説明

電界電子放出型サージ吸収素子の製造方法

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】この発明は、電源線や通信線等を伝って侵入して来るサージ等の過電圧から電子機器の電子回路を保護するために、線間あるは各線とグランドとの間に挿入接続されるサージ吸収素子に係り、特に、電界電子放出現象を用いたサージ吸収素子の製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】従来、図12に示すように、電子機器の電子回路60に通じる電源線や通信線等の線L1,L2間、あるいは各線とGND(グランド)との間にサージ吸収素子62を接続し、誘導雷等のサージから電子回路60を保護することが行われている。すなわち、線L1,L2間あるいは線L1,L2−GND間に、サージ吸収素子62の定格以上のサージ電圧が印加される場合には、上記サージ吸収素子62が導通してサージをバイパスし、もって電子回路60を保護する仕組みである。
【0003】このようなサージ吸収素子62としては、放電間隙における放電現象を利用するガスアレスタや、電圧非直線特性を備えた高抵抗体素子であるバリスタ、あるいはpn接合形半導体のアバランシェ(電子雪崩)効果を利用したシリコンサージアブソーバなど様々な種類が存在しているが、最近になって電界電子放出現象を用いたサージ吸収素子が新たに加えられることとなった。
【0004】この電界電子放出現象を用いたサージ吸収素子は、特願平8−132728号に記載されている。図1に示すように、そこで開示されている電界電子放出型サージ吸収素子10は、n形半導体より成る第1の基板部材12と第2の基板部材14とを所定の距離を隔てて対向配置させ、両部材の内面周縁部をスペーサも兼ねた枠部材16を間に介して気密封止することによって形成された外囲器18を備えており、該外囲器18内は10-6〜10-8Torrの高真空状態に維持されている。また、上記第1の基板部材12の内面には、n形半導体より成る多数のエミッタ・コーン20が、所定の間隔をおいて突設されている。該エミッタ・コーン20は先端が尖った円錐または角錐形状をなしており、その先端が第2の基板部材14の内面に向いている。エミッタ・コーン20の表面をも含んだ第1の基板部材12の内面と第2の基板部材14の内面には、Nb、W、Mo、Cr、Ti、Th、Si、Ni、La、Ge、Al等よりなる薄膜や、W及びZrの二層構造、あるいは以上の各物質の中、少なくとも1種類を含んだ炭化物、酸化物、窒化物、無機化合物より構成される保護膜22が被覆されている。上記第1の基板部材12及び第2の基板部材14の外面には、それぞれ第1の外部電極24及び第2の外部電極26が形成され、各外部電極にはカソード端子28及びアノード端子30が接続されている。そして、各端子28,30を線L1,L2あるいはGNDに接続することにより、上記電界電子放出型サージ吸収素子10は、図12に示したのと同様に、線L1,L2間あるいは線L1,L2−GND間に挿入接続されることとなる。
【0005】しかして、上記線L1,L2間あるいは線L1,L2−GND間にサージ等の定格以上の過電圧が印加され、カソード側のエミッタ・コーン先端部20aに強い電界集中が生じると、量子力学的なトンネル効果によって、n形半導体内の電子がポテンシャル障壁を越えて真空中に放出される、いわゆる電界電子放出現象が生じる。放出された電子は高い電位のアノード側、すなわち第2の基板部材14内面で捕捉される結果、第2の基板部材14及び第1の基板部材12間に電流が流れる先駆放電が生成され、この先駆放電はその後真空火花放電(真空アーク放電)に移行することとなる。上記先駆放電が真空火花放電に移行する仕組みとしては、以下のものが考えられる。すなわち、上記先駆放電時の電子放出によってエミッタコーン先端部の電流密度が増加して生じた熱エネルギの作用で、エミッタコーンの表面を覆っている保護膜22を構成する金属から金属蒸気が発生したり、先駆放電による電子がアノード側に衝突する結果生じる熱エネルギによって、第2の基板部材14の内面を覆っている保護膜22の金属から同じく金属蒸気が発生し、これら電荷を帯びた金属蒸気が電流を形成する素となって真空火花放電が生起される。また、外囲器18内を完全な真空にするのは実際上困難であり、放電空間を構成する物質の表面には僅かながらガス分子が吸着あるいは付着しているのであるが、これらのガス分子が先駆放電の衝撃で空間内に放出され、このイオン化されたガス分子が電流を形成する素となることも、真空火花放電を促進する要因として挙げられる。
