説明

顔料インク、インクジェット記録方法、インクカートリッジ、記録ユニット、及びインクジェット記録装置

【課題】インクの信頼性や吐出特性が良好でインクジェット用にも好適であり、記録媒体の非記録部に傷が付く程の強い圧力を加えて爪で引っ掻いた場合でも色材が殆ど削れ落ちない画像の耐擦過性を実現できる顔料インクの提供。
【解決手段】少なくとも、顔料、特定の下記構造を有するシロキサン化合物、並びに、酸価及び水素結合項(δh)が特定された樹脂を含有してなることを特徴とする顔料インク。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、色材として顔料を用いた、インクジェット用にも好適な顔料インク、並びに、前記顔料インクを用いたインクジェット記録方法、インクカートリッジ、記録ユニット、及びインクジェット記録装置に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット記録用のインクでは、色材として顔料を含む顔料インクが、近年、オフィスやホーム用途に用いられる小型プリンタ用としてだけでなく、ポスターや広告を印刷する用途に用いられる大判プリンタ用としても広く適用されている。大判プリンタで印刷する際には、A0サイズやA1サイズなどのかなり大きな記録媒体を用いることが多く、画像を形成した記録媒体を持ち運ぶ際には、丸めて筒状にすることが一般的であるため、下記のような問題を生じることがある。
【0003】
すなわち、記録媒体を丸める際に、記録媒体の角などの鋭利な部分で画像を擦るような場合があるが、このとき、顔料インクで形成した画像に傷が付き、色材が削れ落ちるという問題が、かなりの頻度で発生する。また、これと同様の課題は、他の状況においても発生する。例えば、顔料インクで画像を形成した記録媒体をポスターとして屋外に貼る際に、画像が爪などの鋭利なもので強く引っ掻かれるような場合である。このときも、上記と同様に、色材が削れ落ちるという問題がかなりの頻度で発生する。以上のように、大判プリンタに用いるインクとして顔料インクを選択した場合には、鋭利なものが画像に触れたとしても、画像の色材が削れ落ちることがない、従来よりも格段に高いレベルの耐擦過性を実現することが大きな課題となっている。
【0004】
これに対して、これまでにも、顔料インクで形成した画像の耐擦過性は課題となっていたため、かかる課題を解決するために様々な方法が提案されている。しかし、その多くが、オフィスやホームなどで用いられる小型プリンタ用を対象として検討が行われているため、従来の技術を用いるだけでは、指で画像に触れて傷がつかない程度の耐擦過性を得るのが精一杯である。つまり、今もなお、前記したような、鋭利なものが画像に触れた場合に生じる耐擦過性の課題を解決することはできていないのである。
【0005】
無論、鋭利なものが触れるような状況においても耐擦過性を満足し得る画像の提供を可能とすべく、より高いレベルの画像の耐擦過性を得るための方法に関する提案はいくつかある。例えば、インクジェット用インクで形成した画像の上に特定の化合物を付与することで、画像の滑り性を高め、画像の耐擦過性を向上させることに関する提案がある(特許文献1及び2参照)。また、特定の樹脂及び特定のポリエーテル変性オルガノシロキサンを含有するインクを用いることで、画像の耐擦過性及び耐スクラッチ性を向上させることに関する提案がある(特許文献3参照)。
【0006】
【特許文献1】特開2000−108495号公報
【特許文献2】特開2004−284362号公報
【特許文献3】特開2003−192964号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、本発明者らの検討の結果、インクジェット用インクの成分を改良しただけでは、従来技術のいずれを用いても、上述した本発明が目的とする格段に高いレベルの耐擦過性を満足する画像を得るには至らないことがわかった。すなわち、インクの成分を改良した従来技術によれば、爪で軽く触れても画像に傷が付かないレベルの耐擦過性であれば十分に満足できる画像が得られるが、それよりも高いレベルの画像の耐擦過性を実現できてはいない。具体的には、この場合には、記録媒体の非記録部に傷が付く程の強い圧力を加えて爪などの鋭利なもので画像を引っ掻くと、色材が削れ落ちるという現象が起きる。
【0008】
これに対し、例えば、特許文献1及び2に記載されているように、画像の形成後に、潤滑物質や滑り化合物を散布又は塗布するといった、いわゆる固形物で画像を保護する方法を用いて確実に画像を保護すれば、本発明の目的を達成できるかもしれない。また、画像をフィルムなどで覆うラミネート方式などを用いた場合も、特許文献1及び2に記載の発明と同様に、本発明の目的を達成できるかもしれない。しかし、本発明者らの検討によると、特許文献1や2に記載のように、潤滑物質や滑り化合物を含むインクを用いる場合や、潤滑物質や滑り化合物を含む水溶液を画像上に付与する場合では、潤滑物質や滑り化合物が水性媒体と共に記録媒体の内部へ浸透する。その結果、これらの液体を画像に付与することによる耐擦過性向上の効果はほとんど得られないことがわかった。以上のように、単に耐擦過性が向上するような物質を含有するインクを用いることや、かかる物質を含有する水溶液を画像形成後に付与する方法では、本発明が目的とする高いレベルの耐擦過性を満足した画像を得ることができないのである。また、上記したラミネート方式を用いた場合には、記録装置とは別の装置を用いてラミネート処理を行う必要があるため、コストが高くなるという別の問題もある。
【0009】
また、先に挙げた特許文献3に記載された方法によっても、特許文献1及び2と同様に、本発明が目的とする格段に高いレベルの耐擦過性を有する画像を実現することはできない。すなわち、特許文献3によると、画像の耐擦過性及び耐スクラッチ性を両立するために、特定のポリエーテル変性オルガノシロキサンを含有するインクを用いることが記載されている。しかし、特許文献3の実施例には、特定のポリエーテル変性オルガノシロキサンを含有する実施例1と、これを含有しない比較例2の耐スクラッチ性が同等である旨の評価結果が記載されている。このことは、特許文献3に記載の発明において、インク中のポリエーテル変性オルガノシロキサンは、インクを記録媒体に付与した後に水性媒体と共に記録媒体の内部へ浸透するため、耐スクラッチ性を向上させる効果には関与しないことを示唆している。つまり、特許文献3に記載の発明において、画像における耐スクラッチ性の向上は、樹脂のみに依存することを示唆していると言える。
【0010】
一方、画像の耐擦過性の向上に関しては、ポリエーテル変性オルガノシロキサンによる効果がやや認められる。しかし、画像を形成してから一定の時間が経過した後に急速に耐擦過性が向上することを考慮すると、画像の耐擦過性を向上させる効果も、主として樹脂に依存するものであるといえる。そして、本発明者らの検討によれば、インクジェット用インクに用いられているような水溶性樹脂の性能のみでは、記録媒体と樹脂と顔料との結着力が、樹脂の強度のみに依存する。このため、インク中の樹脂の含有量をどんなに増加させても、爪で軽く触れても記録媒体に傷が付かない程度までの耐擦過性しか得ることができないことがわかった。特に、インク中の顔料固形分の含有量が、インク全質量を基準として、1.2質量%以下である場合は、フィラー剤として機能する固形分の含有量が少ないため、インク中に含有させた樹脂のみで本発明が目的とする高い耐擦過性を得ることは不可能である。つまり、樹脂の性能のみで画像の耐擦過性を向上させている特許文献3に記載の発明においても、従来の耐擦過性の範疇でのレベルであり、本発明が目的とする耐擦過性のレベルには到底達していない。
【0011】
また、特許文献3に記載されたインクは、インクジェット用インクとして用いることにはあまり適していないと言える。特許文献3に記載された発明において用いられている酸価が極端に低い樹脂は、水性媒体への溶解性が非常に低い場合がある。このため、インクを調製する際には、かかる樹脂を100℃以上のかなりの高温で溶解する必要があり、一般的なインクジェット方法に適用するインクとして用いるには非現実的である。
【0012】
したがって、本発明の目的は、インクジェット記録にも適用可能とするために、保存安定性などのインクの信頼性を満足すると同時に、大判のプリンタ用にも適用可能な従来にない高いレベルの耐擦過性を有する画像を形成できる顔料インクを提供することにある。具体的には、記録媒体の非記録部に傷が付く程の強い圧力を加えて爪で引っ掻いた場合でも、色材がほとんど削れ落ちることがない高いレベルの耐擦過性を有する画像を得ることができる顔料インクを提供することにある。また、本発明の別の目的は、このような高いレベルの耐擦過性を有する画像が得られるインクジェット記録方法、インクカートリッジ、記録ユニット、及びインクジェット記録装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の目的は、下記の本発明によって達成される。すなわち、本発明にかかる顔料インクは、少なくとも、顔料、シロキサン化合物、及び樹脂を含有する顔料インクであって、前記シロキサン化合物が、下記式(1)で表されるシロキサン化合物であり、前記樹脂が、酸価が90mgKOH/g以上150mgKOH/g以下であり、かつ、樹脂を構成するモノマーの溶解度パラメーターより算出される樹脂の水素結合項(δh)が1.0cal0.5/cm1.5以上3.7cal0.5/cm1.5以下であることを特徴とする。

