説明

駆動力伝達装置

【課題】電磁クラッチ装置のコイルに電流を供給した場合に、アーマチュアをヨーク側に確実に引き寄せることができる駆動力伝達装置を提供する。
【解決手段】アーマチュア43と移動カム部材52との軸方向に対向する端面のうち少なくとも一方に、内周側に開口し且つ外周側に閉塞された径方向溝121が形成される。遠心力により径方向外側へ移動する潤滑油が、当該径方向溝121に進入することにより圧縮され、アーマチュア43と移動カム部材52とを軸方向に引き離す方向の力を発生する。これにより、磁気回路Caによる軸方向力Faと潤滑油による軸方向力Fcの合計が、アーマチュア43から移動カム部材52への漏れ磁束による磁気回路Cbにより発生する軸方向力Fbよりも大きくできるため、アーマチュア43をヨーク41側に確実に引き寄せることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、駆動力伝達装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
いわゆる電子制御カップリングと称される駆動力伝達装置は、例えば、特開2002-340038号公報(特許文献1)に記載されたものがある。この種の駆動力伝達装置は、以下のように構成される。電磁クラッチ装置のパイロットクラッチを介して外側回転部材と内側回転部材との回転差に応じたトルクをカム機構に伝達し、カム機構により当該トルクをメインクラッチに対する軸方向の押付力に変換し、押し付けられたメインクラッチにより外側回転部材と内側回転部材との間でトルクが伝達される。
【0003】
電磁クラッチ装置において、アーマチュアがヨーク側に引き寄せられることにより、アウタパイロットクラッチとインナパイロットクラッチとの間でトルクが伝達される状態となる。このアーマチュアのヨークの軸方向反対側には、カム機構を構成する移動カム部材が配置されている。移動カム部材は、トルク伝達部材であるため、一般に、鉄を主成分とする材料により形成される。すなわち、移動カム部材は、磁性材料である。そのため、アーマチュアを通過する磁束が移動カム部材側へ漏れるおそれがある。この漏れ磁束が大きいと、電磁クラッチ装置のコイルに電流を供給した場合に、アーマチュアがヨーク側に引き寄せられずに、移動カム部材側に引き寄せられるおそれがある。
【0004】
そこで、例えば特許文献1に記載されているように、アーマチュアと移動カム部材とが接触し得る面積を小さくするために、移動カム部材のうちアーマチュア側に突起を形成している。これにより、アーマチュアと移動カム部材との軸方向間の大部分に空間部を形成して、漏れ磁束を低減することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002-340038号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、小型化した場合には、アーマチュアと移動カム部材と空間部の軸方向距離は短くなり、アーマチュアから移動カム部材への漏れ磁束が大きくなるおそれがある。そのため、従来の手法ではなく、コイルに電流を供給した場合に、アーマチュアをヨーク側に引き寄せることができるようにすることが求められる。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、電磁クラッチ装置のコイルに電流を供給した場合に、アーマチュアをヨーク側に確実に引き寄せることができる駆動力伝達装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(請求項1)本発明に係る駆動力伝達装置は、円筒形状の外側回転部材と、前記外側回転部材内に相対回転可能に同軸上に配置された軸状の内側回転部材と、前記外側回転部材と前記内側回転部材との間でトルクを伝達するメインクラッチと、磁力によりアーマチュアを引き寄せることで前記外側回転部材のトルクを伝達可能なパイロットクラッチを備える電磁クラッチ装置と、前記メインクラッチと前記パイロットクラッチとの間に設けられ、前記パイロットクラッチを介して伝達されるトルクであり前記外側回転部材と前記内側回転部材との回転差に基づく前記トルクを軸方向の押圧力に変換して移動カム部材を軸方向移動させることにより前記メインクラッチを押圧するカム機構と、前記外側回転部材と前記内側回転部材との間に充填される潤滑油と、を備え、前記移動カム部材は、前記アーマチュアに当接することにより、前記アーマチュアの磁力による引き寄せ方向とは反対方向への移動を規制し、前記アーマチュアと前記移動カム部材との軸方向に対向する端面のうち少なくとも一方に、内周側に開口し且つ外周側に閉塞された径方向溝が形成される。
