説明

高分子電解質膜及び固体高分子形燃料電池

【課題】イオン伝導性の高い高分子電解質膜を提供する。
【解決手段】酸性基を有する高分子電解質からなる高分子電解質膜であって、酸性基の総数に対し、0.1%以上60%以下が、下記式(I)で表されるイオンを対イオンとして有する酸性基である、高分子電解質膜。
(R)(R) …(I)
[式(I)中、R及びRは、互いに独立に1価の有機基を示す。なお、R及びRは互いに結合して環を形成していてもよい。]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子電解質膜及び固体高分子形燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池(以下、「燃料電池」と略記することがある。)は、水素と酸素の化学的反応により発電させる発電装置であり、次世代エネルギーの一つとして電気機器産業や自動車産業等の分野において大きく期待されている。このような燃料電池に用いられる高分子電解質膜としては、例えば、炭化水素系高分子電解質がある(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2003−31232号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、燃料電池に用いられる高分子電解質膜は、イオン伝導性に優れることが好ましい。
【0005】
そこで、本発明は、イオン伝導性の高い高分子電解質膜及びその製造方法、並びに当該高分子電解質膜を備える膜−電極接合体及び当該膜−電極接合体を備える、固体高分子形燃料電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、酸性基を有する高分子電解質からなる高分子電解質膜であって、酸性基の総数に対し、0.1%以上60%以下が、下記式(I)で表されるイオンを対イオンとして有する酸性基である、高分子電解質膜を提供する。
(R)(R) …(I)
【0007】
式(I)中、R及びRは、互いに独立に1価の有機基を示す。なお、R及びRは互いに結合して環を形成していてもよい。
【0008】
このような高分子電解質膜はイオン伝導性に優れる。本発明者らは、上記高分子電解質膜が、このような効果を奏する理由を以下のように推測する。すなわち、一部の酸性基の水素イオンを上記式(I)で表されるイオンに交換することで、得られる高分子電界質膜において、(ミクロ)相分離構造が生成する過程で、溶解性及び相互作用が変わり、良好な相分離構造が形成されやすいためと推測する。
【0009】
上記高分子電解質膜においては、上記式(I)で表されるイオンが、下記式(I−a)で表されるイオンであることが好ましい。
【0010】
【化1】

【0011】
式(I)で表されるイオンが、このようなものであると、燃料電池に使用した際の発電特性が向上する。本発明者らは、上記高分子電解質膜が、このような効果を奏する理由を以下のように推測する。すなわち、式(I)中、R及びRの少なくとも一方が、カルボキシアルキル基の様な酸性基を有していると、高分子電解質との溶解性及び相互作用が変化し、より良好な相分離構造が形成され易く、本発明の効果を十分発現しうるものと推測する。
【0012】
上記高分子電解質膜においては、上記高分子電解質が、芳香族系高分子電解質であることが好ましい。
【0013】
上記高分子電解質が、芳香族系高分子電解質であると、高分子電解質膜の、機械強度及び耐熱性が向上する。
【0014】
上記高分子電解質膜においては、上記高分子電解質が、酸性基を有するセグメントと、イオン交換基を実質的に有さないセグメントとを有する、ブロック共重合体又はグラフト共重合体であることが好ましい。
【0015】
上記高分子電解質が、このようなものであると、高分子電解質膜のイオン伝導性がより向上する。
【0016】
上記高分子電解質膜においては、上記高分子電解質が、酸性基を有するセグメントとして、下記式(1a)、式(2a)、式(3a)又は式(4a)で表されるセグメントを有し、イオン交換基を実質的に有さないセグメントとして、下記式(1b)、式(2b)、式(3b)又は式(4b)で表されるセグメントを有することが好ましい。
【0017】
【化2】

【0018】
式(1a)〜(4a)中、mは5以上の整数を表す。Ar〜Arは、互いに独立に、主鎖に芳香族環を有し、更に芳香族環を有する側鎖を有してもよい2価の芳香族基を表す。該主鎖の芳香族環又は側鎖の芳香族環の少なくとも1つが該芳香族環に直接結合した酸性基を有する。Z、Z’は互いに独立にCO又はSOを表し、X、X’、X’’は互いに独立にO又はSを表す。Yは直接結合又は下記式(II)で表される基を表す。pは0、1又は2を表し、q、rは互いに独立に1、2又は3を表す。mは括弧内の構造単位の繰り返し数を表す。
【0019】
【化3】

【0020】
式(1b)〜(4b)中、nは5以上の整数を表す。Ar11〜Ar19は、互いに独立に側鎖としての置換基を有していてもよい2価の芳香族基を表す。Z、Z’は互いに独立にCO又はSOを表し、X、X’、X’’は互いに独立にO又はSを表す。Yは直接結合又は下記式(II)で表される基を表す。p’は0、1又は2を表し、q’、r’は互いに独立に1、2又は3を表す。nは括弧内の構造単位の繰り返し数を表す。
【0021】
【化4】

