説明

高効率赤色発光体

【課題】 本発明は、高温による焼成を必要とせず、簡便な方法で300〜400nmの波長域にブロードな励起帯を有し、高い効率で発光する発光体の提供を目的とするものである。
【解決手段】 本発明の赤色発光体は、ユーロピウムイオンにリン酸基あるいはカルボニル基が配位した透明な液状組成物が支持体に被覆され、300〜400nmの波長域にブロードな励起帯を有し、高い効率で赤色に発光する。赤色発光体は、シート状、板状、粒子状、多孔状、繊維状のいずれかであることが好ましい。赤色発光体の製造方法は、ユーロピウムを含む透明な液状組成物を支持体に塗布、または、該液状組成物を前記支持体に含浸することにより、ユーロピウムを含む組成物を被覆する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紫外線照射により効率良く発光する赤色発光体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、セキュリティーの観点から、可視光では不可視であり紫外線照射により視認できる印字がなされた各種カードの開発が行われている。従来から発光材料として希土類イオンに配位子を配位させた蛍光体錯体が用いられている(特許文献1参照)。
【特許文献1】特公昭54−22336号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、希土類イオンに配位子を配位させた蛍光体錯体は、希土類イオンのf-f遷移に基づく励起により発光する。希土類イオンの4f軌道はその外を取り巻く5sおよび5p軌道の電子により遮蔽されているため外部の環境による影響を受けにくい。このため、このf-f遷移は励起スペクトルを測定することで希土類イオンに応じて特徴的な輝線スペクトルが観測される。しかしながらf-f遷移は禁制遷移であり発光効率が低いことが知られている。
【0004】
希土類イオンの中でも三価のユーロピウムイオンでは、蛍光体の発光効率を高めるために許容遷移である電荷移動状態への遷移が利用される。三価のユーロピウムイオンのようにf軌道の電子が満たされた方が安定な場合には、紫外線などのエネルギーが与えられるとユーロピウムに近接した酸素やイオウなどの元素からユーロピウムイオンに電子が移動した状態となり、この励起状態が緩和する際に発光としてエネルギーを放出する。ただし、このような電荷移動状態への遷移は、まわりの環境の影響を受けやすいためにイットリウムオキサイドやイットリウムオキシサルファイドのイットリウムの一部をユーロピウムに置き換えた(Y2O3:EuやY2O2S:Eu)無機蛍光体において観測されるが、高い結晶性が必要とされる。
【0005】
高い結晶性の蛍光体を得るためには、1000℃以上の高温で焼成する必要があり、製造にあたって不経済である。また、高温で焼成するために粒成長が起こり、蛍光体の粒子径は数ミクロンとなり白色の粉体となる。
【0006】
本発明は、高温による焼成を必要とせず、簡便な方法で300〜400nmの波長域にブロードな励起帯を有し、高い効率で発光する発光体の提供を目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、従来技術の問題点に鑑みて、目的を達成すべく鋭意研究を進めた結果、
ユーロピウムイオンにリン酸基あるいはカルボニル基が配位した透明な液状組成物を支持体に被覆することで本発明を完成した。
【0008】
すなわち、請求項1記載の赤色発光体は、上記の課題を解決するために、ユーロピウムを含む組成物が、支持体に対し被覆された、紫外線照射により発光する赤色発光体であって、300〜400nmの波長域にブロードな励起帯を有することを特徴としている。
【0009】
請求項2記載の赤色発光体は、上記の課題を解決するために、シート状、板状、粒子状、多孔状、繊維状のいずれかであることを特徴としている。
【0010】
請求項3記載の赤色発光体の製造方法は、上記の課題を解決するために、ユーロピウムを含む液状組成物を支持体に塗布、または、該液状組成物に前記支持体を含浸することにより、ユーロピウムを含む組成物を支持体に対し被覆することを特徴としている。上記組成物は、たとえば、透過性を有する(透明な)液状組成物を用いることができる。