【0009】
(請求項2)また、前記径方向溝の溝幅は、径方向外側に行くにつれて狭くなるように形成されるようにしてもよい。
(請求項3)また、前記径方向溝の溝深さは、径方向外側に行くにつれて前記径方向溝の底面と当該底面に対向する相手端面との軸方向距離が短くなるように形成されるようにしてもよい。
【0010】
(請求項4)また、前記アーマチュアおよび前記移動カムのうち前記径方向溝が形成される部材は、磁性材料により形成され前記径方向溝以外の部位を有する本体部と、前記本体部に一体的に取り付けられ前記径方向溝を形成すると共に非磁性材料により形成された溝形成部材とを備えるようにしてもよい。
【発明の効果】
【0011】
(請求項1)本発明によれば、アーマチュアと移動カム部材との軸方向に対向する端面のうち少なくとも一方に、内周側に開口し且つ外周側に閉塞された径方向溝が形成される。ここで、外側回転部材と内側回転部材との間に潤滑油が充填されている。つまり、アーマチュアと移動カム部材との対向する空間にも潤滑油が存在する。そして、外側回転部材と内側回転部材は共に回転する部材である。そのため、内部に充填されている潤滑油には遠心力が発生し、潤滑油には径方向外側へ移動する力が発生する。
【0012】
この潤滑油がアーマチュアと移動カム部材との軸方向間に移動してくると、当該潤滑油は圧縮されながら径方向溝に進入する。進入した潤滑油は、径方向溝内において径方向外側へ移動しようとするが、径方向溝の外周側は閉塞されているために、径方向外側へ移動することができない。そのため、潤滑油は、アーマチュアと移動カム部材のうち径方向溝に軸方向に対向する部材側へ移動しようとする。つまり、潤滑油が、アーマチュアと移動カム部材とを軸方向に引き離す方向に作用する。潤滑油による当該力は、アーマチュアと移動カム部材との軸方向距離が近いほど大きくなる。従って、電磁クラッチ装置のコイルに電流を供給した場合に、アーマチュアをヨーク側に確実に引き寄せることができる。
【0013】
(請求項2)径方向溝の溝幅を径方向外側に行くにつれて狭くなるように形成することで、潤滑油が径方向溝の径方向外側へ移動した場合に、潤滑油に対して作用する圧縮力がさらに大きくなる。従って、潤滑油によるアーマチュアと移動カム部材とを軸方向に引き離す力が大きくなる。これにより、電磁クラッチ装置のコイルに電流を供給した場合に、アーマチュアをヨーク側により確実に引き寄せることができる。
【0014】
(請求項3)径方向溝の溝深さを径方向外側に行くにつれて径方向溝の底面と当該底面に対向する相手端面との軸方向距離が短くなるように形成することで、潤滑油が径方向溝の径方向外側へ移動した場合に、潤滑油に対して作用する圧縮力がさらに大きくなる。従って、潤滑油によるアーマチュアと移動カム部材とを軸方向に引き離す力が大きくなる。これにより、電磁クラッチ装置のコイルに電流を供給した場合に、アーマチュアをヨーク側により確実に引き寄せることができる。
【0015】
(請求項4)径方向溝が形成される部材を、磁性材料の本体部と非磁性材料の溝形成部材とに区画している。溝形成部材は、アーマチュアと移動カム部材のうち径方向溝に対向する部材に近接する。そのため、溝形成部材を非磁性材料とすることで、径方向溝の周囲から磁束が漏れることを抑制できる。そして、移動カム部材に径方向溝が形成される場合には、移動カム部材の本体部を磁性材料とすることで、当該本体部をトルク伝達可能な程度に高強度化することができる。つまり、移動カム部材はトルク伝達部材として確実に機能させることができる。また、アーマチュアに径方向溝が形成される場合には、アーマチュアの本体部を磁性材料とすることで、アーマチュアをヨーク側に引き寄せるための磁気回路を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】第一実施形態の駆動力伝達装置の軸方向断面図である。
【図2】図1の駆動力伝達装置を構成する移動カム部材の軸方向断面図である。
