説明

駆動力伝達装置およびその設計方法

【課題】アーマチュアから移動カム部材の突起部への漏れ磁束が生じるとしても、確実に電磁クラッチ装置を機能させることができる駆動力伝達装置を提供する。
【解決手段】移動カム部材52は、アーマチュア43側に環状に突出して形成され、アーマチュア43に当接することにより、アーマチュア43のヨーク41側とは反対方向への移動を規制する突起部130を備える。突起部130は、内周円筒面131と、外周円筒面132と、アーマチュア43に当接可能な環状の端面133と、内周円筒面131と端面133の内周縁とを繋ぐテーパ状の内周面取134と、外周円筒面132と端面133の外周縁とを繋ぐテーパ状の外周面取135とを備える。端面133の径方向長さWbは、1.3mm以上2.0mm以下の範囲に設定されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、駆動力伝達装置およびその設計方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
いわゆる電子制御カップリングと称される駆動力伝達装置は、例えば、特開2010−96239号公報(特許文献1)に記載されたものがある。この種の駆動力伝達装置は、以下のように構成される。電磁クラッチ装置のパイロットクラッチを介して外側回転部材と内側回転部材との回転差に応じたトルクをカム機構に伝達し、カム機構により当該トルクをメインクラッチに対する軸方向の押付力に変換し、押し付けられたメインクラッチにより外側回転部材と内側回転部材との間でトルクが伝達される。
【0003】
電磁クラッチ装置において、アーマチュアがヨーク側に引き寄せられることにより、アウタパイロットクラッチとインナパイロットクラッチとの間でトルクが伝達される状態となる。このアーマチュアのヨークの軸方向反対側には、カム機構を構成する移動カム部材が配置されている。移動カム部材は、トルク伝達部材であるため、一般に、鉄を主成分とする材料により形成される。すなわち、移動カム部材は、磁性材料である。そのため、アーマチュアを通過する磁束が移動カム部材側へ漏れるおそれがある。この漏れ磁束が大きいと、電磁クラッチ装置のコイルに電流を供給した場合に、アーマチュアがヨーク側に引き寄せられずに、移動カム部材側に引き寄せられるおそれがある。
【0004】
そこで、例えば特許文献1に記載されているように、アーマチュアと移動カム部材とが接触し得る面積を小さくするために、移動カム部材のうちアーマチュア側に突起を形成している。これにより、アーマチュアと移動カム部材との軸方向間の大部分に空間部を形成して、漏れ磁束を低減することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−96239号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、移動カム部材のアーマチュア側の突起の形状によっては、漏れ磁束によって磁化するおそれがある。この場合、アーマチュアが移動カム部材に吸着されて、アーマチュアのヨーク側への吸引力によっては、アーマチュアをヨーク側へ引き寄せることができなくなるおそれがある。そうすると、電磁クラッチ装置が機能せず、結果として駆動力伝達装置が機能しなくなることになる。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、確実に電磁クラッチ装置を機能させることができる駆動力伝達装置およびその設計方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(請求項1)本発明の駆動力伝達装置は、円筒形状の外側回転部材と、前記外側回転部材内に相対回転可能に同軸上に配置された軸状の内側回転部材と、前記外側回転部材と前記内側回転部材との間でトルクを伝達するメインクラッチと、磁力によりアーマチュアを引き寄せることで前記外側回転部材のトルクを伝達可能なパイロットクラッチを備える電磁クラッチ装置と、前記メインクラッチと前記パイロットクラッチとの間に設けられ、前記パイロットクラッチを介して伝達される前記外側回転部材の回転と前記内側回転部材の回転との位相差を軸方向の押圧力に変換して、移動カム部材を軸方向移動させることにより前記メインクラッチを押圧