説明

靭性、耐磨耗性に優れる鋼

【課題】 焼入れおよび低温焼戻し後において、高硬度高靭性の耐磨耗性に優れた鋼材を提供する。
【解決手段】 質量%で、C:0.30〜0.65%、Si:0.20〜1.00%、Mn:0.20〜0.60%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:1.00〜3.00%、Al:0.005〜0.200%、N:0.0200%以下、O:0.0030%以下を含有し、さらにNi:0.50〜2.00%、Mo:0.05〜1.00%、B:0.0005〜0.0050%、Ti:0.010〜0.200%、Nb:0.010〜0.100%のうち1種または2種以上を含有し、残部Fe及び不可避不純物からなる鋼で、4Si+3Cr−Mnが6.00%以上を満足し、旧オーステナイト粒径が8.0μm以下である高硬度高靭性で耐磨耗性に優れた鋼。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は自動車や各種産業機械等の部品に用いられる機械構造用鋼の内、靭性および耐磨耗性に優れた鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車、各種産業機械の部品の内、特に耐磨耗性、疲労特性等を必要とする部品に用いられる鋼は、焼入れ処理によって高硬度化することが一般的である。焼入れ処理によってマルテンサイト組織を主体とした鋼材は、鋼成分中のC含有量により硬度が決まり、C含有量を高めることで鋼材の硬度を上昇させることができる。しかし、高硬度化は反面として靭性を低下させ、衝撃が加えられた場合に割れを生じるため、鋼材には硬度と靭性のバランスが要求される。
【0003】
これらに対処する従来の技術として、鋼成分中にSi、Nb、Cr、Mo、Vを含むことを特徴とし、特定の圧延、熱処理により、使用中にVを核とするCr、Mo、Vの複合析出物を形成せしめた、優れた耐磨耗性と靭性を兼ね備える鋼が提案されている(例えば、特許文献1参照)。さらに、焼入れ後の焼戻し過程で、Mn、Ni、Cr等の合金成分が含まれるとMn、Ni、Cr等の炭化物が旧オーステナイト粒界に析出し粒界破壊の原因となることに対し、Moを添加するとMoの炭化物が旧オーステナイト粒内にある転位を核として析出するため、析出物は旧オーステナイト粒内に微細に分散析出し粒界破壊の原因とはならないとした、耐衝撃性耐磨耗性に優れた鋼が提案されている(例えば、特許文献2参照)。また、低P、低S化による粒界偏析の軽減、低Mn化による粒界強化、Moの増量とNb添加による細粒化によって靭性向上を図り、さらに、Nb、Cr、Moの複合添加は鋼の焼戻し軟化抵抗を著しく高めるため、高い焼戻し温度を採用することによる靭性向上を図った高強度かつ靭性および耐磨耗性が良好な高強度高靭性耐磨耗用鋼が提案されている(例えば、特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10−102185号公報
【特許文献2】特公平5−37202号公報
【特許文献3】特許第3360687号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記の先行技術文献における、Cr、Mo、Vの複合析出物を形成するには、焼戻し温度を200〜550℃で行う必要があるため、所定の硬度が得られない可能性がある。また、Mo添加による靭性向上は高温焼戻し条件下でのことであり、硬度確保のため低温焼戻しを行う場合には、その効果は明確ではない。さらに、低P化は製鋼段階での脱リン操業を通常操業より過剰に行う必要があるため、製造性、コストアップの問題がある。つまり、高硬度かつ高靭性であることが従来技術では達成できていない。
【0006】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、硬度を高く保つため焼入れ後、低温焼戻しを施した条件下において、高硬度と高靭性を両立し、耐磨耗性に優れた鋼材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するための本発明の手段は、請求項1の手段では、質量%で、C:0.30〜0.65%、Si:0.20〜1.00%、Mn:0.20〜0.60%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:1.00〜3.00%、Al:0.005〜0.200%、N:0.0200%以下、O:0.0030%以下を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼である。しかも、該鋼は上記組成のSi、Mn、Crの含有量から算出される4Si+3Cr−Mnの値が6.00%以上を満足し、かつ、旧オーステナイト粒径を8.0μm以下とした、高硬度、高靭性で耐磨耗性に優れた鋼である。
