説明

青色LEDを利用した、イネを短期間で低コストに育成収穫する方法、及びこの方法に適した系統の選抜

【課題】人工環境下で短期間かつ低コストでイネを栽培し収穫する方法が求められていた。
【解決手段】青色光LEDを利用した10時間明期の日長条件で複数の種類のイネを栽培したところ、一部のイネ(日本晴、農林8号)では白色光での同じ条件よりも出穂期が早くなった。また、Hd1遺伝子やEhd1遺伝子という開花促進遺伝子が導入されると一穂粒数が減少することが観察された。続いて栽植密度を変化させてイネを栽培したところ、通常の栽植密度で育てたイネに対し通常の栽植密度よりも過密な密度で育てたイネの方が単位面積当りの総モミ数が多く、個体あたりの穂数は減少した。さらに、青色光を照射して栽植密度を変化させてイネを栽培したところ、青色光単色においても密植栽培の方が効率的な栽培ができることが示された。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、青色LEDを利用した、イネを短期間で低コストに育成収穫する方法、及びこの方法に適した系統の選抜に関する。
【背景技術】
【0002】
イネの人工環境での栽培には、収穫までの長期間の強光条件が求められ、ナトリウムランプ等の光源では、その光質のため栽培が難しいことが分かっている。メタルハライドランプという広いスペクトルをもつ強白色光ランプの開発・普及に伴い、人工環境での収穫までの栽培が可能になった。しかしながら、種子・幼苗から収穫までのイネ長期栽培を目的とした人工環境の栽培条件の最適化や最適系統の選抜はほとんど行われていない。一方で、遺伝子組み換え技術が進歩していること、イネの胚乳(コメの部分)が、外来タンパク質を大量に生産させるのに非常にすぐれていることから、遺伝子組み換えイネの胚乳での高価値物質の生産について産業的に具体化が検討されているが(非特許文献1:Wakasa et al., (2009))、PA(public acceptance)の問題や、不安定な自然環境の影響を受けない安定な生産のためには、人工環境での栽培が重要となると考えられる。
青色光が植物の生育に特異的な生理作用をもつことは知られており、シロイヌナズナを中心に論文が多く報告されている(例えば、非特許文献2:Ahmad & Cashmore (1993)、非特許文献3:Guo et al. (1999)、非特許文献4:Christie et al. (1998)、非特許文献5:Somers et al. (1998) 、非特許文献6:Somers et al. (2000)、非特許文献7:Kinoshita et al.(2001)、非特許文献8:Kagawa et al.(2001)、非特許文献9:Imaizumi et al., (2005) )。モデル植物シロイヌナズナを用いた突然変異体の解析により、花芽形成促進、光形態形成、光屈性、概日時計または気孔開閉に関する青色光の作用等は顕著であることが報告されている。例えば、花芽形成や光形態形成にはクリプトクロム青色光受容体が、光屈性や気孔開閉にはフォトトロピン青色光受容体が作用することが明らかとなっており、最近になって、F-boxをもつタイプの新しい青い光受容体ZTLやFKF1が概日時計や花芽形成に働いていることが明らかとなった。このような基礎研究の中、シロイヌナズナと近年のアブラナ科の植物を中心に、特に、青色LED光を、効率的な苗の育成や、補光として花芽促進に利用する手法に関する報告がなされている。また、日本の主要作物のイネにおいても、補光としての青色光の開花促進効果や青色光単色での幼苗育成時の徒長防止効果が報告されている(例えば、特許文献1:特開2002-345337)。しかしながら、青色光を主たる光源として、播種から収穫まで作物の育成に利用するといった技術は、これまで報告されていない。また、自然変異に基づく遺伝学的系統間差に基づき、人工環境栽培に適した系統を探す試みもこれまで報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002-345337
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Wakasa Y, Ozawa K, Takaiwa F. J Biosci Bioeng. 2009 Jan;107(1):78-83
【非特許文献2】Ahmad & Cashmore Nature. 1993 Nov 11;366(6451):162-6
【非特許文献3】Guo et al., Science. 1998 Feb;279(5355):1360-1363
