説明

音像定位装置

【課題】 制御を行うフィルタの高周波数成分に鋭い山型が発生することを防止し、もって視聴者の頭部位置に対して高ロバストな音像定位を実現することができる音像定位装置を提供する。
【解決手段】 椅子に着座する聴取者Mの周囲における床部には、スピーカ10,20が設けられている。スピーカ10,20は、聴取者Mから見て、両耳間レベル差最大軸Xの上に配置されている。両耳間レベル差最大軸X上に配置されたスピーカ10,20から発進される音響信号は、聴取者Mの頭部の回折減衰によって高周波成分が減衰する。このため、高周波数成分に鋭い山型が発生することを防止できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、三次元空間の任意の位置に音像を定位させる音像定位装置に係り、特に、2チャンネルのスピーカを用いたトランスオーラル制御方式による音像定位装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来における音像定位装置として、いわゆるバイノーラル制御によるものが知られている。このバイノーラル制御による音像定位では、スピーカやヘッドホンから、聴取者の耳に到達するまでの空間伝達関数を打ち消すように信号を処理することによって音像定位を図っている(たとえば、特許文献1参照)。このうち、ヘッドホンを用いたバイノーラル制御では、ヘッドホンから聴取者の耳に到達するまでの伝達関数の逆特性を持つフィルタによる信号を処理している。
【0003】
また、スピーカを用いたバイノーラル制御としては、トランスオーラル制御方式やステレオダイポール方式によるものが知られている。このうち、トランスオーラル制御方式を用いた音像定位装置として、いわゆるクロストークキャンセル制御を行うものが知られている(たとえば、特許文献2参照)。クロストークキャンセル制御では、スピーカをステレオに配置し、左側のスピーカから発信した音を左の耳だけに到達させるために、右側のスピーカから逆位相の音を発信し、右耳に到達する音を打ち消すようにしている。さらに、ステレオダイポール方式では、2台のスピーカを聴取者の前方に近接した状態で並設し、トランスオーラル制御方式で行われたものと同様クロストークキャンセル制御を行う。
【特許文献1】特開2003−230198号公報
【特許文献2】特開平11−75300号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記従来のクロストークキャンセル制御では、2つのスピーからから発生された音波が両耳に到達するものの、2つのスピーカから到達する音波の時間差により、位相差が発生する。この位相差が発生することにより、打ち消し合う周波数と強め合う周波数とが音の周波数ごとに混在してしまう。このように周波数が混在した状況でバイノーラル制御を行うと、制御を行うフィルタの周波数特性に鋭い山型が発生し、最適な視聴位置から外れた位置における制御効率の著しい劣化、再生系のダイナミックレンジの減少、誤差感度の増大を招くなどの問題がある。このような問題は、音の周波数が高い領域にいくほど顕著となる。
【0005】
この問題に対して、ステレオダイポール方式では、スピーカを前方に配置することによって制御を行う帯域を限定して対処している。しかしながら、ステレオダイポール方式では、聴取者の頭部位置に対するロバスト性が低下してしまうという問題が生じるものであった。
【0006】
そこで、本発明の課題は、制御を行うフィルタの高周波数成分に鋭い山型が発生することを防止し、もって視聴者の頭部位置に対して高ロバストな音像定位を実現することができる音像定位装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決した本発明に係る音像定位装置は、聴取者の左右位置にそれぞれ配設され、聴取者における左鼓膜位置および右鼓膜位置に対してそれぞれ音響信号を出力する左制御音源および右制御音源を備え、左制御音源から右鼓膜位置に伝達するクロストーク成分および右制御音源から左鼓膜位置に伝達するクロストーク成分を除去して、左右の鼓膜位置に所定の音響信号をそれぞれ独立に再生する音像定位装置において、聴取者の頭部の回折減衰によって、左制御音源から出力されて左鼓膜位置に到達する音響信号と左制御音源から出力されて右鼓膜位置に到達する音響信号との間のレベル差が最大となり、かつ右制御音源から出力されて右鼓膜位置に到達する音響信号と右制御音源から出力されて左鼓膜位置に到達する音響信号との間のレベル差が最大となる軸を中心とする所定の範囲内に、左制御音源および右制御音源がそれぞれ配置されているものである。
【0008】