(式(1)で表されるシロキサン化合物の重量平均分子量は5,000以上50,000以下であり、式(1)中、Rはメチル基又はフェニル基であり、mは1以上670以下、nは0以上200以下である。)
【0014】
また、本発明の別の実施態様にかかるインクジェット記録方法は、インクをインクジェット方法で吐出して記録媒体に記録を行うインクジェット記録方法であって、前記インクとして、上記本発明の顔料インクを用いることを特徴とする。
【0015】
また、本発明の別の実施態様にかかるインクカートリッジは、インクを収容するインク収容部を備えてなるインクカートリッジであって、前記インク収容部に収容されているインクが、上記本発明の顔料インクであることを特徴とする。
【0016】
また、本発明の別の実施態様にかかる記録ユニットは、インクを収容するインク収容部と、インクを吐出する記録ヘッドとを備えてなる記録ユニットであって、前記インク収容部に収容されているインクが、上記本発明の顔料インクであることを特徴とする。
【0017】
また、本発明の別の実施態様にかかるインクジェット記録装置は、インクを収容するインク収容部と、インクを吐出する記録ヘッドとを備えてなるインクジェット記録装置であって、前記インク収容部に収容されているインクが、上記本発明の顔料インクであることを特徴とする。
【0018】
また、本発明の別の実施態様にかかる顔料インクは、少なくとも、顔料、シロキサン化合物、及び樹脂を含有する顔料インクであって、前記シロキサン化合物が、下記式(1)で表されるシロキサン化合物であり、記録媒体に形成した基準評価画像の動摩擦係数が、0.40以下となるように構成されていることを特徴とする顔料インクであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、インクジェット用としても好適なインクの保存安定性を満足し、かつ、従来の技術が目的としていた耐擦過性をはるかに上回るレベルの、優れた耐擦過性を有する画像を形成できる顔料インクが提供される。具体的には、該インクで形成した画像は、記録媒体の非記録部に傷が付く程の強い圧力を加えて爪で引っ掻いた場合でも、色材がほとんど削れ落ちることがない高いレベルの耐擦過性を有するものとなる。また、本発明の別の実施態様によれば、上記で述べたような格段に高いレベルの耐擦過性を有する画像を安定して得ることができる、インクジェット記録方法、インクカートリッジ、記録ユニット、及びインクジェット記録装置が提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に、好ましい実施の形態を挙げて、本発明を詳細に説明する。本発明の最大のポイントは、顔料インク(以下、単に「インク」と呼ぶことがある。)の構成を、後述する特定の樹脂及び特定のシロキサン化合物を含有する構成とし、このインクを用いて形成した画像の表面を滑りやすくしたことにある。画像の表面が滑りやすくなる結果、従来のインクを用いて形成した画像と比較して、画像の耐擦過性を格段に向上させることが可能となる。すなわち、本発明は、従来の技術のように、樹脂の造膜性のみを利用して画像の耐擦過性を向上させるという思想とは異なり、画像と、かかる画像と接触する物質との摩擦力にも着目するという新しい発想に基づいてなされたものである。その結果、本発明によれば、記録媒体の非記録部に傷が付く程の強い圧力を加えて、画像を爪で引っ掻いた場合でも、色材が削れ落ちないだけでなく、傷跡がほとんど残らない画像を提供することも可能となる。
【0021】
本発明者らの検討の結果、本発明の目的を達成するための画像と前記画像と接触する物質(例えば、爪)との摩擦力、すなわち、画像表面の滑りやすさは、動摩擦係数を指標として表すことができることがわかった。動摩擦係数は、耐擦過性試験装置を用いて以下のように測定することができる。図1に、耐擦過性試験を説明するための模式図を示した。
【0022】
本試験においては、爪による引っ掻き傷と近い状態の傷を発生させる摩擦物2−3として、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)ボールを用いる。そして、表面性試験機(商品名:ヘイドン トライボギア TYPE14DR;新東科学製)を用いて下記のようにして、引っ掻き傷を発生させる。具体的には、図1に示したように、上方から荷重を付加したPMMAボールを画像面に垂直に接触させて、稼動ステージ2−1上のサンプル2−2を所定のスピードで移動させて引っ掻き傷を発生させる。
【0023】
摩擦物2−3を固定するための金具の質量は天秤機構2−5により除去されている。そして、画像面の耐擦過性は、画像面に付与される垂直荷重(分銅2−4)で評価する。また、ステージ2−1を移動させた際の摩擦物2−3に働く水平方向力は、固定金具と接続したロードセル2−6を通して計測可能である。移動時の水平方向力と垂直荷重力との比から、摩擦物2−3に対する画像面の動摩擦係数を測定することができる。
【0024】
本発明者らは、上述したような方法で、種々の画像について耐擦過性試験を行い、詳細な検討を行った。その結果、コート層を有する記録媒体に基準評価画像を形成した場合、基準評価画像の動摩擦係数(以下、画像の動摩擦係数と呼ぶ)が0.40以下であれば、本発明が目的とする高いレベルの耐擦過性を満足できる画像となることがわかった。さらには、画像の動摩擦係数が、0.35未満、特には、0.30以下となるように構成することが好ましいことを見出した。動摩擦係数の下限は0.00以上である。なお、本発明における「基準評価画像」とは、インク1滴あたりの吐出量:3ng乃至5ng、解像度:1,200dpi×1,200dpi、8パス双方向記録、記録デューティ:100%の条件で形成した画像のことである。
【0025】
ここで、インクで形成した画像の動摩擦係数を0.40以下とするために、後述する特定の樹脂と共に特定のシロキサン化合物を含有するインクを用いるという本発明の構成に至った経緯を説明する。先ず、本発明者らは、上記本発明の目的を達成するために、従来より塗膜表面のスリップ性を向上させる効果があるとされているシロキサン化合物の数種類を含有するインクについて検討を行った。しかし、上記特定のシロキサン化合物を含有するインクを用いて形成した画像の動摩擦係数と、上記特定のシロキサン化合物を含有しないインクを用いて形成した画像の動摩擦係数を比較したところ、動摩擦係数の値には違いがないことがわかった。すなわち、単に、本発明者らが検討したいずれのシロキサン化合物を含有するインクを用いても、それだけでは、本発明が目的とする画像の動摩擦係数には到底達せず、耐擦過性が十分な画像が得られないことがわかった。このように、塗膜表面のスリップ性を向上させる効果があるとされるシロキサン化合物を含有するインクを用いたにもかかわらず、形成した画像の動摩擦係数に変化が生じない理由は明確には定かではない。しかし、本発明者らは、この理由を、インク中のシロキサン化合物が、同じくインク中の水性媒体と共に記録媒体の内部へ浸透するため、記録媒体上にシロキサン化合物が存在しない状態となるためであると推測している。
【0026】
そこで、本発明者らは、インク中のシロキサン化合物の大半を記録媒体上に残すための方法についての検討を行った。そして、先ず、本発明者らは、シロキサン化合物と樹脂とを併用し、シロキサン化合物の特性と、これと併用する樹脂の特性との相乗効果を利用することを考えた。その結果、下記の2つの構成のいずれかが、本発明の目的を達成するために最適であると考え、検討を進めた。1つの構成は、記録媒体上に定着し造膜する特性を有する樹脂をインク中に含有させることにより、インク受容層に存在する無数の隙間を目詰まりさせて、シロキサン化合物の記録媒体へ浸透を防ぐ構成である。もう1つの構成は、疎水性が高いシロキサン化合物の特性を利用して、顔料又は樹脂にシロキサン化合物を吸着させて、樹脂と共に記録媒体上に存在させる構成である。
【0027】
先ず、本発明者らは、上記の2つの構成における共通の要素である樹脂について検討を行った。その際、本発明の目的を達成することができる樹脂としては、インクが記録媒体に付与された直後に固液分離を起こし、記録媒体上に顔料と共に定着する特性を有することが必要であると考えた。そこで、このような特性を有する樹脂を選択することを中心に検討を進めた。その結果、記録媒体上で定着し、ある程度強度が大きい膜を形成することができる樹脂として、以下の特性を有する樹脂が最適であるという結論に至った。該樹脂とは、酸価が90mgKOH/g以上150mgKOH/g以下であり、かつ、樹脂を構成するモノマーの溶解度パラメーターより算出される樹脂の水素結合項が少なくとも3.7cal0.5/cm1.5以下の樹脂である。ここで、樹脂の水素結合項(δh)とは、その樹脂を構成するモノマー固有の溶解度パラメーターより算出される値であるが、これについては後述する。
【0028】
なお、本発明のインクの構成成分として用いることができる樹脂は、上記で述べた樹脂に限られるものではない。すなわち、本発明で使用する特定のシロキサン化合物と共にインクに含有させ、画像を形成した場合に、本発明が目的とする高いレベルの耐擦過性を実現できる樹脂であれば使用することができる。具体的には、インクを記録媒体に付与した直後に固液分離を起こし、記録媒体上に顔料と共に定着する特性を有する樹脂であれば、本発明の目的を達成することができる。例えば、後述する特定のシロキサン化合物と共に含有させてなるインクを用いて形成した基準評価画像の動摩擦係数が0.40以下となるように構成できる樹脂であれば、本発明のインクの構成成分として用いることができる。すなわち、当該インクを記録媒体に付与した後に記録媒体上に残り、ある程度の強度を有する膜を形成することができる樹脂であれば、本発明のインクの構成成分として用いることが可能である。さらに本発明のインクに用いる樹脂としては、このような特性を有し、かつ、本発明の目的を達成するために必須となる、後述する画像の滑り性を向上させる特定のシロキサン化合物と吸着する特性を有する樹脂であれば、特に最適である。
【0029】
本発明者らは、次に、上記特性を有する樹脂と、先に検討したシロキサン化合物を含有するインクを用いて画像を形成し、得られた画像の耐擦過性を調べた。その結果、画像の動摩擦係数は0.40以下となり、特定のシロキサン化合物と併用することで、上記特性を有する樹脂のみを含有するインクで形成した画像の耐擦過性をはるかに上回る耐擦過性を有する画像が得られることがわかった。
【0030】
以上の結果から、上記で説明した特性を有する樹脂と、特定のシロキサン化合物とを共に含有するインク、という本発明の最適な構成に至った。より好適な樹脂として、下記の特性を有する樹脂を用いる。すなわち、酸価が90mgKOH/g以上150mgKOH/g以下であり、かつ、樹脂を構成するモノマーの溶解度パラメーターより算出される樹脂の水素結合項が1.0cal0.5/cm1.5以上3.7cal0.5/cm1.5以下の樹脂である。上記構成のインクを用いることで、シロキサン化合物を記録媒体上に存在させることができ、その結果、シロキサン化合物が有する、塗膜表面のスリップ性を向上させる作用が充分に発揮され、優れた耐擦過性が得られる。なお、樹脂について、樹脂を構成するモノマーの溶解度パラメーターより算出される樹脂の水素結合項の下限を1.0cal0.5/cm1.5以上とする理由については後述する。
【0031】
また、本発明者らは、様々なシロキサン化合物について検討を行った結果、本発明が目的とする耐擦過性を実現するためには、以下に挙げる構造のシロキサン化合物を用いることを要することを見出した。具体的には、下記式(1)で表されるシロキサン化合物が最適であることを見出した。また、下記式(1)で表されるシロキサン化合物の中でも、分子中にフェニル基を有するシロキサン化合物が、より好ましいことを見出した。これは、分子中にフェニル基を含むことで、下記式(1)で表されるシロキサン化合物が、併用する樹脂とさらに吸着しやすくなり、該シロキサン化合物がより多く記録媒体上に存在するようになるためと考えられる。これらのシロキサン化合物は、樹脂と共にインクの構成成分とし、該インクを用いて、例えば、コート層を有する記録媒体に画像を形成した場合に、その基準評価画像の動摩擦係数を0.40以下とすることができる。なお、基準評価画像の動摩擦係数とは、先に説明した試験方法によって求められる値のことである。
【0032】

