説明

電源装置

【課題】ホールスラスタの点火立ち上げを行う際に、電磁石の残留磁場の影響を可及的に低減し、常に安定した点火立ち上げを行うことが可能な電源装置を提供する。
【解決手段】磁場生成用コイル5に対して正負両方向に電流を流せるように構成されたコイル電源61,62と、各コイル電源61,62を制御して電流の向きを切替える制御回路28とを備え、制御回路28は、点火立ち上げを行う際、それに先立って磁場生成用コイル5に対して磁場生成動作時の電流の向きと逆方向に一時的に残留磁場低減用の電流を流す制御を行って残留磁場を消磁する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン加速を行うための放電機器であるイオン加速装置に用いる電源装置であって、特に人工衛星などに搭載される電気推進装置であるホールスラスタに適用される電源装置に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン加速を行うための放電機器であるイオン加速装置、特に人工衛星などに搭載される電気推進装置には、電磁加速型のホールスラスタや静電加速型のイオンスラスタなどがある。例えばホールスラスタは、環状の放電空間の一方からガスを導入し、放電空間内でガスをイオン化して加速し、このイオンを放電空間の他方に出力する。このイオンの出力の反作用によってホールスラスタの推力が得られる。環状の放電空間には径方向に磁束が形成されており、この磁束によるホール効果のために、電子は環状の放電空間の周方向にドリフトし、軸方向の動きが抑制される。これによって、イオンのみを効率的に加速することができる。
【0003】
ホールスラスタを安定に動作させる上での問題の一つとして、放電振動現象の発生が挙げられる。放電振動現象に関しては、いくつかの種類の振動現象がある。それらの振動現象の内、10kHz前後の周波数でアノード電流の電流波形が振動するという放電振動と呼ばれる現象がある。この放電振動は、ホールスラスタを搭載したシステムの安定性、信頼性および耐久性に重大な影響を及ぼす。そのため、この放電振動現象を抑制する制御方法が必要で、従来、放電振動を抑制するための制御方法が提示されている(例えば、下記の特許文献1参照)。
【0004】
この特許文献1でも述べられているように、放電振動はアノード電圧Va、磁束密度B、ガス流量Qがある決まった関係にあるときに生じる。このため、放電振動は動作条件が変化した場合、例えばホールスラスタの点火立ち上げ時などで特に問題となる。すなわち、ホールスラスタの点火立ち上げ時には、アノード電圧Vaの上昇に伴って、放電振動が発生する動作条件の領域を過渡的に通過し、その結果、放電振動によって例えば電源の保護が働いて正常な立ち上げができない場合がある。
【0005】
これを避けるために、点火立ち上げ時にアノード電圧とコイル電流を同時に制御して安定に点火するという方法が提案されている(例えば下記の特許文献1および非特許文献1参照)。例えば、非特許文献1によれば、この点火立ち上げ方法に従うと、放電振動が抑制できることに加えて、点火の瞬間の磁束密度を比較的弱くすることでパルス的な電流の発生を防止できるなどの効果が得られるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−177639号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】T.Tamida,H.Osuga,T.Nakagawa,T.Ozaki,I.Suga,K.Matsui.“Oscillation−Free Operation of Hall Thruster by the Synchronous Control of Power Conditioners”,Trans.JSASS Space Tech.Japan,Vol.7,No.ists26(2009),pp.47−52.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このように、点火立ち上げ時にコイル電流の過渡的な制御によって放電振動を抑制してホールスラスタの動作を安定化する上で重要になるのは、放電空間に必要な磁束密度が正確に印加されることである。
【0009】
