電磁波伝播シミュレーション方法
【課題】複数の粒子を含む媒体からなる集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法であって、粒子が非球形である場合、粒子が凝集しているかまたは不均一に分布している場合でもシミュレーションが可能である新たな電磁波伝播シミュレーション方法を提供する。
【解決手段】複数の粒子を含む媒体からなる集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を、計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法であって、粒子がランダムまたはある規則にしたがって分布した集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を、FDTD法とラディエイティブ・トランスファー・イクエイションとを用いて計算することを特徴とする電磁波伝播シミュレーション方法。
【解決手段】複数の粒子を含む媒体からなる集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を、計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法であって、粒子がランダムまたはある規則にしたがって分布した集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を、FDTD法とラディエイティブ・トランスファー・イクエイションとを用いて計算することを特徴とする電磁波伝播シミュレーション方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多数の粒子を含む媒体中に電磁波が入射した場合の挙動を、計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多数の粒子を含む媒体中に電磁波が入射した場合の光の挙動を計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法は、ディスプレイなどの拡散板やカラーフィルターの設計、またインキ、塗料、プラスチック、染色などの着色工業、さらにリモートセンシングや気象科学や医療分野での各種測定装置の設計に有用である。
【0003】
特に、液晶ディスプレイは拡散板やカラーフィルターを備えており、カラーフィルターは透明な樹脂からなる媒体中に顔料の粒子が分散してなるので、多数の顔料粒子を含む樹脂媒体中に光が照射された場合の顔料粒子による光の散乱、回折、吸収等の光の挙動を、計算機を用いて算出し、ディスプレイ用として最適な拡散板やカラーフィルターを設計するためのデータを得ることが求められている。
【0004】
多数の粒子を含む媒体中に電磁波が入射した場合の挙動を、計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法としては、従来はMie散乱によるシミュレーションが行われていた。しかしながら、媒体中の粒子の濃度が大きい場合や媒体の厚みが大きいなど多重散乱が無視できない場合には計算が不可能であった。
【0005】
そこで、予め統計的に分散させた粒子の位置と属性について、統計的な平均を求めていくMOM(Method of Moments)法によるシミュレーション方法が提案されている(例えば、非特許文献1参照。)が、金属粒子など複素誘電率の絶対値の大きな粒子へ適用した場合の精度が不十分であった。
【0006】
他に、多重散乱の計算法としてラディエイティブ・トランスファー法(RT法)がある。個々の散乱粒子または空間の微小領域の散乱特性をフェイズ関数で表して、目標空間の電磁波伝播特性を計算する方法である。散乱粒子が球形の場合にはMieの式などを使ってフェイズ関数を求めることができるが、非球形粒子や凝集体または分布の不均一がある場合などには誤差が大きくなり、適用が困難になるという問題があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】「Monte Carlo Simulation of Electromagnetic Wave Propagation in Dense Random Media with Dielectric Spheroids」、IEICE Trans. Electron. 、Vol.E83-C、No.12、December 2000、p1797-1801
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明の目的は、複数の粒子を含む媒体からなる集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法であって、粒子が非球形である場合、粒子が凝集しているかまたは不均一に分布している場合でもシミュレーションが可能である新たな電磁波伝播シミュレーション方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記の課題を解決すべく、多数の粒子を含む媒体中に電磁波が入射した場合の挙動を計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法について鋭意検討を続けた結果、特定の複数の計算方法をシミュレーションに組み入れることにより、粒子が非球形である場合、粒子が凝集しているかまたは不均一に分布している場合でもシミュレーションが可能である電磁波伝播シミュレーション方法となることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち本発明は、下記<1>〜<5>の発明を提供する。
【0010】
<1>
複数の粒子を含む媒体からなる集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を、計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法であって、粒子がランダムまたはある規則にしたがって分布した集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を、FDTD法とラディエイティブ・トランスファー・イクエイションとを用いて計算することを特徴とする電磁波伝播シミュレーション方法。
<2>
前記ラディエイティブ・トランスファー・イクエイションが4光束以上のラディエイティブ・トランスファー・イクエイションである<1>記載の電磁波伝播シミュレーション方法。
<3>
計算対象の空間が、一定の厚さを有し、無限の広さの平板である<1>または<2>に記載の電磁波伝播シミュレーション方法。
<4>
入射波が可干渉性の低い電磁波である<1>〜<3>のいずれかに記載の電磁波伝播シミュレーション方法。
<5>
コンピュータによって読み取り可能な記録媒体であって、複数の粒子を含む媒体からなる集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を、計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法であって、粒子がランダムまたはある規則にしたがって分布した集合体の散乱特性をFDTD法で求め、この集合体が多数存在する空間の電磁波伝播特性を前記集合体の散乱特性を用いてラディエイティブ・トランスファー・イクエイションにより計算することを特徴とする電磁波伝播シミュレーションを実行するためのプログラムを格納した記録媒体。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、多数の粒子を含む媒体からなる集合体に電磁波が入射した場合の挙動を計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーションを行うに際し、粒子が非球形である場合、粒子が凝集しているかまたは不均一に分布している場合でもシミュレーションが可能であり、また媒体中の粒子の濃度が高い場合であっても現実的な時間の範囲内でシミュレーションが可能となる。特に、粒子の大きさと形状を任意に設定した場合の電磁波の反射、透過、吸収、散乱等の挙動を、電磁波がコヒーレントであろうとコヒーレントで無かろうと、シミュレートできる。それゆえ、ディスプレイ用のカラーフィルターや拡散板などの光学部材、狭い波長範囲の吸収あるいは透過性能を有するノッチフィルターおよび特殊な光学性能を有する新規な光学部材の設計に用いることができ、さらにリモートセンシングや医療関連の測定や検査にも応用できるので、本発明は工業的に極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】半径10nmの銀の球形粒子を、屈折率1.5の媒体中に、半径100nmのクラスターを形成するようにモンテ・カルロ法を用いてランダムに分布させたモデルを示す図。
【図2】半径10nmの銀の球形の粒子がクラスターを形成したモデルを対象として本発明の方法によりシミュレーションを行った実施例1において、吸光断面積と散乱断面積の波長による変化の結果を示す図。
【図3】半径10nmで高さ30nmの円柱状の銀の粒子がクラスターを形成したモデルを対象として本発明の方法によりシミュレーションを行った実施例2において、吸光断面積と散乱断面積の波長による変化の結果を示す図。
【図4】半径10nmで高さ30nmの銀の円柱状の粒子がクラスターを形成したモデルを対象として本発明の方法によりシミュレーションを行った実施例3において、吸光断面積と散乱断面積の波長による変化の結果を示す図。
【図5】銀の球形の粒子と銀の円柱状の粒子について、従来のMie理論を適用してシミュレーションを行った比較例1において、減衰 断面積と散乱断面積の波長による変化の結果を示す図。