【図3】図2の移動カム部材を構成する溝形成部材の軸方向部分断面図である。
【図4】図3のIII方向矢視図である。
【図5】第一実施形態の駆動力伝達装置において電磁コイルに電流を供給した場合に形成される磁気回路を示す。
【図6】第二実施形態の溝形成部材の軸方向部分断面図である。
【図7】第三実施形態の駆動力伝達装置の軸方向断面図である。
【図8】図7の駆動力伝達装置を構成するアーマチュアの軸方向断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の駆動力伝達装置を具体化した実施形態について図面を参照しつつ説明する。
<第一実施形態>
(駆動力伝達装置の全体構成)
本実施形態の駆動力伝達装置1について、図1を参照して説明する。駆動力伝達装置は、例えば、4輪駆動車において車両の走行状態に応じて駆動力が伝達される補助駆動輪側への駆動力伝達系に適用される。より詳細には、4輪駆動車において、駆動力伝達装置1は、エンジンの駆動力が伝達されるプロペラシャフトと、リアディファレンシャルとの間に連結されている。駆動力伝達装置1は、プロペラシャフトから伝達される駆動力を、伝達割合を可変にしながら、リアディファレンシャルに伝達している。この駆動力伝達装置1は、例えば、前輪と後輪との回転差が生じた場合に、回転差を低減するように作用する。
【0018】
駆動力伝達装置1は、いわゆる電子制御カップリングからなる。この駆動力伝達装置1は、図1に示すように、外側回転部材としてのアウタケース10と、内側回転部材としてのインナシャフト20と、メインクラッチ30と、パイロットクラッチ機構を構成する電磁クラッチ装置40と、カム機構50とを備えている。
【0019】
アウタケース10は、円筒形状のホールカバー(図示せず)の内周側に、当該ホールカバーに対して回転可能に支持されている。このアウタケース10は、全体として円筒形状に形成されており、車両前側に配置されるフロントハウジング11と車両後側に配置されるリヤハウジング12とにより形成されている。
【0020】
フロントハウジング11は、例えばアルミニウムを主成分とする非磁性材料のアルミニウム合金により形成され、有底筒状に形成されている。フロントハウジング11の円筒部の外周面が、ホールカバーの内周面に軸受を介して回転可能に支持されている。さらに、フロントハウジング11の底部が、プロペラシャフト(図示せず)の車両後端側に連結されている。つまり、フロントハウジング11の有底筒状の開口側が車両後側を向くように配置されている。そして、フロントハウジング11の内周面のうち軸方向中央部には、雌スプライン11aが形成されており、当該内周面の開口付近には、雌ねじが形成されている。
【0021】
リヤハウジング12は、円環状に形成されており、フロントハウジング11の開口側の径方向内側に、フロントハウジング11と一体的に配置されている。リヤハウジング12の車両後方側には、全周に亘って環状溝が形成されている。このリヤハウジング12の環状溝底の一部分には、非磁性材料としての例えばステンレス鋼により形成された環状部材12aを備えている。リヤハウジング12のうち環状部材12a以外の部位は、磁気回路を形成するために磁性材料である鉄を主成分とする材料(以下、「鉄系材料」と称する)により形成されている。リヤハウジング12の外周面には、雄ねじが形成されており、当該雄ねじはフロントハウジング11の雌ねじにねじ締めされる。なお、ナットをリヤハウジング12の雄ねじに締め付けることにより、フロントハウジング11とリヤハウジング12とを固定する。
【0022】
インナシャフト20は、外周面の軸方向中央部に雄スプライン20aを備える軸状に形成されている。このインナシャフト20は、リヤハウジング12の中央の貫通孔を液密的に貫通して、アウタケース10内に相対回転可能に同軸上に配置されている。そして、インナシャフト20は、フロントハウジング11およびリヤハウジング12に対して軸方向位置を規制された状態で、フロントハウジング11及びリヤハウジング12に軸受を介して回転可能に支持されている。さらに、インナシャフト20の車両後端側(図1の右側)は、ディファレンシャルギヤ(図示せず)に連結されている。なお、アウタケース10とインナシャフト20とにより液密的に区画される空間内には、所定の充填率で潤滑油が充填されている。
【0023】