本発明に係る音像定位装置においては、聴取者の頭部の回折減衰によって、左制御音源から出力されて左鼓膜位置に到達する音響信号と左制御音源から出力されて右鼓膜位置に到達する音響信号との間のレベル差が最大となり、かつ右制御音源から出力されて右鼓膜位置に到達する音響信号と右制御音源から出力されて左鼓膜位置に到達する音響信号との間のレベル差が最大となる軸を中心とする所定の範囲内に、左制御音源および右制御音源がそれぞれ配置されている。このような配置とすることにより、各制御音源から発信した音声信号のうち、制御音源のある側と反対側の耳へ伝達する成分であるクロストーク成分は、聴取者の頭部による回折減衰の影響を大きく受けることになる。ここで、回折減衰効果は周波数が高くなるほど大きくなる。このため、クロストーク成分を除去するクロストークキャンセル制御を行うにあたり、高周波領域においては、信号処理によるクロストーク成分をキャンセルする制御を行う必要がなくなる。したがって、クロストークキャンセル制御を行う際のフィルタの周波数特性に鋭い山型が発生することを防止することができ、視聴者の頭部位置に対して高ロバストな音像定位を実現することができる。
【0009】
ここで、左制御音源から出力されて左鼓膜位置に到達する音響信号と左制御音源から出力されて右鼓膜位置に到達する音響信号との間のレベル差が15dB以上となる範囲に左制御音源が配置され、右制御音源から出力されて右鼓膜位置に到達する音響信号と右制御音源から出力されて左鼓膜位置に到達する音響信号との間のレベル差が15dB以上となる範囲に右制御音源が配置されている態様とすることができる。
【0010】
このように、左制御音源から出力されて左鼓膜位置に到達する音響信号と左制御音源から出力されて右鼓膜位置に到達する音響信号との間のレベル差および右制御音源から出力されて右鼓膜位置に到達する音響信号と右制御音源から出力されて左鼓膜位置に到達する音響信号との間のレベル差が15dB以上であることにより、高周波領域の成分を好適に回折減衰させることができる。
【0011】
また、所定の範囲は、両耳間の中央位置における鉛直軸周りの水平角度で±16度の範囲である態様とすることができる。
【0012】
このように、両耳間の中央位置における鉛直軸周りの水平角度で±16度の範囲であることにより、高周波領域の成分を好適に回折減衰させることができる。
【0013】
さらに、左制御御音源および右制御音源は、音響信号におけるクロストーク成分に対してローパス処理を施すローパスフィルタをそれぞれ備える態様とすることができる。
【0014】
このように、各音響信号におけるクロストーク成分に対してローパス処理を施すローパスフィルタを備えることにより、低周波成分に対する制御を確実に行うことができる。
【0015】
また、左制御音源および右制御音源は、聴取者の周囲における床部または屋内配置物に設けられている態様とすることができる。
【0016】
このように、各制御音源が床部または屋内配置物に設けられていることにより、室内における音声の制御を行うことができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る音像定位装置によれば、制御を行うフィルタの高周波数成分に鋭い山型が発生することを防止し、もって視聴者の頭部位置に対して高ロバストな音像定位を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図面を参照して、本発明の好適な実施形態について説明する。なお、各実施形態において、同一の機能を有する部分については同一の符号を付し、重複する説明は省略することがある。図1は本実施形態に係る音像定位装置が設けられたオフィス内を示す模式図であり、(a)は側面図、(b)は平面図である。図2は本実施形態に係る音像定位装置における聴取者と音源との配置関係を示す模式図である。
【0019】
図1に示すように、本実施形態に係る音像定位装置1は、たとえばオフィス内において、聴取者Mを制御対象者として設けられている。ここでの制御対象者となる聴取者Mとしては、図1(a)に示すように、デスク2の前に設置された椅子3に着座して仕事をしている者を想定している。音像定位装置1は、図1(b)に示すように、左制御音源である左スピーカ10および右制御音源である右スピーカ20を備えている。左スピーカ10および右スピーカ20は、いずれもオフィスにおける床部に設けられており、左スピーカ10は、聴取者Mの右鼓膜位置となる右耳の位置よりも左鼓膜位置となる左耳の位置に近い位置に配置され、右スピーカ20は、聴取者Mの左耳の位置よりも右耳の位置に近い位置に配置されている。
【0020】