【図6】100μmの厚さの平板の入射面とは反対側の面に反射率0.8の反射板が存在するとし、平板の入射面に入射光が垂直に入射する場合の散乱光量および吸収光量のシミュレーションを本発明の方法により行った実施例4において、散乱光量および吸収光量の波長による変化の結果を示す図。
【図7】屈折率1.5の樹脂からなる厚さ3μmの平板中に、半径100nmの球形の銀の粒子が入ったモデルを対象として、可干渉性の光と非可干渉性の光が等分で混合した光が平板に垂直に入射した場合について本発明のシミュレーションを行った実施例5の結果を示す図。
【図8】屈折率1.5の樹脂からなる厚さ3μmの平板中に、半径10nmの球形の銀の粒子がクラスターを形成したモデルを対象として、可干渉性の光と非可干渉性の光が等分で混合した光が平板に垂直に入射した場合について本発明のシミュレーションを行った実施例6の結果を示す図。
【図9】屈折率1.5の樹脂からなる厚さ3μmの平板中に、半径10nmで長さ30nmの円柱形の銀の粒子がクラスターを形成したモデルを対象として、可干渉性の光と非可干渉性の光が等分で混合した光が平板に垂直に入射した場合について本発明のシミュレーションを行った実施例7の結果を示す図。
【図10】屈折率1.5の樹脂からなる厚さ3μmの平板に、半径100nmの球形の銀の粒子を、銀の粒子の濃度が1体積%となるようにランダムに分散させたモデルを作成し、可干渉性の光と非可干渉性の光が等分で混合した光の平板の垂線に対する角度が30.556度と70.124度の二つの光束について、本発明のシミュレーションを行った実施例8の結果を示す図。
【図11】屈折率1.5の樹脂からなる厚さ3μmの平板に、半径10nmの球形の銀の粒子を半径100nmのクラスターを形成するようにモンテ・カルロ法を用いてランダムに分布させたモデルを作成し、可干渉性の光と非可干渉性の光が等分で混合した光の平板の垂線に対する角度が30.556度と70.124度の二つの光束について、本発明のシミュレーションを行った実施例9の結果を示す図。
【図12】屈折率1.5の樹脂からなる厚さ3μmの平板に、半径10nm長さ30nmの円柱形の銀の粒子を半径100nmのクラスターを形成するようにモンテ・カルロ法を用いてランダムに分布させたモデルを作成し、可干渉性の光と非可干渉性の光が等分で混合した光の平板の垂線に対する角度が30.556度と70.124度の二つの光束について、本発明のシミュレーションを行った実施例10の結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の電磁波伝播シミュレーション方法は、複数の粒子を含む媒体からなる集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を、計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法であって、粒子がランダムまたはある規則にしたがって分布した集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を、FDTD法とラディエイティブ・トランスファー・イクエイション法とを用いて計算することを特徴とする。
【0014】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明は計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法であり、計算を実行するためのプログラムを格納する記録媒体、該記録媒体からプログラムを読み取る装置、プログラムや計算結果を一時的に格納する記憶装置、CPU、出力装置を有するコンピュータにより実施する。
【0015】
本発明においては、まず計算対象となる集合体のモデルを作成する。粒子を媒体中にランダムに分布させるには、モンテ−カルロ(Monte Carlo)法用いるのが便利である。モンテ−カルロ法は、所定の統計的性質を持った乱数を発生させる方法であり、本発明においては、媒体中に所定の統計的性質を持って分散した粒子を計算上で発生させるために用いる。通常用いられる乱数を発生させる関数を用いて、計算対象の空間内に、粒子の座標を設定すればよい。所定の統計的性質とは、完全均一、特定の割合で特定の数の粒子の凝集体があるなどの状態に対応するものである。
【0016】
本発明においては、粒子は媒体中にランダムに分布させる場合だけではなく、ある規則にしたがって分布した場合についても実施することができる。
【0017】
本発明で用いるFDTD(Finite Difference Time Domain)法(有限差分時間領域法)は、例えば、「FDTD法による電磁界およびアンテナ解析」,1998年,コロナ社に記載されている公知の方法であり、マックスウェル方程式を空間的および時間的に区切り、空間および時間微分を有限差分によって近似し、電磁界の時間変化を追跡して算出するシミュレーション方法である。
なお、FDTD法は、不規則な境界面を有する有限の大きさの仮定が有効な構造物でも、無限の仮定が可能な構造物のどちらにも適用可能である。
【0018】
通常、任意の偏光状態にある入射光(電磁波)は、2つの直交する偏光状態、すなわち、TMモードとTEモードとに分けることが可能である。
そして、本発明で用いるFDTD法においては、帰納的畳み込み法を用いると効率的に計算を進めることができる。電磁波におけるTEモードに対しては、マクスウェル方程式から導かれる波動方程式に帰納的畳み込み法を適用して得られる第1の電磁界解析用の式を、帰納的関係式を利用してコンピュータにより解き、TMモードに対しては、マクスウェル方程式に帰納的畳み込み法を適用して得られる第2の電磁界解析用の式を、帰納的関係式を利用してコンピュータにより解き、TMモード及びTEモードに対して得られた電磁界に基づいてFDTD法の空間的および時間的区切りにおける電磁界を算出する態様とすることが好適である(特願2008−68139の公開公報参照。)。
【0019】
FDTD法では、以下のマクスウェル方程式を利用することができる。
(1)
(2)
【0020】
ここで、μは透磁率、Eは電界の強さ、Hは磁界の強さである。
は微分演算子であり、
及び
及び
をx軸方向及びy軸方向及びz軸方向の単位ベクトルとしたとき、
(3)
で定義される微分演算子である。
【0021】
式(2)中のDは電束密度を表しており、次式で与えられる。
(4)
式(4)中のεは計算対象の物体(粒子)の誘電率である。
【0022】
本発明で用いたFDTD法は、特願2008−68139に記載されたTMモードに関するFDTD法を3次元に拡張したものである。
FDTD法により算出された電磁界を用いてfar-field transformation 法を使って粒子から遠い点の電磁界の値を算出する。
【0023】
遠い点の電磁界の値は(5)式を使って計算する。
(5)
【0024】
式(5)中のΨは電磁界のx、y、z成分のいずれかの強さを示している。下付の文字Fは無限遠点(ファーフィールド)を示している。積分領域は散乱体を包囲する孤立面Sである。
はSの上でそれぞれの点での法線の外部向きの単位vectorである。
【0025】
本発明で用いるラディエイティブ・トランスファー・理論(Radiative transfer theory)は、入射光が媒体や粒子と相互作用を生じるときに、反射、散乱、吸収、透過した光の量の総和が吸光(減衰)量に一致するとする関係式を用いた計算方法である。その理論から生じるラディエイティブ・トランスファー・イクエイション(Radiative Transfer EquationまたはRTE)は、粒子が分布している媒体の中に電磁波のエネルギーの伝播の計算式であり、可干渉性(coherent)の光、部分干渉性の光及び拡散光(非可干渉性の光)の取り扱いができる計算式である。なお、RTEを用いた計算方法がRT法である。電磁波のエネルギーは光束として計算している。光束は光の強度または照度に関係している。入射光は完全拡散光であれば、出力を積分した光束として、2光束RTEを用いて計算することができる。入射光が部分干渉性の光である場合は、4光束、N光束(4≦N)のRTEを用いる。N光束RTEのNは、伝播方向に対して設定したN個のchannelに対応する。それぞれのchannelは、通常は極角θと方位角φに対して定義する。(P.S.Mufgett and L.W.Richards,「Multiple Scattering Calculations for Technology」,Applied Optics,vol. 10,No.7,1971,pp1485 参照。)
【0026】
RTEの基本式は媒体の任意の点でエネルギーの保存則を示している。
可干渉性の光束の距離勾配は式(6)で与えられる。
(6)
【0027】
式(6)のKは吸収率である。Kは媒体及び粒子の吸収の合計に対する吸収率である。式(6)は可干渉性の光束の吸収及び散乱により、伝播チャンネルから光が失われることを示している。拡散光束の距離勾配は式(7)で示される。
(7)
【0028】
式(7)の吸収率Kdは拡散光束の吸収損失に関係する。Sdは拡散光束の散乱損失に関係する。Sd+fdは他のチャンネルに伝播している拡散光が散乱して対象の伝播チャンネルに入ってきたものを示している。Scfcは可干渉性の光のチャンネルから散乱して拡散チャンネルに入ってきた部分である。つまり式(7)の後2項は拡散光束の利得を示している。式(7)に記載しているK及びSの全ての係数は粒子の吸収及び散乱断面積とフェイズ関数から計算できる。フェイズ関数は散乱波動場の振幅である。球形の粒子の場合、フェイズ関数はMie理論から計算することはできるが、球形以外の任意の形の粒子の場合にはMie理論から導くことはできない。本発明においては、任意の形の粒子(集合体粒子も含めて)の吸収断面積、散乱断面積及びフェイズ関数は、FDTD法(far-field transformation法を適用)を使って計算することができる。
【0029】
