説明

飲食品の風味改善剤

【課題】 比較的少量で特定の飲食品の不快味をマスキングするかあるいは広範な飲食品の風味を向上させ、使用が制限されることのない飲食品の風味改善剤を提供する。
【解決手段】 本発明の飲食品の風味改善剤は、焙煎大麦を溶剤抽出して得られる抽出物からなる。飲食品は、乳製品、乳利用食品、穀物利用食品、魚介類、乳系飲料及び豆乳の群から選ばれる。抽出溶剤としては水又はエタノール水溶液が用いられ、30〜95重量%のエタノール水溶液が好ましい。また、乳類系香料を含む上記乳系飲食品に本発明の風味改善剤を添加すると、良好な風味改善効果が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焙煎大麦の溶剤抽出物からなる飲食品の風味改善剤に関する。
【背景技術】
【0002】
食品や飲料にはその含有成分に由来する独特の風味があり、飲食品によっては不快味を伴うものがある。例えば、乳製品や乳系飲料の生臭さ臭、穀物利用食品の粉っぽさ、魚介類の生臭さ臭、豆乳の青臭さ臭又は豆臭を不快味と感じる人々も少なくない。飲食品の不快味をマスキングあるいは改善するために、飲食物を物理的・化学的に処理したり、香料、酵素、植物の抽出物、合成化学品等を飲食品に添加したりしてきた。このようなマスキング剤又は風味改良剤に関する提案も、従来から数多くなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、乳清ミネラルの添加によるカゼインナトリウム類のカゼイン臭の低減方法が開示されている。特許文献2には、高い甘味を示す甘味料のスクラロースを含有する乳感の向上したヨーグルト等の乳含有製品が提案されている。特許文献3には、上記スクラロースを有効成分として、米粉、小麦粉、そば粉、トウモロコシ粉等の穀物粉の粉臭さをマスキングするマスキング剤が提案されている。特許文献4には、マッシュポテト、食パン、うどん等の澱粉加工食品、又はシーチキン、赤貝味付等の魚肉加工食品に、香味野菜、トマト、香辛料及びきのこ類から選ばれる1種以上を原材料とする野菜エキスを添加して、澱粉又は魚肉特有の臭いを低減又は除去し得る呈味改善剤が開示されている。特許文献5には、セスキテルペンを含有する柑橘類由来の抽出物をマスキング剤とする豆乳臭のマスキング用組成物が開示されている。
また、焙煎大麦の水抽出物を風味改善剤とする従来技術としては特許文献6がある。この風味改善剤は、酸味料が添加された加熱処理米飯の酸味及び酸刺激臭を改善するためのものである。
【特許文献1】特開平8−56583号公報
【特許文献2】特開2000−135055号公報
【特許文献3】特開2000−152764号公報
【特許文献4】特開2003−102420号公報
【特許文献5】特開2004−105011号公報
【特許文献6】特開2002−262789号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
以上の従来技術において、特許文献1は、カゼインナトリウム類に対して乳清ミネラルを大量に添加しなければカゼイン臭の低減効果が得られず、経済的とはいえない。特許文献2,3は、6ppm以上の添加で甘みを感じると記載されているように、スクラロース自体が高い甘味を呈する甘味料であり、可及的に甘味を抑制したい食品への適用が困難であるため、乳感向上剤又は粉臭のマスキング剤としての使用が制限されるという問題がある。特許文献4は、野菜エキス(呈味改善剤)の原材料が多岐にわっており、澱粉又は魚肉特有の臭いを低減又は除去し得る野菜エキスの添加量も比較的多いきらいがある。特許文献5は、豆乳臭のマスキング効果はあるものの、豆乳のコク味が減少するという欠点がある。また、特許文献6には、酸味料添加の加熱処理米飯以外の飲食品に対する焙煎大麦抽出物の風味改善効果については開示がない。
そこで、本発明の目的は、比較的少量で特定の飲食品の不快味をマスキングするかあるいは広範な飲食品の風味を向上させ、しかも、使用が制限されることのない飲食品の風味改善剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
