説明

電解リン酸塩化成処理方法

【課題】大量な小物部品への対応に非常に有利であり、電解冶具と被処理物との電気的導通性を確実に確保するのに有効であり、特に量産設備で重要な電解リン酸塩化成処理方法を提供する。
【解決手段】リン酸、リン酸イオン、硝酸イオン、リン酸塩として皮膜を形成する金属イオン、金属としてリン酸塩とともに皮膜を形成する金属イオンを含み;それら以外の陽イオンおよび陰イオンを実質的に含まないリン酸塩化成処理浴を用いて、かつ、亜鉛、鉄、またはニッケルの少なくとも1つを陽極3とし、被処理物2を陰極とする陰極電解処理でリン酸塩を含む皮膜4を被処理物2上に形成する方法であって、被処理物2と接触する電解冶具1は、被処理物2の搬送を兼用せず、電解槽内に静置して被処理物2と接触させ、かつ被処理物2に接触する電解冶具1の陰極部は処理浴を介して直接に陽極部3と対峙しない構造であることを特徴とする電解リン酸塩化成処理方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電解リン酸塩化成処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電解リン酸塩化成処理においては、被処理物は、電解槽で外部電源に接続する電解冶具と接続し、同じく外部電源に接続する対極との間で、外部電源からの電気エネルギー(電圧・電流)を作用させてリン酸塩化成皮膜を形成する。その際、被処理物とそれに電気的に接続する電解冶具の電気抵抗は、ゼロであることが必要である。すなわち、被処理物を保持する電解冶具と被処理物の間に抵抗が生じれば、電解処理に印加される電流は皮膜形成反応に有効に利用されないので、電解処理に適切でないからである。
【0003】
特開2002-322593号公報(特許文献1)は、電着塗装下地用のリン酸塩化成処理を開示する。電解冶具(ハンガー)に被処理物を60ケ装着している。この電解冶具を複数個用い、「被処理物の装着→脱脂→化成処理→電着塗装→乾燥→被処理物の脱着」→「被処理物の装着→脱脂→化成処理→電着塗装→乾燥→被処理物の脱着」を繰り返すことで実施している。この方式は、電解冶具を被処理物を一緒に電解化成槽に浸漬し、電解処理する。
【0004】
そして、この特許文献1の電解冶具は、搬送と電解を兼用したものである。そこでは電解冶具を浸漬することにより、電解冶具にも大量の電解液が付着し、次工程に電解液が持ち出されるので、薬品の大量消費を促す結果となる。
【0005】
特開2007-23334号公報(特許文献2)は、冷鍛下地用の電解リン酸塩化成処理浴に投入する搬送冶具を開示している。そこでは、「複数種類の被処理物が、同一搬送冶具で電解槽に投入され、電解槽で電解冶具に保持されて電解処理を行った後、再び搬送冶具に移され、電解槽から取り出される」旨が記述されている(「電解層で搬送冶具上の被処理物はそれぞれ被処理物(グループ)毎に電解冶具で保持され、搬送冶具から分離される。」(段落[0020])、「それぞれ別個の2以上の電解冶具に保持された被処理物が異なる電解条件で電解リン酸塩化成処理される。」(段落[0015]))。この方式は、搬送冶具と電解冶具を分離しているが、搬送冶具は電解槽に浸漬される。すなわち、搬送冶具が電解槽に浸漬されることに関しては特許文献1と同じであり、搬送冶具に大量の電解液が付着し、次工程に電解液が持ち出される。また、電解冶具は、電解処理時は電解槽に浸漬されるが、電解処理の無い時は電解槽外に放置される。したがって、電解冶具は浸漬と大気中の放置を繰り返すことになる。
【0006】