式(6)と(7)に用いる吸収率Kと散乱率Sは一個の粒子の吸収と散乱断面積に関するものである。入射光が拡散光の場合KとSは次のようにあらわされる(P. Kubelka, "New contributions to the optics of intensely light-scattering materials. Part I ", Journal of Optical Society of America, vol. 38, no. 5, 1948, p. 448. 参照。)。
(8)
(9)
【0030】
ここで、Cabsは吸収断面積(absorption cross-section)、Cscat(scattering cross-section)は散乱断面積である。この場合光束は視野角によって区分せず、計算方法は1次元の往復方向の2光束のRT法またはクベルカ・ムンク法に該当する。
【0031】
2光束法においては、反射率Rと透過率Tは、次の式(10)、(11)で与えられる。
(10)
(11)
【0032】
ここで、dは拡散平板の厚さ、ρgは拡散平面の背面平面の反射率、aとbは次で与えられる。
(12)
(13)
KとSはそれぞれ、式(8)と(9)から計算できる。
【0033】
完全球形の粒子の場合CabsとCscatはMie理論により計算することができる。しかし任意の形の粒子の場合、または粒子の集合体の場合、CabsとCscatは解析的な計算ができない。本発明では、FDTD法を用いてCabsとCscat の数値を計算する。すなわち、CabsとCscatと減衰断面積(extinction cross-section)Cextは、次の式から得られる(C. F. Bohren, D. R. Huffman, "Absorption and scattering of light by small particles", Wiley-VCH Verlag GmbH & Co. KGaA, 2004, Weinheim, Chap.3-4.参照。)。
【0034】
(14)
(15)
【0035】
ここで、θとφはそれぞれの極角と方位角である。式(14)と(15)に用いるΨ0は次の式から生じる。
(16)
【0036】
式(16)のΨFは式(5)を用いて計算している。Ψiは入射光の電磁界の強さである。吸収断面積Cabsは式(17)により得られる。
(17)
【0037】
RTEは、複数の伝播チャンネル(channel)を設定し、2光束(flux)以上について実行することができる。前記の散乱率SとSd±は、散乱断面積Cscatとphase関数で決める。Phase関数はある方向における散乱電磁界の振幅である。そのPhase関数はLegendre多項式を用いて展開すると、それぞれの項の係数を以下のように計算できる。
(18)
【0038】
ここで、
は1次の係数であり、p(θ)はPhase関数で、Piは1次のLegendre多項式を示す。p(θ)はある状態に従ってMie理論またはFDTD方法を用いて計算できる。
【0039】
本発明においては、FDTD法、モンテ・カルロ法およびRTE法の3つの計算方法を組合せて用いる場合が好ましい。
また、RTE法において、4以上の光束のRTE法を用いることが、可干渉性の光が含まれる場合のシミュレーションに好適なので好ましい。光束の数は、通常は4以上12以下であり、計算速度が速いので、4および6の場合が特に好ましい。
【0040】
本発明においてシミュレーションの対象とする粒子は、その形状を任意に設定できる。粒子の形状としては、任意の形、例えば、球形、円柱形、角柱形、角柱以外の多面体、鱗片状形状、ドーナツ形状、中空円柱形状のいずれでも設定できる。また、一部の2粒子同士が会合している場合、粒子が凝集している場合も設定することができる。さらに、粒子の形状や物質が2種類以上混合している場合、大きさに分布がある場合、媒体中の粒子の分布に偏りがある場合も設定することができる。
【0041】
そして、媒体中の粒子の濃度が5体積%以上の高い濃度となる場合も設定することができる。本発明は、媒体中の粒子濃度が、5〜90体積%の場合に好適に適用することができ、5〜50体積%の場合により好ましく、6〜20体積%の場合にさらに好ましく適用することができる。
【0042】
本発明においてシミュレーションの対象とする媒体は、光を通し、均一な媒体であれば、光の透過率、屈折率を定数として設定することにより、真空、空気、水、有機溶媒、溶液、ガラス、樹脂のいずれでも設定することができる。本発明は、特に、粒子の移動が生じないガラスまたは樹脂を媒体とする場合に好適に適用することができる。
【0043】
本発明においてシミュレーションの計算対象の集合体としては、通常は、媒体と粒子の占める空間が平板であり、一定の厚さを有し、無限の広さの平板からなる集合体である場合である。媒体と粒子の占める空間が平板であるとは、即ち一定の間隔の平行な2つの平面の間に存在する空間に媒体と粒子が存在することである。
【0044】
本発明においてシミュレーションの対象とする光の光源は、レーザー光源(可干渉性の高い光を発する光源)、通常光光源(可干渉性の低い光を発する光源)、連続光光源、パルス光源のいずれでも設定することができ、ディスプレイの設計用には、通常光光源であって連続光光源の場合に本発明は好適に適用することができ、さらに平行光線光源である場合が計算が簡単になり好ましい。
【0045】
次に本発明の具体的な実施態様について説明する。
[1]粒子分散媒体の設定
計算対象の媒体として、均一で光を通す物質(真空を含む)を表すために適切な光透過率(または光吸収率)と屈折率を設定する。媒体の形状として平板を設定し、平板の厚さに該当する所定の間隔の平行な2面を設定し、その間に存在する無限の大きさの空間を、平板に対する近似の形状として設定する。
分散させる粒子の形状を決定する。粒子を構成する物質を表すために適切な、光の透過率(または吸収率)と屈折率を設定する。
光源としては、ディスプレイの設計に用いるには、通常光の平行光線を設定する。
粒子をモンテ−カルロ法により媒体中に無作為に所定の濃度となるように分布させる。
【0046】
[2]シミュレーションの実行
複数の粒子がランダムまたはある規則にしたがって分布した集合体の散乱と吸収断面積とをFDTD法を用いて計算する。
【0047】
[3]その集合体のランダムまたはある規則に分布した媒体の中の電磁界伝播をラディエイティブ・トランスファー・イクエイション(または ラディエイティブ・トランスファー法)を用いて計算する。
【実施例】
【0048】
次に本発明を実施例によってさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
実施例においては、PG Fortran 90言語で記載したプログラムを作成およびMathsoft Engineering & Education inc.製の製品のMathcad(商品名)を用いて計算を行った。
【0049】
(実施例1)
半径10nmの銀の球形粒子を、屈折率1.5の媒体中に、半径100nmのクラスターを1個形成するようにモンテ・カルロ法を用いてランダムに分布させたモデルを作成した。クラスター内の粒子の含有量は50体積%とした。このモデルを映像化したものを図1に示した。図1の3つの図は、左から順にXY面、YZ面、XZ面による断面を示す。
【0050】
この集合体のモデルについて、入射光は完全散乱光(完全に非可干渉性の光)とし、入射光の波長を400nmから700nmまで20nm間隔で変化させたときの、散乱光量および吸収光量を計算した。光の散乱と吸収は、2光束のRT法であるクベルカ−ムンク法で計算した。そのための散乱及び吸収断面積は3次元のFDTD法とfar-field transformation法の組み合わせで計算した。far-field transformation法は粒子から遠い点で電磁界を知るための計算方法である。計算結果を図2に示した。
光の波長よりはるかに小さい半径10nmの球形の銀粒子は、もしクラスターを形成していない場合は、光との相互作用は小さく、散乱や吸収の量は少ないと推測することができるが、実際に銀の粒子を媒体中に高濃度で分散させ集合体を作製すると、銀の粒子が凝集し、クラスターを形成する。本モデルは、この実際の集合体のモデルである。本発明の方法によりシミュレーションを行った結果、濃度が高くクラスターを形成した実際に近い場合は、相当量の散乱と吸収が生じ、光の波長が短いほど散乱光量と吸収光量が大きくなった。従って、本発明のシミュレーション方法は、実際の状況を正しくシミュレートできていることがわかった。
【0051】
(実施例2)
半径10nmで高さ30nmの円柱形の銀の粒子を、屈折率1.5の媒体中に、半径100nmのクラスターを1個形成するようにモンテ・カルロ法を用いてランダムに分布させたモデルを作成した。円柱形粒子の向きは円柱の軸が入射光の進行方向に垂直な面に平行であり、かつ、偏光方向に垂直な方向に揃えた。クラスター内の粒子の含有量は50体積%とした。
【0052】
この集合体のモデルを用いて、実施例1と同様にして入射光の波長を400nmから700nmまで20nm間隔で変化させたときの、散乱光量および吸収光量を計算した。結果を図3に示した。
光の波長よりはるかに小さい半径10nmで高さ30nmの円柱形の銀粒子は、もしクラスターを形成していない場合は、光との相互作用は小さく、散乱や吸収の量は少ないと推測することができるが、実際に銀の粒子を媒体中に高濃度で分散させ集合体を作製すると、銀の粒子が凝集し、クラスターを形成する。本モデルは、この実際の集合体のモデルである。本発明の方法によりシミュレーションを行った結果、濃度が高くクラスターを形成した実際に近い場合は、相当量の散乱と吸収が生じ、光の波長が短いほど散乱光量と吸収光量が大きくなった。従って、本発明のシミュレーション方法は、実際の状況を正しくシミュレートできていることがわかった。
【0053】
(実施例3)