【0006】上記の電界電子放出現象は、エミッタ・コーン20に集中する電界強度が所定以上に高まった時点で初めて生じるものであり、これは所定値以上の電圧が両電極間に印加された場合にのみ両電極間に電流が流れることを意味するものである。すなわち、両電極間に印加される電圧の値と流れる電流との間には非直線的な関係が現れるため、定格以上の過電圧が印加された場合にのみ導通して過電圧をバイパスするというサージ吸収作用を発揮することが可能となる。
【0007】しかも、半導体中の電子の速度に比べ、真空中の電子は散乱を受けることなく進行するため、この電界電子放出型サージ吸収素子10は極めて高速に動作可能となる。また、p形半導体とn形半導体との接合構造を有していないため、シリコンサージアブソーバのように静電容量が大きくなるという問題も生じない。
【0008】図13は、このような電界電子放出型サージ吸収素子10によるサージ吸収特性を示すものであり、ピーク電圧値が3kVの原サージ波形に対するサージ吸収波形を示すグラフである。図示の通り、サージ電圧が印加されると、瞬時にピークが約2.32kVの先駆放電が生成した後、直ちに真空火花放電に移行して約400Vの安定したサージ吸収波形が得られる様子が示されている。
【0009】この電界電子放出型サージ吸収素子10にとって最も重要な構成要素であるエミッタ・コーン20は、大略以下のように形成されていた。まず、図14に示すように、n形Si基板42を酸化雰囲気中で酸化させ、表面に約150〜3000オングストロームの厚さのSiO2薄膜44を形成する。つぎに、フォトレジスト加工により、上記SiO2薄膜44の表面に直径約3〜10μmの円形パターンを形成し、BHF(Buffered 弗酸を用いたウエットエッチング)でSiO2薄膜44を選択的にエッチングすることにより、図15に示すように、円形の酸化膜マスク54を形成する。
【0010】つぎに、図16に示すように、Si基板42の表面に異方性ウエットエッチングを施し、上記酸化膜マスク54以外の表面を侵食させ、酸化膜マスク54が離脱する直前でこのエッチングを停止する。これにより、アンダーカット58が生じ、先端が平坦なエミッタ・コーンの原型ができあがる。これだけではエミッタ・コーンの先端を尖鋭化できないため、図17に示すように、再度表面を酸化させてSiO2薄膜44を形成し、その後ウエットエッチングを行ってSiO2薄膜44を除去し、先端20aが尖ったエミッタ・コーン20を形成する(図18R>8)。
【0011】
【発明が解決しようとする課題】ところで、上記電界電子放出型サージ吸収素子10の動作電圧(定格電圧)は、外囲器18内の真空度やエミッタ・コーン20表面の仕事関数、エミッタ・コーン先端部20aと第2の基板部材14の内面との間の距離、あるいはエミッタ・コーン先端部20aの尖鋭度によって決定される。すなわち、電界電子放出型サージ吸収素子10の動作電圧を比較的低く設定する必要がある場合には、外囲器18内の真空度を高める方法、エミッタ・コーン20の仕事関数を低下させる方法、エミッタ・コーン先端部20aと第2の基板部材14内面との間の距離をより短縮化させる方法、あるいはエミッタ・コーンの先端部20aをより尖鋭化させる方法が理論上は考えられるが、これらの中、外囲器18内の真空度の向上やエミッタ・コーン20の仕事関数の低減には一定の限界があり、また、エミッタ・コーンの先端部20aと第2の基板部材14との位置関係をμmオーダーで制御することは極めて困難であるため、結局エミッタ・コーン先端部20aの尖鋭度をより高める方法が最も現実的といえる。
