説明

顎間固定用器具

【課題】従来の顎間固定の手法では、2週間から6週間にも及ぶ顎間固定中に開閉口ができず、拘束感が長時間続き、息苦しさがあり、清掃がしづらく、嘔吐などの緊急時に対応が困難であるといった問題がある。
【解決手段】患者のDICOMデータをもとにモデリングを行い、個々の患者の上下の歯列形状に即して形成された上下一対のスプリントと、このスプリントと歯牙とを固定する固定手段と、スプリントに設けられた複数の突起と、歯列に装着され、かみ合わせた状態における上下スプリントの突起位置に対応して設けられたはめ込み穴を有するシリコンコートとからなる顎間固定用器具。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、下顎骨折時の治療などに用いられる顎間固定用器具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、下顎骨折時の治療などにおける顎の固定法は二種類存在する。一つは、口腔内固定と呼ばれ、整復と同時に剪断された骨をワイヤやプレートによって繋ぎあわせ、接続した状態で固定しておくものである(「口腔外科学第2版」 医歯薬出版:非特許文献1)。もう一つは、顎間固定と呼び、副子と呼ばれる固定を補助する器具やワイヤを用い、上下の顎間を固定することで接合した部分に負荷がかからないようにし、再接合まで安静にするものである(「標準口腔外科学」 医学書院出版:非特許文献2)。口腔内固定はほとんどが観血的に行われ、顎間固定は非観血的に行われることが多い。
【0003】
一方、近年において、MRIやCTスキャンで得られた画像データから、コンピュータ上でCADシステムにより立体モデルを設計し、これをコンピュータ上で一定の間隔でスライスしてその断面のデータを作成し、この断面データに基づき、光硬化性樹脂などの構造材料を積層して三次元立体モデルを形成する三次元積層造形の手法を利用して患者の患部のモデルを作成し、手術の除去部分の検討や手術のシミュレーションを行うことが可能となり、医療分野においても注目されるようになってきている(特許文献1、特許文献2、特許文献3)。
【0004】
医療分野への応用の一例として、公開特許公報2006-314580号(特許文献4)には、歯根造形部の外形を正確に再現し、骨造形部の内部に存在する歯根造形部に係わる外形を含む情報を骨造形部の外から的確に把握できるようにするために、MRIやCTのスライスデータを利用して光造形装置により顎模型を造形したものが示されている。
【特許文献1】公開特許公報2006-78604号
【特許文献2】公開特許公報2006-119435号
【特許文献3】公開特許公報2006-314580号
【特許文献4】公開特許公報2006-314580号
【非特許文献1】「口腔外科学第2版」 医歯薬出版
【非特許文献2】「標準口腔外科学」 医学書院出版
【非特許文献3】『素形材』平成19年7月号「ラピッドプロトタイピングの最新動向」:財団法人 素形材センター発行
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来の顎間固定の手法では、2週間から6週間にも及ぶ顎間固定中に開閉口ができず、拘束感が24時間続き、息苦しさがあり、清掃がしづらく、嘔吐などの緊急時に対応が困難であるといった問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明はこのような従来の問題を解決するためになされたものであり、患者のDICOMデータをもとにモデリングを行い、個々の患者の上下の歯列形状に即して形成された上下一対のスプリントと、このスプリントと歯牙とを固定する固定手段と、スプリントに設けられた複数の突起と、歯列に装着され、かみ合わせた状態における上下スプリントの突起位置に対応して設けられたはめ込み穴を有するシート状部材とからなる顎間固定用器具を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明は以上のような構成を有する顎間固定用器具であるから、患者個々の顎形状に合わせて骨折の偏位を修正し、整復された状態で顎間固定を行うことができ、さらに、シリコンコートが患者自身により容易に着脱できるため、緊急時の対応が容易であり、患者の拘束感を和らげることができ、QOLの低下を軽減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下に、本発明の顎間固定用器具の製造及びこれを用いた顎間固定の手順を説明する。
