説明

高分子量脂肪族ポリエステル及びその製造方法

グリコリド及びラクチドからなる群より選ばれる少なくとも一種の環状エステルの開環(共)重合体がオキサゾリン化合物との鎖延長反応により高分子量化された高分子量脂肪族ポリエステルとその製造方法である。高分子量脂肪族ポリエステルは、鎖延長前の開環(共)重合体の重量平均分子量(Mw)に対する鎖延長後の開環(共)重合体の重量平均分子量(Mw)の比(Mw/Mw)で表される分子量増大率が1.10以上になるまで高分子量化されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、グリコリド及びラクチドからなる群より選ばれる少なくとも一種の環状エステルの開環(共)重合体を鎖延長剤との反応により高分子量化してなる高分子量脂肪族ポリエステルとその製造方法に関する。本発明の高分子量脂肪族ポリエステルは、高分子量で耐熱性に優れており、シート、フィルム、繊維などの押出成形品、圧縮成形品、射出成形品、ブロー成形品、複合材料(多層フィルム、多層容器)、その他の成形品として広範な分野で使用することができる。
【背景技術】
ポリグリコール酸やポリ乳酸などの脂肪族ポリエステルは、分子鎖中に脂肪族エステル結合を含んでいるため、土壌や海中などの自然界に存在する微生物または酵素によって分解される生分解性樹脂である。また、これらの脂肪族ポリエステルは、生体内分解吸収性と生体適合性とを有しているため、例えば、手術用縫合糸、人工皮膚などの医療用高分子材料として有用である(例えば、米国特許第3,297,033号明細書)。
脂肪族ポリエステルの中でも、ポリグリコール酸は、ガスバリヤー性が著しく優れているため、シート、フィルム、容器などとして、新たな用途展開が図られている(例えば、特開平10−60136号公報、特開平10−80990号公報、特開平10−138371号公報、特開平10−337772号公報)。
ポリグリコール酸は、グリコール酸の脱水重縮合、グリコール酸アルキルエステルの脱アルコール重縮合、グリコール酸塩の脱塩重縮合などによって製造することができるが、これらの重縮合反応では、高分子量のポリグリコール酸を得ることが困難である。これに対して、グリコール酸の二分子間環状エステル(「環状二量体」ともいう)であるグリコリドを開環重合させると、比較的高分子量のポリグリコール酸を得ることができる。グリコリドの開環重合体は、ポリグリコリドと呼ばれることがある。
ポリ乳酸も、乳酸、乳酸エステル、または乳酸塩の重縮合反応では、高分子量の重合体を得ることが困難である。そのため、ポリ乳酸は、通常、乳酸の二分子間環状エステルであるラクチド(L−ラクチド及び/またはD−ラクチド)の開環重合により合成されている。ラクチドの開環重合体は、ポリラクチドと呼ばれることがある。グリコリドとラクチドを開環共重合させることもできる。
環状エステルの開環(共)重合体に関する技術開発が進められ、新たな用途展開が図られるにつれて、開環(共)重合体の機械的強度や耐熱性、成形加工性などの改善が求められるようになってきている。特に、開環(共)重合体の機械的強度などの物性は、主として分子量に依存するため、その高分子量化が強く望まれている。
グリコリドやラクチドの環状エステルの開環(共)重合によれば、グリコール酸や乳酸などの重縮合に比べて、比較的高分子量の脂肪族ポリエステルを得ることができるものの、近年の要求水準から見ると未だ十分ではなく、高分子量化には解決すべき課題が残されている。
第一に、環状エステルの開環(共)重合により高分子量の脂肪族ポリエステルを合成するには、高純度のモノマーを使用する必要がある。しかし、グリコリドやラクチドは、それ自体の製造コストが高いことに加えて、高度に精製することが困難であり、精製処理には更なるコストが必要となる。そのため、高純度モノマーを使用しなければならない製造方法では、高分子量脂肪族ポリエステルを工業的に大量かつ安価に供給することが極めて困難であった。
