説明

非水系物質が付着する可能性がある表面を備える物体、物体表面の処理方法及び物体の処理システム

【課題】物体表面の非水系物質の付着防止や滑脱性の増加を図ると同時に、強固で耐久性のある現実的な使用環境により好適な物体を実現する。
【解決手段】摂氏零度以上の熱源との熱交換により生成する非水系物質が付着する可能性があり、前記非水系物質と異なる物質が存在する環境に置かれる物体の表面に、前記非水系物質とは異なる物質と親和性を有する表面処理膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物体の表面に親水性表面処理を施しておくことにより、その表面への非水系物質の付着を困難にし、表面に付着した非水系物質を滑脱し易くする技術に関する。非水系物質の具体例は包接水和物やその他の包接化合物であるが、熱交換により生成するものに限られる。親水性表面処理の具体例は無機系親水性塗装膜の形成であり、無機系親水性塗装膜としてはガラス構造を備える無機系親水性塗装膜が好適である。
【0002】
ここで、本発明との関連において又はその説明の文脈上、次に掲げる(鍵括弧内の)各用語の定義は以下に定める通りとする。
(1)「物体」とは、非水系物質の付着の防止又は包接化合物の滑脱性の増加が必要なすべての有形物をいい、具体的には、包接化合物の生成、搬送、収容その他の取扱いや作業の際にその包接化合物と接触し得る部分を備える一切のものがこれに該当し、より詳しくは、包接化合物を蓄熱媒体(熱搬送を目的として流動又は通流する蓄熱媒体を含む)として使用する熱エネルギー貯蔵システムや空調システムにおける配管、バルブ弁体、熱交換器、貯蔵槽、蓄熱容器、測定機器のセンサ収容部などがこれに該当し含まれる。
(2)「被膜」とは、物体の外面上に配置し、その外面を覆い包む膜をいう。
(3)「物体の表面」、「物体表面」又は物体の「表面」とは、物体の外面をいい、その外面に被膜が形成されている場合は、別段の説明がある場合を除き、その被膜の外面をいう。
(4)「塗料」とは、物体表面に塗布後、溶媒の溶媒の蒸発、化学反応などで表面上に薄い被膜をつくる液状物質をいう(岩波理化学辞典第4版)。
(5)「無機系塗料」とは、主原料を無機物とする塗料をいい、溶媒が水であるが非水であるかは問わないが、有機物系塗料、即ち有機物を主原料とする塗料とは区別される。
(6)「塗装膜」とは、塗装、即ち塗料の塗布と乾燥・硬化又は焼付けにより形成された被膜をいう。
(7)「無機系親水性塗装」とは、無機物系塗料を使用して物体表面に親水性の機能を与えるための塗装をいう。
(8)「無機系親水性塗装膜」とは、無機系親水性塗装により物体表面に形成された親水性を有する塗装膜をいう。
(9)「親水性表面処理」とは、物体表面に親水性の機能を与えるための処理をいい、無機系親水性塗装はこれに含まれる。
(10)「親水性表面処理膜」とは、親水性表面処理により物体表面に形成された親水性の機能を有する被膜をいい、無機系親水性塗装膜はこれに含まれる。
(11)「表面処理」とは、物体表面に何らかの機能を与えるための処理をいい、親水性表面処理はこれに含まれる。
(12)「表面処理膜」とは、表面処理により物体表面に形成された何らかの機能を有する被膜をいい、親水性表面処理膜はこれに含まれる。
(13)「包接化合物」とは、ホストまたはホスト物質と呼ばれる分子または化合物が構成するトンネル形、層状、網状、籠状などの構造(包接格子)内に、ゲスト物質と呼ばれる他の分子または物質が入り込む又は取り込まれることで形成され、生成する物質をいう。ホスト物質の例としては水やシクロデキストリン、特許文献7に開示された物質などの非水があり、特にホスト物質が水の包接化合物は「包接水和物」と呼ばれる。ゲスト物質の例としてはアルキルアンモニウム塩、アルキルホスホニウム塩、アルキルスルホニウム塩またはこれらの2種以上の混合物などがある。
【0003】
アルキルアンモニウム塩、アルキルホスホニウム塩、アルキルスルホニウム塩の例としてはそれぞれ一般構造式(a)、(b)、(c)で表されるものがある。
【化1】

【化2】

【化3】

【0004】
上記一般構造式(a)、(b)、(c)において、R、R、R、Rは炭素数1〜5のアルキル基または水素を示し、その少なくとも一つはメチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、アミル基等のアルキル基である。また、Xは陰イオンを示し、例えば、フッ素イオン、塩素イオン、臭素イオン等のハロゲンイオンや、硝酸イオン、ヒドロキシルイオン等である。
【0005】
メタンや二酸化炭素をゲスト物質として水分子の籠状構造の中に取り込んだガスハイドレートも包接化合物(特に包接水和物)である。
【0006】
(14)「非水系物質」とは、水及び氷以外の物質をいい、水分子の関わり合いに着目すると、(ア)水分子を必須の構成成分とするものの水分子以外の成分も必須の構成成分とする物質(例えば包接水和物)と、(イ)包接水和物以外の包接化合物のような(ア)以外の物質に分類でき、熱交換による非水系物質の生成温度に着目すると、非水系物質は(ウ)水の凝固温度又は摂氏ゼロ度より高い温度の冷媒又は冷熱源との熱交換により生成する物質と、(エ)(ウ)以外の物質に分類できる。
(15)「非水系物質生成溶液」とは、熱交換により非水系物質を生成する物質を適当な溶媒に溶解した溶液をいう。この場合、非水系物質が包接化合物であるものを「包接化合物生成溶液」といい、非水系物質が包接水和物であるものを「包接水和物生成溶液」という。なお、非水系物質を生成する物質を溶解させる溶媒物質とその非水系物質とは異なる。より詳しくは、非水系物質生成溶液の溶媒物質は、非水系物質の構成分子である場合もあるが、非水系物質そのものではなく、包接化合物生成溶液の溶媒物質は包接化合物のホスト物質である場合もあるが、包接化合物そのものではない。「包接化合物生成溶液」及び「包接水和物生成溶液」の各用語は、各溶液の溶媒物質とホスト物質との異同を問わず定義される。
(16)非水系物質生成溶液における「過冷却」とは、非水系物質生成溶液中で非水系物質が生成する温度(以下「非水系物質生成温度」という。なお、非水系物質が包接化合物である場合には「包接化合物生成温度」といい、非水系物質が包接水和物である場合には「包接水和物生成温度」という)以下に冷却しても、非水系物質生成溶液中に非水系物質が直ちに生成しない現象又はその現象が起こっている非水系物質生成溶液の状態をいい、「過冷却度」とはその程度をいう。
【0007】