するカム機構と、前記外側回転部材と前記内側回転部材との間に充填される潤滑油と、を備える駆動力伝達装置において、前記移動カム部材は、前記アーマチュア側に環状に突出して形成され、前記アーマチュアに当接することにより、前記アーマチュアの前記ヨーク側とは反対方向への移動を規制する突起部を備え、前記突起部は、内周円筒面と、外周円筒面と、前記アーマチュアに当接可能な環状の端面と、前記内周円筒面と前記端面の内周縁とを繋ぐテーパ状の内周面取と、前記外周円筒面と前記端面の外周縁とを繋ぐテーパ状の外周面取とを備え、前記端面の径方向長さは、1.3mm以上2.0mm以下の範囲に設定されている。
【0009】
(請求項2)好適には、前記突起部の前記内周円筒面の内径は、92mm以上112mm以下の範囲に設定され、前記突起部の前記外周円筒面の外径は、96mm以上116mm以下の範囲に設定されている。
【0010】
(請求項3)また、本発明の駆動力伝達装置の設計方法は、円筒形状の外側回転部材と、前記外側回転部材内に相対回転可能に同軸上に配置された軸状の内側回転部材と、前記外側回転部材と前記内側回転部材との間でトルクを伝達するメインクラッチと、磁力によりアーマチュアを引き寄せることで前記外側回転部材のトルクを伝達可能なパイロットクラッチを備える電磁クラッチ装置と、前記メインクラッチと前記パイロットクラッチとの間に設けられ、前記パイロットクラッチを介して伝達される前記外側回転部材の回転と前記内側回転部材の回転との位相差を軸方向の押圧力に変換して、移動カム部材を軸方向移動させることにより前記メインクラッチを押圧するカム機構と、前記外側回転部材と前記内側回転部材との間に充填される潤滑油と、を備える駆動力伝達装置の設計方法において、前記移動カム部材は、前記アーマチュア側に環状に突出して形成され、前記アーマチュアに当接することにより、前記アーマチュアの前記ヨーク側とは反対方向への移動を規制する突起部を備え、前記突起部は、内周円筒面と、外周円筒面と、前記アーマチュアに当接可能な環状の端面と、前記内周円筒面と前記端面の内周縁とを繋ぐテーパ状の内周面取と、前記外周円筒面と前記端面の外周縁とを繋ぐテーパ状の外周面取とを備え、前記端面の径方向長さは、1.3mm以上2.0mm以下の範囲に設計されている。
【発明の効果】
【0011】
(請求項1)漏れ磁束により磁化された移動カム部材によるアーマチュアの吸引力は、その残留磁束密度が大きいほど大きくなる。そこで、突起部の端面の径方向長さを1.3mm以上にすることで、突起部とアーマチュアとの間の残留磁束密度を十分に小さくすることができるため、アーマチュアをヨーク側へ確実に吸引することができる。また、突起部の端面の径方向長さを大きくすると、潤滑油のスクイズ効果によって、アーマチュアを突起部から離れさせるために大きな力が必要となる。そこで、突起部の端面の径方向長さを2.0mm以下にすることで、潤滑油のスクイズ効果による吸着力を十分に小さくすることができるため、アーマチュアをヨーク側へ確実に吸引することができる。つまり、突起部の端面の径方向長さを1.3mm以上2.0mm以下の範囲に設定することで、確実に電磁クラッチ装置を機能させることができ、その結果、駆動力伝達装置としても確実に機能させることができる。
【0012】
(請求項2)特に、突起部の内周円筒面の内径が、92mm以上112mm以下の範囲であって、突起部の外周円筒面の外径が、96mm以上116mm以下の範囲の場合に、突起部の端面の径方向長さを1.3mm以上2.0mm以下の範囲に設定することで、確実に電磁クラッチ装置を機能させることができる。
【0013】
(請求項3)本発明による駆動力伝達装置の設計方法によれば、突起部の端面の径方向長さを1.3mm以上2.0mm以下の範囲に設計することで、確実に電磁クラッチ装置を機能させることができ、その結果、駆動力伝達装置としても確実に機能させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本実施形態の駆動力伝達装置の軸方向断面図である。
【図2】図1の駆動力伝達装置を構成する移動カム部材の軸方向断面図である。
【図3】図2のIII部の拡大図である。
【図4】図3に示す移動カム部材の突起部の端面の径方向長さと、アーマチュアを移動カム部材側からヨーク側へ引き付けるための引き付け電流との関係を示すグラフである。