第二に、脂肪族ポリエステルは、モノマーの純度に加えて、重合温度、重合時間、重合圧力、触媒や添加剤の種類と量などの重合条件の僅かの変化によって、分子量が大きく変動しやすい。そのため、高分子量脂肪族ポリエステルを安定して製造することが困難であった。
第三に、モノマーの純度や重合条件を厳密に制御して高分子量脂肪族ポリエステルを合成しても、その分子量の水準は必ずしも十分とはいえない。例えば、グリコリドの開環重合により得られるポリグリコール酸の重量平均分子量(Mw)は、約100,000である。高度の物性を有する成形品を製造するには、脂肪族ポリエステルの更なる高分子量化が必要である。
上述のように、脂肪族ポリエステルの機械的強度などの物性は、主として分子量に依存するため、簡単かつ安価な方法により脂肪族ポリエステルを高分子量化する方法の開発が求められている。また、従来の脂肪族ポリエステルは、耐熱性が十分ではなく、溶融加工時などに高温条件下に曝されると熱分解を起こしやすいという問題があった。さらに、成形加工性の観点からは、分子量分布が比較的ブロードであることが望ましいが、従来の製造方法では、高分子量でかつ分子量分布がブロードな脂肪族ポリエステルを製造することは困難であった。
【発明の開示】
本発明の目的は、グリコリドやラクチドなどの環状エステルの開環(共)重合体であって、高分子量化されると共に、耐熱性や成形加工性が改善された高分子量脂肪族ポリエステルを提供することにある。
また、本発明の目的は、必ずしも高純度のグリコリドやラクチドを出発原料として用いなくても、所望の分子量に容易に高分子量化することが可能で、耐熱性や成形加工性も改善された高分子量脂肪族ポリエステルの製造方法を提供することにある。
本発明者らは、前記目的を達成するために鋭意研究した結果、グリコリド及びラクチドからなる群より選ばれる少なくとも一種の環状エステルの開環(共)重合体をオキサゾリン化合物と鎖延長反応させることにより、該開環(共)重合体が鎖延長されて高分子量化することを見出した。オキサゾリン化合物の使用量、反応温度、反応時間などの鎖延長反応の反応条件を制御することにより、分子量や分子量分布を制御することができ、さらには、従来法では得ることができなかった程度にまで高分子量化された脂肪族ポリエステルを得ることができる。
本発明の方法によれば、鎖延長剤としてオキサゾリン化合物を単独で使用しても、高分子量の脂肪族ポリエステルを製造することができる。しかも、本発明の製造方法により得られた高分子量脂肪族ポリエステルは、熱重量減少開始温度が高くなり、耐熱性が顕著に改善されている。本発明の高分子量脂肪族ポリエステルは、分子量分布が適度にブロードであるため、成形加工性が改善されている。本発明においては、オキサゾリン化合物は鎖延長剤として働き、単なる末端封鎖剤としての作用を担うものではない。本発明は、これらの知見に基づいて完成するに至ったものである。
本発明によれば、グリコリド及びラクチドからなる群より選ばれる少なくとも一種の環状エステルの開環(共)重合体がオキサゾリン化合物との鎖延長反応により、鎖延長前の開環(共)重合体の重量平均分子量(Mw)に対する鎖延長後の開環(共)重合体の重量平均分子量(Mw)の比(Mw/Mw)で表される分子量増大率が1.10以上になるまで高分子量化されている高分子量脂肪族ポリエステルが提供される。
また、本発明によれば、グリコリド及びラクチドからなる群より選ばれる少なくとも一種の環状エステルの開環(共)重合体をオキサゾリン化合物と鎖延長反応させ、鎖延長前の開環(共)重合体の重量平均分子量(Mw)に対する鎖延長後の開環(共)重合体の重量平均分子量(Mw)の比(Mw/Mw)で表される分子量増大率が1.10以上になるまで高分子量化する高分子量脂肪族ポリエステルの製造方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