例えばホスト物質が水、ゲスト物質がアルキルアンモニウム塩の一種である臭化テトラn−ブチルアンモニウム((CNBr)(以下「TBAB」という)である包接化合物(包接水和物)は、水溶液中のTBABの質量濃度が6%のときは約4度、10%のときは約6.7度、20%のときは約9度(いずれも摂氏)が包接水和物生成温度であるが、各包接水和物生成温度以下に冷却しても、ある程度時間が経過しないとTBABの包接水和物が水溶液中に生成しないことがある。このような現象又はその現象が起こっている状態が、その水溶液における過冷却である。
【0008】
(17)物質の「付着」とは、物質が物体表面に付いて離れないことをいう。例えば、包接化合物生成温度以下の物体表面と包接化合物生成溶液とが接触し、熱交換を行った結果生成した包接化合物が当該物体表面に付いたまま離れない状況が、これに該当する。
(18)物質の「付着性」とは、包接化合物その他の非水系物質が物体表面に付いて離れない性質若しくは付いたまま離れ難い性質、又は物体表面に非水系物質が付着する場合における、その付着の起こり易さ又はその起こり易さの程度をいう。非水系物質が物体表面から離脱後再付着する場合における、その再付着の起こり易さ又はその起こり易さの程度もこれに含まれる。非水系物質の付着性は物体表面における非水系物質の核生成の起こり易さ又はその起こり易さの程度とは無関係に定義される。
(19)物質の「付着の防止」又は「付着防止」とは、物体表面への物質の付着を抑制、回避又は防止することをいう。
(20)物質の「滑脱」とは、物体の表面に付着した物質が当該表面から滑り落ちる、剥げ落ちる、取り除かれるその他付着の状態から開放されることをいい、物質の「滑脱性」とは、物体の表面に付着した物質が当該表面から滑脱する性質若しくは付滑脱し易い性質、又は物体の表面に付着した物質が当該表面から滑脱する場合における、その滑脱の起こり易さ又はその起こり易さの程度をいう。包接化合物その他の非水系物質を滑脱し易くするとその非水系物質の付着量が減少する又は減少し易くなる、また非水系物質を滑脱し難くするとその非水系物質の付着量が増加する又は減少し易くなる、という定性的傾向がある。
(21)「強制力」、特に物体の表面に付着した物体の滑脱を促進する「強制力」とは、物体表面に付着した包接化合物の滑脱が起こり易くなるように作用する力をいう。強制力は(A)物質の滑脱を目的として人為的に作り出された力と、(B)(A)には該当しない力であって、直接的にではなく間接的に又は結果的に包接化合物の滑脱の効果を奏するものに分類できる。後者(B)については、(B−1)人為的に作り出された力に該当するものと(B−2)人為的に作り出された力には該当しないものに分けられる。たとえば、物体表面とそこに付着している非水系物質との間の滑脱を問題にしている場合、その非水系物質に働く重力は人為的に作り出された力ではないので(A)及び(B−1)には該当せず、しかも直接的に非水系物質の滑脱の効果を奏する力に相当するので(B−2)にも該当せず、よって強制力には当たらない。しかし、その非水系物質が自然の力により滑脱した後、物体表面の別の場所に付着していた別の非水系物質に衝突し、その際の衝撃により当該別の非水系物質が滑脱した場合は、その衝撃の力は(A)には該当しないが(B−2)に該当し、よって強制力に該当する。また、容器壁面を熱交換面として容器内の非水系物質生成溶液と容器外の冷媒との熱交換を行い、容器内で非水系物質を生成させる場合、容器内の容器壁面を掻き取ることで非水系物質を滑脱させるときの掻き取りの力(せん断力)や容器壁面を振動させて非水系物質の滑脱を促すときの振動の力は(A)に該当し、容器内で回転又は移動する非水系物質生成溶液(滑脱した非水系物質の粒子又はその粒子が非水系物質生成溶液に分散してスラリー化しているときはそのスラリーを含む)の粘性、容器壁面近傍で生じる乱流(容器壁面近傍で起こる乱流や表面の異形部分の下流で生じる乱流、液体の一時的な増量や減量により生じる乱流を含む)、滑脱後の非水系物質との衝突などにより容器壁面に付着又は生成若しくは成長した非水系物質の滑脱が起こるときの当該非水系物質に作用する力は(B−1)に該当する。
(22)「親水性」とは、「ある物質に関し、水との相互作用が大きく、親和性が大きい性質」(岩波理化学辞典第5版)をいう。被膜のぬれ性の程度(特に接触角)に従って又は光触媒効果などの特殊な性質を併せ持つことを理由にして「超親水性」という用語が定義される場合があるが、それも親水性に含まれる。
(23)「親水化」とは、親水性の機能を与える又は有するに至ることをいう。
(24)「熱源」とは、物質の生成に必要な熱エネルギーの供給源をいい、冷媒や冷熱源との熱交換により非水系物質や包接化合物が生成する場合、当該冷媒や冷熱源が、熱源に該当し含まれる。
【背景技術】
【0009】
物体表面における物質の付着防止を目的として、物体の表面に予め表面処理を施すことは常套手段の一つである。例えば、当該物質が氷の場合、物体表面に撥水性塗装膜を形成することで雪氷の付着を防止し(特許文献1)、物体表面に撥水性領域と親水性領域を形成することでファンデルワールス力の差を作り上げ、これにより表面の氷の滑脱を促進させている(特許文献2)。また、物体表面との熱交換により氷を製造する場合、熱交換面を撥水性の塗料で被膜し、熱交換面からの氷の滑脱を促進させている(特許文献3)。更に、熱交換器のフィンや伝熱管に親水化処理を施すことによりフィンや伝熱管の表面に付着する水滴の発生を防止している(特許文献4、特許文献8)。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、これらの従来技術は、いずれも、包接化合物その他の非水系物質の付着防止を目的として物体表面に表面処理を施すものではなく、摂氏零度以上の熱源との熱交換により生成する非水系物質の付着防止を目的として物体表面に表面処理を施すものではない。また、これらの従来技術はいずれも摂氏零度以上の熱源との熱交換により生成する非水系物質の付着防止を目的として物体表面に表面処理を施すものではく、かかる非水系物質の付着防止のために親水性被膜を物体表面、特に熱交換面に形成するものでもない。
【0011】
熱交換器を用いて包接化合物を製造し、これを蓄熱媒体として使用する場合、熱交換器の熱交換面、配管や蓄熱容器の内壁面、バルブ弁体表面や測定機器のセンサ収容部に包接化合物が付着し、閉塞の原因となり、時として熱抵抗となり、製造量の経時的変動を招来し、また安定的な製造の妨げの原因となる。このような包接化合物の付着に起因する問題は、包接化合物を蓄熱媒体として使用する場合に限らず、使用目的を問わず、包接化合物を製造する装置やシステムの運転、性能、稼動状況等の安定性や健全性を追求する現実的場面、例えば、包接化合物の特性を利用して混合ガスの濃縮分離を行う場合(特許文献5、特許文献6参照)のみならず、包接化合物の特性を利用する技術を実用化する場合、技術的障害として顕在化してくる。しかし、包接化合物の特性を利用する技術の実用化が余り進んでいないこともあってか、物体表面への包接化合物の付着を防止する技術については、従来、殆ど注目されおらず、研究も進んでいなかった。