【0022】
式(II)中、R及びRは互いに独立に、水素原子、置換基を有していてもよい炭素数1〜10のアルキル基、置換基を有していてもよい炭素数1〜10のアルコキシ基、置換基を有していてもよい炭素数6〜18のアリール基、置換基を有していてもよい炭素数6〜18のアリールオキシ基又は置換基を有していてもよい炭素数2〜20のアシル基を表し、RとRとが連結して環を形成していてもよい。
【0023】
ブロック共重合体型高分子電解質が、このようなブロックを有すると、良好なミクロ相分離構造を有する高分子電解質膜が得られやすく、該高分子電解質膜が一層優れたイオン伝導性を発現できる。
【0024】
上記高分子電解質膜は、酸性基を有するセグメントの密度がイオン交換基を実質的に有さないセグメントの密度より高い相と、イオン交換基を実質的に有さないセグメントの密度が酸性基を有するセグメントの密度より高い相と、を含むミクロ相分離構造を有することが好ましい。
【0025】
このような高分子電解質膜は、イオン伝導性及び耐久性等に優れる。
【0026】
上記高分子電解質膜においては、高分子電解質が、酸性基としてスルホン酸基を有することが好ましい。
【0027】
上記高分子電解質が、このようなものであると、溶媒への溶解性が優れ、溶液安定性が向上し、且つ燃料電池に使用した際の耐久性が向上する。
【0028】
本発明はまた、上記高分子電解質膜を備える膜−電極接合体及び当該膜−電極接合体を備える固体高分子形燃料電池を提供する。
【0029】
このような膜−電極接合体及び固体高分子形燃料電池は、上述の高分子電解質膜を備えることにより、イオン伝導性や、燃料電池として使用した際の発電特性に優れる。
【0030】
本発明はさらに、上記高分子電解質膜の製造方法であって、水素イオンを対イオンとして有する遊離酸の形態の酸性基の、当該水素イオンの一部を上記式(I)で表されるイオンにイオン交換する工程を有する、高分子電解質膜の製造方法を提供する。
【0031】
このような製造方法によれば、イオン伝導性や、燃料電池として使用した際の発電特性に優れる高分子電解質膜を容易に製造することができる。
【0032】
また、本発明は、上記式(I)で表されるイオンを対イオンとして有する高分子電解質膜と、内部標準物質と、を重水素化溶媒に溶解し、得られた溶解液のH−NMRスペクトルを測定する測定工程と、測定されたH−NMRスペクトルにおいて、式(I)で表されるイオン中の水素原子のピークの積分値を、内部標準物質が有する水素原子のピークの積分値を基準として算出する算出工程と、を備える、上記高分子電解質膜中の式(I)で表されるイオンの分析方法を提供する。
【0033】
このような分析方法によれば、式(I)で表されるイオンを対イオンとして有する酸性基を含む高分子電解質膜中における式(I)で表されるイオンの量を容易に、かつ、高い精度で定量することができる。
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、イオン伝導性の高い高分子電解質膜及びその製造方法を提供することができる。また、本発明によれば、上記高分子電解質膜を備える膜−電極接合体及び当該膜−電極接合体を備える固体高分子形燃料電池を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】高分子電解質膜中の式(I−a)で表されるイオンの分析方法における、H−NMRスペクトルの例を示す図である。
【図2】本発明の好適な実施形態に係る固体高分子形燃料電池100の一部破断斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。
【0037】
<高分子電解質膜>
本実施形態に係る高分子電解質膜は、酸性基を有する高分子電解質からなる高分子電解質膜であって、酸性基の総数に対し、0.1%以上60%以下が、下記式(I)で表されるイオンを対イオンとして有する酸性基(以下、「含窒素イオン塩型酸性基」ということがある)である、高分子電解質膜である。なお、残りの酸性基は実質的に水素イオンを対イオンとして有する遊離酸の形態の酸性基(以下、「フリー型酸性基」ということがある)であることが好ましい。
(R)(R) …(I)
【0038】
式(I)中、R及びRは、互いに独立に1価の有機基を示す。なお、R及びRは互いに結合して環を形成していてもよい。
【0039】
このような高分子電解質膜はイオン伝導性に優れる。
【0040】
酸性基の総数に対する、含窒素イオン塩型酸性基の割合は、0.5%以上40%以下であることがより好ましく、2%以上30%以下であることが更に好ましく、5%以上20%以下であることが特に好ましい。含窒素イオン塩型酸性基の割合がこのような範囲であると、よりイオン伝導性が向上する。
【0041】
式(I)中、R及びRで表される1価の有機基としては、例えば、炭素数が20以下のアルキル基、カルボキシアルキル基、ヒドロキシアルキル基、ハロゲノアルキル基が挙げられるが、中でも、炭素数が10以下のアルキル基、カルボキシアルキル基、ヒドロキシアルキル基が好ましく、炭素数が5以下のアルキル基、カルボキシアルキル基がより好ましい。R及びRがこのような有機基であると、燃料電池に使用した際の発電特性が向上する。
【0042】
式(I)で表されるイオンとしては、例えば、下記式(I−a)で表されるイオン、ジブチルアンモニウムイオン、ブチルエチルアンモニウムイオン、4−エチルアミノブタン酸が挙げられる。中でも、下記式(I−a)で表されるイオンが好ましい。式(I)で表されるイオンがこのようなものであると、燃料電池に使用した際の発電特性が向上する。
【0043】
【化5】

【0044】
上記高分子電解質膜は、酸性基を有するセグメントの密度がイオン交換基を実質的に有さないセグメントの密度より高い相(以下、「親水性セグメント相」と呼ぶことがある。)と、イオン交換基を実質的に有さないセグメントの密度が酸性基を有するセグメントの密度より高い相(以下、「疎水性セグメント相」と呼ぶことがある。)とを含む、ミクロ相分離構造を有することが好ましい。
【0045】
ここで、ミクロ相分離構造とは、例えば、透過型電子顕微鏡(TEM)で見た場合に、イオン伝導を担う相(親水性のミクロドメイン)と、機械強度等の特性を担う相(疎水性のミクロドメイン)とが混在し、各ミクロドメイン構造のドメイン幅すなわち恒等周期が数nm〜数100nmであるような構造を指す。好ましくは、該恒等周期が5nm〜100nmのミクロドメイン構造を有するものが好ましい。
【0046】
親水性セグメント相はイオン伝導性に寄与し、疎水性セグメント相は機械強度等を向上できるので、このような親水性セグメント相と疎水性セグメント相とがミクロ相分離構造を形成する高分子電解質膜は、イオン伝導性及び耐久性等に優れたものとなる。
【0047】
また、上記高分子電解質膜は、イオン伝導を担う相が高分子電解質膜の厚み方向に連続相を形成し、機械強度等の特性を担う相とが機能分離するように、ミクロ相分離構造を形成していると好ましい。酸性基を有するセグメントが密な相が、膜厚方向に連続相を形成した構造であると、高分子電解質膜のイオン伝導性がより向上される。
【0048】
以下、本実施形態の高分子電解質について更に詳細に説明する。
【0049】
上記高分子電解質は、得られる高分子電解質膜が比較的高弾性となることなどから、炭化水素系高分子電解質であることが好ましい。ここで、炭化水素系高分子電解質とは、炭化水素系高分子電解質を構成する元素重量の含有比で表して、ハロゲン原子が15重量%以下である高分子電解質を意味する。かかる炭化水素系高分子電解質は、従来のフッ素系高分子電解質と比較して安価であるという利点を有する。好適な炭化水素系高分子電解質とは、実質的にハロゲン原子を含有していないものであり、このような炭化水素系高分子電解質を用いた燃料電池は、その作動時に、ハロゲン化水素を発生して、他の部材を腐食させたりするおそれがないという点で有利である。
【0050】
炭化水素系高分子電解質の中でも、芳香族系高分子電解質であることがより好ましい。芳香族系高分子電解質からなる高分子電解質膜は、機械強度及び耐熱性に優れ、比較的高弾性なものとなる。
【0051】
芳香族系高分子電解質の中でも、酸性基を有するセグメントにおいて、該セグメントの主鎖に芳香環を有し、さらに芳香環を有する側鎖を有してもよく、該主鎖の芳香環か該側鎖の芳香族環の少なくとも1つが、酸性基が直接結合している芳香環を有するような芳香族系高分子電解質がより好ましい。このように酸性基が芳香環に直接結合しているような芳香族系高分子電解質によれば、高分子電解質膜のイオン伝導性をより一層向上させることができる。
【0052】
また、上記高分子電解質は、酸性基を有する構造単位と、イオン交換基(酸性基及び塩基性基)を有さない構造単位とを有するものであると、高分子電解質膜としたとき、耐水性や機械強度に優れる傾向があるので好ましい。このような2種の構造単位の共重合様式は、ランダム共重合、交互共重合、ブロック共重合、グラフト共重合の何れでもよく、これらの共重合様式の組み合わせでもよい。
【0053】
上記高分子電解質は、主として酸性基を有する構造単位からなるセグメント(酸性基を有するセグメント)及び、主としてイオン交換基を有さない構造単位からなるセグメント(イオン交換基を実質的に有さないセグメント)とを有し、共重合様式がブロック共重合又はグラフト共重合である高分子電解質であることが好ましい。すなわち、高分子電解質は、上述のセグメントを有するブロック共重合体又はグラフト共重合体であることが好ましい。
【0054】
上記高分子電解質がこのようなものであると、上述したようなミクロ相分離構造の高分子電解質膜を形成しやすい傾向にある。
【0055】
ここで、「酸性基を有するセグメント」とは、該セグメントを構成する構造単位1個当たりで、酸性基が平均0.5個以上含まれているセグメントであることを意味し、構造単位1個あたりで平均1.0個以上含まれているとより好ましい。
【0056】
一方、「イオン交換基を実質的に有しないセグメント」とは、該セグメントを構成する構造単位1個あたりで、イオン交換基が平均0.1個以下であるセグメントであることを意味し、構造単位1個あたりで、イオン交換基が平均0.05個以下であるとより好ましく、平均0個、すなわち該セグメントにイオン交換基が全くないことがさらに好ましい。
【0057】
典型的には、酸性基を有するセグメントとイオン交換基を実質的に有さないセグメントとが、直接結合で連結されていてもよいが、適当な原子又は原子団で連結された形態のブロック共重合体であってもよい。この場合、両セグメントを連結する原子又は原子団としては、2価の芳香族基、酸素原子、硫黄原子、カルボニル基、スルホニル基又はこれらを組み合わせてなる2価の基が挙げられる。
【0058】
上記高分子電解質における酸性基の量は、イオン交換容量で表して、0.5meq/g〜4.0meq/gが好ましく、1.0meq/g〜3.0meq/gであるとより好ましい。該イオン交換容量が、このような範囲であると、酸性基の一部を含窒素イオン塩型酸性基としたとしても、燃料電池用に用いられる高分子電解質として、十分なイオン伝導性が発現され、比較的耐水性も良好であるという点でも有利である。
【0059】
ここで、酸性基を具体的に例示すると、スルホン酸基(−SOH)、カルボキシル基(−COOH)、リン酸基(−OP(O)(OH))、ホスホン酸基(−P(O)(OH))、スルホニルイミド基(−SO−NH−SO−)等が挙げられ、中でもスルホン酸基が好ましい。
【0060】
より具体的には、本発明に用いる高分子電解質は、酸性基を有するセグメントとして、下記式(1a)、式(2a)、式(3a)、式(4a)のいずれか1種以上と、イオン交換基を実質的に有さないセグメントとして、下記式(1b)、式(2b)、式(3b)、式(4b)のいずれか1種以上とを有し、共重合様式がブロック共重合又はグラフト共重合の高分子電解質が好ましい。このような高分子電解質は、良好なミクロ相分離構造を有する高分子電解質膜が得られやすく、該高分子電解質膜が一層優れたイオン伝導性を発現できる点で好ましい。
【0061】
【化6】