【非特許文献4】Christie et al., Science. 1998 Nov 27;282(5394):1698-701
【非特許文献5】Somers et al., Science. 1998 Nov 20;282(5393):1488-90
【非特許文献6】Somers et al., Cell. 2000 Apr 28;101(3):319-29
【非特許文献7】Kinoshita et al., Nature. 2001 Dec 6;414(6864):656-60
【非特許文献8】Kagawa et al., Science. 2001 Mar 16;291(5511):2138-41
【非特許文献9】Imaizumi et al., Science. 2005 Jul 8;309(5732):293-7
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
イネは他の作物に比べて生育に多くの光量を要するとされ、人工環境等でイネを収穫まで再現性よく生育させるにはメタルハライドランプを光源とし約500μmol以上の光での栽培が不可欠であると考えられていた。そのため人工環境等でのイネ栽培は、費用の面から考えても、また技術的にも、非常にハードルが高かった。したがって、人工環境下において、短期間かつ低コストでイネを栽培し収穫する方法が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
高輝青色光LEDを利用した10時間明期の日長条件で、複数の種類のイネ(NIP、NIP-Hd1、N8、N8-SE5、N8-SE5-OsGI、N8-OsGI-Hd1、N8-OsGI、T65、T65+Hd1、T65+Ehd1、T65+Hd1+Ehd1)を栽培した。ここで、左の名前、NIP, N8, T65は、日本晴、農林8号、台中65号を示しており、プラス・マイナスは、それぞれ、左の品種遺伝背景の中で、機能型遺伝子の有無を示している。その結果、一部のイネ(日本晴(NIP)、農林8号(N8))では、白色光での同じ条件よりも出穂期が早くなった。この結果は、青色光による開花促進作用を示すものである。また、一穂粒数は系統間差が大きく、NIPよりN8の方が10時間日長、密植栽培条件での栽培に適していた。この結果から、収量性を決める非常に大きな要素である一穂粒数を増加させるには、遺伝背景が重要であることが予測される。
次に、20時間日長という非常に極端な日長でのイネの栽培を検討したところ、Hd1遺伝子は開花抑制に働くことが示され、また、10時間明期の日長条件で観察されたような開花促進は、se5変異をもつフィトクロム欠損系統以外では、観察できなかった。
また、白色光を利用して、10時間明期又は14時間明期の日長条件でイネを栽培したところ、短日条件での一穂粒数が多い傾向にあった。また、Hd1遺伝子やEhd1遺伝子という開花促進遺伝子が導入されると一穂粒数が減少することが観察された(Hd1の開花促進能は短日条件のみで観察できた)。
続いて、栽植密度を変化させてイネを栽培したところ、通常の栽植密度で育てたイネに対し、通常の栽植密度よりも過密な栽植密度で育てたイネの方が、単位面積当りの総モミ数が多く、個体あたりの穂数は減少した。つまり、密植により分げつがおさえられることによって個体あたりの穂数は減るが、穂の総数が増えることで総モミ数が増えることが明らかになった。これは人工環境でイネを栽培する場合、密植栽培による省スペース化が実現することを意味する結果である。
さらに、青色光を照射させて、栽植密度を変化させてイネを栽培したところ、青色光単色においても密植栽培の方が効率的な栽培ができることが示された。
上記の結果より、青色光による栽培であっても、収量性の観点では赤色光に匹敵することが予測される。
即ち本発明は、以下〔1〕〜〔12〕を提供するものである。
〔1〕イネを密植条件かつ短日条件で、青色光を照射して栽培する、イネの生産方法。
〔2〕青色光の波長が400nm〜500nm、光量子束密度(光強度)が50〜500μmol/m2/secである、〔1〕記載の方法。
〔3〕青色光の照射が8〜24時間/日である、〔1〕又は〔2〕記載の方法。
〔4〕青色光の照射が8〜13時間/日である、〔3〕記載の方法。
〔5〕開花促進遺伝子が欠損している、開花促進遺伝子の機能が不活性している、または活性を有する開花抑制遺伝子を有するイネである、〔1〕〜〔4〕のいずれか記載の方法。