1.開環(共)重合体
環状エステルの開環(共)重合体は、グリコリド、ラクチド、またはグリコリドとラクチドの混合物を開環(共)重合することにより得ることができる。グリコリドは、グリコール酸の二分子間環状エステルであって、例えば、グリコール酸オリゴマーの解重合により好適に製造することができる。ラクチドは、乳酸の二分子間環状エステルであり、L体、D体、ラセミ体、これらの混合物のいずれであってもよい。
これらの中でも、グリコリドは、高純度のものを大量かつ安価に入手することが困難であるため、出発原料としては好適である。その理由は、本発明の方法によれば、必ずしも高純度のグリコリドを使用しなくても、最終的には、高分子量ポリグリコール酸(ポリグリコリド)を得ることができるからである。
ポリグリコール酸は、ガスバリヤー性に優れているため、高分子量脂肪族ポリエステルを高度のガスバリヤー性が要求されるシート、フィルム、容器、複合材料などの用途に使用する場合には、グリコリドを主成分とするモノマーを使用することが望ましい。グリコリドを主成分とするモノマーにおいて、グリコリドの割合は、好ましくは55重量%以上、より好ましくは70重量%以上、特に好ましくは90重量%以上である。もちろん、グリコリドは、単独で使用することができる。
本発明では、グリコリド、ラクチド、またはこれらの混合物をモノマーとして使用するが、その他のコモノマーとして、ラクトン類(例えば、β−プロピオラクトン、β−ブチロラクトン、ピバロラクトン、γ−ブチロラクトン、δ−バレロラクトン、β−メチル−δ−バレロラクトン、ε−カプロラクトン等)、トリメチレンカーボネート、1,3−ジオキサンなどの環状モノマーを併用することができる。これらのコモノマーは、通常45重量%以下、好ましくは30重量%以下、より好ましくは10重量%以下の割合で用いられる。これらのコモノマーの使用割合が大きすぎると、例えば、グリコリドと併用した場合に、精製する開環共重合体の結晶性が損なわれて、耐熱性、ガスバリヤー性、機械的強度などが低下する。
環状エステルの開環(共)重合は、好ましくは、少量の触媒の存在下に行われる。触媒としては、特に限定されないが、例えば、ハロゲン化スズ(例えば、二塩化スズ、四塩化スズなど)、有機カルボン酸スズ(例えば、2−エチルヘキサン酸スズなどのオクタン酸スズ)などのスズ系化合物;アルコキシチタネートなどのチタン系化合物;アルコキシアルミニウムなどのアルミニウム系化合物;ジルコニウムアセチルアセトンなどのジルコニウム系化合物;ハロゲン化アンチモン、酸化アンチモンなどのアンチモン系化合物;などを挙げることができる。触媒の使用量は、環状エステルに対して、重量比で、好ましくは1〜1000ppm、より好ましくは3〜300ppm程度である。
環状エステルの開環(共)重合は、塊状重合でも、溶液重合でもよく、任意であるが、多くの場合、塊状重合が採用される。分子量調節のために、ラウリルアルコールなどの高級アルコールや水などを分子量調節剤として使用することができる。また、物性改良のために、グリセリンなどの多価アルコールを添加してもよい。
塊状重合の重合装置としては、押出機型、パドル翼を持った縦型、ヘリカルリボン翼を持った縦型、押出機型やニーダー型の横型、アンプル型、板状型、管状型など様々な装置の中から、適宜選択することができる。溶液重合には、各種反応槽を用いることができる。
重合温度は、実質的な重合開始温度である120℃から300℃までの範囲内で目的に応じて適宜設定することができる。重合温度は、好ましくは130〜250℃、より好ましくは140〜230℃、特に好ましくは150〜225℃である。重合温度が高くなりすぎると、生成したポリマーが熱分解を受けやすくなる。重合時間は、3分間〜20時間、好ましくは5分間〜18時間の範囲内である。重合時間が短すぎると、重合が充分に進行し難く、長すぎると、生成したポリマーが着色しやすくなる。