【0009】
<1.スプリントの形状設計>
以下の手順にて、三次元積層造形の手法を用いてCAD上で形状データを作成する。
1.患者の顎のCTやMRIなどのスライスデータからDICOMデータを作成する。患者の顎部分のDICOMデータを作成し、造形する方法は、たとえば、特許文献4に示されるものを用いることができる。
2.DICOMデータの上下の歯列に沿って、面を張り、スプリント本体の強度に必要な厚み分だけオフセットする。
3.スプリントの歯牙への装着をワイヤによる固定とするため、歯の間にあたる位置にワイヤを通すための穴を開ける。穴は、三次元積層造形によらず、スプリント本体の成形後に穴開け加工を行っても良い。
4.歯牙の形状で、ブーリアンの差を実行する。
5.上下スプリント本体の所定の位置に、上下のスプリントを結合するためのシート状部材との引っかかりとなるピンをたてる。
【0010】
<2.スプリントの製作>
上記によって得られたデータを用いて、三次元積層造形の手法により、患者個々の歯列形状に適合して歯牙に固定されるスプリント本体を製作する。三次元積層造形の手法に関しては、特許文献1〜4などに示される公知の方法を用いることができる。
【0011】
<3.シリコンシートの製作>
1.シート状部材は、共通部品として、キャスト製法などによりシート状に成形する。シート状部材としては、シリコン樹脂などの人体安全性と耐酸、耐アルカリなどの安定性を有する素材を用いることが好ましい。
2.作成したシート状部材に、上記患者のDICOMデータを基に作成したスプリントの、歯列に装着され、かみ合わせた状態におけるピンに対応した位置に、ピンの頭部の直径よりやや小さい径の穴を開ける。
【0012】
<4.患者の顎の固定>
1.上下のスプリントをそれぞれ患者の歯列に沿わせ、スプリント本体にあけられた穴にワイヤを通して歯牙にまきつけ、スプリントを歯牙に装着する。スプリントを歯列に沿わせて装着する方法としては、患者の歯間部に板バネを挿入するなどの方法を用いることもできる。
2.上下にスプリントを装着した状態で患者の上下顎をかみ合わせ、シート状部材の穴を上下スプリント本体に設けたピンにはめ込み、上下のスプリントを固定する。上下の顎の固定は、スプリントに設けたピンと、シートに設けたはめこみ穴とを嵌め込む方法の他に、
3.緊急時など、固定状態を解除する必要が生じた場合には、シート状部材のはめこみ穴を端から順にピンからはがすことにより、患者自身の手で容易に解除できる。
【実施例】
【0013】
以下、図面を用いて本発明の実施例を説明する。
【0014】
<1.スプリントの形状設計>
図1に示すスプリントの形状データを作成する手順を、図2〜図4の上下スプリント(1a,1b)の構成図や図5,6の断面図を参照して説明する。
1.患者の顎のCTやMRIなどにより患者の顎部位を撮像する。
2.撮像画像から、画像データを読み出す。
3.画像データを画像データ処理用のコンピュータに取込む。
4.フィルタ処理により骨部データを抽出する。
5.骨部の形状を三次元CTデータ化する。
6.さらにフィルタ処理を行い、歯根部のデータを抽出する
7.歯根部データを三次元CTデータ化する。
8.処理コンピュータから、骨部と歯根部の2種のデータを出力する。
9.3Dソフト上でコンピュータからのデータを読み込む。
10.歯列に沿って面を張る。
11.歯列の厚み分をオフセット(図5,6参照)する。
12.歯の間に、スプリントを歯列に固定するためにワイヤを通す穴(2)(直径0.9mm)を開ける。
13.歯牙の形状でブーリアンの差を実行する。
14.スプリント本体に、上下のスプリントを結合するためのシート状部材(4)のはめこみ穴(5)との引っかかりとなるピン(3)(直径1,5mm,頭部直径3mm)をたてる(この例では上下にそれぞれ3点)。
15.呼吸を楽にするためのスプリント通気孔(6)を上下スプリント本体(1a,1b)のかみ合わせ部の適所に明ける。
【0015】
<2.スプリントの製作>