この磁束密度は、通常、磁場生成用の電磁石のコイルに流すコイル電流の値を制御して調整するが、その際のコイル電流と実際に形成される磁束密度との間には、正確にはヒステリシス特性がある。そのため、点火立ち上げ時などにコイル電流を過渡的に変化させた際に、正確な磁束密度を得るためには、このヒステリシスの特性を十分把握して行わなければならない。
【0010】
電磁石を磁束飽和に至らない十分に電流値、磁束密度の低い領域で使用する場合は、電磁石のヒステリシス特性は大きな問題にならない。しかしながら、装置の小型化のため、電磁石のコアを小型軽量化した場合、コアの飽和磁束近くまで使用する可能性があり、このような場合はヒステリシス特性のために生じる磁束密度がそれまでの電流値の履歴に依存する。
【0011】
ここで特に問題となるのは、装置を一旦停止してコイル電流をゼロにした後、再び点火立ち上げを行う場合である。すなわち、コイル電流をゼロにしても、コアが残留磁場によってある程度の磁束密度を保持している可能性がある。その場合には、再度の点火立ち上げ時において、想定されるよりも強い磁束密度が印加され、その結果、放電振動が発生する動作条件の領域を過渡的に通過することとなり、安定な点火立ち上げができなくなる可能性がある。
【0012】
先の特許文献1および非特許文献1に記載の従来技術では、このような電磁石のコアの残留磁場の影響について十分に考慮されていない。そのため、ホールスラスタを一旦停止してコイル電流をゼロにした後に再び点火立ち上げを行うといったことが繰り返されるような場合には、安定な点火立ち上げができなくなる恐れがある。このことは、上述のホールスラスタに限らず、電磁石を用いる他の種類のスラスタについても同様に言えることである。
【0013】
本発明は、スラスタを一旦停止してコイル電流をゼロにした後に再び点火立ち上げを行うような場合にも、電磁石の残留磁場の影響を可及的に低減し、常に安定した点火立ち上げを行うことが可能な電源装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、アノード電極とガス流量系と磁場生成用コイルとを有するイオン加速装置を駆動制御する電源装置において、上記磁場生成用コイルに対して正負両方向に電流を流せるように構成されたコイル電源と、このコイル電源を制御して上記磁場生成用コイルに流れる電流の向きを切替える制御手段とを備え、この制御手段は、上記イオン加速装置の点火立ち上げを行う際には、これに先立って上記磁場生成用コイルに対して磁場生成動作時に流れる電流の向きと逆方向に一時的に残留磁場低減用の電流を流す制御を行うものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、スラスタの点火立ち上げの際、それに先立って、磁場生成用コイルに対して一時的に逆方向に電流を流すことにより電磁石に残った残留磁場を低減するので、残留磁場の影響が十分に除かれ、常に安定した点火立ち上げを行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施の形態1におけるホールスラスタおよびその電源装置を示す構成図である。
【図2】電磁石を構成するコアの残留磁場のヒステリシス特性を示す説明図である。
【図3】図1の電源装置において、残留磁場の影響を低減するためのコイル電源を示す構成図である。
【図4】本発明において、残留磁場の影響を低減するための動作原理を示す説明図である。
【図5】図3のコイル電源の変形例を示す構成図である。
【図6】本発明の実施の形態2におけるホールスラスタの電源装置において、残留磁場の影響を低減するためのコイル電源を示す構成図である。
【図7】図6のコイル電源の変形例を示す構成図である。
【図8】本発明の実施の形態3におけるホールスラスタの電源装置において、残留磁場の影響を低減するためのコイル電源を示す構成図である。
【図9】図8の構成において、残留磁場の影響を低減するためにコイルに流す交流電流の波形図である。
【図10】図8の構成においてコアの残留磁場が次第に低減される様子を示す説明図である。
【図11】本発明の実施の形態4におけるホールスラスタの電源装置において、電磁石に流すコイル電流と、これに伴う放電空間の磁束密度の変化との関係を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
実施の形態1.