環状エステルの開環(共)重合体の分子量は、特に限定されない。比較的低分子量の開環(共)重合体であっても、オキサゾリン化合物と鎖延長反応させることにより、高分子量化することができる。オキサゾリン化合物との反応により、効率的に高分子量化させて、十分に高分子量の脂肪族ポリエステルを得るには、開環(共)重合体の重量平均分子量(Mw)は、30,000以上、好ましくは30,000〜500,000、より好ましくは30,000〜110,000程度である。
2.オキサゾリン化合物
本発明で使用するオキサゾリン化合物としては、例えば、2−オキサゾリン、2−メチル−2−オキサゾリン、2−イソプロピル−2−オキサゾリン、2−ブチル−2−オキサゾリン、2−フェニル−2−オキサゾリンなどの2−オキサゾリン化合物;2,2′−ビス−(2−オキサゾリン)、2,2′−メチレン−ビス−(2−オキサゾリン)、2,2′−エチレン−ビス−(2−オキサゾリン)、2,2′−トリメチレン−ビス−(2−オキサゾリン)、2,2′−テトラメチレン−ビス−(2−オキサゾリン)、2,2′−ヘキサメチレン−ビス−(2−オキサゾリン)、2,2′−オクタメチレン−ビス−(2−オキサゾリン)、2,2′−エチレン−ビス−(4,4′−ジメチル−2−オキサゾリン)、2,2′−p−フェニレン−ビス−(2−オキサゾリン)、2,2′−m−フェニレン−ビス−(2−オキサゾリン)、2,2′−m−フェニレン−ビス−(4,4′−ジメチル−2−オキサゾリン)などの2,2′−ビス−(2−オキサゾリン)化合物;ビス−(2−オキサゾリニルシクロヘキサン)スルフィド、ビス−(2−オキサゾリニルノルボルナン)スルフィド、分子鎖末端または側鎖に2個以上のオキサゾリン環構造が導入された高分子化合物などが挙げられる。
オキサゾリン化合物としては、分子内に少なくとも2個のオキサゾリン環構造を有する化合物であることが、効率的に鎖延長反応を行う上で好ましい。
オキサゾリン化合物の中でも、下式(1)

で表される分子内に2個のオキサゾリン環構造を有する化合物がより好ましい。
上記式中、Aは、単結合または二価の有機基である。二価の有機基としては、−(CH−(nは、1以上の整数、好ましくは1〜20)、及びフェニレン基が好ましい。R及びRは、それぞれ独立して、アルキル基(炭素数=1〜10)、シクロアルキル基、フェニル基などであり、炭素数1〜5のアルキル基であることが好ましい。
分子内に2個のオキサゾリン環構造を有する化合物の中でも、下式(2)

で表される2,2′−m−フェニレン−ビス−(2−オキサゾリン)は、入手が容易であり、反応性にも優れているため、特に好ましい。
オキサゾリン化合物の使用量は、環状エステルの開環(共)重合体100重量部に対して、好ましくは0.001〜10重量部、より好ましくは0.05〜7重量部、特に好ましくは0.1〜5重量部である。オキサゾリン化合物の使用量が少なすぎると、開環(共)重合体を十分に高分子量化することが困難になり、多すぎても、鎖延長効果が飽和傾向を示し経済的ではない。オキサゾリン化合物の使用量を調節することにより、所望の分子量を有する高分子量脂肪族ポリエステルを得ることができる。
3.高分子量脂肪族ポリエステルの製造方法
オキサゾリン化合物は、環状エステルの開環(共)重合の反応中または反応後に反応系に添加することができるが、所望の分子量を有する高分子量脂肪族ポリエステルを安定的に得るには、重合反応終了後、得られた開環(共)重合体に添加することが望ましい。オキサゾリン化合物は、一括して添加してもよく、2回以上に分割して添加してもよい。
