説明

香味油

【課題】水不溶性物を添加することなく、肉の風味とコクを十分に有する香味油を提供する。
【解決手段】実質的にビタミンE、酸化防止剤が添加されていない食用固形脂(たとえばラード)100重量部に、水と酵母エキス加工調味料0.3〜5重量部を混合し、120℃に加熱して10分間保持した後、撹拌しながら冷却して香味油を製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食用固形脂を主成分とする、肉の風味とコクと調理香を有する香味油に関するものである。
【背景技術】
【0002】
油脂中で糖類、アミノ酸類を加熱撹拌してメイラード反応を起こし、その風味を油脂へ移行させた後に、油脂部分のみを分離してシーズニングオイルとして利用することは従来より行われている。このオイル部分のみでは、力価が弱かったり、香りの質の面で本物感に欠ける等の弱点があった。
この問題を解決するために、油脂中に水不溶性物を添加して糖とアミノ酸を加熱撹拌することにより、褐変反応物が水不溶性物と一体となった粉粒体を含む香味油脂を製し、さらにこれにペプタイドを混合することにより得られた香味油脂組成物が、高い香りの力価、本物感のある風味を有することが報告されている。
【特許文献1】特開平10−262595号公報 この方法においては、力価が十分で本物感のある風味を得るためには、原料として水不溶性物とペプタイドを添加しなければならないため、工程が煩雑な上に、形成された粉粒体が食品の舌触りに影響しうるという問題があった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
解決しようとする課題は、水不溶性物やペプタイドを添加するといった煩雑な工程を経ることなく、肉の風味と調理香を十分に有し、かつ食品の舌触りへの影響の少ない香味油を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、ビタミンEが添加されていない食用固形脂100重量部に水0.3〜5重量部と酵母エキス加工調味料とを混合し、加熱した後、撹拌しながら冷却することにより、固形または半固形の香味油を製することを主要な特徴とする。
また、その加熱温度は100℃以上、加熱温度保持時間が1分以上であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0005】
本発明の香味油は、原料として肉類を使用していないにも関わらず、肉の風味、コク、調理香を有するため、食品の加工に幅広く利用できる。
また、酵母エキス加工調味料が少量でも十分な風味が付与されることから、肉類と比較して原料が安価であるという利点を有する。
さらに、従来の方法と異なり、水不溶性物を添加する必要がないという利点を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
本発明の香味油は、食用固形脂に水と酵母エキス加工調味料を混合し、加熱した後、撹拌しながら冷却することにより製するものである。
原料の食用固形脂の種類は、植物性油脂でも動物性油脂でもよいが、室温で固形または半固形になるものであり、具体的には、ラード、牛脂、チキンオイル、バター、マーガリン、ショートニング、やし油などが挙げられる。
食用固形脂は、実質的にビタミンEの添加されていないものを使用する。ビタミンEの添加されているものを使用すると、香りの力価が低く、良好な風味を生じない。
食用固形脂のうち動物性油脂、たとえば牛脂や豚脂は流通段階において酸化されやすいため、食品加工用の精製工程において酸化防止剤の添加が不可欠とされている。実際に市場に流通している豚脂や牛脂は、ほとんどの場合、酸化防止剤としてビタミンE(トコフェロール)が250ppm程度添加されており、それが油脂に風味を付与する反応を阻害していることが推測される。(『食用油脂−その利用と油脂食品』藤田哲著 p136、p15)
本発明で用いる、ビタミンEの添加されていない食用固形脂とは、たとえば畜肉から採った粗豚脂や粗牛脂について、ビタミンEを添加することなく脱酸、脱色、脱臭等の精製工程を通したものである。本発明の実施に際しては、加熱工程を経た後に、必要に応じてビタミンE等の酸化防止剤を添加すればよい。
実質的にビタミンEが添加されていないとは、天然の油脂に元々含まれている程度のビタミンEを言うものではなく、具体的にはビタミンEの含有量が50ppm以下であることとする。実質的に酸化防止剤が添加されていないとは、酸化防止剤の含有量が50ppm以下であることとする。
【0007】
もう一つの原料である酵母エキス加工調味料とは、酵母エキスに還元糖を添加して加熱することによりメイラード反応を起こして得られるもののことであり、一例として、特開2003−169627号公報に記載の調味料が挙げられる。同調味料は、5’−ヌクレオチド含有酵母エキス、グルタチオン含有酵母エキス、単糖類、デキストリン及び食塩を含有した水溶液あるいは水懸濁液を加熱することで製するものであり、一例として(株)興人製「アジパルスBF」が挙げられる。
食用固形脂に添加する酵母エキス加工調味料の量は、2〜5重量%が望ましい。2%より少ないと風味が弱く、5%より多いと芳しい調理香が得られない。
【0008】
添加する水は、食用固形脂100重量部に対し0.3〜5重量部、望ましくは2〜4重量部とする。水の添加量が少なすぎると、酵母エキス加工調味料が固結して分散せず、また水の添加量が多すぎると、酵母エキス加工調味料を含有する水層を形成して油層と分離するため、いずれも良好な調味香にならない。
なお、加熱中に撹拌することができない場合は、油脂中で水層が分離して反応が進みにくく、また香味成分が均一に分散しにくい。そのような場合は、加熱前に添加する水の量を0.3〜1重量部とし、加熱後に熱水を1〜4重量部添加してから撹拌と冷却を行えばよい。
【0009】
加熱する温度は100℃以上、望ましくは約120℃とする。100℃より低いと反応が不十分となり、望ましい風味が得られない。また、160℃より高いと、風味が壊れて不快な味を生じる。
加熱温度保持時間は1分以上、望ましくは10〜30分である。1分より短いと反応が不十分となり、望ましい風味が得られない。
加熱工程は、密閉系で行うことが望ましい。開放系で加熱すると、芳しい香味成分が蒸散し、また焦げ臭が発生しやすくなる。
【0010】
加熱後に撹拌しながら冷却する際に、必要に応じ、ビタミンE等の酸化防止剤を添加してもよい。
得られる固形または半固形の香味油は、油脂中に不溶性成分の微粒子がほぼ均一に分散しているものであり、この後分離工程を経ることなく、そのまま香味油として使用できる。
【0011】
本発明の香味油は、各種の加工食品の風味強化に利用できる。使用方法としては、一般の食用油脂と同様、炒め油、混和、噴霧、浸漬等が挙げられる。また、一般の食用油脂と混合または併用することもできる。
【0012】
本発明の香味油は、メイラード反応により得られている組成物を食用油脂に添加、加熱、均一化させて製するものであり、水不溶性物を添加しなくても油脂中に十分な量の風味成分が分散する。また、酸化防止剤を添加していない油脂を使用することで、力価の高い良好な風味が得られる。
本発明の香味油の有する肉の風味、コク、調理香は、食用油脂を融解して水と酵母エキス加工調味料を混合しただけのものとは異なることから、加熱工程において、溶解や分散だけでなく、成分の化学的な反応も起こったことが推測される。
【実施例】
【0013】
以下、実施例及び比較例を示して、本発明をさらに詳細に説明する。

