説明

非磁性ステンレス鋼

【課題】 強磁場の環境下においても耐食性が高く、高荷重・高負荷に耐えられる高い強度を有する非磁性ステンレス鋼を提供する。
【解決手段】 非磁性ステンレス鋼は、C、Cr、N、V、Mn、Ni、及びAlの含有量が最適化されており、残部がFe及び不可避的不純物からなる非磁性ステンレス鋼であって、C及びNの含有量は、総量で0.3乃至0.6質量%であり、Cr、N、C及びVの含有量を夫々[Cr]、[N]、[C]及び[V]としたときに、Nの含有量[N]は、下記数式で表されるXに対する比[N]/Xが0.4乃至3.0であり、Vの含有量[V]は、下記数式で表されるYに対する比[V]/Yが0.7乃至1.5である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は強磁場の環境下で使用される非磁性ステンレス鋼に関し、特に、優れた耐食性及び強度を有する析出強化型高強度非磁性ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
近時、電動機で駆動される例えば新幹線等の鉄道車輌に代わる輸送手段として、磁気により浮上させた車輌に、地上又は車輌側に設けたリニアモータにより磁界を切り替えて推進力を与え、これにより走行させる方式の磁気浮上式車輌(リニアモータカー)が注目を集めている。このような超伝導磁石等の構造物の材料としては、例えばオーステナイト系ステンレス鋼が使用されている(例えば、特許文献1)。この特許文献1においては、極低温下におけるオーステナイト系ステンレス鋼の強度及び靱性を高めるための組成及び制御圧延方法が開示されており、添加するCの量を0.03質量%以下に減らすと共に、N:0.10乃至0.40質量%及びNb:0.02乃至0.25質量%添加することにより、鋼の再結晶温度が高まって制御圧延が容易になり、粗圧延後に微細な結晶組織を得やすくなることが開示されている。
【0003】
一方、磁気浮上式車輌が走行する際には、外部から作用する磁気力が磁気抵抗として作用するため、例えば敷設されるガイドウェイを支持する橋梁等の構造物には、従来の鉄橋梁及び鉄筋コンクリートを使用することができず、非磁性の材料を使用することが必要となる。同様の理由により、地上電磁コイルをガイドウェイに固定するためのボルト等の部材にも、非磁性の材料を使用することが求められている。そして、これらの構造物及びボルト等の部材に使用される非磁性ステンレス鋼の開発が近時ますます進められている。
【0004】
例えば、特許文献2には、高強度非磁性高Mn鋼において、フェライト組織を形成することにより透磁率を高めるCrの添加量を15%以下に減らすことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平2−97649号公報
【特許文献2】特開平2−104633号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前述の従来の技術には以下に示す問題点がある。特許文献1のオーステナイト系ステンレス鋼は、制御圧延及び制御冷却による加工硬化により強度を高めているため、大径材又は大型部品の場合に、ステンレス鋼の内部まで均一且つ十分に加工硬化を施すことが難しく、強度向上には限界がある。また、特許文献1の技術においては、製造可能なステンレス鋼の形状及び寸法が制限され、複雑な形状のステンレス鋼部品を製造しにくいという問題点がある。
【0007】
また、特許文献2に開示された高強度非磁性高Mn鋼は、十分な耐食性を確保することができず、橋梁等の耐食性が望まれる用途には適していない。
【0008】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、強磁場の環境下においても耐食性が高く、高荷重・高負荷に耐えられる高い強度を有する非磁性ステンレス鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る非磁性ステンレス鋼は、C:0.20乃至0.55質量%、Cr:15.0質量%を超え20.0質量%以下、N:0.025乃至0.25質量%、V:1.0乃至2.5質量%、Mn:4.50乃至9.50質量%、Ni:3.0乃至10.0質量%、Si:0.01乃至1.00質量%及びAl:0.001乃至0.050質量%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる非磁性ステンレス鋼であって、C及びNの含有量は、総量で0.3乃至0.6質量%であり、Cr、N、C及びVの含有量を夫々[Cr]、[N]、[C]及び[V]としたときに、Nの含有量[N]は、下記数式1で表される数値Xに対する比[N]/Xが0.4乃至3.0であり、Vの含有量[V]は、下記数式2で表される数値Yに対する比[V]/Yが0.7乃至1.5であることを特徴とする。
【0010】
【数1】