【0062】
【化7】

【0063】
ここで、式(1a)〜(4a)中、Ar〜Arは、互いに独立に、主鎖に芳香族環を有し、更に芳香族環を有する側鎖を有してもよい2価の芳香族基を表す。該主鎖の芳香族環又は側鎖の芳香族環の少なくとも1つが該芳香族環に直接結合した酸性基を有する。Z、Z’は互いに独立にCO又はSOを表し、X、X’、X’’は互いに独立にO又はSを表す。Yは直接結合又は下記式(II)で表される基を表す。pは0、1又は2を表し、q、rは互いに独立に1、2又は3を表す。mは括弧内の構造単位の繰り返し数を表す。
【0064】
また、式(1b)〜(4b)中、Ar11〜Ar19は、互いに独立に側鎖としての置換基を有していてもよい2価の芳香族基を表す。Z、Z’、X、X’、X’’及びYは上記と同義である。p’は0、1又は2を表し、q’、r’は互いに独立に1、2又は3を表す。nは括弧内の構造単位の繰り返し数を表す。
【0065】
【化8】

【0066】
式(II)中、R及びRは互いに独立に、水素原子、置換基を有していてもよい炭素数1〜10のアルキル基、置換基を有していてもよい炭素数1〜10のアルコキシ基、置換基を有していてもよい炭素数6〜18のアリール基、置換基を有していてもよい炭素数6〜18のアリールオキシ基又は置換基を有していてもよい炭素数2〜20のアシル基を表し、RとRとが連結して環を形成していてもよい。
【0067】
式(1a)〜(4a)のAr〜Arにおける2価の芳香族基としては、例えば、1,3−フェニレン、1,4−フェニレン等の2価の単環性芳香族基、1,3−ナフタレンジイル、1,4−ナフタレンジイル、1,5−ナフタレンジイル、1,6−ナフタレンジイル、1,7−ナフタレンジイル、2,6−ナフタレンジイル、2,7−ナフタレンジイル等の2価の縮環系芳香族基、ピリジンジイル、キノキサリンジイル、チオフェンジイル等のヘテロ芳香族基等が挙げられる。中でも、2価の単環性芳香族基が好ましい。
【0068】
また、Ar〜Arは、置換基を有していてもよい炭素数1〜10のアルキル基、置換基を有していてもよい炭素数1〜10のアルコキシ基、置換基を有していてもよい炭素数6〜18のアリール基、置換基を有していてもよい炭素数6〜18のアリールオキシ基又は置換基を有していてもよい炭素数2〜20のアシル基で置換されていてもよい。
【0069】
式(1a)のセグメントを構成する構造単位におけるAr及び/又はAr、式(2a)のセグメントを構成するAr〜Arの少なくとも1つ以上、式(3a)のセグメントを構成する構造単位におけるAr及び/又はAr、式(4a)のセグメントを構成する構造単位におけるArには、主鎖を構成する芳香環に少なくとも一つのイオン交換基を有する。イオン交換基としては上述のようにスルホン酸基がより好ましい。
【0070】
式(1b)〜(4b)のAr11〜Ar19における2価の芳香族基としては、例えば、1,3−フェニレン、1,4−フェニレン等の2価の単環性芳香族基、1,3−ナフタレンジイル、1,4−ナフタレンジイル、1,5−ナフタレンジイル、1,6−ナフタレンジイル、1,7−ナフタレンジイル、2,6−ナフタレンジイル、2,7−ナフタレンジイル等の2価の縮環系芳香族基、ピリジンジイル、キノキサリンジイル、チオフェンジイル等のヘテロ芳香族基等が挙げられる。中でも2価の単環性芳香族基が好ましい。また、これらの2価の芳香族基は置換基を有していてもよく、この置換基の説明は上述のAr〜Arの場合と同様である。
【0071】
本発明に用いる高分子電解質としては、上述のミクロ相分離構造を有する高分子電解質膜が得られる範囲であれば、ブロック共重合体、グラフト共重合体の何れか、あるいはこれらを組み合わせて使用することができる。但し、製造上の容易さを勘案すると、ブロック共重合体が好ましい。より好ましいブロック共重合体に係るセグメントの組み合わせとしては、下記表1に示すようなものが挙げられ、これら中でも、<イ>、<ウ>、<エ>、<キ>又は<ク>が好ましく、<キ>又は<ク>が特に好ましい。
【0072】
【表1】

