説明

骨プレート

【課題】本発明は、骨プレートの強度を低下させることなく、腱と骨プレートの表面との間の摩擦を十分に低減できる骨プレートを提供することを目的とする。
【解決手段】本発明の骨プレート10は、橈骨遠位端骨折の骨折部位を掌側から固定するための骨プレート10であって、骨プレート10の表面17と腱95とが接触する部分に低摩擦コーティング層15が形成されていることを特徴とする。本発明の骨プレート10では、低摩擦コーティング層15を形成することにより、腱95に対する骨プレート表面17の摩擦係数を低くできる。よって、比較的強度の高い(比較的嵩高い)骨プレート10であっても、腱95に対する摩擦を抑制できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、橈骨遠位部の骨折の固定に使用される骨プレートに関し、特に、掌側から固定するための骨プレートに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、橈骨遠位部骨折に対して掌側から固定する骨プレートを用いた手術が行われている(例えば、非特許文献1〜2)。この骨プレートは、橈骨と掌側の腱(例えば長母指屈筋腱(FPL))との間に配置された後に、骨スクリューによって橈骨に固定される。手指を屈曲したときに、腱は、骨プレートの表面上を摺動する。
【0003】
骨プレートの設置後に、骨プレートの表面上を摺動する腱に、炎症や一部又は全部断裂などが生じることがある。さらに、腱の炎症及び断裂が原因で腱が周囲組織と癒着することもある。腱の炎症、断裂及び癒着などによって腱が正常に動かなくなると、手指の屈曲動作が不自由になる等の問題が生じる。
このような腱の炎症及び断裂の原因の1つは、腱が骨プレートの表面上を摺動するたびに生じる「腱と骨プレートとの間の摩擦」であると考えられている。
【0004】
そこで、腱と骨プレートとの間の摩擦を低減することを目的として、通常の骨プレートよりも薄い(低プロファイルの)骨プレート(例えば、特許文献1)や、表面を鏡面加工した骨プレート(例えば、特許文献2の請求項1)が提案されている。
【0005】
特許文献1(特に、請求項20、段落[0012])には、プレートが嵩張って腱と軟質組織の刺激と痛みを引き起こす場合があること、そして、それらを回避するために、低プロファイルを有するプレートが有効であることが開示されている。
特許文献2(特に、段落[0023]、[0048])には、骨プレートの表面のうち、軟組織との接触面を鏡面加工することにより、軟組織に対する接着性、適合性が高くなって手術後の組織治癒が良くなる効果と、軟組織に対する摩擦を低減できる効果とが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2011−510799号公報
【特許文献2】特開2005−21420号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】若見朋晃、外2名、「橈骨遠位端骨折ロッキングプレート術後に長母指屈筋腱断裂を生じた1症例」、中部整災誌、第51巻、第6号、p.1187−1188
【非特許文献2】兵田暁、外5名、「橈骨遠位端骨折術後に長母指屈筋腱部分断裂を生じた1例」、中部整災誌、第53巻、第5号、p.1159−1160
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1のような低プロファイルの骨プレートは強度が低く、体内で骨プレートが破折するリスクが高い。骨プレートが破折すれば、再手術により骨プレートを抜去する必要があるため、患者に負担がかかる。
また、特許文献2の骨プレートでは、鏡面加工した表面は、軟組織に対する摩擦が低いとする反面、軟組織に対して接着性が高いとされている。そのため、骨プレートの表面を鏡面加工した場合に、骨プレートの表面に対して腱が接着して、骨プレートの表面と腱との間の摩擦を十分に低減できない恐れがある。
【0009】
そこで、本発明は、骨プレートの強度を低下させることなく、腱と骨プレートの表面との間の摩擦を十分に低減できる骨プレートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の骨プレートは、橈骨遠位端骨折の骨折部位を掌側から固定するための骨プレートであって、骨プレートの表面と腱とが接触する部分に低摩擦コーティング層が形成されていることを特徴とする。
