説明

高分子電解質膜の製造方法

【課題】 膜厚方向に沿って途切れることなくクラスタを連結することにより、水の移動またはプロトンの移動性を向上させることができる高分子電解質膜の製造方法を提供する。
【解決手段】 高分子電解質前駆体を含む高分子電解質膜10をアルカリ水溶液Lに接触させて、高分子電解質前駆体を、イオン伝導性を有する高分子電解質に加水分解する加水分解工程を含む高分子電解質膜を製造する方法であって、加水分解工程において、高分子電解質膜10の一方の表面10aのみをアルカリ水溶液Lに接触させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子型燃料電池用の高分子電解質膜の製造方法に係り、特に膜内のイオンの移動性および水の移動性に優れた高分子電解質膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子電解質膜を用いた固体高分子型燃料電池は、低温における作動が可能であり、かつ、小型軽量化が可能であるため、自動車などの移動体への適用が検討されている。特に、固体高分子型燃料電池を搭載した燃料電池自動車はエコロジーカーとして社会的な関心が高まっている。
【0003】
このような固体高分子型燃料電池は、膜電極接合体(MEA)を主要な構成要素とし、それを燃料(水素)ガス流路および空気ガス流路を備えたセパレータで挟持して、単セルと呼ばれる1つの燃料電池を形成している。膜電極接合体は、イオン交換膜である高分子電解質膜の一方側にアノード側の電極(アノード触媒層)を積層し、他方の側にカソード側の電極(カソード触媒層)を積層した構造であり、アノード触媒層とカソード触媒層には、それぞれガス拡散層が配置されている。
【0004】
ここで、高分子電解質膜は、発電時に生成されるプロトンを伝導させることができる高分子電解質を含む膜である。このような高分子電解質膜の製造方法として、例えば、イオン(プロトン)や水の通り道であるクラスタを形成する官能基(スルホン酸基)を有した高分子電解質をキャスト法などにより膜状化する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
また、別の製造方法として、例えば、−SOF基を有する高分子電解質前駆体を用いて高分子電解質膜を製膜し、この高分子電解質膜を、アルカリ水溶液に浸漬させて、高分子電解質前駆体を、イオン伝導性を有する(−SOH基を有する)高分子電解質に加水分解する高分子電解質膜の製造方法が提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第05/000949号
【特許文献2】特開2009−032546号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、燃料電池の性能を向上させるには、高分子電解質膜内に形成されるクラスタがイオン(プロトン)や水の通り道として作用するため、このクラスタが、途切れることなく、一方面から他方面まで膜厚方向に沿って連結していることが好ましい。
【0008】
しかしながら、特許文献1の製造方法の場合、図5aに示すように、高分子電解質膜90Aの製膜時に、膜から溶媒を揮発させているが、この溶媒の揮発に伴い、近くの官能基とランダムにクラスタ91が形成される。このクラスタ91の連結には方向性はなく、膜厚方向に連結したクラスタ91が必ずしも形成されるとは限らない。
【0009】
また、特許文献2の製造方法の場合、高分子電解質膜90Bを浸漬させて、高分子電解質前駆体を加水分解して膜内にクラスタを形成しているが、加水分解時に膜の両面がアルカリ水溶液に接触する。これにより、このクラスタ92の形成は、図5bに示すように膜の両面から膜内部に向かって進行する。この場合、クラスタの連結が、膜厚方向に沿った方向性を有するものの、図6a(図5bのA部拡大図)及び図6b(図6aのB部拡大図)に示すように、表面(一方面)と裏面(他方面)とのクラスタが連結するとは限らない。
【0010】
このようにして得られた高分子電解質膜は、イオンや水の通り道であるクラスタの連結が、膜厚方向に沿って途切れているため、本来期待されるべきイオン伝導度や水の移動度のポテンシャルを充分に引き出すことができない。
【0011】
本発明は、このような課題を鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、膜厚方向に沿って途切れることなくクラスタを連結することにより、発電時におけるイオンの移動性および水の移動性を向上させることができる高分子電解質膜の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記課題を解決すべく、本発明に係る高分子電解質膜の製造方法は、高分子電解質前駆体を含む高分子電解質膜をアルカリ水溶液に接触させて、前記高分子電解質前駆体を、イオン伝導性を有する高分子電解質に加水分解する加水分解工程を含む高分子電解質膜を製造する方法であって、前記加水分解工程において、前記高分子電解質膜の一方の表面のみをアルカリ水溶液に接触させることを特徴とする。