【0012】しかしながら、上記したエミッタ・コーン20の形成方法では、先端部20aの角度をせいぜい40〜45度程度にしか形成できないという問題があった。このため、従来の電界電子放出型サージ吸収素子10にあっては、動作電圧を高めに設定することは比較的容易であるのに対し、動作電圧を低く設定することには限界があった。
【0013】この発明は、従来の上記問題に鑑みてなされたものであり、エミッタ・コーン先端部の尖鋭度をより高めることで動作電圧を比較的低く設定することが容易な電界電子放出型サージ吸収素子の製造方法を実現することを目的とする。
【0014】
【課題を解決するための手段】上記の目的を達成するため、この発明に係る電界電子放出型サージ吸収素子の製造方法は、一面に多数のエミッタ・コーンを一体形成した半導体よりなる電子放出部を備えた第1の基板部材と、一面に平面部を備えた第2の基板部材とを、上記第1の基板部材のエミッタ・コーンの先端部と上記第2の基板部材の平面部とが所定の距離を隔てて対向するように配置し、両基板部材の周縁を気密封止して外囲器を形成し、該外囲器内を高真空状態と成すと共に、両基板部材の外面にそれぞれ外部電極を形成してなる電界電子放出型サージ吸収素子の製造方法において、上記基板部材の表面に酸化膜マスクを多数形成する工程と、該基板部材の表面に、SF6とO2との混合ガスを用いたリアクティブ・イオン・エッチングを施して、上記酸化膜マスクによって覆われていない部分を侵食させ、以て酸化膜マスクの下方にエミッタ・コーンの原型となる柱状の突出部を形成する工程と、該突出部に対して、KOHとH2Oとを、その混合比率が100mlのH2Oに対して50gのKOHを混合してなる混合水溶液を用いて異方性ウエット・エッチングを施してその表面を侵食させ、以て先端が鋭利に尖ったエミッタ・コーンを形成する工程とを含むことを特徴とする。また、本発明に係る他の電界電子放出型サージ吸収素子の製造方法は、一面に多数のエミッタ・コーンを一体形成した半導体よりなる電子放出部と、エミッタ・コーンが形成されない平面部とを備えた第1の基板部材と、同じく一面に多数のエミッタ・コーンを一体形成した半導体よりなる電子放出部と、エミッタ・コーンが形成されない平面部とを備えた第2の基板部材とを、一方の基板部材のエミッタ・コーンの先端部と他方の基板部材の平面部とが所定の距離を隔てて対向するように配置し、両基板部材の周縁を気密封止して外囲器を形成し、該外囲器内を高真空状態と成すと共に、両基板部材の外面にそれぞれ外部電極を形成してなる電界電子放出型サージ吸収素子の製造方法において、上記基板部材の表面に酸化膜マスクを多数形成する工程と、該基板部材の表面に、SF6とO2との混合ガスを用いたリアクティブ・イオン・エッチングを施して、上記酸化膜マスクによって覆われていない部分を侵食させ、以て酸化膜マスクの下方にエミッタ・コーンの原型となる柱状の突出部を形成する工程と、該突出部に対してKOHとH2Oとを、その混合比率が100mlのH2Oに対して50gのKOHを混合してなる混合水溶液を用い異方性ウエット・エッチングを施してその表面を侵食させ、以て先端が鋭利に尖ったエミッタ・コーンを形成する工程とを含むことを特徴とする。
【0015】リアクティブ・イオン・エッチング(以下「RIE」と略称する)は、いわゆるドライエッチングに分類されるものであり、真空チャンバ内に設置した2枚の平行電極間に試料を配置させた上で、所定のガス媒体を真空チャンバ内に充填し、両電極間に高周波プラズマ放電を発生させてエッチングを行う方法であり、イオン衝撃による物理的エッチングと化学反応によるエッチングとが重畳作用して試料の加工を実現するものである。このため、エッチング速度が速い、エッチング対象物質を選択できるといった特性の他に、エッチング方向がイオン衝撃方向に集中するため、異方性に優れているという利点を備えている。