本発明において、「低摩擦コーティング層15」とは、腱などの生体の軟組織に対する摩擦係数が小さい層のことである。
【発明の効果】
【0011】
本発明の骨プレートでは、低摩擦コーティング層を形成することにより、腱に対する骨プレート表面の摩擦係数を低くできるので、特許文献1よりも嵩高い骨プレートであっても、腱に対する摩擦を抑制できる。また、低摩擦コーティング層は軟組織に対する摩擦係数が小さいので、特許文献2のような鏡面加工した骨プレートよりも、腱に対する摩擦を低減させることができる。
【0012】
このように、本発明の骨プレートは、骨プレートの強度を低下させることなく、腱と骨プレートの表面との間の摩擦を十分に低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、橈骨遠位部用の骨プレートを示しており、(a)は概略正面図、(b)は概略断面図である。
【図2】図2は、図1の骨プレートを橈骨遠位端の骨折部に固定した状態を示す概略正面図である。
【図3】図3は、図1の骨プレートを橈骨遠位端の骨折部に固定した状態を示す概略側面図である。
【図4】図4は、実施の形態1に係る骨プレートを橈骨遠位端の骨折部に固定した状態を示す概略正面図である。
【図5】図5は、実施の形態1に係る骨プレートを橈骨遠位端の骨折部に固定した状態を示す概略側面図である。
【図6】図6は、実施の形態2に係る骨プレートを橈骨遠位端の骨折部に固定した状態を示す概略正面図である。
【図7】図7は、実施の形態2に係る骨プレートを橈骨遠位端の骨折部に固定した状態を示す概略側面図である。
【図8】図8は、実施の形態3に係る骨プレートを橈骨遠位端の骨折部に固定した状態を示す概略正面図である。
【図9】図9は、実施の形態3に係る骨プレートを橈骨遠位端の骨折部に固定した状態を示す概略側面図である。
【図10】図10は、本発明に係る骨プレートを固定する骨ピンの斜視図である。
【図11】図11は、本発明に係る骨プレートを固定する骨ねじの斜視図である。
【図12】図12は、本発明に係る骨プレートを固定する別の骨ねじの斜視図である。
【図13】図13は、本発明に係る骨プレートに形成された低摩擦コーティング層の模式図である。
【図14】図14は、本発明に係る骨プレートに形成された別の低摩擦コーティング層の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を詳細に説明する。なお、以下の説明では、必要に応じて特定の方向や位置を示す用語(例えば、「上」、「下」、「右」、「左」及び、それらの用語を含む別の用語)を用いる。それらの用語の使用は図面を参照した発明の理解を容易にするためであって、それらの用語の意味によって本発明の技術的範囲が限定されるものではない。また、複数の図面に表れる同一符号の部分は同一の部分又は部材を示す。
【0015】
橈骨遠位端骨折の骨折部を掌側から固定するための骨プレート10は、遠位−近位方向(D−P方向)に長く伸びた略T字状の板状体から成る(図1〜図2)。図1(a)及び図2に示すように、近位端部10Pは細長い帯状体であり、遠位端部10Dは近位端部10Pに対して略横向きに伸びた形状である(図1(a))。これにより、近位端部10Pは橈骨90の骨幹部90Pに沿って配置でき、遠位端部10Dは橈骨90の骨端部90Dの膨らんだ形状に適合する(図2)。また、近位端部10Pは、遠位端部10Dに対して表面17側に傾斜している(図1(b))。これにより、骨プレート10は、橈骨遠位部の表面の形態(骨端部90Dが突出しと、骨端部90Dと骨幹部90Pとの間が窪んでいる)に適合する(図3)。
【0016】
図2及び図3に示すように、骨プレート10は、橈骨90と腱95(例えば長母指屈筋腱(FPL))との間に配置される。なお、骨プレート10の近位端部10Pが長い場合には、骨プレート10は、橈骨90と、腱95に繋がった筋肉(例えば長母指屈筋)94との間にまで及ぶ。所定位置に配置された骨プレート10は、骨ピン80及び骨ねじ70によって橈骨90に固定される。この状態で手指(例えば母指)を屈曲させると、筋肉94が収縮して腱95を引っ張り、腱95は矢印Aの方向に沿って移動する。このとき、腱95は、骨プレート10の表面17上を摺動する。腱95と骨プレート10の表面17との間に許容できない程度の摩擦が生じると、腱95の炎症や、腱95の断裂などが起こる。