【0013】
本発明によれば、加水分解工程において、高分子電解質膜の片側の表面のみを、アルカリ水溶液に接触させるので、膜の一方の表面から他方の表面まで膜厚方向に沿って(方向性をもって)加水分解を進行させ、一方面から他方面まで膜厚方向に沿って途切れることなく連続したクラスタを形成することができる。この結果として、両面間における膜厚方向に沿った水の移動性およびプロトンの移動性が向上し、燃料電池の発電時におけるIV特性等の発電特性を向上させることができる。
【0014】
ここで、イオン伝導性(プロトン伝導性)を有する高分子電解質とはスルホン酸基等を有する電解質樹脂であり、高分子電解質前駆体とは、アルカリ加水分解によりスルホン酸基等のプロトン伝導性基に変性される前駆体基、すなわち−SOF基、−SOCl基などを有する電解質樹脂である。
【0015】
このように、高分子電解質膜の一方の表面のみをアルカリ水溶液に接触させる方法としては、片側の表面の全面に、水バリア性を有するシート又はフィルムを貼り付けて、これをアルカリ水溶液中に浸漬させる方法や、片側の表面にアルカリ粉末またはアルカリゲルを塗布し、この塗布表面に、水蒸気を吹き付ける方法などを挙げることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明により製造された高分子電解質膜は、膜厚方向の沿って途切れることなくクラスタを連結することにより、水の移動性及びプロトンの移動性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の第一実施形態に係る高分子電解質膜の製造方法を説明するための模式図であり、図1aは、高分子電解質膜の他方面にシートを貼り付けた図、図1bは、加水分解工程を説明するための図、図1cは、加水分解工程の途中における高分子電解質膜の内部状態を説明するための図、図1dは、加水分解後の高分子電解質膜を示した図。
【図2】本発明の第二実施形態に係る高分子電解質膜の製造方法を説明するための模式図。
【図3】実施例と比較例の高分子電解質膜を用いてセル性能試験を行った試験結果を示した図であり、電流密度を変化させたときのセル電圧、セル抵抗、及び水移動量の結果を示した図。
【図4】実施例と比較例の高分子電解質膜を用いてセル性能試験を行った試験結果を示した図であり、冷却水入口温度を変化させたときのセル電圧、セル抵抗、及び水移動量の結果を示した図。
【図5】従来の高分子電解質膜の製造方法を説明するための模式図であり、図5aは、電解質内の溶媒を揮発させたときの高分子電解質膜内のクラスタの形成状態を説明するための膜内部の模式図、図5bは、高分子電解質前駆体を含む高分子電解質膜をアルカリ水溶液中に浸漬させたときのクラスタの形成状態を説明するための膜内部の模式図。
【図6】図5bのクラスタの連結状態を示した模式図であり、図6aは、図5bのA部拡大図であり、図6bは、図6aのB部拡大図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、図面を参照して、本発明に係る高分子電解質膜の製造方法を2つの実施形態を例示して説明する。
【0019】
図1は、本発明の第一実施形態に係る高分子電解質膜の製造方法を説明するための模式図であり、図1aは、高分子電解質膜の他方面にシートを貼り付けた図、図1bは、加水分解工程を説明するための図、図1cは、加水分解工程の途中における高分子電解質膜の内部状態を説明するための図、図1dは、加水分解後の高分子電解質膜を示した図である。
【0020】
まず、図1aに示す高分子電解質膜10を製膜する。具体的には、高分子電解質前駆体としてデュポン社製ナフィオン(商標名)など、末端官能基に、−SOF基を有するF型パーフルオロ系高分子電解質を準備する。
【0021】
次に、高分子電解質膜10を補強するための多孔質補強材(図示せず)を準備する。多孔質補強材としては、延伸により繊維化したポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を用いる。そして、多孔質補強材に、高分子電解質前駆体を含浸させて、高分子電解質前駆体を含む高分子電解質膜10を製膜する。含浸方法としては、高分子電解質前駆体溶液を多孔質補強材に塗布する方法、シート状とした高分子電解質前駆体と多孔質補強材との積層体をして加熱溶融する方法、等の任意の方法を採用できる。
【0022】