特開2010−77486号公報(特許文献3)は、搬送冶具と電解冶具を確実に分離している。すなわち、「被処理物を第1の円形回転体上から取り出し、併設した電解リン酸塩化成処理槽に移載して浸漬処理した後に、リン酸塩化成処理した該被処理物を再度第1の円形回転体に戻す」旨の記述がある(段落[0022])。これは、搬送冶具による電解処理浴の持ち出しを防ぐ機能を持たせたものである。したがって、設備の工程間の搬送に関わる冶具と電解冶具は分離されている。しかし、電解冶具は、被処理物をチャックし、搬送し、浸漬し、電解処理した後、再び搬送し、設備の工程間の搬送に関わる冶具に移す(電解処理を行った被処理物は、電解用冶具にチャックされたまま、電解層から揚げられ、その後、第1の円形回転体上に移動し、・・・(段落[0026]))。この電解冶具の操作(動き)は、電解液への浸漬と大気中の放置を繰り返すことになる。この電解冶具の繰り返しは、電解冶具に析出した固形分を乾燥し、電解冶具と被処理物の電気的導通性を阻害することになる。
【0007】
特開2002−285383号公報(特許文献4)は、被処理物1ヶに対し電極1ヶを配置して電解処理を行う方法を示している。その図1に示すように、被処理物は処理浴の外で電解冶具に装着され、電解液に浸漬され電解処理される。電解処理された被処理物は、電解液の外で電解冶具から外される。したがって、電解冶具は電解液への浸漬→取り出しを繰り返すことになる。このような方法では、被処理物に接する陰極部に皮膜形成に係わる固形分が析出することになり、この固形分の析出は、電気的導通性を阻害することになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002-322593号公報
【特許文献2】特開2007-23334号公報
【特許文献3】特開2010−77486号公報
【特許文献4】特開2002−285383号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、電解冶具と被処理物との電気的導通性を確実に確保するのに有効であり、特に量産設備で重要な電解リン酸塩化成処理方法を提供することを目的とする。
【0010】
本発明において、上記の課題を解決して電解液(水溶液)を用いて被処理物に電解処理行う場合、本発明者の知見によれば、以下の留意すべき2つの基本的な事項iおよびiiがある。
【0011】
i 電解処理浴の溶液としての安定性の確保:
電解処理浴の溶液としての安定性の確保は、前工程溶液の電解槽への溶液の持ち込み、及び電解槽溶液の持ち出しを抑えることである。電解槽への前工程溶液持ち込みは、電解槽溶液の溶質成分の希釈を促進すると同時に不純物(不要成分)の持ち込みを促進することになる。また、電解槽溶液の持ち出しは溶質成分の希釈を促進する。不純物の混入、及び溶質成分の希釈は、いずれも電解槽処理浴の溶液としての安定性を破壊する作用である。
【0012】
溶液の持込、持ち出しは、搬送冶具が電解槽に投入、取出しされることで行われる。したがって、処理浴安定性の確保は、搬送冶具と電解冶具を分け、搬送冶具を用いての電解槽への被処理物の投入を無くすことが基本となる。
【0013】
ii 被処理物と電解冶具との間の通電性の確保:
被処理物と電解冶具との間の通電性の確保は、電解冶具の形状等を工夫することが求められる。
【0014】
一方、上記のように特許文献2は、搬送冶具と電解冶具を分離しているが、搬送冶具も電解槽に浸漬される構造であり、それに伴い電解槽への前工程からの持込み、及び電解槽からの処理浴の持ち出しが発生する。又、電解冶具は電解処理時のみ電解槽内に浸漬されるが、電解処理が終了すると電解槽の上部に移動し、空中に放置された状態である。すなわち、電解槽への投入(浸漬)−電解槽からの取出しの移動機構を有するものである。故に、電解冶具に固形分が析出し被処理物との電気的導通性を妨害することになる。
【0015】
また、上記のように特許文献3においては、搬送冶具と電解冶具は分離しており、搬送冶具は電解槽に浸漬されることはない。しかし、搬送冶具から被処理物をチャックした電解冶具は、電解処理時に電解槽内に浸漬され、電解処理が終了すると電解槽の上部から移動し、被処理物を搬送冶具に移す。すなわち、電解槽への投入(浸漬)−電解槽からの取出しの移動機構を有するものである。その電解冶具は、電解槽への投入−取り出しのみを繰り返し行う。その繰り返し操作は、浸漬−乾燥の繰り返しであり、電解冶具表面に固形分を析出させ、乾燥させることを促進することになる。そして、電解冶具表面に析出・乾燥した固形分は電解冶具と被処理物との通電性を妨害するようになる。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、上記の課題を解決するために、以下の発明を提供する。