即ち、本発明の飲食品の風味改善剤は、焙煎大麦を溶剤抽出して得られる抽出物からなり、乳製品、乳利用食品、穀物利用食品、魚介類、乳系飲料及び豆乳の群から選ばれる飲食品の風味を改善することを特徴とする。
本発明において、抽出溶剤としては、通常水又はエタノール水溶液が使用される。
【発明の効果】
【0006】
本発明の飲食品の風味改善剤によれば、乳製品及び乳利用食品の生臭さ又は劣化臭、穀物利用食品の粉臭さ、魚介類の生臭さや、豆乳の青臭さ又は豆臭をマスキングし、ひいてはこれらの飲食品の風味が向上し、更にコーヒー、ココア、紅茶等のミルクが添加された乳系飲料の風味を高める。
とりわけ、乳製品、乳利用食品もしくは乳系飲料、又は豆乳に乳類系香料を添加した飲食品に、本発明の風味改善剤を含有させた場合は、これらの飲食品に良好な乳類系フレーバーを付与すると共に、補完的に呈味性を改善して、飲食品への添加効果を一層高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の飲食品の風味改善剤は、焙煎大麦の溶剤抽出物を有効成分とする。大麦の品種としては、二条大麦、六条大麦、ハダカ麦等がある。大麦の焙煎処理は、大麦を天然砂と共に加熱する方法、大麦を熱風により加熱する方法、大麦を直接加熱する方法等、焙煎香気を発生させるために麦茶の製造で実施されている方法が適用できる。その際の焙煎の程度の目安となるL値(色の濃淡を示す指数)は、10〜60の範囲にあり、15〜45の範囲にあることが好ましい。
【0008】
焙煎大麦の溶剤抽出には、人体に安全な水又はエタノール水溶液が用いられる。かかる溶剤のエタノール濃度は0〜95重量%の範囲にある。焙煎大麦の有効成分の抽出処理は、通常40〜100℃の加温下で行われるが、蒸発による溶剤の損失を避けるために、40〜140℃の温度の加圧容器(オートクレーブ)中で実施することもできる。
本発明の飲食品の風味改善剤は水に可溶であるが、水を抽出溶剤とした場合、風味改善効果のない糖類やタンパク質等の非有効成分も同時に抽出されるので、風味改善剤として単位固形分当たりの力価の低いものが得られる。非有効成分はエタノールに不溶であるので、水抽出後にエタノールを添加して非有効成分を沈殿させ、除去することができる。これに代わる抽出法として、エタノール水溶液を用い、焙煎大麦を直接抽出して有効成分を得ることもできる。
【0009】
ここで、図1は、焙煎大麦を各種エタノール濃度の水溶液で室温下に一夜静置して抽出したときの水での抽出量に対する可溶成分の抽出率を示す。図2は、同様の条件下で抽出される焙煎大麦中の可溶成分の量(重量%)を示す。図1,2から、エタノール濃度が高くなるに従って、抽出率及び可溶成分量は低下することが分かる。図3は、焙煎大麦の熱水抽出物にエタノールを加えて所定のエタノール濃度としたときに生じる沈殿量を熱水抽出物に対する比率(沈殿率)で表したものである。上記非有効成分の沈殿率は、エタノール濃度が30重量%から約60重量%にかけて急激に上昇し、60重量%からはなだらかに高くなるが、75〜95重量%ではほぼ一定である。
沈殿率を示す図3から、非有効成分の抽出を抑制して風味改善剤の力価を高めるためには、濃度30〜95重量%、特に60〜75重量%のエタノール水溶液を抽出溶剤とすることが好ましい。
【0010】
水抽出物又は低濃度エタノール水溶液に溶解した抽出物は、腐敗を避けるために、噴霧乾燥、凍結乾燥等により粉末化することが好ましい。また、飲食品の風味を損なわない賦形剤を用いて顆粒状とすることもできる。
高濃度エタノール水溶液に溶解した抽出物は、エキスとしてそのまま製品としてもよいが、更に力価を高めるために、濃縮した後エタノール又はその水溶液で濃度調整を行ってもよい。エキスのエタノール濃度は、30〜95重量%、好ましくは40〜75重量%の範囲にある。エタノール濃度が40重量%より低いと腐敗の虞があり、濃度が75重量%より高くなると、有効成分の一部が析出するので好ましくない。
風味改善剤をエキスの形態で使用する場合、風味改善剤が析出しない濃度であれば特に支障はないが、風味改善剤の濃度は、5〜30重量%、更に10〜20重量%の範囲にあることが好ましい。