左スピーカ10および右スピーカ20は、図2に示すように、音響信号を発信している。ここで、左スピーカ10から発信される音響信号は聴取者Mの左耳のみに伝達され、右スピーカ20から発信される音響信号は右耳のみに伝達されることが望ましい。ところが、実際には左スピーカ10から発信される音響信号が聴取者Mの左耳に伝達される成分や、右スピーカ20から発信される音響信号は右耳のみに伝達される成分が存在する。そこで、左スピーカ10および右スピーカ20から反対側の耳に伝達するクロストーク成分を除去するクロストークキャンセル制御を行う。クロストークキャンセル制御では、左スピーカ10から右耳へ、右スピーカ20から左耳へ伝播する音響信号を打ち消すように、信号処理を施している。
【0021】
また、左スピーカ10および右スピーカ20は、それぞれ両耳間レベル差が最大となる位置に配置されている。このため、左スピーカ10が発信した音声は、聴取者Mの頭部を回り込んで聴取者Mの左耳に到達する。また、右スピーカ20が発信した音声は、聴取者Mの頭部を回り込んで聴取者Mの右耳に到達する。
【0022】
両耳間レベル差が最大となる位置は、両耳間レベル差が最大となる軸(以下「両耳間レベル差最大軸」という)X上に配置される。この両耳間レベル差最大軸は、いわゆる混同の円錐の軸と一致する。頭部を球体とし、両耳が頭部の中心を通り左右対称位置にあると仮定した場合、両耳間レベル差最大軸は両耳を貫く軸に一致する。しかし、実際の聴取者(人間)の頭部は完全な球体ではないため、図2に示すように、両耳間レベル差最大軸Xは、両耳間を貫く軸からずれて位置する。具体的には、両耳間の中心位置を内側、両耳の位置を外側として、内側から外側に進むに連れて後方にずれように位置する。このときに、両耳間レベル差最大軸Xは、聴取者が正面を向いた状態で、両耳間の中心を通る鉛直軸周りにそれぞれ14°ずらした場所に位置している。
【0023】
次に、本実施形態に係る音像定位装置における音像定位の原理について説明する。ここでは、まず、トランスオーラル制御における一般的なクロストークキャンセルついて説明する。一般的なクロストークキャンセルの説明を行うにあたり、以下では、図3に示すように、原音場E1に設置したダミーヘッドDにおける左チャンネルD1と右チャンネルD2によって2チャンネルの集音を行い、集音された音を再生音場E2において再生する例について説明する。
【0024】
ダミーヘッドDによって集音した音を再生する際、単純にダミーヘッドDの左チャンネルD1で集音した音を左スピーカ10から再生し、右チャンネルD2で集音した音を右スピーカ20から再生することを考える。このとき、左スピーカ10から発信された音は、左−左空間伝達関数GLL(z)を経て聴取者Mの左耳MLに到達すると同時に、左−右空間伝達関数GLR(z)を経て聴取者Mの右耳MRにも到達してしまう。同様に、右スピーカ20から発信された音は、右−右空間伝達関数GRR(z)を経て聴取者Mの右耳MRに到達すると同時に、右−左空間伝達関数GRL(z)を経て聴取者Mの左耳MLにも到達してしまう。
【0025】
これらの音のうち、左スピーカ10から発信されて聴取者Mの右耳MRに到達する成分と、右スピーカ20から発信されて聴取者Mの左耳MLに到達する成分がクロストーク成分となる。このクロストーク成分が原音場E1での音を再生するための妨害要因となってしまう。
【0026】
このクロストーク成分を除去するために、音像定位装置では、制御フィルタを用いる。いま、制御フィルタH(z)として下記(1)に示すものを用いる。
【0027】
【数1】

【0028】
ダミーヘッドDの左チャンネルD1に入力される信号を左入力信号x1(z)、右チャンネルD2に入力される信号を右入力信号x2(z)とする。また、左チャンネルD1から出力される信号を左出力信号y1(z)、右チャンネルD2から出力される信号を右出力信号y2(z)とする。さらに、聴取者Mの左耳MLで再生される信号を左再生信号z1(z)、聴取者Mの右耳で再生される信号を右再生信号z2(z)とする。このとき、図3に示す信号の流れから、左再生信号z1(z)は、下記(2)式および(3)式によって表される。また、右再生信号z2(z)下記(2)式および(3)式によって表される。
【0029】
z1(z)=GLL(z)y(z)+GRL(z)y(z) ・・・(2)
y1(z)=H11(z)x(z)+H21(z)x(z) ・・・(3)
z2(z)=GRR(z)y(z)+GLR(z)y(z) ・・・(4)
y2(z)=H22(z)x(z)+H12(z)x(z) ・・・(5)
これらの関係を、下記(6)式に示す空間伝達行列式G(z)を用いて表示すると、(7)式に示すようになる。
