説明

電気泳動用ヒドロゲル及び電気泳動方法

【課題】電気泳動後の標的物質を高い効率で回収できる電気泳動用ヒドロゲルを提供する。
【解決手段】電気泳動用ゲルとして、ゲルからゾルへの相転移が容易な特定のヒドロゲルを用いることにより、電気泳動後のゲルからの標的物質の回収効率を向上させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気泳動用ヒドロゲル及び電気泳動方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質や核酸などの生体高分子は、生体内で重要な役割を担っており、未知の生体高分子の構造や機能を解明することは、生物学的・医学的に有用である。
生体高分子の分離精製および解析技術として、電気泳動が広く用いられている。電気泳動の基材として用いられるゲルとしては、アガロースゲルやポリアクリルアミドゲルが一般的である。
具体的には、タンパク質や核酸の電気泳動として、ポリアクリルアミドとSDS緩衝液とを用いて作製されたゲルを用いる電気泳動(SDS−PAGE)が広く知られている(例えば、特許文献1〜3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平5−103670号公報
【特許文献2】特開2005−351765号公報
【特許文献3】特表平10−510363号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、SDS−PAGEでは、高分子ゲルであるポリアクリルアミドゲルとタンパク質とが水素結合によって強固に相互作用するため、電気泳動後のゲルからのタンパク質の分離効率(抽出効率や回収効率ともいう)が低いという問題がある。このため、電気泳動後のタンパク質の構造解析や質量分析が行いにくい場合がある。
この問題に対し、現状では電気泳動を複数回行い、構造解析や質量分析に十分な量のサンプルを確保する、という古典的な対処法で研究が進められている。このため、ゲルからのタンパク質(標的物質)の回収効率自体を向上する根本的な対策が求められている。
【0005】
従って、本発明の目的は、電気泳動後の標的物質を高い効率で回収できる電気泳動用ヒドロゲル及び電気泳動方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、ゲルからゾルへの相転移が容易な特定のヒドロゲルを用いることで、ゲルからの標的物質の回収効率を向上できることを見出し、本発明を完成した。
即ち、前記課題を解決するための手段は以下のとおりである。
<1> 下記一般式(I)で表される化合物と、ドデシル硫酸ナトリウムと、を含む電気泳動用ヒドロゲル。
【0007】
【化1】

〔一般式(I)において、Rは水素原子又はアルキル基を表し、Zはアリーレン基を表し、Q、Q、及びQは、それぞれ独立に、二価又は三価の芳香族炭化水素基を表す。
、A、及びAは、それぞれ独立に、炭素数2〜5のアルキレン基を表す。
、S、及びSは、それぞれ独立に、糖基を表す。
m1、m2、及びm3はそれぞれ独立に、1又は2を表し、n1、n2、及びn3は、それぞれ独立に、1〜6の整数を表す。〕
【0008】
<2> 前記m1、前記m2、及び前記m3が、1である<1>に記載の電気泳動用ヒドロゲル。
<3> 前記A、前記A、及び前記Aが、エチレン基である<1>又は<2>に記載の電気泳動用ヒドロゲル。
<4> 更に、トリスヒドロキシメチルアミノメタンを含む<1>〜<3>のいずれか1項に記載の電気泳動用ヒドロゲル。
<5> 更に、グリシンを含む<1>〜<4>のいずれか1項に記載の電気泳動用ヒドロゲル。
<6> 更に、前記一般式(I)で表される化合物以外のゲル化剤を含む<1>〜<5>のいずれか1項に記載の電気泳動用ヒドロゲル。
<7> 前記一般式(I)で表される化合物以外のゲル化剤が、アガロースである<6>に記載の電気泳動用ヒドロゲル。
【0009】
<8> 試料液中の被検物質を、下記一般式(I)で表される化合物とドデシル硫酸ナトリウムとを含むヒドロゲル中に電気泳動法により展開させる工程を有する電気泳動方法。
【0010】
【化2】

【0011】
〔一般式(I)において、Rは水素原子又はアルキル基を表し、Zはアリーレン基を表し、Q、Q、及びQは、それぞれ独立に、二価又は三価の芳香族炭化水素基を表す。
、A、及びAは、それぞれ独立に、炭素数2〜5のアルキレン基を表す。
、S、及びSは、それぞれ独立に、糖基を表す。
m1、m2、及びm3はそれぞれ独立に、1又は2を表し、n1、n2、及びn3は、それぞれ独立に、1〜6の整数を表す。〕
【0012】
<9> 前記展開させる工程後のヒドロゲルから、標的物質を含む一部を分離する工程と、
分離されたヒドロゲルの一部をゾル化することにより、前記ヒドロゲルの一部から標的物質を分離する工程と、
を有する<8>に記載の電気泳動方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、電気泳動後の標的物質を高い効率で回収できる電気泳動用ヒドロゲル及び電気泳動方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本参考例2において、水及びホウ酸緩衝液のゲル化を行ったときの写真である。
【図2】本実施例1において、ゲル化剤濃度や加熱条件を変化させてSDS緩衝液のゲル化を行ったときの写真である。
【図3】本実施例1において、SDS緩衝液の組成を変化させてのSDS緩衝液のゲル化を行ったときの写真である。
【図4】本比較例1において、SDS緩衝液がゲル化せず、比較化合物が沈殿した様子を示す写真である。
【図5】本実施例2において、キャピラリーに超分子ヒドロゲル及びマーカータンパク質等を充填した様子を示す写真である。
【図6】本実施例2で用いたマーカータンパク質に含まれる8つのバンドを示す写真である。
【図7】本実施例2において、電気泳動後、マーカータンパク質が展開した様子を示す写真である。
【図8】本実施例3において、電気泳動後、キャピラリーから押し出された超分子ヒドロゲル及び切断位置を示す写真である。
【図9】本実施例3において、電気泳動後のヒドロゲルの各サンプル片を、それぞれSDS−PAGEの各レーンに展開した様子を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
まず、本発明の電気泳動用ヒドロゲル及び電気泳動方法に用いられる一般式(I)で表される化合物について説明し、引き続き、本発明の電気泳動用ヒドロゲル及び電気泳動方法について説明する。
【0016】
≪一般式(I)で表される化合物≫
本発明の電気泳動用ヒドロゲル及び電気泳動方法では、下記一般式(I)で表される化合物を用いる。
【0017】
【化3】

【0018】
一般式(I)において、Rは水素原子又はアルキル基を表し、Zはアリーレン基を表し、Q、Q、及びQは、それぞれ独立に、二価又は三価の芳香族炭化水素基を表す。
