説明

音波誘起電磁波による物体の特性測定方法及び装置

【課題】音波振動によって電磁波を放射し得る、人体も含めたあらゆる対象物に対して適用可能な音波誘起電磁波による物体の特性測定方法及び装置を提供する。
【解決手段】音波誘起電磁波による物体の特性測定方法及び装置は、被測定物体に音波を照射して誘起される電磁波から物体中の荷電粒子の特性値等の変化を測定する方法及び装置である。例えば、音波集束ビーム(1)が照射される被測定物体の部分(2)では、正の荷電粒子(3)が多い電荷分布状態であるので、正の荷電粒子(3)及び負の荷電粒子(4)が誘起する電磁波は完全に打ち消し合わず正味の電磁波(6)が誘起される。また、正の荷電粒子(3)及び/又は負の荷電粒子(4)の濃度が変化すると、電磁波(6)の強度が変化するので、電磁波(6)の強度変化から荷電粒子の濃度変化を知ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、音波振動によって電磁波を放射し得る、人体も含めたあらゆる対象物に対して適用可能な音波誘起電磁波による物体の特性測定方法及び装置に関し、特に、この方法を用いた脳の活動部位の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人間の精神活動と脳の働きとの関係を解明するために、また、脳の病気治療において病変部分を特定するために、脳の神経活動部位を特定することが行われている。神経細胞(ニューロン)は神経活動の際に、イオン濃度を制御して電荷分布を形成し、電荷分布によって形成される電位、すなわち、活動電位の伝播を通じて情報伝達を行っている(非特許文献1参照)。従って、神経活動の部位を特定できる最も直接的な情報源は活動電位、より根本的にはニューロンが形成する電荷分布である。
【0003】
神経系の活動電位測定は、通常、体内に電極を直接挿入する方法が取られるが、人体、特にその中でも脳組織においてはこの方法が採用できず、人体外から人体を傷つけることなく活動部位を特定する、非侵襲計測法を用いることが必要である。
現在、神経活動の非侵襲計測法としては、PET(Positron Emission Tomography;非特許文献2参照)、fMRI(functional Magnetic Resonance Imaging;非特許文献3参照)、近赤外光トポグラフィ(非特許文献4参照)、また、脳磁計(非特許文献5参照)が主に実用化されている。
【0004】
しかしながら、PET、fMRI及び近赤外光トポグラフィとも、活動部位近傍の代謝量、すなわち、血液中の血流量あるいは酸素量の変化からニューロンの活動を間接的に検知しており、直接ニューロンに生じる電気信号を測定しているわけではない。その結果として、活動部位の位置分解能、時間分解能は、人間の精神活動と脳の働きとの関係を解明するうえでも、病気治療に役立てるうえでも、十分なものではない。また、これらの装置は、ポジトロンを生成するためのサイクロトロン加速機、或いは、核磁気共鳴を生じさせるための高磁場発生装置等を必要とし、装置コストが極めて高い。
上記脳磁計は、細胞内電流が誘起する微弱磁場を検出しているので時間分解能は高く、上記の装置に比べて直接的にニューロン活動を検知する方式である。しかしながら、磁場分布をもとに位置を推定しているので、間接的な位置推定法であり、位置分解能が十分ではない。とくに、複数の部位が同時に活動している場合はその特定が難しくなる。また、深部からの情報や表面の法線方向に向かう電流の検出が困難であるという課題がある。
【0005】
物質の特性として、磁気特性が挙げられる。磁性体の磁化に関しては、例えば、非特許文献8において、強磁性体薄膜へのフェムト秒のレーザー光の照射によりコヒーレントなTHz帯の放射が観測されることが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】松村 道一 著 「脳科学への招待(神経回路の秘密を解き明かす)」サイエンス社 2003年7月10日初版第3刷発行 pp55−65
【非特許文献2】M.I.Posner and M.E.Raichele著(養老猛司、加藤雅子、笠井清登 訳):「脳を観る−認知神経科学が明かす心の謎」日経サイエンス社 2002年6月25日第3刷発行
【非特許文献3】P.Jezzard,P.M.Matthews,S.M.Smith編集「Functional Mri:An IntroductionとMethods」Oxford Univ.Pr(Sd);ISBN:019852773X;(2003/06)
【非特許文献4】松村 道一 著 「脳科学への招待(神経回路の秘密を解き明かす)」サイエンス社 2003年7月10日初版第3刷発行 p173
【非特許文献5】松村 道一 著 「脳科学への招待(神経回路の秘密を解き明かす)」サイエンス社 2003年7月10日初版第3刷発行 pp168−169
【非特許文献6】http://www.rofuku.go.jp/hanasi/eswl.htm
【非特許文献7】http://www.edap−hifu.com/
【非特許文献8】E.Beaurepaire 他5名、Appl.Phys.Lett.,Vol.84,No.18,pp.3465−3467,3May 2004
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特定の精神活動にかかわる脳の活動部位を非侵襲に特定することは、人間の精神活動と脳の働きとの関係を解明するうえで極めて有力な手段であり、また、脳の病気の治療において、脳の特定の部位の活動が正常であるか異常であるかを判定することは、脳の病気の治療において極めて重要である。
しかしながら、上記説明から理解されるように、血液中の代謝量の変化を検知して間接的に活動部位を検知する従来方法も、ニューロンの興奮に伴う細胞内電流が誘起する微弱磁場を検知する従来方法も、位置分解能が十分でなく、活動部位を必要十分に特定できず、且つ、装置コストが極めて高いという課題がある。
【0008】
上記課題に鑑み本発明は、物体に音波を照射して誘起される電磁波から物体中の荷電粒子の特性値の変化を測定する方法、即ち、音波誘起電磁波による物体の特性測定方法とその装置を提供し、特に、この方法を適用した、ニューロン活動の最も直接的な量であるニューロンの電荷分布を検出し、高い位置分解能で脳の活動部位を特定できる、脳の活動部位の測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
物体は、ミクロに見れば必ず、正電荷を有する粒子と負電荷を有する粒子とを含み、全体として中性である。例えば、Si結晶は正電荷を有するSiコアとその回りを回る負電荷を有する電子とで構成され、全体として中性である。イオン結晶は陽イオンと負イオンとで構成され、全体として中性である。コロイド溶液は、正又は負の電荷を持つコロイド粒子と、コロイドを取り囲みコロイド粒子と反対符号の電荷を有するイオンや分子とを含み、全体として中性である。また、生体の生体液は、NaやK等の陽イオンとCl等の負イオンとを含み、全体として中性である。
【0010】
物体の音波が照射される部分を構成する粒子はその音波周波数で調和振動し、荷電粒子はその電荷の調和振動に基づいて、その音波周波数の電磁波を発生する。従って、音波が照射される部分の荷電粒子の濃度が変化すれば、電磁波の強度が変化する。ところで、物体は全体として中性であるから、正の荷電粒子が存在すれば、それと同数の負の荷電粒子が存在し、正の荷電粒子と負の荷電粒子の発生する電磁波は位相がπ異なるので互いに打ち消し合い、物体から電磁波は放射されないと考えられがちであるが、そのような場合はまれであり、たとえ、音波が照射される物体の部分に、正と負の荷電粒子が同じ濃度で存在する場合であっても、正と負の荷電粒子の、質量、サイズ、形状、荷電数又は荷電粒子を取り囲む媒体との相互作用力、すなわち、荷電粒子の特性値が異なれば、調和振動の振幅が異なるため、正と負の荷電粒子の発生する電磁波は強度が異なり、互いに完全に打ち消されずに物体の外部に放出される。
従って、物体の音波が照射される部分から放射される電磁波の強度が変化したとすれば、荷電粒子の濃度、質量、サイズ、形状、荷電数又は荷電粒子を取り囲む媒体との相互作用力の何れか、或いはこれらの複数の特性値が変化したことになり、逆に、電磁波強度の変化から、上記荷電粒子の特性値の変化を測定できることになる。また、この変化がどの特性値の変化に基づくかは、音波が照射される物体に関する他の情報をもとに絞り込むことができる。例えば、質量、サイズ、形状、荷電数又は荷電粒子を取り囲む媒体との相互作用力の変化があり得ない状態であるとすれば、電磁波強度の変化は、音波が照射される物体の部分の荷電粒子濃度の変化に結びつけることができる。
【0011】
特に、ニューロンにおいては、その活動の際に、細胞壁のNaイオンのチャネルが開き、細胞外からNaイオンが濃度勾配に基づいて細胞内に拡散してNaイオンからなる電荷分布を形成するので、この部分に音波を集束して電磁波強度を測定すれば、ニューロンの活動に伴って電磁波強度が大きく変化し、ニューロンの活動を直接検知できる。同様に、生体の筋組織が活動する際には、その部分にCaイオンから成る電荷分布が形成されるので、この部分に音波を集束して電磁波強度を測定すれば、筋組織の活動部位を直接検知できる。