実施例2と同様で、ただし、円柱の軸が入射光の進行方向に垂直な面に垂直であり、かつ、偏光方向に平行な方向に揃えて集合体のモデルを作成した。このモデルを用いて、実施例1と同様にして入射光の波長を400nmから700nmまで20nm間隔で変化させたときの、散乱光量および吸収光量を計算した。結果を図3に示した。
実施例2と同様に、相当量の散乱と吸収が生じ、光の波長が短いほど散乱光量と吸収光量が大きくなった。従って、実施例2と同様に、本発明のシミュレーション方法は、実際の状況を正しくシミュレートできていることがわかった。
【0054】
(比較例1)
実施例1と同じ集合体モデルについて、従来のMie理論を適用して、入射光は完全散乱(完全に可干渉性が無い場合)とし、入射光の波長を400nmから700nmまで20nm間隔で変化させたときの、散乱光量および吸収光量を計算した。Mie計算では、粒子の集合体からなるclusterの散乱特性の計算をできないので、半径100nmのクラスターを均質な等価粒子に置き換えて計算した。その等価粒子の半径は79nmである。結果を図5に示した。
散乱光量も吸収光量も420nm付近に大きなピークが生じており、現実の状況を正しくシミュレートできていないことがわかる。
【0055】
(実施例4)
1000μmの厚さの平板に、実施例1のモデルと同様に、半径10nmの銀の球形粒子を、屈折率1.5の媒体中に、半径100nmのクラスターを1個形成するようにモンテ・カルロ法を用いてランダムに分布させたモデルと、実施例2と同様に半径10nmで高さ30nmの円柱形の銀の粒子を、屈折率1.5の媒体中に、半径100nmのクラスターを1個形成するようにモンテ・カルロ法を用いてランダムに分布させたモデルと、さらに半径10nmの球形の銀の粒子を、屈折率1.5の媒体中にクラスターを形成させずにモンテ・カルロ法を用いてランダムに分布させたモデルの3つのモデルを作成した。平板の入射面とは反対側の面に反射率0.8の反射板が存在するとし、平板の入射面に入射光が垂直に入射する場合の散乱光量および吸収光量を計算した。
【0056】
入射光は完全散乱(完全に可干渉性が無い場合)とし、入射光の波長を400nmから700nmまで変化させたときの、散乱光量および吸収光量を、2光束のRT法であるクベルカ−ムンク法で計算した。そのための散乱及び吸収断面積は3次元のFDTD法とfar-field transformation法の組み合わせで計算した。シミュレーション結果を図6に示した。
光の波長よりはるかに小さい半径10nmの球形の銀粒子と、半径10nmで高さ30nmの銀の円柱状の粒子は、クラスターを形成していない場合は光との相互作用は小さく、散乱や吸収の量は少ない(図6のr)が、濃度が高くクラスターを形成した現実に近い場合は、球形の粒子の場合(図6のr_sph)よりも円柱形の粒子の場合(図6のr_cyl)の方が、散乱光量と吸収光量が大きくなることがわかった。
【0057】
(実施例5)
屈折率1.5の樹脂からなる厚さ3μmの平板に、半径100nmの球形の銀の粒子の断面積とphase関数をMie理論により計算して、可干渉性の光と非可干渉性の光が等分で混合した光が平板に垂直に入射した場合の、反射率と透過率を算出した。銀の粒子の濃度は1体積%と低い濃度とした。算出には、可干渉性の光および非可干渉性の光について一方向およびその逆方向に伝播する電磁波(光)を取り扱う4光束のRTEを用いた。
【0058】
波長400〜700nmの範囲における可干渉性の光の透過率、可干渉性の光の反射率、非可干渉性の光の透過率、非可干渉性の光の反射率の波長による変化を計算し、結果を図7に示した。図7において、可干渉性の光の透過率は「x」印で、可干渉性の光の反射率は点線「・・・」で、非可干渉性の光の透過率は一点鎖線「−・−・」で、非可干渉性の光の反射率は実線「___」で示した。
可干渉性の光も、非可干渉性の光も、透過率は波長による変化は少なく低い値を示し、多くの光が反射または吸収されることがわかる。可干渉性の光の反射率は4%ころであり、非可干渉性の光の反射率が波長とともに増加した。可干渉性の光の反射率4%はほとんど界面のFresnel反射により生じる。
【0059】
(実施例6)
屈折率1.5の樹脂からなる厚さ3μmの平板中に、半径10nmの球形の銀の粒子を半径100nmのクラスターを形成しクラスター内の粒子濃度が50体積%となるようにモンテ・カルロ法を用いてランダムに分布させ、平板内の粒子濃度が1体積%となるようにクラスターを平板内に複数分布させたモデルを作成した。可干渉性の光と非可干渉性の光が等分で混合した光が平板に垂直に入射した場合の、反射率と透過率を算出した。算出には、実施例5と同様に、FDTD法とともに、4光束のRTEを用いた。
【0060】
波長400〜700nmの範囲における可干渉性の光の透過率、可干渉性の光の反射率、非可干渉性の光の透過率、非可干渉性の光の反射率の波長による変化を計算し、結果を図8に示した。図8において、可干渉性の光の透過率は「x」印で、可干渉性の光の反射率は点線「・・・」で、非可干渉性の光の透過率は一点鎖線「−・−・」で、非可干渉性の光の反射率は実線「___」で示した。
可干渉性の光も、非可干渉性の光も、透過率も反射率も、波長による変化は少ないが、可干渉性の光の透過率が高く、次に非可干渉性の光の反射率が高く、非可干渉性の光の透過率と、可干渉性の光の反射率が低くなった。実施例5における100nmの銀の粒子がクラスターを形成せずに分散した平板とは、電磁波の伝播挙動が全く異なる結果となった。実際の平板においても、顔料がクラスターを形成した場合と均一に分散した場合とでは光の伝播挙動が全く異なることがわかった。
【0061】
(実施例7)
銀の粒子が、半径10nm長さ30nmの円柱形である以外は、実施例6と同様のモデルを作成した。実施例6と同様の計算を行い、結果を図9に示した。図9の線は実施例6の図8と同じものを示している。
実施例6と類似した結果が得られたが、非可干渉光の反射率が、波長が長くなるに従って上昇した。
【0062】
(実施例8)
実施例5と同様に、屈折率1.5の樹脂からなる厚さ3μmの平板に、半径100nmの球形の銀の粒子を、銀の粒子の濃度が1体積%となるように、モンテ・カルロ法によりランダムに分散させたモデルを作成した。実施例5と同様に、可干渉性の光と非可干渉性の光が等分で混合した光を用いたが、実施例5とは異なり、平板の表面に対する垂線に対して30.556度の角度で光が伝播した場合の、反射率と透過率を算出した。一つの光束を±20度の範囲として30.556度と70.124度の二つの光束について計算した。算出には、FDTD法とともに、可干渉性の光および非可干渉性の光について、二つの光束それぞれの一方向およびその逆方向に伝播する電磁波(光)を取り扱う6光束のRTEを用いた。
【0063】
媒体内を伝播した光は光出射面にその法線に対して70.124度の角度で入射し全反射してしまうので、30.556度のchannel 1についてだけ計算結果を図10に示した。
透過率は低く、殆どの光は反射または吸収されてしまうことがわかった。反射率の波長依存性は小さかった。
【0064】
(実施例9)
平板のモデルは実施例6と同様とし、屈折率1.5の樹脂からなる厚さ3μmの平板中に、半径10nmの銀の球形粒子を半径100nmのクラスターを形成するようにモンテ・カルロ法を用いてランダムに分布させたモデルとした。光の伝播channelについては、実施例8と同様とし、反射率と透過率を算出した。算出には、実施例8と同様に、FDTD法とともに、6光束のRTEを用いた。
【0065】
媒体内を伝播した光は光出射面にその法線に対して70.124度の角度で入射し全反射してしまうので、30.556度のchannel 1についてだけ計算結果を図11に示した。
透過率は低く、殆どの光は反射または吸収されてしまうことがわかった。反射率の波長依存性は小さく、100nmの銀の粒子が均一に分散した場合より低かった。
【0066】
(実施例10)
平板のモデルは実施例7と同様とし、半径10nm長さ30nmの円柱形である以外は、実施例6と同様のモデルを作成した。光の伝播channelについては、実施例8と同様とし、反射率と透過率を算出した。算出には、実施例8と同様に、FDTD法とともに、6光束のRTEを用いた。
【0067】
平板の表面に対する垂線に対して70.124度の角度で入射した光は全反射してしまうので、30.556度のchannel 1についてだけ、計算結果を図12に示した。
透過率は低く、殆どの光は反射または吸収されてしまうことがわかった。反射率の波長依存性は小さく、100nmの銀の粒子が均一に分散した場合より低く、銀の粒子が球形の場合と大きな違いは無かった。
【技術分野】
【0001】
本発明は、多数の粒子を含む媒体中に電磁波が入射した場合の挙動を、計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多数の粒子を含む媒体中に電磁波が入射した場合の光の挙動を計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法は、ディスプレイなどの拡散板やカラーフィルターの設計、またインキ、塗料、プラスチック、染色などの着色工業、さらにリモートセンシングや気象科学や医療分野での各種測定装置の設計に有用である。
【0003】
特に、液晶ディスプレイは拡散板やカラーフィルターを備えており、カラーフィルターは透明な樹脂からなる媒体中に顔料の粒子が分散してなるので、多数の顔料粒子を含む樹脂媒体中に光が照射された場合の顔料粒子による光の散乱、回折、吸収等の光の挙動を、計算機を用いて算出し、ディスプレイ用として最適な拡散板やカラーフィルターを設計するためのデータを得ることが求められている。
【0004】
多数の粒子を含む媒体中に電磁波が入射した場合の挙動を、計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法としては、従来はMie散乱によるシミュレーションが行われていた。しかしながら、媒体中の粒子の濃度が大きい場合や媒体の厚みが大きいなど多重散乱が無視できない場合には計算が不可能であった。