【0016】また、ウエットエッチングは、試料を所定の化学薬品に浸し、その化学反応を利用してエッチングを行うものであり、一般に、エッチング対象物質の選択性に優れる反面、等方性が強い、すなわちエッチング方向を制御し難く、オーバーエッチングが生じ易いという特徴を備えている。これに対し、異方性ウエットエッチングは、エッチング液の選定に工夫を凝らすことにより、ウエットエッチングながらも等方性を弱めてエッチング方向を制御し易くしたものである。
【0017】ところで、上記した従来のエミッタ・コーン形成方法にあっては、平板状の基板部材に対して最初からウェットエッチングを施すため、如何にエッチング方向を制御し易いといわれる異方性ウエットエッチングを用いるとはいえ、長時間侵食させるとオーバーエッチングによってエミッタ・コーンの高さを形成する以前に幅方向への侵食が進んでしまい、十分な高さや幅を備えたエミッタ・コーンを形成できなくなってしまう。このため、従来はエミッタ・コーンの先端部が十分な先鋭度を獲得するまで異方性ウエットエッチングを継続させることができず、適当な時間で切り上げざるを得なかった。そこで、エミッタ・コーン表面を再度酸化させた後に、この酸化膜を除去することで先端部の尖鋭化を図っていたのであるが、酸化膜自体はエミッタ・コーンの表面に極めて薄く形成されるに過ぎないため、これを除去したからといって先端部をそれほど尖鋭化できるものではなかった。
【0018】これに対し、この発明に係るエミッタ・コーンの形成方法にあっては、より異方性に優れたRIEによって、まず平板状の基板部材に柱状の突出部を形成してエミッタ・コーンの高さと幅をある程度確保した上で、異方性ウエットエッチングによるアンダーカットを利用してこの突出部の尖鋭化を図るため、突出部の先端部が十分に尖鋭化されるまで異方性ウエットエッチングを施しても、エミッタ・コーンの高さや幅を必要なレベルに維持することができるのである。実際に、従来の形成方法では、エミッタ・コーンの高さをせいぜい1〜1.3μm程度にしか形成できなかったが、本発明に係る形成方法を用いることで、エミッタ・コーンの高さを5μm以上に設定できるようになった。
【0019】要するに、全く平坦な状態の基板部材に対し、異方性ウエットエッチングによって高さと幅を同時に確保しながら先端部を尖鋭化させることは極めて困難であるのに対し、RIEによって十分な高さと幅を備えたエミッタ・コーンの原型を形成した後に異方性ウエットエッチングを施すのであれば、比較的短時間で先端部を十分尖鋭化させることが可能となるのである。
【0020】
【発明の実施の態様】本発明に係る第1の電界電子放出型サージ吸収素子10の基本的な構成は、上記した従来例と共通している。すなわち、図1に示したように、第1の基板部材12と第2の基板部材14とを所定の距離を隔てて対向配置させ、両基板部材の内面周縁部をスペーサを兼ねた枠部材16を間に介して気密封止することによって外囲器18を形成し、該外囲器18内を10-6〜10-8Torrの高真空状態に維持して成る。
【0021】上記第1の基板部材12の内面には、多数のエミッタ・コーン20が、所定の間隔をおいて略全面に亘って突設されている。図1は断面図であるため、一列のエミッタ・コーン20のみが表されているが、実際には一定の間隔をおいて縦横に整列配置されている。上記第1の基板部材12は、Si中にPやAs等の不純物を混入させて成るn形半導体によって形成されている。また、エミッタ・コーン20も同様にn形半導体より成り、第1の基板部材12と一体的に形成されている。エミッタ・コーン20は先端が尖った円錐または角錐形状をなしており、その先端部20aが第2の基板部材14の内面に向いている。ただし、エミッタ・コーン20の先端部20aと第2の基板部材14の内面との間には、所定の間隙が保たれている。上記エミッタ・コーン20の高さは約5μmに、底面の直径は約3〜10μmに、またエミッタ・コーン20間のピッチは約7.5〜15μmに設定されている。