メインクラッチ30は、アウタケース10とインナシャフト20との間でトルクを伝達する。このメインクラッチ30は、鉄系材料により形成された湿式多板式の摩擦クラッチである。メインクラッチ30は、フロントハウジング11の円筒部内周面とインナシャフト20の外周面との間に配置されている。メインクラッチ30は、フロントハウジング11の底部とリヤハウジング12の車両前方端面との間に配置されている。このメインクラッチ30は、インナメインクラッチ板31とアウタメインクラッチ板32とにより構成され、軸方向に交互に配置されている。インナメインクラッチ板31は、内周側に雌スプライン31aが形成されており、インナシャフト20の雄スプライン20aに嵌合されている。アウタメインクラッチ板32は、外周側に雄スプライン32aが形成されており、フロントハウジング11の雌スプライン11aに嵌合されている。
【0024】
電磁クラッチ装置40は、磁力によりアーマチュア43をヨーク41側に引き寄せることでパイロットクラッチ44同士を係合させる。つまり、電磁クラッチ装置40は、アウタケース10のトルクを、カム機構50を構成する支持カム部材51に伝達する。この電磁クラッチ装置40は、ヨーク41と、電磁コイル42と、アーマチュア43と、パイロットクラッチ44とにより構成されている。
【0025】
ヨーク41は、環状に形成されており、リヤハウジング12に対して相対回転可能となるように隙間を介してリヤハウジング12の環状溝に収容されている。ヨーク41は、ホールカバーに固定されている。また、ヨーク41の内周側が、リヤハウジング12に軸受を介して回転可能に支持されている。電磁コイル42は、巻線を巻回することにより円環状に形成され、ヨーク41に固定されている。
【0026】
アーマチュア43は、鉄系材料により形成されている。外周側に雄スプラインを備える円環状に形成されている。アーマチュア43は、メインクラッチ30とリヤハウジング12との軸方向間に配置されている。そして、アーマチュア43の外周側が、フロントハウジング11の雌スプライン11aに嵌合されている。アーマチュア43は、電磁コイル42に電流が供給されると、ヨーク41側に引き寄せられるように作用する。
【0027】
パイロットクラッチ44は、アウタケース10と支持カム部材51との間でトルクを伝達する。このパイロットクラッチ44は、鉄系材料により形成されている。パイロットクラッチ44は、フロントハウジング11の円筒部内周面と支持カム部材51の外周面との間に配置されている。さらに、パイロットクラッチ44は、アーマチュア43とリヤハウジング12の車両前方端面との間に配置されている。このパイロットクラッチ44は、インナパイロットクラッチ板44aとアウタパイロットクラッチ板44bとにより構成され、軸方向に交互に配置されている。インナパイロットクラッチ板44aは、内周側に雌スプラインが形成されており、支持カム部材51の雄スプラインに嵌合されている。アウタパイロットクラッチ板44bは、外周側に雄スプラインが形成されており、フロントハウジング11の雌スプライン11aに嵌合されている。
【0028】
そして、電磁コイル42に電流が供給されると、図1の矢印にて示すように、ヨーク41、リヤハウジング12の外周側、パイロットクラッチ44、アーマチュア43、パイロットクラッチ44、リヤハウジング12の内周側、ヨーク41を通過する磁気回路が形成される。そうすると、アーマチュア43がヨーク41側に引き寄せられて、インナパイロットクラッチ板44aとアウタパイロットクラッチ板44bとが摩擦係合する。そして、アウタケース10のトルクを支持カム部材51に伝達する。一方、電磁コイル42への電流供給を遮断すると、アーマチュア43に対する吸引力がなくなり、インナパイロットクラッチ板44aとアウタパイロットクラッチ板44bとの摩擦係合力が解除される。
【0029】
カム機構50は、メインクラッチ30とパイロットクラッチ44との間に設けられ、パイロットクラッチ44を介して伝達されるアウタケース10とインナシャフト20との回転差に基づくトルクを軸方向の押圧力に変換してメインクラッチ30を押圧する。このカム機構50は、支持カム部材51と、移動カム部材52と、カムフォロア53とから構成されている。
【0030】