、A、及びAは、それぞれ独立に、炭素数2〜5のアルキレン基を表す。
、S、及びSは、それぞれ独立に、糖基を表す。
m1、m2、及びm3はそれぞれ独立に、1又は2を表し、n1、n2、及びn3は、それぞれ独立に、1〜6の整数を表す。
【0019】
一般式(I)で表される化合物は、該化合物の外郭である親水性部(具体的には、−[(O−An1−Sm1、−[(O−An2−Sm2、および−[(O−An3−Sm3)と、前記親水性部以外の部位(本明細書中では「疎水性部」という)と、から構成される平面状の分子である。
前記疎水性部は、3つのウレア構造を有する対称性の高い構造となっている。
【0020】
一般式(I)で表される化合物は、水を溶媒とする水系試料を容易にゲル化できる。即ち、一般式(I)で表される化合物は水系試料に対し優れたゲル化活性を示すヒドロゲル化剤として有用である。
また、一般式(I)で表される化合物は、水及びドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を含む水系試料(例えば、SDS緩衝液)をも容易にゲル化する。
以下、ゲル化された水系試料を「ヒドロゲル」ともいう。
【0021】
以下、一般式(I)で表される化合物による水系試料のゲル化について、推測されるゲル化機構を説明するが、本発明は以下のゲル化機構に限定されることはない。
一般式(I)で表される化合物(以下、単に「分子」ともいう)と水とが接触すると、疎水性部同士の相互作用及びウレア部分同士の水素結合を主たる駆動力として、各分子が自己集合して相互に重なり合い、一次元集積する。その結果、各分子が一次元集積した、繊維状の超分子集合体が形成される。この際に、一の分子中のQ、Q、及びQにおけるアリール基に存在するπ電子が、他の分子中のQ、Q、及びQにおけるアリール基に存在するπ電子と相互作用(πスタッキング)することで、分子同士の結合(重なり合い)をより強固にするものと考えられる。
以上のようにして形成された繊維状の超分子集合体は、水系試料中で集合し、三次元網目構造を形成する。三次元網目構造を形成した超分子集合体は、各分子の有する親水性部により水との親和性を有しているので、水系試料中で沈殿することはない。
従って、形成された三次元網目構造の隙間部分に水が存在することとなり、水系試料の流動性が低下し、ゲル化が起こるものと考えられる。
【0022】
本発明において、ゲル化活性の検出は、水系試料のゲル化を目視で確認することにより行う。
具体的には、内径5〜20mmの試験管に0.1〜5mLの水系試料を入れ、試験管を上下反転させて(試験管の底が上、試験管の口が下となるようにして)、60秒間静止させる。
60秒間経過しても試料が流れ落ちなかった場合を、ゲル化したもの(ゲル化活性有り)と判定する。
【0023】
一般式(I)で表される化合物を含むヒドロゲルは、一般的なヒドロゲルと同様に、室温(15℃〜25℃)でゲルの状態であり、外部刺激(加熱による刺激、攪拌などの物理的な刺激、化学物質の添加など)によりゾル化する。化学物質の添加によるゾル化の例としては、一般式(I)で表される化合物の末端の糖基(S、S及びS)と強く相互作用するレクチンを添加することにより、一般式(I)で表される化合物同士の自己集合を解消してゾル化することが挙げられる。
以上の、ヒドロゲルがゾルへ相転移する性質を利用して、電気泳動による展開後のヒドロゲルから標的物質(タンパク質や核酸等)を、効率よく回収できる。
【0024】
また、一般式(I)で表される化合物は、従来にない対称性が高い化学構造を有している。このため、合成の容易性や、化合物同定の容易性の面で優れている。
このように、分子の対称性が高いゲル化剤としては、オルガノゲル化剤として、特開2008−189559号公報に記載の尿素化合物又はチオ尿素化合物が知られている。
一般式(I)で表される化合物は、上記オルガノゲル化剤の末端に親水性基を導入する、という明確な分子設計指針に基づいて合成できるものである。
このため、例えば後述する電気泳動方法に用いる場合には、展開させるタンパク質や核酸の種類に応じ、適切な親水性基を選択して導入する、といった従来にない自由度(融通性)の高い合成が可能となる。
【0025】
一般式(I)において、3つのRは同一の基を表す。
一般式(I)におけるRとしては、ゲル化活性の観点からは、水素原子又は炭素数1〜6のアルキル基が好ましく、水素原子又は炭素数1〜5のアルキル基がより好ましく、水素原子であることが特に好ましい。
【0026】
一般式(I)において、3つのZは同一の基を表す。
前記Zで表されるアリーレン基としては、フェニレン基、ビフェニレン基、ナフチレン基、等が挙げられるが、一般式(I)で表される化合物の低分子量化の観点等からは、フェニレン基が好ましい。
【0027】
一般式(I)中、Qで表される二価又は三価の芳香族炭化水素基は、換言すれば、1つ又は2つの−[(O−An1−S]基で置換されたアリール基である。該アリール基としては、フェニル基、ナフチル基、ビフェニル基、等が挙げられるが、一般式(I)で表される化合物の低分子量化の観点等からは、フェニル基が好ましい。
前記アリール基に対する−[(O−An1−S]基の置換位置は、ゲル化活性の観点からは、親水性基が一般式(I)で表される化合物の最外郭に位置する置換位置であることが好ましい。
具体的には、前記アリール基が、1つの−[(O−An1−S]基により置換されたフェニル基である場合、前記−[(O−An1−S]基は、前記フェニル基の4位に置換することが好ましい。また、前記アリール基が、2つの−[(O−An1−S]基により置換されたフェニル基である場合、前記−[(O−An1−S]基は、前記フェニル基の3位及び5位に置換することが好ましい。
【0028】
一般式(I)中、Qで表される二価又は三価の芳香族炭化水素基は、換言すれば、1つ又は2つの−[(O−An2−S]基で置換されたアリール基である。該アリール基としては、前記Qで表されるアリール基と同義であり、好ましい範囲も同様である。
に対する−[(O−An2−S]基の好ましい置換位置については、前述のQに対する−[(O−An1−S]基の好ましい置換位置と同様である。
【0029】
一般式(I)中、Qで表される二価又は三価の芳香族炭化水素基は、換言すれば、1つ又は2つの−[(O−An3−S]基で置換されたアリール基である。該アリール基としては、前記Qで表されるアリール基と同義であり、好ましい範囲も同様である。
に対する−[(O−An3−S]基の好ましい置換位置については、前述のQに対する−[(O−An1−S]基の好ましい置換位置と同様である。
【0030】
、Q、及びQは、同一の基であっても異なる基であってもよいが、一般式(I)で表される化合物の対称性の観点からは、同一の基であることが好ましい。
【0031】
一般式(I)中、m1、m2、及びm3はそれぞれ独立に1又は2を表すが、タンパク質の電気泳動をより効果的に行う観点からは、1が好ましい。