【0011】
本発明の風味改善剤は、ある種の飲食品の不快味をマスキングし、あるいは飲食品の風味を向上させる。かかる飲食品は、乳製品、乳利用食品、穀物利用食品、魚介類、乳系飲料及び豆乳から選択される。
乳製品としては、牛乳、粉乳、練乳、発酵乳、バター、チーズ等が挙げられ、乳利用食品としては、プリン、アイスクリーム等が挙げられる。乳系飲料としては、ヨーグルトの他に、コーヒー、紅茶、ココア等のミルク添加飲料が例示される。穀物利用食品には、米、小麦、大麦、そば、大豆、トウモロコシ等を原料とするパン、焼き菓子、ミックス粉等がある。魚類、甲殻類及び貝類を包含する魚介類については、缶詰類が代表的であるが、生もの(刺身)、焼き物、煮物、揚物に風味改善剤の粉末又はエキスを直接添加してもよく、通常、醤油、塩、ソース等の調味料又は薬味と一緒に用いられる。
【0012】
飲食品に対する風味改善剤の添加量に関しては、個々の飲食品によって異なるので一義的に定めることは困難であるが、固形分換算で0.001〜2重量%の範囲にある。添加量が多くなると、飲食品によってはそれ自体の風味が損なわれることがあり、更に着色を嫌う飲食品群にあっては風味改善剤に起因して淡い褐色を呈することがあるので、添加量が制限されることもある。例えば、乳製品に対しては、固形分換算で0.002〜0.2重量%の添加量で十分である。一般に、魚介類に対しては添加量が多く、穀物利用食品及び飲料に対しては添加量が少量で足りる傾向にある。
【0013】
本発明において、前述のような乳製品、乳利用食品もしくは乳系飲料、又は豆乳に乳類系香料が添加された飲食品に風味改善剤を含有させると、良好な乳類系フレーバーが付与されると共に、補完的に呈味性を改善することができる。
乳類系香料としては、ミルク系フレーバー、バターフレーバー、チーズフレーバー、クリームフレーバー、ヨーグルトフレーバー等が挙げられる。上記飲食品に対する乳類系香料の添加量は、0.01〜1重量%、好ましくは0.03〜0.5重量%の範囲にある。
【実施例】
【0014】
以下に、風味改善剤の調製例及び実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの例に本発明が限定されるものではない。なお、以下の「%」及び「部」はそれぞれ「重量%」及び「重量部」を意味する。
(風味改善剤の調製例1)
L値35の焙煎二条大麦2kgと水5lをステンレス製オートクレーブに投入し、85〜90℃で30分間抽出処理した。オートクレーブの内容物を室温に冷却した後、遠心分離により一次抽出液Aと抽出粕とを分離した。この一次抽出粕に水5lを加え、再度85〜90℃で10分間抽出処理した。その後同様に、冷却、遠心分離して二次抽出液Bと抽出粕とを分離した。
一次抽出液Aと二次抽出液Bとの画分を合体して、ブリックス7.6の焙煎大麦エキス1065gを得た。一夜の冷蔵保存後、エキスと同量の95%エタノール水溶液を加え、生成した沈殿物を濾別した。その後、フィルター液を噴霧乾燥機で粉末化して、強い香気を放つ淡褐色の粉末282gを得た。
【0015】
(風味改善剤の調製例2)
L値32の焙煎六条大麦1kgと60%エタノール水溶液3.5kgをオートクレーブに投入し、110℃で1時間抽出処理した。内容物を50℃まで冷却し、遠心分離して抽出液2.7kgを得た。得られた抽出液をロータリエバポレータに移し、減圧下に50℃でほぼ極限にまで濃縮した。この濃縮液に50%エタノール水溶液1kgを加え、不溶物を濾過して、強い麦茶様香気に富む焙煎大麦エキス1.08kgを得た。エキスのエタノール濃度は54%であり、その固形分濃度は11.7%であった。
【0016】
実施例1
全粉乳を真夏の日光下に1日暴露して劣化させた。この劣化全粉乳の13%水溶液に、調製例1で得られた粉末をそれぞれ0%、0.02%、0.05%、0.2%、0.5%添加した。これらのサンプルについて、劣化臭を感じる:−1点、どちらともいえない:0点、劣化臭を感じない:1点として、8名のパネラーに劣化臭を評価させた。その得点結果を表1に示す。
【表1】