【0005】
そこで、予め統計的に分散させた粒子の位置と属性について、統計的な平均を求めていくMOM(Method of Moments)法によるシミュレーション方法が提案されている(例えば、非特許文献1参照。)が、金属粒子など複素誘電率の絶対値の大きな粒子へ適用した場合の精度が不十分であった。
【0006】
他に、多重散乱の計算法としてラディエイティブ・トランスファー法(RT法)がある。個々の散乱粒子または空間の微小領域の散乱特性をフェイズ関数で表して、目標空間の電磁波伝播特性を計算する方法である。散乱粒子が球形の場合にはMieの式などを使ってフェイズ関数を求めることができるが、非球形粒子や凝集体または分布の不均一がある場合などには誤差が大きくなり、適用が困難になるという問題があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】「Monte Carlo Simulation of Electromagnetic Wave Propagation in Dense Random Media with Dielectric Spheroids」、IEICE Trans. Electron. 、Vol.E83-C、No.12、December 2000、p1797-1801
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明の目的は、複数の粒子を含む媒体からなる集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法であって、粒子が非球形である場合、粒子が凝集しているかまたは不均一に分布している場合でもシミュレーションが可能である新たな電磁波伝播シミュレーション方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記の課題を解決すべく、多数の粒子を含む媒体中に電磁波が入射した場合の挙動を計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法について鋭意検討を続けた結果、特定の複数の計算方法をシミュレーションに組み入れることにより、粒子が非球形である場合、粒子が凝集しているかまたは不均一に分布している場合でもシミュレーションが可能である電磁波伝播シミュレーション方法となることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち本発明は、下記<1>〜<5>の発明を提供する。
【0010】
<1>
複数の粒子を含む媒体からなる集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を、計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法であって、粒子がランダムまたはある規則にしたがって分布した集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を、FDTD法とラディエイティブ・トランスファー・イクエイションとを用いて計算することを特徴とする電磁波伝播シミュレーション方法。
<2>
前記ラディエイティブ・トランスファー・イクエイションが4光束以上のラディエイティブ・トランスファー・イクエイションである<1>記載の電磁波伝播シミュレーション方法。
<3>
計算対象の空間が、一定の厚さを有し、無限の広さの平板である<1>または<2>に記載の電磁波伝播シミュレーション方法。
<4>
入射波が可干渉性の低い電磁波である<1>〜<3>のいずれかに記載の電磁波伝播シミュレーション方法。
<5>
コンピュータによって読み取り可能な記録媒体であって、複数の粒子を含む媒体からなる集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を、計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法であって、粒子がランダムまたはある規則にしたがって分布した集合体の散乱特性をFDTD法で求め、この集合体が多数存在する空間の電磁波伝播特性を前記集合体の散乱特性を用いてラディエイティブ・トランスファー・イクエイションにより計算することを特徴とする電磁波伝播シミュレーションを実行するためのプログラムを格納した記録媒体。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、多数の粒子を含む媒体からなる集合体に電磁波が入射した場合の挙動を計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーションを行うに際し、粒子が非球形である場合、粒子が凝集しているかまたは不均一に分布している場合でもシミュレーションが可能であり、また媒体中の粒子の濃度が高い場合であっても現実的な時間の範囲内でシミュレーションが可能となる。特に、粒子の大きさと形状を任意に設定した場合の電磁波の反射、透過、吸収、散乱等の挙動を、電磁波がコヒーレントであろうとコヒーレントで無かろうと、シミュレートできる。それゆえ、ディスプレイ用のカラーフィルターや拡散板などの光学部材、狭い波長範囲の吸収あるいは透過性能を有するノッチフィルターおよび特殊な光学性能を有する新規な光学部材の設計に用いることができ、さらにリモートセンシングや医療関連の測定や検査にも応用できるので、本発明は工業的に極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】半径10nmの銀の球形粒子を、屈折率1.5の媒体中に、半径100nmのクラスターを形成するようにモンテ・カルロ法を用いてランダムに分布させたモデルを示す図。
【図2】半径10nmの銀の球形の粒子がクラスターを形成したモデルを対象として本発明の方法によりシミュレーションを行った実施例1において、吸光断面積と散乱断面積の波長による変化の結果を示す図。
【図3】半径10nmで高さ30nmの円柱状の銀の粒子がクラスターを形成したモデルを対象として本発明の方法によりシミュレーションを行った実施例2において、吸光断面積と散乱断面積の波長による変化の結果を示す図。
【図4】半径10nmで高さ30nmの銀の円柱状の粒子がクラスターを形成したモデルを対象として本発明の方法によりシミュレーションを行った実施例3において、吸光断面積と散乱断面積の波長による変化の結果を示す図。
【図5】銀の球形の粒子と銀の円柱状の粒子について、従来のMie理論を適用してシミュレーションを行った比較例1において、減衰 断面積と散乱断面積の波長による変化の結果を示す図。
【図6】100μmの厚さの平板の入射面とは反対側の面に反射率0.8の反射板が存在するとし、平板の入射面に入射光が垂直に入射する場合の散乱光量および吸収光量のシミュレーションを本発明の方法により行った実施例4において、散乱光量および吸収光量の波長による変化の結果を示す図。
【図7】屈折率1.5の樹脂からなる厚さ3μmの平板中に、半径100nmの球形の銀の粒子が入ったモデルを対象として、可干渉性の光と非可干渉性の光が等分で混合した光が平板に垂直に入射した場合について本発明のシミュレーションを行った実施例5の結果を示す図。
【図8】屈折率1.5の樹脂からなる厚さ3μmの平板中に、半径10nmの球形の銀の粒子がクラスターを形成したモデルを対象として、可干渉性の光と非可干渉性の光が等分で混合した光が平板に垂直に入射した場合について本発明のシミュレーションを行った実施例6の結果を示す図。
【図9】屈折率1.5の樹脂からなる厚さ3μmの平板中に、半径10nmで長さ30nmの円柱形の銀の粒子がクラスターを形成したモデルを対象として、可干渉性の光と非可干渉性の光が等分で混合した光が平板に垂直に入射した場合について本発明のシミュレーションを行った実施例7の結果を示す図。
【図10】屈折率1.5の樹脂からなる厚さ3μmの平板に、半径100nmの球形の銀の粒子を、銀の粒子の濃度が1体積%となるようにランダムに分散させたモデルを作成し、可干渉性の光と非可干渉性の光が等分で混合した光の平板の垂線に対する角度が30.556度と70.124度の二つの光束について、本発明のシミュレーションを行った実施例8の結果を示す図。
【図11】屈折率1.5の樹脂からなる厚さ3μmの平板に、半径10nmの球形の銀の粒子を半径100nmのクラスターを形成するようにモンテ・カルロ法を用いてランダムに分布させたモデルを作成し、可干渉性の光と非可干渉性の光が等分で混合した光の平板の垂線に対する角度が30.556度と70.124度の二つの光束について、本発明のシミュレーションを行った実施例9の結果を示す図。
【図12】屈折率1.5の樹脂からなる厚さ3μmの平板に、半径10nm長さ30nmの円柱形の銀の粒子を半径100nmのクラスターを形成するようにモンテ・カルロ法を用いてランダムに分布させたモデルを作成し、可干渉性の光と非可干渉性の光が等分で混合した光の平板の垂線に対する角度が30.556度と70.124度の二つの光束について、本発明のシミュレーションを行った実施例10の結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の電磁波伝播シミュレーション方法は、複数の粒子を含む媒体からなる集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を、計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法であって、粒子がランダムまたはある規則にしたがって分布した集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を、FDTD法とラディエイティブ・トランスファー・イクエイション法とを用いて計算することを特徴とする。