(1)リン酸、リン酸イオン、硝酸イオン、リン酸塩として皮膜を形成する金属イオン、金属としてリン酸塩とともに皮膜を形成する金属イオンを含み;それら以外の陽イオンおよび陰イオンを実質的に含まないリン酸塩化成処理浴を用いて、かつ、亜鉛、鉄、またはニッケルの少なくとも1つを陽極とし、被処理物を陰極とする陰極電解処理でリン酸塩を含む皮膜を被処理物上に形成する方法であって、被処理物と接触する電解冶具は、被処理物の搬送を兼用せず、電解槽内に静置して被処理物と接触させ、かつ被処理物に接触する電解冶具の陰極部は処理浴を介して直接に陽極部と対峙しない構造であることを特徴とする電解リン酸塩化成処理方法。
(2)電解冶具の陰極部は、少なくとも1つの接触部で被処理物に接触しており、接触部は先端が尖った状態で、かつ3mm以下の面積を有する上記(1)に記載の電解リン酸塩化成処理方法。
(3)電解冶具の陰極部は、電解処理を行わない場合でも電解処理浴中に置かれる上記(1)または(2)に記載の電解リン酸塩化成処理方法。
(4)被処理物に接触する電解冶具の陰極部は、被処理物を電解処理槽中に置いた後、電気的に被処理物に接続される上記(1)〜(3)のいずれかに記載の電解リン酸塩化成処理方法。
(5)被処理物に接触する電解冶具の陰極部は、リン酸塩化成処理浴に不溶性である上記(1)〜(4)のいずれかに記載の電解リン酸塩化成処理方法。
(6)電解処理を行わない時(電解休止時)に、電解処理時に被処理物に接触する電解冶具を陽極とし、亜鉛、ニッケルまたはチタンを陰極として、1.7V以下の電圧を印加させることにより、電解処理時に陰極部として被処理物に接触した電解冶具表面に付着した固形分を脱離させる上記(1)〜(5)のいずれかに記載の電解リン酸塩化成処理方法。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の電解リン酸塩化成処理方法の1例を示す図。
【図2】本発明の電解リン酸塩化成処理方法の1例を示す図。
【図3】本発明における休止電解の配線図。
【図4】本発明における小物部品処理を示す図。
【図5】本発明における電解冶具の被処理物との接触の1例を示す図。
【図6】本発明における電解冶具の被処理物との接触の1例を示す図。
【図7】本発明における被処理物の1例を示す図。
【図8】実施例2における電解冶具と被処理物の配置を示す図。
【図9】本発明の電解リン酸塩化成処理方法の概要を示す図。
【図10】休止電解実施時の処理浴の指標の変動を示す図。
【図11】休止電解実施時の処理浴の指標の変動を示す図。
【図12】休止電解実施時の処理浴の指標の変動を示す図。
【図13】休止電解実施時の処理浴の指標の変動を示す図。
【図14】従来のの電解リン酸塩化成処理方法の1例を示す図。
【図15】従来の電解冶具チャック方式を示す図。
【図16】従来の無電解処理での小物部品処理を示す図。
【図17】比較例1における電解冶具と被処理物を示す図。
【図18】比較例2における電解冶具と被処理物の配置を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の電解リン酸塩化成処理方法においては、リン酸、リン酸イオン、硝酸イオン、リン酸塩として皮膜を形成する金属イオン、金属としてリン酸塩とともに皮膜を形成する金属イオンを含み;それら以外の陽イオンおよび陰イオンを実質的に含まないリン酸塩化成処理浴が用いられる。そして、亜鉛、鉄、またはニッケルの少なくとも1つを陽極とし、被処理物を陰極とする陰極電解処理でリン酸塩を含む皮膜が被処理物上に形成される。
【0019】
本発明において、被処理物(部品)は鉄鋼材料もしくは非鉄金属材料であり、電解リン酸塩化成処理としては、好適には、それらの被処理物の塗装下地処理、鍛造加工潤滑処理等が挙げられる。