【0012】
物体表面に包接化合物その他の非水系物質が付着し、これが何らかの技術的障害となる場合、非水系物質を除去する必要に迫られる。そしてその非水系物質を除去する際には、それが付着している物体表面に強制力を働かせる場合がある。例えば、物体表面に付着した非水系物質をハケやブラシで掻き取る、ハンマーで打撃して機械的衝撃を与える、超音波振動子を作動させて機械的振動を与えるといった場合がこれに該当する。しかし、付着物の除去を目的として強制力を意図的に働かせるまでもなく、物体が現実に使用される環境の下では、その物体には何らかの強制力が働く場合が多い。それ故、物体表面に表面処理を施すことで被膜を形成し、これにより非水系物質の付着を防止しようとする場合には、その被膜は強制力に抗するだけの強度や耐久性が必要になる。強度や耐久性が十分でない被膜を表面に形成した場合、その物体の用途は自ずと狭くなる。
【0013】
本発明は、以上の点に鑑みてなされたものであり、水分子が存在する環境に置かれ、摂氏零度以上の熱源との熱交換により生成する非水系物質や熱源との熱交換により生成する包接化合物が付着する可能性がある物体表面を親水化することにより、これらの物質の当該物体表面への付着防止を実現する技術及びその効果を長期間にわたり維持したまま当該物体を広い用途で使用することを可能にする技術を提供することを目的とする。
【0014】
特に、本発明は、包接化合物の特性を利用する技術分野、例えば空調分野や蓄熱分野において、熱交換により包接化合物を製造する装置及びシステムを構成する熱交換器の熱交換面、配管や蓄熱容器の内壁面、バルブ弁体表面や測定機器のセンサ収容部など、包接化合物が付着し得る物体表面への当該包接化合物の付着を防止し、当該装置及びシステムの運転、性能、稼動状況等の安定性や健全性を向上させることができ、また維持できる技術を提供することを目的とする。
【0015】
【特許文献1】特開2000−26844号公報
【特許文献2】特開2002−88347号公報
【特許文献3】特開昭62−500043号公報
【特許文献4】特開平1−249863号公報
【特許文献5】特願2004−308355号
【特許文献6】特願2005−016863号
【特許文献7】特開2005−36197号公報
【特許文献8】特開平10−253195号公報
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明に係る物体の第1の態様は、摂氏零度以上の熱源との熱交換により生成する非水系物質が付着する可能性があり、非水系物質と異なる物質が存在する環境に置かれ、その非水系物質と異なる物質との親和性を有する表面処理膜が形成されている表面を備えるものである。本発明に係る物体の第2の態様は、熱源との熱交換により生成する包接化合物が付着する可能性があり、前記包接化合物と異なる物質が存在する環境に置かれ、その包接化合物と異なる物質と親和性を有する表面処理膜が形成されている表面を備えるものである。本発明に係る物体の第3の態様は、同物体の第1又は第2の態様において、表面処理膜が無機系親水性塗装膜であるものである。本発明に係る物体の第4の態様は、同物体の第3の態様において、無機系親水性塗装膜がガラス構造を備える無機系親水性塗装膜であるものである。この無機系親水性塗装膜は、ホウ素イオンを含有するガラス構造を備えるものであることが望ましい。本発明に係る物体の第5の態様は、同物体の第3又は第4の態様において、物体の表面に付着した非水系物質の滑脱を促進する強制力が作用する環境に設置されるものである。
【0017】
本発明に係る物体表面の処理方法の第1の態様は、摂氏零度以上の熱源との熱交換により生成する非水系物質が付着する可能性があり、前記非水系物質とは異なる物質が存在する環境に置かれる物体の表面に、前記非水系物質と異なる物質との親和性を与える表面処理を予め施しておくものである。本発明に係る同処理方法の第2の態様は、熱源との熱交換により生成する包接化合物質が付着する可能性があり、前記包接化合物と異なる物質が存在する環境に置かれる物体の表面に、前記包接化合物とは異なる物質との親和性を与える表面処理を予め施しておくものである。本発明に係る同処理方法の第3の態様は、同処理方法の第1又は第2の態様において、表面処理が無機系親水性塗装であるものである。本発明に係る同処理方法の第4の態様は、同処理方法の第3の態様において、無機系親水性塗装により形成される被膜がガラス構造を備える無機系親水性塗装膜であるものである。この無機系親水性塗装膜は、ホウ素イオンを含有するガラス構造を備えるものであることが望ましい。本発明に係る同処理方法の第5の態様は、同処理方法の第3又は第4の態様において、物体が、その表面に付着した非水系物質の滑脱を促進する強制力が作用する環境に設置されるものである。
【0018】
本発明に係る物体の処理システムは、本発明に係る物体のうち第1乃至第4いずれかの態様のものと、その物体の表面に付着した包接化合物の滑脱を促進するように作用する強制力を発生させる強制力発生手段とを備えるものである。この処理システムにより、本発明に係る物体及び物体表面の処理方法の各第5の態様のものが実現される。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、水分子が存在する環境に置かれる物体の表面に親水性表面処理膜を形成することで、摂氏零度以上の熱源との熱交換により生成する非水系物質や熱源との熱交換により生成する包接化合物の付着防止や滑脱性の向上の効果を得ることができる。特に親水性表面処理膜を無機系親水性塗装膜とすると、より高い強度と耐久性を有する被膜になるので、かかる効果を維持したまま広い用途で当該物体を使用することができる。また、無機系親水性塗装膜がガラス構造を備える場合には、強度と耐久性がより高くなる。
【0020】
物体の表面に付着した包接化合物その他の非水系物質の滑脱を促進する強制力が作用する場合には、物体表面に付着した非水系物質の滑脱が促進され再付着も阻止されるので、非水系物質の付着防止の効果が高まり、滑脱性も向上する。この場合、物体表面に強制力が作用するので被膜の強度と耐久性に懸念が生じてくる。しかし、無機系親水性塗装膜、特にガラス構造を備える被膜であればかかる懸念は払拭される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下に、本発明に係る実施例を説明する。物体表面に施す親水性表面処理としては、例えば、(あ)アルカリ金属シリケートにホウ酸塩を添加し、無機充填材として微細な鱗片状の透明シリカを混合した組成物(特開2005−15728号参照)、(い)アルカリ金属シリケートに、珪酸カルシウム又は燐酸亜鉛を添加し、無機充填材としてコレマナイトやウレキサイトを主成分とした天然ガラスを微細な鱗片状として混合した組成物(特開平6−329949号、特開平6−329950号等参照)を塗料とする無機系親水性塗装が好適である。(あ)(い)のいずれの組成物も、更に微量物質が配合されることがある。