【0017】
本発明の骨プレート10では、骨プレート10の表面17と腱95とが接触する部分Cに低摩擦コーティング層15を形成している。これにより、表面17と腱95との間の摩擦係数が小さくなる。よって、腱95が表面17上を摺動したときの摩擦は著しく低減され、腱95の炎症及び断裂を効果的に抑制することができる。
なお、本明細書において「低摩擦コーティング層15」とは、腱95、筋肉94などの生体の軟組織に対する摩擦係数の小さい層のことである。
【0018】
このように、本発明の骨プレート10では、骨プレート10の部分Cの表面17に低摩擦コーティング層15を形成することにより、腱95に対する表面17の摩擦係数を低くできる。よって、適切な強度を有する骨プレート10でありながら(つまり、特許文献1のような低プロファイルの骨プレートでなくても)、腱95に対する摩擦を抑制できる。
また、本発明の骨プレート10では、軟組織との摩擦係数が、特許文献2のような鏡面加工面よりも低い低摩擦コーティング層15を備えている。そのため、本発明の骨プレート10は、鏡面加工した骨プレートよりも、腱95の炎症や断裂を抑制する効果が高い。
【0019】
低摩擦コーティング層15は、摩擦低減の観点からは、腱95と骨プレート10とが接触する部分Cの全体に形成するのが望ましい。しかしながら、低摩擦コーティング層15の成膜コストの観点から、低摩擦コーティング層15は、少なくとも領域C(部分Cのうち、遠位側の縁部に位置する領域)に形成するのが望ましい。後述するように、遠位側縁部は、骨プレート10のうちで表面17側に最も突出しているので、遠位側縁部と腱95との間の摩擦は最も強い。よって、低摩擦コーティング層15を遠位側縁部領域Cに局所的に形成するだけでも、腱95の炎症及び断裂の発生率を抑制することができる。
【0020】
なお、図2では、腱95としてFPLを例示している。しかしながら、骨プレート10の表面17と摺動する可能性のある腱と接する部分(例えば、深指屈筋腱と接する可能性のある部分D)にも、低摩擦コーティング層15を形成することもできる。
【0021】
以下の実施の形態1〜3では、低摩擦コーティング層15を形成する位置について、図4〜9を参照しながら具体的に説明する。
【0022】
(実施の形態1)
本実施の形態では、低摩擦コーティング層15は、少なくとも遠位端部10Dの遠位側縁部10DEの表面に形成されている(図4及び図5)。図5から理解されるように、遠位側縁部10DEは、骨プレート10のうちで表面17側に最も突出している。そのため、腱95が骨プレート10の表面17上を摺動するときに、遠位側縁部10DEが最も強く腱95を摩擦する。そのため、遠位側縁部10DEと接触する位置における腱95の炎症及び断裂の発生率は、他の位置での発生率より高い。
【0023】
そのため、図4及び図5のように遠位側縁部10DEの表面に局所的に低摩擦コーティング層15を形成して、遠位側縁部10DEの表面と腱95との摩擦係数を局所的に低減するだけで、(他の部位に局所的に低摩擦コーティング層15を形成するのに比べて)腱95の炎症及び断裂の発生を抑制する効果が著しく高い。
特に、低摩擦コーティング層15に使用する材料が高価な場合には、低摩擦コーティング層15を遠位端部10DEのみに局所的に形成することで、骨プレート10のコストを押さえつつ、腱95の炎症及び断裂の発生率を確実に低減させることができる。
【0024】
なお、図2のように、腱95と摺動する領域Cのみに低摩擦コーティング層15を形成することもできる。その一方、図4のように、遠位側縁部10DEの横幅全体にわたって低摩擦コーティング層15を形成することもできる。図4のような低摩擦コーティング層15は、成膜コストは増加するものの、患者の体格などによって腱95の位置及び横幅が異なる場合や、手術によって腱95の位置が移動してしまった場合にも対応できる利点がある。
【0025】
(実施の形態2)