(式(1)で表されるシロキサン化合物の重量平均分子量は5,000以上50,000以下であり、式(1)中、Rはメチル基又はフェニル基であり、mは1以上670以下、nは0以上200以下である。)
【0033】
上記した式(1)中における重量平均分子量の規定は、たとえ、塗膜表面のスリップ性(滑り性)を向上させる効果を有する式(1)で表される構造のシロキサン化合物であったとしても、必ずしも本発明の最適な効果が得られない場合があることを意味している。すなわち、例えば、重量平均分子量の値が上記範囲外の式(1)で表されるシロキサン化合物を含有するインクを用いて画像を形成した場合には、シロキサン化合物が本来有する特性が充分に得られない。この理由は明確には定かではないが、本発明者らは、以下のように推測している。本発明の目的が達成されるメカニズムとして、樹脂とシロキサン化合物とが吸着することが考えられることは先にも述べた。しかし、例えば、上記式(1)で表されるシロキサン化合物の重量平均分子量が50,000を超える場合、立体障害などの影響から、樹脂とシロキサン化合物との吸着が起きにくくなる場合があると考えられる。その結果、このようなシロキサン化合物を含有するインクを記録媒体に付与すると、シロキサン化合物が記録媒体の内部に浸透してしまい、画像の動摩擦係数を下げることができない場合があるためと推測している。一方、上記式(1)で表されるシロキサン化合物の重量平均分子量が5,000未満であると、画像の表面に配向するシロキサン化合物が少なくなるため、画像の動摩擦係数を下げられない場合があるためと推測している。または、前記重量平均分子量が5,000未満である場合、シロキサン化合物そのものが記録媒体の内部に浸透するため、画像の動摩擦係数を下げられない場合があるためと推測している。
【0034】
本発明で使用する樹脂を規定する「樹脂を構成するモノマーの溶解度パラメーターより算出される樹脂の水素結合項(δh)」について説明する。先ず、溶解度パラメーターについて説明する。溶解度パラメーターは、化合物中の官能基の種類によって影響を受ける。そして、溶解度パラメーターは複数の化合物の溶解性、すなわち、それらの化合物同士の親和性の強さを判断する因子の一つとなるものであり、複数の化合物それぞれの溶解度パラメーターが近いと、これらの化合物同士の溶解性が高くなる傾向がある。溶解度パラメーターは、電子分布の一次的な偏りに起因する分散力項(δd)、双極子モーメントより発生する引斥力に起因する極性項(δp)、活性水素や孤立電子対により発生する水素結合に起因する水素結合項(δh)にわけられる。
【0035】
本発明においては、溶解度パラメーターを樹脂に適用するが、樹脂の水素結合項(δh)の値が大きい程、樹脂と水との親和性は大きくなる。樹脂の水素結合項(δh)は、樹脂を構成するモノマーの溶解度パラメーターから算出することができる。その場合、Krevelenの提案した、有機分子を原子団として取り扱った原子団総和法を利用して求めることができる。(Krevelen、Properties of Polymer 2nd Edition、New York,154(1976)参照)。この方法は、以下のようなものである。先ず、有機分子の各原子団の、モルあたりの分散力パラメーターFdi、モルあたりの極性力パラメーターFpi、モルあたりの水素結合力パラメーターFhiから、溶解度パラメーターの分散力項(δd)、極性項(δp)、水素結合項(δh)を求める。そして、これらの値を用いることで、下記式のようにして溶解度パラメーター(δ)を求めることができる。本発明では、後述するように、上記の考え方を利用し、樹脂を構成する各モノマーにおける固有の溶解度パラメーターを用いて樹脂の水素結合項(δh)を算出した。

【0036】
本発明者らは、インク中に含有させる樹脂について、溶解度パラメーター(δ)に寄与する水素結合項(δh)を考慮することで、その樹脂が水性媒体と共に記録媒体の内部に浸透するか、又は記録媒体上に残って定着するか、を判断できるという知見を得た。溶解度パラメーター(δ)に寄与する水素結合項(δh)と記録媒体の内部への浸透の度合いの関係は明確には定かではないが、本発明者らは以下のように推測している。すなわち、水素結合項(δh)は水素結合に由来するものであり、樹脂の水素結合項が大きくなれば、樹脂と水との親和性が高くなる傾向がある。例えば、インクジェット用のインクのように、水性媒体を主として含有するインクは、樹脂の水素結合項が大きくなるのにしたがい、樹脂が水和し、樹脂同士の凝集性は低下する傾向にある。これに伴い、樹脂は記録媒体上で凝集することなく、記録媒体の内部に浸透しやすくなり、記録媒体上に残る樹脂の割合が低下する傾向があると推測している。
【0037】
本発明者らの検討によれば、樹脂の酸価によりその好適な範囲は異なるが、後述の、樹脂を構成するモノマーの溶解度パラメーターより算出される樹脂の水素結合項の値を有する樹脂をインクの構成成分として用いることが好ましい。すなわち、酸価が90mgKOH/g以上150mgKOH/g以下である樹脂の水素結合項の好適な範囲は次のようになる。具体的には、樹脂を構成するモノマーの溶解度パラメーターより算出される樹脂の水素結合項(δh)の値が1.0cal0.5/cm1.5以上3.7cal0.5/cm1.5以下であることが好ましい。この結果、上記本発明の効果を達成し得る樹脂を的確に選択することが可能となる。
【0038】
[顔料インク]
以下、本発明のインクに含有させる各成分について説明する。
【0039】
<シロキサン化合物>
本発明のインクに用いるシロキサン化合物は、下記式(1)で表されるシロキサン化合物である。