【0020】
電解リン酸塩化成処理に際しては、脱脂・水洗等の表面の汚れを除去し、被処理物の表面を清浄化するための工程、または皮膜の形成を容易とする表面調整処理、等の前処理を適宜行うことができる。
【0021】
本発明における電解リン酸塩化成処理浴としては、たとえば特開2000−234200号および特開2002−322593号公報等に記載されている化成処理浴に基づいて目的により組成、濃度、pH,温度等を適宜選定し得る。このようなリン酸塩化成処理浴としては、リン酸およびリン酸イオンと、硝酸イオンと、リン酸塩として皮膜を形成する金属イオン、イオンが還元されて皮膜となる金属イオンと、金属としてリン酸塩とともに皮膜を形成する金属イオンとを含み;それら以外の陽イオンおよび陰イオンを実質的に含まないリン酸塩化成処理浴が用いられる。そして、リン酸塩として皮膜を形成する金属イオンとしては、亜鉛イオン、マンガンイオンおよび/または鉄イオンが挙げられ、イオンが還元されて皮膜となる金属イオンとしては、ニッケルイオン、銅イオン、マンガンイオン、コバルトイオン、鉄イオンおよび/または亜鉛イオンが挙げられる。
【0022】
本発明方法においては、被処理物と接触する電解冶具は、被処理物の搬送を兼用しない。
【0023】
さらに、被処理物と接触する電解冶具は、電解槽内に静置して被処理物と接触させ、かつ被処理物に接触する電解冶具の陰極部は処理浴を介して直接に陽極部と対峙しない構造(被処理物に接触する電解冶具陰極部は、処理浴中では、常に被処理物、又はその他中間材を介して陽極電極部と対峙する構造)である。すなわち、電解冶具の被処理物をチャックする場所への固形分の集中析出を防止するため、電解槽中で電解冶具(陰極)と対極(陽極)が介在物無しに直接対峙することがないように構成される。
【0024】
従来の電解処理でのチャック方法においては、電解槽外で被処理物を電解冶具でチャックする(図14の(a)参照)。その際、被処理物の外側から電解冶具でチャックする。その場合、電解冶具は被処理物の外側に位置することになる。すなわち、電解冶具チャック部(陰極)は対極(陽極)に対し直接対峙することになる。故に、陽極からの電流の流れに伴って、処理浴の皮膜成分のイオンが電解冶具‐被処理物の接続部に直接に析出することが容易となる((b)はイオンの流れを示す。)。そして、電解冶具と被処理物の間に隙間が生じている場合は、その部分に固形分を析出する。それは、電解冶具‐被処理物間に通電不良を発生する。
【0025】
これに対し、本発明方法の電解冶具の配置例を図1の(a)に示す。本発明では、電解冶具を電解槽に浸漬し、固定することで、対極(陽極)3→被処理物2→電解冶具1(陰極部:被処理物側)の配置とすることができる。すなわち、電解冶具(陰極)自体が対極(陽極)と電解液を介して(被処理物を介さないで)直接対峙することはない。故に、陽極からのイオンの流れは被処理物表面に作用し皮膜を形成することに実質的に限定できる。すなわち、図1の(b)に示されるように、電極間に電圧印加することに伴う電解処理浴のイオンの流れは、被処理物表面を通して被処理物と電解冶具(陰極)の接続部に向かう。そのような状況では、被処理物と電解冶具の接続部に皮膜成分が析出することは抑制される。図1において、電解冶具1の被処理物2との接触部分の詳細の1例は後述する図5、6に示される。
【0026】
電解冶具には、チタン、白金等の不溶性金属材料が好適に用いられ、処理浴中で被処理物に接触する部分(負極部である通電部)以外は絶縁皮膜覆われているのが好適である。
【0027】
本発明方法の好適な1態様において、電解冶具の陰極部は、電解処理を行わない場合でも電解処理浴中に置かれる。すなわち、電解冶具の被処理物をチャックする場所への固形分の析出→乾燥→絶縁膜形成を防止するため、電解冶具の電解液−大気中放置の移動を抑制し、電解冶具は常に電解槽の溶液中にあるようにするのが好適である。
【0028】