本実施の形態では、低摩擦コーティング層15は、遠位側縁部10DEだけでなく、遠位端部10Dの表面17D全体に形成されている(図6及び図7)。腱95は、主に、遠位端部10Dと近位端部10Pとの境界LDPよりも遠位D側に位置している。よって、遠位端部10Dの表面17Dに低摩擦コーティング層15を形成することにより、遠位端部10Dの表面17Dと腱95との間の摩擦係数を低減させると、腱95が受ける摩擦を大幅に低減することができる。よって、腱95の炎症及び断裂の発生率をさらに低減させることができる。
【0026】
(実施の形態3)
本実施の形態では、低摩擦コーティング層15は、近位端部10Pの表面17Pにも形成されている(図8及び図9)。遠位端部10Dと近位端部10Pとの境界LDPよりも近位P側で、腱95は筋肉94と繋がっている。そのため、遠位端部10Dの表面17Dに低摩擦コーティング層15を形成すると、腱95と表面17Dとの摩擦を低減すると共に、筋肉94と表面17Dとの摩擦も低減できる。筋肉94は、収縮したときに表面17Dに強く接触するため、表面17Dから刺激を受ける。刺激の程度によっては、筋肉94が炎症を起こす恐れがある。ここで、表面17D上に低摩擦コーティング層15が形成されていると、筋肉94の受ける刺激が軽減されるので、筋肉94の炎症発生を抑制できる。
このように、近位端部10Pの表面17Pに低摩擦コーティング層15が形成されていると、腱95の炎症及び断裂を抑制する効果だけでなく、筋肉94の炎症の発生を抑制する効果も得られる。
【0027】
腱95に対する摩擦低減効果は、実施の形態3の骨プレート10が最も高い。一方、低摩擦コーティング層15を形成する成膜コストは、実施の形態1の骨プレート10が最も低い。よって、患者の生活様式(手指の使用頻度)や、骨プレート10の抜去の有無などを考慮して、実施の形態1〜3のいずれかの骨プレート10を選択するのが好ましい。
【0028】
次に、骨プレート10に形成されるねじ穴について説明する。
図1を再び参照すると、骨プレート10には、複数のねじ穴が形成されている。遠位端部10Dには、雌ねじが形成された雌ねじ穴51と、座ぐりが形成された座ぐりねじ穴54が形成されている。近位端部10Pには、球座が形成された球座ねじ穴52と、近位端部10Pの長手方向に伸びる摺動長穴53が形成されている。また、必要に応じて、遠位端部10D及び近位端部10Pに、Kワイヤを挿入するためのワイヤ穴55を設けることができる。
【0029】
本発明の骨プレート10では、骨プレート10に形成されたねじ穴(雌ねじ穴51、球座ねじ穴52、摺動長穴53及び座ぐりねじ穴54)の内面にも、低摩擦コーティング層15が形成されているのが好ましい。
骨プレート10の表面17と、ねじ穴51〜54の内面とが接する部分はエッジになるため(図1(b))、腱95がそのエッジに引っかかって損傷する可能性がある。そこで、ねじ穴51〜54の内面に低摩擦コーティング層15を設けて、エッジを低摩擦コーティング層15で覆うことにより、腱95がエッジに引っかかるのを抑制することができる。
【0030】
例えば、図6に示すように、遠位端部10Dの表面17Dに低摩擦コーティング層15を形成する場合には、遠位端部10Dに形成されたねじ穴51、54の内面を低摩擦コーティング層15で覆うと、低摩擦コーティング層15を同時に形成できるので好ましい。
また、図8に示すように、近位端部10Pの表面17Pにも低摩擦コーティング層15を形成する場合には、近位端部10Pに形成されたねじ穴52、53の内面にも低摩擦コーティング層15で覆うと、低摩擦コーティング層15を同時に形成できるので好ましい。
【0031】
骨プレート10の裏面19は、粗面加工されているのが好ましい。骨折部が治癒するときに、骨折部の周囲で骨芽細胞が増殖する。この骨芽細胞は、粗面のミクロな凹部内に侵入するため、骨折部と骨プレートとの接合力を高めることができる。裏面19は、表面粗さの最大高さが1μmより大きくなるように、粗面加工されるのが好ましい。
【0032】
次に、骨プレート10を橈骨90の骨折部位に固定するのに使用される骨ピン及び骨ねじについて説明する。