【図5】図1に示す突起部とヨークとの軸方向間においてアーマチュアおよびパイロットクラッチの間に軸方向隙間と、アーマチュアを移動カム部材側からヨーク側へ引き付けるための引き付け電流との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(駆動力伝達装置の全体構成)
本実施形態の駆動力伝達装置1について、図1を参照して説明する。駆動力伝達装置は、例えば、4輪駆動車において車両の走行状態に応じて駆動力が伝達される補助駆動輪側への駆動力伝達系に適用される。より詳細には、4輪駆動車において、駆動力伝達装置1は、例えば、エンジンの駆動力が伝達されるプロペラシャフトと、リアディファレンシャルとの間に連結されている。駆動力伝達装置1は、プロペラシャフトから伝達される駆動力を、伝達割合を可変にしながら、リアディファレンシャルに伝達している。この駆動力伝達装置1は、例えば、前輪と後輪との回転差が生じた場合に、回転差を低減するように作用する。
【0016】
駆動力伝達装置1は、いわゆる電子制御カップリングからなる。この駆動力伝達装置1は、図1に示すように、外側回転部材としてのアウタケース10と、内側回転部材としてのインナシャフト20と、メインクラッチ30と、パイロットクラッチ機構を構成する電磁クラッチ装置40と、カム機構50とを備えている。
【0017】
アウタケース10は、円筒形状のホールカバー(図示せず)の内周側に、当該ホールカバーに対して回転可能に支持されている。このアウタケース10は、全体として円筒形状に形成されており、車両前側に配置されるフロントハウジング11と車両後側に配置されるリヤハウジング12とにより形成されている。
【0018】
フロントハウジング11は、例えばアルミニウムを主成分とする非磁性材料のアルミニウム合金により形成され、有底筒状に形成されている。フロントハウジング11の円筒部の外周面が、ホールカバーの内周面に軸受を介して回転可能に支持されている。さらに、フロントハウジング11の底部が、プロペラシャフト(図示せず)の車両後端側に連結されている。つまり、フロントハウジング11の有底筒状の開口側が車両後側を向くように配置されている。そして、フロントハウジング11の内周面のうち軸方向中央部には、雌スプライン11aが形成されており、当該内周面の開口付近には、雌ねじが形成されている。
【0019】
リヤハウジング12は、円環状に形成されており、フロントハウジング11の開口側の径方向内側に、フロントハウジング11と一体的に配置されている。リヤハウジング12の車両後方側には、全周に亘って環状溝が形成されている。このリヤハウジング12の環状溝底の一部分には、非磁性材料としての例えばステンレス鋼により形成された環状部材12aを備えている。リヤハウジング12のうち環状部材12a以外の部位は、磁気回路を形成するために磁性材料である鉄を主成分とする材料(以下、「鉄系材料」と称する)により形成されている。リヤハウジング12の外周面には、雄ねじが形成されており、当該雄ねじはフロントハウジング11の雌ねじにねじ締めされる。なお、フロントハウジング11の雌ねじをリヤハウジングの雄ねじに締め付け、フロントハウジング11の開口側端面をリヤハウジングの段部の端面に当接することにより、フロントハウジング11とリヤハウジング12とを固定する。
【0020】
インナシャフト20は、外周面の軸方向中央部に雄スプライン20aを備える軸状に形成されている。このインナシャフト20は、リヤハウジング12の中央の貫通孔を液密的に貫通して、アウタケース10内に相対回転可能に同軸上に配置されている。そして、インナシャフト20は、フロントハウジング11およびリヤハウジング12に対して軸方向位置を規制された状態で、フロントハウジング11及びリヤハウジング12に軸受を介して回転可能に支持されている。さらに、インナシャフト20の車両後端側(図1の右側)は、ディファレンシャルギヤ(図示せず)に連結されている。なお、アウタケース10とインナシャフト20とにより液密的に区画される空間内には、所定の充填率で潤滑油が充填されている。
【0021】