【0012】
本発明は上記原理に基づくものであり、以下に詳細に説明する。
本発明の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法は、被測定物体に音波を照射し、被測定物体から発生する電磁波を測定し、電磁波の強度、位相及び周波数特性の何れか又はこれらの組み合わせから、被測定物体の電気特性、磁気特性又は電磁気・機械特性の何れかを測定することを特徴とする。
上記構成において、被測定物体の電気特性は、好ましくは、電場、誘電率、電場又は誘電率の空間勾配、被測定物体の有する荷電粒子における濃度、質量、寸法、形状、荷電数、荷電粒子を囲む媒体との相互作用の何れか、又はこれらの複数の特性値の変化である。被測定物体の磁気特性は、好ましくは、被測定物体の電子スピン又は核スピンに起因した磁化、又は被測定物体の電子スピン又は核スピンに起因した音響磁気共鳴である。被測定物体の電磁気・機械特性は、好ましくは、被測定物体の圧電特性又は磁歪特性である。
本発明の物体の特性測定方法によれば、被測定物体の音波照射部分に含まれる、荷電粒子の特性値の変化、すなわち、荷電粒子の濃度、質量、サイズ、形状、荷電数又は荷電粒子を取り囲む媒体との相互作用力の何れか、或いはこれらの複数の変化が生じた場合に、この物体から放射される電磁波の強度、位相及び周波数特性の何れかが変化するので、これらの特性値の何れかが変化したことを検知し、被測定物体の電気特性、磁気特性又は電磁気・機械特性の何れかを測定することができる。例えば、荷電粒子の濃度以外に変化する可能性がない場合には、電磁波強度の変化を荷電粒子の濃度変化に結びつけることができる。また、荷電粒子を取り囲む媒体との相互作用力以外に変化する可能性がない場合には、電磁波強度の変化を荷電粒子の電子分極率、或いは、陽イオン分極率の変化に結びつけることができる。さらに、被測定物体の磁気特性として、電子スピン又は核スピンに起因した磁化、又は、電子スピン又は核スピンに起因した音響磁気共鳴の測定を行なうことができ、被測定物体の電磁気・機械特性として、被測定物体の圧電特性又は磁歪特性の測定も可能である。
【0013】
物体に照射する音波がパルスであり、音波パルスの照射後に検出される電磁波の強度の時間依存性を測定することにより、被測定物体の有する荷電粒子の特性値の音波励起による緩和特性を測定することができる。
【0014】
音波は一定周波数の狭帯域音波又は一定周波数の狭帯域音波パルスであり、電磁波の測定は、被測定物体から放射される電磁波を、音波の周波数を参照信号としてヘテロダイン検波又は位相検波し、電磁波の信号を高感度に測定すれば好ましく、この場合には他の周波数成分をもつ外部ノイズを排除でき、極めて小さい電磁波強度の変化でも検出することができる。
【0015】
物体に照射する一定周波数の狭帯域音波はパルスであってもよく、電磁波の測定は、被測定物体の部分から放射される電磁波を、音波の周波数を参照信号としてヘテロダイン検波又は位相検波し、さらに、パルスの発生周波数を参照信号として位相検波すれば好ましく、この場合には他の周波数成分をもつ外部ノイズをさらに排除でき、極めて小さい電磁波強度の変化でも検出することができる。
【0016】
好ましくは、位相検波の位相情報から、電磁波の信号の起源が被測定物体の有する、正の荷電粒子によるものか又は負の荷電粒子によるものかを判定する。位相検波を用いれば、位相検波の位相情報から、電磁波の信号の起源が正の荷電粒子によるものか又は負の荷電粒子によるものかを判定できる。
【0017】
音波のパルスの発生源と物体との間の距離を、音波のパルスがこの距離を伝搬する時間を音波のパルスの継続時間よりも長くなるように選択するか、又は、音波のパルスの継続時間を、上記伝搬する時間よりも短くすれば、音波のパルスの発生源の発生する電磁波ノイズから、電磁波の信号を時間的に分離して測定することができ、極めて小さい電磁波強度の変化でも検出できる。
【0018】
物体への音波の照射は複数の音波源からの音波を物体の所望の微小部分へ集束することで行い、この微小部分で誘起される電磁波を、物体を取り囲むアンテナ又はコイルを用いて測定すれば好ましい。この場合には、物体の任意の部分への音波の集束、及び任意の方向からの音波の集束が可能になり、また、物体の任意の位置から、及び任意の方向に放射する電磁波を測定できるようになると共に、電磁波の放射方位分布を測定することができる。物体に音波を照射した場合、その物体に含まれる荷電粒子の弾性率の異方性により、音波振動方向に垂直な方向と異なる方向に電磁波が放射される場合があり、放射方位分布を測定することによって、その荷電粒子の種類や、特性値の変化を特定できる。
【0019】
音波の集束を物体の2次元面又は3次元体積に亘って走査し、各走査位置で誘起される電磁波の強度を、物体を取り囲むアンテナ又はコイルを用いて測定し、走査位置と測定した電磁波の強度とを対応させて、荷電粒子の特性値の変化の2次元又は3次元分布を測定すれば好ましい。
【0020】
音波は、複数の周波数成分から成る広帯域超短波パルスであれば好ましく、生体の脳や筋組織中において、周波数の高い音波は早く減衰し、周波数の低い音波が深部まで到達することから、測定する電磁波の周波数から電磁波の発生位置の深さ方向の情報を得ることができる。例えば、上記の音波を集束した部分内の深さ方向の位置情報の精度を高めることができる。
【0021】
物体が生体の脳を代表とする神経組織であれば、ニューロンの活動に伴って電荷分布が形成され、又、物体が生体の筋組織であれば筋組織の活動に伴って電荷分布が形成され、この電荷分布に伴って電磁波強度が大きくなるので、音波の集束を脳または筋組織の2次元面又は3次元体積に亘って走査し、各走査位置で誘起される電磁波の強度を、脳又は筋組織を取り囲むアンテナ又はコイルを用いて測定し、走査位置と測定した電磁波の強度とを対応させれば神経組織又は筋組織の活動部位の2次元又は3次元マップが作成できる。
【0022】
また、上記の方法は、物体が生体である場合に限らず、コロイド溶液、液晶、固体電解質、イオン結晶、半導体、誘電体、金属、磁性体、磁性流体の何れかまたはこれらの複合材料、又は上記材料からなる構造物または機能デバイス中における荷電粒子の特性値に関連した現象の解明に役立てることができる。
【0023】
本発明による音波誘起電磁波による物体の特性測定装置は、少なくとも、電波暗室と、電波暗室内に配置される被測定物体を保持する保持台と、物体に近接又は接触して配置される音波発生器と、音波発生器の発生する音波又は音波パルスが照射される部分から発生する電磁波を受信するアンテナ又はコイルと、音波発生器を駆動・制御し、アンテナ又はコイルの受信した電磁波を検出、演算する制御・測定・演算部とを有することを特徴とする。
【0024】
音波発生器は複数の音波発生器から成り、この複数の音波発生器が発生する音波パルスの相互の位相を制御・測定・演算部で制御して、被測定物体の所望の位置に音波パルスを集束し、被測定物体の2次元面又は3次元堆積に亘って音波の集束位置を走査すれば好ましい。
【0025】
音波発生器は曲面の法線が一点に集束する凹曲面に固定された複数の音波発生器から成っていてもよく、この場合、制御・測定・演算部は複数の音波発生器を同時に駆動して音波パルスを発生すると共に、複数の音波発生器が凹曲面に固定された音波発生器を、被測定物体の回りに機械的に走査して、被測定物体の2次元面又は3次元堆積に亘って音波の集束位置を走査すれば好ましい。
【0026】
制御・測定・演算部は、アンテナ又はコイルの受信した電磁波を、音波の周波数又は音波パルスのパルス周波数でヘテロダイン検波又は位相検波する手段を有すれば好ましい。この場合には他の周波数成分をもつ外部ノイズをさらに排除でき、極めて小さい電磁波強度の変化でも検出することができる。
【0027】
上記検波手段で検波した電磁波信号をさらに、音波パルスのパルス周波数でロックイン検出する手段を有すれば好ましい。この場合には、他の周波数成分をもつ外部ノイズをさらに排除でき、極めて小さい電磁波強度の変化でも検出することができる。
【0028】
制御・測定・演算部が、音波発生器から広帯域超短波パルスを発生させると共に、アンテナ又はコイルの受信した電磁波の周波数を測定する手段を有すれば好ましい。この場合、例えば音波を集束した部分内の深さ方向の位置情報の精度を高めることができる。
【0029】
電磁波の周波数を測定する手段は、制御・測定・演算部に設けたバンドパスフィルターであれば好ましい。
【0030】
電磁波の周波数を測定する手段は、制御・測定・演算部に設けたバンドパスフィルターとロックインアンプであってもよい。この場合には、他の周波数成分をもつ外部ノイズをさらに排除でき、極めて電磁波強度が小さくても周波数を測定できる。
【0031】
電磁波の周波数を測定する手段が、制御・測定・演算部に設けたスペクトラムアナライザーであってもよい。この場合には、スペクトラムアナライザーが電磁波をフーリエ変換するので電磁波の周波数成分毎の強度を知ることができ、最大強度の周波数成分から電磁波の周波数を測定できる。
【発明の効果】
【0032】