【0022】
ここでは、(い)の組成物を水に均一分散させた塗料を使用し、これを物体表面に塗装して親水性表面処理膜を形成した。かくして出来上がる物体表面の断面を図1に模式的に示す。この図において、物体1の材質は、塗装膜形成が可能、特に塗料の焼付け温度に晒されても実害が生じないもの、例えばステンレス鋼、アルミニウム、銅等の無機材料の中から選択できる。親水性表面処理膜2は無機系親水性塗装膜、特にホウ酸イオンを含むガラス構造を有する塗装膜であり、一般に有機物系塗料に比べて焼付け温度が高く、非常に強度が高い。鉛筆硬度試験(JIS・K7125準拠)によれば「9H」以上であり、耐摩耗試験(JIS・K7125参照)によれば「擦り傷が認められない」程度である。なお、揮発性溶媒ではなく非揮発性の水を溶媒とする塗料を採用したのは、一般に、揮発性溶媒を使用すると塗料の焼付け時に急激に溶媒が揮発し、揮発物質が膜構造の緻密さ、延いては塗装膜の強度や耐久性が相対的に低下する傾向があるためである。
【0023】
非水系物質としては包接化合物、特に包接水和物を使用し、非水系物質生成溶液としては包接化合物生成溶液、特に包接水和物生成溶液を使用した。この包接水和物生成溶液は、ホスト物質及びゲスト物質をそれぞれ水及びTBABとするTBAB10重量%水溶液とした。既述の通り、この包接水和物生成溶液は、摂氏零度以上の包接水和物生成温度を有する。それ故、摂氏零度以上の熱源との熱交換により非水系物質を生成する非水系物質生成溶液に該当する。
【0024】
(包接水和物生成溶液のぬれ性簡易実験)
一辺50センチメートル、厚さ5ミリメートルのアルミニウム平板の一面に上記(い)の組成物を水に均一分散させた塗料を30ミクロンメートルの厚さで塗布し、焼き付けることで無機系親水性塗装膜を形成した。この無機系親水性塗装膜を形成した平板を平台座に設置し、その平板に対し、同じ高さから同量の蒸留水及び包接水和物生成溶液をそれぞれ鉛直方向から滴下し、平板上に拡がった液滴の面積及び最小幅を計測した。その結果、包接水和物生成溶液は蒸留水と同程度又は水を上回る面積であることが分かった。最小幅を基準にすると、包接水和物生成溶液は蒸留水の1.1〜1.2倍であった。因みに、この結果は、TBAB水溶液の濃度を4〜30重量%の範囲(包接水和物を蓄熱媒体として現実に使用しようとする場合に設定される包接水和物生成溶液の濃度範囲)で変動させても大差はなかった。それ故、上記の無機系親水性塗装膜に対し、包接水和物生成溶液は水と同程度又は水を上回る親和性を有するといえる。
【0025】
(溶媒のぬれ性簡易実験)
一辺50センチメートル、厚さ5ミリメートルのアルミニウム平板を一組用意し、一方の平板の一面に上記(い)の組成物を水に均一分散させた塗料を30ミクロンメートルの厚さで塗布し、焼き付けることで無機系親水性塗装膜を形成した。他方の平板は対照用であり塗装膜を形成することなく無垢のままとした。次に、無機系親水性塗装膜を形成した平板と対照用平板に対し、同じ高さから同量のメタノール、エタノール、アセトン、ベンゼンをそれぞれ鉛直方向から滴下し、各平板上に拡がった液滴の面積及び最小幅を計測した。その結果、いずれの有機溶媒であっても、塗装膜を形成した平板上に形成された液滴の面積は対照用平板上に形成されたそれを上回ることが分かった。最小幅を基準にすると、メタノール及びエタノールでは1.8倍以上、アセトンでは1.3〜1.4倍、ベンゼンでは1.2〜1.3倍であった。それ故、上記の無機系親水性塗装膜は、水のみに親和性(親水性)を有するのではなく、メタノール、エタノール、アセトン、ベンゼンといった典型的な有機溶剤にも親和性を有するといえる。
【0026】
(非水系物質とは異なる物質の滴下実験)
一辺50センチメートル、厚さ5ミリメートルのアルミニウム平板を一組用意し、一方の平板の一面に上記(い)の組成物を水に均一分散させた塗料を30ミクロンメートルの厚さで塗布し、焼き付けることで無機系親水性塗装膜を形成した。他方の平板は対照用であり、底面に塗装膜を形成することなく無垢のままとした。無機系親水性塗装膜を形成した平板と対照用平板を水平台座に設置し、同一の高さから同量の包接水和物生成溶液を鉛直方向から滴下して冷凍庫に入れ、両平板上に包接水和物を形成した。その後、水平台座に設置し、一定の高さから同量の包接水和物生成溶液を少しずつ鉛直方向から滴下し、包接水和物の剥離の進捗を調べた。その結果、無機系親水性塗装膜を形成した平板の方が、付着した包接水和物がより早期に、また一度により多くの包接水和物が塊となって滑脱した。
【0027】
上記の滴下実験において、包接水和物生成溶液を滴下するのではなく、蒸留水、メタノール、エタノール、アセトン、ベンゼンといた被膜に親和性を有する物質を滴下しても結果は同様であった。
【0028】
(滑脱せん断力試験)
いずれも厚さ0.8mmのステンレス鋼板(SUS304)及びアルミニウム板(市販品)を用意し、そこから切り出した基板表面に上記(い)の組成物を水に均一分散させた塗料を30〜40ミクロンメートル程度の厚さで塗布し焼き付ける。これにより形成された塗装膜の上に包接水和物生成溶液の液滴を垂らして直径約30mm程度の液の集合体(液溜り)とし、冷却して包接水和物の固体状の塊とする(以下、この固体状の塊を「固塊」といい、包接水和物生成溶液を冷却して包接水和物の固塊を作り出すことを、包接水和物生成溶液の「固塊化」という)。この固塊を表面に備える基板を冷却環境から取り出し、衝撃を与えることなくゆっくり傾けてゆくと、幾つかの基板から固塊が自重により滑脱した。また、包接水和物生成溶液の液滴を固塊(特にその固塊の外縁にある基板表面との境目)に垂らすとすべての基板の表面上で固塊の一部又は全部が滑脱した。
【0029】
また、上記のステンレス鋼板及びアルミニウム板から1辺100mmの正方形平板を試験片として切り出し、一組の試験片をもって塗装膜形成用と対照用とし、その組を相当数用意する。上記(い)の組成物を水に均一分散させた塗料を30〜40ミクロンメートル程度の厚さで塗装膜形成用試験片に塗布し焼き付ける。次に水道用硬質塩化ビニル管(外径38mm程度、内径31mmの市販品)から円筒環を切り出し、その円筒環の両端面を水平面上に置いたとき隙間ができないように平滑に研磨するとともに、高さを同一に揃えておく。また、同じ高さの位置にステンレスワイヤ9(後述)の端部が係合可能な部材13(後述)を取り付けておく。次に無機系親水性塗装膜が形成された試験片(以下「塗装膜試験片」という)と対照用試験片を水平面上に配置し、各表面の中央に円筒環を配置する。このとき、円筒環の端面が試験片(塗装膜試験片の場合は塗装膜が形成されている側)の表面に対向し密着するように円筒環を配置し、且つ、試験片と円筒環とが離隔しないように圧力を掛けながら、同一量の包接水和物生成溶液を円筒環内に流し込み、塗装膜試験片と対照用試験片の組を冷却温度、冷却速度、過冷却度その他の冷却条件を同一にして冷却し、また冷却条件を変えて別の試験片の組を同様に冷却し、円筒環内の包接水和物生成溶液を試験片表面上で冷却し、固塊化する。