さらに、本発明方法の好適な1態様において、電解冶具の陰極部は、少なくとも1つの接触部で被処理物に接触しており、接触部は先端が尖った状態で、かつ3mm以下の面積を有するのが好ましい。
【0029】
従来の電解処理は、電解槽の外で搬送冶具から被処理物を電解冶具がチャックする。それを電解槽に浸漬し、電解処理する。その後、電解冶具及び被処理物は電解槽から取り出され、搬送冶具に被処理物を移す。すなわち、電解冶具は電解槽に入ったり、出たりを繰り返す。この繰り返しが、電解冶具への固形分の析出を促進する。
【0030】
故に、この冶具の接触部を小さくする事と電解槽への出し入れの繰り返しをなくすことが、通電不良解決の手段として好適である。
【0031】
従来法を示す図15の電解冶具は、被処理物の搬送を伴うため、冶具が被処理物を確実にチャックする必要があり、冶具が被処理物と接触する部分を大きくする必要がある。接触部を大きくすることは、接触部内の全ての部分で均一な、確実な接触を確保することを難しくする。物理的な搬送には、一部が接触していれば搬送は確実に行うことができる。しかし、電気の流れは、接触しているところでは流れるが、接触していないところでは流れない。そして、接触不可の部分では、電気抵抗が増加する。したがって、接触部の大きな、搬送を兼ねた電解冶具全体では、使用を続けると接触不可部での電圧降下を生じ、それが被処理物に流れる電流の比率を低下させる傾向を生じる。すなわち、全体に負荷する電圧が同一であっても電解系の内部抵抗が生じ、被処理物に流れる電流は低下する。したがって、皮膜形成能力が低下することになる。
【0032】
電解冶具を常時電解槽に浸漬し、固定化した本発明方法に使用される一例を図2に示す。この方式では、電解冶具は電解槽に浸漬・固定化しているので電解冶具が乾燥して、冶具表面の固形分が絶縁性を有するようになる現象は起きない。
【0033】
また、本発明方法では電解冶具と被処理物の接触する1ケ所当りの面積を小さくすることができる。1ケ所当りの面積を小さくすることは、被処理物を搬送しない固定式の電解冶具を用いることで可能となり、通電不良を防止するために好適な・重要な手段である。そして、1ケ所当りの接触面積は小さくするが、接触部を複数箇所をすることで、1ヶ所当りの電流を少なくして被処理物全体には所定の電流を流すことが可能となる。
【0034】
上記の接触部分の面積、形状等は被処理物の大きさ等により適宜選定されるが、好適には接触部は先端が尖った状態で、かつ3mm以下の面積を有する。先端は、いわゆる点接触であっても、先端部を平らにした形状(たとえば径2mmφ以下の円形等)であってもよい。
【0035】
本発明方法において、被処理物に接触する電解冶具の陰極部は、被処理物を電解処理槽中に置いた後、電気的に被処理物に接続される。
【0036】
被処理物に接触する電解冶具の陰極部には、チタン、白金等のリン酸塩化成処理浴に不溶性の材料が用いられる。
【0037】
本発明方法において、電解処理を行わない時(電解休止時)に、電解処理時に被処理物に接触する電解冶具を陽極とし、亜鉛、ニッケルまたはチタンを陰極として、1.7V以下の電圧を印加させることにより、電解処理時に陰極部として被処理物に接触した電解冶具表面に付着した固形分が電気的な抵抗を生じる状態になるのを防ぐのに好適である。すなわち、電解休止時(被処理物が電解槽に無い状態)では電解冶具を陽極として、対極を陰極として微弱な電流(0.001〜0.02A/電解冶具)を流すことで冶具先端部(被処理物との接触部)の通電性を確保するのが好適である。電解休止時に1.7Vを超える電圧を印加することは、溶媒である水の分解および電解処理成分の分解を生じるおそれがあるので、好ましくない。
【0038】
本発明方法では、被処理物に接続する電解冶具は、上記のとおり、常時(電解処理時及び電解休止時)リン酸塩化成処理浴内に置かれるのが好適である。そして、電解処理時は、電解冶具は陰極側となり、皮膜が析出する側の電極に接続される。上記の電解休止時の対応は、電解冶具への固形分の析出を微弱な電流を流すことにより抑制するものである。
