説明

香りの発生方法

【課題】本発明は、香りに対する順応をなくすとともに、香料の消費量を大幅に低減させる香りの発生方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明の香り発生方法は、流動する空気中に、香りを微小時間12で短い時間間隔でパルス射出することを特徴とする。
前記微小時間は、0.1〜0.5秒が好ましく、前記短い時間間隔は1.2〜1.4が好ましい。また、流動する空気の流速は、0.8〜1.8m/秒が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、香りの発生方法に関し、とりわけ、香りを持続的に感受することができる香り発生方法に関する。
【背景技術】
【0002】
香りは、古来から日常生活の中で香料などの形で広く用いられている。また、近年は、花や薬草の香り成分(香料)を用いて、神経の鎮静やストレスの軽減を図り心身の健康を維持改善させるアロマテラピと呼ばれる療法が広く知られるようになってきた。
【0003】
ところで、このような香りの成分を産業的に得るためには、例えば、植物から抽出する場合は、沢山の植物原料を必要とし、また、工業的に合成する場合も、実用化には長い年月と大きな開発費用を要している。このため、香料は通常、高価なものとなる。
【0004】
このような香料を用いて、香りを積極的に利用者(ユーザー)に提供する方法は大別すると二通りある。一つは、図5に示されているような香りを連続的に発生させて感受させる方法である。この方法は香り発生デバイス(装置)100から香り101を連続的に発生するものである。もう一つは図6に示すように、呼吸をセンシングするためのセンサー102を用いて息を吸う吸気のタイミングを検知し、吸気時に香り101を発生させて香りを感受させる方法である。
【特許文献1】特許第3638201号公報
【特許文献2】特開2003−260122号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このような従来の技術においては、人に対して、香りを連続的に発生させて感受させる場合、嗅覚細胞(神経)の活動が低下して、香りを感じなくなる、嗅覚順応の問題が生じる。そのために、図5に示すような香りを連続的に提供する方法では、長時間香りを感じさせることができない問題が生じ、その結果、高価な香料が無駄に消費される問題もあった。
【0006】
また、図6に示すような、呼吸をセンシングするための呼吸センサーを用いて香りを提供する場合は、吸気のタイミングを検知して香りを発生させるので、連続的な香り提供方法に比べると、香料の消費量は少なくなり、香料を効果的に用いることが可能となる。しかし、吸気のタイミングを検知する手段が必要となるので、装置の大型化・複雑化は避けられず、また、高価な装置となる問題がある。更に、香りに対する嗅覚順応の問題も解決されていない。
【0007】
本発明はこのような課題を解決する香り発生方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決する手段としての本発明の香り発生方法は、流動する空気中に、香料を微小時間で短い時間間隔のパルスで射出することを特徴とする。
【0009】
また、前記微小時間は0.1〜0.5秒が好ましい。
【0010】
更に、前記短い時間間隔は、1.2〜1.4秒が好ましい。
【0011】
更に、空気の流速は0.8〜1.8m/秒が好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、嗅覚細胞(神経)の活動が低下して香りを感じなくなる嗅覚順応の問題は生じなく、長時間、同じ香りを感じることができる。
また、香料の消費量を少なくすることができる。
【0013】
更に、本発明によれば、呼吸のセンシング手段を必要としないので、香り発生装置は簡単な構造とすることができる。その結果、香り発生装置の製造コストを安くすることも可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の香り発生方法について、図面を参照しながら、詳細に説明する。
【0015】
図1は、本発明における、香料を微小時間でかつ短い時間間隔でパルス射出する方法を示す概要図である。図1において、10は香り発生デバイス(装置)、11は香り発生デバイスからユーザーに提供される香り、12は香料が微小時間、流動する空気中に射出される幅(パルス幅)を示し、13は香料のパルス射出を示す。
【0016】
