭摘出手術前の患者等から録音された音声の波形を基にしたデータにより微小に変化させているが、計算により作成したデータを用いて微小に変化させてもよい。例えば、図6に示すように、そのパワースペクトル密度が1/f(n=0.5〜1.5程度)の特性を有するような基本周期指定データおよびデューティー比指定データを用いて、パルス信号出力部25から出力するパルス信号の周期およびデューディー比を変化させても、人間の声帯から発生されるものに近い音を作り出すことができる。
【0044】
上記実施形態にかかる電気式人工喉頭10の記憶部26に記憶されたパルス信号生成データは、パルス信号がハイの状態である時間を決定するハイデータと、パルス信号がローの状態である時間を決定するローデータの対となっている。そして、制御部24は、パルス信号生成データが示すハイデータのカウントダウンとローデータのカウントダウンを交互に繰り返し、ハイデータをカウントダウンしている間は、出力信号がハイの状態になるようにパルス信号出力部25へ指示する一方、ローデータをカウントダウンしている間は、出力信号がローになるようにパルス信号出力部25へ指示するようになっている。これに対し、ハイデータとローデータの基準値(例えば、平均値)を示すデータ、およびその基準値からのずれ(微小変化幅)を示す一連のデータを記憶部26に記憶させるようにしてもよい。一般に、微小変化の幅は基準値そのものの絶対値よりも小さいので(概ね1〜数%)、このようにすることで、記憶部26に記憶するデータのデータ量を小さくすることができる。また、基準値からのずれではなく、直前のデータとの差分を示すデータを記憶することによっても、データ量を小さくすることができる。
【0045】
上記実施形態においては、健常者等が発音した母音のサンプリングデータを基に生成した一連のパルス信号生成データが、記憶部26に記憶されるようになっている。これに対し、喉頭を摘出する前の利用者本人の声の録音データが残っているときは、その録音データからパルス信号生成データを取得し、記憶部26に記憶させるようにしてもよい。また、本人の声を直接利用できる場合には、マイク、サンプリング回路、音声処理部を設け、それらを駆動させてサンプリングした音声を基にパルス信号生成データを直接生成するようにしてもよい。
【0046】
上記実施形態にかかる電気式人工喉頭10は、振動板23を振動させる駆動部としてボイスコイルモータ31を搭載している。これに対し、圧電素子や電歪素子などの他の素子をボイスコイルモータ31の代わりに搭載させてもよい。
【0047】
上記実施形態にかかる電気式人工喉頭10の制御部24は、押しボタン21の押下に伴ってON/OFFスイッチ22からオン信号が供給されると、記憶部26に記憶されたパルス信号生成データを最初から1つずつ読み出すようになっているが、押しボタン21が押下される都度、この読み出し位置を変更するようにしてもよい。この変形例によると、押しボタン21が押下されるたびに異なるパターンの微小変化を有する音を発生させることができるので、慣れによる違和感の発生を防止できる。
【0048】
上記実施形態にかかる電気式人工喉頭10は、音の発生を指示する操作子である押しボタン21のみが搭載されていたが、音そのものの音圧や周期の変化を指示する別の操作子を搭載させてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】実施形態にかかる電気式人工喉頭の左側面図である。
【図2】実施形態にかかる電気式人工喉頭の上面図である。
【図3】実施形態にかかる電気式人工喉頭の回路構成図である。
【図4】実施形態にかかる基本周波数の特定の手法を示す図である。
【図5】実施形態にかかるレベルの特定の手法を示す図である。
【図6】実施形態にかかる、パルス信号の周期およびデューティー比に与える微小変化の周波数特性を示す図である。
【符号の説明】
【0050】
10…電気式人工喉頭、20…筐体、30…ボイスコイルモータホルダ、31…ボイスコイルモータ(請求項の「駆動部」に相当)、50…振動板、21…押しボタン(「原音発生指示部」に相当)、22…ON/OFFスイッチ、32…マグネット、33…ボビン、34…コイル、35…ヨーク、36…円形ゴム、37…軸、23…電源、24…制御部(「信号供給部」の一部に相当)、25…パルス信号出力部(「信号供給部」の一部に相当)、26…記憶部(「メモリ」に相当)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
振動板と、
パルス信号の供給を受け、そのパルス信号が示す周期または/およびデューティー比に応じた振動を上記振動板に与えて音を発生させる駆動部と、
音の発生を指示する原音発生指示部と、
上記原音発生指示部によって音の発生が指示されている間、その音を発生させるための基本となるパルス信号の波形に周期または/およびデューティー比の微小変化を与えて得られる一連のパルス信号を上記駆動部へ供給する信号供給部と、
を備えたことを特徴とする電気式人工喉頭。
【請求項2】
前記基本となるパルス信号の波形の低周期側および高周期側の所定範囲内の周期をそれぞれ指定する複数の周期指定データであって、肉声において計測された基本周期の時間的変化量に基づいて作成された複数の周期指定データのセットを記憶したメモリ、
をさらに備え、
前記信号供給部は、
前記メモリに記憶された各周期指定データを読み出し、それらの周期指定データが指定する周期のパルス信号の各々を、前記微小変化を与えて得られる一連のパルス信号として前記駆動部へ順次供給する、
ことを特徴とする請求項1に記載の電気式人工喉頭。
【請求項3】
前記基本となるパルス信号の波形の低デューティー比側および高デューティー比側の所定範囲内のデューティー比をそれぞれ指定する複数のデューティー比指定データであって、肉声において計測された音圧の時間的変化量に基づいて作成された複数のデューティー比指定データのセットを記憶したメモリ、
をさらに備え、
前記信号供給部は、
前記メモリに記憶された各デューティー比指定データを読み出し、それらのデューティー比指定データが指定するデューティー比となるパルス信号の各々を、前記微小変化を与えて得られる一連のパルス信号として前記駆動部へ順次供給する、
ことを特徴とする請求項1に記載の電気式人工喉頭。
【請求項4】
前記基本となるパルス信号の波形の低周期側および高周期側の所定範囲内の周期をそれぞれ指定する複数の周期指定データであって、そのパワースペクトル密度が周波数のべき乗に反比例するような複数の周期指定データのセットを記憶したメモリ、
をさらに備え、
前記信号供給部は、
前記メモリに記憶された各周期指定データを読み出し、それらの周期指定データが指定する周期のパルス信号の各々を、前記微小変化を与えて得られる一連のパルス信号として前記駆動部へ順次供給する、
ことを特徴とする請求項1に記載の電気式人工喉頭。
【請求項5】
前記基本となるパルス信号の波形の低デューティー比側および高デューティー比側の所定範囲内のデューティー比をそれぞれ指定する複数のデューティー比指定データであって、そのパワースペクトル密度が周波数のべき乗に反比例するような複数のデューティー比指定データのセットを記憶したメモリ、
をさらに備え、
前記信号供給部は、
前記メモリに記憶された各デューティー比指定データを読み出し、それらのデューティー比指定データが指定するデューティー比となるパルス信号の各々を、前記微小変化を与えて得られる一連のパルス信号として前記駆動部へ順次供給する、
ことを特徴とする請求項1に記載の電気式人工喉頭。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−242234(P2008−242234A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−84904(P2007−84904)
【出願日】平成19年3月28日(2007.3.28)
【出願人】(599008654)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【出願人】(591190955)北海道 (121)
【出願人】(391026106)株式会社電制 (12)