【0073】
また、上記のブロック共重合体としては、酸性基を有するセグメントである式(1a)〜(4a)に係る構造単位の繰り返し数m、イオン交換基を実質的に有さないセグメントである式(1b)〜(4b)に係る構造単位の繰り返し数n、はともに5以上であると好ましい。n及びmは、5〜1000の範囲であることが好ましく、10〜500の範囲であることがより好ましい。n及びmがこの範囲である高分子電解質は、イオン伝導性と、機械強度及び/又は耐水性との、バランスに優れ、各々のセグメントの製造自体も容易である。
【0074】
具体的に、好適なブロック共重合体としては、以下に示すイオン交換基を有する構造単位から選ばれる1種又は2種以上の構造単位を含むセグメント(イオン交換基を有するセグメント)と、以下に示すイオン交換基を有さない構造単位から選ばれる1種又は2種以上の構造単位を含むセグメント(イオン交換基を実質的に有さないセグメント)とからなるブロック共重合体が挙げられる。なお、上述のように両セグメント同士は直接結合している形態でもよく、適当な原子又は原子団で連結している形態でもよい。そして、ここでいうセグメント同士を結合する原子又は原子団の典型的なものとしては、上記に例示したとおりである。
【0075】
(イオン交換基を有する構造単位)
【化9】