【0032】
一般式(I)中、n1、n2、及びn3は、それぞれ独立に、1〜6の整数を表すが、合成容易性の観点からは、1〜3が好ましい。
また、n1、n2、及びn3は、タンパク質の電気泳動をより効果的に行う観点からは、2〜5が好ましい。
【0033】
一般式(I)中、A、A、及びAは、それぞれ独立に、炭素数2〜5のアルキレン基を表す。
前記アルキレン基としては、アルキレンオキシ基(AO、AO、及びAO)の形態での親水性を維持する観点からは、炭素数2〜4のアルキレン基が好ましく、炭素数2又は3のアルキレン基がより好ましく、エチレン基(即ち、炭素数2のアルキレン基)が特に好ましい。
【0034】
一般式(I)中、S、S、及びSは、それぞれ独立に、糖基を表す。
ここで、糖基とは、糖に由来する一価の基を表す。
具体的には、糖の水酸基のうちの一つから水素原子を除いた残基を指す。
前記糖基は、アルキル基(メチル基やエチル基等)、スルホ基、等の置換基によって置換されていてもよい。
前記糖の種類には特に限定はないが、ゲル化活性の観点からは、単糖又はオリゴ糖が好ましく、単糖又は二糖であることがより好ましく、単糖であることが特に好ましい。
【0035】
前記単糖としては、5炭糖又は6炭糖が好ましい。
前記5炭糖としては、リボース、デオキシリボース、フルクトース、等が挙げられる。
前記6炭糖としては、グルコース、マンノース、ガラクトース、等が挙げられる。
上記の中でも、6炭糖が好ましく、グルコース、マンノース、ガラクトースが特に好ましい。
【0036】
前記二糖類としては、例えば、マルトース、イソマルトース、ラクトース、トレハロース、スクロース、セルビオース、等が挙げられる。
上記の中でも、マルトースが特に好ましい。
【0037】
一般式(I)で表される化合物は、合成容易性の観点等から、低分子化合物であること、具体的には分子量5000以下の化合物であることが好ましく、分子量3000以下の化合物であることがより好ましい。また、一般式(I)で表される化合物の分子量の下限は、ゲル化活性の観点等から、500が好ましい。
より具体的には、一般式(I)で表される化合物の分子量は、ゲル化活性及び合成容易性の観点等から、500〜3000が好ましく、1500〜2500がより好ましい。
【0038】
一般式(I)で表される化合物は、例えば、ベンゼン誘導体を原料として、以下の3段階で合成できる。
1,3,5−トリス(ブロモメチル)−2,4,6−トリエチルベンゼン等のハロゲン化ベンゼン誘導体とニトロフェノールとを反応させて、トリスニトロ化合物を合成する(第1段階)。
得られたトリスニトロ化合物を還元して、トリスアミン化合物を得る(第2段階)。
得られたトリスアミン化合物に対し、親水性基(具体的には、−[(O−An1−Sm1、−[(O−An2−Sm2、又は−[(O−An3−Sm3で表される基)及びイソシアネート基(−NCO基)を有する芳香族化合物を反応させ、トリスチオウレア化合物である一般式(I)で表される化合物を得る(第3段階)。
ここで、第3段階に用いる親水性基及びイソシアネート基を有する芳香族化合物は、例えば、ニトロフェノールと親水性基との縮合反応、ニトロ基の還元によるアミンの合成、及び、アミノ基とトリホスゲンとの反応により合成することができる。
【0039】
このような合成は、第3段階におけるイソシアネート基を有する芳香族化合物が、更に親水性基を含有すること以外は、特開2008−189559号公報段落番号〔0020〕〜〔0023〕に詳細に記載されているオルガノゲル化剤の合成方法と同様の方法により行うことができる。
以上のように、一般式(I)で表される化合物は、公知のオルガノゲル化剤の合成方法において、第3段階で用いる芳香族化合物に親水性基を導入するという、従来にない論理的な分子設計により合成できるものである。
【0040】
以下、一般式(I)で表される化合物の例示化合物(例示化合物(1)〜(5))を示す。但し、本発明はこれらの例示化合物に限定されるものではない。
【0041】
【化4】

【0042】
上記例示化合物群において、「1βGlu」で表される基は、βグルコースの1位の水酸基から水素原子を除いた1価の基であることを示し、「1βMal」で表される基は、βマルトースの1位の水酸基から水素原子を除いた1価の基であることを示す。
【0043】
≪電気泳動用ヒドロゲル≫
本発明の電気泳動用ヒドロゲルは、前記一般式(I)で表される化合物と、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)と、を含む。
本発明の電気泳動用ヒドロゲルは、前述のとおり、外部刺激(加熱による刺激、攪拌などの物理的な刺激、化学物質の添加による刺激など)によってゾルへと相転移する。このため、電気泳動用のゲルとして本発明の電気泳動用ヒドロゲルを用いることで、電気泳動による展開後の標的物質(タンパク質や核酸など)を効率よく回収することができる。
また、本発明の電気泳動用ヒドロゲルは、タンパク質の電気泳動だけでなく、DNA等の核酸の電気泳動にも好適であり、展開後の核酸の回収効率を上げることができる。
【0044】
本発明の電気泳動用ヒドロゲル中においてSDSは、例えば、陰イオン性界面活性剤の機能を果たす。但し、本発明はこの機能により限定されることはない。
本発明の電気泳動用ヒドロゲル中における、一般式(I)で表される化合物の含有量は、ゲルの安定性の観点から、1.5質量%以上が好ましく、2.0質量%以上がより好ましい。
また、本発明の電気泳動用ヒドロゲル中における、一般式(I)で表される化合物の含有量の上限は、ゲルの均質性保持の観点から、15質量%以下が好ましく、10質量%以下がより好ましい。
【0045】
本発明の電気泳動用ヒドロゲル中におけるSDSの含有量は、ゲル化能の保持の観点から、0.05質量%以上が好ましく、0.1質量%以上がより好ましい。
また、本発明の電気泳動用ヒドロゲル中におけるSDSの含有量は、ヒドロゲルの安定性の観点から、1.0質量%以下が好ましく、0.5質量%以下がより好ましい。
【0046】
本発明の電気泳動用ヒドロゲルは、電気泳動させる生体試料(タンパク質、核酸等)への影響を低減する観点より、緩衝剤を含むことが好ましい。即ち、本発明の電気泳動用ヒドロゲルは、緩衝液のゲル化により得られたヒドロゲルであることが好ましい。
前記緩衝剤としては、生体高分子用途の緩衝液に含まれる緩衝剤として一般的に用いられている緩衝剤を特に制限無く使用できる。
前記緩衝剤として、具体的には、トリスヒドロキシメチルアミノメタン(以下、「トリス」や「Tris」ともいう)、4−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペラジンエタンスルホン酸(以下、「ヘペス」や「HEPES」ともいう)、3リン酸ナトリウム(sodium phosphate)、ホウ酸、塩酸、酢酸ナトリウム、水酸化ナトリウム等が挙げられる。また、緩衝剤として、トリス−塩酸(Tris-HCl)、HEPES-NaOH、ホウ酸−水酸化ナトリウム(borate NaOH)等、2種以上の組み合わせを用いてもよい。
