説明

音響装置

【課題】外乱や個人差等により発生する位相差に起因する聴者の違和感を低減する音響装置を提供すること。
【解決手段】クロストークキャンセル処理部200は、聴取者の右耳のみに右耳用信号を到達させると共に、聴取者の左耳のみに左耳用信号を到達させるように、スピーカ50、55を駆動制御してクロストークをキャンセルする。そして、1組の乗算器60、70を設けて、クロストークのキャンセル量を調整するようにしたのでこのキャンセル量の調整によって、両耳間の位相差を補正して聴取者の違和感を低減することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2つのスピーカを使用し聴取者の任意の方向に音像を定位させ、クロストークキャンセルのキャンセル量を調整可能な音響装置に関する。
【背景技術】
【0002】
音場効果付与部が、所定の3次元音場効果を入力音響信号に対して付与することにより、左右の各チャンネルに対応した音響信号を発生させ、クロストークキャンセル部が、左右の各チャンネルに対応した音響信号を聴者の例えば前方に位置する2個のスピーカから各々発生した場合に各々がクロストークを生じることなく聴者の左右の耳に到達するように、左右各チャンネルの音響信号に対して信号処理を実行する装置が提案されていた(例えば、特許文献1参照。)。この装置によれば、多数のスピーカを使用することなく2個のスピーカのみにより3次元音響空間内においても得られるものと同等な音場効果を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平10−70798号公報(第3−5頁、第1図)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そして、頭部伝達関数(HRTF:Head Related Transfer Function)を畳み込んだ信号にクロストークキャンセル処理を施し、左右チャンネルを使用して任意の位置に音像を定位させることが可能となるトランスオーラルシステムを実現することができる。しかしながら、クロストークキャンセル処理を施すと、理想的な聴取者の音聴取位置から外れた場合、反射波の影響を受ける場合、個人差等により、両耳間での位相差が生じてしまい聴取者が違和感をおぼえてしまう場合があった。また、頭部伝達関数による音像定位制御とクロストークキャンセラ処理とを組み合わせた仮想的な音源生成装置において、音像を前方から斜め後方へと移動させる場合、適当な間隔で通過点での頭部伝達関数を用いて補間処理を行いながら音像を移動させていたが、頭部伝達関数を用いての前方での音像表現は、実際に前方に音源が存在する場合に比べて音の発生方向があいまいになる傾向があり、前後方向への音像の移動感が聴取者には感じられにくいものとなっていた。
【0005】
本発明は、かかる従来の課題を解決するためになされたもので、クロストークのキャンセル量を調整することで、外乱や個人差等により発生する位相差に起因する聴取者の違和感を低減する装置を提供することを目的とする。また、本発明の他の課題は、クロストークのキャンセル量を調整しつつも音量バランスを制御して、実際に存在するスピーカに定位する音を滑らかに仮想位置に移動させることを可能にする点にある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、本発明は、入力音響信号に基づいて所望の方向に音源を定位し2チャンネルの右耳用信号および左耳用信号を生成する音源方向制御部(100)と、
聴取者の右耳のみに前記右耳用信号を到達させると共に、聴取者の左耳のみに前記左耳用信号を到達させるように、2つのスピーカを駆動制御してクロストークをキャンセルするクロストークキャンセル処理部(200)と、
係数を有する1対の乗算器(60、70)と、を備え、
前記1対の乗算器の係数値の調整で前記クロストークキャンセル処理部におけるクロストークのキャンセル量を調整可能としたことを特徴とする。
【0007】
この発明によれば、クロストークキャンセル処理部(200)は、聴取者の右耳のみに右耳用信号を到達させると共に、聴取者の左耳のみに左耳用信号を到達させるように、2つのスピーカを駆動制御してクロストークをキャンセルするが、1対の乗算器(60、70)を設けてクロストークのキャンセル量を調整するようにしたので、このキャンセル量の調整によって、両耳間の位相差等を補正し聴取者の違和感を低減することができる。
【0008】