開環(共)重合体とオキサゾリン化合物との反応温度は、好ましくは100〜300℃、より好ましくは150〜280℃の範囲内である。この反応温度は、開環(共)重合体の溶融温度以上300℃以下、さらには溶融温度以上280℃以下であることが特に好ましい。反応時間は、反応温度にもよるが、好ましくは30秒間から100分間、より好ましくは1〜60分間、さらに好ましくは5〜40分間、特に好ましくは10〜30分間程度である。
開環(共)重合体とオキサゾリン化合物との反応機構の詳細は、現段階では明らかではないが、本発明者らは、次のように考えている。2−オキサゾリンなどのオキサゾリン化合物は、条件を選べば、開環してリビング重合の挙動を示すことが知られている。他方、グリコリドやラクチドの開環(共)重合体は、少なくとも一方の末端にカルボキシル基を有している。このカルボキシル基とオキサゾリン環との相互作用により、オキサゾリン環の5−位炭素原子と酸素原子との間(O−C)の結合が切断されてオキサゾリン環が開環し、カルボキシル基の酸素原子(−COO)がオキサゾリン環の5−位炭素原子と結合する。このような反応を含む反応機構により、オキサゾリン化合物が鎖延長剤として作用するものと考えることができる。オキサゾリン化合物による鎖延長反応は、分子内に2個以上のオキサゾリン環を有する化合物を使用することにより、より効率的に行われる。このようなオキサゾリン化合物による反応は、オキサゾリン化合物による単なる末端封鎖反応とは異なり、開環(共)重合体の有意な高分子量化が観察される鎖延長反応である。
4.高分子量脂肪族ポリエステル
環状エステルの開環(共)重合体とオキサゾリン化合物との反応により、該開環(共)重合体が鎖延長されて高分子量脂肪族ポリエステルとなる。高分子量脂肪族ポリエステルの分子量は、使用する開環(共)重合体の分子量やオキサゾリン化合物の添加量、反応条件などによって変動するため、特に限定されない。
本発明の方法によれば、重量平均分子量(Mw)が好ましくは120,000以上、より好ましくは130,000以上、特に好ましくは150,000以上の高分子量脂肪族ポリエステルを得ることができる。重量平均分子量(Mw)の上限は、特にないが、通常1,000,000、多くの場合500,000程度である。
グリコリドを開環重合すると、多くの場合、約100,000または約110,000までの重量平均分子量(Mw)を有する開環重合体が得られる。このような開環重合体と少量のオキサゾリン化合物とを反応させることにより、例えば、重量平均分子量(Mw)が150,000〜250,000程度にまで高分子量化された高分子量脂肪族ポリエステルを容易に得ることができる。オキサゾリン化合物の使用量などの鎖延長反応の反応条件を調節することにより、さらなる高分子量化を行うことができる。
開環(共)重合体とオキサゾリン化合物との鎖延長反応による分子量増大率は、鎖延長前の開環(共)重合体の重量平均分子量(Mw)に対する鎖延長後の開環(共)重合体(すなわち、高分子量脂肪族ポリエステル)の重量平均分子量(Mw)の比(Mw/Mw)で表すことができる。本発明の方法によれば、分子量増大率が好ましくは1.10以上、より好ましくは1.20以上、特に好ましくは1.35以上となるまで開環(共)重合体の分子量を増大させることができる。この分子量増大率(Mw/Mw)の上限は、特にないが、通常10.00、好ましくは5.00、より好ましくは3.50である。
本発明の方法によれば、鎖延長前の開環(共)重合体に比べて分子量分布が比較的ブロードな高分子量脂肪族ポリエステルを得ることができる。鎖延長反応により高分子量化された開環(共)重合体(すなわち、高分子量脂肪族ポリエステル)の数平均分子量(Mn)に対する重量平均分子量(Mw)の比で表される分子量分布(Mw/Mn)は、好ましくは1.90以上、より好ましくは2.00以上、特に好ましくは2.10以上である。この分子量分布(Mw/Mn)の上限は、特にないが、通常5.50、多くの場合4.50程度である。分子量分布が過度に大きくなると、ポリマーとしての一体的な特性が損なわれるおそれがある。