【0011】
【数2】

【0012】
この非磁性ステンレス鋼は、更に、Cu:0.05乃至4.00質量%、Mo:0.05乃至2.00質量%、W:0.05乃至2.00質量%、Nb:0.01乃至1.00質量%、Ti:0.01乃至1.00質量%、B:0.0005乃至0.0200質量%及びMg:0.0005乃至0.0200質量%からなる群から選択された成分を1種又は2種以上含有することが好ましい。
【0013】
また、非磁性ステンレス鋼は、更に、P:0.02乃至0.20質量%、S:0.005乃至0.300質量%及びSe:0.005乃至0.200質量%からなる群から選択された成分を1種又は2種以上含有することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の非磁性ステンレス鋼は、C、N、V及びCrの含有量が最適化されている。これにより、時効処理によりMC型炭窒化物が優先的に析出し、耐食性の確保のためにCrを多量に含有する非磁性ステンレス鋼において、硬度及び強度を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明におけるN及びCrの適正添加範囲を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態に係る非磁性ステンレス鋼について、具体的に説明する。本実施形態の非磁性ステンレス鋼は、C:0.20乃至0.55質量%、Cr:15.0質量%を超え20.0質量%以下、N:0.025乃至0.25質量%、V:1.0乃至2.5質量%、Mn:4.50乃至9.50質量%、Ni:3.0乃至10.0質量%、Si:0.01乃至1.00質量%及びAl:0.001乃至0.050質量%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる非磁性ステンレス鋼であり、C及びNの含有量は、総量で0.3乃至0.6質量%である。また、Cr、N、C及びVの含有量を夫々[Cr]、[N]、[C]及び[V]としたときに、Nの含有量[N]は、下記数式3で表される数値Xに対する比[N]/Xが0.4乃至3.0であり、Vの含有量[V]は、下記数式4で表される数値Yに対する比[V]/Yが0.7乃至1.5である。
【0017】
【数3】