中でも緩衝剤としては、電気泳動への適用の観点から、トリスが特に好ましい。
【0047】
次に、本発明の電気泳動用ヒドロゲルが前記緩衝剤を含む場合の好ましい含有量について説明する。
本発明の電気泳動用ヒドロゲル中における緩衝剤の含有量としては、電気泳動への適用の観点から、50mM以上が好ましく、100mM以上がより好ましい。
また、本発明の電気泳動用ヒドロゲル中における緩衝剤の含有量としては、ゲルの安定化の観点から、500mM以下が好ましく、300mM以下がより好ましい。
【0048】
本発明の電気泳動用ヒドロゲルは、透明ゲルを形成させる観点より、グリシンを含むことが好ましい。
本発明の電気泳動用ヒドロゲル中におけるグリシンの含有量としては、透明ゲルの形成の観点から、50mM以上が好ましく、150mM以上がより好ましい。
また、本発明の電気泳動用ヒドロゲル中におけるグリシンの含有量は、ゲル化能保持の観点から、500mM以下が好ましく、300mM以下がより好ましい。
【0049】
また、本発明の電気泳動用ヒドロゲルは、ゲルの物理的強度の確保の観点より、前記一般式(I)で表される化合物以外のゲル化剤(以下、その他のゲル化剤ともいう)を含むことが好ましい。
その他のゲル化剤としては、ゲルの安定性の観点から、アガロースが好ましい。
本発明の電気泳動用ヒドロゲル中におけるその他のゲル化剤の含有量としては、ゲルの物理的強度の確保の観点から、1質量%以上が好ましく、2質量%以上がより好ましい。
また、本発明の電気泳動用ヒドロゲル中におけるその他のゲル化剤の含有量は、ゲルの白濁を防ぐ観点から、10質量%以下が好ましく、5質量%以下がより好ましい。
【0050】
本発明の電気泳動用ヒドロゲルは、必要に応じ、上述した成分以外のその他の成分を含有していてもよい。
【0051】
本発明のヒドロゲルは、例えば、前述の一般式(I)で表される化合物と、SDSを含む水系試料と、を接触させることにより作製される。
前記接触は、一般式(I)で表される化合物と水系試料とを混合することにより行うことができる。
前記混合後、必要に応じ、1時間以上放置することにより、前述のとおり水系試料をゲル化させることができる。
【0052】
ここで、水系試料は、ドデシル硫酸ナトリウム及び水を含む試料であれば特に限定はないが、前述の緩衝剤を含む緩衝液(SDS緩衝液)が好適である。
前記水系試料(例えば、SDS緩衝液)のpHとしては、電気泳動への利用の観点からは、6.0〜9.0が好ましく、7.0〜8.5がより好ましい。
【0053】
本発明の水系試料のゲル化方法では、必要に応じ、ゲル化活性をより高めるために、前記一般式(I)で表される化合物との接触後の水系試料に、加熱処理及び超音波処理の少なくとも一方を施してもよい。
ここで、加熱処理及び超音波処理は併用してもよい。
併用の方法としては、加熱処理及び超音波処理を順次行ってもよいし、加熱処理及び超音波処理を同時に行ってもよい。
【0054】
前記加熱処理は、例えば、70℃以上(好ましくは80℃以上)の油浴中で30分間以上(好ましくは60分間以上)行う方法が挙げられる。
また、前記加熱処理は電子レンジ等を用いた電磁波加熱(例えばマイクロ波加熱)により行ってもよい。
マイクロ波加熱の条件は適宜調整できるが、例えば、周波数2.45GHz、電力500W〜700Wの条件で、0.5分間〜2.0分間行う条件が挙げられる。
【0055】
≪電気泳動方法≫
本発明の電気泳動方法は、試料液中の被検物質を、前記一般式(I)で表される化合物とドデシル硫酸ナトリウムとを含むヒドロゲル中に電気泳動法により展開させる工程を有する。
本発明の電気泳動方法では、外部刺激(加熱による刺激、攪拌などの物理的な刺激、化学物質の添加による刺激など)によってゾルへと相転移するヒドロゲルを用いるため、電気泳動による展開後の標的物質を効率よく回収することができる。
【0056】
ここで、被検物質は、電気泳動による展開の対象となる1種以上の組成からなる物質である。
また、標的物質は、展開後、分析対象として回収する物質を指す。
被検物質や標的物質として、具体的には、タンパク質または核酸(DNA等)を用いることができる。
また、ヒドロゲルとしては既述の本発明の電気泳動用ヒドロゲルを用いることができる。
【0057】
前記電気泳動法については特に限定は無く、例えば、キャピラリーにゲルを充填した電気泳動法、等を用いることができる。
キャピラリーにゲルを充填した電気泳動法を用いてタンパク質の電気泳動を行う場合、電気泳動の条件としては、例えば、50V〜150V、20分間〜60分間の条件が挙げられる。
【0058】
また、本発明の電気泳動方法は、前記展開させる工程後のヒドロゲルから、標的物質を含む一部を分離する工程を有することが好ましい。
分離の方法としては、切断して切り出す方法等、公知の方法を用いることができる。
【0059】
更に、本発明の電気泳動方法は、前記分離されたヒドロゲルの一部をゾル化することにより、前記分離されたヒドロゲルの一部から標的物質を分離する工程を有することが好ましい。
例えば、前記分離されたヒドロゲルの一部に、必要に応じバッファー液(緩衝液)を添加し、攪拌等を行ってゾル化する。ゾル化後は、分散処理及び遠心分離処理を施すことにより、上澄み液としてヒドロゲルから標的物質を分離することができる。
分散処理の条件としては、例えば、ボルテックスミキサーを用い、4000rpm以下で1分間〜5分間回転する条件が挙げられる。
遠心分離処理の条件としては、例えば、卓上遠心分離機を用い、10000rpm以下で1分間〜5分間回転する条件が挙げられる。
【実施例】
【0060】
以下、本発明の実施例について説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。尚、実施例中の「%」や「wt%」は、特に断わりのない限り「質量%」を表す。また、実施例中の「室温」は15℃〜25℃を表す。
【0061】
〔参考例1〕
<例示化合物(3)の合成>
下記反応スキーム3−1〜3−5に従って、例示化合物(3)を合成した。
以下、例示化合物(3)の合成例について詳細に説明する。
【0062】
まず、下記反応スキーム3−1に従い、化合物(3−b)を合成した。
【0063】
【化5】

【0064】
以下、反応スキーム3−1の詳細について説明する。
アルゴン雰囲気下、4-nitrophenol(325 mg、2.34 mmol)、K2CO3(745 mg, 5.39 mmol)のDMF (26.0 mL)懸濁液にグルコース誘導体である化合物(3−a)(1.06 g 1.80 mmol)の DMF (9.0 mL)溶液を加え、100 °Cで1.5時間加熱した。吸引濾過により不溶な成分を除き、濾液に水とCH2Cl2を加えて分液した。水層よりCH2Cl2で3回抽出し、有機層を合わせて飽和食塩水で洗浄した。無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、溶媒を減圧留去し、粗生成物を得た。