本発明の方法及び装置によれば、被測定物体に音波を照射し、被測定物体から発生する電磁波を測定し、電磁波の強度、位相及び周波数特性の何れか又はこれらの組み合わせから、被測定物体の電気特性、磁気特性又は電磁気・機械特性の何れかを測定することができる。被測定物体の電気特性としては、電場、誘電率、電場又は誘電率の空間勾配、被測定物体の有する荷電粒子における濃度、質量、寸法、形状、荷電数、荷電粒子を囲む媒体との相互作用の何れか又はこれらの複数の特性値の変化などを測定することができる。被測定物体の磁気特性としては、被測定物体の電子スピン又は核スピンに起因した磁化、又は、被測定物体の電子スピン又は核スピンに起因した音響磁気共鳴を測定することができる。被測定物体の電磁気・機械特性としては、被測定物体の圧電特性又は磁歪特性を測定することができる。従って、生体、コロイド溶液、液晶、固体電解質、イオン結晶、半導体、誘電体、金属、磁性体、磁性流体の何れかまたはこれらの複合材料、又は、上記材料からなる構造物または機能デバイスにおけるこれらの特性値の変化が関連した現象の解明
に有用である。特に、脳の活動部位の特定に用いれば、極めて高い位置分解能で脳の活動部位を特定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】物体の部分に音波を照射して誘起される電磁波の様子を示す図である。
【図2】本発明の音波誘起電磁波による物体の荷電粒子の特性測定装置の構成を示す図である。
【図3】音波を集束する方法を示す図である。
【図4】音波を集束する他の方法を示す図である。
【図5】本発明の第1の測定方法に用いる制御・測定・演算部の構成を示すブロック図である。
【図6】本発明の荷電粒子の特性値の経時変化特性の測定方法を示す図である。
【図7】本発明の第2の測定方法に用いる制御・測定・演算部の構成を示すブロック図である。
【図8】本発明の第3の測定方法に用いる制御・測定・演算部の構成を示すブロック図である。
【図9】本発明の第4の測定方法に用いる制御・測定・演算部の構成を示すブロック図である。
【図10】本発明の第5の測定方法に用いる制御・測定・演算部の構成を示すブロック図で、(a)は装置の構成を、(b)はパルス発生器が発生するゲートパルス及び音波発生用パルスの発生タイミング、音波発生器で発生する音波の発生タイミング及び物体中で誘起される電磁波の発生タイミングを示す。
【図11】本発明の広帯域音波パルスを使用する場合の電磁波発生源の電荷極性の判定に用いる制御・測定・演算部の構成を示すブロック図である。
【図12】本発明の広帯域音波パルスを使用する場合の電磁波発生源の電荷極性の判定に用いる他の制御・測定・演算部の構成を示すブロック図である。
【図13】実施例1の音波誘起電磁波による物体の特性測定装置の構成を模式的に示す図であり、それぞれ、(a)は特性測定装置の構成を、(b)は超音波プローブの変形例を、(c)は超音波の波形を示している。
【図14】実施例3において、被測定物体である半導体のGaAs結晶からの音響誘起電磁波の検出波形図で、(a)は超音波波形、(b)は実施例1の特性測定装置で得られた波形、(c)は実施例2の特性測定装置で得られた波形を示している。
【図15】被測定物体の音響誘起電磁波の検出波形図で、それぞれ、(a)はSi結晶、(b)及び(c)は結晶配置の異なるGaAs結晶の波形を示している。
【図16】音響誘起電磁波の検出波形図で、それぞれ、(a)は実施例4のブタの骨の硬組織、(b)は実施例5の木材、(c)は実施例6のポリプロピレン、(d)は実施例7のアルミニウムからの信号である。
【図17】実施例9のフェライト磁石からの音響誘起電磁波の検出波形を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明を実施するための最良の形態を詳細に説明する。
初めに、物体の音波を照射する部分に誘起される電磁波を説明する。
図1は、被測定物体の部分に音波を照射して誘起される電磁波の様子を示す図である。図1において、音波集束ビーム1は、被測定物体の部分2に集束している様子を示しており、○で囲んだ+及び−はそれぞれ正の荷電粒子3及び負の荷電粒子4を示している。また、物体の部分2では、正の荷電粒子3と負の荷電粒子4の濃度のバランスが崩れ、正の荷電粒子3が多い電荷分布状態を示している。また、矢印5は音波集束ビーム1の音波振動方向を示しており、矢印6は、正の荷電粒子3及び負の荷電粒子4の音波による振動に伴って発生する、矢印5に垂直な方向に伝搬する電磁波を示している。
【0035】
図1に示すように、音波集束ビーム1の照射によって、正の荷電粒子3及び負の荷電粒子4は、音波の振動方向5に音波の振動数で振動するが、正の荷電粒子3及び負の荷電粒子4の振動は電荷が振動することになるので、振動方向5に垂直な方向に伝搬する電磁波6が誘起される。ところで、正電荷と負電荷が同一の振動をすることによって発生する電磁波は互いに位相がπだけずれているので、打ち消し合い、電磁波は誘起されない。しかしながら、物体の部分2では、正の荷電粒子3が多い電荷分布状態であるので、完全に打
ち消し合うことができず、正味の電磁波6が誘起される。
従って、音波によって誘起される電磁波を観測し、電磁波の強度変化が観測されれば、電荷分布に変化が生じたこと、即ち、正の荷電粒子3又は負の荷電粒子4の濃度に変化が生じたか、或いはその両方の濃度が変化したことがわかる。即ち、音波によって誘起される電磁波の測定から、物体中の荷電粒子の特性値、この場合にはその濃度の変化を測定できる。
【0036】
ところで、図1は、音波によって誘起される電磁波の測定から、荷電粒子の濃度変化を測定する例を示したが、測定できる荷電粒子の特性値の変化としては、濃度だけでなく、質量、サイズ、形状、荷電数又は荷電粒子を取り囲む媒体との相互作用力の変化が可能であり、以下に説明する。
荷電粒子の位置座標をX、荷電粒子の質量をM、荷電粒子が周囲の媒体から音波振動に基づく力を受ける実効断面積をS、音波振動の圧力をp、音波振動の周波数をν、時間をtとすると、荷電粒子の運動方程式は次式(1)で近似される。
【数1】

この方程式の解は、次式(2)で表される。
【数2】

荷電粒子の振動振幅Aは、次式(3)で表される。
【数3】

上記式(3)から、荷電粒子の振幅Aは、荷電粒子の質量によって変化することがわかる。また、荷電粒子のサイズ、形状が変化すれば、荷電粒子が周囲の媒体から音波振動による力を受ける実効断面積Sが変化するので、サイズ、形状が変化しても、荷電粒子の振幅Aが変化することがわかる。また、荷電粒子を取り囲む媒体との相互作用力の変化は、近似的に質量Mの変化になるから、相互作用力が変化しても、荷電粒子の振幅Aが変化することがわかる。
荷電粒子の電荷をeとすると、荷電粒子の振動は、電荷eの調和振動P=eAsin2πνtで表され、振動Pから単位時間当たりに放射される電磁波の放射パワーI(t)はε0 を真空誘電率、cを光速として、次式(4)で表される。
【数4】

時間平均を取ると、次式(5)で表される。
【数5】

上記式(5)から、振幅Aが変化すれば電磁波の放射パワーが変化することがわかる。従って、音波によって誘起される電磁波の測定から、質量、サイズ、形状、荷電数又は荷電粒子を取り囲む媒体との相互作用力の変化も測定できることがわかる。例えば、被測定物体の状態に関する他の知識や、或いは、他の何らかの手段による知識から、濃度、質量、サイズ、形状及び荷電数の変化が起こり得ない状態であれば、測定した電磁波の強度変化は、荷電粒子を取り囲む媒体との相互作用力の変化に結びつけることができ、例えば、電子分極率或いは陽イオン分極率の変化に結びつけることができる。
【0037】
本発明の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法においては、被測定物体の電気特性として、電場、誘電率、電場又は誘電率の空間勾配を測定することができる。
被測定物体23の有する電荷密度をρとすると、ρと電場等の関係は下記(6)式のポワッソンの方程式(ガウスの法則)で表わされる。
【数6】

ここで、D,ε及びEはそれぞれ電束密度、誘電率、電場である。
音波誘起電磁波は電荷密度の時間変化(∂ρ/∂t)によって引き起こされるので、電磁波の強度から、電荷密度、すなわち電束密度勾配の情報を取得することができる。さらに、電場が空間的に一定と推定される場合は、ρ=∇ε・Eであるから誘電率の空間勾配を得ることができる。誘導率が一定と推定される場合は、同様に電場勾配の情報を取得できる。言い換えると、ミクロには被測定物体の有する電荷による電荷振動によって電磁波放射が発生するわけである。マクロに見ると、電束密度、あるいは、誘導率や電場が時間変化して電磁波が放射されると考えられる。このため、本発明の方法により、生体の機能、例えば脳機能を測定し、解析する場合に関しても、音波誘起電磁波は体内イオン分布の時間変化が根本原因であり、イオンスケールに比べてマクロな音波集束域を考えると、神経活動に起因した電束密度や電場勾配の変化を測定する方法と見なすことができる。
【0038】
本発明の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法においては、被測定物体の磁気特性として、電子スピン又は核スピンに起因した磁化を次のようして測定することができる。電気分極と同様に、磁化が時間変化しても電磁波放射が生じる。Maxwell方程式によると、放射電場は磁化の時間に対する2回微分に比例する(非特許文献8参照)。従って、電磁波強度や位相から、磁化の大きさや方向を測定することが可能である。
【0039】