【0039】
休止電解は、電解処理(被処理物の電解)以外の時に行う。したがって、電解槽では、休止電解→電解処理→休止電解→電解処理・・・が繰り返されることになる。電解処理時、電解槽では、新規被処理物の搬送→電解槽電解冶具への配置(接続)→電解処理(陰極電解)→被処理物の抜き取りが行われる。休止電解は、被処理物が電解槽から抜き取られた後、次の被処理物が投入されるまでの間、行われる。図3は、休止電解の配線の一例を示す配線図である。
さらに、本発明の電解リン酸塩化成処理方法において、被処理物に接触する電解冶具は、陽極(対極)と電解液を介して直接対峙することのないように、電解冶具を囲むようにカバーを設け、その中に収納されていてもよい。
【0040】
本発明方法によれば、電解冶具と被処理物との電気的導通性を確実に確保するのに有効である。これは、量産設備では重要な事項である。さらに、大量な小物部品への対応にも適する。
【0041】
従来の無電解処理方式(図16)ではバレルの中に小物部品を入れ、それを処理浴の中でゆっくりと回転させて、処理浴成分と反応させ小物部品にリン酸塩化成皮膜を形成する。しかし、この方式は電解リン酸塩化成処理には適用できない。バレルを用いる方法では、被処理物と電極の間にバレル容器の壁が存在し、これが電流の障害となり、電流に伴うイオンがバレルの壁で反応しスラッジを生成するためである。
【0042】
本発明方法は、このような小物部品の電解処理への適用を容易とする。図4にその一例の概要図を示す。
【0043】
複数個の被処理物は面状の電解冶具に載せられる。その時、被処理物が乱暴に取り扱われると突起状の電極部の破損を防止する。先端部に被処理物を強く衝突させれば、先端部の尖りは無くなり、先端部は丸くなる。そうなれば、先端部の被処理物との接触面積が大きくなる。それは、望ましいことではない。故に、被処理物を電解冶具に搭載する際に、一旦冶具を被うガイド(カバー)に当てて、被処理物の動きを止めた後、電解冶具を被処理物に当てること等の対応が望ましい。
【0044】
電解冶具と被処理物を接触させる際に、電解冶具の先端部をカバーするガイドで受け、被処理物の動きを止めた後、電解冶具を被処理物に接触させて通電することである。電解冶具に接触した被処理物が通電すれば、その上層の被処理物も(被処理物間の電気抵抗が無いので電気的に導通し、)皮膜形成は可能である。そして、被処理物間の接触は基本的には点接触になるので、上層の被処理物も全面に皮膜形成可能となる。図5は、電解冶具が被処理物を載せるときに、接触部はカバー6内に収められていることを示し、図6は電解処理時に、電解冶具はカバー6から突き出て、被処理物に接触することを示す。
【0045】
本発明方法によりリン酸塩化成皮膜を形成した該被処理物の表面を常法により後処理することができる。例えば、潤滑処理では潤滑膜(有機石鹸等)を形成し、潤滑機能を形成することができ、リン酸塩化成処理を塗装下地処理として適用する場合は、後処理として塗装膜を形成することができる。
【実施例】
【0046】
以下、実施例により本発明をさらに説明する。
実施例1
処理浴組成としてリン酸:49g/l,硝酸イオン400g/l、亜鉛イオン34g/l、ニッケルイオン184g/lで35℃の電解処理浴を用いた(日本シー・ビー・ケミカル(株)製の「ケミドロー8106」補給剤の85%液:全酸度 280pt)。
【0047】
純ニッケル金属板を陽極として、図7のSUS410部品を陰極として電解処理を行った。
【0048】
電解処理は、i陽極電解(被処理物を陽極)、ニッケル板を陰極として1V、1秒立上げ、2秒維持を行い、ii陰極パルス電解(被処理物を陰極)、ニッケル板を陽極として14V、2秒立上げ、1秒維持、1秒休止を2回繰り返し行い、次いでiii陰極電解(被処理物を陰極)、ニッケル板を陽極として13V、2秒立上げ、20秒維持を行った。その時の電解冶具は、図1に示す方法で行った。陰極電解での電流は28A/ヶでありリン酸塩化成皮膜は被処理物全般に均一に形成した。皮膜重量は12.5g/m2であった。