得られた粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(AcOEt/Hexane = 1/1→2/1)で精製し、目的の生成物である化合物(3−b)を無色透明のシロップとして956 mg (収率95%)得た。
【0065】
〜化合物(3−b)のNMRデータ〜
1H NMR (600 MHz, CDCl3)
δ = 2.01 (s, 3H), 2.02 (s, 6H), 2.08 (s, 3H), 3.68 (ddd, J = 2.4, 4.5, 10.0 Hz, 1H), 3.71-3.77 (m, 3H), 3.87 (t, J = 4.8 Hz, 2H), 3.98 (dt, J = 4.0, 10.7 Hz, 1H), 4.14 (dd, J = 2.7, 12.4 Hz, 1H), 4.19-4.21 (m, 2H), 4.25 (dd, J = 4.8, 12.4 Hz, 1H), 4.59 (d, J = 7.6 Hz, 1H), 5.00 (dd, J = 7.6, 9.6 Hz, 1H), 5.08 (t, J = 10.0 Hz, 1H), 5.19 (t, J = 9.3 Hz, 1H), 6.99 (d, J = 8.9 Hz, 2H), 8.21 (d, J = 8.9 Hz, 2H).
13C NMR (150 MHz, CDCl3)
δ = 170.56, 170.20, 169.37, 169.27, 163.76, 141.66, 125.89, 114.55, 100.81, 72.71, 71.80, 71.26, 70.60, 69.47, 69.05, 68.37, 68.15, 61.93, 20.69, 20.62, 20.58, 20.56
【0066】
次に、下記反応スキーム3−2に従い、化合物(3−c)を合成した。
【0067】
【化6】

【0068】
以下、反応スキーム3−2の詳細について説明する。
水素雰囲気下、出発原料である化合物(3−b)650 mg(1.17 mmol)と、触媒(10%パラジウム on 活性炭素)65.0 mgと、の酢酸エチル懸濁液を室温で1.5 時間撹拌した。ろ過により触媒を除去し、ろ液の溶媒を減圧留去して粗生成物を得た。
得られた粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(AcOEt/Hexane = 1/1→2/1)により精製し、目的物である化合物(3−c)をオレンジシロップとして532 mg(収率87%)得た。
【0069】
〜化合物(3−c)のNMRデータ〜
1H NMR (600 MHz, CDCl3)
δ = 2.01 (s, 3H), 2.02 (s, 3H), 2.03 (s, 3H), 2.08 (s, 3H), 3.43 (s, 2H), 3.67-3.73 (m, 3H), 3.76-3.79 (m, 3H), 3.96 (dt, J = 4.3, 11.2 Hz, 1H), 4.03 (t, J = 4.8 Hz, 2H), 4.13 (dd, J = 2.1, 12.4 Hz, 1H), 4.25 (dd, J1 = 4.8, 12.4 Hz, 1H), 4.62 (d, J = 8.2 Hz, 1H), 5.00 (dd, J = 8.2, 9.6 Hz, 1H), 5.08 (t, J = 9.6 Hz, 1H), 5.20 (t, J = 9.3 Hz, 1H), 6.63 (d, J = 8.9 Hz, 2H), 6.76 (d, J = 8.9 Hz, 2H).
13C NMR (150 MHz, CDCl3)
δ = 170.77, 170.35, 169.51, 151.90, 140.38, 116.41, 115.92, 100.89, 72.90, 71.80, 71.33, 70.57, 70.13, 69.17, 68.47, 68.22, 61.99, 20.82, 20.74, 20.70, 20.68
【0070】
次に、下記反応スキーム3−3に従い、化合物(3−d)を合成した。
【0071】
【化7】

【0072】
以下、反応スキーム3−3の詳細について説明する。
アルゴン雰囲気下、出発原料である化合物(3−c)562 mg(1.07 mmol)の1,2-dichloroethane(2.0 mL)溶液に、トリホスゲン317 mg(1.07 mmol)の1,2-dichloroethane(2.2 mL)溶液、トリエチルアミン0.30 mL(2.15 mmol)を順次加え、室温で30分撹拌した後、低沸点化合物を減圧留去しイソシアネートを主成分とする白色固体を得た。この白色固体を1,2-dichloroethane(4.2 mL)に溶解し、トリスアミン157 mg(0.355 mmol)を加え、36時間加熱還流した。反応液を室温に冷却した後、飽和塩化アンモニウム水溶液を加えた。水と塩化メチレンを加え反応液を希釈し分液し、水層より塩化メチレンで3回抽出した。有機層を合わせて飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、溶媒を減圧留去し、粗生成物を得た。
得られた粗生成物をAcOEt/Hexaneの再沈殿により精製し、目的物である化合物(3−d)を白色の固体として624 mg(収率84%)得た。
【0073】
〜化合物(3−d)のNMRデータ〜
1H NMR (600 MHz, DMSO-d6)
δ = 1.92 (s, 9H), 1.96 (s, 18H), 2.00 (s, 9H), 3.53-3.61 (m, 6H), 3.62-3.66 (m, 3H), 3.69 (t, J = 4.8 Hz, 6H), 3.81 (ddd, J = 3.8, 5.5, 11.3 Hz, 3H), 3.95 (ddd, J1 = 2.4, 4.8, 10.0 Hz, 3H), 3.99-4.01 (m, 9H), 4.16 (dd, J = 4.8, 12.4 Hz, 3H), 4.75 (dd, J = 8.2, 9.6 Hz, 3H), 4.83 (d, J = 8.3 Hz, 3H), 4.89 (t, J = 9.6 Hz, 3H), 5.10 (s, 6H), 5.24 (t, J = 9.6 Hz, 3H), 6.62 (dd, J = 2.1, 8.2 Hz, 3H), 6.84 (d, J = 8.9 Hz, 6H), 6.95 (d, J = 8.2 Hz, 3H), 7.15 (t, J = 8.2 Hz, 3H), 7.24 (s, 3H), 7.32 (d, J = 8.9 Hz, 6H), 7.51 (s, 3H), 8.50 (s, 3H), 8.63 (s, 3H).