また、上記の音響装置において、音量バランス制御のための係数を有する1対の乗算器を更に備えた構成や、上記の音響装置の前記音源方向制御部と前記クロストークキャンセル処理部との間に、音量バランス制御のための係数を有する1対の乗算器を更に備えた構成とすることで、更に音量バランスの制御を行うことが可能である。
【0009】
これらの発明によれば、クロストークのキャンセル量を調整しつつも音量バランスを制御することができるので、実際に存在するスピーカに定位する音を滑らかに仮想位置に移動させることが可能になる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、外乱や個人差等により発生する位相差に起因する聴取者の違和感を低減する音響装置を提供することができるという効果が得られる。また、実際に存在するスピーカに定位する音を滑らかに仮想位置に移動させることが可能になる音響装置も実現可能になるという効果も得られる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】音響装置1の構成図である。
【図2】クロストークキャンセル処理部200の説明図である。
【図3】乗算器60の動作の説明図である。
【図4】他の実施形態の第1の音響装置2の構成図である。
【図5】他の実施形態の第1の音響装置3の構成図である。
【図6】クロストークキャンセル動作の説明図である。
【図7】動作の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施の形態について図面を参照しつつ説明する。
【0013】
図1は本発明の実施形態である音響装置1の構成図である。この音響装置1は、入力音響信号に基づいて所望の方向に音源を定位して2チャンネルの右耳用信号(R1)と左耳用信号(L1)とを生成する音源方向制御部100と、クロストークをキャンセルするクロストークキャンセル処理部200と、右スピーカ50、左スピーカ55とを有して構成される。
【0014】
音源方向制御部100は、フィルタ01(10)とフィルタ02(11)とを有して構成され、この両フィルタの出力が右耳用信号(R1)、左耳用信号(L1)となる。このフィルタ01(10)とフィルタ02(11)との伝達関数は所望の方向(および距離)での音源定位を行うための頭部伝達関数が予め測定や生成されてそれらが組み込まれている。そして、フィルタ01(10)、フィルタ02(11)がFIRフィルタで構成されている場合には、入力された入力音響信号に対してフィルタ係数との畳み込み演算を行って、右耳用信号(R1)、左耳用信号(L1)を生成する。かくして、頭部伝達関数を用いて所望の方向および距離での音像定位を行える。
【0015】
また、フィルタ11(20)とフィルタ12(25)とが右耳用信号R1の供給を受けるように構成され、フィルタ12(25)の出力は、乗算器60でその係数値(α)が乗じられ、この乗算結果は加算器45に入力される。同様に、フィルタ13(30)とフィルタ14(35)とが左耳用信号L1の供給を受けるように構成され、フィルタ13(30)の出力は、乗算器70でその係数値(α)が乗じられ、この乗算結果は加算器40に入力される。
【0016】
加算器40は、乗算器70の乗算結果とフィルタ11(20)の出力とを加算して右チャンネル出力信号を生成し、これを右スピーカ50に供給する一方、加算器45は、乗算器60の乗算結果とフィルタ14(35)の出力とを加算して左チャンネル出力信号を生成し、これを左スピーカ55に供給する。かくして、両スピーカからは対応する音が放音される。なお、乗算器60、乗算器70は、係数値が共にαであり、このαが「0」の場合、クロストークキャンセルが行われず、「1.0」の場合には完全なクロストークキャンセルが行われるので、乗算器60、70はクロストークキャンセル量を調整する機能を有する。
【0017】
さて、図2等を参照してクロストークキャンセル処理部200の動作について説明する。フィルタ11(20)、フィルタ12(25)、フィルタ13(30)、フィルタ14(35)の伝達関数を夫々「H11」、「H12」、「H21」、「H22」とする。また、信号x1、x2は、夫々、クロストークキャンセル処理部200への入力信号とする。信号x1はフィルタ11(20)およびフィルタ12(25)に供給されフィルタリング処理が行われる。同様に、信号x2はフィルタ13(30)およびフィルタ14(35)に供給されフィルタリング処理が行われる。さらに、フィルタ11(20)とフィルタ13(30)との出力が加算器40で加算され信号y1となって、この信号y1が右スピーカ50に供給されて対応する音が放音される。同様に、フィルタ12(25)とフィルタ14(35)との出力が加算器45で加算されて信号y2となって、この信号y2が左スピーカ55に供給されて対応する音が放音される。