支持カム部材51は、外周側に雄スプラインを備えた円環状に形成されている。この支持カム部材51の車両前方端面には、カム溝が形成されている。支持カム部材51は、インナシャフト20の外周面に対して隙間を介して設けられ、リヤハウジング12の車両前方端面にスラスト軸受60を介して支持されている。従って、支持カム部材51の車両後方端面は、スラスト軸受60の軌道板に当接している。つまり、支持カム部材51は、インナシャフト20およびリヤハウジング12に対して相対回転可能であり、軸方向に対して規制されて設けられている。さらに、支持カム部材51の雄スプラインは、インナパイロットクラッチ板44aの雌スプラインに嵌合している。
【0031】
移動カム部材52は、大部分を鉄系材料により形成され、内周側に雌スプラインを備える円環状に形成されている。移動カム部材52は、支持カム部材51の車両前方に配置されている。移動カム部材52の車両後方端面には、支持カム部材51のカム溝に対して軸方向に対向するように、カム溝が形成されている。移動カム部材52の雌スプラインが、インナシャフト20の雄スプライン20aに嵌合している。従って、移動カム部材52は、インナシャフト20と共に回転する。さらに、移動カム部材52の車両前方端面は、メインクラッチ30のうち最も車両後方に配置されるインナメインクラッチ板31に当接し得る状態となっている。移動カム部材52は、車両前方に移動すると、当該インナメインクラッチ板31に対して車両前方へ押し付ける。ここで、移動カム部材52は、本体部110と溝形成部材120とにより構成される。本体部110および溝形成部材120の詳細については、図2〜図4を参照して説明する。
【0032】
カムフォロア53は、ボール状からなり、支持カム部材51と移動カム部材52の互いに対向するカム溝に介在している。つまり、カムフォロア53およびそれぞれのカム溝の作用により、支持カム部材51と移動カム部材52に回転差が生じた際には、移動カム部材52が支持カム部材51に対して軸方向に離間する方向(車両前方)へ移動する。支持カム部材51に対する移動カム部材52の軸方向離間量は、支持カム部材51と移動カム部材52との回転差が大きいほど大きくなる。
【0033】
(駆動力伝達装置の基本的な動作)
次に、上述した構成からなる駆動力伝達装置1の基本的な動作について説明する。アウタケース10とインナシャフト20とが回転差を生じている場合について説明する。電磁クラッチ装置40の電磁コイル42に電流が供給されると、電磁コイル42を基点としてヨーク41、リヤハウジング12、アーマチュア43を循環するループ状の磁気回路が形成される。
【0034】
このように、磁気回路が形成されることで、アーマチュア43がヨーク41側、すなわち軸方向後方に向かって引き寄せられる。その結果、アーマチュア43は、パイロットクラッチ44を押圧して、インナパイロットクラッチ板44aとアウタパイロットクラッチ板44bとが摩擦係合する。そうすると、アウタケース10の回転トルクが、パイロットクラッチ44を介して支持カム部材51へ伝達されて、支持カム部材51が回転する。
【0035】
ここで、移動カム部材52はインナシャフト20とスプライン嵌合しているため、インナシャフト20と共に回転する。従って、支持カム部材51と移動カム部材52とに回転差が生じる。そうすると、カムフォロア53およびそれぞれのカム溝の作用により、支持カム部材51に対して移動カム部材52が軸方向(車両前側)に移動する。移動カム部材52がメインクラッチ30を車両前側へ押圧することになる。
【0036】
その結果、インナメインクラッチ板31とアウタメインクラッチ板32とが相互に当接して摩擦係合状態となる。そうすると、アウタケース10との回転トルクが、メインクラッチ30を介してインナシャフト20に伝達される。そうすると、アウタケース10とインナシャフト20との回転差を低減することができる。なお、電磁コイル42へ供給する電流量を制御することで、メインクラッチ30の摩擦係合力を制御できる。つまり、電磁コイル42へ供給する電流量を制御することで、アウタケース10とインナシャフト20との間で伝達されるトルクを制御できる。
【0037】
(移動カム部材の詳細構成)
次に、移動カム部材52の詳細構成について図2〜図4を参照して説明する。移動カム部材52は、本体部110と溝形成部材120とにより構成される。
【0038】