13C NMR (150 MHz, DMSO-d6)
δ = 20.28, 20.36, 20.38, 20.50, 61.71, 67.28, 68.19, 68.62, 68.94, 69.06, 69.47, 70.57, 70.89, 72.07, 99.51, 104.77, 107.85, 110.75, 114.62, 120.00, 126.32, 129.57, 132.77, 137.66, 141.15, 152.63, 153.63, 158.77, 169.09, 169.29, 169.56, 170.05
【0074】
次に、下記反応スキーム3−4に従い、例示化合物(3)を合成した。
【0075】
【化8】

【0076】
以下、反応スキーム3−4の詳細について説明する。
出発物質である化合物(3−d)300.1 mg(143 μmol)のエタノール(3.4 mL)溶液にNaOEtを29.1 mg(428 μmol)を加え、室温で18時間撹拌した。反応混合物を透析膜を用いて精製し、溶媒を減圧留去することで、目的化合物である例示化合物(3)が黄土色固体として221 mg(収率97%)得られた。
エレクトロンスプレーイオン化質量分析(JEOL JMS-T100LC AccTOF)により、得られた目的化合物(例示化合物(3))の分子量が1597であることを確認した。
【0077】
〜例示化合物(3)のNMRデータ〜
1H NMR (600 MHz, DMSO-d6)
δ = 2.93-2.96 (m, 3H), 3.01-3.05 (m, 3H), 3.06-3.10 (m, 3H), 3.10-3.13 (m, 3H), 3.40-3.44 (m, 3H), 3.60-3.66 (m, 12H), 3.72 (t, J = 5.2 Hz, 6H), 3.89 (t, J = 6.2 Hz, 3H), 4.01 (t, J = 4.5 Hz, 6H), 4.15 (d, J = 8.2 Hz, 3H), 4.49 (t, J = 5.8 Hz, 3H), 4.89 (d, J = 5.5 Hz, 3H), 4.93 (d, J = 4.8 Hz, 3H), 4.99 (d, J = 4.8 Hz, 3H), 5.10 (s, 6H), 6.63 (dd, J = 2.1, 8.2 Hz, 3H), 6.84 (d, J = 8.9 Hz, 6H), 7.00 (d, J = 7.6 Hz, 3H), 7.14 (t, J = 8.2 Hz, 3H), 7.25 (s, 3H), 7.35 (d, J = 8.9 Hz, 6H), 7.51 (s, 3H), 8.98 (s, 3H), 9.10 (s, 3H).
13C NMR (150 MHz, DMSO-d6)
δ = 61.09, 67.29, 67.87, 68.94, 69.04, 69.84, 70.05, 73.41, 76.75, 76.91, 103.01, 104.79, 107.80, 110.78, 114.62, 120.01, 126.33, 129.56, 132.83, 137.67, 141.22, 152.69, 153.62, 158.76.
【0078】
以上、例示化合物(3)の合成例について説明したが、その他の一般式(I)で表される化合物も、この合成例と同様の方法により合成できる。
【0079】
〔参考例2〕
<水系試料のゲル化3>
上記で合成した例示化合物(3)をゲル化剤として用い、水系試料のゲル化を行った。
〜水のゲル化〜
ゲル化剤と水を混合し(ゲル化剤濃度1.0 wt%)、90℃の油浴中で振り混ぜながら加熱し、溶解後ゆっくりと冷却した。前記冷却後、試験管を上下反転させたときの写真を図1中の写真(A)に示す。
図1中の写真(A)に示すように、水系試料(ゲル化剤濃度1.0 wt%の水)は流れ落ちず、ゲル化が確認された。形成されたゲルは白色の半透明であった。
【0080】
〜ホウ酸緩衝液のゲル化〜
次に、上記の水をホウ酸緩衝液(Borate Buffer)に変え、ゲル化剤濃度を2.0wt%とした以外は上記水のゲル化と同様の条件にてホウ酸緩衝液のゲル化を行った。冷却後、試験管の口が底よりも下となるように傾けたときの写真を図1中の写真(B)に示す。
図1中の写真(B)に示すように、水系試料(ゲル化剤濃度1.0 wt%のホウ酸緩衝液)は流れ落ちず、ゲル化が確認された。ゲルの色は白色の半透明であった。
【0081】
〜その他の緩衝液のゲル化〜
次に、上記のホウ酸緩衝液を、下記表1に示す各pHの各緩衝液(3リン酸ナトリウム(sodium phosphate)緩衝液、トリス−塩酸(Tris-HCl)緩衝液、4−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペラジンエタンスルホン酸−水酸化ナトリウム(HEPES-NaOH)緩衝液、酢酸ナトリウム(NaOAc)緩衝液、ホウ酸−水酸化ナトリウム(borate NaOH)緩衝液)、トリス(25mM)−グリシン(192mM)−0.1%ドデシル硫酸ナトリウム(Tris-Glycine-SDS)緩衝液に変えた以外は上記ホウ酸緩衝液のゲル化と同様の条件にて、各緩衝液のゲル化を行った。
評価の結果を下記表1に示す。
【0082】
【表1】

【0083】
下記表1に示すように種々のpHの種々の緩衝液において、ゲル化が確認された。
【0084】
〔実施例1〕
<SDS緩衝液のゲル化>
ゲル化剤として上記例示化合物(3)を用い、SDS緩衝液のゲル化に関する実験を行った。詳細を以下に説明する。
【0085】
−ゲル化剤濃度変化及び加熱条件変化−
ゲル化剤とSDS緩衝液(トリス(25mM)−グリシン(192mM)−ドデシル硫酸ナトリウム(0.1%))を混合し(ゲル化剤濃度1.5wt%)、110℃の油浴中で振り混ぜながら加熱し、溶解後ゆっくりと冷却したところ、透明なゲルが生成された。
次に、ゲル化剤の濃度を2.0wt%に上げて同様にSDS緩衝液のゲル化を行ったところ、同様に透明なゲルが生成された(図2中のサンプル「a」)。
更にゲル化剤の濃度を4.0wt%に上げて同様にSDS緩衝液のゲル化を行ったところ、透明なゲルが生成された(図2中のサンプル「b」)。
【0086】
−加熱条件変化−