メインクラッチ30は、アウタケース10とインナシャフト20との間でトルクを伝達する。このメインクラッチ30は、鉄系材料により形成された湿式多板式の摩擦クラッチである。メインクラッチ30は、フロントハウジング11の円筒部内周面とインナシャフト20の外周面との間に配置されている。メインクラッチ30は、フロントハウジング11の底部とリヤハウジング12の車両前方端面との間に配置されている。このメインクラッチ30は、インナメインクラッチ板31とアウタメインクラッチ板32とにより構成され、軸方向に交互に配置されている。インナメインクラッチ板31は、内周側に雌スプライン31aが形成されており、インナシャフト20の雄スプライン20aに嵌合されている。アウタメインクラッチ板32は、外周側に雄スプライン32aが形成されており、フロントハウジング11の雌スプライン11aに嵌合されている。
【0022】
電磁クラッチ装置40は、磁力によりアーマチュア43をヨーク41側に引き寄せることでパイロットクラッチ44同士を係合させる。つまり、電磁クラッチ装置40は、アウタケース10のトルクを、カム機構50を構成する支持カム部材51に伝達する。この電磁クラッチ装置40は、ヨーク41と、電磁コイル42と、アーマチュア43と、パイロットクラッチ44とにより構成されている。
【0023】
ヨーク41は、環状に形成されており、リヤハウジング12に対して相対回転可能となるように隙間を介してリヤハウジング12の環状溝に収容されている。ヨーク41は、ホールカバーに固定されている。また、ヨーク41の内周側が、リヤハウジング12に軸受を介して回転可能に支持されている。電磁コイル42は、巻線を巻回することにより円環状に形成され、ヨーク41に固定されている。
【0024】
アーマチュア43は、鉄系材料により形成されている。外周側に雄スプラインを備える円環状に形成されている。アーマチュア43は、メインクラッチ30とリヤハウジング12との軸方向間に配置されている。そして、アーマチュア43の外周側が、フロントハウジング11の雌スプライン11aに嵌合されている。アーマチュア43は、電磁コイル42に電流が供給されると、ヨーク41側に引き寄せられるように作用する。
【0025】
パイロットクラッチ44は、アウタケース10と支持カム部材51との間でトルクを伝達する。このパイロットクラッチ44は、鉄系材料により形成されている。パイロットクラッチ44は、フロントハウジング11の円筒部内周面と支持カム部材51の外周面との間に配置されている。さらに、パイロットクラッチ44は、アーマチュア43とリヤハウジング12の車両前方端面との間に配置されている。このパイロットクラッチ44は、インナパイロットクラッチ板44aとアウタパイロットクラッチ板44bとにより構成され、軸方向に交互に配置されている。インナパイロットクラッチ板44aは、内周側に雌スプラインが形成されており、支持カム部材51の雄スプラインに嵌合されている。アウタパイロットクラッチ板44bは、外周側に雄スプラインが形成されており、フロントハウジング11の雌スプライン11aに嵌合されている。
【0026】
そして、電磁コイル42に電流が供給されると、図1の矢印にて示すように、ヨーク41、リヤハウジング12の外周側、パイロットクラッチ44、アーマチュア43、パイロットクラッチ44、リヤハウジング12の内周側、ヨーク41を通過する磁気回路が形成される。そうすると、アーマチュア43がヨーク41側に引き寄せられて、インナパイロットクラッチ板44aとアウタパイロットクラッチ板44bとが摩擦係合する。そして、アウタケース10のトルクを支持カム部材51に伝達する。一方、電磁コイル42への電流供給を遮断すると、アーマチュア43に対する吸引力がなくなり、インナパイロットクラッチ板44aとアウタパイロットクラッチ板44bとの摩擦係合力が解除される。
【0027】
カム機構50は、メインクラッチ30とパイロットクラッチ44との間に設けられ、パイロットクラッチ44を介して伝達されるアウタケース10とインナシャフト20との回転差に基づくトルクを軸方向の押圧力に変換してメインクラッチ30を押圧する。このカム機構50は、支持カム部材51と、移動カム部材52と、カムフォロア53とから構成されている。
【0028】