本発明の方法により得られた高分子量脂肪族ポリエステルは、オキサゾリン化合物と反応させる前の開環(共)重合体に比べて、耐熱性が顕著に改善されている。耐熱性の指標として、ポリマーの1%熱重量減少開始温度を使用することができる。鎖延長前の開環(共)重合体の1%熱重量減少開始温度をTとし、該開環(共)重合体とオキサゾリン化合物との鎖延長反応により得られた高分子量脂肪族ポリエステルの1%熱重量減少開始温度をTとした時、T−Tを好ましくは3℃以上、より好ましくは5℃以上にすることができる。オキサゾリン化合物との反応により高分子量化を進めるほど、得られる高分子量脂肪族ポリエステルの耐熱性は増大傾向を示し、例えば、T−Tを15℃以上、さらには20℃以上にまですることができる。ただし、耐熱性の向上効果は、鎖延長反応による重量平均分子量(Mw)の増大と共にある程度飽和傾向を示し、T−Tの上限は、通常30℃、多くの場合25℃程度である。
本発明の高分子量脂肪族ポリエステルは、所望により、無機充填剤、滑剤、可塑剤、着色剤(染料、顔料)、熱安定剤、導電性フィラーなどの添加剤;他の熱可塑性樹脂などを含有することができる。これらの添加剤成分は、開環(共)重合体とオキサゾリン化合物との鎖延長反応を阻害しないものであれば、オキサゾリン化合物の添加前、添加時、または添加後に加えることができる。また、これらの添加剤成分は、開環(共)重合体とオキサゾリン化合物との鎖延長反応後に、生成した高分子量脂肪族ポリエステルに添加することができる。
【実施例】
以下に、合成例、実施例、及び比較例を挙げて、本発明についてより具体的に説明する。物性の測定法は、次の通りである。
(1)重量平均分子量及び分子量分布:
重量平均分子量(Mw)及び分子量分布(Mw/Mn)は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)分析装置を用いて、以下の条件で測定した。ヘキサフルオロイソプロパノール(セントラル硝子株式会社製の製品を蒸留してから使用)に、トリフルオロ酢酸ナトリウム塩(関東化学製)を加えて溶解し、5mMトリフルオロ酢酸ナトリウム塩溶媒(A)を作成する。
溶媒(A)を40℃、1ml/分の流速でカラム(HFIP−LG+HFIP−806M×2:SHODEX製)中に流し、分子量82.7万、10.1万、3.4万、1.0万、及び0.2万の5つの分子量既知のポリメタクリル酸メチル(POLYMER LABORATORIES Ltd.製)の各10mgと溶媒(A)とで10mlの溶液とし、そのうちの100μlをカラム中に通し、屈折率(RI)検出による検出ピーク時間を求める。5つの標準試料の検出ピーク時間と分子量とをプロットすることにより、分子量の検量線を作成する。
次に、試料10mgに溶媒(A)を加えて10mlの溶液として、そのうちの100μlをカラム中に通し、その溶出曲線から重量平均分子量(Mw)、数平均分子量(Mn)、及び分子量分布(Mw/Mn)を求める。計算には、島津製作所製C−R4AGPCプログラムVer1.2を用いた。
(2)1%熱重量減少開始温度:
メトラー社製熱重量分析器TG50を用い、流速10ml/分で窒素を流し、この窒素雰囲気下、脂肪族ポリエステルを50℃から2℃/分の昇温速度で加熱して、重量減少率を測定した。50℃での脂肪族ポリエステルの重量(W50)に対し、該重量が1%減少したときの温度を正確に読み取り、その温度を1%熱重量減少開始温度とする。
(3)溶融混練時のトルク:
開環(共)重合体とオキサゾリン化合物とを東洋精機製作所製ラボプラストミルを用いて溶融混練し、その際の最高トルクを測定した。
[合成例1]