【0008】
請求項2の手段では、質量%で、C:0.30〜0.65%、Si:0.20〜1.00%、Mn:0.20〜0.60%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:1.00〜3.00%、Al:0.005〜0.200%、N:0.0200%以下、O:0.0030%以下を含有し、さらにNi:0.50〜2.00%、Mo:0.05〜1.00%、B:0.0005〜0.0050%、Ti:0.010〜0.200%、Nb:0.010〜0.100%のうち1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼である。しかも、該鋼は上記組成のSi、Mn、Crの含有量から算出される4Si+3Cr−Mnの値が6.00%以上を満足し、かつ、旧オーステナイト粒径を8.0μm以下とした、高硬度、高靭性で耐磨耗性に優れた鋼である。
【0009】
本発明における鋼の化学成分の限定理由を以下に説明する。なお、以下において%は質量%を示す。
【0010】
C:0.30〜0.65%
Cは、必要な強度および焼入れ硬さを確保するために必要な元素である。したがって、耐磨耗性の支配因子である硬さを確保するために0.30%以上が必要である。一方、0.65%を超えると靭性が低下するとともに素材の硬さが上昇するため加工性、被削性の劣化は避けられない。そこで、Cは0.30〜0.65% とし、望ましくは0.35〜0.50%とする。
【0011】
Si:0.20〜1.00%
Siは、鋼の脱酸に有効な元素であり、鋼に必要な焼入性を付与し強度を高めるために添加する。さらに、Siは焼戻し軟化抵抗を向上させる。すなわち焼戻し処理および使用時の摩擦熱による耐軟化性を向上させる元素である。したがって、0.20%以上が必要である。一方、1.00%を超えると靭性が低下するとともに素材の硬さが上昇して加工性が劣化する。そこで、Siは0.20〜1.00%とし、望ましくは0.40〜0.80%とする。
【0012】
Mn:0.20〜0.60%
Mnは、鋼の脱酸に有効な元素である。さらに、鋼に必要な焼入性を付与し強度を高めるために添加する。しかし、多量に添加すると靭性を低下させ、さらに、Sと結合してMnSの介在物を形成するため割れの起点となる。そこで、Mnは0.20〜0.60%とし、望ましくは0.30〜0.50%とする。
【0013】
P:0.030%以下
Pは、不可避不純物として粒界に偏析し、0.030%を超えると靭性を低下させる。そこで、Pは0.030%以下とする。
【0014】
S:0.030%以下
Sは、不可避不純物としてMnSの介在物を形成して靭性を低下させる。そこで、Sは0.030%以下とする。
【0015】
Cr:1.00〜3.00%
Crは、鋼に必要な焼入性を付与し強度を高めるために添加する。さらに、Crは焼戻し軟化抵抗を向上させるため、焼戻し処理および使用時の摩擦熱による耐軟化性を向上させる元素である。したがって、1.00%以上が必要である。一方、3.00%を超えると靭性が低下するとともに素材の硬さが上昇して加工性が劣化する。そこで、Crは1.00〜3.00%とし、望ましくは1.20〜2.20%とする。
【0016】
Al:0.005〜0.200%
Alは、鋼の脱酸に有効な元素であり、さらにNと結合しAlNを生成するため、結晶粒粗大化の抑制に有効である。したがって、0.005%以上が必要である。しかし、Alは多量に添加すると非金属介在物を生成して割れの起点となる。そこで、Alは0.005〜0.200%とし、望ましくは0.015〜0.150%とする。
【0017】
N:0.0200%以下
Nは、Alと結合してAlNを生成するため結晶粒粗大化の抑制に有効である。しかし、Nは多すぎても、その効果が飽和するため、Nは0.0200%以下とする。
【0018】
O:0.0030%以下
Oは、0.0030%を超えて含有すると、割れの起点となる酸化物系介在物を生成する。そこで、酸化物系介在物の生成を抑制するために、Oは0.0030%以下とする。
【0019】