【0018】
【数4】

【0019】
非磁性ステンレス鋼において、強磁場の環境下においても高い耐食性を付与するためには、Crを従来に比して多量に含有させればよい。しかしながら、Crを多量に含有させることは、鋼内にフェライト組織が形成されることにより、透磁率が高くなってしまい、また、M23型のCr炭窒化物が形成されることにより、ステンレス鋼を時効処理する際に、析出強化による十分な硬化量を得られなくなってしまう。本願発明者は、この問題点を解決するために、種々実験検討を行った。そして、高Crのステンレス鋼において、非磁性を維持するためには、非磁性に寄与するMn及びCを適量添加すればよいことを見出した。また、この非磁性ステンレス鋼において、高荷重・高負荷に耐えられる高い強度を得るためには、C及びNをCr及びVに対して適量添加すればよいことを見出し、本発明の構成を見出した。
【0020】
即ち、本発明においては、Crの添加により高い耐食性を維持しつつ、Mn及びCの添加によりステンレス鋼の透磁率が高くなることを抑制し、Nの添加により、C及びNがVと優先的に結合してMC型炭窒化物を形成するようになり、MC型炭窒化物の析出により、非磁性ステンレス鋼の強度が向上する。
【0021】
即ち、本発明においては、所定の組成を有する鋳塊に、圧延加工及び矯正加工を施し、その後、固溶化熱処理を施した後、固溶化処理後の素材を例えばボルト等の用途に合わせて、所定の寸法に切断する。そして、冷間加工又は切削加工により、拡径、顎加工、六角ボルト頭等の形状を加工した後、時効処理を施す。この時効処理の際に、本発明においては、C及びNがVと優先的に結合したMC型炭窒化物が析出する。このように、本発明においては、熱処理による析出硬化のみにより、耐食性の確保のためにCrを多量に含有する非磁性ステンレス鋼において、硬度及び強度を高めることができる。よって、制御圧延及び制御冷却等による加工硬化により強度を高める場合に比して、ステンレス鋼の内部まで十分に高い強度が得られ、また、寸法及び形状による制約がほとんどないため、非磁性ステンレス鋼を適用できる製品に大きな自由度が得られる。特に、大径の顎付きボルト及び複雑な形状の部品等において、十分な強度を表面から鋼内部まで均一に得るためには、本発明のように、熱処理による析出強化が最適である。
【0022】
以下、本実施形態の非磁性ステンレス鋼における数値限定理由について説明する。
【0023】
C:0.20乃至0.55質量%
Cは、Vと結びついて、MC型炭窒化物を生成し、時効処理における析出強化に寄与する。即ち、CとVとの間に生成される炭窒化物は、ステンレス鋼の硬度及び強度を高める作用がある。また、Cは、オーステナイトフォーマーとして非磁性に寄与する。Cの含有量が0.20質量%未満であると、時効処理による十分な析出強化の効果が得られず、0.55質量%を超えると、生成する炭窒化物が粗大化して靱性が劣化する。よって、本発明においては、Cの含有量は、0.20乃至0.55質量%と規定する。
【0024】
Cr:15.0質量%を超え20.0質量%以下
Crは、非磁性ステンレス鋼において、高い耐食性、耐酸化性及び非磁性を確保するために添加する。また、Crは、冷間加工時に、マルテンサイトの生成を抑制する効果がある。Crの含有量が15.0質量%以下であると、これらの効果が十分に得られず、Crの含有量が20.0質量%を超えると、時効処理の際に、M23型のCr炭窒化物を生成して、Vを主体とするMC型炭窒化物の生成を阻害し、時効処理による析出強化の効果を十分に得られなくなる。よって、本発明においては、Crの含有量は、15.0質量%を超え、20.0質量%以下と規定する。
【0025】
N:0.025乃至0.25質量%
Nは、Cと同様にVと結びついて、MC型炭窒化物を生成し、時効処理による析出強化に寄与する。Crの含有量が多いステンレス鋼において、時効処理時に、MC型炭窒化物を他の炭窒化物よりも優先的に生成させるために添加する。Nの含有量が0.025質量%未満であると、時効処理により析出する炭窒化物がMC型ではなく、M23型のCr主体の炭窒化物となり、時効処理による析出強化の効果が不十分となり、強度が低下する。また、マトリックス中のCr量の減少により、耐食性が低下する。Nを0.025質量%以上添加することにより、時効処理による析出物がV主体のMC型炭窒化物となり、耐食性を低下させることなく、析出強化の効果を十分に得ることができる。一方、Nの添加量が0.25質量%を超えると、凝固の際に、巨大な共晶炭窒化物が晶出し、靱性が劣化する。よって、本発明においては、Nの含有量は、0.025乃至0.25質量%と規定する。
【0026】
C及びN:総量で0.3乃至0.6質量%
上記のように、本発明においては、C及びNは、MC型炭窒化物の生成に寄与する成分であるが、これらの含有量を総量で0.3乃至0.6質量%とすることにより、MC型炭窒化物を、両成分により、最適の割合で生成させることができる。即ち、C及びNの含有量が総量で0.3質量%未満であると、MC型炭窒化物の生成量が少なくなり、時効処理における析出強化の効果が不十分となる。一方、C及びNの含有量が総量で0.6質量%を超えると、生成する炭窒化物が粗大化して靱性が劣化する。