図1は本発明の実施の形態1におけるホールスラスタおよびその電源装置を示す構成図である。
【0018】
ホールスラスタ1は、磁場生成用コイルとして互いに同心状に配置された内部コイル11と外部コイル12、内部コイル11と外部コイル12の間に配置された円環状のアノード電極14、円環状のイオン加速領域を形成する内部リング15と外部リング16、内部リング15と外部リング16の解放端側に設けられた磁束密度調整用のポールピース17、およびガス流量系を構成するためのガス流量調節器18を有する。そして、内部リング15と外部リング16の間に囲まれた空間にイオン加速領域となる円環状のチャネル19が形成され、また、内部コイル11と外部コイル12はコア10に巻装されて電磁石が構成されている。さらに、このホールスラスタ1に対しては電子を供給してイオンを加速するための陰極であるホローカソード3が設けられている。
【0019】
そして、チャネル19の底面側からガスが供給されてチャネル19内でガスがイオン化され、ホローカソード3とアノード電極14との間に印加された電圧によってイオンが加速され、チャネル19の解放端側にイオンビームとして噴射されることで推力を得る。その場合の印加電圧がアノード電圧Va、そのときに流れる電流がアノード電流Iaである。
【0020】
その際、イオンのみを効率的に加速するために、内部コイル11と外部コイル12を備えた電磁石によって形成された磁場によるホール効果で、電子は円環状のチャネル19内に閉じ込められる。また、ポールピース17によって、円環の半径方向にほぼ均一に磁場が印加されるように、また、ポールピース17などの磁気回路の設計によってチャネル19の出射端付近の磁束密度Bが最も高くなるようにそれぞれ設計されている。また、内部コイル11と外部コイル12に流れる電流を調整することで磁束密度を変化させる。
【0021】
電源装置2は、ホールスラスタ1およびホローカソード3を駆動制御するものであり、アノード電極14に所定の電圧を印加するためのアノード電源21、内部コイル11に所定の電流を流すための内部コイル電源22、外部コイル12に所定の電流を流すための外部コイル電源23、ガス流量調節器18によるガス流量を制御するガス流量制御装置25、ホローカソード3に供給するガス流量を制御するガス流量制御装置31、ホローカソード3を加熱するヒータ電源26、ホローカソード3に所定の電圧を印加して電子の流れを安定化するためのキーパ電源27、およびこれらの動作を制御する制御手段としての制御回路28を備えている。
【0022】
次に、電磁石を構成するために内部コイル11および外部コイル12が巻装されたコア10のヒステリシス特性について、図2を用いて説明する。
【0023】
まず、内部コイル11,外部コイル12に電流が流れておらず、コア10の残留磁場も存在しない状態が(1)である。この状態から各コイル11,12に電流を少し流すと、(2)のように磁束密度が形成される。(1)と(2)の間はほぼ線形に電流に対して磁束密度が大きくなる。通常はこのような線形の領域で用いる。
【0024】
しかしながら、コア10の小型軽量化を行ってこのような線形の領域を超えて電流を流し、できるだけ強い磁束密度を得ようとした場合(図の(3)の状態)、コア10が飽和し始め、電流を流しても磁束密度が線形に増加しない領域になる。そして、(3)の状態で装置を一旦停止してコイル電流がゼロになったとする。その場合、磁束密度はコア10のヒステリシス特性のためにゼロつまり(1)の状態には戻らず、電流を流していないのにある程度の磁束が残った(5)の状態となる。これが残留磁場である。残留磁場の値はどこまで電流を流したかなど、過去の履歴やコア10の種類に依存する。(5)の状態から次にホールスラスタ1の点火立ち上げを再度行うために各コイル11,12に電流を流すと、(2)の領域を通過せずに(4)の状態のように、(5)の残留磁場がオフセットされた状態で磁束が増加してしまう。その結果、放電振動が発生する動作条件の領域を過渡的に通過することとなり、安定な点火立ち上げができなくなる。
【0025】
図3には、このような残留磁場がオフセットされた状態になるのを解消して、安定な点火立ち上げを行うためのコイル電源の構成を示す。なお、この実施の形態1では内部コイル11に対して内部コイル電源22が、また外部コイル12に対して外部コイル電源23がそれぞれ個別に設けられているが、各コイル11,12やその各電源22,23の基本的な構成は両者同じなので、ここでは、説明の便宜上、磁場生成用の各コイル11,12を区別せずに単にコイル5と、また各コイル電源22,23を区別せずに単にコイル電源6と総称する。
【0026】