支持カム部材51は、外周側に雄スプラインを備えた円環状に形成されている。この支持カム部材51の車両前方端面には、カム溝が形成されている。支持カム部材51は、インナシャフト20の外周面に対して隙間を介して設けられ、リヤハウジング12の車両前方端面にスラスト軸受60を介して支持されている。従って、支持カム部材51の車両後方端面は、スラスト軸受60の軌道板にシム61を介して当接している。つまり、支持カム部材51は、インナシャフト20およびリヤハウジング12に対して相対回転可能であり、軸方向に対して規制されて設けられている。さらに、支持カム部材51の雄スプラインは、インナパイロットクラッチ板44aの雌スプラインに嵌合している。
【0029】
移動カム部材52は、大部分を鉄系材料により形成され、内周側に雌スプラインを備える円環状に形成されている。移動カム部材52は、支持カム部材51の車両前方に配置されている。移動カム部材52の車両後方端面には、支持カム部材51のカム溝に対して軸方向に対向するように、カム溝が形成されている。移動カム部材52の雌スプラインが、インナシャフト20の雄スプライン20aに嵌合している。従って、移動カム部材52は、インナシャフト20と共に回転する。さらに、移動カム部材52の車両前方端面は、メインクラッチ30のうち最も車両後方に配置されるインナメインクラッチ板31に当接し得る状態となっている。移動カム部材52は、車両前方に移動すると、当該インナメインクラッチ板31に対して車両前方へ押し付ける。ここで、移動カム部材52の詳細は、図2〜図3を参照して後述する。
【0030】
カムフォロア53は、ボール状からなり、支持カム部材51と移動カム部材52の互いに対向するカム溝に介在している。つまり、カムフォロア53およびそれぞれのカム溝の作用により、支持カム部材51と移動カム部材52に回転差が生じた際には、移動カム部材52が支持カム部材51に対して軸方向に離間する方向(車両前方)へ移動する。支持カム部材51に対する移動カム部材52の軸方向離間量は、支持カム部材51と移動カム部材52とのねじれ角度が大きいほど大きくなる。
【0031】
(駆動力伝達装置の基本的な動作)
次に、上述した構成からなる駆動力伝達装置1の基本的な動作について説明する。アウタケース10とインナシャフト20とが回転差を生じている場合について説明する。電磁クラッチ装置40の電磁コイル42に電流が供給されると、電磁コイル42を基点としてヨーク41、リヤハウジング12、アーマチュア43を循環するループ状の磁気回路が形成される。
【0032】
このように、磁気回路が形成されることで、アーマチュア43がヨーク41側、すなわち軸方向後方に向かって引き寄せられる。その結果、アーマチュア43は、パイロットクラッチ44を押圧して、インナパイロットクラッチ板44aとアウタパイロットクラッチ板44bとが摩擦係合する。そうすると、アウタケース10の回転トルクが、パイロットクラッチ44を介して支持カム部材51へ伝達されて、支持カム部材51が回転する。
【0033】
ここで、移動カム部材52はインナシャフト20とスプライン嵌合しているため、インナシャフト20と共に回転する。従って、支持カム部材51と移動カム部材52とに回転差が生じる。そうすると、カムフォロア53およびそれぞれのカム溝の作用により、支持カム部材51に対して移動カム部材52が軸方向(車両前側)に移動する。移動カム部材52がメインクラッチ30を車両前側へ押圧することになる。
【0034】
その結果、インナメインクラッチ板31とアウタメインクラッチ板32とが相互に当接して摩擦係合状態となる。そうすると、アウタケース10との回転トルクが、メインクラッチ30を介してインナシャフト20に伝達される。そうすると、アウタケース10とインナシャフト20との回転差を低減することができる。なお、電磁コイル42へ供給する電流量を制御することで、メインクラッチ30の摩擦係合力を制御できる。つまり、電磁コイル42へ供給する電流量を制御することで、アウタケース10とインナシャフト20との間で伝達されるトルクを制御できる。
【0035】
(移動カム部材の詳細構成)
次に、移動カム部材52の詳細構成について図2〜図3を参照して説明する。移動カム部材52は、支持カム部材51を介して伝達されるトルクを軸方向の押圧力に変換できるように、鉄を主成分とする磁性材料により形成されている。例えば、移動カム部材52は、鉄、ニッケル、銅、モリブデン、炭素などを含む合金よりなる。
【0036】