【0027】
[N]/X:0.4乃至3.0(但し、X=[Cr]/100−0.10)
本発明の非磁性ステンレス鋼は、C及びNを添加した高Crの析出強化型ステンレス鋼であり、適量を超えてCrを多量に添加した場合においては、時効処理の際に、M23型のCr炭窒化物を生成し、またNを適量を超えて多量に添加した場合においては、巨大な共晶炭窒化物が晶出する。これにより、時効処理時にVを主体とするMC型炭窒化物の生成が阻害され、時効処理による析出強化の効果を十分に得られなくなる場合がある。よって、上記のように、C及びNの含有量を総量で規定するのに加えて、Cr及びNの両者を最適な量で組み合わせて添加する。即ち、本発明においては、Cr量に応じて、Nを最適な量で添加することにより、時効処理により、析出強化の効果を十分に得ることができる。上記比[N]/Xが0.4未満であると、Cr量に対してNの含有量が少なくなり、Nの添加によるMC型炭窒化物の優先的な生成の効果が得にくくなって強度が低下する。一方、比[N]/Xが3.0を超えると、Cr量に対して、Nの含有量が多くなり、凝固の際に、巨大な共晶炭窒化物が晶出し、靱性が劣化するようになる。
【0028】
本発明におけるN及びCrの最適な添加量の関係について、図1を参照して説明する。図1は、本発明におけるN及びCrの適正添加範囲を示す図であり、実線で囲まれた部分が本発明の範囲を示す。なお、図1における白丸のプロットは、後述する実施例において、本発明の範囲を満足する実施例No.1乃至No.10のN及びCrの含有量を示し、引張強度、延性、耐食性及び非磁性が良好であった実施例を示す。黒丸のプロットは、本発明の範囲を満足しない比較例No.39,No.42,No.45乃至No.48,No.53及びNo.54のN及びCrの含有量を示し、引張強度、延性、耐食性及び非磁性の1以上の項目が劣化した比較例を示す。図1において、各プロットに付した番号は、実施例又は比較例の番号を示す。図1に示すように、本発明においては、N:0.025乃至0.25質量%、Cr:15.0質量%を超え20.0質量%以下であり、比[N]/Xの値が0.4乃至3.0であれば、引張強度、延性、耐食性及び非磁性のいずれも優れた非磁性ステンレス鋼が得られる。
【0029】
V:1.0乃至2.5質量%
Vは、時効処理の際に、C及びNと結びついてMC型炭窒化物を生成し、析出強化により非磁性ステンレス鋼の強度を高める効果がある。Vの含有量が1.0質量%未満であると、析出強化の効果が十分に得られず、Vの含有量が2.5質量%を超えると、析出する炭窒化物が粗大化し、靱性が劣化する。よって、Vは、1.0乃至2.5質量%添加する。
【0030】
[V]/Y:0.8乃至1.5(但し、Y=4.25×[C]+3.64×[N])
本発明においては、高Crのステンレス鋼において、時効処理時にMC型炭窒化物を他の炭窒化物よりも優先的に生成させるために、適量のC及びNを添加し、Vと結合させている。よって、Vの含有量を規定するだけではなく、Vの含有量をC及びNの夫々の含有量に対する比で規定することにより、MC型炭窒化物の生成量を最適にすることができる。即ち、上記比[V]/Yが0.8未満であると、生成するMC型炭窒化物の量が十分でなく、時効処理による析出強化の効果を十分に得られなくなる。一方、[V]/Yが1.5を超えると、C及びNの含有量に対してVの含有量が過剰となり、靭性が劣化し、冷間加工性が低下する。
【0031】
Mn:4.50乃至9.50質量%
Mnは、オーステナイトを生成する成分として添加し、冷間加工時のマルテンサイトの生成を抑制する。Mnは、非磁性ステンレス鋼の強度を高めるために重要であり、固溶化処理時に炭窒化物の固溶を促進し、時効処理時に炭窒化物の析出量を増加させて、非磁性ステンレス鋼の強度を高める効果がある。また、Mnはステンレス鋼の非磁性に寄与する。これらの効果を得るため、本発明においては、Mnを4.50質量%以上添加する。工業的には、量産型の弧光式電気炉を使用して非磁性ステンレス鋼を製造する際に、製造の容易さからMnの添加量は9.50質量%以下とするのが一般的である。
【0032】
Ni:3.0乃至10.0質量%
Niは、オーステナイト形成元素として重要であり、ステンレス鋼の基本元素である。即ち、Niを添加することにより、非磁性ステンレス鋼の冷間加工性及び耐食性が向上すると共に、冷間加工時のマルテンサイトの生成が抑制される。しかし、Niは高価であるため、その添加量の上限値を10.0質量%とする。
【0033】
Si:0.01乃至1.00質量%
Siは、脱酸剤として溶鋼に添加する。即ち、Siの添加量が0.01質量%未満であると、溶鋼を十分に脱酸できず、Siの添加量が1.00質量%を超えると、非磁性ステンレス鋼の冷間加工性及び耐食性が劣化する。