図3において、コイル電源6は、コイル5に対して一方向(正方向)に直流の電流Icを流す第1の電流源61と、コイル5に対して第1の電流源61とは逆方向(負方向)に直流の電流Icを流す第2の電流源62とを備える。そして、両電流源61,62が互いに並列に接続されるとともに、各電流源61,62に対して、各電流源61,62を選択するための選択スイッチ71,72が個別に接続されている。そして、制御回路28は、このコイル電源6の選択スイッチ71,72をオン/オフ制御してコイル5に流れる電流Icの向きを切替える。
【0027】
すなわち、ホールスラスタ1を駆動する場合、コイル5に通電して磁場生成を行う必要があるため、制御回路28は、この磁場生成動作時に一方の選択スイッチ71をオン、他方の選択スイッチ72をオフにして、第1の電流源61からコイル5に一方向(正方向)の電流Icが流れるようにする。
【0028】
次に、ホールスラスタ1の駆動を停止して電流Icをゼロにすると、磁束密度はコア10のヒステリシス特性のためにゼロの状態には戻らず、図4に示すように、電流Icを流していないのにもかかわらず、ある程度の磁束が残った(5)の状態となり、残留磁場が存在する。
【0029】
そこで、制御回路28は、ホールスラスタ1を再度点火立ち上げする際には、これに先立ち、一時的に一方の選択スイッチ71をオフ、他方の選択スイッチ72をオンにして、第2の電流源62からコイル5に対して磁場生成動作時とは逆方向(負方向)に直流の電流Icを一時的に流す。図4では、(5)の状態から負方向に電流Icを流すことによって、一旦(6)の状態にしている。ここから、次に電流Icを小さくしていくと(7)の状態となる。(7)の状態は、残留磁場が完全にゼロである(1)の状態と同一ではないが、(5)の状態と比較するとコア10の残留磁場は十分に小さくなっている。
【0030】
そして、ホールスラスタ1を点火立ち上げするため、再度、一方の選択スイッチ71をオン、他方の選択スイッチ72をオフにして、第1の電流源61からコイル5に対して一方向(正方向)に直流の電流Icを流すと、(8)の状態を経過し、点火立ち上げ時に適した弱い磁場を実現することができる。
【0031】
なお、図3に示した構成では第1の電流源61と第2の電流源62は、共にコイル5に対して同じ大きさの電流Icが流れるように電流容量を設定しているが、残留磁場を十分小さくするという目的を達成するだけであれば、この構成に限らず、例えば図5に示すように、第1の電流源61の電流容量よりも、第2の電流源62の電流容量を小さくして、残留磁場低減時にはコイル5に対して逆方向(負方向)に小さな電流Icが流れるようにしてもよい。
【0032】
以上のように、この実施の形態1では、ホールスラスタ1を一旦停止して磁場生成用コイルに流す電流をゼロにした後、再び点火立ち上げを行う際には、それに先立って磁場生成用のコイルに対して一時的に逆方向に電流を流すことにより、電磁石のコアに残った残留磁場を十分に低減することができる。これにより、残留磁場の影響が除かれて常に安定した点火立ち上げを行うことが可能となる。
【0033】
実施の形態2.
図6は本発明の実施の形態2におけるホールスラスタの電源装置のコイル電源の部分を示す構成図であり、図3および図5に示した実施の形態1と対応する構成部分には同一の符号を付す。
【0034】
上記の実施の形態1では、コイル電源6として、コイル5に対して流れる電流の向きが互いに逆になる第1、第2の電流源61,62を設けてこれらの各電流源61,62を選択するようにした。一方、この実施の形態2では、コイル5に対して電流を流す単一の電流源61と、磁場生成動作時と残留磁場低減時とでコイル5に流れる電流の向きが互いに逆になるように電流方向を切り替える切替スイッチ73とを備えている。そして、制御回路28は、ホールスラスタ1を再度点火立ち上げする際には、これに先立ち、切替スイッチ73の接続を切替えて電流源61からコイル5に対して磁場生成動作時とは逆方向に直流の電流Icを一時的に流すことで残留磁場を低減する。
【0035】
なお、図6に示したような切替スイッチ73を設ける代わりに、例えば図7に示すように、単一の電流源61とコイル5との間にフルブリッジ構成のインバータ74を設け、制御回路28でコイル5に流れる電流の向きを切替えるようにしても同様な作用効果を奏することができる。
【0036】
また、この実施の形態2では、コイル5に流れる電流を一旦ゼロにした後、電流の向きを切替えることを想定しているので、回生経路は特に記載していないが、実際にはコイル5に電流が流れている間に切り替えを行う可能性があるので、回生用の還流ダイオードなどを設けることが好ましい。
【0037】
実施の形態3.