【0076】
(イオン交換基を有さない構造単位)
【化10】

【0077】
上述の例示の中でも、イオン交換基を有するセグメントを構成する構造単位としては、(2)、(10)及び(11)からなる群から選ばれる1種以上の構造単位であると好ましく、その中でも(10)及び/又は(11)の構造単位であると特に好ましい。このような構造単位を含むセグメントを有する高分子電解質は優れたイオン伝導性を発現できるものであり、当該セグメントがポリアリーレン構造となるために化学的安定性も比較的良好となる傾向にある。
【0078】
一方、イオン交換基を有さないセグメントを構成する構造単位としては、(12)、(14)、(16)、(18)、(20)及び(22)からなる群から選ばれる1種以上の構造単位であると好ましい。このような構造単位を含むセグメントを有する高分子電解質は優れた寸法安定性を発現できる高分子電解質膜を製造できるという利点がある。
【0079】
また、該高分子電解質の分子量は、ゲルパーミエイションクロマトグラフィー(GPC)法によって求められるポリスチレン換算の数平均分子量で表して、5000〜1000000であることが好ましく、15000〜400000であることがより好ましい。
【0080】
このような高分子電解質としては、例えば特開2005−126684号公報や特開2005−139432号公報に準拠して得られるブロック共重合体や、特開2007−177197号公報で本出願人が提案したようなブロック共重合体が挙げられる。このようなブロック共重合体は、上述したようなミクロ相分離構造を形成しやすい。
【0081】
好適なブロック共重合体として例示した、上述の(10)及び/又は(11)からなる酸性基を有するセグメントは比較的剛直であることから、高分子電解質膜を得たとき、該高分子電解質膜がより良好なミクロ相分離構造を形成し、該ミクロ相分離構造において、該親水性セグメントが連続相を取り易くなると推定される。
【0082】
上述したような高分子電解質において、酸性基を有するセグメントの一部の酸性基を、含窒素イオン塩型酸性基とすることにより、高分子電解質膜のイオン伝導性を向上させることができる。
【0083】
<高分子電解質膜の製造方法>
次に、本実施形態の高分子電解質膜の好適な製造(製膜)方法について説明する。
【0084】
本実施形態の高分子電解質膜は、実質的に全ての酸性基がフリー型酸性基である高分子電解質から、その酸性基の一部を含窒素イオン塩型酸性基にして、高分子電解質膜を得る方法、実質的に全ての酸性基が含窒素イオン塩型酸性基である高分子電解質から、該含窒素イオン塩型酸性基の一部を残すようにして、高分子電解質膜を得る方法等により製造可能である。以下に、実質的に全ての酸性基がフリー型酸性基である高分子電解質から、その酸性基の一部を含窒素イオン塩型酸性基にして、高分子電解質膜を得る方法について説明する。
【0085】
本実施形態の高分子電解質膜は、例えば以下の(i)〜(iii)の工程により製造することができる。
(i)実質的に全ての酸性基が水素イオンを対イオンとして有する遊離酸の形態の酸性基である高分子電解質を準備する工程;
(ii)上記水素イオンの一部を下記式(I)で表されるイオンにイオン交換する工程;
(R)(R) …(I)
(iii)(ii)でイオン交換した高分子電解質を製膜して、高分子電解質膜を製造する工程。
【0086】
なお、式(I)中、R及びRは、互いに独立に1価の有機基を示す。なお、R及びRは互いに結合して環を形成していてもよい。
【0087】
続いて、(i)〜(iii)の工程について更に詳細に説明する。
【0088】
まず、(i)においては、準備した高分子電解質が、その酸性基の全てが実質的にフリー型酸性基のものであればよく、そうでない場合は、公知のイオン交換処理によって、フリー型酸性基の高分子電解質を調製することができる。このイオン交換手段としては、適当な酸を水及び/又は有機溶剤に溶解させてなる酸性溶液を準備し、該酸性溶液を高分子電解質に接触させるという方法が一般的である。このような酸としては硫酸、塩酸等の強酸が用いられる。好ましくは、高分子電解質と酸性溶液とを、10分〜500時間、好ましくは0.5〜400時間、より好ましくは1〜350時間、攪拌・混合させる。イオン交換に係る温度は、通常室温程度で十分である。酸性溶液を、高分子電解質にある酸性基の総量に対して大過剰になるように使用し、使用した酸性溶液や副生した塩を常法により除去すれば、実質的に全ての酸性基がフリー型酸性基である高分子電解質が得られる。このようにして得られた高分子電解質の酸性基の総量は、公知の滴定法を用いて、そのイオン交換容量として求めておくとよい。
【0089】
次に(ii)において、(i)で準備した高分子電解質における、フリー型酸性基の一部の対イオン(水素イオン)を、上記含窒素イオンにイオン交換、すなわち塩置換する。例えば、該含窒素イオンの水酸化物、該含窒素イオンの塩化物等を塩置換剤として用い、該塩置換剤を水及び/又は有機溶剤に溶解させた塩置換剤溶液を準備し、該塩置換剤溶液を高分子電解質に接触させる方法が、操作が簡便であるので好ましい。該塩置換剤溶液と高分子電解質を接触させる際の処理条件において、処理時間及び処理温度は、上述した高分子電解質の酸性溶液によるイオン交換処理と同等の処理条件が採用される。以下、酸性基の対イオンが水素イオンである酸性基を、水素イオン以外のイオン(カチオン)を対イオンとして有する酸性基にイオン交換することを、以下「塩置換」と呼ぶことがある。
【0090】
ここで、(i)で準備された、実質的に全ての酸性基がフリー型酸性基である高分子電解質のイオン交換容量を予め求めておけば、使用する塩置換剤の使用量を制御することで、該高分子電解質の酸性基の総量に対し所望の割合で、含窒素イオン塩型酸性基に塩置換することができる。種々塩置換剤量を変更した予備実験を行ない、各々について塩置換後の高分子電解質のイオン交換容量を求めれば、酸性基の総量に対する含窒素イオン塩型酸性基の含有割合を容易に測定できる。なお、本明細書においては、高分子電解質膜中の、酸性基の総数に対する含窒素イオン塩型酸性基の量は、特許文献1記載の逆滴定法によってイオン交換容量より求められる数値を示す。
【0091】
ここで、逆滴定法とは、測定対象の高分子電解質膜の重量を測定した後、濃度が既知の水酸化ナトリウム水溶液によって正確な量を加えて攪拌することによって溶解し、得られた溶解液を濃度が既知な塩酸水溶液で滴定することにより、高分子電解質に含まれる酸性基と塩を形成することによって消費された水酸化ナトリウムの量を求める方法である。
【0092】
また、本発明者らは、塩置換後の高分子電解質中の含窒素イオンの量は、H−NMRスペクトルによっても分析(定量)可能であることを見出した。
【0093】
すなわち、H−NMRスペクトルによる高分子電解質膜中の式(I)で表されるイオンの分析方法とは、式(I)で表されるイオンを対イオンとして有する高分子電解質膜と、内部標準物質と、を重水素化溶媒に溶解し、得られた溶解液のH−NMRスペクトルを測定する測定工程と、測定されたH−NMRスペクトルにおいて、式(I)で表されるイオン中の水素原子のピークの積分値を、内部標準物質が有する水素原子のピークの積分値を基準として算出する算出工程と、を備える。
【0094】
ここで、酸性基の総数に対する含窒素イオン塩型酸性基の量は、塩置換前の高分子電解質のイオン交換容量[meq/g]に対する、H−NMRスペクトルにより換算される含窒素イオンのイオン交換容量相当量[meq/g]を示す。
【0095】
また、内部標準物質とは、非イオン性物質であって、H−NMRスペクトルにおいて高分子電解質及び式(I)で表されるイオン中の水素原子のピークとは重ならないピークを与える水素原子を有する物質であり、例えば、1,3,5−トリオキサン、1,4−ジオキサン等の環状エーテル等を挙げることができる。重水素化溶媒としては、ここで、重ジメチルスルホキシド((DC)S=O)、重ジメチルホルムアミド((CDNCDO)等を挙げることができる。
【0096】
当該方法によれば、式(I)で表されるイオンを対イオンとして有する酸性基を含む高分子電解質膜中における式(I)で表されるイオンの量を容易に、かつ、高い精度で定量することができる。
【0097】
以下、高分子電解質中の含窒素イオンの分析(定量)について、式(I)で表されるイオンが式(I−a)で表されるイオンである場合を例として具体的に説明する。
【0098】
高分子電解質膜中の式(I−a)で表されるイオンの量は、例えば、高分子電解質膜と、1,3,5−トリオキサンと、を重ジメチルスルホキシドに溶解して得た溶解液のH−NMRスペクトルを測定する測定工程と、測定されたH−NMRスペクトルにおいて、式(I−a)で表されるイオン中の、窒素原子に対してβ位の炭素原子に結合した水素原子のピークの積分値を、1,3,5−トリオキサンが有する水素原子のピークの積分値を基準として算出する算出工程と、を備える方法により定量できる。
【0099】
まず、10mg程度の高分子電解質膜及び1mg程度の1,3,5−トリオキサン(分子量:90.08)を準備し、それぞれの質量を正確に測定する。なお、ここで測定した高分子電解質膜の質量及び1,3,5−トリオキサンの質量をそれぞれW[mg]及びWIS[mg]とする。そして、秤量した高分子電解質膜及び1,3,5−トリオキサンを、0.75ml程度の重ジメチルスルホキシド((DC)S=O)に溶解し、溶解液を得る。なお、この際の溶解温度は、室温(25℃程度)が好ましい。
【0100】
測定工程においては、上述のようにして得られた溶解液のH−NMRスペクトルを測定する。H−NMRスペクトルの測定装置としては、例えば、Bruker DPX300を用いることができる。溶解液のH−NMRスペクトル(チャート)の例を、図1に示す。
【0101】
算出工程においては、H−NMRスペクトルから、標準物質としての1,3,5−トリオキサンに含まれる水素原子のピーク(5.12ppm,6H)の積分値を1.0として、式(I−a)で表されるイオン中の、窒素原子に対してβ位の炭素原子に結合した水素原子のピーク(1.75ppm,2H)の積分値aを算出する。なお、図1においては、aは0.021である。また、式(I−a)で表されるイオン中の、窒素原子に対してβ位の炭素原子とは、下記式(I−a−1)のβの位置に当たる炭素原子を示す。
【0102】
【化11】

【0103】
そして、上述の結果を用いれば、高分子電解質膜における式(I−a)で表されるイオンの含有量(X、質量%)は、下記式(α1)より計算できる。
【0104】
【数1】

【0105】
式(α1)中、Xは、高分子電解質膜における式(I−a)で表されるイオンの含有量(質量%)を示し、Wは、高分子電解質膜の質量[g]を示し、WISは、1,3,5−トリオキサンの質量[g]を示す。また、aは、1,3,5−トリオキサンに含まれる水素原子のピークの積分値に対する、窒素原子の2つ隣の炭素原子に結合した水素原子のピークの積分値を示す。
【0106】
また、X(高分子電解質膜における式(I−a)で表されるイオンの含有量(質量%))及び下記式(α2)より、高分子電解質膜の1gあたりの式(I−a)で表されるイオンのイオン交換容量相当量(Y,meq/g)を、求めることができる。
【0107】
【数2】