表1に示すように、調製例1で得られた粉末による全粉乳劣化臭のマスキングは顕著であることが判明した。
【0017】
実施例2
調整豆乳(紀文フードケミファ社製)に、調製例2で得られた焙煎大麦エキスをそれぞれ0.02%、0.05%、0.1%、0.25%添加した。
まず、8名のパネラーに調整豆乳を飲ませ、豆臭、青くさ臭を確認させた。次いで、上記焙煎大麦エキス添加サンプルについて、豆臭、青くさ臭を感じる:−1点、どちらともいえない:0点、豆臭、青くさ臭を感じない:1点として、パネラーに豆乳臭を評価させた。その得点結果を表2に示す。
【表2】

表2に示すように、調製例2で得られた焙煎大麦エキスによる豆臭及び青くさ臭のマスキングは、添加量0.02〜0.1%(固形分換算で約0.002〜0.01%)の範囲で十分に有効であることが判明した。
【0018】
実施例3
純ココア(森永製菓社製)4部、砂糖10部及び全粉乳6部を熱湯80部に溶かして、ミルクココアを調製した。このミルクココアに調製例1で得られた粉末をそれぞれ0.2%及び0.5%添加して、5名のパネラーに風味を評価させた。その結果を表3に示す。
【表3】

表3に示すように、ミルクココアに乳類系フレーバーが付与されると共に、補完的に呈味性が改善され、調製例1で得られた粉末によるミルクココアの風味向上効果は明らかである。
【0019】
実施例4
下記に示す処方に、調製例2で得られた焙煎大麦エキスをそれぞれ0.02%及び0.05%添加してラクトアイスを調製し、5名のパネラーに風味を評価させた。その結果を表4に示す。
(ラクトアイスの処方) (%)
脱脂粉乳 9
上白糖 11
精製ヤシ油 4
粉末水飴 5
乳化安定剤 0.4
水 70.6
【0020】
【表4】

表4に示すように、調製例2で得られた焙煎大麦エキスによるラクトアイスの風味向上効果は明らかである。
【0021】
実施例5
下記に示す処方に、調製例1で得られた粉末をそれぞれ0部、0.03部及び0.1部(約0.05%)添加してバターロールを調製して、5名のパネラーに風味を評価させた。対照として、下記のバターフレーバー(理研香料工業社製)及び調製例1で得られた粉末が無添加のバターロールを調製した。対照品との差違の主なコメントは表5に示す通りである。
(バターロールの処方) (重量部)
小麦粉(強力粉) 100
上白糖 10
全卵 10
無塩バター 15
食塩 2
脱脂粉乳 1
ドライイースト 1.5
バターフレーバー 0.015
水 65
【0022】
【表5】

表5に示すように、調製例1で得られた粉末によるバターフレーバーに対する補完的添加効果は明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】各種エタノール濃度水溶液における焙煎大麦中の可溶成分量を水可溶成分量に対する比率で表したグラフである。
【図2】水及び各種エタノール濃度水溶液における焙煎大麦中の可溶成分量を示すグラフである。
【図3】焙煎大麦の熱水抽出物にエタノールを添加したときの沈殿率をエタノール濃度を関数として表したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
焙煎大麦を溶剤抽出して得られる抽出物からなり、乳製品、乳利用食品、穀物利用食品、魚介類、乳系飲料及び豆乳の群から選ばれる飲食品の風味を改善することを特徴とする飲食品の風味改善剤。
【請求項2】
抽出溶剤が水又はエタノール水溶液である請求項1記載の飲食品の風味改善剤。
【請求項3】
前記エタノール水溶液のエタノール濃度が30〜95重量%の範囲にある請求項2記載の飲食品の風味改善剤。
【請求項4】
乳製品、乳利用食品、乳系飲料及び豆乳の群から選ばれる前記飲食品に乳類系香料が含まれる請求項1〜3のいずれかに記載の飲食品の風味改善剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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