図10の骨ピン80は、雌ねじ穴51を橈骨90に固定するのに使用される。骨ピン80の頭部81には、雌ねじ穴51の雌ねじと係合する雄ねじが形成されている。また骨ピン80の頭部81からは、シャフト85が伸びている。雌ねじ穴51に骨ピン80の頭部81を螺合すると、骨ピン80は骨プレート10に固定される。これにより、骨プレート10は、骨ピン80のシャフト85を挿入した橈骨90に対して、揺動や旋回することなく安定して固定できる。
【0033】
図11の骨ねじ70は、摺動長穴53及び座ぐりねじ穴54を橈骨90に固定するのに使用される。骨ねじ70の頭部71の下面は平坦にされているので、座ぐりに係合させるのに適している。
図12の骨ねじ76は、球座ねじ穴52を橈骨90に固定するのに適している。球座ねじ穴52の座面は曲面であるので、骨ねじ76の皿頭77は球座内で揺動可能である。よって、骨ねじ76は、任意の角度で橈骨90に螺入することができる。なお、骨ねじ70のような頭部71でも、球座内で揺動可能であれば、球座ねじ穴52の固定に使用できる。
これらの骨ねじ70、76は、雄ねじが形成されたシャフト75を備えている。このシャフト75は、セルフタッピングが可能であるのが好ましい。
【0034】
骨ピン80、骨ねじ70、76の頭部81、71、77の上面には、例えば六角穴83、73を備えることができ、六角ドライバによって回すことができる。この六角穴83、73は、別の形状の穴に変更することができ例えば、すり割り、十字穴、四角穴、ヘキサローブ状の穴を採用できる。特に、六角穴又はヘキサローブ穴を採用すると、大きいトルクを確実に伝達するのに適しているので好ましい。
【0035】
これらの骨ピン80、骨ねじ70、76の頭部81、71、77の上面81u、71u、77uには、低摩擦コーティング層15が形成されている。骨プレート10を橈骨90に固定した後に、上面81u、71u、77uが骨プレート10の表面17から突出すると、腱95は、上面81u、71u、77uに擦られて、炎症又は断裂を生じる可能性がある。本発明の骨ピン80及び骨ねじ70、76は、上面81u、71u、77uに低摩擦コーティング層15を形成することにより、腱95が上面81u、71u、77uで擦られるのを抑えて、腱95の炎症及び断裂を抑制することができる。
【0036】
本発明のある形態は、橈骨遠位部の骨折部位を掌側から固定するための固定システムであり、骨プレート10と、骨ピン80及び/又は骨ねじ70、76とを含んでいることを特徴とする。
この固定システムでは、骨プレート10の表面17と、骨ピン80の上面81u、及び/又は骨ねじ70、76の上面71u、77uとに低摩擦コーティング層15が形成されているので、骨プレート10を固定した後に腱95が骨プレート10の表面を摺動するときに、骨プレート10、骨ピン80及び骨ねじ70、76が腱95を損傷するのを抑制することができる。
【0037】
以下に、各構成部材に適した材料を詳述する。
【0038】
<低摩擦コーティング層15>
骨プレート10、骨ピン80及び骨ねじ70、76に形成される低摩擦コーティング15は、腱95や筋肉94などの生体の軟組織に対する摩擦係数の小さい材料から形成するのが好ましい。低摩擦コーティング層15を形成する材料としては、ホスホリルコリン基含有ポリマーと、フッ素系ポリマーとが好適である。
【0039】
ホスホリルコリン基含有ポリマー(例えばMPC)は、生体膜類似構造を有しており、生体安全性に優れている。このポリマーは、人工関節の摺動面に形成することが知られており、多量の体液が存在する環境下(例えば関節包内)において、硬質材料との摩擦係数が低いという特徴がある。
本発明では、ホスホリルコリン基含有ポリマーが、少量の間質液が存在する環境下(例えば骨と腱との間)において腱95などの軟組織との摩擦係数が極めて低いことを新たに見いだし、この特徴を利用して、骨プレート10の低摩擦コーティング層15の材料として使用するものである。
【0040】
また、ホスホリルコリン基含有ポリマーは、体内での組織癒着を抑制する効果がある。上述したように、腱95に炎症又は断裂が生じてしまった場合、腱95の組織は、骨プレート10の表面17上で増殖しながら広がり、周囲の軟組織に達するとそれらの軟組織と癒着する。ここで、骨プレート10の表面17にホスホリルコリン基含有ポリマーから成る低摩擦コーティング層15を形成すると、腱95の組織が骨プレート10の表面17上で増殖するのが抑制されるため、腱95と周囲の軟組織との癒着が軽減される。