図2に示すように、移動カム部材52は、円環状に形成されており、車両前方側に拡径する段差状内周面を有している。この段差内周面の大径側には、雌スプライン110が形成されている。また、移動カム部材52の車両後方端面には、支持カム部材51のカム溝に対して軸方向に対向するようにカム溝120が形成されている。さらに、移動カム部材52の車両後方端面のうち外周縁には、環状の突起部130が形成されている。つまり、突起部130は、アーマチュア43(図1に示す)側に環状に突出して形成されている。この突起部130は、アーマチュア43に当接することにより、アーマチュア43のヨーク41側とは反対の軸方向移動を規制する。
【0037】
この突起部130は、突起部130とヨーク41との軸方向間において、アーマチュア43およびパイロットクラッチ44の間に所望の軸方向隙間を容易に形成することができるようにするための部位である。つまり、突起部130の突出量を調整することにより、軸方向隙間を所望値にすることができる。例えば、パイロットクラッチ44の枚数の変動などに対応できる。
【0038】
この突起部130は、軸方向に同径に形成されている内周円筒面131と、軸方向に同径に形成されている外周円筒面132と、軸に直交する平面状に形成されアーマチュア43に当接可能な環状の端面133と、内周円筒面131と端面133の内周縁とを繋ぐテーパ状の内周面取134と、外周円筒面132と端面133の外周縁とを繋ぐテーパ状の外周面取135とを備える。つまり、アーマチュア43が移動カム部材52の突起部130側に移動したときに、アーマチュア43は端面133に当接し、他の部位には当接しない。特に、内周面取134および外周面取135は、アーマチュア43に当接しない。
【0039】
ここで、突起部130は、以下のように設計する。内周円筒面131の内径Diは、92mm以上112mm以下の範囲に設定される。外周円筒面132の外径Doは、96mm以上116mm以下の範囲に設定される。また、端面133の径方向長さWbは、1.3mm以上2.0mm以下の範囲に設定される。このように設計することにより、確実に電磁クラッチ装置40を機能させることができ、その結果、駆動力伝達装置1としても確実に機能させることができる。
【0040】
好ましくは、内周円筒面131の内径Diは97mm以上107mm以下の範囲に設定され、外周円筒面132の外径Doは101mm以上111mm以下の範囲に設定される。このように設計することにより、より好ましく電磁クラッチ装置40を機能させることができる。さらに好ましくは、内周円筒面131の内径Diは101.9mmに設定され、外周円筒面132の外径Doは105.8mm以上106.2mm以下の範囲に設定され、この場合、突起部130の径方向長さWaは1.95mm以上2.15mm以下の範囲に設定される。このように設計することにより、さらに好ましく電磁クラッチ装置40を機能させることができる。
【0041】
(電磁クラッチ装置として機能する理由)
次に、突起部130を上述した範囲に設計することにより、電磁クラッチ装置40を確実に機能させることができる理由について説明する。まず、突起部130の端面133の径方向長さWbを2.0mm以下にすることによる作用について図4〜図5を参照して説明する。
【0042】
ここで、電磁コイル42に電流を供給すると、図1の矢印にて示すように、ヨーク41、リヤハウジング12の外周側、パイロットクラッチ44の外周側、アーマチュア43、パイロットクラッチ44の内周側、リヤハウジング12の内周側、ヨーク41を通過する磁気回路が形成される。この他に、アーマチュア43から移動カム部材52への漏れ磁束によって、ヨーク41、リヤハウジング12の外周側、パイロットクラッチ44の外周側、アーマチュア43、移動カム部材52、インナシャフト20、リヤハウジング12の内周側、ヨーク41を通過する残留磁気回路が形成される。
【0043】
そして、移動カム部材52の突起部130の端面133にアーマチュア43が当接している状態において、電磁コイル42に電流を供給するとき、残留磁気回路によって生じる移動カム部材52によるアーマチュア43の吸着力Fは、式(1)のように表される。式(1)において、Bは残留磁気回路における残留磁束密度であり、Sは突起部130とアーマチュア43との当接面積であり、μは透磁率である。
【0044】
【数1】

【0045】