【0030】
引き続き、図2に示す試験装置を用いて、塗装膜試験片31と対照用試験片32の組について滑脱せん断力(試験片に付着した包接水和物を滑脱させるのに必要なせん断力)を測定した。この試験装置は、試験片3(31、32)を水平に載荷する水平台座4、試験片3を固定し、その水平方向の移動を阻害する固定治具5、6、試験片3上の円筒環11の上端部極近傍に非接触且つ水平に配置し、円筒環11の垂直方向の移動を阻害する上部制限部材7、上部制限部材7を水平に支える垂直台座8、試験片3上の円筒環11の部材13との係合により、これに水平方向の引張力を印加するステンレスワイヤ9、ステンレスワイヤ9の水平移動をプーリ101、102で支持する水平支持台座10を備える。上部制限部材7の垂直方向の位置は座標調整手段(図示せず)により調整可能であり、プーリ101、102の垂直方向の位置、従ってステンレスワイヤ9の垂直方向の位置も別の座標調整手段(図示せず)により調整可能である。この装置に試験片3を設置しステンレスワイヤ9用いて、試験片3の表面と平行な方向Hへ一定速度で引っ張り、部材13とは反対側のワイヤ9の端部に接続するロードセル(図示せず)で荷重変化を読み取る。試験片3上の円筒環11の内部には試験片3の表面に固塊の包接水和物12が存在するが、ワイヤ9で円筒環11を引っ張るとある一定の張力に至ったときにその固塊が試験片3の表面から滑脱する。この滑脱の際にロードセルで読み取った最大の荷重を滑脱せん断力とする。なお、この試験装置により滑脱せん断力を測定する際には、試験片を冷却雰囲気から取り出した後、速やかに水平台座に設置し、試験片と円筒環とが離隔しないように印加していた圧力を解除し、その測定を行う。
【0031】
塗装膜試験片と対照用試験片の組について滑脱せん断力を測定し、各組において測定値の比を計算し、取りまとめたものが図3である。冷却条件を3通り設定し、各冷却条件について6点測定し、最大値及び最小値を除いた残り4点で評価した結果、無機系親水性塗装膜が形成されていた方が形成されていない場合に比べ、滑脱せん断力が平均50%(最大63%、最小30%)減少することが分かった。6点から除いた最大値及び最小値は、いずれも1.0未満であった。
【0032】
なお、図2に示す試験装置を用いて滑脱せん断力を測定する際に試験片と円筒環とが離隔しないように印加していた圧力を解除すると、試験片の水平方向の極僅かな加速(又は慣性力)により、約32%の塗装膜試験片において、表面に付着していたはずの包接化合物が円筒環とともに初期の設置位置から滑脱した。このことからも、塗装膜試験片に形成された無機系親水性塗装膜による包接水和物の滑脱性は相当に高く、包接水和物の付着の防止又は抑制の効果が著しいことが分かる。
【0033】
冷却条件を一定にし、同一の塗装膜試験片(SUS304)と対照用試験片の組に対して6点測定を行い、最大値及び最小値を除いた残り4点で行う評価を10回繰り返し、滑脱せん断力の比を計算して取りまとめたものが図4である。この図から、滑脱せん断力が0.45〜0.50のとき発生頻度が最多、平均では0.48となり、滑脱せん断力の50%超の減少が確認できる。
【0034】
次に、強制力が作用する環境における包接水和物の付着性と滑脱性の実験及びその結果をについて説明する。
【0035】
(攪拌旋回試験)
図5に示す攪拌装置を用いて、攪拌手段の旋回により直接又は間接的に働く強制力の効果について検討した。この攪拌装置は、冷媒入出口161、162を備える容器16とその内側に配置する容器17で構成され、両容器の間の空間(少なくとも両容器の底面間の空間)に目標温度(摂氏零度)に調節した冷媒が通流し、容器17に収容されている包接水和物生成溶液が、容器17の壁面を熱交換面として冷媒により冷却され、容器17の底面に平行な回転面を有する2枚の攪拌翼18により攪拌される。攪拌翼18は、容器16外部のモータ19と回転軸20を介して接続し、容器17の底面に非接触な近接した位置(当該底面から1mmから数mmだけ離隔した位置)で回転する。モータ19は回転速度、回転トルクが可変であり、回転軸20は、容器16の上蓋21の中央付近を貫通するように配置している。上蓋21には透明板張りののぞき窓(図示せず)が付いている。容器16、17及び攪拌翼18はステンレス鋼製であり、容器16、17の底面は観察者の顔が不鮮明に映る程度の略鏡面状とする。
【0036】
冷却対象を包接水和物生成溶液とし、同一寸法、同一材質の容器17(171、172)を一組用意し、一方の容器171の底面に、上記(い)の組成物を水に均一分散させた塗料を30ミクロンメートルの厚さで塗布し、焼き付けることで無機系親水性塗装膜を形成した。他方の容器は対照用であり、底面に塗装膜を形成することなく無垢のままとした。まず、対照用容器172に包接化合物生成溶液を入れ、容器16内に設置し、攪拌翼18を容器17内に設置し、翼18の高速回転による攪拌を開始するとともに冷媒の通流を開始した。暫くすると攪拌翼18の旋回音に混じって異音が突発的に発生し始めた。容器17内の包接水和物生成溶液は徐々に白濁し、包接水和物粒子の発生と増加が確認され、スラリー状態になった。回転停止前に攪拌を停止し、速やかに上蓋21を外し、容器17から包接水和物粒子と残余の包接水和物生成溶液を取り除き、底部を観察したところ、容器17の底面に広く包接水和物が群状に形成され、後述の容器171の場合よりも厚みがあった。長時間攪拌し続けた場合には容器17の底部に同心円状の擦疵(図示せず)が確認された。攪拌翼18は容器17の底部と非接触に回転していたので、攪拌翼18の回転面と容器17の底面との間に巻き込まれた包接水和物(当該底面に発生した包接水和物及び沖合の包接水和物生成溶液の中で発生、成長した包接水和物を含む)が擦疵の原因と考えられる。
【0037】
次に、容器171に同種、同量の包接水和物生成溶液を入れ、容器16内に設置し、攪拌翼18を容器17内に設置し、高速攪拌を開始するとともに、容器172の場合と同一の冷却条件になるように冷媒の通流を開始した。暫くすると攪拌翼18の旋回音に混じって異音が突発的に発生し始めたが、容器172の場合に比べるとその発音頻度又は音量は遥かに小さかった。容器172の場合と同様に、冷却過程で容器17内の包接水和物生成溶液は徐々に白濁し、包接水和物粒子の発生と増加が確認された。攪拌停止後、速やかに上蓋21を外し、容器17から包接水和物粒子と残余の包接水和物生成溶液を取り除き、容器17の底面を観察したところ、殆どの場合、全く包接水和物が形成されていないか、底面の局所に包接水和物が群状に形成される程度であり、後者の場合であっても、容器172の場合よりは包接水和物の付着量は遥かに少なかった。長時間攪拌し続けても容器17の底部に擦疵は確認できなかった。