本発明の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法においては、被測定物体の磁気特性として、電子スピン又は核スピンに起因した音響磁気共鳴を、次のようして測定することができる。ある特定の共鳴周波数で、音波が効率よく吸収され、電子スピン又は核スピンの方向が変化することから、その周波数において電磁波強度や位相が大きく変化することが期待される。情報としては、共鳴周波数を確定することができる。あとは、通常のESR(電子スピン共鳴)やNMR(核磁気共鳴)と同様に、音波の周波数を走査すれば、スペクトルが得られ、電子スピンや核スピンの情報を取得できる。また、電子スピンや核スピンの緩和時間が測定できる。
【0040】
本発明の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法においては、被測定物体の電磁気・磁気特性として、圧電特性又は磁歪特性を次のようして測定することができる。反転対象性のないイオン結晶は原理的に歪によって、電気分極が生じる。従って、音波誘起電磁波の強度から分極の大きさを得ることができる。音波を走査すれば、被測定物体の圧電特性を画像化することができる。さらに、音波伝播方向と電磁波放射分布から、圧電テンソルを、被測定物体に電極を設けずに非接触で測定することができる。生体の骨や筋肉など多くの生体分子結晶は圧電特性をもっているので、非浸襲にこれらの特性を測定することができる。特に、骨に関しては、超音波を照射することにより骨折が早く直るという治療があり、骨の圧電特性に関する研究については関心が高く、本発明の方法及び装置によれば、生体試料の圧電特性に好適に使用することができる。
【0041】
本発明の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法においては、被測定物体の電磁気・磁気特性として、磁歪特性を次のようして測定することができる。磁歪とは、結晶歪により電子軌道が変化し、軌道・スピン相互作用を通じて電子スピン磁化に変化が加わる現象をいう。または、結晶歪により、結晶場分裂に変化が生じ、これが電子状態を変化させ、電子スピン磁化の大きさを変化させることもある。これらの時間変化が電磁波を発生させると考えられる。従って、音波誘起電磁波の強度から磁化の大きさや軌道・スピン相互作用、結晶歪と電子軌道変化の敏感さ、あるいは、結晶場分裂と歪の敏感さ、又は結晶場分裂と電子スピン状態の関係を決定することができる。音波伝播方向と放射強度からは、被測定物体に電極を設けずに、非接触で磁歪テンソルを測定することができる。磁歪特性の画像化も圧電特性と同様に可能である。
【0042】
本発明の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法によれば、被測定物体に音波を照射し、この被測定物体から発生する電磁波を測定し、電磁波の強度、位相及び周波数特性の何れか又はこれらの組み合わせから、被測定物体の電気特性、磁気特性又は電磁気・機械特性の何れかを測定することができる。従って、被測定物体の電気特性としては、電場、誘電率、電場又は誘電率の空間勾配、被測定物体の有する荷電粒子における濃度、質量、寸法、形状、荷電数、荷電粒子を囲む媒体との相互作用の何れか又はこれらの複数の特性値の変化を測定することができる。被測定物体の磁気特性としては、被測定物体の電子スピン又は核スピンに起因した磁化、又は、被測定物体の電子スピン又は核スピンに起因した音響磁気共鳴を測定することができる。被測定物体の電磁気・機械特性としては、被測定物体の圧電特性又は磁歪特性を測定することができる。
【0043】
次に、本発明の音波誘起電磁波による物体の特性測定装置を説明する。
図2は、本発明の音波誘起電磁波による物体の特性測定装置の構成を示す図である。この図を用いて、音波誘起電磁波による物体の有する荷電粒子に基づく特性測定装置の構成と動作を説明する。
本発明の測定装置21は、電波暗室22と、電波暗室22内に配置された被測定物体23を保持する保持台24と、物体23に近接又は接触して配置される音波発生器25と、音波発生器25の発生する音波26が集束する部分23aから発生する電磁波27を受信するアンテナ28と、音波発生器25を駆動・制御し、且つ、アンテナ28の要素アンテナ28aの何れか又は複数が受信した電磁波信号27を測定、演算する制御・測定・演算部29とから構成される。
ここで、被測定物体23から放射される電磁波は、その近接場(near field)又は近接場ではない非近接場、即ち遠接場(far field)の電磁波測定により測定することができる。後述するが、被測定物体23から放射される電磁波の近接場などの磁場をSQUIDで測定してもよい。アンテナ28としては、電磁波を検出できるものであればその種類は問わない。例えば、ループ型アンテナやアレイ型アンテナなどの各種アンテナや、ループ型やアレイ型のコイルからなるアンテナを使用することができる。
【0044】
本発明の測定装置21を動作させるには、保持台24に被測定物体23を配置し、音波発生器25から音波を発生させ、音波が集束する部分23aから放射される電磁波27をアレイ型アンテナ又はアレイ型コイル28の要素アンテナ28aの何れか又は複数で受信し、受信した電磁波27を、制御・測定・演算部29で測定する。また、音波が集束する部分23aを物体内で走査し、各走査位置毎に電磁波27を測定し、物体の2次元面又は3次元体積に亘る電磁波の強度分布を測定する。
なお、図2において、アレイ型アンテナ28を構成する要素アンテナ28aが円周上に配列して示されているが、この表示はアレイ型アンテナ28の断面を示したものであり、要素アンテナ28aは物体23を囲んで4πラジアン方向に均等な密度で配置されており、物体の任意の部分から誘起される電磁波、また、任意の方向から音波を集束した場合に誘起される電磁波を受信できるようにしている。
【0045】
次に、被測定物体の所望の位置に音波を集束する方法及びこれに用いる装置について説明する。
図3は音波を集束する方法を示す図である。この方法はフェーズドアレイ法と呼ばれており、圧電素子25を1列に配列したアレイの個々の圧電素子25が発生する音波パルス26同士を図に示すように中心の音波パルス26を遅相し、周辺の音波パルス26ほど進相することによって、平面上の所望の位置に音波パルスを集束できる。図においては圧電素子25を1列に配列したアレイを示しているが、アレイを複数段積み重ねて、個々の圧電素子25の発生する音波パルス26の位相を適切にずらすことによって被測定物体の3次元体積に亘って、所望の位置に集束することができる。
【0046】
図4は音波を集束する他の方法及びこれに用いる装置を示す図である。この方法は音響レンズ法と呼ばれており、曲面の各点の法線が一つの焦点に集束する曲面形状を有した凹曲面上に圧電素子25を複数配列し、複数の圧電素子25から同時に音波パルス26を発生し、凹曲面が定める焦点に向けて個々の音波パルスを伝搬させることによって集束することができる。音波レンズを被測定物体の回りに機械的に走査することによって、被測定物体の3次元体積に亘る所望の位置に音波パルスを集束することができる。上記二つの方法を組み合わせることも可能である。
【0047】
次に、本発明の測定方法及び装置を具体的に説明する。
初めに、本発明の第1の測定方法及び装置を説明する。
図5は、本発明の第1の測定方法に用いる制御・測定・演算部の構成を示すブロック図である。図を用いて、制御・測定・演算部の構成と動作を説明する。図は、照射する音波が一定周波数の狭帯域パルスである場合の構成を示している。図5において、制御・測定・演算部30は、RF発振器31と、RF発振器31から出力するRF信号31aを所定のパルス信号31bに整形するゲートスイッチ32と、ゲートスイッチ32の開閉を制御するパルス発生器33と、ゲートスイッチ32を出力したパルス信号31bを増幅する増幅器34を有し、増幅器34を出力したパルス信号31bは音波発生器25に入力され、音波発生器25は音波パルス26を発生する。
また、アレイ型アンテナ28に接続され、アレイ型アンテナ28で受信した電磁波を増幅する小信号増幅器35と、小信号増幅器35で増幅した電磁波をRF発振器31の発信周波数νで位相検波するミキサー36と、RF発振器31の発信周波数信号νの位相を制御して供給しミキサー36を制御する位相調整器37と、ミキサー36を通過した電磁波信号を増幅する増幅器38と、増幅器38で増幅された電磁波信号のうち、所定の周波数以下の成分のみを通過するローパスフィルター39と、ローパスフィルター39を通過した電磁波信号の強度をパルス発生器33のパルス発生タイミングに同期して測定するデジタルオシロスコープ40を有している。なお、33aはパルス発生器33とデジタルオシロスコープ40とを同期させるための信号線である。
また、パソコン41を有し、パソコン41には、RF発振器31、パルス発生器33、及びデジタルオシロスコープ40が接続され、パソコン41を介して、RF信号31aの制御、パルス信号31bの制御及びデジタルオシロスコープ40で測定した電磁波信号の取得とデジタルオシロスコープ40の測定制御を行う。
【0048】
なお、上記説明では、位相検波を音波の周波数で行う場合を示しているが、音波のパルス周波数で行っても良く、この場合には、位相調整器37をパルス発生器33に接続し、パルス発生器33の発信周波数を参照信号とすることができる。