【0034】
Al:0.001乃至0.050質量%
Alは、Siと同様に、脱酸剤として溶鋼に添加する。即ち、Alの添加量が0.0001質量%未満であると、溶鋼を十分に脱酸できず、Alの添加量が0.050質量%を超えると、酸化物系介在物が増加し、非磁性ステンレス鋼の靱性及び疲労特性が劣化する。
【0035】
Cu:0.05乃至4.00質量%
Cuは、非磁性ステンレス鋼の延性を高め、冷間加工性を向上させる成分として、Niの代わりに適量添加することができる。但し、4.00質量%を超える多量のCuを添加すると、非磁性ステンレス鋼が脆化しやすくなるため、Cuは、0.05乃至4.00質量%の範囲で添加することができる。
【0036】
Mo:0.05乃至2.00質量%
Moは、耐食性を高める成分として添加することができるが、2.00質量%を超える多量のMoを添加すると、粗大な炭化物を生成するようになり、靱性が低下しやすくなるため、Moは、0.05乃至2.00質量%の範囲で添加することができる。
【0037】
W:0.05乃至2.00質量%
Wは、Moと同様に、耐食性を高める成分として、0.05乃至2.00質量%の範囲で添加することができる。多量に添加すると、Moと同様に、粗大な炭化物を生成するようになり、靱性が低下しやすくなるため、Wは、0.05乃至2.00質量%の範囲で添加することができる。
【0038】
Nb:0.01乃至1.00質量%
Nbは、炭窒化物を生成して、結晶粒を微細化し、強度を高める成分として添加することができるが、1.00質量%を超える多量のNbを添加すると、粗大な炭化物を生成するようになり、靱性が低下しやすくなるため、Nbは、0.01乃至1.00質量%の範囲で添加することができる。
【0039】
Ti:0.01乃至1.00質量%
Tiは、Nbと同様に、炭窒化物を生成して、結晶粒を微細化し、強度を高める成分として添加することができる。しかし、多量に添加すると、Nbと同様に、粗大な炭化物を生成するようになり、靱性が低下しやすくなるため、Tiは、0.01乃至1.00質量%の範囲で添加することができる。
【0040】
B:0.0005乃至0.0200質量%
Bは、熱間加工性を高めるために0.0005乃至0.0200質量%の範囲で添加することができる。0.0200質量%を超える多量のBを添加すると、熱間加工性が低下する。
【0041】
Mg:0.0005乃至0.0200質量%
Mgは、Bと同様に、熱間加工性を高めるために添加することができる。多量のMgを添加すると、Bと同様に、熱間加工性が低下する。
【0042】
P:0.02乃至0.20質量%
Pは、非磁性ステンレス鋼の被削性を向上させるために0.02乃至0.20質量%の範囲で添加することができる。0.20質量%を超える多量のPを添加すると、非磁性ステンレス鋼が脆化する。
【0043】
S:0.005乃至0.300質量%
Sは、Pと同様に、非磁性ステンレス鋼の被削性を向上させるために0.005乃至0.300質量%の範囲で添加することができる。0.300質量%を超える多量のSを添加すると、非磁性ステンレス鋼が脆化する。
【0044】
Se:0.005乃至0.200質量%
Seは、P及びSと同様に、非磁性ステンレス鋼の被削性を向上させるために0.005乃至0.200質量%の範囲で添加することができる。0.200質量%を超える多量のSeを添加すると、非磁性ステンレス鋼が脆化する。
【実施例】
【0045】
以下、本発明の実施例の効果について、本発明の範囲から外れる比較例と比較して説明する。先ず、種々の組成を有する共試材を作製した。この供試材の組成を表1−1乃至表2−2に示す。なお、表1−1乃至表1−3に示す供試材No.1乃至No.34は、その組成が本発明の範囲を満足する実施例であり、表2−1及び表2−2に示す供試材No.35乃至No.56は、その組成が本発明の範囲を満足しない比較例である。なお、表1−2及び表1−3において、Cu、Mo、W、Nb、Ti、B、Mg、P、S及びTeの含有量の空欄は、その含有量が不純物レベルであることを意味する。即ち、量産炉においては、例えばC、Mo及びW等が、C:0.1質量%以下、Mo:0.05質量%以下及びW:0.05質量%以下程度の不可避的不純物レベルで混入することがある。各供試材について、その組成から算出されるMd30値を表3−1及び表3−2に示す。なお、Md30値とは、固溶化熱処理後の準安定オーステナイト相が冷間加工によりマルテンサイト相に変態する加工誘起マルテンサイト変態のしやすさを示すパラメータであり、単層のオーステナイト相に対して0.3の引張歪みを与えたときに、組織の50%がマルテンサイトに変態する温度として、下記数式5のように定義されている。即ち、Md値が小さいほど、例えば−100以下であれば、オーステナイト組織が安定的であり、透磁率が高いマルテンサイトに変態しにくくなり、非磁性を維持することができる。
【0046】
【数5】