本発明においては、香料を空気中にパルス状に射出する場合、空気を流動させる必要がある。空気が静止している状態の中に香料をパルス状に射出すると、香料の空気中での拡散速度は遅く、また通常の使用状態では、層流状態で拡散することはなく、何らかの原因で空気が攪乱され乱流となるので、嗅覚器官に達するときは、図5で示す香りを連続的に発生させて感受させる方法と実質同じ結果となってしまうためである。空気の流動速度に特に制約は無いが、香りは嗅覚器官で感じるから、通常、肌に心地よいと言われるそよ風(0.8m/秒)程度から1.8m/秒程度が好ましい。風速を大きくしすぎると、香りが攪乱され、空気中に混合されるために、パルス状に射出する効果は失われてしまう。
【0017】
空気としては自然状態の大気が用いられるが、本発明を用いる状況などによっては、例えば、酸素濃度を高めた空気でも良い。また、空気の湿度や温度を調整しても良い。
【0018】
パルス幅(射出時間)は、流動空気の流速及びパルス間隔とも関係するが、0.1〜0.5秒が好ましく、0.3秒が最も好ましい。0.1秒以下だと、香料の射出量が少なく、香りを感じない場合もある。また、0.5秒を超えても香りの感受に与える影響は少ないので、香料が無駄になる可能性がある。
【0019】
パルス間隔(射出間隔)は、人間の呼吸に依存する。
【0020】
人間の呼吸は、健常者の安静時において、平均で1分間に12回と言われている。呼吸は、息を吸う吸気と、息を吐く呼気とからなり、一回の呼吸時間は、平均で5秒である。
【0021】
従って、吸気のタイミングに香りのパルス間隔を合わせと、香りを感じることができるので、健常者の安静時においては、パルス間隔は5秒となる。言い換えると、5秒を超すと吸気とのタイミングが合わなくなるので、パルス状に射出する効果は薄れてしまうことになる。また、パルス間隔を1秒以下にすると、選定するパルス幅にも依存するが、香りの連続射出(放出)と、実質、同じ結果となり、香りをパルス状に射出する効果が失われることになる。これらのことから、パルス間隔は1〜5秒が好ましい。
【0022】
上記において説明したように、健常者の安静時における呼吸のサイクルは、平均5秒であるので、吸気のタイミングに合わせて香りをパルス射出すれば、嗅覚器官で香りを感じることができる。
【0023】
しかしながら、吸気のタイミングで香りを射出するには、上述した呼吸センシングを用いる以外の方法としては、パルス射出のタイミングと合うように呼吸のタイミングを調整するか、パルス射出の開始を呼吸タイミングに合わせることが考えられる。しかし、このように呼吸タイミングを調整したり、パルス射出開始タイミングを調整しても、呼吸のサイクルや吸気の開始タイミングは状況の変化等で頻繁に変わるので、その都度、調整し直さなければならず、そのような調整の方法は、実用的ではない。
【0024】
そこで、以下に示すように、呼吸センシングを用いなくても長時間香りが感じられる方法を創出した。
【0025】
呼吸において、吸気と呼気との時間的な比率は、1:1.5となることが知られている。香りは、吸気において感受されるが、吸気のどの区間で、香りを感じるかについて、後述する図4に示す装置を用いて、被験者15名(21〜24才の男性14名、女性1名)を対象に、次のような予備的実験を行った。このときの風速は1.8m/秒であった。
【0026】
吸気の期間を、吸い始め・吸気の途中・吸い終わりに三等分し、三等分されたどの区間で香り(ラベンダー)を感じるかを測定したところ、香りを感じるのは、吸気の吸い始めと吸気の途中の区間であり、吸気の吸い終わりの区間では、最早、香りを感じないことが分かった。即ち、吸気の期間を三等分すると、吸気の開始から吸気の途中の間の三分の二で香りを感じるが、残りの三分の一では、香りを感じることはないことが確認された。
【0027】
これは、吸気量は、吸い始めで最大となり、その後次第に減少して、吸気の終わり間際は急激に減少するので、吸気の終わりの区間の吸気量は、吸い始め及び途中のそれぞれの吸気量と比較すると大幅に減少するためであると考えられる。即ち、香りを感受するためには、一定量以上の吸気量が必要であることを示している。なお、この吸気の終わりの区間においては、香りの濃度を変化させて、濃度を濃くしても香りは検知することができなかった。
【0028】
上述したように、健常者の安静時の平均呼吸サイクルは5秒である。呼吸における吸気と呼気の比率は1:1.5であるから、呼吸に占める吸気の平均時間は2秒となる。吸気において、香りを感じる区間は、吸気の開始から終わりの内の開始から三分の二の区間であるから、その時間は1.33秒となる。即ち、約1.3秒のサイクルで香りを射出すると、健常者の安静時における平均呼吸サイクルにおいて、(ほぼ)必ず香りを感受することができることになる。
【0029】
この場合において、パルス間隔が1.3秒で、パルス幅を0.3秒とすると、連続的に香料を射出する場合の香料の消費量の23%[(0.3/1.3)×100(%)]となり、香料の消費量を大幅に減らすことができる(但し、パルス間隔及びパルス幅以外は、同じ条件の場合)。
【0030】