【0018】
右スピーカ50から出力された音(信号)は聴取者の左右の耳に到達する。右スピーカ50から聴取者の右耳までの伝達関数と左耳までの伝達関数を夫々、G11、G12とし、同様に左スピーカ55から聴取者の右耳までの伝達関数と左耳までの伝達関数を夫々G21、G22とする。この場合、x1、x2とz1、z2との関係は、図6の上段の(式1)に示すようにマトリクスで表現される。即ち、入力信号x1、x2は4個のフィルタ20、フィルタ25、フィルタ30、フィルタ35の伝達関数でなる2行2列の行列と、スピーカ50、55から聴取者の耳までの伝達関数でなる2行2列の行列との乗算で表現されることになる。
【0019】
そして、クロストークキャンセルとは「z1=x1(式2)」、「z2=x2(式3)」となることである。従って、クロストークキャンセル処理部200のフィルタ20、フィルタ25、フィルタ30、フィルタ35の伝達関数は、図6の下段の(式4)の示すようになる。
【0020】
ここで図3を参照して信号x1のみが入力する場合を想定する。乗算器60の係数値をαとする。x1=1、x2=0として、(式1)に代入し、また(式4)のH11、H12、H21、H22を(式1)に代入して展開すると、聴取者の両耳に到達する信号は(式5)、(式6)のようになる。「z1=(G11・G22−αG21・G22)/(G11・G22−G12・G21)(式5)」、「z2=(G11・G22−αG22・G12)/(G11・G22−G12・G21)(式6)」。
【0021】
係数値αが1.0の場合、z1は1、z2は0に近似され右耳にのみ入力信号x1が到達し、(式8)、(式9)が得られることになる。「z1=x1(式7)」、「z2≒0(式9)」。同様にして、フィルタ13(30)、フィルタ14(35)においても、乗算器70の係数値αが1.0の場合、z2は1、z1は0に近似され左耳にのみ入力信号x2が到達し、「z2=x2」、「z1≒0」となる。そして、係数値αの値が1.0から離れる程、クロストークのキャンセル量が少なくなりクロストークキャンセル効果が効かなくなってくる。かくして、両乗算器60、70の係数値を調整することによってクロストークキャンセルの量を調整することが可能になる。
【0022】
そして、乗算器60の係数値αを1.0から下げると(式5)、(式6)の分子の2項目の値が小さくなるため、外乱の影響を受けてもz1、z2共に正の値となる確率が高くなり、逆相による不快感を低減することができる。なお、乗算器60、70の係数値は聴取者が適宜調整するようにしても良いし、ベンダー側が事前に調整しておいて装置の提供を行うようにしても良い。
【0023】
以上のように、クロストークキャンセル処理部200は、聴取者の例えば前方に存在する右スピーカ50からは聴取者の右耳のみに右耳用信号を到達させると共に、聴取者の例えば前方に存在する左スピーカ55からは聴取者の左耳のみに左耳用信号を到達させるように、右スピーカ50および左スピーカ55を駆動制御してクロストークをキャンセルするが、1組の乗算器60、70を設けてクロストークのキャンセル量を調整するようにしたので、このキャンセル量の調整によって、両耳間の位相差等を補正し聴取者の違和感を低減することができる。なお、乗算器60および70の係数値は必ずしも同じ値である必要なない。
【0024】
(他の実施形態)
図4は他の実施形態の音響装置2の構成図である。図1の構成に比べて異なる点は、フィルタ11(20)と加算器41との間に乗算器80を設けた点と、フィルタ14(35)と加算器46との間に乗算器90を設けたことである。この実施形態においては、乗算器80と乗算器90の係数値が同一でその値はβである。なお、この係数値も乗算器80と乗算器90とで必ずしも同じ値でなくても良い。
【0025】
図1に示すように聴取者の前方に2つのスピーカ50、スピーカ55が設置されている場合で説明する。乗算器60、70の係数値α、係数値αが0の場合、クロストークキャンセルは機能せず、音像はステレオとして左右のスピーカ50、スピーカ55の間に定位する。乗算器60、70の係数値α、係数値αの値を0.0から1.0に徐々に上げると音像は実際のスピーカ位置から、任意の仮想音源位置に徐々移動する。
【0026】