〔6〕開花促進遺伝子が、Hd1遺伝子、Ehd1遺伝子、OsGI遺伝子、Hd3a遺伝子、RFT1遺伝子、Ehd2遺伝子、およびOsMADS50遺伝子からなる群より選択される、〔5〕記載の方法。
〔7〕開花抑制遺伝子が、Lhd4遺伝子、Hd6遺伝子、およびHd5遺伝子からなる群より選択される、〔5〕記載の方法。
〔8〕さらに、波長が500nm〜770nmの光を照射する、〔1〕〜〔7〕のいずれか記載の方法。
〔9〕イネを密植条件下、青色光を照射して栽培する工程及び一穂粒数が多いイネを選抜する工程を含む、一穂粒数が多いイネのスクリーニング方法。
〔10〕青色光の波長が400nm〜500nm、光量子束密度(光強度)が50〜500μmol/m2/secである、〔9〕記載の方法。
〔11〕青色光の照射が8〜13時間/日である、〔9〕記載の方法。
〔12〕さらに、波長が500nm〜770nmの光を照射する、〔9〕〜〔11〕のいずれか記載の方法。
【発明の効果】
【0007】
遺伝子組み換えイネの開発においては、外界からの環境影響を受けない環境、すなわち外界から隔離した人工環境でイネを栽培することが求められる。本願発明により提供される発明は、従来の人工環境でのイネ栽培の技術に比べて、イネを、低電力の光源で、再現性よく、播種から収穫まで生育することを可能とする。また、圃場での単離面積当たりの収量に匹敵する収量性を担保したうえで、栽培期間あたりの一穂粒数の増加に貢献できる、密植での人工環境での栽培に好適な遺伝子型が複数同定されたことにより、人工環境におけるイネ収穫のコスト効率が飛躍的に上げられた。本願により提供される発明は、多様なイネ資源に適用可能であり、新たな遺伝子組み換えイネの開発・研究において非常に有効なものである。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】高輝度LED青色光、10時間日長条件での出穂期を比較した図である。
【図2】高輝度LED青色光、10時間日長条件での地上部重量を比較した図である。
【図3】高輝度LED青色光、10時間日長条件での主茎の穂の一穂粒数を比較した図である。
【図4】青色光、20時間日長条件での出穂期を比較した図である。
【図5】白色光での一穂粒数を比較した図である。(A)10時間明期14時間暗期の短日条件、(B)14時間明期10時間暗期の長日条件である。
【図6】主幹の一穂粒数と出穂日の相関図である。記号は遺伝子型と栽培条件を示していて、図の上方に示してある。
【図7】品種日本晴を用いた閉鎖型人工環境下での栽培条件の検討結果の図及び写真である。日本晴を用いて短日条件下での異なる肥料量と栽培条件による収量性を調べた。ポットサイズは227cm2 (直径17cm)である。(B)〜(C)のグラフ中の記載について、例えば、SD1-3は、10h 明14h 暗 (SD)、肥料1g (1)、植物3個体/ポット(3)の条件であることを示す。他の記載(SD3-3)なども同様である。(A)ポットごとに3,24,30,36個体を図示した肥料で生育した時の収穫前の写真、(B)地上部乾燥重量の比較図、(C)穂数の比較図、(D)穂についたモミの数の合計数の比較図である。
【図8】閉鎖型人工環境下での栽培条件の検討における、日本晴とタカナリ(多収インディカ品種)の品種間差の検討結果の図及び写真である。(A)穂についたモミの数の合計数の比較図、(B)一穂粒数の比較図、(C)同じ条件で栽培した日本晴とタカナリの穂の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明は、イネを密植条件かつ短日条件で、青色光を照射して栽培する、イネの生産方法に関する。
【0010】
本発明において、イネは人工環境で栽培される。人工環境において、イネは圃場と同様に土を用いて栽培することができる。用いられる土の種類は特に制限は無く、圃場と同様のものが用いられる。また、人工環境でのイネの栽培には、土は必ずしも必要ではなく、水耕栽培も可能であり、ロックウールやガラスビーズや多孔性のプラスチック等担体として種々のものが可能である(「水耕および土耕栽培におけるリン欠塩条件に対するNERICAイネの反応」,曽根 千晴, 津田 誠, 平井 儀彦,日本作物学会紀事別号(講演会要旨・資料集)Vol. 226 (2008) No. SPACE pp.184-)。水耕栽培については、茎基部から15cmほど水に使っている栽培が圃場ではよく見られる。人工環境では、結塩を防ぐため、水高が地面に相当する高さより低い栽培が多い。