【0038】
なお、翼18の旋回を停止した後容器17の底部を観察する際、容器17から包接水和物粒子と残余の包接水和物生成溶液を取り除く作業中、振動や加速度を極力与えないように容器17を取り扱っても底部に付着していた包接水和物粒子のうちかなりの量が滑脱してしまった。包接水和物粒子の自重による滑脱と考えられる。
【0039】
図5に示す装置において容器17の底面に付着した包接水和物の滑脱を可能にした強制力は、主として上記(B)の強制力、より詳しくは攪拌翼18の回転面と容器17の底面との間に巻き込まれた包接水和物生成溶液や包接水和物(当該底面に発生した包接水和物及び沖合の包接水和物生成溶液の中で発生、成長した包接水和物を含む)によるせん断力や衝撃力であると推察できる。その場合、当該強制力の発生手段は、狭義には攪拌翼18であり、より広義には翼18、モータ19及び回転軸20である。
【0040】
(掻出旋回試験)
図6に示す掻出装置を用いて、掻出手段の旋回により直接又は間接的に働く強制力の効果について検討した。この掻出装置は、図5に示す攪拌装置と基本的に同じ構成なので、図6において図5と同じ部分または相当する若しくは共通する部分には図5のそれと同じ符号を付し、一部の説明を省略する。他方、図6において特有なものは、掻出翼22であり、これは図5に示す攪拌翼18の先端略全域にわたりアクリル樹脂部材221を固着したものに相当する。このアクリル樹脂部材221は、容器17の底面と一定の圧力をもって接触する。このため容器16外部のモータ19と回転軸20を介して接続する掻出翼22が回転すると、容器17の底面はアクリル樹脂部材221により掻き出されるような摩擦を受け、容器17の底面に付着した包接水和物と当該底面との間には両者を離隔させるようなせん断力、即ちその包接水和物を滑脱させる強制力(主として上記(A)の強制力)が生じる。言うまでもなく、当該強制力の発生手段は、掻出翼22、特にその先端のアクリル樹脂部材221であり、広義には翼22、モータ19及び回転軸20である。
【0041】
冷却対象を包接水和物生成溶液とし、同一寸法、同一材質の容器17(171、172)を一組用意し、一方の容器171の底面に、上記(い)の組成物を水に均一分散させた塗料を30ミクロンメートルの厚さで塗布し、焼き付けることで無機系親水性塗装膜を形成した。他方の容器は対照用であり、底面に塗装膜を形成することなく無垢のままとした。まず、対照用容器172に包接水和物生成溶液を入れ、容器16内に設置し、掻出翼22を容器17内に設置し、掻き出しを開始するとともに冷媒の通流を開始した。翼22の回転は、攪拌翼18の場合に比べて低速で、高トルクとした。暫くすると掻出翼22の旋回音(アクリル樹脂部材221と容器17の底面との摩擦音を含む)に混じって異音が突発的に発生し始め、時間の経過とともに音量が増加し、発音も継続的になった。掻き出しの過程で容器17内の包接水和物生成溶液は徐々に白濁し、包接水和物粒子の発生と増加が確認され、スラリー状態になった。掻き出し停止後、速やかに上蓋21を外し、容器17から包接水和物粒子と残余の包接水和物生成溶液を取り除き、底部を観察したところ、容器17の底部に包接水和物が群状に形成されていた。長時間掻き出しを行った殆どの場合、容器17の底部に同心円状又は同心円弧状の擦疵(図示せず)が確認された。この擦疵は、攪拌翼18による場合よりは遥かに早く発生した。容器17の底部表面に生成した包接水和物粒子や沖合の包接水和合物生成溶液の中で発生し成長した大きめの包接水和物粒子が巻き込まれ、これに掻出翼22による強制力が加わったのが擦疵の原因であると考えられる。
【0042】
次に、容器171に同種、同量の包接水和物生成溶液を入れ、容器16内に設置し、掻出翼22を容器17内に設置し、攪拌を開始するとともに、容器172の場合と同一の冷却条件になるように冷媒の通流を開始した。掻出翼22の旋回音に混じって異音が発生する頻度はかなり低く、発生した場合であっても容器172の場合に比べるとその音量は遥かに小さかった。しかし、容器172の場合と同様に、冷却過程で容器17内の包接水和物生成溶液は徐々に白濁し、包接水和物粒子の発生と増加が確認された。掻出停止後、速やかに上蓋21を外し、容器17から包接水和物粒子と残余の包接水和物生成溶液を取り除き、底部を観察したところ、全く包接水和物が形成されていなかった。長時間攪拌し続けても容器17の底部に擦疵は確認できなかった。
【0043】
なお、翼22の旋回を停止した後容器17の底部を観察する際、容器17から包接水和物粒子と残余の包接水和物生成溶液を取り除く作業中、振動や加速度を極力与えないように容器17を取り扱っても底部に付着していた包接水和物粒子のうちかなりの量が滑脱してしまった。包接水和物粒子の自重による滑脱と考えられる。
【0044】
(試験結果のまとめ)
以上により、次のことが分かる。
(A)無機系親水性塗装膜を形成した物体表面が、その塗装膜と親和性を有する水や有機溶剤が存在する環境に置かれていれば、包接水和物の滑脱性が増加し、包接水和物の付着性が防止される。換言すれば、熱源との熱交換により生成する非水系物質が付着する可能性がある物体表面が水、有機溶剤その他非水系物質とは異なる物質が存在する環境に置かれる場合、その物体表面に、水、有機溶剤その他非水系物質とは異なる物質との親和性を有する表面処理膜を形成しておけば非水系物質の付着を防止することができることを意味している。また、より具体的には、包接水和物を製造する熱交換器、包接化合物のスラリーを搬送する管路、包接水和物を貯蔵する槽等の壁面といった「包接水和物生成溶液やその溶媒と接触する環境に置かれ、熱交換により生成した包接水和物が付着する可能性があり、そのような付着を防止すべき物体表面」の処理方法として、無機系親水性塗装膜の形成が有効であるといえる。
(B)無機系親水性塗装膜の形成により、包接水和物の滑脱性が増加し、包接水和物の付着性が抑制又は防止されるとともに、包接水和物生成溶液のせん断力、包接水和物粒子の衝突に起因する衝撃力、アクリル樹脂部材との接触に起因するせん断力、摩擦力その他の応力、即ち強制力が作用しても容器17底部の強度と耐久性が確保される。
【0045】
なお、上記の結果は、熱源との熱交換により生成する非水系物質について当て嵌まり、従って、熱交換により生成する包接化合物についても当て嵌まることは言うまでもない。また、上記の結果は、摂氏零度以上の熱源との熱交換により生成する非水系物質については新しい知見である。