【0108】
式(α2)中、Xは、高分子電解質膜における式(I−a)で表されるイオンの含有量(質量%)を示し、Yは、式(I−a)で表されるイオンを対イオンとして有する酸性基のイオン交換容量相当量[meq/g]を示す。
【0109】
(iii)においては、含窒素イオン塩型酸性基を有する高分子電解質から、高分子電解質膜を製膜する。製膜に係る手段としては、例えば、高分子電解質を溶融成形して製膜する方法、高分子電解質を適当な溶剤により溶液状態にして製膜する溶液キャスト法、高分子電解質を多孔質基材に含浸させ複合化することにより複合膜とする含浸法等が挙げられる。中でも、操作がより簡便であり、高分子電解質自体の熱分解が生じにくい点で、溶液キャスト法又は含浸法が好ましい。
【0110】
溶液キャスト法及び含浸法について具体的に説明する。
【0111】
(溶液キャスト法)
溶液キャスト法においては、例えば、(ii)を経て得られた、含窒素イオン塩型酸性基を有する高分子電解質を、適当な溶剤に溶解して高分子電解質溶液を得、該高分子電解質溶液を、ガラス基板、PET(ポリエチレンテレフタレート)フィルム等の支持基材上に流延塗布(キャスト製膜)し、溶剤を除去することにより支持基材上に高分子電解質膜を製膜し、その後、該支持基材を剥離等によって除去することで、高分子電解質膜を製造する。
【0112】
なお、このような高分子電解質膜を製造する際に、通常の高分子に使用される可塑剤、安定剤、離型剤や、保水剤として添加される無機あるいは有機の微粒子等の添加剤を、高分子電解質溶液に、高分子電解質と合わせて混合使用することにより、これらの添加剤を高分子電解質膜に含有させることもできる。
【0113】
上記高分子電解質溶液に用いる溶剤は、含窒素イオン塩型酸性基を有する高分子電解質が溶解可能であり、その後に除去し得るものであるならば特に制限はない。また、添加剤等を用いる場合は、これら添加剤も溶解可能である溶剤が好ましい。具体的に好適な溶剤としては、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAc)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、ジメチルスルホキシド(DMSO)等の非プロトン性極性溶媒;ジクロロメタン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン等の塩素系溶媒;メタノール、エタノール、プロパノール等のアルコール類;エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル等のアルキレングリコールモノアルキルエーテル;が例示される。これらは単独で用いることもできるが、必要に応じて2種以上の溶媒を混合して用いることもできる。中でも、DMSO、DMF、DMAc、NMPが、含窒素イオン塩型酸性基を有する高分子電解質の溶解性が高いので好ましく使用される。
【0114】
このようにして得られる高分子電解質膜の厚み(膜厚)は、特に制限はないが5〜300μmが好ましく、10〜300μmがより好ましい。該厚みがこのような範囲であると、実用的な強度の高分子電解質膜が得られやすくなり、膜抵抗自体が小さくなるので、優れたイオン伝導度を発現できる傾向がある。なお、この高分子電解質膜の厚みは、高分子電解質溶液の高分子電解質濃度及び基板上への塗布厚により制御できる。
【0115】
また、溶液キャスト法により高分子電解質膜を得る場合、(ii)の塩置換剤溶液として、含窒素イオン塩型酸性基を有する高分子電解質を溶解可能な溶剤を用い、(ii)で得られた高分子電解質溶液を流延塗布して製膜することにより、(ii)及び(iii)の工程を同時に行うこともできる。
【0116】
(含浸法)
含浸法においては、例えば、(ii)を経て得られた、含窒素イオン塩型酸性基を有する高分子電解質を、多孔質基材に含浸させ複合化することにより複合膜とする。複合化方法は公知の方法が使用できる。このような方法によれば、膜の強度や柔軟性、耐久性を向上することができる。
【0117】
多孔質基材としては、上述の使用目的を満たすものであれば特に制限は無く、例えば多孔質膜、織布、不織布、フィブリル等が挙げられ、その形状や材質によらず用いることができる。多孔質基材の材質としては、耐熱性の観点や、物理的強度の補強効果を考慮すると、脂肪族系高分子、芳香族系高分子、又は含フッ素高分子が好ましい。
【0118】
この場合、使用する多孔質基材の膜厚は1〜100μmが好ましく、3〜30μmがより好ましく、5〜20μmが更に好ましい。また、多孔質基材の孔径は0.01〜100μmであると好ましく、0.02〜10μmであるとより好ましい。また、多孔質基材の空隙率は20〜98%であることが好ましく、40〜95%であるとより好ましい。
【0119】
多孔質基材の膜厚が1μm以上であると、複合膜製造後の強度補強の効果あるいは、柔軟性や耐久性を付与するといった補強効果がより優れ、ガス漏れ(クロスリーク)が発生しにくくなる傾向がある。また、該膜厚が100μm以下であると、電気抵抗がより低くなり、得られた複合膜が固体高分子形燃料電池のイオン伝導膜として、より優れたものとなる傾向がある。該孔径が0.01μm以上であると、該多孔質基材に対する高分子電解質の充填がより容易となり、100μm以下であると、得られる複合膜の補強効果がより大きくなる。空隙率が20%以上であると、イオン伝導性の抵抗がより小さくなり、98%以下であると、多孔質基材自体の強度がより大きくなって補強効果がより向上するので好ましい。
【0120】
上述のようにして製造した高分子電解質膜は、例えば、固体高分子形燃料電池の高分子電解質膜として用いることができる。
【0121】
<固体高分子形燃料電池>
上記高分子電解質膜を備える膜−電極接合体及び当該膜−電極接合体を備える固体高分子形燃料電池について説明する。
【0122】
図2は、本発明の好適な実施形態に係る固体高分子形燃料電池(燃料電池単セル)100の一部破断斜視図である。図2に示す固体高分子形燃料電池100は、膜−電極接合体(MEA)10、一対のガスケット4及び一対のセパレータ5を備える。膜−電極接合体10は、高分子電解質膜1、高分子電解質膜1の両面においてその面の一部に形成された触媒層2、及び触媒層2の面のうち高分子電解質膜1とは反対の面に形成された一対のガス拡散層3を備える。そして、膜−電極接合体10は、一対のセパレータ5で挟持されており、ガスケット4は、高分子電解質膜1とセパレータ5の間に配されている。なお、膜−電極接合体10において、ガス拡散層3は必ずしも必要ではない。
【0123】
膜−電極接合体10は、例えば、本実施形態の高分子電解質組成物を用いて形成された高分子電解質膜の両面に、触媒及び導電性物質を含む触媒層を接合することにより製造することができる。
【0124】
ここで触媒としては、水素又は酸素との酸化還元反応を活性化できるものであれば特に制限はなく、公知のものを用いることができるが、白金又は白金系合金の微粒子を触媒として用いることが好ましい。なお、この白金又は白金系合金の微粒子はしばしば活性炭や黒鉛などの粒子状又は繊維状のカーボンに担持されて用いられることもある。
【0125】
触媒層2は、例えば、上記触媒を、高分子電解質としてのパーフルオロアルキルスルホン酸樹脂のアルコール溶液と共に混合してペースト化した触媒インクを調製し、ガス拡散層及び/又は高分子電解質膜に塗布・乾燥することにより形成できる。具体的な方法としては例えば、J. Electrochem. Soc.:Electrochemical Science and Technology,1988,135(9),2209 に記載されている方法等の公知の方法を用いることができる。
【0126】
なお、膜−電極接合体10の製造において、ガス拡散層3となる基材上に触媒層2を形成した後、高分子電解質膜1の両面にガス拡散層3及び触媒層2を接合させることにより、高分子電解質膜1の両面にガス拡散層3と触媒層2とをともに備えた膜−電極接合体10を製造することができる。当該膜−電極接合体10は、触媒インクを高分子電解質膜1に塗布して高分子電解質膜1上に触媒層2を形成させた後、触媒層2上に更にガス拡散層3を形成させる方法により製造してもよい。
【0127】
ここで、触媒層2の製造用に使用される触媒インクとして、本実施形態の高分子電解質組成物に上記カーボン担持触媒を混合してなる触媒組成物を用いることもできる。
【0128】
ガス拡散層には公知の材料を用いることができるが、多孔質性のカーボン織布、カーボン不織布またはカーボンペーパーが、原料ガスを触媒へ効率的に輸送するために好ましい。
【0129】
そして、固体高分子形燃料電池100は、例えば、上述のようにして得られた膜−電極接合体10をセパレータ5で挟持し、高分子電解質膜1とセパレータ5の間をガスケット4でシールすることにより製造できる。
【0130】
固体高分子形燃料電池100は、燃料として水素ガス又は改質水素ガスを使用する形式はもとより、メタノールを用いる各種の形式で使用可能である。
【0131】
このような固体高分子型燃料電池は、イオン伝導性や発電特性に優れ、工業的に極めて有用である。
【0132】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。
【実施例】
【0133】
以下に本発明を実施例により説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0134】
(合成例1)
WO2008/066188号パンフレットに記載の方法に従い、下記構造式で示される繰り返し単位を有するブロック共重合体の高分子電解質(BCP−1)を合成した。該高分子電解質(BCP−1)のイオン交換容量は2.70meq/gであった。なお、n、mはそれぞれのブロックを構成する繰り返し構造のブロック共重合体中の重合度を示す。
【0135】
【化12】