(式(1)で表されるシロキサン化合物の重量平均分子量は5,000以上50,000以下であり、式(1)中、Rはメチル基又はフェニル基であり、mは1以上670以下、nは0以上200以下である。)
【0040】
インクを構成する場合に、上記式(1)で表されるシロキサン化合物を、先に説明した特定の樹脂と共に用いることで、画像の耐擦過性を向上させることができる。しかし、本発明者らの検討によれば、先に述べたように、本発明が目的とする高いレベルの画像の耐擦過性を実現させるためには、特に、以下の重量平均分子量を有するシロキサン化合物を用いることが必要である。具体的には、本発明では、上記式(1)で表されるシロキサン化合物として、重量平均分子量(MW)は5,000以上50,000以下のものを使用する。さらには、重量平均分子量が7,500以上30,000以下である上記式(1)で表されるシロキサン化合物を用いることが特に好ましい。なお、前記重量平均分子量(MW)は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により測定される分子量分布における、ポリスチレン換算の重量平均分子量である。また、本発明で使用する式(1)で表されるシロキサン化合物は、例えば、原料として低分子量のシロキサン化合物を使用し、水酸化カリウム又は濃硫酸の存在下で重合反応させることにより得られる。ここで、原料として使用するシロキサン化合物は、種々の分子量をもつものの混合物であるため、式(1)で表されるシロキサン化合物の分子量は、平均分子量として求められる。
【0041】
本発明のインクは、重量平均分子量が上記範囲である式(1)で表されるシロキサン化合物を用いているため、インクが記録媒体に付与された場合に、記録媒体の内部に浸透するシロキサン化合物がより減少するようになる。この結果、上記式(1)で表されるシロキサン化合物が記録媒体上に残りやすくなる。そのため、インク中の上記式(1)で表されるシロキサン化合物の含有量が少ない場合であっても、画像の動摩擦係数を効果的に下げることができる。
【0042】
前記した重量平均分子量の条件を満たし、本発明において特に好ましく用いることができる上記式(1)で表されるシロキサン化合物としては、下記のものが挙げられる。例えば、KF−96−100cs、KF−96−500cs、KF−96−1000cs、KF−96−5000cs。KF−50−100cs、KF−50−300cs、KF−50−1000cs、KF−50−3000cs(以上、信越化学製)。TSF4300、TSF431、TSF433(以上、モメンティブ・パフォーマンス・マテリアルズ・ジャパン合同会社製)。SH200−100CS、SH200−1000CS、SH510−100CS、SH510−500CS(以上、東レ・ダウコーニング製)などが挙げられる。勿論、本発明はこれらに限られるものではない。
【0043】
上記で述べたように、本発明において、シロキサン化合物の重量平均分子量(MW)は、テトラヒドロフラン(THF)を移動相としたゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により測定することができる。本発明で使用した測定方法は、以下の通りである。なお、本発明における、フィルター、カラム、標準ポリスチレン試料及びその分子量などの測定条件は、下記に限られるものではない。
【0044】
先ず、測定対象の試料をテトラヒドロフラン(THF)に入れて数時間静置して溶解し、溶液を調製する。その後、ポアサイズ0.45μmの耐溶剤性メンブランフィルター(例えば、商品名:TITAN2 Syringe Filter、PTFE、0.45μm;SUN−SRi製)で前記溶液をろ過して試料溶液とする。なお、試料溶液中の試料の濃度は、シロキサン化合物の含有量が、0.1質量%以上0.5質量%以下になるように調整する。
【0045】
GPCには、RI検出器(Refractive Index Detector)を用いる。また、103乃至2×106の分子量の範囲を正確に測定するために、市販のポリスチレンジェルカラムを複数本組み合わせることが好ましい。例えば、Shodex KF−806M(昭和電工製)を4本組み合わせて用いることや、これに相当するものを用いることができる。40.0℃のヒートチャンバー中で安定化したカラムに移動相としてTHFを流速1mL/minで流し、上記の試料溶液を約0.1mL注入する。
【0046】
試料の重量平均分子量は、標準ポリスチレン試料で作成した分子量検量線を用いて決定する。標準ポリスチレン試料は、分子量が102乃至107程度のもの(例えば、Polymer Laboratories製)を用い、また、少なくとも10種程度の標準ポリスチレン試料を用いるのが適切である。
【0047】
本発明において、インク中の式(1)で表されるシロキサン化合物の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.2質量%以上5.0質量%以下、さらには0.5質量%以上3.0質量%未満であることが好ましい。前記シロキサン化合物の含有量が0.5質量%以上であると、シロキサン化合物を記録媒体上に十分残すことができ、画像の耐擦過性が特に優れたものとなる。一方、前記シロキサン化合物の含有量が3.0質量%未満であると、インクの長期にわたる保存安定性を確保することが可能であるため、特に好ましい。
【0048】
なお、本発明で用いる前記式(1)で表されるシロキサン化合物は、水及び多くの水溶性有機溶剤に殆ど溶解しない。このため、インクを調製する際には、前記式(1)で表されるシロキサン化合物を溶解することが可能な水溶性有機溶剤中に一旦溶解ないしは乳化させた後、樹脂、水性媒体、及びその他の添加剤と混合することが好ましい。前記式(1)で表されるシロキサン化合物を溶解することが可能な水溶性有機溶剤としては、例えば、以下のものが挙げられる。具体的には、アセトン、メチルエチルケトン、2−メチル−2−ヒドロキシペンタン−4−オンなどのケトン類又はケトアルコール類、テトラヒドロフラン、ジオキサンなどの環状エーテル類などが挙げられる。勿論、本発明における、前記式(1)で表されるシロキサン化合物を溶解することが可能な水溶性有機溶剤は、これらに限られるものではない。
【0049】
<樹脂>
本発明のインクに用いる樹脂は、先に述べたように、インクを記録媒体に付与した後に記録媒体上に残り、ある程度の強度を有する膜を形成することができる樹脂であれば、いずれのものも使用可能である。本発明者らの詳細な検討の結果、インクの長期にわたる保存安定性を維持するためには、特に、以下のような特性を有する樹脂を用いることが最適であることがわかった。
【0050】
なお、本発明で規定する「樹脂を構成するモノマーの溶解度パラメーターより算出される樹脂の水素結合項(δh)」は、具体的には、下記のようにして求めた値である。先ず、対象とする樹脂を構成する各モノマーについて、モノマー固有の溶解度パラメーターより、樹脂を構成する各モノマーの水素結合項(δh)を算出する。次に、上記で得られた樹脂を構成する各モノマーの水素結合項(δh)に、樹脂を構成する各モノマーの組成(質量)比(合計を1とした組成比)をかけた値をそれぞれ求め、得られた値を足し合わせることによって樹脂の水素結合項(δh)を求めることができる。
【0051】
本発明のインクを構成する樹脂は、その酸価が90mgKOH/gを下回ると、樹脂をアルカリで溶解できない場合や、インクを長期間保存する際に、樹脂が析出する場合がある。一方、樹脂の酸価が150mgKOH/gを超えると、樹脂がインク中の水性媒体と共に記録媒体の内部に浸透しやすくなり、本発明が目的とする高いレベルの耐擦過性が得られない場合がある。このため、樹脂の酸価は90mgKOH/g以上150mgKOH/g以下とすることが好ましい。
【0052】
さらに、本発明のインクを構成する樹脂は、樹脂を構成するモノマーの溶解度パラメーターより算出される樹脂の水素結合項(δh)が1.0cal0.5/cm1.5を下回ると、樹脂の析出などが起こる場合がある。一方、樹脂を構成するモノマーの溶解度パラメーターより算出される樹脂の水素結合項が3.7cal0.5/cm1.5を上回ると、樹脂の酸価をどのように規定しても、樹脂がインク中の水性媒体と共に記録媒体の内部に浸透しやすくなる場合がある。このため、本発明が目的とする耐擦過性が得られない場合がある。上記した理由から、本発明で用いる樹脂は、樹脂を構成するモノマーの溶解度パラメーターより算出される樹脂の水素結合項(δh)が1.0cal0.5/cm1.5以上3.7cal0.5/cm1.5以下のものであることが特に好ましい。
【0053】
これらのことをまとめると、本発明のインクを構成する最適な樹脂としては、以下に挙げる範囲内の、酸価及び水素結合項(δh)を組み合わせた特性を有する樹脂が挙げられる。先ず、本発明で用いる樹脂は、酸価が90mgKOH/g以上150mgKOH/g以下であることが好ましい。そして、前記樹脂は、これに加えて、樹脂を構成するモノマーの溶解度パラメーターより算出される樹脂の水素結合項(δh)が1.0cal0.5/cm1.5以上3.7cal0.5/cm1.5以下の範囲内であることが好ましい。さらに好適な樹脂としては、樹脂を構成するモノマーの溶解度パラメーターより算出される樹脂の水素結合項(δh)が1.0cal0.5/cm1.5以上3.2cal0.5/cm1.5以下のものが挙げられる。特には、前記樹脂は、樹脂を構成するモノマーの溶解度パラメーターより算出される樹脂の水素結合項(δh)が1.2cal0.5/cm1.5以上1.8cal0.5/cm1.5以下であることが好ましい。
【0054】
本発明のインクに用いる樹脂を合成する際に用いるモノマーは、樹脂の酸価及び樹脂の水素結合項(δh)の値が、上述のような特性を有する樹脂とすることができるものであれば、いずれのものも用いることができる。具体的には、以下に挙げるモノマーなどを用いることができる。
スチレン、α−メチルスチレンなど。エチルアクリレート、n−ブチルアクリレート、n−ヘキシルアクリレート、メチルメタクリレート、ベンジルメタクリレートなど。アクリル酸、メタクリル酸、クロトン酸、エタアクリル酸、プロピルアクリル酸、イソプロピルアクリル酸、イタコン酸、フマール酸などのカルボキシル基を有するモノマーなど。スチレンスルホン酸、スルホン酸−2−プロピルアクリルアミド、アクリル酸−2−スルホン酸エチル、メタクリル酸−2−スルホン酸エチル、ブチルアクリルアミドスルホン酸などのスルホン酸基を有するモノマーなど。メタクリル酸−2−ホスホン酸エチル、アクリル酸−2−ホスホン酸エチルなどのホスホン酸基を有するモノマーなど。
【0055】
本発明に好適な樹脂を得るためには、上記で挙げたモノマーの中でも、スチレン、n−ブチルアクリレート、及びベンジルメタクリレートからなる群から選ばれる少なくとも1種のモノマーを含むことが好ましい。さらには、樹脂を構成するモノマーが、スチレン及びn−ブチルアクリレートを共に有することがより好ましい。このとき、樹脂を構成するモノマーの中で、スチレンを基準としたn−ブチルアクリレートの質量比率(n−ブチルアクリレート/スチレン)が、0.2を超えて0.35未満であることが特に好ましい。なお、本発明においては、エチレンオキサイドなどのノニオン性基を有するモノマーを用いると、記録媒体上で形成した膜の強度が小さくなる場合があるため、あまり好ましくない。
【0056】
本発明で用いる樹脂の重量平均分子量は、5,000以上15,000以下であることが好ましく、さらには6,000以上9,000以下であることが好ましい。重量平均分子量が上記範囲である樹脂は、インクを記録媒体に付与した後に記録媒体上に残りやすく、さらに立体障害の影響を受けにくい。このため、樹脂がシロキサン化合物と吸着しやすくなり、画像の動摩擦係数を特に効果的に下げることができる。
【0057】
本発明において、インク中における樹脂の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.5質量%以上5.0質量%以下、さらには2.5質量%以上4.0質量%以下であることが好ましい。樹脂の含有量が上記範囲であると、画像の耐擦過性を十分に得ることができる量の樹脂を記録媒体上に残すことができる。
【0058】
さらに、コート層を有する記録媒体に本発明のインクを付与する場合、インク中の顔料は記録媒体の内部に浸透することなく、記録媒体上で凝集物を形成した状態で存在する。このとき、前記凝集物を包含するのに充分な量の樹脂を記録媒体上に残すことで、画像の耐擦過性を効果的に向上させることができる。このため、本発明においては、インク中の樹脂の含有量(質量%)が、インク中の顔料の含有量(質量%)を基準として(樹脂/顔料)1.2倍以上であることが好ましい。特に、インク中の顔料の含有量(質量%)が、インク全質量を基準として、0.1質量%以上、さらには0.3質量%以上、また1.2質量%未満である場合には、樹脂の含有量が顔料の含有量を基準として3.0倍以上であることが特に好ましい。また、本発明においては、インク中の樹脂の含有量(質量%)が、顔料の含有量(質量%)を基準として(樹脂/顔料)10.0倍以下であることが好ましい。
【0059】
なお、上記で挙げた樹脂は顔料の分散剤(樹脂分散剤)としても用いることができる。しかし、本発明においては、分散剤として用いる樹脂は、上記で挙げたもの以外の樹脂を用いることがより好ましい。このとき、分散剤は、一般的なインクジェット記録用のインクに適用可能なものであればいずれのものも用いることができる。分散剤としては、例えば、下記に挙げるモノマーのうち少なくとも2つのモノマーで合成される樹脂が挙げられる。このとき、少なくとも1つは親水性のモノマーであることが好ましい。スチレン、ビニルナフタレン、α,β−エチレン性不飽和カルボン酸の脂肪族アルコールエステル、アクリル酸、マレイン酸、イタコン酸、フマール酸、酢酸ビニル、ビニルピロリドン、アクリルアミド、又はこれらの誘導体など。また、樹脂の形態は、ブロック共重合体、ランダム共重合体、グラフト共重合体、又はこれらの塩などが挙げられる。さらに、ロジン、シェラック、デンプンなどの天然樹脂を用いてもよい。これらの樹脂は、塩基を溶解した水溶液に可溶であり、アルカリ可溶型樹脂である。
【0060】
<顔料>
本発明のインクには、分散剤を用いて顔料を分散する樹脂分散タイプの顔料(樹脂分散型顔料)や、顔料粒子の表面に親水性基を導入した自己分散タイプの顔料(自己分散型顔料)を用いることができる。また、顔料粒子の表面に高分子を含む有機基を化学的に結合した顔料(樹脂結合型自己分散顔料)、顔料の分散性を高めて分散剤などを用いることなく分散可能としたマイクロカプセル型顔料なども用いることができる。勿論、これらの分散方法の異なる顔料を組み合わせて用いてもよい。本発明において、インク中の顔料の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として0.1質量%以上15.0質量%以下、さらには1.0質量%以上10.0質量%以下であることが好ましい。
【0061】
ブラックインクには、ファーネスブラック、ランプブラック、アセチレンブラック、チャンネルブラックなどのカーボンブラックを顔料として用いることが好ましい。具体的には、例えば、以下の市販品などを用いることができる。