図には音波発生器一つだけを駆動する制御装置の構成を示しているが、上記に説明したように物体の所望の部分に音波パルスを集束し、集束位置を走査する場合には、図の音波発生器を複数有し、複数の音波発生器を制御して駆動するための図の駆動装置を複数有している。位相検波を用いると、他の周波数成分をもつ外部ノイズを排除できるので、極めて小さい電磁波強度の変化でも検出することができる。また、位相検波の場合には、位相調整器37で参照信号の位相を変化させて測定し、電磁波の位相と参照信号の位相が揃ったときの測定値の正、負によって、測定している電磁波が、正の荷電粒子の振動に基づくものか、負の荷電粒子の振動に基づくものかを判定することができる。
【0049】
また、音波発生器25と物体23の音波パルスが照射される部分との間の距離dを選択し、音波パルスが距離dを伝搬する時間を音波パルスの継続時間よりも長くなるように選択するか、又は、音波のパルスの継続時間を上記伝搬時間よりも短くすることにより、音波発生器25が音波パルスを発生する際に生ずる電磁波ノイズから、音波によって誘起され物体から放射される電磁波信号を時間的に分離して測定することができる。この場合、図6に示すように、音波パルス26の照射後に検出される電磁波強度43の経時変化を測定することにより、物体に含まれる荷電粒子の特性値の変化の時間依存性を測定することができ、例えば荷電粒子の特性値の音波励起による緩和時間を測定することができる。
【0050】
次に、本発明の第2の測定方法及び装置を説明する。
図7は、本発明の第2の測定方法に用いる制御・測定・演算部の構成を示すブロック図である。制御・測定・演算部50は、図1の構成におけるローパスフィルター39とデジタルオシロスコープ40との間にロックインアンプ51を有することのみが異なる。ロックインアンプ51は、ローパスフィルター39を通過した電磁波信号を、パルス発生器33の発信周波数μを参照信号としてロックイン検出する。42はパルス発生器33の発信周波数μをロックインアンプ51に供給する信号線である。
この方法によれば、音波の周波数νと音波パルスのパルス周期μの両方で位相検波するので、他の周波数成分をもつ外部ノイズをさらに排除でき、極めて小さい電磁波強度の変化でも検出することができる。
ここで、ロックインアンプは位相検波用のゲートスイッチと狭帯域増幅器とから成り、位相検波法と同じ測定原理に基づいて測定するものであるが、位相検波の参照周波数が低い場合、ゲートスイッチと狭帯域増幅器とからなるセットがロックインアンプとして市販されており、通常、参照周波数が低い位相検波をロックイン検出と言い慣らされているので、位相検波の参照周波数が低い場合にロックインアンプ及びロックイン検出なる言葉を用いる。
【0051】
次に、本発明の第3の測定方法及び装置を説明する。
生体の脳や筋組織中においては、周波数の高い音波は早く減衰し、周波数の低い音波が深部まで到達する。従って、音波によって誘起される電磁波の周波数を測定すれば、その電磁波の発生源が深部なのか、浅部なのかがわかる。本発明の第3の方法は、上記現象を利用したものであり、測定する電磁波の周波数からその電磁波の発生源が深部なのか、浅部なのかを判定することにより、音波集束部分内の深さ方向の位置分解能を高めることができる。
図8は、本発明の第3の測定方法に用いる制御・測定・演算部の構成を示すブロック図である。制御・測定・演算部52は、図1の構成におけるRF発振器31を有せず、パルス発生器33から発生する単一パルス53を音波発生器25に印加する構成である。音波発生器25は、例えば圧電素子であり、圧電素子に単一のパルス53を印加すると、圧電素子が自由振動し、振動エネルギーが散逸して零になるまで振動する。この圧電素子の自由振動による音波パルス54は、図1の狭帯域音波パルス31bと較べると、周波数が広い範囲に亘って分布しており、広帯域音波パルスである。
また、図に示すように制御・測定・演算部52の測定部分は、小信号増幅器35で増幅した電磁波信号の特定の周波数成分を通過する第1のバンドパスフィルター55と、第1のバンドパスフィルター55を透過した周波数成分を増幅する狭帯域増幅器38と、狭帯域増幅器38で増幅した周波数成分の特定の周波数成分を通過する第2のバンドパスフィルター57と、第2のバンドパスフィルター57を通過した周波数成分を積算して電磁波強度を測定するデジタルオシロスコープ40とからなる。
【0052】
制御・測定・演算部52を用いて測定するには、第1のバンドパスフィルター55で通過する電磁波信号の周波数成分を大まかに選択し、第2のバンドパスフィルター57で通過する電磁波信号の周波数成分を細かに選択し、選択した周波数成分の電磁波信号の強度を測定し、最大強度を示す周波数から電磁波の周波数を特定する。この特定した周波数から音波集束部分内の深さ方向の位置を特定する。
この方法によれば、生体の脳や筋組織中において、周波数の高い音波は早く減衰し、周波数の低い音波が深部まで到達するから、測定した電磁波の周波数から音波集束部分内の深さ方向の位置を知ることができる。
【0053】
次に、本発明の第4の測定方法及び装置を説明する。
図9は、本発明の第4の測定方法に用いる制御・測定・演算部60の構成を示すブロック図である。制御・測定・演算部60は、図8の構成と較べて測定部が、第2のバンドパスフィルター57とデジタルオシロスコープ40との間に、パルス発生器33のパルス発生タイミングを参照周波数とするロックインアンプ61を有することのみが異なる。62はパルス発生器33のパルス発生タイミングを参照周波数としてロックインアンプ61に供給する信号線である。
第3の方法においては、電磁波強度の測定を、デジタルオシロスコープによる電磁波信号の積算によって行うが、この方法は、ロックインアンプ61によって外部ノイズを排除した電磁波信号の積算によって行うので、他の周波数成分をもつ外部ノイズを排除でき、第3の方法に較べて、さらに小さい電磁波強度の変化も検出することができる。
【0054】
次に、本発明の第5の測定方法及び装置を説明する。
図10は、本発明の第5の測定方法に用いる制御・測定・演算部の構成を示すブロック図であり、(a)は装置の構成を、(b)はパルス発生器33が発生するゲートパルス66及び音波発生用パルス69の発生タイミング、音波発生器25で発生する音波54の発生タイミング及び物体中で誘起される電磁波27の発生タイミングを示す。
図10(a)に示すように、制御・測定・演算部65の測定部は、受信した電磁波27を増幅する小信号増幅器35と、小信号増幅器35で増幅した電磁波信号を、パルス発生器33が発生するゲートパルス66の継続時間の間だけ通過させるゲートスイッチ32と、ゲートスイッチ32を通過した電磁波信号を、周波数信号で表示するスペクトラムアナライザー67とからなる。スペクトラムアナライザー67は、周波数成分毎の強度を検出し、記憶する機能を有している。このスペクトラムアナライザー67の機能は、制御・測定・演算部65に備えた演算処理部において、フーリエ変換する演算処理により求めることができる。68はゲートパルス66をゲートスイッチ32に供給するための信号線であり、33bはパルス発生器とスペクトラムアナライザー67を同期させるための信号線である。
図10(b)の上段のグラフに示すように、パルス発生器33は、音波発生用のパルス69と、音波発生用のパルス69のパルス間隔Tの間にゲートパルス66を発生させる。下段のグラフは、音波発生用のパルス69により音波発生器25から発生する音波パルス54の発生タイミングと、音波パルス54が物体23に到達し誘起される電磁波27の発生タイミングを示している。図に示すように、ゲートパルス66と電磁波27の発生タイミングは一致させており、スペクトラムアナライザー67に取り込まれる信号は、電磁波27が誘起されている時間帯の信号のみとなり、この時間帯以外の外部ノイズを排除でき、極めて小さい電磁波強度の変化でも検出することができる。
【0055】
次に、広帯域音波パルスを使用する場合において、電磁波発生源の電荷極性を判定する方法及び装置を説明する。
図11は、本発明の広帯域音波パルスを使用する場合の電磁波発生源の電荷極性の判定に用いる制御・測定・演算部75の構成を示すブロック図である。制御・測定・演算部75の測定部は、受信した電磁波を増幅する小信号増幅器35と、小信号増幅器35で増幅した電磁波をRF発振器31の発信周波数νで位相検波するミキサー36と、RF発振器31の発信周波数信号νの位相を制御して供給しミキサー36の動作を制御する位相調整器37と、ミキサー36を通過した電磁波信号を増幅する増幅器38と、増幅器38で増幅された電磁波信号のうち、所定の周波数以下の成分のみを通過するローパスフィルター39と、ローパスフィルター39を通過した電磁波信号の強度を測定するデジタルオシロスコープ40を有している。
これにより、位相調整器37で参照信号の位相を変化させて測定し、電磁波の位相と参照信号の位相が揃ったときの測定値の正、負によって、測定している電磁波が、正の荷電粒子の振動に基づくものか、負の荷電粒子の振動に基づくものかを判定できる。
【0056】