以上は本発明における鋼の基本成分であるが、さらに本発明では上記成分の他にNi、Mo、B、Ti、Nbのうち1種または2種以上を添加することができる。
【0020】
Ni:0.50〜2.00%
Niは、焼入性と靭性を向上させるために有効な元素である。その効果を発揮するため0.50%以上が必要であるが、Niはコストを上昇させる元素であるため、Niは0.50〜2.00%とする。
【0021】
Mo:0.05〜1.00%
Moは、焼入性と靭性を向上させるために有効な元素である。その効果を発揮するため0.05%以上が必要であるが、Moはコストを上昇させる元素であるため、Moは0.05〜1.00%とする。
【0022】
B:0.0005〜0.0050%
Bは、微量の添加で焼入性を向上させ、さらに、粒界を強化し靭性向上に有効な元素である。したがって、0.0005%以上が必要であるが、0.0050%を超えるとその効果は飽和するため、Bは0.0005〜0.0050%とする。
【0023】
Ti:0.010〜0.200%
Tiは、Nと結合してTiNを生成するため、Nを固定して、焼入性向上に寄与する有効Bを確保する。さらに、TiはCと結合しTiCを生成するため、ピンニング効果による結晶粒粗大化の抑制および耐磨耗性の向上に有効である。したがって、0.010%以上を添加する。一方、0.200%を越えると靭性および加工性が低下する。そこで、Tiは0.010〜0.200%とする。
【0024】
Nb:0.010〜0.100%
Nbは、Nb炭窒化物を生成するので、Nb炭窒化物のピンニング効果による結晶粒粗大化の抑制に有効である。このためには、Nbを0.010%以上添加する必要がある。一方、Nbは0.100%を超えると粗大なNb析出物が生じて靭性が低下する。そこで、Nbは0.010〜0.100%とする。
【0025】
Si、Mn、Crの含有量から算出される4Si+3Cr−Mnの値:≧6.00%
本発明における鋼は、上記組成のSi、Mn、Crの含有量から算出される4Si+3Cr−Mnの値が6.00%以上を満足する鋼である。上述の通り、Si、Crは焼戻し軟化抵抗を向上させる元素であるため、使用時の摩擦熱による軟化を抑制し磨耗量の低減に有効である。さらに、高Si、高Crの成分設計にすると粒界強化の作用がある。一方、Mnは鋼を脆化させる元素であるため、添加量は最小限とする必要がある。そこで、Si、Mn、Crの含有量から算出される4Si+3Cr−Mnの値を6.00%以上とする。
【発明の効果】
【0026】
上記した本発明の手段とすることで、硬度を高く保つため焼入れ後、低温焼戻しを施した条件下において、高硬度と高靭性を両立した鋼材を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】2mm−Uノッチシャルピー試験片を示し、(a)は側面図、(b)は端面図である。
【図2】ローラーピッチング試験片を示す。
【図3】硬さと衝撃値の関係を示す。
【図4】硬さと磨耗量の関係を示す。
【発明を実施するための形態】
【0028】
表1に示す化学組成の鋼を100kg真空溶解炉で溶製し、得られた鋼を1200℃で熱間鍛造し、40mm×40mmの角鋼および径32mmの丸棒鋼に製造し、これらの角鋼および丸棒鋼を870℃に60分間保持し空冷して焼ならし処理を行った。なお、表1における網掛け部は本発明の請求項から外れることを示している。
【0029】
【表1】

【0030】
その後、上記の40mm×40mmの角鋼を、図1に示す2mm−Uノッチシャルピー衝撃試験片の粗形に加工し、1回焼入れを行う場合は850℃で20分保持し油焼入れを施した後180℃で90分保持し空冷する焼戻し処理を行い、また、2回焼入れを行う場合は850℃で20分保持し油焼入れを施した後550℃で90分保持し水冷する焼戻しを行った。これらの1回焼入れ〜2回焼入れに続いて、さらに850℃で20分保持して油焼入れを施した後、180℃で90分保持し空冷する焼戻し行って、繰り返し焼入れ焼戻し処理を行った。その後、さらに、この粗形を仕上げ加工して、図1に示す2mm−Uノッチシャルピー衝撃試験片とした。この2mm−Uノッチシャルピー衝撃試験片を用いてシャルピー衝撃試験を行った。さらに、上記の試験片を用いて、硬さ測定ならびに光学顕微鏡観察を行うことにより旧オーステナイト粒径を求めた。
【0031】
上記した1回焼入れおよび2回焼入れについては、旧オーステナイト粒径を8.0μm以下に制御するために使い分けた。
【0032】