比較例1
実施例1と同じ処理浴、同じ電解条件で電解処理を行う。但し、電解冶具のみ図17に示すものを使用し、被処理物をチャックし電解処理を行った。
【0049】
陰極電解での電流は10A/ヶであり、電流の差は明確である。そして、リン酸塩化成皮膜の形成は不十分であった。皮膜重量は4.1g/m2であった。
実施例2
処理浴組成としてリン酸:54g/l,硝酸イオン53g/l、亜鉛イオン41g/l、ニッケルイオン0.37g/lの電解処理浴(27℃)を用いる。(日本シー・ビー・ケミカル(株)製の「ケミドロー」242EP補給剤の33%液:全酸度 120ptである。)
純亜鉛板を陽極として、図7のSUS410部品(48φ×66mm)を陰極として電解処理を行った。
【0050】
個別の電解冶具は、3ヶの部品をまとめて行う。その3ヶまとめての配置を図8に示す。部品は3ヶ共通の冶具(接触部は3本の、断面が大略3角形の凸部を形成する)にセットされるが、3ヶの部品は電気的には絶縁されている。又、図8の冶具は、処理浴中で被処理物に接続する場所以外は絶縁皮膜で覆われている。そして、個別の電気配線は図1に示す方法である。溶液は適度に循環させた。下側の邪魔板は、溶液が直接に電解冶具に当たらないようにするために設けられた。
【0051】
処理浴の容量は図9の電解槽8、循環槽9を合せて約130Lであり、処理浴は2つの槽を循環する(7は循環ポンプ)。
【0052】
電解処理の概要を図9に示す。電解処理は、i陽極電解(被処理物を陽極)、亜鉛板を陰極として5V、5秒維持を行い、i1陰極パルス電解(被処理物を陰極)、亜鉛板を陽極として6V、2秒立上げ、1秒維持、0.5秒休止を3回繰り返し行い、次いでiii陰極電解(被処理物を陰極)、亜鉛板を陽極として8V、2秒立上げ、23秒維持を行った。亜鉛板は、50mm幅の電極3枚/ケを被処理物1つに対し設置し、亜鉛電極と被処理物の間は50〜70mm程度に維持した。
【0053】
その時の陰極電解での最高到達電流は17 A/ヶ、16.8 A/ヶ、15 A/ヶであり、リン酸塩化成皮膜は全ての被処理物に均一に形成した。皮膜重量は、それぞれ11.3g/m2、11.0g/m2、12.5g/m2であった。
比較例2
実施例2と同じ処理浴、同じ電解条件で電解処理を行った。但し、電解冶具は変更する。3ヶまとめた電解冶具とその配置を図18に示す。部品は3ヶ共通の冶具にセットされるが、3ヶの部品は電気的には絶縁されている。又、図18の冶具は、処理浴中で被処理物に接続する場所以外は絶縁皮膜で覆われている。そして、個別の被処理物のチャックは図17に示す。
【0054】
被処理物と電源・電極との電気配線は図14に示す方法である。電解冶具は、被処理物をチャックし、電解処理する時以外は空気中に保持されるので、その表面に付着した固形物は乾燥し、絶縁性を有する傾向である。
【0055】
陰極電解での最高到達電流は9A/ヶ、16 A/ヶ、13 A/ヶであった。9A/ヶの被処理物は皮膜形成不可であり、その他は14.5g/m2、14 g/m2であった。9A/ヶの位置の被処理物が皮膜形成不可であるのは、その被処理物の電解冶具との接触抵抗が大きいため、陽極から流れた電流に関わるイオンが他の位置の被処理物に流れ込むためである。故に、9A/ヶの位置に対応する電源からの電流は流れるが、電解槽内でイオンが流れ込む先は別の位置となる。このような現象は、電解冶具と被処理物の(電気的)接触の低下により起こる。このような現象を引き起こさないためには、電解冶具と被処理物の接触を確実に保持することが求められる。
【0056】
全ての電解処理で皮膜が形成されない現象が起こるものではないが、図17の電解冶具の表面状況のばらつきが皮膜形成状況に影響することが確認できた。
実施例3
実施例2の処理浴、電解槽、電解冶具を使用し、電解処理を実施しない時、冶具を陽極に接続し、対極を陰極に接続して1.6Vを印加する休止電解を行った時、処理浴の劣化(分解)がないことを確認した。