これは、係数値αの値の制御のみなので従来よりも少ない演算量でかつ従来よりも前後方向への移動感を表すことができることになる。例えば、図7に示す様に、音源方向制御部100での頭部伝達関数を聴取者の斜め後方45度に設定する(予め計測しておき組込む)と、音像はスピーカ50付近の前方から斜め後方45度に滑らかに移動することになる。従来では頭部伝達関数を用いて音源を聴取者の前後方向に移動させてもこの移動感が把握されにくかった。但し、この方法のみでは、乗算器60、70の係数値α、係数値αが0と1.0で音量差が発生する場合がある。そこで、図4に示すように乗算器80、90の係数値β、係数値βを追加し乗算器60、70の係数値α、αに連動して調整することによって、全体の音量バランスを制御し音量差をなくすことができる。例えば次式で表す関係を保持して係数値の連動調整を行うようにすれば良い。「β=0.7+0.3・α」(但し、0.7、0,3は実数の一例であり、一般にはβ=a+b:a、bは実数)。
【0027】
また、図5に示す構成もこの音量バランスの制御を行うものである。図5に示す音響装置3は、音源方向制御部100とクロストークキャンセル処理部200との間に、音量バランス制御のための係数を有する1対の乗算器81、91を備えた構成としている。より具体的には、フィルタ01(10)と、フィルタ11(20)及びフィルタ12(25)の入力接続点との間に係数値γの乗算器81を設けると共に、フィルタ02(11)と、フィルタ13(30)及びフィルタ14(35)の入力接続点との間に係数値γの乗算器91を設けている。この場合には「γ=0.7+0.3・α」(但し、0.7、0,3は実数の一例であり、一般にはγ=c+d:c、dは実数)なる関係を保持して係数値の連動調整を行えば良い。
【0028】
このように、一般には音源移動が感じられない聴取者の前後方向の音源移動であっても、クロストークのキャンセル量を調整しつつも音量バランスを制御することができるので実際に存在するスピーカに定位する音を滑らかに仮想位置に移動させることが可能になる。なお、以上の説明では設置する2つのスピーカの位置を聴取者の前方とした場合を想定したが、2つのスピーカの設置位置はこれに限られず聴取者の横方向、後方、斜め後ろ方向等でも良い。
【産業上の利用可能性】
【0029】
以上説明してきたように、本発明は音楽分野において例えば仮想音源の再生等に利用することができる。
【符号の説明】
【0030】
10 フィルタ
11 フィルタ
20 フィルタ
25 フィルタ
30 フィルタ
35 フィルタ
40 加算器
45 加算器
50 右スピーカ
55 左スピーカ
100 音源方向制御部
200 クロストークキャンセル処理部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力音響信号に基づいて所望の方向に音源を定位し2チャンネルの右耳用信号および左耳用信号を生成する音源方向制御部と、
聴取者の右耳のみに前記右耳用信号を到達させると共に、聴取者の左耳のみに前記左耳用信号を到達させるように、2つのスピーカを駆動制御してクロストークをキャンセルするクロストークキャンセル処理部と、
係数を有する1対の乗算器と、を備え、
前記1対の乗算器の係数値の調整で前記クロストークキャンセル処理部におけるクロストークのキャンセル量を調整可能としたことを特徴とする音響装置。
【請求項2】
請求項1に記載の音響装置において、
音量バランス制御のための係数を有する1対の乗算器を更に備えたことを特徴とする音響装置。
【請求項3】
請求項1に記載の音響装置において、
前記音源制御部と前記クロストークキャンセル処理部との間に、音量バランス制御のための係数を有する1対の乗算器を更に備えたことを特徴とする音響装置。
【請求項4】
請求項2に記載の音響装置において、
前記クロストークのキャンセル量を調整可能とする両乗算器の係数は同じ値(α)であると共に、前記音量バランス制御を行うための両乗算器の係数は同じ値(β)であり、αとβとは「β=a+b・α(a、bは実数)」なる関係を保って連動調整されるようにしたことを特徴とする音響装置。
【請求項5】
請求項2に記載の音響装置において、
前記クロストークのキャンセル量を調整可能とする両乗算器の係数は同じ値(α)であると共に、前記音量バランス制御を行うための両乗算器の係数は同じ値(γ)であり、αとγとは「γ=c+d・α(c、dは実数)」なる関係を保って連動調整されるようにしたことを特徴とする音響装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−54627(P2012−54627A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−193171(P2010−193171)
【出願日】平成22年8月31日(2010.8.31)
【出願人】(000130329)株式会社コルグ (111)
【Fターム(参考)】