ここで、突起部130の端面133の径方向長さWbが短くなると、当接面積Sが小さくなり、その結果、残留磁束密度Bが大きくなる。式(1)より、漏れ磁束による吸着力Fは、残留磁束密度Bの2乗に比例し、突起部130とアーマチュア43との当接面積Sに比例するため、当接面積Sより残留磁束密度Bの影響が大きくなる。従って、突起部130の端面133の径方向長さWbを短くするほど、吸着力Fが大きくなる関係となる。
【0046】
この関係について、実験を行った。解析条件は、以下のとおりである。移動カム部材52は93.5Fe-4Ni-1.5Cu-0.5Mo-0.5Cの合金、ヨーク41はS10、リヤハウジング12は、S10C、アーマチュア43はSPH270C、パイロットクラッチ44はSPS85(SK5M)を用いた。また、突起部130の内周円筒面131の内径Diは101.9mmであり、外周円筒面132の外径Doは106.1mmである。
【0047】
また、実験手順は、アーマチュア43を突起部130の端面133に当接した後、電磁コイル42へ初期電流4Aを供給して、移動カム部材52を磁化させて、電磁コイル42への電流の供給を遮断する。その後に、電磁コイル42への供給電流を徐々に大きくしていき、アーマチュア43がヨーク41側へ移動した時の供給電流(以下、「引き付け電流」と称する)を計測した。ただし、供給電流の最大値は4Aとする。ここで、当該実験手順は、駆動力伝達装置1のユニットを製造した後に搬送または車両への組付けを行っている際に、アーマチュア43が移動カム部材52側へ移動して、その後に4Aの電流を電磁コイル42に供給することにより制御する場合を想定したものである。
【0048】
そして、上記の実験において、突起部130の端面133の径方向長さWbを変化させた場合の引き付け電流を計測した。具体的には、突起部130の端面133の径方向長さWbを、1.04mm、1.05mm、1.42mm、1.53mmについて実験を行った。ここで、移動カム部材52の突起部130とヨーク41との軸方向間において、アーマチュア43およびパイロットクラッチ44の間の軸方向隙間は、1.0mmとした。
【0049】
この結果を図4に示す。図4に示すように、突起部130の端面133の径方向長さWbが1.05mmにおいて、引き付け電流が4Aとなり、1.05mm未満においては、供給電流を4Aとした場合にであっても引き付けることができなかった。また、径方向長さWbが1.05mm以上において、径方向長さWbを大きくするほど、引き付け電流が線形的に小さくなる関係になった。
【0050】
次の実験は、移動カム部材52の突起部130とヨーク41との軸方向間において、アーマチュア43およびパイロットクラッチ44の間の軸方向隙間を変化させた場合に、引き付け電流を計測した。
【0051】
この結果を図5に示す。図5に示すように、軸方向隙間が大きくなるほど、引き付け電流が大きくなっている。また、図4にも示したように、端面133の径方向長さWbが長いほど、引き付け電流が大きくなっている。そして、引き付け電流を1.3A以下と設定した場合には、端面133の径方向長さWbを1.3mm以上の場合に、軸方向隙間を0.01mm以上0.8mm以下において、確実にアーマチュア43をヨーク41側に引き寄せることができることが分かる。
【0052】
ここで、引き付け電流を1.3A以下と設定した理由は、制御電流を印加する前に予備電流として印加される電流が1.3Aであるからである。また、軸方向隙間の最大値を0.8mmとした理由は、当該値が、軸方向の部品寸法公差のばらつきの最小値を積み上げた時の最大隙間であるからである。
【0053】
つまり、電磁コイル42の制御電流を1.3A以下とし、かつ、軸方向隙間を0.8mm以下にする場合において、端面133の径方向長さWbを1.3mm以上にすることで、確実にアーマチュア43をヨーク41側へ引き寄せることができる。
【0054】
また、突起部130の端面133の径方向長さを大きくするほど、潤滑油のスクイズ効果によって、アーマチュア43を突起部130から離れさせるために大きな力が必要となる。そこで、上述した内周円筒面131の内径Diおよび外周円筒面132の外径Doの範囲であれば、突起部130の端面133の径方向長さを2.0mm以下にすることで、潤滑油のスクイズ効果による吸着力を十分に小さくすることができる。