【0046】
(試験結果の適用例)
図7は、包接水和物の製造装置の要部に係る熱交換ドラム及び掻き羽根部分を示す前半身切り欠き斜視図である。この熱交換ドラムは、吊り部材(図示せず)により槽(図示せず)内に吊り下げられ、槽内の包接水和物生成溶液を冷却することで包接水和物の粒又はスラリーを製造する機能を有し、円筒形のドラム717と、ドラム717の中心に設置され、モータ719(図示せず)により回転駆動する回転軸720と、回転軸720に取り付けられた旋回羽根状部材718と、ドラム717を構成する周面材料に設けられた多数の冷媒管路760を備える。冷媒管路760を通流する冷媒は摂氏零度で冷媒往管761(図示せず)から管路760に入り、冷媒還管762(図示せず)から管路760外に出る。それ故内表面717Sは摂氏零度以上の温度に冷却され、ドラム717の内側に存在する包接水和物生成溶液が冷却され、包接水和物が生成する。かかる熱交換により生成した包接水和物は、内表面717Sに付着し、そこに堆積する。鉛直に設定された回転軸720は上下2つのカップリング730により遊嵌され、カップリング730とこのカップリング730から延びる支持杆740によって回転軸720とドラム717との相対距離が一定に保たれる。旋回羽根状部材718はドラムの内表面717Sと僅かなクリアランスをもって回転軸720を中心に周回し、これによりドラムの内表面717Sに付着している包接水和物を掻き剥がし、その内表面717Sから沖合の溶液中に向かって離隔させ、溶液中に浮遊させる。
【0047】
ここで、内表面717Sに予め親水性表面処理膜、望ましくは無機系親水性塗装膜であってガラス構造を備えるもの(更に望ましくはホウ酸イオンを含有するガラス構造を備えるもの)を形成しておくと、内表面717Sからの包接水和物の滑脱性が向上し、旋回羽根状部材718による掻き剥がしが容易になると同時に、内表面717Sの強度と耐久性が向上する。それ故、長時間安定的に包接水和物を製造することが可能になる。
【0048】
なお、ドラム717及びその内表面717Sが容器17及びその底面に対応し、冷媒管路760及びそこを通流する冷媒が容器16と容器17との間の空間(特に容器17の底面の領域)及びそこを通流する冷媒、回転軸720が回転軸20、旋回羽根状部材718が攪拌翼18(狭義の強制力発生手段)にそれぞれ対応する。また、ドラム717の内表面717Sに予め親水性表面処理膜、望ましくは無機系親水性塗装膜であってガラス構造を備えるもの(更に望ましくはホウ酸イオンを含有するガラス構造を備えるもの)、又はそれらを組み込んだ各構造物が本発明に係る物体に相当し、ドラム内表面717Sにかかる親水性表面処理膜を形成しておくことが本発明に係る物体表面の処理方法に相当する。更に、図7に示す包接水和物の製造装置であって、ドラム717の内表面717Sにかかる親水性表面処理膜を備えるもの、又はそれを組み込むことで予定される機能を発揮する設備、施設、仕組み等が本発明に係る物体の処理システムに相当する。
【0049】
図8及び図9は、包接水和物の製造装置の概略構成及び縦断面をそれぞれ示す図である。この製造装置は、包接水和物生成溶液を冷却して固塊化させ、包接水和物の固塊を含有する溶液又はその固塊のスラリーを製造する装置であり、包接水和物生成溶液を通流させる内管817と、その溶液を摂氏零度(又はそれ以上の制御された温度)に冷却する冷却媒体を通流させる外管816と、内管817に内装され、内管の内面817Sと弾性的に接触する刃先831を備えるブレード830を複数個持った回転体820と、回転体820を回転軸821の周りで駆動するモータ819を備える。冷却媒体により内管の内面817Sが冷却されるので、その近傍の包接水和物生成溶液が冷却され、包接水和物が生成する。かかる熱交換により生成した包接水和物は内管の内面817Sに付着し、そこに堆積する。回転体820は、ブレード830と、内管817の半径方向に沿ったブレード830の移動を可能にするブレードガイド870と、ブレードガイド870の内部に装填され、各ブレード830が備える刃先831が内管の内面817Sに常時均一の押圧力で接触するよう付勢するスプリング880とを備えるので、回転軸821の軸心が内管817に対し偏心してもブレード830が常時、安定して、内管の内面817Sに付着している包接水和物を掻取ることができる。
【0050】
ここで、内管の内面817Sに予め親水性表面処理膜、望ましくは無機系親水性塗装膜であってガラス構造を備えるもの(更に望ましくはホウ酸イオンを含有するガラス構造を備えるもの)を形成しておくと、内面817Sからの包接水和物の滑脱性が向上し、ブレード830による掻取りが容易になると同時に、内面817Sの強度と耐久性が向上する。それ故、長時間安定的に包接水和物を製造することが可能になる。
【0051】
なお、回転体820の回転軸821が回転軸22に対応し、外管816、内管817及び冷却媒体が容器16、容器17及び両容器の間の空間を通流する冷媒にそれぞれ対応する。ブレード830及びその刃先831が掻出翼22及びアクリル樹脂部材221にそれぞれ対応し、各ブレードの刃先831が内管の内面817Sに弾性的に接触している状態が、硬質とはいえアクリル樹脂製の部材221が容器17の底面に接触している状態に対応する。ブレード830、特にその先端部を構成する刃先831が(狭義の)強制力発生手段に相当するが、より広義には回転体820、ブレードガイド870、スプリング880などもこれに含まれるとしても構わない。また、内管の内面817Sに予め親水性表面処理膜、望ましくは無機系親水性塗装膜であってガラス構造を備えるもの(更に望ましくはホウ酸イオンを含有するガラス構造を備えるもの)、又はそれらを組み込んだ各構造物が本発明に係る物体に相当し、内管内表面817Sにかかる親水性表面処理膜を形成しておくことが本発明に係る物体表面の処理方法に相当する。更に、図8及び図9に示す包接水和物の製造装置であって、内管の内面817Sにかかる親水性表面処理膜を備えるもの、又はそれを組み込むことで予定される機能を発揮する設備、施設、仕組み等が本発明に係る物体の処理システムに相当する。更に、図7乃至図9に示す装置を、包接水和物生成溶液を熱源との熱交換により包接水和物生成溶液から包接水和物を生成させる装置として説明したが、これに限定されない。即ち、図7乃至図9において、熱源との熱交換により包接水和物以外の非水系物質(包接水和物以外の包接化合物を含む)を生成させるために、包接化合物生成溶液ではなく、その他の非水系物質生成溶液を選択し、目的とする非水系物質に適した冷却温度になるように熱源を調整してやれば、これらの図面に描かれた装置は、広く非水系物質製造装置となる。
【0052】