10リットルオートクレーブに、グリコール酸〔和光純薬(株)製〕5kgを仕込み、撹拌しながら、170℃から200℃まで約2時間かけて昇温加熱し、生成水を溜出させながら、縮合させた。次いで、20kPa(200mbar)に減圧し2時間保持して、低沸分を溜出させ、グリコール酸オリゴマーを調製した。グリコール酸オリゴマーの融点Tmは、205℃であった。
グリコール酸オリゴマー1.2kgを10リットルのフラスコに仕込み、溶媒としてベンジルブチルフタレート5kg〔純正化学(株)製〕及び可溶化剤としてポリプロピレングリコール〔純正化学(株)製、#400〕150gを加え、窒素ガス雰囲気中、5kPa(50mbar)の減圧下、約270℃に加熱し、グリコール酸オリゴマーの「溶液相解重合」を行い、生成したグリコリドをベンジルブチルフタレートと共溜出させた。得られた共溜出物に約2倍容量のシクロヘキサンを加えて、グリコリドをベンジルブチルフタレートから析出させ、濾別した。これを、酢酸エチルを用いて再結晶し、減圧乾燥し精製グリコリドを得た。
[合成例2]
合成例1で得られたグリコリド100g及び四塩化スズ5mgをガラス製試験管に投入し、200℃で3時間重合を行った。重合後、160℃で12時間延長重合を行った。重合後、冷却してからポリマーを取り出し、粉砕し、アセトンで洗浄した。しかる後、30℃で真空乾燥してポリマーを得た。上記操作を繰り返して、必要量のポリグリコール酸(ポリグリコリド)を製造した。
【実施例1】
合成例2で得られたポリグリコール酸40gを東洋精機製作所製ラボプラストミルに加え、次いで、2,2′−m−フェニレン−ビス−(2−オキサゾリン)(関東化学製)0.28gを加えて、240℃で20分間溶融混錬した。混練終了後、反応生成物である溶融物を取り出して、物性を測定した。その結果を表1に示す。
【実施例2】
2,2′−m−フェニレン−ビス−(2−オキサゾリン)の添加量0.28gを0.40gに変えたこと以外は、実施例1と同様に操作した。その結果を表1に示す。
【実施例3】
2,2′−m−フェニレン−ビス−(2−オキサゾリン)の添加量0.28gを1.20gに変えたこと以外は、実施例1と同様に操作した。その結果を表1に示す。
[比較例1]
合成例2で得られたポリグリコール酸を単独で使用したこと以外は、実施例1と同様に操作した。その結果を表1に示す。

【産業上の利用可能性】
本発明によれば、グリコリドやラクチドなどの環状エステルの開環(共)重合体であって、鎖延長反応により高分子量化されると共に、耐熱性や成形加工性が改善された高分子量脂肪族ポリエステルが提供される。また、本発明によれば、必ずしも高純度のグリコリドやラクチドを出発原料として用いなくても、所望の分子量に容易に高分子量化することが可能で、耐熱性や成形加工性も改善された高分子量脂肪族ポリエステルの製造方法が提供される。
本発明の高分子量脂肪族ポリエステルは、高分子量で耐熱性に優れており、かつ、適度にブロードな分子量分布を有しているため、シート、フィルム、繊維などの押出成形品、圧縮成形品、射出成形品、ブロー成形品、複合材料(多層フィルム、多層容器)、その他の成形品として広範な分野で使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリコリド及びラクチドからなる群より選ばれる少なくとも一種の環状エステルの開環(共)重合体がオキサゾリン化合物との鎖延長反応により、鎖延長前の開環(共)重合体の重量平均分子量(Mw)に対する鎖延長後の開環(共)重合体の重量平均分子量(Mw)の比(Mw/Mw)で表される分子量増大率が1.10以上になるまで高分子量化されている高分子量脂肪族ポリエステル。
【請求項2】
分子量増大率が1.20以上になるまで高分子量化されている請求項1記載の高分子量脂肪族ポリエステル。
【請求項3】
分子量増大率が1.35以上になるまで高分子量化されている請求項1記載の高分子量脂肪族ポリエステル。
【請求項4】
鎖延長反応により高分子量化された開環(共)重合体の重量平均分子量(Mw)が120,000以上である請求項1記載の高分子量脂肪族ポリエステル。