【0022】エミッタ・コーン20の表面をも含んだ第1の基板部材12の内面には、保護膜22が被覆されている。この保護膜22は、Nb、W、Mo、Cr、Ti、Th、Si、Ni、La、Ge、Al、ダイヤモンド(アモルファス・カーボン)等よりなる薄膜や、W及びZrの二層構造、あるいは以上の各物質の中、少なくとも1種類を含んだ炭化物、酸化物、窒化物、無機化合物より構成される。上記第1の基板部材12の外面には、AlまたはCrを蒸着して形成した第1の層24aと、該第1の層24aの表面にNiを蒸着して形成した第2の層24bから成る第1の外部電極24が形成されている。この第1の層24aを構成するAlまたはCrと、第2の層24bを構成するNiとは、良好なオーム接触(ohmic contact)を実現するものとして選定された。
【0023】上記第2の基板部材14は、上記第1の基板部材12と同じくn形半導体で構成されており、その内面には、上記エミッタ・コーン20の表面等を覆っているのと同様の物質より成る保護膜22が形成されている。さらに、第2の基板部材14の外面には、AlまたはCrを蒸着して形成した第1の層26aと、該第1の層26aの表面にNiを蒸着して形成した第2の層26bから成る第2の外部電極26が形成されている。
【0024】以上より明らかなように、この第1の電界電子放出型サージ吸収素子10にあっては、第1の基板部材12の内面全域が電子放出部を構成していると共に、第2の基板部材14の内面全域が平面部を構成していることとなる。なお、上記第2の基板部材14の構成材料としては、n形半導体以外にも、第1の基板部材12と熱膨張係数が略等しい他の物質を用いることができ、例えばMoがこれに該当する。
【0025】上記第1の外部電極24及び第2の外部電極26は、必ずしも二層構造とする必要はなく、Niのみを蒸着して形成してもよい。上記枠部材16の材質としては、n形半導体と熱膨張係数が近いパイレックスガラス等が用いられる。
【0026】上記第1の基板部材12側の第1の外部電極24にはカソード端子28が、また第2の基板部材14側の第2の外部電極26にはアノード端子30が接続される。そして、各端子を図12に示したのと同様、線L1,L2あるいはGNDに接続することにより、第1の電界電子放出型サージ吸収素子10は、図12に示したのと同様に線L1,L2間あるいは線L1,L2−GND間に挿入接続されることとなる。しかして、上記線L1,L2間あるいは線L1,L2−GND間に定格以上のサージ電圧が印加されると、エミッタ・コーン20の先端部20aに強い電界集中が生じ、量子力学的なトンネル効果によって電子が表面のポテンシャル障壁を通過して真空中に放出される。このいわゆる電界電子放出現象によって生じた電子は、第2の基板部材14の内面で捕捉されるため、第2の基板部材14及び第1の基板部材12間に電流が流れる先駆放電が生成され、この先駆放電が真空火花放電に移行することでサージの吸収が実現されるのである。
【0027】上記エミッタ・コーン20の表面を覆う保護膜22の材質として、可能な限り融点が高く、かつイオン衝撃に強い材料を選定することにより、このサージ吸収素子10の寿命特性を向上させることができる。あるいは、外囲器18中の真空度をより高めて内部の残留気体を減少させたり、第1の基板部材12の面積を広げてエミッタ・コーン20の形成数を増加させることによっても寿命特性を高めることが可能となる。
【0028】なお、図示の便宜上、図1においてはエミッタ・コーン20の大きさを強調して描かれているが、実際には上記のようにエミッタ・コーン20はμm単位の大きさであるのに対し、第1の基板部材12はmm単位(例えば2〜6mm角)の大きさであり、エミッタ・コーン20も数万〜数十万個以上形成されている。因みに、第1の電界電子放出型サージ吸収素子10の全体の大きさは、6mm角で厚さが0.6mm程度となる。
【0029】図2は、本発明に係る第2の電界電子放出型サージ吸収素子32を示すものである。この第2の電界電子放出型サージ吸収素子32は、n形半導体より成る第1の基板部材12と第2の基板部材14とを所定の距離を隔てて対向配置し、両部材の内面周縁を枠部材16を間に介して気密封止することによって外囲器18を形成し、該外囲器18の内部空間を10-6〜10-8Torrの高真空状態となしている。