【0030】
【数2】

【0031】
こうして得られた(7)式に対して、ダミーヘッドDと左右スピーカ10,20との間に制御フィルタH(z)を介在させると、下記(8)式を得ることができる。
【0032】
【数3】

【0033】
ここで、クロストーク成分を除去し、各空間伝達関数の影響を除去したとすると、聴取者Mの耳における再生信号z(z)は、ダミーヘッドDの出力信号x(z)と一致する。再生信号z(z)と出力信号x(z)とが一致するためには、上記(8)式より、制御フィルタH(z)が、下記(9)式に示す空間伝達行列式G(z)の逆行列である空間伝達逆行列式G−1(z)となればよい。
【0034】
【数4】

【0035】
このようにして制御フィルタH(z)(=G−1(z))が求められる。
【0036】
ここで、一般に、クロストークキャンセル制御を行うにあたっては、高周波領域における制御が難しいという問題がある。この問題に対して、本実施形態に係る音像定位装置1では、両耳間レベル差最大軸X上にスピーカ10,20を配置している。このように、左スピーカ10および右スピーカ20をそれぞれ両耳間レベル差最大軸X上に配置した場合、両耳間レベル差最大軸X上に配置された左スピーカ10から発信する音響信号におけるクロストーク成分は、聴取者Mの頭部を回って右耳に到達し、頭部の回折減衰によって減衰する。この結果、音響信号のうちの高周波領域の成分が聴取者の右耳にほとんど届かないことになる。同様に、両耳間レベル差最大軸X上に配置された右スピーカ20から発信する音響信号におけるクロストーク成分は、聴取者Mの頭部を回って左耳に到達し、頭部の回折減衰によって減衰する。この結果、音響信号のうちの高周波領域の成分が聴取者の左耳にほとんど届かないことになる。
【0037】
このように、左右反対側から出力される音響信号の成分(以下「クロストーク成分」という)における高周波成分については頭部の回折減衰によって聴取者Mの耳にほとんど届かないことから、もはや信号処理によるクロストークキャンセル制御を行う必要がない。したがって、クロストークキャンセル制御を行う際のフィルタの周波数特性に鋭い山型が発生することを防止することができ、もって聴取者Mの頭部の動きに対するロバスト性を向上させることができる。
【0038】
また、クロストーク成分における高周波領域の成分がフィルタの周波数特性に鋭い山型が発生する原因となることから、クロストーク成分における高周波領域の成分を制御フィルタによって取り除くのが好適となる。クロストーク成分における高周波領域の成分を取り除く制御フィルタH(z)としては、クロストーク成分をローパス処理した下記(10)式に示す伝達行列G(z)を用いて制御フィルタH(z)(=G−1(z))を構成することで実現できる。
【0039】
【数5】

【0040】
ここでのローパスフィルタCとしては、低周波数領域では(10)式が(1)式で表されるものとし、高周波数領域ではクロストーク成分が0となる式で表される式とするように設計する。こうして、低周波数領域における伝達関数を打ち消す制御を行うことができる。
【0041】
続いて、左スピーカ10および右スピーカ20の好適な配置位置について説明する。ここで、最初にスピーカ10を両耳間レベル差最大軸Xについて説明する。本発明者らは、聴取者に対する両耳間レベル差最大軸Xの位置関係について実験を行った。実験では、図4に示すように、ダミーヘッドDから一定の距離(以下「音源距離」という)lとなる位置にスピーカ10をそれぞれ配置し、正面からの角度(以下「水平面角度」という)θを変えながら両耳間差を計測した。まず、ある音源距離における両耳間差を計測し、その音源距離における両耳間差を2dB以下の分布で下限値および上限値を求めるとともに、両耳間レベル時間差が最大となる水平面角度θを求めた。さらに、音源距離lを変えながら同様の実験を行い、各音源距離における両耳間レベル時間差の下限値および上限値、さらには両耳間レベル差が最大となる水平面角度θを求めた。実験において用いた音源距離lは、400mm、800mm、1600mm、3200mmとした。その結果を図4(b),(c)に示す。
【0042】
図4(b),(c)から分かるように、音源距離lを変えた場合でも、両耳間レベル時間差が最大となる水平面角度は104°または106°となり、ほとんどの場合で104°となった。さらに、1dB以下の分布による両耳間レベル差の下限値および上限値は、この両耳間時間差が最大となる角度を中心として均等に分布していることが分かるこの結果から、両耳間レベル差最大軸Xは、聴取者が正面を向いた状態で、両耳間の中心を通る鉛直軸周りにそれぞれ14°ずらした場所に位置することになるといえる。