【0047】
表1−1乃至表2−2に示す実施例及び比較例の各供試材について、各溶鋼を所定の鋳型に流し込んでインゴットに成形した後、熱間鍛造(鍛造加熱温度:1150℃)により直径が44mmの棒鋼に鍛造し、その後、棒鋼を熱間圧延により断面形状が24mm角(24mm×24mm)の棒状の部材に成形して硬さ試験用の試験片に供した。その後、試験片に、電気マッフル炉により、処理温度1150℃で1時間保持する固溶化処理を施し、固溶化処理後の試験片のロックウェル硬さ(HRB硬さ)を測定した。各試験片の固溶化処理後のHRB硬さを表3−1及び表3−2に示す。
【0048】
その後、固溶化処理後の素材を各評価試験用の試験片に粗加工し、時効処理温度を650℃、700℃として8時間時効処理を施した後、各評価試験用の試験片に仕上げ加工して評価試験に供した。即ち、650℃、700℃の時効処理後のHRC硬さを、ロックウェル硬度計で測定した。この測定結果を表3−1及び表3−2に示す。
【0049】
また、700℃の時効処理温度で時効処理を施した各実施例及び比較例の試験片については、以下の条件により、延性、耐食性及び非磁性を評価した。即ち、各供試材をJIS Z2201に規定された14A号試験片に加工し、JIS Z2241に規定された引張試験方法により、引張強さ及び絞り(延性)を測定した。そして、各時効処理温度において、900MPa以上(HRC:28.0以上)の引張強度が得られた場合に、引張強度が良好と判定した。また、絞りが40%以上であった場合に、延性が極めて良好(◎)、絞りが30%以上40%未満であった場合に、延性が良好(○)、絞りが30%未満であった場合に、延性が不良(×)と評価した。耐食性については、JIS Z2371に規定された塩水噴霧試験方法により、直径20mm、長さ15mmに加工した試験片に対して5%NaClを35℃の温度条件で8時間噴霧し、試験片の断面に生成された島状の錆の個数をレイティングナンバ法により目視で評価した。即ち、円形断面のエッジから生じたものを除き、試験片の円形断面内に生成した錆を、JIS H8502に規定されたレイティングナンバ標準図表と照合し、各試験片の断面における錆の発生状態を点数評価した。そして、レイティングナンバが8点以上(試験片の断面における面積腐食率が0.25%以下)であったものを耐食性が極めて良好(◎)、レイティングナンバが6点以上8点未満(面積腐食率が0.25%を超え1.00%以下)であったものを耐食性が良好(○)と評価した。非磁性については、表面スケールの影響を受けないように、各試験片の横断面における透磁率を透磁率計で計測した。そして、透磁率が1.02以下であり、且つMd30値が−100以下であったものを非磁性が良好(○)と評価した。
【0050】
【表1−1】