なお、健常者の安静時における単位時間当たりの呼吸の回数にも、多少の個人差があるので、その場合、パルス間隔を、1.2〜1.4秒の範囲で調整可能とするのが好ましい。
【0031】
更に、本方法は、健常者の安静時以外にも利用することができ、その場合は、例えば早い呼吸でも対応可能なように、0.6〜1.4秒の範囲で調整可能とするのが好ましい。
【0032】
本発明を実施する装置としては、空気を流動させる手段と香料をパルス射出できるものであればどのようなタイプのデバイスでも実施可能である。
【0033】
空気を流動させる手段としては、構造が簡単で操作が容易な送風機(ファン)が好ましいが、吸引装置など他の手段で空気を流動させてもよい。静寂な環境での使用が求められる場合は、送風機から発生する音はできるだけ小さいものが好ましい。
【0034】
香料をパルス射出させる手段としては、インクジェットプリンタで用いられているオンデマンド方式のバブルジェット(登録商標)方式のヘッドが好ましい。このバブルジェット(登録商標)方式のヘッドは図2に示すように、香料をヘッド20a内の香料室21に導き、ヘッド壁面のヒータ22を加熱して(23はヒータ加熱動作を表す)ヘッド内の香料を沸騰させて気泡(バブル)24を発生させ、気泡の生成により生じるヘッド内の圧力の急上昇を利用して、香料を液滴25の状態で空気中に吐出(射出)するものである。吐出される香料の液滴は極めて微細なため、100%気化する。このバブルジェット(登録商標)方式のヘッドは、吐出される香料の量を数ピコリットル単位で制御することができるので、吐出される香料の量を調整することにより、容易に香りの濃度を調節することができる。また、パルス間隔も0.1秒の単位で調整できるので、制御が容易となる。
【0035】
なお、香料を吐出させる手段としては、加熱手段に代えて、圧電素子を用いたインクジェットヘッドを用いても良い。
【0036】
また、インクジェット手段以外の香料を流動する空気中に噴霧する手段であって、本発明のパルス射出が可能であれば、どのような手段でも本発明を実施することができる。
【0037】
図3は、本発明を実施するのに好適な香りパルス射出用ヘッドの一例を示す(なお、図3において、一番右側の液路は、液路を構成している仕切りが外されてヒータが露出している状態が示されている)。28は香料タンクで香料は液路17を通る際にヒータ22に加熱されて、吐出口26から液滴25となって外部に射出される。液路は複数設けられており、また、各液路17にそれぞれヒータ22が設けられ、各液路毎にパルス射出のためのオンオフ制御をすることが可能となっており、これにより、流動する空気中への香料の射出量を調整することができる。
【0038】
射出される香料の液滴の量及び射出間隔を制御する手段は、パソコン(PC)、マイクロコンピュータなどの汎用のものが利用できる。
【0039】
本発明に用いられる香料は、ラベンダー、ローズマリー、ジャスミン、コーヒー、バナナなどの天然香料、人工香料のいずれでも、バブルジェット(登録商標)方式のヘッドでパルス射出できるものであれば、あらゆる種類の香料が使用可能である。また、一つの香料を単独で、あるいは複数の香料を混合しても使用可能である。
【0040】
本発明は、本発明を実施する置き型の香り発生デバイスとして、アロマテラピやトイレで利用することができる。また、本発明を実施しうる香り発生デバイスを安楽いすに取り付けてオープン空間で利用することにより、リラックスしながら香りを長時間感受することが可能となる。
【0041】
更に、香り発生デバイスをヘッドフォンに取り付けて、口及び鼻を覆うマスクの内部に香り発生デバイスから香りを導いて、香りを吐出させる等により、狭い空間において、例えば、音楽を楽しみながら、香りを長時間感受することが可能となる。このような狭い空間で本発明を実施する場合、マスクに消臭手段を施すことにより、周囲の人に香りを感受させることを防ぐことができる。
【実施例1】
【0042】
被験者20人(21〜24才:男性18名、女性2名)を対象に、図4に示す装置50を用いて、香りのパルス射出による順応への影響について調べた。
【0043】
図4において、20は香り射出用ヘッド、40は送風機(ファン)で、風速は0.8〜1.8m/秒の範囲で0.1m/秒の単位で調整可能であり、42は香り吐出口である。43は風洞で、送風機40から送風された流動空気中に、香り射出ヘッド20より香料がパルス射出されて微細な液滴となって(噴霧されて)混入され、香り吐出口42より吐出される。60は制御装置(PC)で、香り射出用ヘッドから射出される香料(香り)の射出パルス幅、パルス間隔及び送風機の回転数などを制御する。70は香り測定面で、本実施例においては、香り吐出口42と、香り測定面との距離Bは10cmとした。香り測定面とは、香りを感受する鼻(嗅覚器官)が位置する場所である。
【0044】
順応について、次の実験を行った。