ただし、多様なイネ資源にはいろいろな栽培が可能なイネがあり、根が水に触れている程度から、浮稲や洪水耐性イネのような全身が水に浸かっても生育可能な稲も知られており、可能な水環境はさまざまである(「イネの多様性を利用した研究と応用」,芦苅 基行,日本作物学会紀事別号(講演会要旨・資料集), Vol. 227 (2009) No. SPACE pp.392-、「Sub1A is an ethylene-response-factor-like gene that confers submergence tolerance to rice.」Xu K, Xu X, Fukao T, Canlas P, Maghirang-Rodriguez R, Heuer S, Ismail AM, Bailey-Serres J, Ronald PC, Mackill DJ. Nature. 2006 Aug 10;442(7103):705-8.)。温度環境は、幼穂形成時期や出穂後に低温に弱い生育ステージがあり、その段階で、18℃以上は必要であるが、播種時や生育時は、15℃以上で可能である。上限は、日本の真夏の気候がよく、40℃以下が適切で、より、好ましくは、20〜30℃での栽培がよい(「インド型イネにおける穂ばらみ期および開花期耐冷性の評価」,後藤 明俊, 笹原 英樹, 重宗 明子, 三浦 清之,日本作物学会紀事, Vol. 77 (2008) No. 2 pp.167-173)。
【0011】
本発明において、イネは密植条件で栽培される。通常、イネ苗は270平方cmあたり、0.225〜0.9本移植される。また、通常圃場では、約30cm x 15cm(または30cm)に3〜6本の幼苗を機械移植する。これに対し、本発明の「密植条件」とは、移植される苗の本数が通常の移植本数よりも多いことを意味し、具体的には、270平方cmあたり3〜42本、好ましくは、12〜36本、より好ましくは、23〜36本を意味するが、これに限定されない。
【0012】
本発明においてイネを栽培する日長条件としては、長日条件、短日条件などが例示できるが、好ましくは短日条件である。本発明において、長日条件とは1日の日照時間が13.5時間以上になる条件である。また、本発明において、「短日条件」とは、1日の日照時間が13.5時間未満になる条件を意味し、好ましくは1日の日照時間が8〜13時間、より好ましくは、10〜12時間である。本実施例における短日条件の明期は10時間であるが、これに制限されない。また、花芽形成時に短日条件であることが好ましいが、これに制限されない。
【0013】
本発明において、イネは青色光を照射して栽培される。本発明で利用される青色光の波長は、400nm〜500nm、好ましくは450nm〜500nmである。本実施例においては、ピーク波長465〜470nmの青色光を用いたが、これに制限されない。
本発明において、青色光の光源としては、発光ダイオード(LED)、蛍光灯、レーザー光源などが利用できる。コスト、長寿命性等の特性から、本発明においてはLEDを利用することが好ましいが、これに制限されない。
本発明において用いられる青色光の光量子束密度は、好ましくは50〜500μmol/m2sec、より好ましくは100〜500μmol/m2sec、さらにより好ましくは120〜300μmol/m2secである。本実施例においては、光量は、土の高さで約120μmol/m2sec、植物体の近くで約300μmol/m2secであるが、これに制限されない。
【0014】
本発明において用いられるイネは、好ましくは、開花促進遺伝子が欠損している、開花促進遺伝子の機能が不活性化している、または活性を有する開花抑制遺伝子を有するイネである。開花促進遺伝子が欠損しているイネとは、開花促進遺伝子そのものを有さないイネを意味する。また、開花促進遺伝子の機能が不活性化しているイネとは、開花促進遺伝子を有するが、遺伝子変異やRNAiなどにより、開花促進機能が不活性化しているイネを意味する。さらに、活性を有する開花抑制遺伝子を有するイネとは、開花を抑制する活性を有する開花抑制遺伝子を有するイネを意味する。
【0015】