【0041】
ホスホリルコリン基含有ポリマーから成る低摩擦コーティング層15は、厚さ1〜100nmであるのが好ましい。厚さが1nm未満であると、腱95に対する低摩擦コーティング層15の摩擦係数が十分に低下しないので好ましくない。一方、厚さが100nmを超えると、摩擦係数を低減する効果はそれほど増加しないのに対して、原材料であるの高価なホスホリルコリン基含有モノマーの消費量は増加するため、費用対効果が低下するので好ましくない。
【0042】
なお、本発明の骨プレート10における(ホスホリルコリン基含有ポリマー製の)低摩擦コーティング層15の厚さ(1〜100nm)は、従来知られている人工関節に使用されるホスホリルコリン基含有ポリマー層の厚さ(100〜200nm)に比べて薄い。
従来の人工関節では、ホスホリルコリン基含有ポリマー層は、数十kgを超える負荷のかかった状態で、硬質部材(例えば、セラミック製の人工骨頭)を繰り返し摺動させる面に形成される。よって、耐摩耗性を向上させるために、100〜200nmの厚さが望ましい。
これに対して、本発明では、1kg未満の負荷のかった状態で、軟組織を繰り返し摺動させる面に形成される。よって、耐摩耗性はそれほど必要とされず、上述のように1〜100nmの厚さが望ましい。
【0043】
ホスホリルコリン基含有ポリマーとしては、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)、2−アクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、4−メタクリロイルオキシブチルホスホリルコリン、6−メタクリロイルオキシヘキシルホスホリルコリン、ω−メタクリロイルオキシエチレンホスホリルコリン、4−スチリルオキシブチルホスホリルコリンを用いることができる。
【0044】
低摩擦コーティング層15に適したもう1つの材料であるフッ素系ポリマーは、反応性が低いため生体安全性が高い。そして、フッ素系ポリマーは、腱95などの軟組織に対する摩擦係数が極めて小さい。また、フッ素系ポリマーも、体内での組織癒着を抑制する効果がある。骨プレート10の表面17にフッ素系ポリマーから成る低摩擦コーティング層15を形成すると、腱95の組織が骨プレート10の表面17上で増殖するのが抑制されるため、腱95と周囲の軟組織との癒着が軽減される。
なお、フッ素系ポリマーは、ホスホリルコリン基含有ポリマーに比べて安価に形成できるので、骨プレート10のコストを抑えることができる。
【0045】
フッ素系ポリマーから成る低摩擦コーティング15は、厚さ0.1〜20μmであるのが好ましい。厚さが0.1μm未満であると、フッ素系ポリマーの密着性が不十分なため、低摩擦コーティング層15にピンホールが生じるので好ましくない。一方、厚さが20μmを超えると、成膜時に乾燥不良が起こりやすく、また厚さが不均一になりやすいので好ましくない。
【0046】
フッ素系ポリマーとしては、テトラフルオロエチレン、クロロトリフルオロエチレン、ヘキサフルオロプロピレン、トリフルオロエチレンテル、フッ化ビニリデン、フッ化ビニル等の含フッ素系モノマーの単独重合あるいは他のモノマーとの共重合によって得られる含フッ素系ポリマーを用いることができる。
【0047】
<骨プレート10>
骨プレート10は、チタン合金、コバルト−クロム合金及びステンレス鋼等の生体安全性の高い金属から成形されている。
骨プレート10は、厚さ1.5mm〜2.5mmであるのが好ましい。厚さが1.5mm未満であると、骨プレート10の強度が低下して破折しやすくなるので好ましくない。厚さが2.5mmを超えると、腱95の摺動運動を阻害する恐れが、相対的に高くなるので好ましくない。
【0048】
<骨ピン80、骨ねじ70、76>
骨ピン80、骨ねじ70、76は、チタン合金、コバルト−クロム合金及びステンレス鋼等の生体安全性の高い金属から成形されている。
【0049】
次に、骨プレート10に低摩擦コーティング層15を形成する方法について詳述する。なお、骨ピン80及び骨ねじ70、76の上面81u、71u、77uに低摩擦コーティング層15を形成する方法は、骨プレート10に低摩擦コーティング層15を形成する方法と同様であるので省略する。
【0050】