本体部110は、支持カム部材51を介して伝達されるトルクを軸方向の押圧力に変換できるように、鉄を主成分とする磁性材料により形成されている。本体部110は、円環状に形成されており、車両前方側に拡径する段差状内周面を有している。この段差内周面の大径側には、雌スプライン111が形成されている。また、本体部110の車両後方端面には、支持カム部材51のカム溝に対して軸方向に対向するようにカム溝112が形成されている。さらに、本体部110の車両後方端面のうち外周縁には、突起113が形成されている。この突起113は、アーマチュア43(図1に示す)に当接することにより、アーマチュア43の磁力による引き寄せ方向とは反対の軸方向移動を規制する。また、本体部110の車両前方端面(図2の左側端面)は、メインクラッチ30を押圧する面となる。
【0039】
溝形成部材120は、銅またはアルミニウムを主成分とする非磁性材料により、円環薄板状に形成されている。この溝形成部材は、本体部110とは別体に形成されている。溝形成部材120の一方端面には、図3および図4に示すように、内周側に開口し且つ外周側に閉塞された径方向溝121が周方向に等間隔に複数形成されている。この径方向溝121の溝幅は、径方向外側に行くにつれて狭くなるように形成されている。また、径方向溝121の溝深さは、径方向全体において径方向溝121の底面と当該底面に対向するアーマチュア43の端面との軸方向距離が同一に形成されている。ここでは、アーマチュア43の端面が軸方向に直交する平面状に形成されているため、径方向溝121の底面も軸方向に直交する平面状に形成されている。
【0040】
そして、溝形成部材120は、本体部110のうち突起113の内周面に当接するように、突起113の径方向内側に配置されている。このとき、径方向溝121が車両後方に開口するようにされている。溝形成部材120は、本体部110に対して、圧入により固定してもよいし、接着剤などにより固定してもよい。
【0041】
(溝形成部材による作用)
溝形成部材120による作用について、図5を参照して説明する。電磁コイル42に電流を供給した場合には、図5の太実線にて示す磁気回路Caが形成される。すなわち、当該磁気回路Caは、ヨーク41→リヤハウジング12の外周側→パイロットクラッチ44の外周側→アーマチュア43→パイロットクラッチ44の内周側→リヤハウジング12の内周側→ヨーク41の順の経路、もしくはその逆方向の経路となる。この磁気回路Caにより、アーマチュア43には、ヨーク41側に引き寄せられる方向(車両後方)の軸方向力Faが発生する。
【0042】
ここで、電磁コイル42に電流を供給していない状態において、アーマチュア43の車両前方端面は、移動カム部材52の本体部110の突起113に軸方向に近接、または当接している。そして、移動カム部材52は磁性材料により形成されているため、アーマチュア43から移動カム部材52へ磁束が漏れるおそれがある。このときの磁気回路Cbは、図5の二点鎖線にて示すように、例えば、ヨーク41→リヤハウジング12の外周側→パイロットクラッチ44の外周側→アーマチュア43→移動カム部材52→インナシャフト20→ヨーク41の順の経路、もしくはその逆方向の経路となる。以下、磁気回路Cbを、磁気回路Caと区別するために、漏れ磁束回路と称する。この漏れ磁気回路Cbにより、アーマチュア43には、移動カム部材52側に引き寄せられる方向(車両前方)の軸方向力Fbが発生する。
【0043】
ここで、磁気回路において、空間部の距離が長いほど磁束は低減する。従って、電磁コイル42に電流を供給していない状態において、アーマチュア43が移動カム部材52の突起113に極めて近接している、もしくは、突起113に当接している場合には、アーマチュア43とパイロットクラッチ44との軸方向距離が相対的に拡大する。
【0044】
このような場合に、漏れ磁気回路Cbによる軸方向力Fbが、磁気回路Caによる軸方向力Faと同一もしくは軸方向力Faより大きくなるおそれがある。同一の場合には、アーマチュア43は軸方向に移動しない。また、軸方向力FbがFaより大きい場合には、アーマチュア43は、移動カム部材52側に引き寄せられる。
【0045】
しかし、本実施形態においては、溝形成部材120が移動カム部材52のうちアーマチュア43側に配置されている。ここで、アウタケース10とインナシャフト20との間に潤滑油が充填されている。つまり、アーマチュア43と移動カム部材52との対向する空間にも潤滑油が存在する。そして、アウタケース10とインナシャフト20は共に回転する部材である。そのため、内部に充填されている潤滑油には遠心力が発生し、潤滑油には径方向外側へ移動する力が発生する。