【0014】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明は計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法であり、計算を実行するためのプログラムを格納する記録媒体、該記録媒体からプログラムを読み取る装置、プログラムや計算結果を一時的に格納する記憶装置、CPU、出力装置を有するコンピュータにより実施する。
【0015】
本発明においては、まず計算対象となる集合体のモデルを作成する。粒子を媒体中にランダムに分布させるには、モンテ−カルロ(Monte Carlo)法用いるのが便利である。モンテ−カルロ法は、所定の統計的性質を持った乱数を発生させる方法であり、本発明においては、媒体中に所定の統計的性質を持って分散した粒子を計算上で発生させるために用いる。通常用いられる乱数を発生させる関数を用いて、計算対象の空間内に、粒子の座標を設定すればよい。所定の統計的性質とは、完全均一、特定の割合で特定の数の粒子の凝集体があるなどの状態に対応するものである。
【0016】
本発明においては、粒子は媒体中にランダムに分布させる場合だけではなく、ある規則にしたがって分布した場合についても実施することができる。
【0017】
本発明で用いるFDTD(Finite Difference Time Domain)法(有限差分時間領域法)は、例えば、「FDTD法による電磁界およびアンテナ解析」,1998年,コロナ社に記載されている公知の方法であり、マックスウェル方程式を空間的および時間的に区切り、空間および時間微分を有限差分によって近似し、電磁界の時間変化を追跡して算出するシミュレーション方法である。
なお、FDTD法は、不規則な境界面を有する有限の大きさの仮定が有効な構造物でも、無限の仮定が可能な構造物のどちらにも適用可能である。
【0018】
通常、任意の偏光状態にある入射光(電磁波)は、2つの直交する偏光状態、すなわち、TMモードとTEモードとに分けることが可能である。
そして、本発明で用いるFDTD法においては、帰納的畳み込み法を用いると効率的に計算を進めることができる。電磁波におけるTEモードに対しては、マクスウェル方程式から導かれる波動方程式に帰納的畳み込み法を適用して得られる第1の電磁界解析用の式を、帰納的関係式を利用してコンピュータにより解き、TMモードに対しては、マクスウェル方程式に帰納的畳み込み法を適用して得られる第2の電磁界解析用の式を、帰納的関係式を利用してコンピュータにより解き、TMモード及びTEモードに対して得られた電磁界に基づいてFDTD法の空間的および時間的区切りにおける電磁界を算出する態様とすることが好適である(特願2008−68139の公開公報参照。)。
【0019】
FDTD法では、以下のマクスウェル方程式を利用することができる。
(1)
(2)
【0020】
ここで、μは透磁率、Eは電界の強さ、Hは磁界の強さである。
は微分演算子であり、
及び
及び
をx軸方向及びy軸方向及びz軸方向の単位ベクトルとしたとき、
(3)
で定義される微分演算子である。
【0021】
式(2)中のDは電束密度を表しており、次式で与えられる。
(4)
式(4)中のεは計算対象の物体(粒子)の誘電率である。
【0022】
本発明で用いたFDTD法は、特願2008−68139に記載されたTMモードに関するFDTD法を3次元に拡張したものである。
FDTD法により算出された電磁界を用いてfar-field transformation 法を使って粒子から遠い点の電磁界の値を算出する。
【0023】
遠い点の電磁界の値は(5)式を使って計算する。
(5)
【0024】
式(5)中のΨは電磁界のx、y、z成分のいずれかの強さを示している。下付の文字Fは無限遠点(ファーフィールド)を示している。積分領域は散乱体を包囲する孤立面Sである。
はSの上でそれぞれの点での法線の外部向きの単位vectorである。
【0025】
本発明で用いるラディエイティブ・トランスファー・理論(Radiative transfer theory)は、入射光が媒体や粒子と相互作用を生じるときに、反射、散乱、吸収、透過した光の量の総和が吸光(減衰)量に一致するとする関係式を用いた計算方法である。その理論から生じるラディエイティブ・トランスファー・イクエイション(Radiative Transfer EquationまたはRTE)は、粒子が分布している媒体の中に電磁波のエネルギーの伝播の計算式であり、可干渉性(coherent)の光、部分干渉性の光及び拡散光(非可干渉性の光)の取り扱いができる計算式である。なお、RTEを用いた計算方法がRT法である。電磁波のエネルギーは光束として計算している。光束は光の強度または照度に関係している。入射光は完全拡散光であれば、出力を積分した光束として、2光束RTEを用いて計算することができる。入射光が部分干渉性の光である場合は、4光束、N光束(4≦N)のRTEを用いる。N光束RTEのNは、伝播方向に対して設定したN個のchannelに対応する。それぞれのchannelは、通常は極角θと方位角φに対して定義する。(P.S.Mufgett and L.W.Richards,「Multiple Scattering Calculations for Technology」,Applied Optics,vol. 10,No.7,1971,pp1485 参照。)
【0026】
RTEの基本式は媒体の任意の点でエネルギーの保存則を示している。
可干渉性の光束の距離勾配は式(6)で与えられる。
(6)
【0027】
式(6)のKは吸収率である。Kは媒体及び粒子の吸収の合計に対する吸収率である。式(6)は可干渉性の光束の吸収及び散乱により、伝播チャンネルから光が失われることを示している。拡散光束の距離勾配は式(7)で示される。
(7)
【0028】
式(7)の吸収率Kdは拡散光束の吸収損失に関係する。Sdは拡散光束の散乱損失に関係する。Sd+fdは他のチャンネルに伝播している拡散光が散乱して対象の伝播チャンネルに入ってきたものを示している。Scfcは可干渉性の光のチャンネルから散乱して拡散チャンネルに入ってきた部分である。つまり式(7)の後2項は拡散光束の利得を示している。式(7)に記載しているK及びSの全ての係数は粒子の吸収及び散乱断面積とフェイズ関数から計算できる。フェイズ関数は散乱波動場の振幅である。球形の粒子の場合、フェイズ関数はMie理論から計算することはできるが、球形以外の任意の形の粒子の場合にはMie理論から導くことはできない。本発明においては、任意の形の粒子(集合体粒子も含めて)の吸収断面積、散乱断面積及びフェイズ関数は、FDTD法(far-field transformation法を適用)を使って計算することができる。
【0029】
式(6)と(7)に用いる吸収率Kと散乱率Sは一個の粒子の吸収と散乱断面積に関するものである。入射光が拡散光の場合KとSは次のようにあらわされる(P. Kubelka, "New contributions to the optics of intensely light-scattering materials. Part I ", Journal of Optical Society of America, vol. 38, no. 5, 1948, p. 448. 参照。)。
(8)
(9)
【0030】
ここで、Cabsは吸収断面積(absorption cross-section)、Cscat(scattering cross-section)は散乱断面積である。この場合光束は視野角によって区分せず、計算方法は1次元の往復方向の2光束のRT法またはクベルカ・ムンク法に該当する。
【0031】
2光束法においては、反射率Rと透過率Tは、次の式(10)、(11)で与えられる。
(10)
(11)
【0032】
ここで、dは拡散平板の厚さ、ρgは拡散平面の背面平面の反射率、aとbは次で与えられる。
(12)
(13)
KとSはそれぞれ、式(8)と(9)から計算できる。
【0033】
完全球形の粒子の場合CabsとCscatはMie理論により計算することができる。しかし任意の形の粒子の場合、または粒子の集合体の場合、CabsとCscatは解析的な計算ができない。本発明では、FDTD法を用いてCabsとCscat の数値を計算する。すなわち、CabsとCscatと減衰断面積(extinction cross-section)Cextは、次の式から得られる(C. F. Bohren, D. R. Huffman, "Absorption and scattering of light by small particles", Wiley-VCH Verlag GmbH & Co. KGaA, 2004, Weinheim, Chap.3-4.参照。)。
【0034】
(14)
(15)
【0035】
ここで、θとφはそれぞれの極角と方位角である。式(14)と(15)に用いるΨ0は次の式から生じる。
(16)
【0036】
式(16)のΨFは式(5)を用いて計算している。Ψiは入射光の電磁界の強さである。吸収断面積Cabsは式(17)により得られる。
(17)
【0037】
RTEは、複数の伝播チャンネル(channel)を設定し、2光束(flux)以上について実行することができる。前記の散乱率SとSd±は、散乱断面積Cscatとphase関数で決める。Phase関数はある方向における散乱電磁界の振幅である。そのPhase関数はLegendre多項式を用いて展開すると、それぞれの項の係数を以下のように計算できる。
(18)
【0038】
ここで、
は1次の係数であり、p(θ)はPhase関数で、Piは1次のLegendre多項式を示す。p(θ)はある状態に従ってMie理論またはFDTD方法を用いて計算できる。
【0039】
本発明においては、FDTD法、モンテ・カルロ法およびRTE法の3つの計算方法を組合せて用いる場合が好ましい。