開花促進遺伝子としては、Hd1遺伝子(短日条件栽培で)(特許第3660967号、Yano et al., Plant Cell 2000 Dec ;12(12):2473-2484)、Ehd1遺伝子(特許第3911202号、Doi et al. Genes&Dev. 2004 Apr 15;18(8):926-36)、OsGI遺伝子(短日条件栽培で)(Hayama et al., Plant Cell Physiol. 2002 May;43(5):494-504)、Hd3a遺伝子(特開2002-153283号公報、Kojima et al. Plant Cell Physiol. 2002 Oct; 43(10):1096-105)、RFT1遺伝子(特許第3823137号、Kojima et al. Plant Cell Physiol. 2002 Oct; 43(10):1096-105)、Ehd2遺伝子(Matsubara et al., Plant Physiol. 2008 Nov 12;148(3):1425-35)、OsMADS50遺伝子(Lee et al., Plant J. 2004 Jun;38(5):754-64)が挙げられるが、これに制限されない。
開花抑制遺伝子としては、Lhd4遺伝子(特開2004-290190号公報)、Hd6遺伝子(長日条件栽培でのみ)(特許第3660966号、Takahashi et al., PNAS. 2001 Jul 3;98(14):7922-7)、Hd5遺伝子(特開2005-110579号公報)が挙げられるが、これに制限されない。
【0016】
Hd1遺伝子は、進化的に保存された転写因子をコードし、短日条件で開花促進因子、長日条件で開花抑制因子として機能する多面機能をもつイネの開花遺伝子である。育種学ではSe1遺伝子座と同座であることが明らかになっている。
Ehd1遺伝子は、Bタイプのレスポンスレギュレーターをコードする転写因子で、主に短日条件栽培で開花に促進的に機能するが、長日条件栽培でも促進に働き、この遺伝子の欠損は、長日で開花しないという表現型を示す。
OsGI遺伝子は、イネの概日時計を構成する一遺伝子であり、短日条件で開花を促進する。長日条件での開花にはほとんど影響がない。
Hd3a遺伝子は、低分ペプチドをコードし、フロリゲンとして機能し、葉の維管束内を移動し、茎頂で花芽形成を誘導する。主に、短日条件での開花促進に機能する。
RFT1遺伝子は、低分ペプチドをコードし、フロリゲンとして機能し、葉の維管束内を移動し、茎頂で花芽形成を誘導する。主に、長日条件での開花促進に機能する。
Ehd2遺伝子は、トウモロコシId1のオーソログであり、イネの開花を促進する遺伝子である。
OsMADS50遺伝子は、シロイヌナズナのSOC1遺伝子のオーソログであり、イネの開花を促進する遺伝子である。
Lhd4遺伝子は、CCTモチーフを持つ開花抑制遺伝子で、小麦の春化反応に必要なVRN2遺伝子のホモログであるが、生化学的な機能はまだ不明である。主に長日条件で発現し、長日条件下の栽培で非常に強い開花抑制能を示す。短日条件栽培でも弱いながらも抑制的な効果をもつ。最近、論文発表されたGhd7と同じ遺伝子である(Xue et al., Nat Genet. 2008 Jun;40(6):761-7)。
Hd6遺伝子は、カゼインカイネース2遺伝子をコードする。長日条件でイネの開花を抑制するが、短日条件の開花には影響を与えない。
Hd5遺伝子は、HAP3転写因子のひとつで、イネの開花を主に長日条件で抑制する遺伝子である。
【0017】
したがって、本発明においては、Hd1遺伝子、Ehd1遺伝子、OsGI遺伝子、Hd3a遺伝子、RFT1遺伝子、Ehd2遺伝子、OsMADS50遺伝子等が欠損しているイネ、もしくは、その機能が不活性化されているイネ、またはLhd4遺伝子、Hd6遺伝子、Hd5遺伝子等が相対的に活性を有するイネを用いることが好ましいが、これに制限されない。
【0018】
また、本発明は、青色光に加えて、さらに波長が500nm〜770nmの白色光(赤色光・近赤外光)、好ましくは波長が600nm〜770nmの白色光、波長が650nm〜700nmの赤色光、または波長が700nm〜770nmの近赤外光を照射してイネを栽培する方法を含む。青色光の他の光に対する割合は、ゼロから同程度、好ましくは二分の一から同程度、より好ましくはほぼ同程度が挙げられるが、これらに制限されない。青色光と他の光を併用してイネを栽培する方法は、特開H11-196671、特開2002-345337号等に詳しく記載されている。
【0019】
本発明の方法により、一穂粒数が多いイネを栽培することが可能となる。「一穂粒数」とは、一穂から得られるイネの粒数をいう。本発明の密植条件下においては、一個体あたり一穂程度しか穂が実らないため、「一穂粒数」は「一個体から得られる粒数」ととらえることもできる。また、一個体あたり二穂以上穂が実った場合は、「一穂粒数」は、穂ごとの総粒数を測定し、穂の数で割った数字を表記する。一穂粒数は密植栽培での収量性に貢献する因子の一つである。
【0020】