【0045】
図6に示すセンサー102を用いて、吸気のタイミングに同期させて(一呼吸に1回のパルス射出)、香料(ラベンダー)を0.3秒のパルス幅で射出し、香り測定面での香り感受を測定した。このときの風速は、1.2m/秒であった。測定は15回の呼吸(従って、15回のパルス射出)で行った。
【0046】
測定の結果、被験者20人全員が、1回目のパルス射出と15回目(約75〜80秒後)のパルス射出とでは同じ強さの香りを感じた(順応しなかった)と回答した。
【比較例】
【0047】
比較例として、上記実施例1と同じ被験者を対象に、香料の提供の仕方を、パルス射出に代えて連続射出とすること以外は、同じ条件で測定を行った。
【0048】
上記比較例の測定の結果、被験者は、平均25秒で香りの濃度が薄く感じた(順応した)と回答した。
【0049】
上記実施例1及び比較例から、香りを微小時間にパルス射出すると、順応が生じないか、あるいは、生じるとしても順応の影響を大幅に軽減できることが確認された。
なお、上記実施例1及び比較例の結果は、香料を他の種類に換えても(例えば、コーヒーの香り)、結果は同じであった。
【実施例2】
【0050】
被験者10人(21〜24才:男性9名、女性1名)を対象に、図4の装置を用いて、香料(ラベンダー)を0.3秒のパルス幅で、1.3秒のパルス間隔で射出し、香り測定面での香り感受を測定した。このときの風速は、1.8m/秒であった。測定は、各被験者につき50回の呼吸で、吸気において香りを感じるか否かを計測した。
【0051】
その結果、被験者全員が香りを感じたと回答した。また、総計500の呼吸回数のうち、98%の回数において、各呼吸毎に香りを感じるとの回答が得られた。言い換えると、各被験者平均で、50回の呼吸のうち、香りを感じなかったのは、僅かに1回であることから、本発明の方法によれば、0.3秒のパルス幅で、1.3秒のパルス間隔で香料を射出することにより、図5に示す呼吸センシング102を用いなくても、ほぼ呼吸毎に香りを感じることができることが確認された。
【0052】
また、本実施例2における香料の使用量は、香りの連続提供の場合の23%で済むので、香料使用量の大幅削減が可能となる。更に、上記比較例の連続提供の場合は、平均で25秒で嗅覚順応が生じたのに対して、本実施例2では少なくとも4分以上経過しても、全員、嗅覚順応は測定されなかった。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明の香り発生方法を示す概念図である。
【図2】本発明の香り発生方法を実施する際に用いられるバブルジェット(登録商標)方式のヘッドの動作概念図である。
【図3】本発明の香り発生方法を実施するための香料をパルス射出するヘッドの概念図である。
【図4】本発明の香り発生方法を実施する装置の一例を示す図(一部破断図)である。
【図5】従来技術の香りの連続提供を示す概念図である。
【図6】従来技術の呼吸センサーを使用する香り提供方法を示す概念図である。
【符号の説明】
【0054】
10 香り発生デバイス(装置)
11 香り(香料)
12 パルス射出幅
13 香料のパルス射出
20 バブルジェット(登録商標)方式のヘッド
21 香料室
22 ヒータ
23 ヒータ加熱動作
24 泡(バブル)
25 香料の液滴
26 吐出口
28 香料タンク
40 送風機(ファン)
42 香り吐出口
43 風洞
60 PC(制御装置)
70 香り測定面
100 香り発生デバイス
101 香り(香料)
102 呼吸センサー
103 PC(制御装置)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
流動する空気中に、香料を微小時間で短い時間間隔のパルスで射出する香りの発生方法。
【請求項2】
上記短い時間間隔は、1.2〜1.4秒である、請求項1記載の香り発生方法。
【請求項3】
上記微小時間は、0.1〜0.5秒である、請求項1または2記載の香り発生方法。
【請求項4】
流動する空気の流速は、0.8〜1.8m/秒である請求項1〜3のいずれか一項記載の香り発生方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−82273(P2009−82273A)
【公開日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−253115(P2007−253115)
【出願日】平成19年9月28日(2007.9.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、総務省、「香り発生デバイスの開発と嗅覚モデルに基づいた香り呈示手法の研究開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】