<A:ホスホリルコリン基含有ポリマーから成る低摩擦コーティング層15>
ホスホリルコリン基含有ポリマーは、骨プレート10のような金属材料に直接接合するのが難しい。そこで、接着層22を用いて、骨プレート10の表面17とホスホリルコリン基含有ポリマー層(低摩擦コーティング層)15とを強力に結合するのが好ましい(図13)。
【0051】
接着層22を介したホスホリルコリン基含有ポリマー層15の形成方法は、次の3つの工程を含む。
(工程A1)骨プレート10の表面処理
(工程A2)接着層22の形成
(工程A3)ホスホリルコリン基含有ポリマー層15の形成
これらの工程を順次説明する。
【0052】
(工程A1)骨プレート10の表面処理
この工程では、金属製の骨プレート10の表面17を処理して、表面17に水酸基を有する層(表面処理層21)を形成する。この工程で行われる表面処理とは、酸処理(硝酸処理)、プラズマ処理(酸素プラズマ処理)などによる金属表面の酸化処理である。酸化処理した表面17に水分子(例えば、空気中の水分子等)が結合することにより、表面17に表面処理層21が形成される。
なお、骨プレート10に適した材料としてチタン合金、コバルト−クロム合金及びステンレス鋼が挙げられるが、これらの材料は表面処理層21を形成することができる。
【0053】
(工程A2)接着層22の形成
この工程では、骨プレート10の表面処理層21にシランカップリング剤を接触させて、表面処理層21上にシリカから成る接着層22を形成する。シランカップリング剤とは、ケイ素原子に複数の加水分解性基(例えばアルコキシ基)と反応性官能基(例えばメタクリロイル基)が結合した化合物である。この工程では、まずシランカップリング剤の加水分解性基が加水分解反応して複数のシラノール基(Si-OH)を生じ、次いで、1つのシラノール基と表面処理層21の水酸基とが脱水縮重反応して表面処理層21とシランカップリング剤が結合する。また、残りのシラノール基は、他のシランカップリング剤のシラノール基と脱水縮重反応してシリカ層が形成される。これらの反応が連続的に進行することにより、シリカ層から成る接合層22が表面処理層21上に形成される。表面処理層21と接着層22との間には共有結合が形成されるので、接合層22は表面処理層21に強力に結合される。また、接合層22の表面には、シランカップリング剤に含まれていた反応性官能基が、未反応の状態で存在している。
【0054】
(工程A3)ホスホリルコリン基含有ポリマー層15の形成
この工程では、骨プレート10の表面17に形成された接着層22上に、ホスホリルコリン基含有ポリマー層15を形成する。光重合開始剤の存在下で、接着層22の表面にホスホリルコリン基含有モノマーを接触させて紫外線を照射すると、接着層22の表面の反応性官能基(例えばメタクリロイル基)と、ホスホリルコリン基含有モノマーに含まれる官能基(例えば、メタクリロイル基)とが結合する。さらに、ホスホリルコリン基含有モノマーが他のホスホリルコリン基含有モノマーと重合して、ホスホリルコリン基含有ポリマー層が形成される。このようにして、接着層22の表面にホスホリルコリン基含有ポリマー層15が形成される。
なお、光重合開始剤は、工程A2のシランカップリング剤に混合することができる。
【0055】
このようにして得られたホスホリルコリン基含有ポリマー層15は、シリカからなる接着層22を介して、骨プレート10の表面17に強固に接着される。
【0056】
<B:フッ素系ポリマーから成る低摩擦コーティング層15>
フッ素系ポリマーは、骨プレート10のような金属材料に直接接合するのが難しい。そこで、接着層22を用いて、骨プレート10の表面17とフッ素系ポリマー層(低摩擦コーティング層)15とを強力に結合するのが好ましい(図14)。
【0057】
接着層22を介した低摩擦コーティング層15の形成方法は、次の3つの工程を含む。
(工程B1)骨プレート10の表面処理
(工程B2)接着層22の形成
(工程B3)フッ素系ポリマー層15の形成
工程B1は、ホスホリルコリン基含有ポリマー層の形成工程A1と同様であるので省略する。以下に、工程B2〜B3について説明する。
【0058】
(工程B2)接着層22の形成