また、本発明は、イネを密植条件下、青色光を照射して栽培する工程及び一穂粒数が多いイネを選抜する工程を含む、一穂粒数が多いイネのスクリーニング方法を提供する。イネを密植条件下、青色光を照射した栽培の具体的な態様については、上述のとおりである。
【0021】
イネを選抜する段階において、一穂粒数が多いかどうかの判断は、例えば、イネの収量等の特性の検討に一般的に利用される、「日本晴」の収量をコントロールとして用いることができるが、これに限定されない。
【0022】
なお、本明細書において引用された全ての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
【実施例】
【0023】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に記載された態様に限定されるものではない。
【実施例1】
【0024】
高輝青色光LED(豊田合成、型名 E1L53-AB1A6-05(半値幅は25nm、ピーク波長465〜470nmのランク))を利用したパネルを特注装備したバイオトロン(本体は、EYELA東京理化器械株式会社のNC1000)を使用した。バイオトロンの上には8x8のLEDのパネルが12個真下向きに設置されていており、左右に、同じパネルが5個ずつ、斜め下向きに設置されている。直径17cm(227cm2)のポット(底辺に水が通るように穴を3か所あけてある)に、底に、ボンソル2号の土(住友化学工業)を1リットル、その上に無肥料培土を1リットル入れ、10〜25個の種子を播種した。10時間明期(9:00〜19:00)14時間暗期(19:00〜9:00の日長条件(昼12時間(8:00〜20:00)は気温30度、夜12時間(20:00〜8:00)は気温25度)で、イネを栽培した。栽培条件は密植栽培条件(上記ポットあたり20個体前後)で行った。その結果、分げつは少なく、1個体あたり、1〜2本のシュートでの栽培となった。穂数も一個体1〜2本で、多くは一穂であった。播種後、50日で、施肥(高度化成ハイラック444号 三井物産)をポットあたり3g行った。
LEDによる光量は植物体の近くで約300μmol/m2sec、ポットの土の高さで約120μmol/m2secであり、点灯中のLED光源は約180wの消費電力であった。
供試した材料は、日本稲品種の日本晴(NIP)とそのhd1変異体 (NIP-Hd1)、日本稲品種農林8号(N8)とそのse5変異体であるN8-SE5(SE5はフィトクロム光受容体関連遺伝子)、osgi変異体であるN8-SE5-OsGI、N8-OsGI-Hd1、N8-OsGI(OsGIは概日時計遺伝子)、Ehd1開花遺伝子が機能欠失した日本稲品種である台中65号(T65)と、それにHd1とEhd1開花遺伝子を形質転換により導入したT65+Hd1、T65+Ehd1、T65+Hd1+Ehd1である(図1を参照のこと)。個体あたり、複数の穂が出た場合は、主茎の穂の一穂粒数を調査した。
【0025】
図1は出穂期、図2は地上部重量(バイオマス)、図3は一穂粒数であり、5個体〜10個体の平均値を示している。
図1は、青色光での、10時間日長での各イネの出穂期を示す図である。この結果は、青色光の開花促進能を顕著に示している。日本晴(NIP)や農林8号(N8)は、同じ日長のメタルハライドランプでの白色光で、約60日の日数がかかるが(図は示していない)、青色光では約45日である。フォトクロムse5変異体はメタルハライドランプでの白色光での同じ条件で40日強の出穂日である(図は示していない)。つまり、青色光10時間日長では、フィトクロムを介した光信号による開花抑制が働かないで、通常の品種が早咲きになることが明らかになった。また、この条件で、Hd1やEhd1やOsGIは開花促進に働くことも明らかになった。
図2は地上部重量(バイオマス)を示す図である。出穂期(図1)と地上部重量(図2)は非常に強く相関を示した。この結果から、葉緑体分化に異常があるse5変異を持つ系統以外、光合成能に系統間差はなく、日々の光合成は蓄積され、地上部重量に反映されると考えられる。
図3は主茎の穂の一穂粒数を示す図である。図3にあるように、一穂粒数は、系統間差が大きく、日本晴(NIP)より農林8号(N8)の方が、10時間日長、密植栽培条件での栽培に適していると考えられる。また、遺伝子の有無でいえば、この条件では、Hd1遺伝子による開花促進による一粒数の減少が、複数の系統間、NIPとNIP-Hd1、N8-OsGIとN8-OsGI-Hd1、T65+Hd1とT65、T65+Ehd1とT65+Ehd1+Hd1の4つの組み合わせで見られた。つまり、収量性を決める非常に大きな要素である一穂粒数を増加するには、遺伝背景が重要であることが予測される。その一例として、本実施例では、Hd1遺伝子がないという遺伝背景が適していることが観察された。