図12は、本発明の広帯域音波パルスを使用する場合の電磁波発生源の電荷極性の判定に用いる他の制御・測定・演算部76の構成を示すブロック図である。制御・測定・演算部76の測定部は、図11の構成と較べて、ローパスフィルター39とデジタルオシロスコープ40との間に、パルス発生器33の発信周波数を参照信号とするロックインアンプ77を有することのみ異なる。78はパルス発生器33の発信周波数をロックインアンプ77に供給する信号線である。この方法によれば、図11の構成と較べて、他の周波数成分をもつ外部ノイズを排除できるので、電磁波強度が極めて小さい場合であっても、電荷極性の判定ができる。
【0057】
本発明の音波誘起電磁波による物体の特性測定装置においては、被測定物体23からの電磁波の内、磁場の測定をSQUID(超伝導量子干渉素子)を用いて測定してもよい。SQUIDは、超伝導体からなるリング内に1つ又は2つのジョセフソン接合を有する素子である。ジョセフソン接合が1つの場合はrf−SQUID、ジョセフソン接合が2つの場合はdc−SQUIDと、それぞれ呼ばれている。SQUIDは、超伝導の量子化現象を応用した超高感度磁気センサであり、従来の磁気センサに比べて100倍以上の感度を省しており地磁気の5,000万分の1以下という微弱電場も検出することが可能である。
【0058】
上記の制御・測定・演算部29,30,50,52,60,65,75,76は、コンピュータと、ディスプレイ装置と、記憶装置などを備えて構成することができる。コンピュータにより、音波誘起電磁波の時系列信号の所定の時間を、高速フーリエ変換(FFT)のアルゴリズムによりフーリエ変換すれば、計算時間の短縮ができる。このフーリエスペクトルを得る手段は、コンピュータによらない専用のDSP(デジタルシグナルプロセッサ)やFFT装置でも良い。また、電磁波の増幅や復調等の信号処理に関しては、個別の回路部品や電磁波の周波数を測定する手段を種々示したが、受信機用の集積回路やDSPを使用して構成することができる。
【0059】
本発明の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法においては、被測定物体の電磁気・磁気特性として、磁歪特性を次のようして測定することができる。
磁歪とは、結晶歪により電子軌道が変化し、軌道・スピン相互作用を通じて電子スピン磁化に変化が加わる現象をいう。または、結晶歪により、結晶場分裂に変化が生じ、これが電子状態を変化させ、電子スピン磁化の大きさを変化させることもある。これらの時間変化が電磁波を発生させると考えられる。従って、音波誘起電磁波の強度から磁化の大きさや軌道・スピン相互作用、又は結晶歪と電子軌道変化の敏感さ、あるいは、結晶場分裂と歪の敏感さ、又は結晶場分裂と電子スピン状態の関係を決定することができる。音波伝播方向と放射強度からは、被測定物体に電極を設けずに、非接触で磁歪テンソルを測定することができる。磁歪特性の画像化も圧電特性と同様に可能である。
【0060】
本発明の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法によれば、被測定物体に音波を照射し、この被測定物体から発生する電磁波を測定し、電磁波の強度、位相及び周波数特性の何れか又はこれらの組み合わせから、被測定物体の電気特性、磁気特性又は電磁気・機械特性の何れかを測定することができる。
従って、被測定物体の電気特性としては、電場、誘電率、電場又は誘電率の空間勾配、被測定物体の有する荷電粒子における濃度、質量、寸法、形状、荷電数、荷電粒子を囲む媒体との相互作用の何れか、又はこれらの複数の特性値の変化を測定することができる。被測定物体の磁気特性としては、被測定物体の電子スピン又は核スピンに起因した磁化、又は、被測定物体の電子スピン又は核スピンに起因した音響磁気共鳴を測定することができる。被測定物体の電磁気・機械特性としては、被測定物体の圧電特性又は磁歪特性を測定することができる。
【0061】
次に、本発明の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法及び装置を脳の活動部位の特定に使用する場合について、補足して説明する。
現在医療用に使用される圧電素子の周波数は、3.5MHz、5MHz、7.5MHz、10MHz及び30MHzである。音波の人体内速度を1600m/秒とすると7.5MHzの音波の波長が213μmとなり、この周波数の音波を人体に用いれば、人体の約213μmの領域に音波を集束できることになる。従って、人間の脳の活動部位の特定に、周波数7.5MHzの音波を使用して本発明の方法を用いれば、213μmの分解能で脳の活動部位の特定ができる。人体以外の目的で100MHz以上の高周波音波を用いれば10μm以下の分解能も可能である。
音波の集束は図3及び図4に示した方法で実際に医療分野で用いられており、例えば、体外衝撃波胆石破砕法(非特許文献6参照)や癌治療に用いられる高濃度焦点式音波治療法(非特許文献7参照)といった切開手術を要しない最新の治療技術に用いられている。脳の場合には、音波が頭蓋骨を透過しにくいので、頭蓋骨用の音響整合層を介して頭蓋骨に音波を照射することが好ましい。上記の脳の活動部位の特定においては、本発明の音波誘起電磁波による物体の特性測定装置を用いて測定し、脳に関する音波誘起電磁波を別途記録し、その記録された測定データの解析をコンピュータで行なうことができる。
【実施例1】
【0062】
以下、実施例に基づいて、本発明をさらに詳細に説明する。
図13は、実施例1の音波誘起電磁波による物体の特性測定装置の構成を模式的に示す図であり、それぞれ、(a)は特性測定装置の構成を、(b)は超音波プローブの変形例を、(c)は超音波の波形を示している。
図13(a)に示すように、実施例の測定装置21は、電波暗室22と、電波暗室22内に配置された被測定物体23を保持する保持台と、被測定物体23に近接又は接触して配置される音波発生器と、音波発生器25の発生する音波26が集束する部分23aから発生する電磁波を受信するループアンテナ28と、音波発生器を駆動・制御し、且つ、ループアンテナ28が受信した電磁波信号27を測定、演算する図示しない制御・測定・演算部29とから構成されている。音波発生器25は、パルサー(Panametrics社、モデル5077PR)と、このパルサーにより駆動されるポリフッ化ビニリデンからなる超音波振動子により構成されている。パルサーは、パルス幅50nsの矩形波を、繰り返し周波数100〜500Hzで発生した(図13(c)参照)。超音波振動子と被測定物体23との距離は、50〜70mmであり、媒体としては水を用いた。水中での音速は1500m/sであるので、上記距離の場合には、超音波により被測定物体23から発生した電磁波は33から47μs毎に発生することになる。広帯域の水中マイクロフォン
による測定で、超音波は被測定物体23の位置において、直径2mmの領域に集束していることが分かった。
ループアンテナ28の出力側には、同調用の2個の可変容量コンデンサが接続されており、同軸ケーブル等の線路を介して小信号増幅器に入力される。図示の場合には、小信号増幅器は、46dBの電圧利得を有する第1の小信号増幅器、ローパスフィルター、減衰器、46dBの電圧利得を有する第2の小信号増幅器、減衰器、ダイオードリミッター、55dBの電圧利得を有する第3の小信号増幅器の順に接続されている。第3の小信号増幅器の出力がデジタルオシロスコープに入力されている。
【実施例2】
【0063】
第3の小信号増幅器の出力がヘテロダイン検波される以外は、実施例1と同様にして、実施例2の荷電粒子の特性測定装置を製作した。ミキサーとしては、ダブルバランスドミキサーを用いた。
【実施例3】
【0064】
被測定物体23として、半導体のGaAs結晶を用い、実施例1又は実施例2の荷電粒子の特性測定装置により音響誘起電磁波の検出を行なった。
図14は、実施例3において、被測定物体23である半導体のGaAs結晶からの音響誘起電磁波の検出波形を示す図であり、(a)は超音波波形、(b)は実施例1の特性測定装置で得られた波形、(c)は実施例2の特性測定装置で得られた波形を示している。図14において、横軸は時間(μs)を、縦軸は信号強度(任意目盛)を示している。用いたGaAsは厚さが350μmのノンドープ結晶であり、[110]軸を入射する超音波の波数ベクトルkの向きに合わせた。GaAsは、圧電係数が下記式(7)で表わされる材料である。
【数7】

従って、GaAsの縦波の音響モード(Longitudinal Acousticmode)の波数ベクトルが圧電軸<110>に平行な場合には、電磁波を発生すると予測される。
図14(a)は通常の超音波エコー信号を示しており、約9.25MHzの高周波パルの励起(0μs)に対して、88μs遅れて超音波エコーが生じることが分かる。
図14(b)から明らかなように、GaAsから発生した電磁波の信号は、上記周期の半分の44μsにおいて、つまり、超音波がGaAsに照射された瞬間に生じていることが分かる。この測定は、図13に示した実施例1の荷電粒子の特性測定装置を用いて行ない、実施例1の小信号増幅器の増幅度を82dBとし、デジタルオシロスコープの積算は200パルス(1秒)とした。GaAsから得られた電磁波のピーク間信号強度(Vp−p)は68μVであった。
図14(c)から明らかなように、GaAsから発生した電磁波の信号は、上記周期の半分の44μsにおいて、超音波がGaAsに照射された瞬間に生じていることが分かる。この測定は、図13に示した実施例2のヘテロダイン検波を用いた特性測定装置により行なったもので、図14(c)で示した場合よりも明瞭な電磁波信号が得られた。