このようにして製造された高分子電解質膜10の片側の表面(10aを一方面とした他方面)10bに対して、他方面10aから水分が浸入しないように、PTFEシートなどのマスキングシート20を貼り付けて、他方面10bをマスキングする。
【0023】
このように、マスキングシート20を貼り付けることにより、ロールtoロールで、後述する加水分解前及び加水分解後の高分子電解質膜の連続搬送を容易にすることができる。すなわち、高分子電解質膜を単独で搬送するには、膜強度上、高度な技術を要するが、マスキングしたマスキングシート20を高分子電解質膜のバックシートとして用いることにより、高分子電解質膜を補強できるため、シンプルな設備で、より高速に高分子電解質膜を搬送することができる。
【0024】
次に、図1bに示すように、高分子電解質膜10を、アルカリ水溶液Lに浸漬させ、所定時間加熱し、高分子電解質前駆体を、イオン伝導性を有する高分子電解質に加水分解する。高分子電解質膜10の他方面10bに、マスキングシート20が貼り付けられているので、加水分解時に、高分子電解質膜10の一方の面10aにのみを、アルカリ水溶液に接触させることができる。
【0025】
高分子電解質にナフィオンを用いた、膜厚20μmの高分子電解質膜を加水分解する場合には、例えばアルカリ水溶液として、9mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液を80℃に加熱して、この中に、20分間浸漬させればよい。
【0026】
また、アルカリ水溶液中にDMSO等の有機溶媒が混合されていてもよい。但し、混合される有機溶媒は、膨潤により膜の内部から反応が起こらないものを選定することが好ましい。内部から反応が起こると、連結しないクラスタができ得るからである。
【0027】
DMSOが混合された場合には、先の条件で製造された高分子電解質膜を加水分解するには、例えばアルカリ水溶液として、1mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液を60体積%、DMSOを40体積%の割合で混合し、この水溶液を80℃に加熱して、この中に、40分間浸漬させればよい。
【0028】
この時点では、液性がアルカリ性であるので、末端官能基は、−SONaとなっている。通常は、この後酸性にすることにより、−SOH基に変換する。以下、内容を簡略化するために、−SONaも−SOHと表記する。
【0029】
このような加水分解を行うことにより、図1cに示すように、イオン伝導性を有しない高分子電解質前駆体の−SOF基が、−SOH基に変性され、高分子電解質はイオン伝導性を有することになる。ここで、一方面10aをアルカリ水溶液に接触させて、加水分解を行ったので、アルカリ水溶液Lは、−SOH型樹脂11には浸透するが、−SOF型樹脂12には浸透しないため、反応面は、処理時間が進むに従って、一方面10aから他方面10bに向かって進行する。すなわち、膜の一方面10aから他方面10bまで膜厚方向Tに沿って(方向性をもって)、加水分解が進行することになる。
【0030】
これにより、図1dに示すように、クラスタ13の形成を片側からのみ進行させることができ、一方面10aから他方面10bまで膜厚方向Tの沿って途切れることなく連続したクラスタ13を得ることができる(表から裏までクラスタがすべて連結する)。そのため、膜厚方向Tの水の移動性及びプロトンの移動性が向上し、これにより、燃料電池の発電時におけるIV特性が向上する。
【0031】
図2は、本発明の第二実施形態に係る高分子電解質膜の製造方法を説明するための模式図である。第一実施形態に係る高分子電解質膜の製造方法と相違する点は、加水分解工程のみであり、高分子電解質前駆体を含む高分子電解質膜は同じようにして製造するので、ここでは、その詳細な説明を省略する。
【0032】
図2に示すように、高分子電解質前駆体を含む高分子電解質膜を準備し、一方面10aに、アルカリ粉末またはアルカリゲルなどのアルカリ剤50を塗布する。そして、水蒸気ノズル40からの水蒸気を、一方面10aに吹き付ける。これにより、一方面10aに、高濃度のアルカリ水溶液が生成され、アルカリ剤50が載っている一方面10aのみを、アルカリ水溶液に接触させることができる。
【0033】
このような結果、第一実施形態と同様に膜の一方面10aから他方面10bまで膜厚方向Tに沿って(方向性をもって)、高分子電解質前駆体の加水分解を進行させることができ、図2に示すように、クラスタ13の形成を片側からのみ進行させることができる。このようにして得られた高分子電解質膜は、一方面10aから他方面10bまで膜厚方向Tの沿って途切れることなく連続したクラスタ13が形成さている。
【実施例】
【0034】
以下に本発明を実施例に基づいて、説明する。尚、以下の実施例は本発明を限定するものではない。