【実施例2】
【0026】
次に、単位時間当たりの栽培コストと収量性の関係を確認するために、10時間日長と同様の開花促進が長い日長でも見られるか検討するため、20時間日長での栽培を行った。実施例1で用いた系統と同じ系統に北海道の品種であるハヤマサリにHd1変異を導入した系統を追加して栽培した。青色光の光量や密植栽培条件等のその他の栽培条件は、実施例1と同一である。
【0027】
その結果、これまでの知見と矛盾しない形で、Hd1は開花抑制に働くことが示された(図4)。また、実施例1で観察されたような開花促進はフィトクロムse5変異がなければ、観察できなかった。一方で、se5変異がないにもかかわらず、ハヤマサリのHd1欠失系統は約70日で開花した。この系統が20時間日長という非常に極端な日長でも開花が早いことはLhd4遺伝子の欠失によると考えられる。
【実施例3】
【0028】
次に、白色光での一穂粒数を検討した。メタルハライドランプ(白色光、500 umol E (株)日本電池 MT2000B-P/BH (2kW))を照射して種子を栽培した。1ポット(270cm2)あたり、3個体を栽培した。10時間明期の日照時間は8:00〜18:00であり、温度変化は8:00〜20:00は28℃、20:00〜8:00は24℃である。グロースチャンバーは、床面積8mで、メタルハライド8灯を2m45cmの高さから照射する人工環境に、50cmx90cmのコンテナを床置きし、そこに上記ポットを6個設置して使用した。T65遺伝背景に開花遺伝子Hd1, Ehd1, Hd1+Ehd1をそれぞれ形質転換した系統および単独の遺伝子をもつ系統間の交配後代から得られた計4系統を、4回、独立に、栽培した。日長条件は、10時間明期14時間暗期の短日条件と14時間明期10時間暗期の日長条件の2条件で栽培した。
【0029】
その結果、一穂粒数については、各回で振れがあるものの、青色光栽培と同じ傾向が観察された。すなわち、出穂期のズレに大きな影響を受けない形で、一穂粒数がHd1やEhd1やHd1+Ehd1開花遺伝子が導入されることで減少することが観察された(図5及び図6)。特に、二つの遺伝子が導入された時の一穂粒数の減少は顕著である。この結果から判断すると、Ehd1がない状態での花芽形成の方が一穂粒数を増やすことがわかる。この結果から、Hd1やEhd1の機能がない状態、つまり、開花遺伝子による花芽形成促進の力が弱い状態での花芽形成が、大きな穂、つまり、収量性を上げるために重要と考えられる。また、短日条件での一穂粒数が多い傾向にあることも特筆すべき結果である。本実施例により、花芽形成時には、植物を短日条件で栽培することが一穂粒数増加に効果があることが示された。この結果から、実施例1に記載の青色光条件下栽培でも、短日条件での栽培がコスト効率がよいと考えられる。
【実施例4】
【0030】
次に、人工環境での栽培における密植栽培の重要性について検討した。メタルハライドランプ(白色光、500 umol E (株)日本電池 MT2000B-P/BH (2kW))を照射して、種子を栽培した。実施例3と同じグロースチャンバーで、同様なコンテナを利用して、実験に使用した。日長時間等のその他の栽培条件は、実施例3と同一である。日本晴の種子を用いたイネ苗を育苗後、ポットあたり、3個体、24個体、30個体、36個体と移植個体数を変化させて植えた。肥料(高度化成ハイラック444号 三井物産)を週ごとにポットあたり1g、3g、又は5g与えて、収穫までイネを育て、地上部乾燥重量、穂数、穂についたモミの数の合計を調べた(図7)。その結果、通常の栽植密度のポットあたり3個体の条件で育てたイネに対し、通常の栽植密度よりも過密であるポットあたり24個体、30個体、36個体の条件で育てたイネの総モミ数は2倍から3倍であり、個体あたりの穂数は減少した。つまり、密植により分げつがおさえられることによって個体あたりの穂数は減るが、穂の総数が増えることで総モミ数が増えることが明らかになった。これは人工環境での栽培は密植が効率的であることを示すと同時に、一穂粒数の増加が人工環境での栽培に重要な意義を持つことを示す結果である。次に、日本晴と多収品種として知られるインディカ型の品種タカナリを用いて、同様の実験を行った(図8)。その結果、タカナリでも、密植栽培が総モミ数を増加させることを示す結果となり、しかも、タカナリは、一穂粒数が日本晴に比べ多く、ポットあたりのモミ数も多いことを確認できた。本実験結果は、一穂粒数が収量性を制御する因子として大きいことを示すものである。