この工程では、骨プレート10の表面処理層21にカップリング剤を接触させて、表面処理層21上に接着層22を形成する。カップリング剤としては、シランカップリング剤、チタネート系カップリング剤、ジルコアミネート系カップリング剤などを用いることができる。これらのカップリング剤と表面処理層21との反応機構は、工程A2で説明した通りである。
カップリング剤は、原液又は希釈溶液を浸漬、ロール塗布、スプレー塗布、ハケ塗り等の方法により、表面処理層21に接触させることができる。
【0059】
(工程B3)フッ素系ポリマー層15の形成
この工程では、骨プレート10の表面17に形成された接着層22上に、フッ素系ポリマー層15を形成する。浸漬、ロール塗布、スプレー塗布、ハケ塗り等の方法により、接着層22にフッ素系ポリマーを塗布して、250〜400℃で焼き付けする。このようにして、接着層22の表面にフッ素系ポリマー層15が形成される。
【0060】
このようにして得られたフッ素系ポリマー層15は、接着層22を介して、骨プレート10の表面17に強固に接着される
【符号の説明】
【0061】
10 骨プレート
10D 遠位端部
10P 近位端部
15 低摩擦コーティング層
17、17D、17P 骨プレートの表面
19 骨プレートの裏面
21 表面処理層
22 接着層
51、52、53、54 ねじ穴
80 骨ピン
70、76 骨ねじ
90 橈骨
90D 骨端部
90P 骨幹部
94 筋肉
95 腱
D 遠位側
P 近位側
DP 遠位端部と近位端部との境界

【特許請求の範囲】
【請求項1】
橈骨遠位端骨折の骨折部位を掌側から固定するための骨プレートであって、
前記骨プレートの表面と腱とが接触する部分に低摩擦コーティング層が形成されていることを特徴とする骨プレート。
【請求項2】
前記低摩擦コーティング層が、少なくとも遠位端部の遠位側縁部に形成されていることを特徴とする請求項1に記載の骨プレート。
【請求項3】
前記低摩擦コーティング層が、さらに前記遠位端部の表面に形成されていることを特徴とする請求項2に記載の骨プレート。
【請求項4】
前記低摩擦コーティング層が、さらに近位端部の表面に形成されていることを特徴とする請求項2又は3に記載の骨プレート。
【請求項5】
前記骨プレートには、骨ねじを挿入するためのねじ穴が形成されており、
前記低摩擦コーティング層が、さらに前記ねじ穴の内面に形成されていることを特徴とする請求項2乃至4のいずれか1項に記載の骨プレート。
【請求項6】
前記低摩擦コーティングが、ホスホリルコリン基含有ポリマーであることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の骨プレート。
【請求項7】
前記低摩擦コーティングの厚さが1〜100nmであることを特徴とする請求項6に記載の骨プレート。
【請求項8】
前記低摩擦コーティングが、フッ素系ポリマーであることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の骨プレート。
【請求項9】
前記低摩擦コーティングの厚さが0.1〜20μmであることを特徴とする請求項8に記載の骨プレート。
【請求項10】
請求項1乃至9のいずれか1項に記載の骨プレートを骨折部位に固定するための骨ねじであって、
前記骨ねじの頭部の上面には、低摩擦コーティング層が形成されていることを特徴とする骨ねじ。
【請求項11】
前記低摩擦コーティングが、ホスホリルコリン基含有ポリマーであることを特徴とする請求項10に記載の骨ねじ。
【請求項12】
前記低摩擦コーティングが、フッ素系ポリマーであることを特徴とする請求項10に記載の骨ねじ。
【請求項13】
橈骨遠位部の骨折部位を掌側から固定するための固定システムであって、
請求項1乃至9のいずれか1項に記載の骨プレートと、
請求項10乃至12のいずれか1項に記載の骨ねじと、
を含むことを特徴とする固定システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2013−5984(P2013−5984A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−141985(P2011−141985)
【出願日】平成23年6月27日(2011.6.27)
【出願人】(504418084)京セラメディカル株式会社 (106)
【Fターム(参考)】