【0043】
両耳間レベル差最大軸Xからの変位量の許容量について行った実験(以下「第1実験」という)について説明する。第1実験では、両耳間レベル差最大軸Xを水平面角度θ=104°の位置に設定し、水平面角度θをずらしながら両耳間レベル差を計測した。その結果を図5に示す。図5から分かるように、水平面角度θ=104°の位置を中心として、水平面角度θが大きくまたは小さくなるほど、両耳間レベル差が小さくなっていく傾向が見られた。
【0044】
ここで、クロストーク成分の高周波領域の成分が好適に回折減衰し、クロストーク成分が原音場の音を再生するための妨害要因とならなくなるためには、両耳間レベル差がおよそ15dB以上あることが求められる。クロストーク成分が原音場の音を再生するための妨害要因とならなくなるために両耳間レベル差がおよそ15dB以上であることが求められる理由について説明するための実験(以下「第2実験」という)について説明する。この第2実験は、聴取者の耳の窪みを粘土で埋めて、手がかりを得られなくした状態で、生めた側の音源あるいは反対側の正常な耳側の音源に対する定位精度を検証して両耳の効果を調べたものである。
【0045】
第2実験の結果、両方の耳の窪みを粘土で埋めた場合、定位精度は大きくは変わらないが、音源に近い側の耳の窪みだけを粘土で埋めた場合、音源に対する定位精度が著しく低下することが分かった。このときの両耳間レベル差がおよそ15dB程度となっていた。このことから、クロストーク成分が原音場の音を再生するための妨害要因とならなくなるために両耳間レベル差がおよそ15dB以上であることが求められる。
【0046】
また、両耳間レベル差が15dB以上となる範囲としては、測定誤差も加味して、水平面角度θが104°の範囲から±16°の範囲にあることが分かる。この第1実験の結果より、水平面角度θが104°±16°であり、両耳間の中央位置における鉛直軸周りの水平角度で±16度の範囲であるときに、両耳間レベル差を15dBとすることができ、高周波領域の成分を好適に回折減衰させることができることがわかった。
【0047】
続いて、本実施形態に係る音像定位装置におけるロバスト性の向上を検証するために行った第3実験について説明する。第3実験では、無響室内において、従来の手法と、本実施形態に係る手法とによる音像定位を行い、各実験において位置のロバスト性を検証した。ここでの従来の手法は、通常のステレオ再生が行われる位置にスピーカを配置し、通常のトランスオーラル制御によって音像定位を行ったものである。また通常のステレオ再生が行われるスピーカの位置としては、頭部の正面からの開き角60°(±30°)の位置であり、頭部としてはダミーヘッドを使用した。この実験では、制御点から頭部がずれた場合に、どの程度の制御効果があるかを測定した。位置のずれ方としては、左右方向、前後方向、回転方向の3通りを設定した。
【0048】
これらの実験についてのそれぞれの結果を図6〜図8に示す。図6は、左右方向のずれによるロバスト性の結果を示すコンタ図であり、(a)は従来手法によるもの、(b)は本実施例によるものである。また、図7は、前後方向のずれによるロバスト性の結果を示すコンタ図であり、(a)は従来手法によるもの、(b)は本実施例によるものである。さらに、図8は、回転方向のずれによるロバスト性の結果を示すコンタ図であり、(a)は従来手法によるもの、(b)は本実施例によるものである。これらの各コンタ図において、横軸に位置のずれ(前後左右方向では±10cm、回転方向では±40°)、縦軸に周波数を示す。また、これらのコンタ図では、制御点での効果を基準として正規化を行った。このため、制御点が効果0dBであるのに対して、制御効果が低下するほど数値が小さくなる。なお、図6(c)、図7(c)、図8(c)において、制御効果を表すコンタ図を示す。
【0049】
図6(a)と図6(b)とを比較すると、たとえば、頭部を左右に動かした場合、横軸0が制御点であるので、制御効果が最大となる点は横軸0の点となり、左右にずれるほど制御効果が低下することが分かる。このことから、従来手法による音像定位の方が本実施例による音像定位よりもロバスト性が低く、特に高周波数領域でのロバスト性の低下が目立つものとなった。
【0050】
また図7(a)と図7(b)とを比較した場合、図8(a)と図8(b)とを比較した場合も、程度の差はあるが左右方向の場合と同様の傾向を見て取ることができた。この結果から、本実施例に係る手法では、従来の手法より高いロバスト性を得ることができることが分かった。