レイヴァン:1170、1190ULTRA−II、1200、1250、1255、1500、2000、3500、5000ULTRA、5250、5750、7000(以上、コロンビア製)。ブラックパールズL、リーガル:330R、400R、660R、モウグルL、モナク:700、800、880、900、1000、1100、1300、1400、2000、ヴァルカンXC−72R(以上、キャボット製)。カラーブラック:FW1、FW2、FW2V、FW18、FW200、S150、S160、S170、プリンテックス:35、U、V、140U、140V、スペシャルブラック:6、5、4A、4(以上、デグッサ製)。No.25、No.33、No.40、No.47、No.52、No.900、No.2300、MCF−88、MA600、MA7、MA8、MA100(以上、三菱化学製)。
【0062】
また、新たに調製したカーボンブラックを用いることもできる。勿論、本発明はこれらに限定されるものではなく、従来のカーボンブラックをいずれも用いることができる。また、カーボンブラックに限定されず、マグネタイト、フェライトなどの磁性体微粒子や、チタンブラックなどを顔料として用いてもよい。
【0063】
カラーインクには、有機顔料を顔料として用いることが好ましい。具体的には、例えば、以下のものを用いることができる。
トルイジンレッド、トルイジンマルーン、ハンザイエロー、ベンジジンイエロー、ピラゾロンレッドなどの水不溶性アゾ顔料。リトールレッド、ヘリオボルドー、ピグメントスカーレット、パーマネントレッド2Bなどの水溶性アゾ顔料。アリザリン、インダントロン、チオインジゴマルーンなどの建染染料からの誘導体。フタロシアニンブルー、フタロシアニングリーンなどのフタロシアニン系顔料。キナクリドンレッド、キナクリドンマゼンタなどのキナクリドン系顔料。ペリレンレッド、ペリレンスカーレットなどのペリレン系顔料。イソインドリノンイエロー、イソインドリノンオレンジなどのイソインドリノン系顔料。ベンズイミダゾロンイエロー、ベンズイミダゾロンオレンジ、ベンズイミダゾロンレッドなどのイミダゾロン系顔料。ピランスロンレッド、ピランスロンオレンジなどのピランスロン系顔料。インジゴ系顔料、縮合アゾ系顔料、チオインジゴ系顔料、ジケトピロロピロール系顔料。フラバンスロンイエロー、アシルアミドイエロー、キノフタロンイエロー、ニッケルアゾイエロー、銅アゾメチンイエロー、ペリノンオレンジ、アンスロンオレンジ、ジアンスラキノニルレッド、ジオキサジンバイオレットなど。勿論、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0064】
また、有機顔料をカラーインデックス(C.I.)ナンバーで示すと、例えば、以下のものを用いることができる。C.I.ピグメントイエロー:12、13、14、17、20、24、74、83、86、93、97、109、110、117など。同:120、125、128、137、138、147、148、150、151、153、154、166、168、180、185など。C.I.ピグメントオレンジ:16、36、43、51、55、59、61、71など。C.I.ピグメントレッド:9、48、49、52、53、57、97、122、123、149、168、175など。同:176、177、180、192、215、216、217、220、223、224、226、227、228、238、240、254、255、272など。C.I.ピグメントバイオレット:19、23、29、30、37、40、50など。C.I.ピグメントブルー:15、15:1、15:3、15:4、15:6、22、60、64など。C.I.ピグメントグリーン7、36など。C.I.ピグメントブラウン23、25、26など。勿論、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0065】
<水性媒体>
本発明のインクには、水、又は水及び水溶性有機溶剤の混合溶媒である水性媒体を用いることができる。本発明において、インク中の水溶性有機溶剤の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、3.0質量%以上50.0質量%以下であることが好ましい。
【0066】
水溶性有機溶剤は、水溶性であれば特に制限はなく、以下に挙げるようなものを1種又は2種以上組み合わせて用いることができる。具体的には、例えば、以下の水溶性有機溶剤を用いることができる。1,3−ブタンジオール、1,5−ペンタンジオール、1,2−ヘキサンジオール、1,6−ヘキサンジオールなどのアルカンジオール。ジエチレングリコールモノメチル(又はエチル)エーテル、トリエチレングリコールモノエチル(又はブチル)エーテルなどのグリコールエーテル。エタノール、イソプロパノール、n−ブタノール、イソブタノール、第二ブタノール、第三ブタノールなどの炭素数1乃至4のアルキルアルコール。N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミドなどのカルボン酸アミド。アセトン、メチルエチルケトン、2−メチル−2−ヒドロキシペンタン−4−オンなどのケトン又はケトアルコール。テトラヒドロフラン、ジオキサンなどの環状エーテル。グリセリン。エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコールなどのエチレングリコール類。1,2−又は1,3−プロピレングリコール、1,2−又は1,4−ブチレングリコール、平均分子量200乃至1,000のポリエチレングリコール、チオジグリコール、1,2,6−ヘキサントリオール、アセチレングリコール誘導体などのグリコール類。2−ピロリドン、N−メチル−2−ピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、N−メチルモルホリンなどの複素環類。ジメチルスルホキシドなどの含硫黄化合物など。
【0067】
水は脱イオン水(イオン交換水)を用いることが好ましい。本発明において、インク中の水の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、50.0質量%以上95.0質量%以下であることが好ましい。
【0068】
<その他の成分>
本発明のインクには、上記成分の他に、尿素、尿素誘導体、トリメチロールプロパン、トリメチロールエタンなどの保湿性固形分を含有してもよい。本発明において、インク中の保湿性固形分の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.1質量%以上20.0質量%以下、さらには3.0質量%以上10.0質量%以下であることが好ましい。
【0069】
さらに、必要に応じて所望の物性値を有するインクとするために、pH調整剤、防錆剤、防腐剤、防黴剤、酸化防止剤、還元防止剤などの種々の添加剤を含有してもよい。
【0070】
[インクセット]
本発明のインクは、他のインクと組み合わせてインクセットとしても用いることができる。
【0071】
[インクジェット記録方法]
本発明のインクは、インクをインクジェット方式で吐出して記録媒体に記録を行うインクジェット記録方法に適用することが特に好ましい。インクジェット記録方法は、インクに力学的エネルギーを作用させることによりインクを吐出する記録方法や、インクに熱エネルギーを作用させることによりインクを吐出する記録方法などがある。特に、本発明のインクは、熱エネルギーを利用したインクジェット記録方法に特に好ましく適用することができる。
【0072】
[インクカートリッジ]
本発明のインクカートリッジは、インクを収容するインク収容部を備えてなるインクカートリッジであって、前記インク収容部に収容されているインクが、上記本発明のインクであることを特徴とする。
【0073】
[記録ユニット]
本発明の記録ユニットは、インクを収容するインク収容部と、インクを吐出する記録ヘッドとを備えてなる記録ユニットであって、前記インク収容部に収容されているインクが、上記本発明のインクであることを特徴とする。特に、前記記録ヘッドが、インクに熱エネルギーを作用させることによりインクを吐出する記録ユニットであることがより好ましい。
【0074】
[インクジェット記録装置]
本発明のインクジェット記録装置は、インクを収容するインク収容部と、インクを吐出する記録ヘッドとを備えてなるインクジェット記録装置であって、前記インク収容部に収容されているインクが、上記本発明のインクであることを特徴とする。特に、前記記録ヘッドが、インクに熱エネルギーを作用させることによりインクを吐出するインクジェット記録装置であることがより好ましい。
【0075】
インクジェット記録装置の一例について以下に説明する。先ず、熱エネルギーを利用したインクジェット記録装置の主要部である記録ヘッドの構成の一例を図2及び図3に示す。図2は、インク流路に沿った記録ヘッド13の断面図であり、図3は図2のA−B線での切断面図である。記録ヘッド13はインク流路(ノズル)14を有する部材と発熱素子基板15とで構成される。発熱素子基板15は、保護層16、電極17−1及び17−2、発熱抵抗体層18、蓄熱層19、基板20で構成される。
【0076】
記録ヘッド13の電極17−1及び17−2にパルス状の電気信号が印加されると、発熱素子基板15のnで示される領域が急速に発熱し、この表面に接しているインク21に気泡が発生する。そして、気泡の圧力でメニスカス23が突出し、インク21はインク滴24として、ノズル14の吐出口22から記録媒体25に向かって吐出される。
【0077】
図4は、図2に示した記録ヘッドを多数並べたマルチヘッドの一例の外観図である。マルチヘッドは、マルチノズル26を有するガラス板27と、図2と同様の記録ヘッド28で構成される。
【0078】
図5は、記録ヘッドを組み込んだインクジェット記録装置の一例を示す斜視図である。ブレード61はワイピング部材であり、その一端はブレード保持部材によって保持されており、カンチレバーの形態をなす。ブレード61は記録ヘッド65による記録領域に隣接した位置に配置され、記録ヘッド65の移動経路中に突出した形態で保持される。
【0079】
62は記録ヘッド65の吐出口面のキャップであり、ブレード61に隣接するホームポジションに配置され、記録ヘッド65の移動方向と垂直な方向に移動して、インク吐出口面と当接し、キャッピングを行う構成を備える。63はブレード61に隣接して設けられるインク吸収体であり、ブレード61と同様に、記録ヘッド65の移動経路中に突出した形態で保持される。吐出回復部64は、ブレード61、キャップ62、及びインク吸収体63で構成される。ブレード61及びインク吸収体63によって吐出口面の水分、塵埃などの除去が行われる。
【0080】
65は、吐出エネルギー発生手段を有し、吐出口を配した吐出口面に対向する記録媒体にインクを吐出して記録を行う記録ヘッド、66は記録ヘッド65を搭載して記録ヘッド65の移動を行うためのキャリッジである。キャリッジ66はガイド軸67と摺動可能に係合し、キャリッジ66の一部はモーター68によって駆動されるベルト69と接続(不図示)している。これによりキャリッジ66はガイド軸67に沿った移動が可能となり、記録ヘッド65による記録領域及びそれに隣接した領域の移動が可能となる。
【0081】
51は記録媒体を挿入する給紙部、52は不図示のモーターにより駆動される紙送りローラーである。これらの構成により記録ヘッド65の吐出口面と対向する位置へ記録媒体が給紙され、記録の進行につれて排紙ローラー53を有する排紙部へ排紙される。記録ヘッド65による記録が終了して、記録ヘッドがホームポジションへ戻る際に、吐出回復部64のキャップ62は記録ヘッド65の移動経路から退避しているが、ブレード61は移動経路中に突出している。このようにして、記録ヘッド65の吐出口がワイピングされる。
【0082】
キャップ62が記録ヘッド65の吐出口面に当接してキャッピングを行う際には、キャップ62は記録ヘッドの移動経路中に突出するように移動する。記録ヘッド65がホームポジションから記録開始位置へ移動する際には、キャップ62及びブレード61は、上記ワイピングの際と同一の位置にある。この結果、この移動においても記録ヘッド65の吐出口面がワイピングされる。記録ヘッドのホームポジションへの移動は、記録終了時や吐出回復時ばかりでなく、記録ヘッドが記録のために記録領域を移動する間にも、所定の間隔で記録領域に隣接したホームポジションへ移動し、この移動に伴ってもワイピングが行われる。
【0083】
図6は、記録ヘッドにインク供給部材、例えば、チューブを介して供給されるインクを収容したインクカートリッジ45の一例を示す図である。ここで40は供給用インクを収納したインク収容部、例えば、インク袋であり、その先端にはゴム製の栓42が設けられている。この栓42に針(不図示)を挿入することにより、インク袋40中のインクを記録ヘッドに供給可能にする。44は廃インクを受容するインク吸収体である。
【0084】
本発明において、記録ユニットは、記録ヘッドとインクカートリッジとが別体となったものに限らず、図7に示すように、それらが一体になったものも好適に用いることができる。図7において、70は記録ユニットであり、この中にはインクを収容したインク収容部、例えば、インク吸収体が収納されており、インク吸収体中のインクが複数の吐出口を有する記録ヘッド部71からインク滴として吐出される。また、インク吸収体を用いず、インク収容部が内部にバネなどを仕込んだインク袋であるような構造でもよい。72はカートリッジ内部を大気に連通させるための大気連通口である。この記録ユニット70は図5に示す記録ヘッド65に換えて用いられるものであって、キャリッジ66に対して着脱自在になっている。
【0085】
次に、力学的エネルギーを利用したインクジェット記録装置について説明する。複数のノズルを有するノズル形成基板、圧電材料と導電材料で構成される圧力発生素子、圧力発生素子の周囲を満たすインクを備え、印加電圧により圧力発生素子を変位させ、インク滴を吐出口から吐出する記録ヘッドを有することが特徴である。図8は記録ヘッドの構成の一例を示す模式図である。記録ヘッドは、インク室に連通するインク流路80、オリフィスプレート81、インクに圧力を作用させる振動板82、振動板82に接合されて電気信号により変位する圧電素子83、オリフィスプレート81や振動板82などを支持固定する基板84で構成される。圧電素子83にパルス状の電圧を与えることで発生した歪み応力は、圧電素子83に接合された振動板を変形させ、インク流路80内のインクを加圧することで、オリフィスプレート81の吐出口85からインク滴を吐出する。このような記録ヘッドは、図5と同様のインクジェット記録装置に組み込んで用いることができる。
【実施例】
【0086】
以下、実施例、比較例、及び参考例を挙げて、本発明をさらに詳細に説明する。本発明は、その要旨を超えない限り、下記の実施例によって何ら限定されるものではない。なお、「部」又は「%」とあるのは特に断りのない限り質量基準である。
【0087】
<顔料分散液の調製>
顔料:10部、表1に記載のモノマー組成で共重合して得た樹脂1〜16の各樹脂(各樹脂の重量平均分子量は表1に記載):5部、及びイオン交換水:85部を混合し、バッチ式縦型サンドミルで3時間分散して、各分散液を調製した。なお、顔料には、C.I.ピグメントブルー15:3を用いた。また、各樹脂には、表1に記載のモノマー組成で共重合して得た各共重合体を10質量%の水酸化カリウム水溶液で中和して得られたものを用いた。次に、得られた各分散液を、それぞれ、ポアサイズ2.5μmのフィルター(製品名:HDCII;日本ポール製)で加圧ろ過した後、水を加えることにより、顔料濃度10質量%、樹脂濃度5質量%の顔料分散液1〜16をそれぞれ調製した。
【0088】