【請求項5】
鎖延長反応により、鎖延長前の重量平均分子量110,000以下の開環(共)重合体が、鎖延長後に重量平均分子量150,000以上の開環(共)重合体に高分子量化されている請求項1記載の高分子量脂肪族ポリエステル。
【請求項6】
鎖延長後の開環(共)重合体の1%熱重量減少開始温度Tと鎖延長前の開環(共)重合体の1%熱重量減少開始温度Tとの差T−Tが3℃以上である請求項1記載の高分子量脂肪族ポリエステル。
【請求項7】
鎖延長後の開環(共)重合体の1%熱重量減少開始温度Tが233℃以上である請求項6記載の高分子量脂肪族ポリエステル。
【請求項8】
鎖延長反応により高分子量化された開環(共)重合体の数平均分子量(Mn)に対する重量平均分子量(Mw)の比(Mw/Mn)で表わされる分子量分布が1.90以上である請求項1記載の高分子量脂肪族ポリエステル。
【請求項9】
オキサゾリン化合物が、分子内に少なくとも2個のオキサゾリン環構造を有するオキサゾリン化合物である請求項1記載の高分子量脂肪族ポリエステル。
【請求項10】
分子内に少なくとも2個のオキサゾリン環構造を有するオキサゾリン化合物が、2,2′−m−フェニレン−ビス−(2−オキサゾリン)である請求項9記載の高分子量脂肪族ポリエステル。
【請求項11】
グリコリド及びラクチドからなる群より選ばれる少なくとも一種の環状エステルの開環(共)重合体をオキサゾリン化合物と鎖延長反応させ、鎖延長前の開環(共)重合体の重量平均分子量(Mw)に対する鎖延長後の開環(共)重合体の重量平均分子量(Mw)の比(Mw/Mw)で表される分子量増大率が1.10以上になるまで高分子量化する高分子量脂肪族ポリエステルの製造方法。
【請求項12】
分子量増大率が1.20以上になるまで高分子量化する請求項11記載の製造方法。
【請求項13】
分子量増大率が1.35以上になるまで高分子量化する請求項11記載の製造方法。
【請求項14】
開環(共)重合体とオキサゾリン化合物とを100〜300℃の範囲内の温度で鎖延長反応させる請求項11記載の製造方法。
【請求項15】
開環(共)重合体とオキサゾリン化合物とを該開環(共)重合体の溶融温度以上300℃以下の反応温度と5〜40分間の反応時間の条件下で鎖延長反応させる請求項11記載の製造方法。
【請求項16】
オキサゾリン化合物が、分子内に少なくとも2個のオキサゾリン環構造を有する化合物である請求項11記載の製造方法。
【請求項17】
開環(共)重合体100重量部に対して、オキサゾリン化合物を0.005〜10重量部の範囲内の割合で鎖延長反応させる請求項11記載の製造方法。
【請求項18】
鎖延長反応させて、鎖延長前の重量平均分子量110,000以下の開環(共)重合体を重量平均分子量150,000以上の開環(共)重合体に高分子量化する請求項11記載の製造方法。
【請求項19】
鎖延長反応させて、鎖延長後の開環(共)重合体の1%熱重量減少開始温度Tと鎖延長前の開環(共)重合体の1%熱重量減少開始温度Tとの差T−Tを3℃以上とする請求項11記載の製造方法。
【請求項20】
鎖延長反応させて、高分子量化された開環(共)重合体の数平均分子量(Mn)に対する重量平均分子量(Mw)の比(Mw/Mn)で表わされる分子量分布を1.90以上とする請求項11記載の製造方法。

【国際公開番号】WO2004/033528
【国際公開日】平成16年4月22日(2004.4.22)
【発行日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−542843(P2004−542843)
【国際出願番号】PCT/JP2003/012882
【国際出願日】平成15年10月8日(2003.10.8)
【出願人】(000001100)株式会社クレハ (477)
【Fターム(参考)】