【0046】
この潤滑油がアーマチュア43と移動カム部材52との軸方向間に移動してくると、当該潤滑油は圧縮されながら溝形成部材120の径方向溝121に進入する。進入した潤滑油は、径方向溝121内において径方向外側へ移動しようとするが、径方向溝121の外周側は閉塞されているために、径方向外側へ移動することができない。そのため、潤滑油は、アーマチュア43と移動カム部材52のうち溝形成部材120の径方向溝121に軸方向に対向する部材側へ移動しようとする。つまり、潤滑油が、アーマチュア43と移動カム部材52とを軸方向に引き離す方向の力Fc(図5に示す)を作用する。
【0047】
さらに、潤滑油による軸方向力Fcは、アーマチュア43と移動カム部材52との軸方向距離が近いほど大きくなる。従って、電磁コイル42に電流を供給した場合に、アーマチュア43に作用する軸方向力Fa,Fb,Fcの関係は、Fa+Fc>Fbのようになる。そうすると、アーマチュア43をヨーク41側に確実に引き寄せることができる。
【0048】
特に、径方向溝121の溝幅を径方向外側に行くにつれて狭くなるように形成することで、潤滑油が径方向溝121の径方向外側へ移動した場合に、潤滑油に対して作用する圧縮力がさらに大きくなる。従って、潤滑油によるアーマチュア43と移動カム部材52とを軸方向に引き離す力Fcが大きくなる。これにより、電磁コイル42に電流を供給した場合に、アーマチュア43をヨーク41側により確実に引き寄せることができる。
【0049】
また、移動カム部材52を磁性材料の本体部110と非磁性材料の溝形成部材120とに区画している。溝形成部材120を設けることにより、溝形成部材120のうち径方向溝121の周囲がアーマチュア43に当接または近接する。つまり、移動カム部材52のうちアーマチュア43に当接し得る面積が大きくなる。しかし、溝形成部材120を非磁性材料とすることで、アーマチュア43と溝形成部材120の径方向溝121の周囲とが当接または近接したとしても、アーマチュア43から溝形成部材120に磁束が漏れることを抑制できる。そして、本体部110を鉄系材料とすることで、本体部110をトルク伝達可能な程度に高強度化することができる。つまり、移動カム部材52は、トルク伝達部材として確実に機能させることができる。
【0050】
<第二実施形態>
上記実施形態において、径方向溝121の溝深さは、径方向全体において径方向溝121の底面と当該底面に対向するアーマチュア43の端面との軸方向距離が同一に形成されることとした。この他に、図6に示すように、径方向溝121の溝深さは、径方向外側に行くにつれて径方向溝121の底面と当該底面に対向するアーマチュア43の端面との軸方向距離が短くなるように形成してもよい。ここでは、アーマチュア43の端面が軸方向に直交する平面状に形成されているため、径方向溝121の底面が径方向外側に向かってアーマチュア43側(車両後方)に傾斜するように形成されている。なお、径方向溝121の溝底面は、図6に示すようなテーパ形状としてもよいし、図示しない湾曲した形状としてもよい。
【0051】
径方向溝121を上記のようにすることで、潤滑油が径方向溝121の径方向外側へ移動した場合に、潤滑油に対して作用する圧縮力がさらに大きくなる。従って、潤滑油によるアーマチュア43と移動カム部材52とを軸方向に引き離す力Fc(図5に示す)が大きくなる。これにより、電磁コイル42に電流を供給した場合に、アーマチュア43をヨーク41側により確実に引き寄せることができる。
【0052】
<第三実施形態>
上記実施形態においては、移動カム部材52が溝形成部材120を備えることとした。この他に、図7に示すように、アーマチュア143が溝形成部材220を備えるようにしてもよい。以下、アーマチュア143および移動カム部材152の詳細構成を説明する。
移動カム部材152は、上述した移動カム部材52の本体部110に対して、突起113を取り除いた形状に形成されている。
【0053】