過冷却状態にある非水系物質生成溶液を配管で搬送する必要がある場合、搬送途中で過冷却状態が解除すると非水系物質が短時間で固塊化し、配管内面に付着し、搬送に支障を来たす。そこで配管内面に、非水系物質とは異なる物質と親和性を有する表面処理膜を形成し、当該非水系物質とは異なる物質を溶媒にして非水系物質生成溶液とするか、非水系物質生成溶液に混入した上で搬送を行う。すると、搬送途中で過冷却状態が解除し配管内面に非水系物質が付着しても、付着性は低下するので、しかも当該溶液によるせん断力を受けるので、非水系物質の滑脱が起こり易くなる。よって、過冷却状態の非水系物質生成溶液の長距離搬送が可能になる。
【0053】
その他にも、過冷却状態の非水系物質生成溶液を通流させる際に乱流が形成されやすい異形配管やバルブ装置の内面、過冷却状態の非水系物質生成溶液を衝突させて過冷却状態を解除するための衝突板の表面、過冷却状態の非水系物質生成溶液中でキャビテーションを発生させ、過冷却状態を解除する回転プロペラの表面なども、本発明の適用対象として好適である。これらの対象は、非水系物質生成溶液の移動に起因するせん断力や衝撃力を受けるので、その表面に、当該非水系物質とは異なる物質と親和性のある表面処理膜を予め形成しておき、当該非水系物質とは異なる物質を溶媒にして非水系物質生成溶液とするか、非水系物質生成溶液に混入しておくことにより、非水系物質の付着の防止又は抑制の効果がより顕著になる。
【0054】
なお、上記の異形配管やバルブ装置の場合には、それらの内部構造そのものが強制力発生手段として機能しているといえる。また、上記の衝突板に衝突するに足る力を過冷却状態の非水系物質生成溶液に与える手段(例えばポンプ装置)及び過冷却状態の非水系物質生成溶液中でキャビテーションを発生させる上記の回転プロペラがそれぞれの場合の強制力発生手段に相当する。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明によれば、摂氏零度以上の熱源との熱交換により生成する非水系物質が付着する可能性があり、前記非水系物質と異なる物質が存在する環境に置かれる物体の表面に、その非水系物質とは異なる物質と親和性を有する表面処理膜を形成することにより、また、熱源との熱交換により生成する包接化合物が付着する可能性があり、前記包接化合物は異なる物質が存在する環境に置かれる物体の表面に、その包接化合物とは異なる物質と親和性を有する表面処理膜を形成することにより、物体表面の非水系物質の付着防止や滑脱性の増加を図ると同時に、その表面の強度と耐久性の向上を図ることができるので、現実的な環境においてより好適な物体、物体表面の処理方法及び物体の処理システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明に係る物体の断面の要部を示す説明図である。
【図2】滑脱せん断力の試験装置の概略構成を示す説明図である。
【図3】滑脱せん断力の試験結果(滑脱せん断力比)を素材別、冷却条件別に取りまとめて示す説明図である。
【図4】滑脱せん断力の試験結果(滑脱せん断力比)を発生頻度に着目して取りまとめて示す説明図である。
【図5】強制力が作用する場合の包接化合物の付着性又は滑脱性の試験装置(掻出装置)の概略構成を示す説明図である。
【図6】強制力が作用する場合の包接化合物の付着性又は滑脱性の試験装置(圧接装置)の概略構成を示す説明図である。
【図7】本発明に係る包接水和物製造装置の要部に係るドラム及び掻き羽根部分を説明するための前半身切り欠き斜視図である。
【図8】本発明に係る包接水和物製造装置の概略構成を示す説明図である。
【図9】本発明に係る包接水和物製造装置の縦断面図である。
【符号の説明】
【0057】
1 物体
2 表面処置膜
3 試験片
4 水平台座
9 ステンレスワイヤ
11 円筒環
17 容器
18 攪拌翼
19 モータ
20 回転軸
22 掻出翼
221 アクリル樹脂部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
摂氏零度以上の熱源との熱交換により生成する非水系物質が付着する可能性があり、前記非水系物質と異なる物質が存在する環境に置かれ、前記非水系物質とは異なる物質と親和性を有する表面処理膜が形成されている表面を備えることを特徴とする物体。
【請求項2】
熱源との熱交換により生成する包接化合物が付着する可能性があり、前記包接化合物は異なる物質が存在する環境に置かれ、前記包接化合物とは異なる物質と親和性を有する表面処理膜が形成されている表面を備えることを特徴とする物体。
【請求項3】
前記表面処理膜は、無機系親水性塗装膜であることを特徴とする請求項1又は2に記載の物体。
【請求項4】
前記無機系親水性塗装膜は、ガラス構造を備える無機系親水性塗装膜であることを特徴とする請求項3記載の物体。
【請求項5】
前記物体は、その表面に付着した非水系物質の滑脱を促進する強制力が作用する環境に設置されることを特徴とする請求項3又は4に記載の物体。
【請求項6】
摂氏零度以上の熱源との熱交換により生成する非水系物質が付着する可能性があり、前記非水系物質と異なる物質が存在する環境に置かれる物体の表面に、前記非水系物質と異なる物質との親和性を与える表面処理を予め施しておくことを特徴とする物体表面の処理方法。
【請求項7】
熱源との熱交換により生成する包接化合物質が付着する可能性があり、前記包接化合物と異なる物質が存在する環境に置かれる物体の表面に、前記包接化合物とは異なる物質との親和性を与える表面処理を予め施しておくことを特徴とする物体表面の処理方法。
【請求項8】
前記表面処理は、無機系親水性塗装であることを特徴とする請求項6又は7記載の物体表面の処理方法。
【請求項9】
前記無機系親水性塗装により形成される被膜が、ガラス構造を備える無機系親水性塗装膜であることを特徴とする請求項8記載の物体表面の処理方法。
【請求項10】
前記物体は、その表面に付着した包接化合物の滑脱を促進する強制力が作用する環境に設置されることを特徴とする請求項8又は9に記載の物体表面の処理方法。
【請求項11】
請求項1乃至4のいずれかに記載の物体と、その物体の表面に付着した包接化合物の滑脱を促進するように作用する強制力を発生させる強制力発生手段とを備えることを特徴とする物体の処理システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−113850(P2007−113850A)
【公開日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−306151(P2005−306151)
【出願日】平成17年10月20日(2005.10.20)
【出願人】(000004123)JFEエンジニアリング株式会社 (1,044)
【Fターム(参考)】