また、ゲル化剤とSDS緩衝液(トリス(25mM)−グリシン(192mM)−ドデシル硫酸ナトリウム(0.1%))を混合し(ゲル化剤濃度2.0wt%)、電子レンジで加熱処理を行ったところ、わずかに白濁したゲルが生成された(図2中のサンプル「c」)。ここで加熱処理は、電子レンジとしてTWINBIRD社製DR−D216を用い、700Wの条件で0.5〜2分間行った。
【0087】
−SDS緩衝液の組成変化−
ゲル化剤とSDS緩衝液(トリス(25mM)−ドデシル硫酸ナトリウム(0.1%))を混合し(ゲル化剤濃度2.0wt%)、110℃の油浴中で振り混ぜながら加熱し、溶解後ゆっくりと冷却したところ、無色透明のゲルが生成された(図3中のサンプル「a 2.0wt%」)。次に、ゲル化剤濃度を4.0wt%として同様にゲル化を行ったところ、白濁したゲルが生成された(図3中のサンプル「a 4.0wt%」)。
また、ゲル化剤とSDS緩衝液(トリス(25mM)−グリシン(96mM)−ドデシル硫酸ナトリウム(0.1%))を混合し(ゲル化剤濃度4.0wt%)、110℃の油浴中で振り混ぜながら加熱し、溶解後ゆっくりと冷却したところ、無色透明のゲルが生成された(図3中のサンプル「b」)。
【0088】
以上の結果より、種々のSDS緩衝液のゲル化が可能であることがわかった。
中でも、グリシンを含むSDS緩衝液は、より高ゲル化剤濃度の条件でも透明なゲルが生成される点で、電気泳動用ゲルとして特に好適であることがわかった。
【0089】
〔比較例1〕
出発物質を変更した以外は例示化合物(3)の合成と同様にして、下記比較化合物を合成した。
合成した比較化合物とSDS緩衝液(トリス(25mM)−グリシン(192mM)−ドデシル硫酸ナトリウム(0.1%))を混合し(比較化合物濃度2.0wt%)、110℃の油浴中で振り混ぜながら加熱し、溶解後ゆっくりと冷却したが、比較化合物の沈殿が生じ、ゲルを生じなかった(図4)。
ゲルを生じなかった原因は、エチレンオキシ基を有しない下記比較化合物では親水性が足りないためであると考えられる。
【0090】
【化9】

【0091】
〔実施例2〕
<超分子ヒドロゲルを用いた電気泳動>
ゲル化剤として上記例示化合物(3)を用い、SDS緩衝液としてトリス(25mM)−グリシン(192mM)−ドデシル硫酸ナトリウム(0.1%)緩衝液を用いて作製されたヒドロゲル(以下、「超分子ヒドロゲル」ともいう)を用いた電気泳動に関する実験を行った。詳細を以下に説明する。
【0092】
−キャピラリー1を用いた電気泳動−
上記ゲル化剤2.0wt%とアガロース2.0wt%と上記SDS緩衝液との混合液を電子レンジで加熱し、ゲル化剤が溶けて半透明になったところをキャピラリーで吸い取った。キャピラリーの両端にパラフィルムを巻き、再び電子レンジで加熱したところ、キャピラリー内に超分子ヒドロゲルが生成された。超分子ヒドロゲルが充填されたキャピラリーを、以下、キャピラリー1とする。
【0093】
次に、キャピラリー1を垂直に立てた状態で、キャピラリー1内の超分子ヒドロゲル上に、緩衝材として、トリス(0.5M)−塩酸(10%)−ドデシル硫酸ナトリウム(0.1%)緩衝液を充填した。
次に、上記緩衝材の更に上にマーカータンパク質1.0μLをのせて放置し、マーカータンパク質をキャピラリー1内の超分子ゲル中に浸透させた。
マーカータンパク質がゲルに浸透した後、図5に示すように、キャピラリー1の両端に2%のアガロースゲルを充填した。
ここで、マーカータンパク質としては、図6に示す8種のタンパク質を含むものを用いた(以降の実験も同様である)。
【0094】
次に、両端にアガロースゲルを充填した後のキャピラリー1の一端に陽極を、他端に陰極を接続し、135V、45分の電気泳動を行った。
その結果、マーカータンパク質の分離(展開)により、3本のバンドと4本の幅広いバンドが表れた(図7)。更に、電気泳動中においてキャピラリー内のゲルが壊れることはなかった。なお、別途の実験により、キャピラリーに充填するタンパク質の量やその他の条件を最適化することで、マーカータンパク質を8本のバンドに分離できることも確認した。
以上により、ゲルを用いた電気泳動により、タンパク質の分離が行えることが明らかとなった。
【0095】
−キャピラリー2を用いた電気泳動−
上記ゲル化剤2.0wt%と上記SDS緩衝液との混合液(アガロース無し)を110℃で加熱し、ゲル化剤が溶けて半透明になったところをキャピラリーで吸い取り、室温で静置したところ、キャピラリー内に超分子ヒドロゲルが生成された。超分子ヒドロゲルが充填されたキャピラリーを、以下、キャピラリー2とする。
キャピラリー1(アガロース有り)を用いた電気泳動と同様の方法により、キャピラリー2(アガロース無し)を用いた電気泳動を行ったところ、アガロース無しでもタンパク質の分離(展開)が進行することを確認した。
【0096】
キャピラリー1(アガロース有り)を用いた場合と、キャピラリー2(アガロース無し)を用いた場合とを比較すると、キャピラリー1を用いた場合の方が、よりシャープなバンドを得ることができた。
この原因については、キャピラリー1を用いた電気泳動においては、後述するように、アガロースが超分子ヒドロゲルに対する補強剤として機能し、電気泳動時の超分子ヒドロゲルの安定性を向上させるためと考えられる。
【0097】
〔比較例2〕
<アガロースゲルを用いた電気泳動>
電子レンジで加熱した2%アガロース溶液をキャピラリーで吸い取り、室温で放置することでキャピラリー内にアガロースゲルを充填した。
アガロースゲルが充填されたキャピラリーを用い、実施例2の「キャピラリー1を用いた電気泳動」と同様の方法により、電気泳動を行った(但し電気泳動の条件は135Vで60分間とした)。
その結果、マーカータンパク質は、バンドが確認できないほど幅広く分散した。
これにより、アガロースゲル自体にはタンパク質の分離能はないことが確認された。
即ち、実施例2の「キャピラリー1を用いた電気泳動」では、アガロースはタンパク質の分離能に寄与しているのではなく、超分子ゲルの補強剤としてのみ機能していることが確認された。
【0098】
〔実施例3〕
<超分子ゲルからのタンパク質の分離>
ゲル化剤濃度を1.5wt%とし、電気泳動の条件を135V、40分間としたこと以外は実施例2の「キャピラリー1を用いた電気泳動」と同様にして、タンパク質の電気泳動を行った。