【0030】上記第1の基板部材12の内面は、多数のエミッタ・コーン20が所定の距離をおいてドット・マトリクス状に突設配列された第1の電子放出部34と、エミッタ・コーン20が形成されずに平面状を維持している第1の平面部35とに区分けされている。また、第2の基板部材14の内面も、多数のエミッタ・コーン20が所定の距離をおいてドット・マトリクス状に突設配列された第2の電子放出部36と、エミッタ・コーンが形成されずに平面状を維持している第2の平面部37とに区分けされている。図示の通り、第1の基板部材12の第1の電子放出部34が第2の基板部材14の第2の平面部37と対向するように、また第2の基板部材14の第2の電子放出部36が第1の基板部材12の第1の平面部35と対向するように、両基板部材は位置決めされている。そして、エミッタ・コーン20の先端部20aと各平面部35,37との間には、所定の間隙が保たれている。
【0031】両基板部材の内面(第1の電子放出部34,第2の電子放出部36及び第1の平面部35,第2の平面部37)には、上記と同様の物質(Nb、W、Mo、Cr、Ti、Th、Si、Ni、La、Ge、Al等)より成る保護膜22がそれぞれ形成されている。また、第1の基板部材12の外面には、AlまたはCrより成る第1の層24a及びNiより成る第2の層24bの二層構造を備えた第1の外部電極24が形成されており、該第1の外部電極24には第1の外部端子38が接続されている。さらに、第2の基板部材14の外面には、AlまたはCrより成る第1の層26a及びNiより成る第2の層26bの二層構造を備えた第2の外部電極26が形成されており、該第2の外部電極26には第2の外部端子40が接続されている。
【0032】この第2の電界電子放出型サージ吸収素子32は、上記のようにエミッタ・コーン20を第1の外部端子38側及び第2の外部端子40側にそれぞれ設けることにより、第1の外部電極24と第2の外部電極26との間で電子を双方向に放出可能な構造とした点に特徴を有するものであり、極性に気遣うことなく利用できると共に、何らかの理由によって逆方向に過電圧が印加される場合にも対処できる利点を有する。
【0033】図3〜図11に基づき、第1の電界電子放出型サージ吸収素子10及び第2の電界電子放出型サージ吸収素子32を製造する上で最も重要な要素となるエミッタ・コーン20の形成方法について説明する。まず、抵抗率が0.01〜5(Ω・cm)のn形Si基板42を、酸化雰囲気中で酸化させ、表面に約150〜3000オングストロームの厚さのSiO2薄膜44を形成する(図3R>3)。つぎに、上記SiO2薄膜44の表面全域に、フォトレジスト46をスピンナを用いて均一に塗布する(図4R>4)。また、フォトレジスト46の上方に遮光塗料48を円形に塗布したフォトマスク50を被せ、紫外線UVによる露光処理を施す。この結果、遮光塗料48によって紫外線UVが遮られる部分を除き、フォトレジスト46の表面が感光する。つぎに、所定の薬品を用いてフォトレジスト46の中で感光された部分を除去し、SiO2薄膜44の表面に円形のフォトレジスト・マスク52を形成する(図5R>5)。つぎに、BHF(Buffered 弗酸を用いたウエットエッチング)により、SiO2薄膜44の中でフォトレジスト・マスク52で覆われていない部分を除去した後に、フォトレジスト・マスク52を剥離することにより、円形の酸化膜マスク54を形成する(図6)。なお、図においては1個の酸化膜マスク54のみが表されているが、この酸化膜マスク54はエミッタ・コーン20の数に対応して形成されるものであり、実際には15μm間隔でドット・マトリクス状に多数形成されるものである。また、酸化膜マスク54の直径は約10μmに設定されている。
【0034】つぎに、Si基板42表面にRIE(リアクティブ・イオン・エッチング)を施して、酸化膜マスク54で覆われていない部分を侵食させる(図7)。RIEは、真空チャンバ内に設置した2枚の平行電極間に試料(Si基板42)を配置させた上で、所定のガス媒体を真空チャンバ内に充填し、両電極間に約150Wの電力を加えて高周波プラズマ放電を発生させ、このプラズマによる化学作用とイオン衝撃による物理作用を利用してエッチングを行う方法である。この場合、ガス媒体として反応性のO2とSF6を用いるのが望ましく、両者の体積比は、2.2×10-1Torrの圧力下で例えばSF6:O2=9:1に設定される。RIEは異方性に優れているため、酸化膜マスク54の裏面側にもエッチングが進行してしまうアンダーカットの程度が比較的低くなり、先端が平坦な四角錐状の突出部56が形成される(図8)。このRIEは、上記の条件下において例えば15分間実施される。