上記によって作成したデータを用いて、三次元積層造形の手法により、患者個々の歯列形状に適合して歯牙に固定されるスプリント本体(1a,1b)を製作する。三次元積層造形の手法に関しては、スプリントの材料として金属を用いるために、特に粉末燃結造形方法や金属光積層造形方法が適している(『素形材』平成19年7月号「ラピッドプロトタイピングの最新動向」:財団法人 素形材センター発行:非特許文献3)。この方法では、得られたCADデータから0.02〜0.1mm間隔のスライスデータを作成し、レーザーを照射することにより素材金属粉末を層ごとに成形し、積層して三次元造形を行う。
【0016】
<2.シート状部材の製作>
図8にシート状部材(4)の正面図を示す。
1.シート状部材(4)は、共通部品として、シリコンを用いてキャスト製法により成形する。大きさはたとえば(90×15×1)mmであり、シリコンを成形してシート形状とする。シリコン樹脂は、人体安全性と耐酸、耐アルカリなどの安定性を有し、口腔内に装着する部材として適している。
2.作成したシリコンシート(4)に、上記患者のDICOMデータを基に作成したスプリント(1a,1b)の、歯列に装着されかみ合わせた状態におけるピン(3)に対応した位置にピンの直径に合わせ、ヘッド部の直径より小さい径(直径1.5mm)のはめこみ穴(5)を開ける。また、上下スプリント(1a,1b)のかみ合わせ部に開けられたスプリント通気孔(6)に対応した位置にシート通気孔(7)を設ける。
【0017】
<3.患者の顎の固定>
図3は上下スプリント(1a,1b)にシート状部材を着脱するときの状態を、図4は、上下スプリント(1a,1b)にシート状部材を装着したときの状態を、および図7は、下顎の歯列にスプリント(1b)をワイヤ(8)を用いて固定したときの状態をそれぞれ示す。
1.上下のスプリント(1a,1b)をそれぞれ患者の歯列に沿わせ、スプリント本体にあけられた穴(2)にワイヤ(8)を通して歯牙にまきつけ、スプリント(1a、1b)を歯牙に装着する。
2.上下スプリント(1a,1b)を上下の歯列に装着した状態で患者の上下顎をかみ合わせ、シート状部材(4)のはめこみ穴(5)を上下スプリント本体に設けたピン(3)にはめ込み、上下のスプリント(1a,1b)を固定し、顎間を固定する。
3.緊急時など、固定を解除する必要が生じた場合には、図3に示すように、シート状部材(4)のはめこみ穴(5)を端から順にピン(3)からはがすことにより、患者自身の手で容易に解除できる。
【産業上の利用可能性】
【0018】
本発明は、医療機器、特に下顎骨折時の治療などに用いられる顎間固定用器具として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】スプリントを造形するためのデータを作成する手順を示すチャート図
【図2】本発明で造形したスプリントの後方斜視図
【図3】スプリントにシリコンシートを脱着する時の状態を示す図
【図4】スプリントとシリコンシートの装着状態を示す図
【図5】図3にA-A’で示す部分の、上下スプリント1a,1b本体の断面図
【図6】図3にB-B’で示す部分の、ピンを含む下スプリント1bの断面図
【図7】下顎にスプリントを固定したときの状態を示す図
【図8】スプリントを固定するためのシリコンシートの正面図
【符号の説明】
【0020】
1:スプリント(1a:上スプリント、1b:下スプリント)
2:ワイヤ通し穴
3:ピン
4:シート状部材
5:はめこみ穴
6:スプリント通気孔
7:シート通気孔
8:スプリント固定用ワイヤ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
患者のDICOMデータをもとにモデリングを行い、個々の患者の上下の歯列形状に即して形成された上下一対のスプリントと、このスプリントと歯牙とを固定する固定手段と、スプリントに設けられた複数のピンと、歯列に装着されかみ合わせた状態における上下スプリントのピン位置に対応して設けられたはめ込み穴を有するシート状部材とからなる顎間固定用器具。
【請求項2】
上記固定手段が、歯列データに対応してスプリントにワイヤ通し穴を設け、この穴を通してワイヤによって歯牙にスプリントを固定するようにした請求項1に記載の顎間固定用器具。
【請求項3】
上記シート状部材が、シリコン素材をシート状に加工したものである請求項1に記載の顎間固定用器具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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