【0136】
(実施例1)
合成例1で得られたBCP−1を、ジメチルスルホキシド(DMSO)に、ガラス容器中で溶解させ、BCP−1溶液を調製した。この際、BCP−1/DMSOの比率は、重量比で、8.5/91.5とした。次いで、このBCP−1溶液に、4−メチルアミノブタン酸・塩酸塩(式(I−a)で表されるイオンと塩化物イオンとからなる塩)を、BCP−1のスルホン酸基に対して0.05当量添加し溶解させた。この溶液を高分子電解質溶液(A)とする。
【0137】
得られた高分子電解質溶液(A)を23℃に温調し、50%RHの環境下で26時間攪拌した後、当該高分子電解質溶液(A)を減圧して脱泡した。そして、脱泡した高分子電解質溶液(A)を、支持基材としてのPETフィルム上にアプリケーターにより連続的に流延塗布した後、連続的に乾燥炉(設定温度125℃、該乾燥炉の温度誤差は設定温度に対して−2℃以内であり、乾燥炉全体の温度分布(加熱ゾーン)は123〜125℃である)へと搬送し、有機溶媒を除去して、高分子電解質膜中間体(層厚20μm)を形成させた。得られた高分子電解質膜中間体を、水洗し、風乾した後、PETフィルムより剥離して高分子電解質膜1を得た。そして、H−NMRスペクトルにより、高分子電解質膜1中の式(I−a)で表されるイオンの量(イオン交換容量相当量)を定量した。具体的には、高分子電解質膜1と、1,3,5−トリオキサンと、を重ジメチルスルホキシドに溶解して得た溶解液のH−NMRスペクトルを測定し、測定されたH−NMRスペクトルにおいて、式(I−a)で表されるイオン中の、窒素原子に対してβ位の炭素原子に結合した水素原子のピークの積分値を、1,3,5−トリオキサンが有する水素原子のピークの積分値を基準として算出し、上記式(α1)及び(α2)により、式(I−a)で表されるイオンのイオン交換容量相当量を定量した。その結果、高分子電解質膜1中の式(I−a)で表されるイオンのイオン交換容量相当量は0.12meq/gであった。この数値及びBCP−1のイオン交換容量(2.70meq/g)より、高分子電解質膜1において、アンモニウム塩型酸性基(式(I−a)で表されるイオンを対イオンとして有する酸性基)の割合は、酸性基の総数に対し、4.4%(=0.12/2.70)であると決定した。また、得られた高分子電解質膜1のイオン交換容量を測定したところ、2.58meq/gであり、BCP−1のイオン交換容量2.70meq/gに比べて、0.12meq/g小さいことを確認した。この結果からも、H−NMRを用いて決定したイオン交換容量相当量の正確性が確認できる。
【0138】
(実施例2)
BCP−1溶液に、4−メチルアミノブタン酸・塩酸塩を、BCP−1のスルホン酸基に対して0.20当量添加し溶解させた以外は、実施例1と同様の操作を行い、高分子電解質膜2を得た。実施例1と同様、H−NMRスペクトルにより、式(I−a)で表されるイオンのイオン交換容量相当量を定量したところ、0.26meq/gであった。この数値及びBCP−1のイオン交換容量(2.70meq/g)より、高分子電解質膜2において、アンモニウム塩型酸性基(式(I−a)で表されるイオンを対イオンとして有する酸性基)の割合は、酸性基の総数に対し、9.6%(=0.26/2.70)であると決定した。また、得られた高分子電解質膜2のイオン交換容量を測定したところ、2.44meq/gであり、BCP−1のイオン交換容量2.70meq/gに比べて、0.26meq/g小さいことを確認した。この結果からも、H−NMRを用いて決定したイオン交換容量相当量の正確性が確認できる。
【0139】
(比較例1)
BCP−1溶液に、4−メチルアミノブタン酸・塩酸塩を添加せず、かつ、高分子電解質膜中間体を水洗する前に、2N硫酸に2時間浸漬した以外は、実施例1と同様の操作を行い、高分子電解質膜3を得た。得られた高分子電解質膜3のH−NMRスペクトルを測定したところ、アンモニウムイオンが存在しないことを確認できた。また、得られた高分子電解質膜3のイオン交換容量を測定したところ、2.70meq/gであり、BCP−1のイオン交換容量2.70meq/gと同じであった。
【0140】
(比較例2)
合成例1で得られたBCP−1を、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)及びエチレングリコール(EG)を混合した混合溶媒に、ガラス容器中で溶解させ、BCP−1溶液を調製した。この際、BCP−1/NMP/EGの比率は、重量比で、8.5/73.2/18.3とした。次いで、このBCP−1溶液に、硫酸水素テトラ−n−ブチルアンモニウム([CH(CHN・HS0)を、BCP−1のスルホン酸基に対して0.25当量添加し溶解させた。この溶液を高分子電解質溶液(B)とする。
【0141】
高分子電解質溶液(A)に代えて高分子電解質溶液(B)を使用し、かつ、乾燥炉の設定温度を125℃から130℃に変更した以外は、実施例1と同様の操作を行い、高分子電解質膜4を得た。そして、H−NMRスペクトルにより、テトラ−n−ブチルアンモニウムイオンのイオン交換容量相当量を定量すれば、0.70meq/gであることが確認できる。また、この数値及びBCP−1のイオン交換容量(2.70meq/g)より、アンモニウム塩型酸性基(テトラ−n−ブチルアンモニウムイオンを対イオンとして有する酸性基)の割合は、酸性基の総数に対し、26%(=0.70/2.70)であると決定できる。ここで、得られた高分子電解質膜4のイオン交換容量を測定したところ、2.00meq/gであり、BCP−1のイオン交換容量2.70meq/gに比べて、0.70meq/g小さいことが確認できた。
【0142】
(燃料電池評価)
得られた高分子電解質膜1〜4を用いて燃料電池を作製し、評価した。具体的には、0.2Vでの電流密度(A/cm)を比較した。該評価では高い電流密度が得られるほど、燃料電池用電解質膜としては高特性であることを意味する。評価結果を、アンモニウムイオンの種類、及びアンモニウム塩型酸性基の割合と共に、表2に示す。
【0143】
【表2】