図8は本発明の実施の形態3におけるホールスラスタの電源装置のコイル電源の部分を示す構成図であり、図3および図5に示した実施の形態1と対応する構成部分には同一の符号を付す。
【0038】
上記の実施の形態1では、コイル5に流れる電流の向きが互いに逆になる第1、第2の電流源61,62を設けて各電流源61,62を選択するようにした。一方、この実施の形態3では、残留磁場低減時にコイル5に対して交流電流を印加して徐々に電流の値を小さくすることで確実に消磁を行うようにしたものである。
【0039】
すなわち、この実施の形態3のコイル電源6は、コイル5に対して直流の電流を一方向に流す第3の電流源63と、コイル5に対して正負両方向、すなわち交流電流を流す第4の電流源64とを備える。そして、両電流源63,64が互いに並列に接続されるとともに、各電流源63,64に対して、各電流源63,64を選択するための選択スイッチ73,74が個別に接続されている。
【0040】
そして、制御回路28は、ホールスラスタ1を駆動するにはコイル5に通電して磁場生成を行う必要がある。そのため、この磁場生成動作時には一方の選択スイッチ73をオン、他方の選択スイッチ74をオフにして第3の電流源63からコイル5に対して一方向(正方向)の電流Icが流れるようにする。
【0041】
一方、ホールスラスタ1を再度点火立ち上げする際には、これに先立って、一方の選択スイッチ73をオフ、他方の選択スイッチ74をオンにして、第4の電流源64からコイル5に対して交流電流を印加して徐々に電流値を小さくすることで確実に残留磁場の消磁を行う。
【0042】
図9は残留磁場を低減するために、第4の電流源64からコイル5に対して流す交流電流を示す波形図である。図9のように、交流電流を徐々にその振幅が小さくなるように流すと、図10に示すように、(5)の状態の残留磁場が交流電流の一周期ごとに小さくなり、最後にはほぼ完全に消磁されて(1)の状態に戻っている。
なお、このような動作は、図8に示した回路構成のものでも可能であるが、これに限らず、例えば図7に示したインバータ74を設けた回路でも可能である。
【0043】
実施の形態4.
上記の各実施の形態1〜3では、ホールスラスタ1を点火立ち上げする際、これに先立って残留磁場を低減するようにしている。一方、この実施の形態4では、磁場の残留成分をある程度予測し、ホールスラスタ1の点火立ち上げを行うたびに、あるいは一定動作期間ごとにホールスラスタ1の磁束の向きが交互に切替わるようにして残留磁場の影響を低減するようにしたものである。
【0044】
前述のように、磁束の向きは電子の回転方向にかかわるだけであり、ホールスラスタ1の性能には影響しない。すなわち、ホールスラスタ1のチャネル19の内側から外側に磁束を印加しても、外側から内側に磁束を印加しても性能に影響しないので、例えばホールスラスタ1が停止して再度点火立ち上げを行うたびに、磁束の向きを切り替えるようにする。この場合、飽和に近いところ(図2の(3)の状態)までコイル5に電流Icを流すと、図11に示すようなヒステリシス特性が現れる。この特性を予測して、必要な大きさと向きの磁束密度が印加されるように制御する。
【0045】
例えば、図11において、前回のホールスラスタ1の点火立ち上げの際に、コイル5に流す電流をIc1から出発して(3)の飽和に近い状態まで流し、ホールスラスタ1を停止するときにはIc2まで電流を流す。次回のホールスラスタ1の点火立ち上げの際には、コイル5に流す電流をIc2から出発して(6)の飽和に近い状態まで流し、ホールスラスタ1を停止するときにはIc1まで電流を流す。
【0046】
これを実施するためには、コイル5に流れる電流Icの大きさを制御するとともに、その電流Icの大きさに応じて電流の向きを切り替えればよい。したがって、具体的なコイル電源6としては、前述の図3、図5〜図7のいずれかの構成を採用し、制御回路28によって、電流源61,62から供給される電流Icの大きさを制御するとともに、その電流Icの大きさに応じて電流の向きを切替える制御を行う。
【0047】
このように、磁束の向きを切り替えるようにすれば、同時にトルクを制御することが可能になる。すなわち、磁場の向きは、電子が円周方向にどちらの方向に回転するかを決めているが、これがホールスラスタ1の円周方向のトルクに影響する。この場合、一定方向にのみ磁場をかけていると、円周方向のトルクが蓄積されることになる。これに対して、一定動作期間ごとに磁場の向きを入れ替えるような操作を行えば、このようなトルクをキャンセルすることができるし、あるいは積極的にトルクを与えることもできる。宇宙空間においてトルク制御は非常に重要な課題であり、本発明のように磁場の向きを切り替えることによってトルク制御ができるので、極めて有用である。