【0035】つぎに、上記Si基板42の表面に異方性ウエットエッチングを施し、上記突出部56の表面を侵食して先端部を尖鋭化させる(図9)。この異方性ウエットエッチングに用いるエッチング液は、例えばKOHとH2Oとの混合水溶液よりなり、溶液温度は摂氏50度程度に設定される。また、両者の混合比率としては、例えば100mlのH2Oに対して50gのKOHを混合することが挙げられる。
【0036】上記の異方性ウエットエッチングが進行し、ある程度のアンダーカット58が生じて突出部56の先端が極めて尖鋭化すると、酸化膜マスク54は安定性を失って落下する(図10及び図11)。この段階に至れば、突出部56先端の角度は25〜30度まで尖鋭化され、エミッタ・コーン20として完成しているため、上記異方性ウエットエッチングが停止される。ここに至るまでの異方性ウエットエッチングの所要時間としては、約8分程度が見込まれる。なお、このエミッタ・コーンの先端部20aは相変わらず四角錐状態を維持しているが、裾野部分は八角錐状態となされている。
【0037】上記においては、第1の基板部材12及び第2の基板部材14の材質としてn形半導体を用いる例を示したが、この発明はこれに限定されるものではなく、Si中にホウ素等の不純物を混入させて成るp形半導体によって各基板部材を構成することももちろん可能である。
【0038】
【発明の効果】本発明に係る電界電子放出型サージ吸収素子の製造方法にあっては、まず異方性に優れたドライエッチングの一種であるRIEによって、エミッタ・コーンの原型としての突出部を形成した後に、異方性ウエットエッチングを施してエミッタ・コーンを完成させるよう構成しているため、エミッタ・コーンの高さや幅を一定以上確保しつつ、比較的短い時間でその先端部を十分尖鋭化させることができる。このため、エミッタ・コーンの先端部の尖鋭度をより高めることにより、電界電子放出型サージ吸収素子の動作電圧を比較的低い値に設定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明に係る第1の電界電子放出型サージ吸収素子を示す断面図である。
【図2】本発明に係る第2の電界電子放出型サージ吸収素子を示す断面図である。
【図3】エミッタ・コーンの形成過程を示す部分断面図である。
【図4】エミッタ・コーンの形成過程を示す部分断面図である。
【図5】エミッタ・コーンの形成過程を示す部分断面図である。
【図6】エミッタ・コーンの形成過程を示す部分断面図である。
【図7】エミッタ・コーンの形成過程を示す部分断面図である。
【図8】エミッタ・コーンの形成過程を示す部分斜視図である。
【図9】エミッタ・コーンの形成過程を示す部分断面図である。
【図10】エミッタ・コーンの形成過程を示す部分断面図である。
【図11】エミッタ・コーンの形成過程を示す部分斜視図である。
【図12】サージ吸収素子の使用例を示す回路図である。
【図13】電界電子放出形サージ吸収素子のサージ吸収特性を示す波形図である。
【図14】従来のエミッタ・コーンの形成過程を示す部分断面図である。
【図15】従来のエミッタ・コーンの形成過程を示す部分断面図である。
【図16】従来のエミッタ・コーンの形成過程を示す部分断面図である。
【図17】従来のエミッタ・コーンの形成過程を示す部分断面図である。
【図18】従来のエミッタ・コーンの形成過程を示す部分断面図である。
【符号の説明】
10 第1の電界電子放出型サージ吸収素子
12 第1の基板部材
14 第2の基板部材
16 枠部材
18 外囲器
20 エミッタ・コーン
20a エミッタ・コーンの先端部
24 第1の外部電極
26 第2の外部電極