【0144】
以上より、実施例1,2の高分子電解質膜は、比較例1,2の高分子電解質膜と比較して電流密度が高いこと、すなわちイオン伝導性に優れることを確認した。
【符号の説明】
【0145】
1…高分子電解質膜、2…触媒層、3…ガス拡散層、4…ガスケット、5…セパレータ、10…膜−電極接合体(MEA)、100…固体高分子形燃料電池(燃料電池単セル)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸性基を有する高分子電解質からなる高分子電解質膜であって、
前記酸性基の総数に対し、0.1%以上60%以下が、下記式(I)で表されるイオンを対イオンとして有する酸性基である、高分子電解質膜。
(R)(R) …(I)
[式(I)中、R及びRは、互いに独立に1価の有機基を示す。なお、R及びRは互いに結合して環を形成していてもよい。]
【請求項2】
前記式(I)で表されるイオンが、下記式(I−a)で表されるイオンである、請求項1に記載の高分子電解質膜。
【化1】

【請求項3】
前記高分子電解質が、芳香族系高分子電解質である、請求項1又は2に記載の高分子電解質膜。
【請求項4】
前記高分子電解質が、酸性基を有するセグメントと、イオン交換基を実質的に有さないセグメントとを有する、ブロック共重合体又はグラフト共重合体である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の高分子電解質膜。
【請求項5】
前記高分子電解質が、
前記酸性基を有するセグメントとして、下記式(1a)、式(2a)、式(3a)又は式(4a)で表されるセグメントを有し、
前記イオン交換基を実質的に有さないセグメントとして、下記式(1b)、式(2b)、式(3b)又は式(4b)で表されるセグメントを有する、請求項4に記載の高分子電解質膜。
【化2】


[式(1a)〜(4a)中、mは5以上の整数を表わす。Ar〜Arは、互いに独立に、主鎖に芳香族環を有し、更に芳香族環を有する側鎖を有してもよい2価の芳香族基を表す。該主鎖の芳香族環又は側鎖の芳香族環の少なくとも1つが該芳香族環に直接結合した酸性基を有する。Z、Z’は互いに独立にCO又はSOを表し、X、X’、X’’は互いに独立にO又はSを表す。Yは直接結合又は下記式(II)で表される基を表す。pは0、1又は2を表し、q、rは互いに独立に1、2又は3を表す。mは括弧内の構造単位の繰り返し数を表す。]
【化3】


[式(1b)〜(4b)中、nは5以上の整数を表わす。Ar11〜Ar19は、互いに独立に側鎖としての置換基を有していてもよい2価の芳香族基を表す。Z、Z’は互いに独立にCO又はSOを表し、X、X’、X’’は互いに独立にO又はSを表す。Yは直接結合又は下記式(II)で表される基を表す。p’は0、1又は2を表し、q’、r’は互いに独立に1、2又は3を表す。nは括弧内の構造単位の繰り返し数を表す。]
【化4】


[式(II)中、R及びRは互いに独立に、水素原子、置換基を有していてもよい炭素数1〜10のアルキル基、置換基を有していてもよい炭素数1〜10のアルコキシ基、置換基を有していてもよい炭素数6〜18のアリール基、置換基を有していてもよい炭素数6〜18のアリールオキシ基又は置換基を有していてもよい炭素数2〜20のアシル基を表し、RとRとが連結して環を形成していてもよい。]
【請求項6】
前記酸性基を有するセグメントの密度が前記イオン交換基を実質的に有さないセグメントの密度より高い相と、
前記イオン交換基を実質的に有さないセグメントの密度が前記酸性基を有するセグメントの密度より高い相と、
を含むミクロ相分離構造を有する、請求項4又は5に記載の高分子電解質膜。
【請求項7】
前記高分子電解質が、酸性基としてスルホン酸基を有する、請求項1〜6のいずれか一項に記載の高分子電解質膜。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載の高分子電解質膜を備える、膜−電極接合体。
【請求項9】
請求項8に記載の膜−電極接合体を備える、固体高分子形燃料電池。
【請求項10】
請求項1〜7のいずれか一項に記載の高分子電解質膜の製造方法であって、
水素イオンを対イオンとして有する遊離酸の形態の酸性基の、当該水素イオンの一部を下記式(I)で表されるイオンにイオン交換する工程を有する、高分子電解質膜の製造方法。
(R)(R) …(I)
[式(I)中、R及びRは、互いに独立に1価の有機基を示す。なお、R及びRは互いに結合して環を形成していてもよい。]
【請求項11】
下記式(I)で表されるイオンを対イオンとして有する高分子電解質膜と、内部標準物質と、を重水素化溶媒に溶解し、得られた溶解液のH−NMRスペクトルを測定する測定工程と、
測定されたH−NMRスペクトルにおいて、式(I)で表されるイオン中の水素原子のピークの積分値を、内部標準物質が有する水素原子のピークの積分値を基準として算出する算出工程と、を備える、前記高分子電解質膜中の式(I)で表されるイオンの分析方法。
(R)(R) …(I)
[式(I)中、R及びRは、互いに独立に1価の有機基を示す。なお、R及びRは互いに結合して環を形成していてもよい。]

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−9201(P2011−9201A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−118580(P2010−118580)
【出願日】平成22年5月24日(2010.5.24)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】