【0048】
本発明は、特に、ホールスラスタの起動時の不安定現象、磁場の制御方法を解決するためのものであり、ホールスラスタに適用することが有効である。したがって、上記の全ての実施の形態1〜4において、イオン加速装置として、ホールスラスタという人工衛星の推進装置について述べている。
【0049】
しかしながら、本発明はホールスラスタと同様の装置をイオン源装置として用いる場合などに適用してもよい。また、本発明は、円環状のイオン源装置だけではなく、電圧によってイオンを加速し、磁場によって電子の動きを制限しようとするような一般的な電気推進装置やイオン加速装置、たとえばイオンスラスタなどにも適用が可能である。
【符号の説明】
【0050】
1 ホールスラスタ、11 内部コイル、12 外部コイル、14 アノード電極、
2 電源装置、21 アノード電源、22 内部コイル電源(磁場生成用コイル)、
23 外部コイル電源(磁場生成用コイル)、28 制御回路(制御手段)、
5 磁場生成用のコイル、6 コイル電源、61 第1の電流源、62 第2の電流源、
63 第3の電流源、64 第4の電流源、71,72 選択スイッチ、
73 切替スイッチ、74 インバータ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アノード電極とガス流量系と磁場生成用コイルとを有するイオン加速装置を駆動制御する電源装置であって、
上記磁場生成用コイルに対して正負両方向に電流を流せるように構成されたコイル電源と、このコイル電源を制御して電流の向きを切替える制御手段とを備え、この制御手段は、上記イオン加速装置の点火立ち上げを行う際には、これに先立って上記磁場生成用コイルに対して磁場生成動作時に流れる電流の向きと逆方向に一時的に残留磁場低減用の電流を流す制御を行うものである電源装置。
【請求項2】
上記コイル電源は、上記磁場生成用コイルに対して一方向に電流を流す第1の電流源と、上記磁場生成用コイルに対して上記第1の電流源とは逆方向に電流を流す第2の電流源と、上記磁場生成動作時には上記第1の電流源を、上記残留磁場低減時には上記第2の電流源をそれぞれ選択する選択スイッチと、から構成されている請求項1に記載の電源装置。
【請求項3】
上記第1の電流源の電流容量よりも上記第2の電流源の電流容量が小さく設定されている請求項2に記載の電源装置。
【請求項4】
上記コイル電源は、上記磁場生成用コイルに対して電流を流す単一の電流源と、上記磁場生成動作時と残留磁場低減時とで上記磁場生成用コイルに流れる電流の向きが互いに逆になるように電流方向を切り替える切替スイッチ、またはインバータとから構成されている請求項1に記載の電源装置。
【請求項5】
上記コイル電源は、上記磁場生成用コイルに対して一方向に電流を流す第3の電流源と、
上記磁場生成用コイルに対して正負両方向に電流を流す第4の電流源と、上記磁場生成動作時には上記第3の電流源を、上記残留磁場低減時には上記第4の電流源をそれぞれ選択する選択スイッチと、から構成されている請求項1に記載の電源装置。
【請求項6】
アノード電極とガス流量系と磁場生成用コイルとを有するイオン加速装置を駆動制御する電源装置であって、
上記磁場生成用コイルに対して正負両方向に電流を流せるように構成されたコイル電源と、このコイル電源を制御して電流の向きを切替える制御手段とを備え、この制御手段は、上記イオン加速装置の点火立ち上げを行うたびに、または一定動作期間ごとに、上記磁場生成用コイルに対して流れる電流の向きが交互に逆になるように制御する電源装置。
【請求項7】
上記イオン加速装置は、ホール効果を用いたイオン加速装置である請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の電源装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−149618(P2012−149618A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−10457(P2011−10457)
【出願日】平成23年1月21日(2011.1.21)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)