実施例1:酸化防止剤を添加していないラード(日本食品(株)製。粗豚脂から精製して「香味豚脂」を製造する工程で、ビタミンEを添加しなかったもの。以下「ビタミンE無添加ラード」という。)100重量部に、水1重量部と酵母エキス加工調味料(興人製「アジパルスBF」)3重量部を添加して加熱し、120℃で10分保持した後、熱水2.25重量部を添加し、撹拌しながら冷却して香味油を得て、サンプルDとした。
比較例1:実施例1で用いたビタミンE無添加ラードをサンプルAとした。
比較例2:実施例1において加熱を行わなかった以外は実施例1と同じ工程で油脂組成物を得て、サンプルBとした。ただし、最初に固形脂を融解するための最低限の加熱は行った。
比較例3:実施例1において酵母エキス加工調味料を添加しなかった以外は実施例1と同じ工程で油脂組成物を得て、サンプルCとした。
比較例4:実施例1において加熱前後で水を添加しなかった以外は実施例1と同じ工程で油脂組成物を得て、サンプルEとした。
比較例5:実施例1においてビタミンEを50ppm添加した以外は実施例1と同じ工程で油脂組成物を得て、サンプルFとした。
比較例6:実施例1においてビタミンEを100ppm添加した以外は実施例1と同じ工程で油脂組成物を得て、サンプルGとした。
【0014】
表1は、得られたサンプルA〜Gについて、香りの官能評価を行った結果である。各サンプルを湯煎により融解した後、10人のパネラーが、それぞれのサンプルの香りについて評価を行い、肉の風味の強さ、調理香の強さ、及び好ましさについて採点した。採点はサンプルAを基準として5段階で行った。肉の風味の強さ、及び調味香の強さに係る採点の基準は、「+2点:かなり強い、+1点:やや強い、0点:サンプルAと同等、−1点:やや弱い、−2点:かなり弱い」とし、香りの好ましさに係る採点の基準は、「+2点:好ましい、+1点:やや好ましい、0点:サンプルAと同等、−1点:やや好ましくない、−2点:好ましくない」とした。表1には、10人の採点の平均値を示している。
【0015】
【表1】