【0089】
<樹脂を構成するモノマーの溶解度パラメーターより算出される樹脂の水素結合項(δh)>
樹脂を構成するモノマーの溶解度パラメーターより算出される樹脂の水素結合項(δh)は、下記のようにして求めた。先ず、対象とする樹脂を構成する各モノマーについて、モノマー固有の溶解度パラメーターより、樹脂を構成する各モノマーの水素結合項(δh)を算出する。次に、上記で得られた樹脂を構成する各モノマーの水素結合項(δh)に、樹脂を構成する各モノマーの組成(質量)比(合計を1とした組成比)をかけた値を求める。次に、これらの値を足し合わせることにより、樹脂を構成するモノマーの溶解度パラメーターより算出される樹脂の水素結合項を求めることができる。表2に、顔料分散液の調製で用いた各樹脂について、樹脂を構成するモノマー固有の溶解度パラメーターより算出された各モノマーの水素結合項(δh)の値を示した。
【0090】
以下に、スチレン−メチルメタクリレート−アクリル酸(組成(質量)比=28:58:14)の共重合体である樹脂1を例に挙げて、樹脂を構成するモノマーの溶解度パラメーターより算出される樹脂の水素結合項(δh)の求め方を具体的に説明する。表2より、樹脂1を構成するモノマーである、スチレン、メチルメタクリレート、及びアクリル酸の溶解度パラメーターより算出される各モノマーの水素結合項(単位はcal0.5/cm1.5)は、それぞれ、0.00、3.93、及び5.81である。したがって、樹脂1を構成するモノマーの溶解度パラメーターより算出される樹脂1の水素結合項(δh)は下記式のように求められる。