【0051】
【表1−2】

【0052】
【表1−3】

【0053】
【表2−1】

【0054】
【表2−2】

【0055】
【表3−1】

【0056】
【表3−2】

【0057】
表3−1に示すように、実施例No.1乃至No.34の非磁性ステンレス鋼は、各組成が本発明の範囲を満足するので、本発明の範囲を満足しない組成を有する比較例No.35乃至56に比して、耐食性が高く、非磁性及び延性が向上した。この実施例No.1乃至No.34のうち、実施例No.11、No.12及びNo.31は、Cuを適量含有するため、非磁性ステンレス鋼の延性が向上した。また、実施例No.13乃至No.16及びNo.32は、Mo又はWを適量含有することにより、非磁性ステンレス鋼の耐食性が向上した。実施例No.17乃至No.20及びNo.33は、Nb又はTiを適量含有することにより、非磁性ステンレス鋼の引張強度が向上した。
【0058】
比較例No.35は、Cr及びNの含有量が本発明の範囲未満であったため、耐食性が低下し、比[N]/Xの値が本発明の範囲を超えたため、延性が低下した。この比較例No.35は、Cr量が少なかったものの、他の元素により−100以下のMd30値が得られ、非磁性は良好であった。また、比較例No.35は、Nの含有量が本発明の範囲未満であったものの、C及びVの含有量が多く、引張強度の低下も見られなかった。比較例No.36は、Nの含有量が少なく、比[N]/Xの値が本発明の範囲未満であったため、引張強度が低下した。この比較例No.36は、Nの含有量が本発明の範囲未満であったものの、Cr及びSiの含有量が多く、耐食性の低下は見られなかった。
【0059】
比較例No.37、No.38及びNo.40は、Nの含有量が少なく、比[N]/Xの値が本発明の範囲未満であったため、引張強度が低下し、Cr及びNの不足により、耐食性が劣化した。このうち、比較例No.38及びNo.40は、Cr量不足により、Md30値が大きくなって非磁性が劣化した一方、比較例No.37は、Cr量は少なかったものの、他の元素により、−100以下のMd30値が得られ、非磁性は良好であった。また、比較例No.40は、Alの含有量が本発明の範囲を超えたため、延性が低下した。比較例No.39及びNo.41は、Crの含有量が本発明の範囲未満であったため、耐食性が劣化し、Md30値が大きくなって非磁性も劣化した。
【0060】
比較例No.42は、Nの含有量が少なく、N及びCの総量も本発明の範囲未満であり、比[N]/Xの値も本発明の範囲未満であったため、引張強度が低下し、また、Md30値が大きくなって非磁性も劣化した。比較例No.43は、Cの含有量が本発明の範囲未満であったため、引張強度が低下した。一方、比較例No.44は、Cの含有量が多かったため、延性が低下した。
【0061】
比較例No.45は、Crの含有量が本発明の範囲未満であったため、耐食性が劣化し、Nの含有量が多く、C及びNの総量及び比[N]/Xの値も本発明の範囲を超えたため、延性が低下した。この比較例No.45も、Cr量は少なかったものの、他の元素により、−100以下のMd30値が得られ、非磁性は良好であった。比較例No.46は、Crの含有量が本発明の範囲を超えたため、引張強度が低下した。比較例No.47は、Nの含有量が本発明の範囲未満であったため、引張強度が低下し、耐食性も劣化した。また、Md30値が大きくなって非磁性が劣化した。比較例No.48は、N量が過多となり、延性が低下した。
【0062】
比較例No.49は、V量が少なく、引張強度が低下した一方、比較例No.50は、V量が過多となり、延性が低下した。比較例No.51及びNo.52は、非磁性ステンレス鋼の各成分の夫々の含有量は本発明の範囲を満足するものの、比較例No.51は、C及びNの総量が少なく、引張強度が低下した一方、比較例No.52は、C及びNの総量が過多となり、延性が低下した。
【0063】
比較例No.53は、非磁性ステンレス鋼の各成分の夫々の含有量は本発明の範囲を満足するものの、N及びCrの含有量により定義される比[N]/Xの値が本発明の範囲未満であったため、非磁性ステンレス鋼の引張強度が低下した。一方、比較例No.54は、比[N]/Xの値が本発明の範囲を超えていたため、非磁性ステンレス鋼の延性が低下した。
【0064】
比較例No.55は、非磁性ステンレス鋼の各成分の夫々の含有量は本発明の範囲を満足するものの、C、N及びVの含有量により定義される比[V]/Yの値が本発明の範囲未満であったため、非磁性ステンレス鋼の引張強度が低下した。比較例No.56は、比[V]/Yの値が本発明の範囲の範囲を超えたため、非磁性ステンレス鋼の延性が低下した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.20乃至0.55質量%、Cr:15.0質量%を超え20.0質量%以下、N:0.025乃至0.25質量%、V:1.0乃至2.5質量%、Mn:4.50乃至9.50質量%、Ni:3.0乃至10.0質量%、Si:0.01乃至1.00質量%及びAl:0.001乃至0.050質量%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる非磁性ステンレス鋼であって、C及びNの含有量は、総量で0.3乃至0.6質量%であり、Cr、N、C及びVの含有量を夫々[Cr]、[N]、[C]及び[V]としたときに、Nの含有量[N]は、下記数式で表される数値Xに対する比[N]/Xが0.4乃至3.0であり、Vの含有量[V]は、下記数式で表される数値Yに対する比[V]/Yが0.7乃至1.5であることを特徴とする非磁性ステンレス鋼。

【請求項2】
更に、Cu:0.05乃至4.00質量%、Mo:0.05乃至2.00質量%、W:0.05乃至2.00質量%、Nb:0.01乃至1.00質量%、Ti:0.01乃至1.00質量%、B:0.0005乃至0.0200質量%及びMg:0.0005乃至0.0200質量%からなる群から選択された成分を1種又は2種以上含有することを特徴とする請求項1に記載の非磁性ステンレス鋼。
【請求項3】
更に、P:0.02乃至0.20質量%、S:0.005乃至0.300質量%及びSe:0.005乃至0.200質量%からなる群から選択された成分を1種又は2種以上含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の非磁性ステンレス鋼。

【図1】
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【公開番号】特開2012−219367(P2012−219367A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−89666(P2011−89666)
【出願日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【出願人】(000231165)日本高周波鋼業株式会社 (12)