また、上記の径32mmの丸棒鋼を、図2に示すローラーピッチング試験の粗形に加工し、1回焼入れを行う場合は、850℃で20分保持し油焼入れを施した後、180℃で90分保持し空冷する焼戻し処理を行った。また、2回焼入れを行う場合は、850℃で20分保持し油焼入れを施した後、550℃で90分保持し水冷する焼戻し処理を行った。さらに、850℃で20分保持し油焼入れを施した後、180℃で90分保持し空冷する焼戻しを行なって、繰り返し焼入れ焼戻し処理を行った。その後、さらに、この粗形を仕上げ加工して、図2に示すローラーピッチング試験片とした。このローラーピッチング試験片を用い、面圧3.3GPa、すべり率−40%の条件でローラーピッチング試験を行い、5×106サイクルに到達後、ローラーピッチング試験を中止し、試験片のすべり接触部の磨耗量を測定した。
【0033】
以上のシャルピー衝撃試験、硬さ測定、光学顕微鏡観察、ローラーピッチング試験の結果として、粒径、硬さ、衝撃値、磨耗量について表2に記載する。
【0034】
【表2】

【0035】
表2において、比較鋼のNo.16〜No.27の網掛けをしている部分は、粒径が8.0μmより大きいもの、衝撃値が50J/cm2に満たないもの、および磨耗量が15μmより多いものである。一方、発明鋼のNo.1〜No.15は、衝撃値が50J/cm2以上のもの、および磨耗量が15μm以下のものであるため、優れた靭性と耐磨耗性を有している。
【0036】
また、硬さと衝撃値および硬さと磨耗量の関係を図3および図4に記載している。発明鋼のNo.1〜No.15は、比較鋼のNo.16〜No.27よりも同一硬さにおける衝撃値および磨耗量が優れていることがわかる。
【0037】
なお、発明鋼のNo.2と比較鋼のNo.25、発明鋼のNo.11と比較鋼のNo.26、発明鋼のNo.14と比較鋼のNo.27は同じ成分である。発明鋼のNo.2、No.11、No.14は2回焼入れを施したことにより旧オーステナイト粒径が8.0μm以下となり優れた靭性を示したが、比較鋼のNo.25、No.26、No.27は1回焼入れのため旧オーステナイト粒径が8.0μmより大きくなり発明鋼のNo.2、No.11、No.14と比較して靭性が低下した。
【符号の説明】
【0038】
1 2mm−Uノッチシャルピー試験片
1a ノッチ部
2 ローラーピッチング試験片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.30〜0.65%、Si:0.20〜1.00%、Mn:0.20〜0.60%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:1.00〜3.00%、Al:0.005〜0.200%、N:0.0200%以下、O:0.0030%以下を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、さらに、該鋼は上記組成のSi、Mn、Crの含有量から算出される4Si+3Cr−Mnの値が6.00%以上を満足し、かつ、旧オーステナイト粒径を8.0μm以下としたことを特徴とする靭性および耐磨耗性に優れた鋼。
【請求項2】
質量%で、C:0.30〜0.65%、Si:0.20〜1.00%、Mn:0.20〜0.60%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:1.00〜3.00%、Al:0.005〜0.200%、N:0.0200%以下、O:0.0030%以下を含有し、さらにNi:0.50〜2.00%、Mo:0.05〜1.00%、B:0.0005〜0.0050%、Ti:0.010〜0.200%、Nb:0.010〜0.100%のうち1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、さらに、該鋼は上記組成のSi、Mn、Crの含有量から算出される4Si+3Cr−Mnの値が6.00%以上を満足し、かつ、旧オーステナイト粒径を8.0μm以下としたことを特徴とする靭性および耐磨耗性に優れた鋼。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−72104(P2013−72104A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−210793(P2011−210793)
【出願日】平成23年9月27日(2011.9.27)
【出願人】(000180070)山陽特殊製鋼株式会社 (601)