【0065】
図15は、被測定物体23の音響誘起電磁波の検出波形を示す図で、それぞれ、(a)がSi結晶、(b)及び(c)が結晶配置の異なるGaAs結晶の波形を示している。図15(a)〜(c)において、横軸は時間(μs)を示し、縦軸は信号強度(任意目盛)を示している。
図15(a)は被測定物体がSiの場合であるが信号が検出されないことが分かる。これは、Siが単元素から半導体であるので、圧電特性を示さないことに起因している。
図15(b)及び15(c)は、それぞれ、超音波の波数ベクトルをGaAs結晶の(100)面及び(110)面に平行となるように配置した場合であり、GaAs結晶が超音波により励起されるように配置された場合において、高周波信号が検出できることが分かる(図15(c)参照)。
【0066】
図15の挿入図は、図15(c)のGaAs結晶から発生した電磁波信号を、時間軸領域から周波数領域の信号へ変換した波形であり、具体的にはスペクトラムアナライザーで検出した図である。図15の挿入図において、横軸は周波数(MHz)を、縦軸は信号強度(任意目盛)を示している。
図15の挿入図から明らかなように、7.60MHzの高周波信号が観測された。この高周波信号は、GaAsの超音波の共振振動波形から発生しており、そのQ(Quality Factor、電圧上昇比とも言う)は約10であった。周波数7.60MHzは、GaAs中の音波の伝播速度である4730m/sを考慮すると、GaAsの厚さ350μmに対応する1/2波長の機械共振に基づくものと推定される。
【実施例4】
【0067】
実施例4として、ブタの肋骨からの音響誘起電磁波の検出を行なった。骨は、主成分が70%の水酸化アパタイトと20%の配向したコラーゲンからなる繊維とから構成されている。この内、配向したコラーゲンからなる繊維の圧電係数は下記式(8)で表わされることが知られている。
【数8】

被測定物体23としての骨は2mm厚さの四角い板状に切り出し、骨の外側の硬い組織及び内側の軟組織を用意した。繊維の軸は板の表面と平行にした。これらの試料は、エタノール溶液で1時間の超音波洗浄を行なった。全ての試料に対して、超音波のベクトルは、繊維の軸に対して垂直方向とした。超音波パルスの繰り返し周波数は500Hzであり、骨の試料には、水を介して超音波を照射して、電磁波の検出を行なった。小信号増幅器の増幅度を97dBとし、デジタルオシロスコープで10分間の信号検出を行なった。
図16(a)は、実施例4のブタの骨の硬組織からの音響誘起電磁波の検出波形を示す図である。図16(a)において、横軸は時間(μs)、縦軸は信号強度(任意目盛)を示している。
図16(a)から明らかなように、ブタの骨の硬組織からの電磁波が検出できることが分かる。同様の測定をブタの骨の軟硬組織について行ない、図16(a)と同様に電磁波波形を検出することができた。従来、骨の圧電係数は、イオンスクリーニングにより水中では著しく減衰するということが報告されていた。しかしながら、実施例4に示すように、水中に配置した骨の試料からの電磁波が検出できることが判明した。これは、イオンスクリーニングがMHz帯よりも遅い現象であるので、本願発明のように、約10MHz台の高周波パルスを用いた場合には、無視できるからであると推定される。
【実施例5】
【0068】
実施例5として、木材からの音響誘起電磁波の検出を行なった。木材は、超音波プローブとしてプラスティック管(図13(b)参照)を伝播させた超音波を木材に照射した。
図16(b)は、実施例5の木材からの音響誘起電磁波の検出波形を示す図である。図16(b)において、横軸は時間(μs)、縦軸は信号強度(任意目盛)を示している。図16(b)から明らかなように、木材からの電磁波が検出できることが分かる。この場合、木材の主成分であるセルロースにおいて、セルロース結晶が圧電性を示すので電磁波が生起するものと推定される。
【実施例6】
【0069】
実施例6として、被測定物体23をプラスティック材料であるポリプロピレンとした以外は、実施例5と同様にして、音響誘起電磁波の検出を行なった。
図16(c)は、実施例6のポリプロピレンからの音響誘起電磁波の検出波形を示す。図16(c)において、横軸は時間(μs)、縦軸は信号強度(任意目盛)を示している。図16(c)から明らかなように、信号は極めて弱いものの、ポリプロピレンからの電磁波が検出できることが分かる。この場合、ポリプロピレンは圧電性であるが、信号が弱いので、結晶化した粒界(グレイン)から電磁波が発生していると推定される。
【実施例7】
【0070】
実施例7として、被測定物体をアルミニウムとした以外は、実施例5と同様にして、音響誘起電磁波の検出を行なった。
図16(d)は、実施例7のアルミニウムからの音響誘起電磁波の検出波形を示す。図16(d)において、横軸は時間(μs)、縦軸は信号強度(任意目盛)を示している。図16(d)から明らかなように、アルミニウムからは非常に強い電磁波が検出できることが分かる。アルミニウムの場合には、縦波の音響モードが、ポテンシャル変形の相互作用を介して価電子帯の底を変調し、この作用で伝導電子に変位を繰り返し与えることにより電磁波が発生すると推定される。
【実施例8】
【0071】
実施例8として、被測定物体を銅とした以外は、実施例5と同様にして、音響誘起電磁波の検出を行なった。その結果、銅からは、アルミニウムと同様に、非常に強い電磁波が検出できることが分かった。
【実施例9】
【0072】
実施例9として、SrO及びFe2 O3 からなるフェライト磁石からの音波誘起電磁波の検出を行なった。
図17は、実施例9のフェライト磁石からの音響誘起電磁波の検出波形を示す。図17において、横軸は時間(μs)を、左縦軸は検出された8MHzの高周波信号強度(任意目盛)を示し、右縦軸は検出された超音波のエコー信号強度(任意目盛)を示している。音波が試料に到達する前の時間領域においては、電磁波のノイズレベルは小さいが、音波が被測定物体に到達後、長時間に亘って電磁波の背景レベルが増大していることがわかる。これは、一度フェライト内部に侵入した音波が、被測定物体内部で反射を練り返していることを示唆している。その結果、音波パルスの照射よりもはるかに長時間に渡って電磁波を放射し続けていると推測される。このように実施例9からは、被測定物体が磁性材料の場合にも、音波誘起電磁波が検出できることが判明した。
【0073】
本発明は上記実施例に限定されることなく、特許請求の範囲に記載した発明の範囲内で種々の変形が可能であり、それらも本発明の範囲内に含まれることはいうまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0074】
上記説明から理解されるように、本発明の方法及び装置を用いれば、被測定物体に音波を照射し、この被測定物体から発生する電磁波を測定し、電磁波の強度、位相及び周波数特性の何れか又はこれらの組み合わせから、被測定物体の電気特性、磁気特性又は電磁気・機械特性の何れかを測定することができる。
従って、被測定物体の電気特性としては、電場、誘電率、電場又は誘電率の空間勾配、被測定物体の有する荷電粒子における濃度、質量、寸法、形状、荷電数、荷電粒子を囲む媒体との相互作用の何れか、又はこれらの複数の特性値の変化を測定することができる。被測定物体の磁気特性としては、被測定物体の電子スピン又は核スピンに起因した磁化、又は、被測定物体の電子スピン又は核スピンに起因した音響磁気共鳴を測定することができる。被測定物体の電磁気・機械特性としては、被測定物体の圧電特性又は磁歪特性を測定することができる。このため、物体中の荷電粒子の濃度、質量、サイズ、形状、荷電数又は荷電粒子を取り囲む媒体との相互作用力の何れか、或いはこれらの複数の特性値の変化を測定することができるので、生体、コロイド溶液、液晶、固体電解質、イオン結晶、半導体、誘電体、金属、磁性体、磁性流体の何れかまたはこれらの複合材料、又は、上記材料からなる構造物または機能デバイスにおけるこれらの特性値の変化が関連した現象の解明に役立てることができる。特に、脳の活動部位の特定に用いれば、極めて高い位置分解能で脳の活動部位を特定できるので、極めて有用である。
【符号の説明】
【0075】
1:音波集束ビーム
2:音波集束部分
3:正の荷電粒子
4:負の荷電粒子
5:音波の振動方向
6:音波によって誘起される電磁波
21:音波誘起電磁波による物体の特性測定装置
22:電波暗室
23:被測定物体
23a:音波集束部分
24:保持台
25:音波発生器
26:音波
27:電磁波
28:アンテナ(アレイ型アンテナ又はアレイ型コイル)
28a:要素アンテナ
29,30,50,52,60,65,75,76:制御・測定・演算部
31:RF発振器
31a:RF信号
31b:パルス信号
32:ゲートスイッチ
33:パルス発生器
34:増幅器
35:小信号増幅器
36:ミキサー
37:位相調整器
38:増幅器
39:ローパスフィルター
40:デジタルオシロスコープ
41:パソコン
42,62,68,78:信号線
43:音波励起による電磁波の時間緩和波形
51,61,77:ロックインアンプ
54:広帯域音波パルス
55,57:バンドパスフィルター
66:ゲートパルス
67:スペクトラムアナライザー
69:音波発生用パルス