【0055】
以上より、突起部130の端面133の径方向長さを1.3mm以上2.0mm以下の範囲に設定することで、確実に電磁クラッチ装置40を機能させることができ、その結果、駆動力伝達装置1としても確実に機能させることができる。
【符号の説明】
【0056】
1:駆動力伝達装置、 10:アウタケース(外側回転部材)、 20:インナシャフト(内側回転部材)、 30:メインクラッチ、 40:電磁クラッチ装置、 41:ヨーク、 42:電磁コイル、 43:アーマチュア、 44:パイロットクラッチ、 50:カム機構、 51:支持カム部材、 52:移動カム部材、 53:カムフォロア、 130:突起部、 131:内周円筒面、 132:外周円筒面、 133:端面、 134:内周面取、 135:外周面取


【特許請求の範囲】
【請求項1】
円筒形状の外側回転部材と、
前記外側回転部材内に相対回転可能に同軸上に配置された軸状の内側回転部材と、
前記外側回転部材と前記内側回転部材との間でトルクを伝達するメインクラッチと、
磁力によりアーマチュアをヨーク側へ引き寄せることで前記外側回転部材のトルクを伝達可能なパイロットクラッチを備える電磁クラッチ装置と、
前記メインクラッチと前記パイロットクラッチとの間に設けられ、前記パイロットクラッチを介して伝達される前記外側回転部材の回転と前記内側回転部材の回転との位相差を軸方向の押圧力に変換して、移動カム部材を軸方向移動させることにより前記メインクラッチを押圧するカム機構と、
前記外側回転部材と前記内側回転部材との間に充填される潤滑油と、
を備える駆動力伝達装置において、
前記移動カム部材は、前記アーマチュア側に環状に突出して形成され、前記アーマチュアに当接することにより、前記アーマチュアの前記ヨーク側とは反対方向への移動を規制する突起部を備え、
前記突起部は、内周円筒面と、外周円筒面と、前記アーマチュアに当接可能な環状の端面と、前記内周円筒面と前記端面の内周縁とを繋ぐテーパ状の内周面取と、前記外周円筒面と前記端面の外周縁とを繋ぐテーパ状の外周面取とを備え、
前記端面の径方向長さは、1.3mm以上2.0mm以下の範囲に設定されている駆動力伝達装置。
【請求項2】
請求項1において、
前記突起部の前記内周円筒面の内径は、92mm以上112mm以下の範囲に設定され、
前記突起部の前記外周円筒面の外径は、96mm以上116mm以下の範囲に設定されている駆動力伝達装置。
【請求項3】
円筒形状の外側回転部材と、
前記外側回転部材内に相対回転可能に同軸上に配置された軸状の内側回転部材と、
前記外側回転部材と前記内側回転部材との間でトルクを伝達するメインクラッチと、
磁力によりアーマチュアをヨーク側へ引き寄せることで前記外側回転部材のトルクを伝達可能なパイロットクラッチを備える電磁クラッチ装置と、
前記メインクラッチと前記パイロットクラッチとの間に設けられ、前記パイロットクラッチを介して伝達される前記外側回転部材の回転と前記内側回転部材の回転との位相差を軸方向の押圧力に変換して、移動カム部材を軸方向移動させることにより前記メインクラッチを押圧するカム機構と、
前記外側回転部材と前記内側回転部材との間に充填される潤滑油と、
を備える駆動力伝達装置の設計方法において、
前記移動カム部材は、前記アーマチュア側に環状に突出して形成され、前記アーマチュアに当接することにより、前記アーマチュアの前記ヨーク側とは反対方向への移動を規制する突起部を備え、
前記突起部は、内周円筒面と、外周円筒面と、前記アーマチュアに当接可能な環状の端面と、前記内周円筒面と前記端面の内周縁とを繋ぐテーパ状の内周面取と、前記外周円筒面と前記端面の外周縁とを繋ぐテーパ状の外周面取とを備え、
前記端面の径方向長さは、1.3mm以上2.0mm以下の範囲に設計されている駆動力伝達装置の設計方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−96427(P2013−96427A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−236685(P2011−236685)
【出願日】平成23年10月28日(2011.10.28)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)