【0091】

【0092】
表3に、先に調製した顔料分散液中の樹脂について、上記の方法で算出して得た樹脂を構成するモノマーの溶解度パラメーターより算出される樹脂の水素結合項(δh)の値を示した。また、表3には、合成した各樹脂の酸価、及び重量平均分子量の各値を示す。さらに、表3には、モノマーとしてスチレン及びn−ブチルアクリレートを有する樹脂における、スチレンを基準とした、n−ブチルアクリレートの質量比率の値もあわせて示す。なお、樹脂の酸価は、滴定装置として電位差滴定装置AT510(京都電子製)を用いて、塩基による滴定で求めた。また、樹脂の重量平均分子量は、下記のようにして測定した。測定対象の樹脂をテトラヒドロフラン中に入れて数時間静置して溶解し、試料の濃度が0.1%になるようにして、溶液を調製した。その後、ポアサイズ0.45μmの耐溶剤性メンブランフィルター(商品名:TITAN2 Syringe Filter、PTFE、0.45μ\ochm;SUN-SRi製)で前記溶液をろ過して試料溶液とした。この試料溶液を用いて、下記の条件で重量平均分子量の測定を行った。
・装置:Alliance GPC 2695(Waters製)
・カラム:Shodex KF-806Mの4連カラム(昭和電工製)
・移動相:テトラヒドロフラン(特級)
・流速:1.0mL/min
・オーブン温度:40.0℃
・試料溶液の注入量:0.1mL
・検出器:RI(屈折率)
・ポリスチレン標準試料:PS−1及びPS−2(Polymer Laboratories製)
(分子量:7,500,000、2,560,000、841,700、377,400、320,000、210,500、148,000。96,000、59,500、50,400、28,500、20,650、10,850、5,460、2,930、1,300、580の17種。)
【0093】

【0094】
<樹脂水溶液の調製>
前記で得られた樹脂1〜16をそれぞれに用い、10%の水酸化カリウム水溶液で中和することで、樹脂濃度が10%である樹脂水溶液1〜16をそれぞれ調製した。
【0095】
<シロキサン化合物の合成>
下記の合成例にしたがって、シロキサン化合物である化合物1〜5をそれぞれ合成した。
【0096】
(化合物1)
温度計及び撹拌手段を備えたガラス製の容器を用いて、下記のようにして化合物1を合成した。前記容器中で、下記式(A)で表されるシロキサン化合物、下記式(B)で表されるシロキサン化合物、及び下記式(C)で表されるシロキサン化合物を1:9:2のモル比として水酸化カリウムの存在下で重合反応させて、化合物1を合成した。得られた化合物1は、前記式(1)で表されるシロキサン化合物に該当し、重量平均分子量5,100であった。
【0097】

【0098】
(化合物2)
温度計及び撹拌手段を備えたガラス製の容器を用いて、下記のようにして化合物2を合成した。前記容器中で、下記式(D)で表されるシロキサン化合物、下記式(E)で表されるシロキサン化合物、及び下記式(F)で表されるシロキサン化合物を1:10:2のモル比として水酸化カリウムの存在下で重合反応させて、化合物2を合成した。得られた化合物2は、前記式(1)で表される構造をしているが、重量平均分子量が4,900であり、本発明で規定する以外の化合物であった。
【0099】

【0100】
(化合物3)
温度計及び撹拌手段を備えたガラス製の容器を用いて、下記のようにして化合物3を合成した。前記容器中で、下記式(G)で表されるシロキサン化合物、下記式(H)で表されるシロキサン化合物、及び下記式(I)で表されるシロキサン化合物を1:78:25のモル比として水酸化カリウムの存在下で重合反応させて、化合物3を合成した。得られた化合物3は、前記式(1)で表される構造をしているが、重量平均分子量が51,000であり、本発明で規定する以外の化合物であった。
【0101】

【0102】
(化合物4)
温度計及び撹拌手段を備えたガラス製の容器を用いて、下記のようにして化合物4を合成した。前記容器中で、下記式(J)で表されるシロキサン化合物及び下記式(K)で表されるシロキサン化合物を1:11のモル比として濃硫酸の存在下で重合反応させて、化合物4を合成した。得られた化合物4は、前記式(1)で表されるシロキサン化合物に該当し、重量平均分子量5,100であった。
【0103】

【0104】
(化合物5)
温度計及び撹拌手段を備えたガラス製の容器を用いて、下記のようにして化合物5を合成した。前記容器中で、下記式(L)で表されるシロキサン化合物及び下記式(M)で表されるシロキサン化合物を1:16のモル比として濃硫酸の存在下で重合反応させて、化合物5を合成した。得られた化合物5は、前記式(1)で表される構造をしており、重量平均分子量が4,900の比較化合物であった。
【0105】