【0016】
サンプルA,CとDとの比較からわかるとおり、本発明により製した香味油(サンプルD)は、原料のラード(サンプルA)や、それに水を添加して加圧加熱したもの(サンプルC)と比較して、明らかに肉の風味、調理香ともに強く、好ましい香りとなっている。
サンプルBとDとの比較からわかるとおり、加熱工程を経なければ、強い肉の風味や調理香は得られない。また、これらがそれぞれ趣の異なる香味を有することから、加熱工程では、溶解や分散だけでなく成分の化学的な反応も起こっていることが推測される。
サンプルEのように、加熱前後に水を添加しない場合には、酵母エキス加工調味料が固結して分散せず、均一な風味を有する香味油が得られない。
サンプルF,GとDとの比較からわかるとおり、加熱反応の組成物中にビタミンEが入っていると、肉の風味や調理香が明らかに弱くなり、望むような香味油が得られない。香味の強さは、ビタミンE50ppm添加と100ppm添加とを比べると、添加量が多い方が弱くなっている。
【0017】
評価例1,2
上記比較例1のラード(サンプルA)または実施例1で調製した香味油(サンプルD)を用いて、豚骨醤油ラーメンのスープを調製し、それぞれ評価例1、評価例2とした。豚骨醤油ラーメンのスープの組成を表2に示す。
【表2】

【0018】
表3は、評価例1と評価例2のラーメンスープについて10人のパネラーが試飲して、風味の官能試験を行った結果である。評価例2のスープについて、評価例1のスープと比較した時の、肉の風味の強さ、調理感の強さ、及び好ましさについて、それぞれ5段階で採点した。肉の風味の強さ、及び調理感の強さに係る採点の基準は、「+2点:かなり強い、+1点:やや強い、0点:サンプルAと同等、−1点:やや弱い、−2点:かなり弱い」とし、風味の好ましさに係る採点の基準は、「+2点:好ましい、+1点:やや好ましい、0点:サンプルAと同等、−1点:やや好ましくない、−2点:好ましくない」とした。表2には、10人の採点の平均値を示している。
【0019】
【表3】

【0020】
上記の表3に示したとおり、本発明の香味油を用いて調製したラーメンは、ラードを用いたものに比べて、肉の風味、調理感ともに強く、好ましい風味であると評価された。
【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明の香味油は、肉の風味、調理香を有するため、畜肉製品、ラーメン、惣菜、冷凍食品等の加工食品に利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
実質的にビタミンEが添加されていない食用固形脂100重量部に水0.3〜5重量部と酵母エキス加工調味料とを添加し、加熱した後、撹拌しながら冷却して得られる固形または半固形の香味油。
【請求項2】
実質的に酸化防止剤が添加されていない食用固形脂100重量部に水0.3〜5重量部と酵母エキス加工調味料とを添加し、加熱した後、撹拌しながら冷却して得られる固形または半固形の香味油。
【請求項3】
加熱する温度が100℃以上、その温度保持時間が1分以上である請求項1または請求項2に記載の香味油。

【公開番号】特開2006−166873(P2006−166873A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−367489(P2004−367489)
【出願日】平成16年12月20日(2004.12.20)
【出願人】(000142252)株式会社興人 (182)
【Fターム(参考)】