【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定物体に音波を照射し、該被測定物体から発生する電磁波を測定し、該電磁波の強度、位相及び周波数特性の何れか又はこれらの組み合わせから、上記被測定物体の電気特性、磁気特性又は電磁気・機械特性の何れかを測定することを特徴とする、
音波誘起電磁波による物体の特性測定方法。
【請求項2】
前記被測定物体の電気特性は、電場、誘電率、電場又は誘電率の空間勾配、前記被測定物体の有する荷電粒子における濃度、質量、寸法、形状、荷電数、該荷電粒子を囲む媒体との相互作用の何れか、又は、これらの複数の特性値の変化を測定することを特徴とする、
請求項1に記載の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法。
【請求項3】
前記被測定物体の磁気特性は、被測定物体の電子スピン又は核スピンに起因した磁化、又は、被測定物体の電子スピン又は核スピンに起因した音響磁気共鳴であることを特徴とする、
請求項1に記載の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法。
【請求項4】
前記被測定物体の電磁気・機械特性は、該被測定物体の圧電特性又は磁歪特性であることを特徴とする、
請求項1に記載の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法。
【請求項5】
前記被測定物体に照射する音波は音波パルスであり、該音波パルスの照射後に検出される電磁波の強度の時間依存性を測定することにより、前記被測定物体の有する荷電粒子の特性値の緩和特性を測定することを特徴とする、
請求項1に記載の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法。
【請求項6】
前記被測定物体に照射する音波は、一定周波数の狭帯域音波又は一定周波数の狭帯域音波パルスであり、
前記電磁波の測定は、前記被測定物体から放射される電磁波を、上記音波の周波数を参照信号としたヘテロイダイン検波法又は位相検波法により測定することを特徴とする、請求項1に記載の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法。
【請求項7】
前記被測定物体に照射する音波は一定周波数の狭帯域音波パルスであり、前記電磁波の測定は、前記被測定物体の部分から放射される電磁波を、上記パルスの音波周波数を参照信号としてヘテロイダイン検波又は位相検波し、該検波した信号を上記パルスのパルス周波数でヘテロイダイン検波又は位相検波して測定することを特徴とする、
請求項1に記載の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法。
【請求項8】
前記位相検波の位相情報から、前記電磁波の信号の起源が前記被測定物体の有する、正の荷電粒子によるものか又は負の荷電粒子によるものかを判定することを特徴とする、
請求項6又は7に記載の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法。
【請求項9】
前記音波のパルスの発生源と前記被測定物体との間の距離を、この音波のパルスがこの距離を伝搬する時間を音波のパルスの継続時間よりも長くなるように選択するか、又は、音波のパルスの継続時間を上記伝搬する時間よりも短くすることにより、
上記音波のパルスの発生源の発生する電磁波ノイズから、前記電磁波の信号を時間的に分離して測定することを特徴とする、
請求項5〜7の何れかに記載の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法。
【請求項10】
前記被測定物体への音波の照射は複数の音波源からの音波を物体の所望の微小部分へ集束することで行い、この微小部分で誘起される電磁波を、前記物体を取り囲むアンテナ又はコイルを用いて測定することにより、
上記物体の所望の部分へ、及び、物体の所望の部分へ所望の方向から音波を集束し、且つ、物体の所望の位置から、及び、所望の位置から所望の方向に放射する電磁波を測定すると共に、上記電磁波の放射方位分布を測定することを特徴とする、
請求項1,5〜7の何れかに記載の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法。
【請求項11】
前記音波の集束を被測定物体の2次元面又は3次元体積に亘って走査し、各走査位置で誘起される電磁波の強度を、前記物体を取り囲むアンテナ又はコイルを用いて測定し、上記走査位置と上記測定した電磁波の強度とを対応させることにより、上記物体の荷電粒子の特性値の変化の2次元又は3次元分布を測定することを特徴とする、
請求項10に記載の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法。
【請求項12】
前記音波は複数の周波数成分から成る広帯域超短波パルスであり、前記電磁波の周波数を測定し、この電磁波の周波数から電磁波を発生する荷電粒子の位置の深さ方向の情報を得ることを特徴とする、
請求項1又は5に記載の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法。
【請求項13】
前記被測定物体は生体の脳を代表とする神経組織又は生体の筋組織であり、前記荷電粒子の特性値の変化はニューロンの活動に伴って形成される電荷分布又は筋組織の収縮に伴って形成される電荷分布であり、活動したニューロン又は活動した筋組織の部位を特定することを特徴とする、
請求項1,2,5〜12の何れかに記載の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法。
【請求項14】
前記被測定物体は、コロイド溶液、液晶、固体電解質、イオン結晶、半導体、誘電体、金属、磁性体、磁性流体の何れかまたはこれらの複合材料、又は、上記材料からなる構造物または機能デバイスであり、これらの物体中の荷電粒子の特性値の変化を測定することを特徴とする、
請求項1〜12の何れかに記載の音波誘起電磁波による物体の特性測定方法。
【請求項15】
電波暗室と、電波暗室内に配置される被測定物体を保持する保持台と、物体に近接又は接触して配置される音波発生器と、この音波発生器の発生する音波又は音波パルスが照射される部分から発生する電磁波を受信するアンテナ又はコイルと、音波発生器を駆動・制御し、且つ、アンテナ又はコイルの受信した電磁波を測定、演算する制御・測定・演算部とを有することを特徴とする、
音波誘起電磁波による物体の特性測定装置。
【請求項16】
前記音波発生器は、複数の音波発生器又は曲面の法線が一点に集束する凹曲面に固定された複数の音波発生器から成り、該複数の音波発生器が発生する音波パルスの相互の位相を前記制御・測定・演算部で制御して、前記被測定物体の所望の位置に上記音波パルスを集束し、
上記被測定物体の2次元面又は3次元堆積に亘って上記音波の集束位置を走査するか、又は、上記音波発生器を前記被測定物体の回りに機械的に走査して、上記被測定物体の2次元面又は3次元体積に亘って上記音波の集束位置を走査することを特徴とする、
請求項15に記載の音波誘起電磁波による物体の特性測定装置。
【請求項17】
前記制御・測定・演算部は、磁場を検出するSQUIDを備えていることを特徴とする、
請求項15に記載の音波誘起電磁波による物体の特性測定装置。
【請求項18】
前記制御・測定・演算部は、前記アンテナ又はコイルの受信した電磁波を、前記音波の周波数でヘテロダイン検波又は位相検波する手段と、この検波した電磁波信号を、前記音波パルスのパルス周波数でロックイン検出する手段と、を有することを特徴とする、
請求項15に記載の音波誘起電磁波による物体の特性測定装置。
【請求項19】
前記制御・測定・演算部は、前記音波発生器から広帯域超短波パルスを発生させると共に、前記アンテナ又はコイルの受信した電磁波の周波数を測定する手段を有することを特徴とする、
請求項15に記載の音波誘起電磁波による物体の特性測定装置。
【請求項20】
前記電磁波の周波数を測定する手段は、バンドパスフィルター、ロックインアンプ、スペクトラムアナライザーの何れか又はこれらを組み合わせた手段であることを特徴とする、
請求項19に記載の音波誘起電磁波による物体の特性測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図16】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図17】
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【公開番号】特開2012−47751(P2012−47751A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−221815(P2011−221815)
【出願日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【分割の表示】特願2007−544069(P2007−544069)の分割
【原出願日】平成18年8月14日(2006.8.14)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】