アーマチュア143は、本体部210と溝形成部材220とにより構成される。本体部210は、電磁コイル42に電流が供給された場合に、磁気回路Caの一部を形成するように、鉄を主成分とする磁性材料により形成されている。この本体部210は、比較的厚肉の円環状に形成されており、外周側には雄スプライン211が形成されている。この雄スプライン211は、フロントハウジング11の雌スプライン11aに嵌合する。さらに、本体部210の車両前方端面のうち外周縁には、突起212が形成されている。この突起212は、移動カム部材152に当接することにより、アーマチュア43の磁力による引き寄せ方向とは反対の軸方向移動を規制する。また、本体部210の車両後方端面(図7の右側端面)は、パイロットクラッチ44を押圧する面となる。
【0054】
溝形成部材220は、上記実施形態における溝形成部材220と同一構成からなる。ただし、溝形成部材220は、本体部210のうち突起212の内周面に当接するように、突起212の径方向内側に配置されている。このとき、溝形成部材220の径方向溝121が車両前方に開口するようにされている。溝形成部材220は、本体部210に対して、圧入により固定してもよいし、接着剤などにより固定してもよい。この場合も、上記実施形態と同様の効果を奏する。なお、アーマチュア143に径方向溝121を形成するとき、アーマチュア143の本体部210を磁性材料とすることで、アーマチュア143をヨーク41側に引き寄せるための磁気回路を確実に形成することができる。従って、軸方向力Faを確実に生じさせることができる。
【符号の説明】
【0055】
1:駆動力伝達装置、 10:アウタケース、 20:インナシャフト、 30:メインクラッチ、 40:電磁クラッチ装置、 41:ヨーク、 42:電磁コイル、 43,143:アーマチュア、 44:パイロットクラッチ、 50:カム機構、 51:支持カム部材、 52,152:移動カム部材、 53:カムフォロア、 60:スラスト軸受、 110:本体部、 111:雌スプライン、 112:カム溝、 113:突起、 120,220:溝形成部材、 121:径方向溝、 210:本体部、 211:雄スプライン、 212:突起


【特許請求の範囲】
【請求項1】
円筒形状の外側回転部材と、
前記外側回転部材内に相対回転可能に同軸上に配置された軸状の内側回転部材と、
前記外側回転部材と前記内側回転部材との間でトルクを伝達するメインクラッチと、
磁力によりアーマチュアを引き寄せることで前記外側回転部材のトルクを伝達可能なパイロットクラッチを備える電磁クラッチ装置と、
前記メインクラッチと前記パイロットクラッチとの間に設けられ、前記パイロットクラッチを介して伝達されるトルクであり前記外側回転部材と前記内側回転部材との回転差に基づく前記トルクを軸方向の押圧力に変換して移動カム部材を軸方向移動させることにより前記メインクラッチを押圧するカム機構と、
前記外側回転部材と前記内側回転部材との間に充填される潤滑油と、
を備え、
前記移動カム部材は、前記アーマチュアに当接することにより、前記アーマチュアの磁力による引き寄せ方向とは反対方向への移動を規制し、
前記アーマチュアと前記移動カム部材との軸方向に対向する端面のうち少なくとも一方に、内周側に開口し且つ外周側に閉塞された径方向溝が形成される駆動力伝達装置。
【請求項2】
請求項1において、
前記径方向溝の溝幅は、径方向外側に行くにつれて狭くなるように形成される駆動力伝達装置。
【請求項3】
請求項1または2において、
前記径方向溝の溝深さは、径方向外側に行くにつれて前記径方向溝の底面と当該底面に対向する相手端面との軸方向距離が短くなるように形成される駆動力伝達装置。
【請求項4】
請求項1〜3の何れか一項において、
前記アーマチュアおよび前記移動カムのうち前記径方向溝が形成される部材は、
磁性材料により形成され前記径方向溝以外の部位を有する本体部と、
前記本体部に一体的に取り付けられ前記径方向溝を形成すると共に非磁性材料により形成された溝形成部材と、
を備える駆動力伝達装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−36548(P2013−36548A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−173524(P2011−173524)
【出願日】平成23年8月9日(2011.8.9)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)