32 第2の電界電子放出型サージ吸収素子
34 第1の電子放出部
35 第1の平面部
36 第2の電子放出部
37 第2の平面部
54 酸化膜マスク
56 突出部

【特許請求の範囲】
【請求項1】 一面に多数のエミッタ・コーンを一体形成した半導体よりなる電子放出部を備えた第1の基板部材と、一面に平面部を備えた第2の基板部材とを、上記第1の基板部材のエミッタ・コーンの先端部と上記第2の基板部材の平面部とが所定の距離を隔てて対向するように配置し、両基板部材の周縁を気密封止して外囲器を形成し、該外囲器内を高真空状態と成すと共に、両基板部材の外面にそれぞれ外部電極を形成してなる電界電子放出型サージ吸収素子の製造方法において、上記基板部材の表面に酸化膜マスクを多数形成する工程と、該基板部材の表面に、SF6とO2との混合ガスを用いたリアクティブ・イオン・エッチングを施して、上記酸化膜マスクによって覆われていない部分を侵食させ、以て酸化膜マスクの下方にエミッタ・コーンの原型となる柱状の突出部を形成する工程と、該突出部に対して、KOHとH2Oとを、その混合比率が100mlのH2Oに対して50gのKOHを混合してなる混合水溶液を用いて異方性ウエット・エッチングを施してその表面を侵食させ、以て先端が鋭利に尖ったエミッタ・コーンを形成する工程とを含むことを特徴とする電界電子放出型サージ吸収素子の製造方法。
【請求項2】 一面に多数のエミッタ・コーンを一体形成した半導体よりなる電子放出部と、エミッタ・コーンが形成されない平面部とを備えた第1の基板部材と、同じく一面に多数のエミッタ・コーンを一体形成した半導体よりなる電子放出部と、エミッタ・コーンが形成されない平面部とを備えた第2の基板部材とを、一方の基板部材のエミッタ・コーンの先端部と他方の基板部材の平面部とが所定の距離を隔てて対向するように配置し、両基板部材の周縁を気密封止して外囲器を形成し、該外囲器内を高真空状態と成すと共に、両基板部材の外面にそれぞれ外部電極を形成してなる電界電子放出型サージ吸収素子の製造方法において、上記基板部材の表面に酸化膜マスクを多数形成する工程と、該基板部材の表面に、SF6とO2との混合ガスを用いたリアクティブ・イオン・エッチングを施して、上記酸化膜マスクによって覆われていない部分を侵食させ、以て酸化膜マスクの下方にエミッタ・コーンの原型となる柱状の突出部を形成する工程と、該突出部に対して、KOHとH2Oとを、その混合比率が100mlのH2Oに対して50gのKOHを混合してなる混合水溶液を用いて異方性ウエット・エッチングを施してその表面を侵食させ、以て先端が鋭利に尖ったエミッタ・コーンを形成する工程とを含むことを特徴とする電界電子放出型サージ吸収素子の製造方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【特許番号】特許第3213248号(P3213248)
【登録日】平成13年7月19日(2001.7.19)
【発行日】平成13年10月2日(2001.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平8−356177
【出願日】平成8年12月25日(1996.12.25)
【公開番号】特開平10−189208
【公開日】平成10年7月21日(1998.7.21)
【審査請求日】平成8年12月25日(1996.12.25)
【前置審査】 前置審査
【出願人】(000122690)岡谷電機産業株式会社 (135)
【上記1名の代理人】
【識別番号】100096002
【弁理士】
【氏名又は名称】奥田 弘之
【出願人】(391001619)長野県 (64)
【参考文献】
【文献】特開 平2−278681(JP,A)
【文献】特開 平7−320635(JP,A)
【文献】特開 平8−17330(JP,A)
【文献】特開 昭62−109319(JP,A)
【文献】特開 平2−280323(JP,A)
【文献】特開 平8−181087(JP,A)
【文献】特開 平3−62432(JP,A)
【文献】特公 昭61−27471(JP,B2)