【0057】
図10〜13は、休止電解実施時の処理浴の指標の変動を示したものである。
【0058】
横軸は、日付け毎で1時間毎の指標を測定した時間経過を示している。そして、測定時間毎に1回のみ電解処理を行い、皮膜形成状況を確認した。皮膜形成は実施例2で示した状況を維持し、良好であった。
【0059】
処理浴変動の指標は、i休止電解電流、ii処理浴PH、iii処理浴伝導度について確認した。3つの指標とも時間経過での変化は無く、休止電解での処理浴の分解は確認されなかった。
【0060】
なお、処理浴温度は、(この範囲では)休止電解電流、PHに影響するが、伝導度の影響は少ないことが見られた。また、各日毎の処理浴の最初の温度が27℃より低いのは、設備休止時の温度を示しているからである。
【0061】
休止電解電流は、0.01A/ヶ程度であり、この値は電解電流の1/1000以下である。この電流では、処理浴の実質的な分解は行われないことが確認された。又、休止電解の実施で電解冶具の先端部(被処理物との接触部)に固形分が蓄積しないことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明方法によれば、電解冶具と被処理物との電気的導通性を確実に確保するのに有効であり、特に量産設備で重要な電解リン酸塩化成処理方法を提供し得る。また、大量な小物部品への対応に非常に有利な電解リン酸塩化成処理方法を提供し得る。
【符号の説明】
【0063】
1 電解冶具
2 被処理物
3 電極
4 皮膜
5 電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸、リン酸イオン、硝酸イオン、リン酸塩として皮膜を形成する金属イオン、金属としてリン酸塩とともに皮膜を形成する金属イオンを含み;それら以外の陽イオンおよび陰イオンを実質的に含まないリン酸塩化成処理浴を用いて、かつ、亜鉛、鉄、またはニッケルの少なくとも1つを陽極とし、被処理物を陰極とする陰極電解処理でリン酸塩を含む皮膜を被処理物上に形成する方法であって、被処理物と接触する電解冶具は、被処理物の搬送を兼用
せず、電解槽内に静置して被処理物と接触させ、かつ被処理物に接触する電解冶具の陰極部は処理浴を介して直接に陽極部と対峙しない構造であることを特徴とする電解リン酸塩化成処理方法。
【請求項2】
電解冶具の陰極部は、少なくとも1つの接触部で被処理物に接触しており、接触部は先端が尖った状態で、かつ3mm以下の面積を有する請求項1に記載の電解リン酸塩化成処理方法。
【請求項3】
電解冶具の陰極部は、電解処理を行わない場合でも電解処理浴中に置かれる請求項1または2に記載の電解リン酸塩化成処理方法。
【請求項4】
被処理物に接触する電解冶具の陰極部は、被処理物を電解処理槽中に置いた後、電気的に被処理物に接続される請求項1〜3のいずれかに記載の電解リン酸塩化成処理方法。
【請求項5】
被処理物に接触する電解冶具の陰極部は、リン酸塩化成処理浴に不溶性である請求項1〜4のいずれかに記載の電解リン酸塩化成処理方法。
【請求項6】
電解処理を行わない時(電解休止時)に、電解処理時に被処理物に接触する電解冶具を陽極とし、亜鉛、ニッケルまたはチタンを陰極として、1.7V以下の電圧を印加させることにより、電解処理時に陰極部として被処理物に接触した電解冶具表面に付着した固形分を脱離させる請求項1〜5のいずれかに記載の電解リン酸塩化成処理方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate

【図18】
image rotate


【公開番号】特開2012−21203(P2012−21203A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−161433(P2010−161433)
【出願日】平成22年7月16日(2010.7.16)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)