また、RTE法において、4以上の光束のRTE法を用いることが、可干渉性の光が含まれる場合のシミュレーションに好適なので好ましい。光束の数は、通常は4以上12以下であり、計算速度が速いので、4および6の場合が特に好ましい。
【0040】
本発明においてシミュレーションの対象とする粒子は、その形状を任意に設定できる。粒子の形状としては、任意の形、例えば、球形、円柱形、角柱形、角柱以外の多面体、鱗片状形状、ドーナツ形状、中空円柱形状のいずれでも設定できる。また、一部の2粒子同士が会合している場合、粒子が凝集している場合も設定することができる。さらに、粒子の形状や物質が2種類以上混合している場合、大きさに分布がある場合、媒体中の粒子の分布に偏りがある場合も設定することができる。
【0041】
そして、媒体中の粒子の濃度が5体積%以上の高い濃度となる場合も設定することができる。本発明は、媒体中の粒子濃度が、5〜90体積%の場合に好適に適用することができ、5〜50体積%の場合により好ましく、6〜20体積%の場合にさらに好ましく適用することができる。
【0042】
本発明においてシミュレーションの対象とする媒体は、光を通し、均一な媒体であれば、光の透過率、屈折率を定数として設定することにより、真空、空気、水、有機溶媒、溶液、ガラス、樹脂のいずれでも設定することができる。本発明は、特に、粒子の移動が生じないガラスまたは樹脂を媒体とする場合に好適に適用することができる。
【0043】
本発明においてシミュレーションの計算対象の集合体としては、通常は、媒体と粒子の占める空間が平板であり、一定の厚さを有し、無限の広さの平板からなる集合体である場合である。媒体と粒子の占める空間が平板であるとは、即ち一定の間隔の平行な2つの平面の間に存在する空間に媒体と粒子が存在することである。
【0044】
本発明においてシミュレーションの対象とする光の光源は、レーザー光源(可干渉性の高い光を発する光源)、通常光光源(可干渉性の低い光を発する光源)、連続光光源、パルス光源のいずれでも設定することができ、ディスプレイの設計用には、通常光光源であって連続光光源の場合に本発明は好適に適用することができ、さらに平行光線光源である場合が計算が簡単になり好ましい。
【0045】
次に本発明の具体的な実施態様について説明する。
[1]粒子分散媒体の設定
計算対象の媒体として、均一で光を通す物質(真空を含む)を表すために適切な光透過率(または光吸収率)と屈折率を設定する。媒体の形状として平板を設定し、平板の厚さに該当する所定の間隔の平行な2面を設定し、その間に存在する無限の大きさの空間を、平板に対する近似の形状として設定する。
分散させる粒子の形状を決定する。粒子を構成する物質を表すために適切な、光の透過率(または吸収率)と屈折率を設定する。
光源としては、ディスプレイの設計に用いるには、通常光の平行光線を設定する。
粒子をモンテ−カルロ法により媒体中に無作為に所定の濃度となるように分布させる。
【0046】
[2]シミュレーションの実行
複数の粒子がランダムまたはある規則にしたがって分布した集合体の散乱と吸収断面積とをFDTD法を用いて計算する。
【0047】
[3]その集合体のランダムまたはある規則に分布した媒体の中の電磁界伝播をラディエイティブ・トランスファー・イクエイション(または ラディエイティブ・トランスファー法)を用いて計算する。
【実施例】
【0048】
次に本発明を実施例によってさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
実施例においては、PG Fortran 90言語で記載したプログラムを作成およびMathsoft Engineering & Education inc.製の製品のMathcad(商品名)を用いて計算を行った。
【0049】
(実施例1)
半径10nmの銀の球形粒子を、屈折率1.5の媒体中に、半径100nmのクラスターを1個形成するようにモンテ・カルロ法を用いてランダムに分布させたモデルを作成した。クラスター内の粒子の含有量は50体積%とした。このモデルを映像化したものを図1に示した。図1の3つの図は、左から順にXY面、YZ面、XZ面による断面を示す。
【0050】
この集合体のモデルについて、入射光は完全散乱光(完全に非可干渉性の光)とし、入射光の波長を400nmから700nmまで20nm間隔で変化させたときの、散乱光量および吸収光量を計算した。光の散乱と吸収は、2光束のRT法であるクベルカ−ムンク法で計算した。そのための散乱及び吸収断面積は3次元のFDTD法とfar-field transformation法の組み合わせで計算した。far-field transformation法は粒子から遠い点で電磁界を知るための計算方法である。計算結果を図2に示した。
光の波長よりはるかに小さい半径10nmの球形の銀粒子は、もしクラスターを形成していない場合は、光との相互作用は小さく、散乱や吸収の量は少ないと推測することができるが、実際に銀の粒子を媒体中に高濃度で分散させ集合体を作製すると、銀の粒子が凝集し、クラスターを形成する。本モデルは、この実際の集合体のモデルである。本発明の方法によりシミュレーションを行った結果、濃度が高くクラスターを形成した実際に近い場合は、相当量の散乱と吸収が生じ、光の波長が短いほど散乱光量と吸収光量が大きくなった。従って、本発明のシミュレーション方法は、実際の状況を正しくシミュレートできていることがわかった。
【0051】
(実施例2)
半径10nmで高さ30nmの円柱形の銀の粒子を、屈折率1.5の媒体中に、半径100nmのクラスターを1個形成するようにモンテ・カルロ法を用いてランダムに分布させたモデルを作成した。円柱形粒子の向きは円柱の軸が入射光の進行方向に垂直な面に平行であり、かつ、偏光方向に垂直な方向に揃えた。クラスター内の粒子の含有量は50体積%とした。
【0052】
この集合体のモデルを用いて、実施例1と同様にして入射光の波長を400nmから700nmまで20nm間隔で変化させたときの、散乱光量および吸収光量を計算した。結果を図3に示した。
光の波長よりはるかに小さい半径10nmで高さ30nmの円柱形の銀粒子は、もしクラスターを形成していない場合は、光との相互作用は小さく、散乱や吸収の量は少ないと推測することができるが、実際に銀の粒子を媒体中に高濃度で分散させ集合体を作製すると、銀の粒子が凝集し、クラスターを形成する。本モデルは、この実際の集合体のモデルである。本発明の方法によりシミュレーションを行った結果、濃度が高くクラスターを形成した実際に近い場合は、相当量の散乱と吸収が生じ、光の波長が短いほど散乱光量と吸収光量が大きくなった。従って、本発明のシミュレーション方法は、実際の状況を正しくシミュレートできていることがわかった。
【0053】
(実施例3)
実施例2と同様で、ただし、円柱の軸が入射光の進行方向に垂直な面に垂直であり、かつ、偏光方向に平行な方向に揃えて集合体のモデルを作成した。このモデルを用いて、実施例1と同様にして入射光の波長を400nmから700nmまで20nm間隔で変化させたときの、散乱光量および吸収光量を計算した。結果を図3に示した。
実施例2と同様に、相当量の散乱と吸収が生じ、光の波長が短いほど散乱光量と吸収光量が大きくなった。従って、実施例2と同様に、本発明のシミュレーション方法は、実際の状況を正しくシミュレートできていることがわかった。
【0054】
(比較例1)
実施例1と同じ集合体モデルについて、従来のMie理論を適用して、入射光は完全散乱(完全に可干渉性が無い場合)とし、入射光の波長を400nmから700nmまで20nm間隔で変化させたときの、散乱光量および吸収光量を計算した。Mie計算では、粒子の集合体からなるclusterの散乱特性の計算をできないので、半径100nmのクラスターを均質な等価粒子に置き換えて計算した。その等価粒子の半径は79nmである。結果を図5に示した。
散乱光量も吸収光量も420nm付近に大きなピークが生じており、現実の状況を正しくシミュレートできていないことがわかる。
【0055】
(実施例4)
1000μmの厚さの平板に、実施例1のモデルと同様に、半径10nmの銀の球形粒子を、屈折率1.5の媒体中に、半径100nmのクラスターを1個形成するようにモンテ・カルロ法を用いてランダムに分布させたモデルと、実施例2と同様に半径10nmで高さ30nmの円柱形の銀の粒子を、屈折率1.5の媒体中に、半径100nmのクラスターを1個形成するようにモンテ・カルロ法を用いてランダムに分布させたモデルと、さらに半径10nmの球形の銀の粒子を、屈折率1.5の媒体中にクラスターを形成させずにモンテ・カルロ法を用いてランダムに分布させたモデルの3つのモデルを作成した。平板の入射面とは反対側の面に反射率0.8の反射板が存在するとし、平板の入射面に入射光が垂直に入射する場合の散乱光量および吸収光量を計算した。
【0056】
入射光は完全散乱(完全に可干渉性が無い場合)とし、入射光の波長を400nmから700nmまで変化させたときの、散乱光量および吸収光量を、2光束のRT法であるクベルカ−ムンク法で計算した。そのための散乱及び吸収断面積は3次元のFDTD法とfar-field transformation法の組み合わせで計算した。シミュレーション結果を図6に示した。
光の波長よりはるかに小さい半径10nmの球形の銀粒子と、半径10nmで高さ30nmの銀の円柱状の粒子は、クラスターを形成していない場合は光との相互作用は小さく、散乱や吸収の量は少ない(図6のr)が、濃度が高くクラスターを形成した現実に近い場合は、球形の粒子の場合(図6のr_sph)よりも円柱形の粒子の場合(図6のr_cyl)の方が、散乱光量と吸収光量が大きくなることがわかった。
【0057】
(実施例5)
屈折率1.5の樹脂からなる厚さ3μmの平板に、半径100nmの球形の銀の粒子の断面積とphase関数をMie理論により計算して、可干渉性の光と非可干渉性の光が等分で混合した光が平板に垂直に入射した場合の、反射率と透過率を算出した。銀の粒子の濃度は1体積%と低い濃度とした。算出には、可干渉性の光および非可干渉性の光について一方向およびその逆方向に伝播する電磁波(光)を取り扱う4光束のRTEを用いた。