【0106】
<重量平均分子量の測定>
なお、上記で得られた各化合物の重量平均分子量は、下記のようにして測定した。測定対象のシロキサン化合物をテトラヒドロフラン(THF)中に入れて数時間静置して溶解し、試料の濃度が0.1質量%になるようにして、溶液を調製した。その後、ポアサイズ0.45μmの耐溶剤性メンブランフィルター(商品名:TITAN2 Syringe Filter、PTFE、0.45μ\ochm;SUN-SRi製)で前記溶液をろ過して試料溶液とした。この試料溶液を用いて、下記の条件で重量平均分子量の測定を行った。
・装置:Alliance GPC 2695(Waters製)
・カラム:Shodex KF−806Mの4連カラム(昭和電工製)
・移動相:テトラヒドロフラン(特級)
・流速:1.0mL/min
・オーブン温度:40.0℃
・試料溶液の注入量:0.1mL
・検出器:RI(屈折率)
・ポリスチレン標準試料:PS−1及びPS−2(Polymer Laboratories製)
(分子量:7500000、2560000、841700、377400、320000、210500、148000、96000、59500、50400、28500、20650、10850、5460、2930、1300、580の17種。)
【0107】
<インクの調製>
上記で調製した顔料分散液、上記で調製した樹脂水溶液、及び上記で合成したシロキサン化合物又は市販のシロキサン化合物を含む下記表4〜9の上段に示す各成分を用いて各インクを調製した。具体的には、表4〜9の上段に示す組成で各成分を混合し、十分撹拌した後、ポアサイズ2.5μmのフィルター(製品名:HDCII;ポール製)にて加圧ろ過を行って各インクを調製した。また、表4〜9の下段には、各インク中における、顔料の含有量、樹脂の含有量、及び樹脂の含有量と顔料の含有量の質量比率(樹脂/顔料)、の値をそれぞれ示した。なお、表4〜9中、MWとあるのは、重量平均分子量のことである。
【0108】

【0109】

【0110】

【0111】

【0112】

【0113】

【0114】

【0115】

【0116】

【0117】

【0118】
<評価>
(耐擦過性)
上記で得られた各インクを、インクジェット記録装置(商品名:BJF900;キヤノン製)用のインクカートリッジに充填し、上記インクジェット記録装置のシアンインクの位置にそれぞれセットした。これらのインクジェット記録装置を用いて、三菱フォト光沢紙(三菱製)に、インク1滴あたりの吐出量4.5ng、解像度1,200dpi×1200dpi、8パス双方向記録で、記録デューティが100%である画像(基準評価画像)をそれぞれ記録した。得られた各記録物を室温で1日放置した後、各記録物の画像を、記録媒体の非記録部に傷が付く程の強い圧力を加えて爪で引っ掻いた。各記録物を目視で確認して、画像の耐擦過性の評価を行った。画像の耐擦過性の評価基準は下記の通りである。評価結果を表10に示した。
A:画像の表面に爪跡が残らなかった。
B:画像の表面に爪跡が残るが、記録媒体から色材が削れ落ちなかった。
C:画像の表面に爪跡が残り、かつ、記録媒体から色材がわずかに削れ落ちた。
D:記録媒体の表面が露出することはないが、色材が明らかに削れ落ちた。
E:画像を軽く触れる程度では問題がないレベルであるが、記録媒体の非記録部に傷が付くほどの強い圧力で引っ掻くと、記録媒体の表面が見える程度に色材が削れ落ちた。
【0119】
(動摩擦係数)
上記で得られた各記録物(基準評価画像:インク1滴あたりの吐出量4.5ng、解像度1,200dpi×1200dpi、8パス双方向記録で、記録デューティが100%である画像)の画像領域における動摩擦係数を、下記のようにして測定した。具体的には、各基準評価画像の画像領域における、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)の樹脂ボールに対する動摩擦係数を、表面性試験機(製品名:ヘイドン トライボギア TYPE14DR;新東科学製)を用いて測定した。PMMA樹脂ボールに付加する垂直荷重を50g、移動速度を2mm/secとし、移動時にPMMA樹脂ボールの移動方向へ作用する水平力をロードセルにより計測し、垂直荷重力に対する水平力の比率を動摩擦係数として算出した。得られた動摩擦係数の値を表10に示した。
【0120】
(保存安定性)
上記で得られた各インクをテフロン(登録商標)製の容器に入れ、温度60℃で1ヶ月保存した。保存前後のインク中の顔料の粒径を、レーザーゼータ電位計(商品名:ELS8000;大塚電子製)でそれぞれ測定し、インクの保存安定性の評価を行った。インクの保存安定性の評価基準は下記の通りである。評価結果を表10に示した。
A:保存後の顔料の粒径が、保存前の顔料の粒径の1.1倍未満であった。
B:保存後に顔料の凝集物は発生していなかったが、保存後の顔料の粒径が、保存前の顔料の粒径の1.1倍以上であった。
C:保存後に、容器内に顔料の凝集物が発生した。
【0121】

【0122】

【図面の簡単な説明】
【0123】
【図1】耐擦過性試験の概念を示す模式図である。
【図2】記録ヘッドの縦断面図である。
【図3】記録ヘッドの横断面図である。
【図4】図2に示した記録ヘッドをマルチ化した記録ヘッドの斜視図である。
【図5】インクジェット記録装置の一例を示す斜視図である。
【図6】インクカートリッジの縦断面図である。
【図7】記録ユニットの一例を示す斜視図である。
【図8】記録ヘッドの構成の一例を示す模式図である。
【符号の説明】
【0124】
2−1:サンプル固定稼動ステージ
2−2:サンプル
2−3:摩擦物
2−4:分銅
2−5:天秤機構
2−6:ロードセル
13:記録ヘッド
14:ノズル
15:発熱素子基板
16:保護層
17−1、17−2:電極
18:発熱抵抗体層
19:蓄熱層
20:基板
21:インク
22:吐出口
23:メニスカス
24:インク滴
25:記録媒体
26:マルチノズル
27:ガラス板
28:記録ヘッド
40:インク袋
42:栓
44:インク吸収体
45:インクカートリッジ
51:給紙部
52:紙送りローラー
53:排紙ローラー
61:ブレード
62:キャップ
63:インク吸収体
64:吐出回復部
65:記録ヘッド
66:キャリッジ
67:ガイド軸
68:モーター
69:ベルト
70:記録ユニット
71:記録ヘッド
72:大気連通口
80:インク流路
81:オリフィスプレート
82:振動板
83:圧電素子
84:基板
85:吐出口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、顔料、シロキサン化合物、及び樹脂を含有する顔料インクであって、
前記シロキサン化合物が、下記式(1)で表されるシロキサン化合物であり、
前記樹脂が、酸価が90mgKOH/g以上150mgKOH/g以下であり、かつ、樹脂を構成するモノマーの溶解度パラメーターより算出される樹脂の水素結合項(δh)が1.0cal0.5/cm1.5以上3.7cal0.5/cm1.5以下であることを特徴とする顔料インク。

(式(1)で表されるシロキサン化合物の重量平均分子量は5,000以上50,000以下であり、式(1)中、Rはメチル基又はフェニル基であり、mは1以上670以下、nは0以上200以下である。)
【請求項2】
前記樹脂を構成するモノマーが、スチレン、n−ブチルアクリレート、及びベンジルメタクリレートからなる群から選ばれる少なくとも1種のモノマーを含む請求項1に記載の顔料インク。
【請求項3】
前記樹脂のインク中における含有量(質量%)が、インク全質量を基準として、0.5質量%以上5.0質量%以下である請求項1又は2に記載の顔料インク。
【請求項4】
前記樹脂のインク中における含有量(質量%)が、インク全質量を基準として、2.5質量%以上4.0質量%以下である請求項1乃至3のいずれか1項に記載の顔料インク。
【請求項5】
前記樹脂のインク全質量を基準とした含有量(質量%)が、前記顔料のインク全質量を基準とした含有量(質量%)に対して、1.2倍以上である請求項1乃至4のいずれか1項に記載の顔料インク。
【請求項6】
インクをインクジェット方法で吐出して記録媒体に記録を行うインクジェット記録方法であって、
前記インクとして、請求項1乃至5のいずれか1項に記載の顔料インクを用いることを特徴とするインクジェット記録方法。
【請求項7】
インクを収容するインク収容部を備えてなるインクカートリッジであって、
前記インク収容部に収容されているインクが、請求項1乃至5のいずれか1項に記載の顔料インクであることを特徴とするインクカートリッジ。
【請求項8】
インクを収容するインク収容部と、インクを吐出する記録ヘッドとを備えてなる記録ユニットであって、
前記インク収容部に収容されているインクが、請求項1乃至5のいずれか1項に記載の顔料インクであることを特徴とする記録ユニット。
【請求項9】
インクを収容するインク収容部と、インクを吐出する記録ヘッドとを備えてなるインクジェット記録装置であって、
前記インク収容部に収容されているインクが、請求項1乃至5のいずれか1項に記載の顔料インクであることを特徴とするインクジェット記録装置。
【請求項10】
少なくとも、顔料、シロキサン化合物、及び樹脂を含有する顔料インクであって、
前記シロキサン化合物が、下記式(1)で表されるシロキサン化合物であり、
記録媒体に形成した基準評価画像の動摩擦係数が、0.40以下となるように構成されていることを特徴とする顔料インク。

(式(1)で表されるシロキサン化合物の重量平均分子量は5,000以上50,000以下であり、式(1)中、Rはメチル基又はフェニル基であり、mは1以上670以下、nは0以上200以下である。)

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−100728(P2010−100728A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−273240(P2008−273240)
【出願日】平成20年10月23日(2008.10.23)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】