【実施例5】
【0031】
実施例1と同様に、高輝青色光LED(豊田合成、型名 E1L53-AB1A6-05(半値幅は25nm、ピーク波長465〜470nmのランク))を利用したパネルを特注装備したバイオトロン(本体は、EYELA東京理化器械株式会社のNC1000)を使い、直径17cm(227cm2)のポット(底辺に水が通るように穴を3か所あけてある)に、底に、ボンソル2号の土住友化学工業を1リットル、その上に無肥料培土を1リットル入れ、10〜25個の種子を播種した10時間明期(9:00〜19:00)14時間暗期(19:00〜9:00)の日長条件(昼12時間(8:00〜20:00)は気温30度、夜12時間(20:00〜8:00)は気温25度)で、イネ品種農林8号を栽培した。
栽培条件をポット(0.0227m2)あたり、疎植条件で6個体と密植条件(26個体)で、その収量性を比較した。分げつは少なく、疎植では7穂、密植では26穂の穂が出穂した。播種日は2008年12月26日で、出穂は2月10日過ぎ、そして、3月10日に水を切り、10日後に粒数、稔実粒数を測定した。播種後、施肥はしなかった。
実施例1と同様に、LEDによる光量は植物体の近くで、約300μmol/m2secで、点灯中のLED光源は約180wの消費電力であった。
【0032】
総粒数を測定した結果、疎植では、ポットあたり総粒数は172粒、うち、稔実粒は120粒であった。一方、密植では、ポットあたり総粒数は491粒、うち、稔実粒は269粒であった。各穂の測定結果を表1に示した。この結果は、青色光単色においても、密植栽培の方が、効率的な栽培ができることを示している。また、この栽培法での収量性は、栽培期間が約70日で、12000粒/m2 (269粒/0.0227m2)程度であることが明らかになった。白色光では、さらなる密植でも収量性が上がるとの結果があるので(実施例4)、青色光栽培で栽培効率をさらに向上させることが可能であると考えられる。
【0033】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
イネを密植条件かつ短日条件で、青色光を照射して栽培する、イネの生産方法。
【請求項2】
青色光の波長が400nm〜500nm、光量子束密度(光強度)が50〜500μmol/m2/secである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
青色光の照射が8〜24時間/日である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
青色光の照射が8〜13時間/日である、請求項3記載の方法。
【請求項5】
開花促進遺伝子が欠損している、開花促進遺伝子の機能が不活性している、または活性を有する開花抑制遺伝子を有するイネである、請求項1〜4のいずれか記載の方法。
【請求項6】
開花促進遺伝子が、Hd1遺伝子、Ehd1遺伝子、OsGI遺伝子、Hd3a遺伝子、RFT1遺伝子、Ehd2遺伝子、およびOsMADS50遺伝子からなる群より選択される、請求項5記載の方法。
【請求項7】
開花抑制遺伝子が、Lhd4遺伝子、Hd6遺伝子、およびHd5遺伝子からなる群より選択される、請求項5記載の方法。
【請求項8】
さらに、波長が500nm〜770nmの光を照射する、請求項1〜7のいずれか記載の方法。
【請求項9】
イネを密植条件下、青色光を照射して栽培する工程及び一穂粒数が多いイネを選抜する工程を含む、一穂粒数が多いイネのスクリーニング方法。
【請求項10】
青色光の波長が400nm〜500nm、光量子束密度(光強度)が50〜500μmol/m2/secである、請求項9記載の方法。
【請求項11】
青色光の照射が8〜13時間/日である、請求項9記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−233509(P2010−233509A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−85485(P2009−85485)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度、経済産業省、戦略的技術開発委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【Fターム(参考)】