【0058】
波長400〜700nmの範囲における可干渉性の光の透過率、可干渉性の光の反射率、非可干渉性の光の透過率、非可干渉性の光の反射率の波長による変化を計算し、結果を図7に示した。図7において、可干渉性の光の透過率は「x」印で、可干渉性の光の反射率は点線「・・・」で、非可干渉性の光の透過率は一点鎖線「−・−・」で、非可干渉性の光の反射率は実線「___」で示した。
可干渉性の光も、非可干渉性の光も、透過率は波長による変化は少なく低い値を示し、多くの光が反射または吸収されることがわかる。可干渉性の光の反射率は4%ころであり、非可干渉性の光の反射率が波長とともに増加した。可干渉性の光の反射率4%はほとんど界面のFresnel反射により生じる。
【0059】
(実施例6)
屈折率1.5の樹脂からなる厚さ3μmの平板中に、半径10nmの球形の銀の粒子を半径100nmのクラスターを形成しクラスター内の粒子濃度が50体積%となるようにモンテ・カルロ法を用いてランダムに分布させ、平板内の粒子濃度が1体積%となるようにクラスターを平板内に複数分布させたモデルを作成した。可干渉性の光と非可干渉性の光が等分で混合した光が平板に垂直に入射した場合の、反射率と透過率を算出した。算出には、実施例5と同様に、FDTD法とともに、4光束のRTEを用いた。
【0060】
波長400〜700nmの範囲における可干渉性の光の透過率、可干渉性の光の反射率、非可干渉性の光の透過率、非可干渉性の光の反射率の波長による変化を計算し、結果を図8に示した。図8において、可干渉性の光の透過率は「x」印で、可干渉性の光の反射率は点線「・・・」で、非可干渉性の光の透過率は一点鎖線「−・−・」で、非可干渉性の光の反射率は実線「___」で示した。
可干渉性の光も、非可干渉性の光も、透過率も反射率も、波長による変化は少ないが、可干渉性の光の透過率が高く、次に非可干渉性の光の反射率が高く、非可干渉性の光の透過率と、可干渉性の光の反射率が低くなった。実施例5における100nmの銀の粒子がクラスターを形成せずに分散した平板とは、電磁波の伝播挙動が全く異なる結果となった。実際の平板においても、顔料がクラスターを形成した場合と均一に分散した場合とでは光の伝播挙動が全く異なることがわかった。
【0061】
(実施例7)
銀の粒子が、半径10nm長さ30nmの円柱形である以外は、実施例6と同様のモデルを作成した。実施例6と同様の計算を行い、結果を図9に示した。図9の線は実施例6の図8と同じものを示している。
実施例6と類似した結果が得られたが、非可干渉光の反射率が、波長が長くなるに従って上昇した。
【0062】
(実施例8)
実施例5と同様に、屈折率1.5の樹脂からなる厚さ3μmの平板に、半径100nmの球形の銀の粒子を、銀の粒子の濃度が1体積%となるように、モンテ・カルロ法によりランダムに分散させたモデルを作成した。実施例5と同様に、可干渉性の光と非可干渉性の光が等分で混合した光を用いたが、実施例5とは異なり、平板の表面に対する垂線に対して30.556度の角度で光が伝播した場合の、反射率と透過率を算出した。一つの光束を±20度の範囲として30.556度と70.124度の二つの光束について計算した。算出には、FDTD法とともに、可干渉性の光および非可干渉性の光について、二つの光束それぞれの一方向およびその逆方向に伝播する電磁波(光)を取り扱う6光束のRTEを用いた。
【0063】
媒体内を伝播した光は光出射面にその法線に対して70.124度の角度で入射し全反射してしまうので、30.556度のchannel 1についてだけ計算結果を図10に示した。
透過率は低く、殆どの光は反射または吸収されてしまうことがわかった。反射率の波長依存性は小さかった。
【0064】
(実施例9)
平板のモデルは実施例6と同様とし、屈折率1.5の樹脂からなる厚さ3μmの平板中に、半径10nmの銀の球形粒子を半径100nmのクラスターを形成するようにモンテ・カルロ法を用いてランダムに分布させたモデルとした。光の伝播channelについては、実施例8と同様とし、反射率と透過率を算出した。算出には、実施例8と同様に、FDTD法とともに、6光束のRTEを用いた。
【0065】
媒体内を伝播した光は光出射面にその法線に対して70.124度の角度で入射し全反射してしまうので、30.556度のchannel 1についてだけ計算結果を図11に示した。
透過率は低く、殆どの光は反射または吸収されてしまうことがわかった。反射率の波長依存性は小さく、100nmの銀の粒子が均一に分散した場合より低かった。
【0066】
(実施例10)
平板のモデルは実施例7と同様とし、半径10nm長さ30nmの円柱形である以外は、実施例6と同様のモデルを作成した。光の伝播channelについては、実施例8と同様とし、反射率と透過率を算出した。算出には、実施例8と同様に、FDTD法とともに、6光束のRTEを用いた。
【0067】
平板の表面に対する垂線に対して70.124度の角度で入射した光は全反射してしまうので、30.556度のchannel 1についてだけ、計算結果を図12に示した。
透過率は低く、殆どの光は反射または吸収されてしまうことがわかった。反射率の波長依存性は小さく、100nmの銀の粒子が均一に分散した場合より低く、銀の粒子が球形の場合と大きな違いは無かった。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の粒子を含む媒体からなる集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を、計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法であって、粒子がランダムまたはある規則にしたがって分布した集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を、FDTD法とラディエイティブ・トランスファー・イクエイションとを用いて計算することを特徴とする電磁波伝播シミュレーション方法。
【請求項2】
前記ラディエイティブ・トランスファー・イクエイションが4光束以上のラディエイティブ・トランスファー・イクエイションである請求項1記載の電磁波伝播シミュレーション方法。
【請求項3】
計算対象の空間が、一定の厚さを有し、無限の広さの平板である請求項1または2に記載の電磁波伝播シミュレーション方法。
【請求項4】
入射波が可干渉性の低い電磁波である請求項1〜3のいずれかに記載の電磁波伝播シミュレーション方法。
【請求項5】
コンピュータによって読み取り可能な記録媒体であって、複数の粒子を含む媒体からなる集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を、計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法であって、粒子がランダムまたはある規則にしたがって分布した集合体の散乱特性をFDTD法で求め、この集合体が多数存在する空間の電磁波伝播特性を前記集合体の散乱特性を用いてラディエイティブ・トランスファー・イクエイションにより計算することを特徴とする電磁波伝播シミュレーションを実行するためのプログラムを格納した記録媒体。
【請求項1】
複数の粒子を含む媒体からなる集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を、計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法であって、粒子がランダムまたはある規則にしたがって分布した集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を、FDTD法とラディエイティブ・トランスファー・イクエイションとを用いて計算することを特徴とする電磁波伝播シミュレーション方法。
【請求項2】
前記ラディエイティブ・トランスファー・イクエイションが4光束以上のラディエイティブ・トランスファー・イクエイションである請求項1記載の電磁波伝播シミュレーション方法。
【請求項3】
計算対象の空間が、一定の厚さを有し、無限の広さの平板である請求項1または2に記載の電磁波伝播シミュレーション方法。
【請求項4】
入射波が可干渉性の低い電磁波である請求項1〜3のいずれかに記載の電磁波伝播シミュレーション方法。
【請求項5】
コンピュータによって読み取り可能な記録媒体であって、複数の粒子を含む媒体からなる集合体に電磁波が入射した場合の電磁波の挙動を、計算機を用いて算出する電磁波伝播シミュレーション方法であって、粒子がランダムまたはある規則にしたがって分布した集合体の散乱特性をFDTD法で求め、この集合体が多数存在する空間の電磁波伝播特性を前記集合体の散乱特性を用いてラディエイティブ・トランスファー・イクエイションにより計算することを特徴とする電磁波伝播シミュレーションを実行するためのプログラムを格納した記録媒体。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2011−22889(P2011−22889A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−168721(P2009−168721)
【出願日】平成21年7月17日(2009.7.17)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年7月17日(2009.7.17)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】
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