【0051】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。たとえば、上記実施形態ではスピーカ10,20をオフィスにおける床部に設けているが、聴取者の周囲にある壁面やパーテーションなどの屋内配置物に設ける態様とすることができる。また、聴取者としては、椅子などに着座するものを対象とすることもできるし、起立した状態のものを対象とすることもできる。さらに、上記実施形態では、オフィス内における音像定位を対象としているが、家庭や劇場などにおける音像定位に用いることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】本実施形態に係る音像定位装置が設けられたオフィス内を示す模式図であり、(a)は側面図、(b)は平面図である。
【図2】本実施形態に係る音像定位装置における聴取者と音源との配置関係を示す模式図である。
【図3】音像定位の原理を示す模式図である。
【図4】(a)は両耳間レベル差最大軸についての実験に用いたダミーヘッドとスピーカとの配置関係を示す図、(b)は実験結果を示すグラフ、(c)は実験結果を示す表である。
【図5】両耳間レベル差最大軸からの変位量の許容量についての実験結果を示すグラフである。
【図6】左右方向のずれによるロバスト性の結果を示すコンタ図であり、(a)は従来手法によるもの、(b)は本実施例によるものであり、(c)は制御効果を表すコンタ図である。
【図7】前後方向のずれによるロバスト性の結果を示すコンタ図であり、(a)は従来手法によるもの、(b)は本実施例によるものであり、(c)は制御効果を表すコンタ図である。
【図8】回転方向のずれによるロバスト性の結果を示すコンタ図であり、(a)は従来手法によるもの、(b)は本実施例によるものであり、(c)は制御効果を表すコンタ図である。
【符号の説明】
【0053】
1…音像定位装置
2…デスク
3…椅子
10…左スピーカ
20…右スピーカ
C…ローパスフィルタ
D…ダミーヘッド
D1…左チャンネル
D2…右チャンネル
E1…原音場
E2…再生音場
M…聴取者
ML…左耳
MR…右耳
X…両耳間レベル差最大軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
聴取者の左右位置にそれぞれ配設され、前記聴取者における左鼓膜位置および右鼓膜位置に対してそれぞれ音響信号を出力する左制御音源および右制御音源を備え、前記左制御音源から前記右鼓膜位置に伝達するクロストーク成分および前記右制御音源から前記左鼓膜位置に伝達するクロストーク成分を除去して、前記左右の鼓膜位置に所定の音響信号をそれぞれ独立に再生する音像定位装置において、
前記聴取者の頭部の回折減衰によって、前記左制御音源から出力されて前記左鼓膜位置に到達する音響信号と前記左制御音源から出力されて前記右鼓膜位置に到達する音響信号との間のレベル差が最大となり、かつ前記右制御音源から出力されて前記右鼓膜位置に到達する音響信号と前記右制御音源から出力されて前記左鼓膜位置に到達する音響信号との間のレベル差が最大となる軸を中心とする所定の範囲内に、前記左制御音源および前記右制御音源がそれぞれ配置されていることを特徴とする音像定位装置。
【請求項2】
前記左制御音源から出力されて前記左鼓膜位置に到達する音響信号と前記左制御音源から出力されて前記右鼓膜位置に到達する音響信号との間のレベル差が15dB以上となる範囲に前記左制御音源が配置され、前記右制御音源から出力されて前記右鼓膜位置に到達する音響信号と前記右制御音源から出力されて前記左鼓膜位置に到達する音響信号との間のレベル差が15dB以上となる範囲に前記右制御音源が配置されている請求項1に記載の音像定位装置。
【請求項3】
前記所定の範囲は、両耳間の中央位置における鉛直軸周りの水平角度で±16度の範囲である請求項1または請求項2に記載の音像定位装置。
【請求項4】
前記左制御御音源および前記右制御音源は、前記音響信号における前記クロストーク成分に対してローパス処理を施すローパスフィルタをそれぞれ備える請求項1〜請求項3のうちのいずれか1項に記載の音像定位装置。
【請求項5】
前記左制御音源および前記右制御音源は、前記聴取者の周囲における床部または屋内配置物に設けられている請求項1〜請求項4のうちのいずれか1項に記載の音像定位装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−147446(P2009−147446A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−319907(P2007−319907)
【出願日】平成19年12月11日(2007.12.11)
【出願人】(000001373)鹿島建設株式会社 (1,387)
【Fターム(参考)】