【0035】
[実施例]
本実施形態に係る高分子電解質膜を製造した。具体的には、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)からなる多孔質補強材を準備し、末端官能基に、−SOF基を有する高分子電解質前駆体(デュポン社:ナフィオン)を準備した。多孔質補強材に高分子電解質前駆体を含浸させて、膜厚20μmの高分子電解質前駆体を含む高分子電解質膜を製作した。
【0036】
次に、加水分解工程として、この高分子電解質膜の片側全面に、厚さ100μmのPTFEシートを貼り付けて、高分子電解質膜をマスキングし、9mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液に浸漬させ、この水溶液を80℃、20分間加熱して、高分子電解質前駆体が、イオン伝導性を有する高分子電解質となるように加水分解した。
【0037】
[比較例]
実施例1と同じようにして、高分子電解質膜を製造した。実施例と相違する点は、加水分解処理工程において、高分子電解質膜にマスキングをせず、加水分解を行った点である(図5b参照)。
【0038】
[セル性能評価]
実施例及び比較例の高分子電解質膜のそれぞれを用いて、膜電極接合体を製造し、この膜電極接合体から燃料電池セルを製造した。そして、セル温度70℃、アノード側のガスの加湿露点を45℃、カソード側のガスの加湿露点を55℃にして燃料電池セルを発電し、電流密度とセル電圧の関係(I−V曲線)、電流密度とセル抵抗の関係、及び電流密度と電極間の水の移動量を調べた。これらの結果を図3に示す。
【0039】
さらに、これらの燃料電池セルに対して、別の条件として、電流密度を1.2A/cm、アノード側のガスの加湿露点を45℃、カソード側のガスを無加湿にして、冷却水入口温度とセル電圧の関係、冷却水入口温度とセル抵抗の関係、冷却水入口温度と電極間の水の移動量を調べた。これらの結果を図4に示す。
【0040】
[結果及び考察]
図3及び4に示すように、実施例の燃料電池セルは、比較例のものに比べて、電流密度又は冷却水入口温度が増加しても、セル電圧は高かった(出力は高かった)。また、実施例の燃料電池セルは、比較例に比べて、電流密度又は冷却水入口温度が増加しても、電気抵抗の値は小さかった。このような結果となったのは、実施例の如く高分子電解質膜を製造した場合、高分子電解質膜内のイオン伝導性が向上したからであると考えられる。
【0041】
さらに、図3及び4に示すように、実施例の燃料電池セルは、比較例のものに比べて、高電流域、高温領域で、電極間の水の移動量が増加した。このような結果となったのは、実施例の如く高分子電解質膜を製造した場合、高分子電解質膜内の水の移動性が向上したからであると考えられる。
【0042】
そして、実施例の如く高分子電解質膜を製造した場合、高分子電解質膜内のイオン伝導性及び水の移動性が向上するのは、一方面から加水分解を進行させて、膜厚方向の沿って途切れることなく連続したクラスタが形成されたからであると考えられる。
【0043】
以上、本発明の実施形態について詳述したが、本発明は、前記の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の精神を逸脱しない範囲で、種々の設計変更を行うことができるものである。例えば、本実施形態では、高分子電解質膜に、多孔質補強材を設けたが、この補強材を設けなくてもよい。また、高分子電解質膜を製膜してから、クラスタを形成する工程があれば、その工程と他の工程との順序は特に問わない。また、高分子電解質前駆体を、イオン伝導性を有する高分子電解質に加水分解することができるのであれば、高分子電解質前駆体の種類は特に問わない。
【符号の説明】
【0044】
10:高分子電解質膜、10a:高分子電解質膜の一方面、10b:高分子電解質膜の他方面、11:−SOH型樹脂、12:−SOF型樹脂、13:クラスタ、20:マスキングシート、40:水蒸気ノズル、50:アルカリ剤、L:アルカリ水溶液、T:膜厚方向、

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子電解質前駆体を含む高分子電解質膜をアルカリ水溶液に接触させて、前記高分子電解質前駆体を、イオン伝導性を有する高分子電解質に加水分解する加水分解工程を含む高分子電解質膜を製造する方法であって、
前記加水分解工程において、前記高分子電解質膜の一方の表面のみを、アルカリ水溶液に接触させることを特徴とする高分子電解質膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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