電気泳動後のキャピラリーをデシケータ内で乾燥させた後、キャピラリー中の超分子ヒドロゲルをスライドガラスの上に押し出した。押し出された超分子ヒドロゲルを、図8中の破線で示した箇所で切断し、10片のサンプルを切り出した。図8中では、各サンプル片に1〜10の番号を付している(以下、サンプル片1〜10ともいう)。また、図8中の矢印はバンドの位置である。
【0099】
切り出したサンプル片のそれぞれに対し、H0と×2サンプルバッファー(組成は以下のとおりである)とを10μLずつ加え、ピペットマンの先で攪拌して超分子ゲルを壊した(ゾル化した)後、ボルテックスミキサー(イカジャパン(株)製Vortex Genious 3)で分散させ、遠心分離機(シグマ(株)製マイクロミニ遠心機(型式1−14))によってスピンオフし、生じた上澄み液を採取した。
【0100】
上記×2サンプルバッファーとしては、下記組成にH0を加え、10mLとしたものを用いた。また、×2サンプルバッファーの調製には以下の各試薬を用いた。
− 組成 −
0.5M Tris−HCl(pH6.8) … 2g
10% SDSaq … 4mL
β−メルカプトエタノール … 1g
グリセロール … 2g
Xylene Cyanol FF … 数mg
【0101】
− 試薬 −
Tris … 2−アミノ−2−ヒドロキシメチル−1,3−プロパンジオール(和光純薬工業(株))
HCl … 塩酸(鹿一級、関東化学(株))
β−メルカプトエタノール … 2−メルカプトエタノール(タンパク質研究用、ナカライテスク(株))
グリセロール … グリセリン(分子生物学研究用、ナカライテスク(株))
SDS … ドデシル硫酸ナトリウム(電気泳動用、東京化成工業(株))
Xylene Cyanol FF(和光純薬工業(株))
【0102】
サンプル片1〜10のそれぞれに対応する上澄み液を、それぞれ、SDS−PAGEのウェルの各レーン(図9中、1〜10の番号を付したレーン)にアプライし、300V、40mAの条件で90分間電気泳動を行った。泳動後は、銀染色によりタンパク質を検出した。
【0103】
SDS−PAGEによる電気泳動の結果を図9に示す。
図9中、1〜10の番号を付したレーン(以下、レーン1〜10ともいう)は、それぞれ、サンプル片1〜10の上澄み液を流したレーンである。また、番号を付していない左端のレーンは、マーカータンパク質を直接流したレーンである。図9中の破線は、マーカータンパク質のバンドに対応させて、各レーンを8分割する破線である。なお、図9中の各レーンの上から5番目の領域に共通して存在する2本のバンド(BSAのバンドの下に位置する2本のバンド)は、銀染色の現像が強すぎることによりできたartifactであり、マーカータンパク質に由来するバンドではない。
【0104】
図9に示すように、レーン1〜10に含まれるタンパク質のバンドの色濃度は、マーカータンパク質のバンドの色濃度に近いレベルであった。このことから、電気泳動後の超分子ゲルから、高い収率でタンパク質を回収できたことが確認された。
また、図9に示すように、キャピラリーでの電気泳動において、タンパク質を分子量順に泳動することができたことが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)で表される化合物と、ドデシル硫酸ナトリウムと、を含む電気泳動用ヒドロゲル。
【化1】

〔一般式(I)において、Rは水素原子又はアルキル基を表し、Zはアリーレン基を表し、Q、Q、及びQは、それぞれ独立に、二価又は三価の芳香族炭化水素基を表す。
、A、及びAは、それぞれ独立に、炭素数2〜5のアルキレン基を表す。
、S、及びSは、それぞれ独立に、糖基を表す。
m1、m2、及びm3はそれぞれ独立に、1又は2を表し、n1、n2、及びn3は、それぞれ独立に、1〜6の整数を表す。〕
【請求項2】
前記m1、前記m2、及び前記m3が、1である請求項1に記載の電気泳動用ヒドロゲル。
【請求項3】
前記A、前記A、及び前記Aが、エチレン基である請求項1又は請求項2に記載の電気泳動用ヒドロゲル。
【請求項4】
更に、トリスヒドロキシメチルアミノメタンを含む請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の電気泳動用ヒドロゲル。
【請求項5】
更に、グリシンを含む請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の電気泳動用ヒドロゲル。
【請求項6】
更に、前記一般式(I)で表される化合物以外のゲル化剤を含む請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載の電気泳動用ヒドロゲル。
【請求項7】
前記一般式(I)で表される化合物以外のゲル化剤が、アガロースである請求項6に記載の電気泳動用ヒドロゲル。
【請求項8】
試料液中の被検物質を、下記一般式(I)で表される化合物とドデシル硫酸ナトリウムとを含むヒドロゲル中に電気泳動法により展開させる工程を有する電気泳動方法。
【化2】

〔一般式(I)において、Rは水素原子又はアルキル基を表し、Zはアリーレン基を表し、Q、Q、及びQは、それぞれ独立に、二価又は三価の芳香族炭化水素基を表す。
、A、及びAは、それぞれ独立に、炭素数2〜5のアルキレン基を表す。
、S、及びSは、それぞれ独立に、糖基を表す。
m1、m2、及びm3はそれぞれ独立に、1又は2を表し、n1、n2、及びn3は、それぞれ独立に、1〜6の整数を表す。〕
【請求項9】
前記展開させる工程後のヒドロゲルから、標的物質を含む一部を分離する工程と、
分離されたヒドロゲルの一部をゾル化することにより、前記ヒドロゲルの一部から標的物質を分離する工程と、
を有する請求項8に記載の電気泳動方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−64601(P2011−64601A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−216261(P2009−216261)
【出願日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【出願人】(304023318)国立大学法人静岡大学 (416)