【0011】
本発明の赤色発光体では、ユーロピウムイオンにリン酸基あるいはカルボニル基が配位した透明な液状組成物自体はユーロピウムイオンのf-f遷移に由来する輝線の励起スペクトルしか観測されないが、支持体に被覆することで300〜400nmの波長域にブロードな励起帯が発現し、高い効率で赤色に発光することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、下記のような顕著な効果が達成される。
ユーロピウムイオンにリン酸基あるいはカルボニル基が配位した透過性を有する(透明な)液状組成物自体はユーロピウムイオンのf-f遷移に由来する輝線の励起スペクトルしか観測されないが、支持体に被覆することで300〜400nmの波長域にブロードな励起帯が発現し、300〜400nmのいずれかの波長の紫外線を照射することで赤色に強く発光する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の赤色発光体について、以下詳細に説明する。
【0014】
本発明の赤色発光体は、ユーロピウムイオンにリン酸基あるいはカルボニル基が配位した液状組成物が支持体に被覆されたものである。液状組成物は、透過性を有している(透明である)液状組成物であることがより好ましい。
【0015】
ユウロピウムイオンに配位する配位子としては、リン酸トリメチル、リン酸トリエチル、リン酸-n-トリブチル、リン酸トリフェニル、リン酸トリトリルなどのリン酸基を有する化合物やテノイルトリフルオロアセトン、ナフトイルトリフルオロアセトン、ベンゾイルトリフルオロアセトン、メチルベンゾイルトリフルオロアセトン、フロイルトリフルオロアセトン、ビバロイルトリフルオロアセトン、ヘキサフルオロアセチルアセトン、トリフルオロアセチルアセトン、フルオロアセチルアセトンなどのカルボニル基を有する化合物を用いることができるが、リン酸基含有の配位子としてはリン酸-n-トリブチル、カルボニル基含有の配位子としてはテノイルトリフルオロアセトンが発光効率の点から好適に用いられ、これらの配位子を併用しても良い。
【0016】
支持体としては、ユーロピウムイオンにリン酸基あるいはカルボニル基が配位した透明な液状組成物により被覆することができれば特に限定されないが、表面積が大きいほど発光部面積が大きくなることから平滑なシート状よりも表面粗度の大きなシートの方が好ましく、特に粒子状、多孔状、繊維状のように表面積の大きな形態が好ましい。また、粒子表面に被覆した場合は、一般的な蛍光体と同様な取り扱いができるが、特に粒径が20nm以下程度の粒子を支持体とした場合は、粒子の散乱がなく透明となり、従来の数ミクロン径の蛍光体にはない特徴が現れる。
【0017】
支持体へのユーロピウムを含む透明な液状組成物の被覆方法としては、スピンコート、スプレーコート、刷毛塗り、インクジェットプリンティングなどの方法が用いられ、ユーロピウムを含む透明な液状組成物を支持体に含浸し、乾燥しても良い。
【0018】
また、ユーロピウムを含む透明な液状組成物は、溶媒により希釈しても良く、支持体に薄く被覆されることが好ましい。溶媒としてはユーロピウムを含む透明な液状組成物が溶解すれば特に限定はされないが、メタノール、エタノール、ヘキサン、トルエン、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテルが挙げられる。
【0019】
本発明の赤色発光体は、可視光下では不可視であり300〜400nmの波長の紫外線照射により明るく赤色に発光することから紙や布あるいは表面に多孔処理を施したシートやカードの形態で偽造防止などのセキュリティー用品やインテリア用品に用いることができる。また、本発明の赤色発光体は、ブラックライトや紫外線発光LEDなどの紫外線照射器具などと組み合わせてインジケーターや照明器具などとして用いることができる。
【実施例】
【0020】
以下に実施例および参考例を示し、本発明の特徴とするところをより一層明確にするが、本発明は、これら実施例に限定されるものではない。
【0021】
〔実施例1−4〕
硝子容器中にて酸化ユーロピウム6gに濃硝酸(比重1.38)12gを加えて硝酸ユーロピウム水溶液を調製し、ヘキサン60gに次の配位子化合物のいずれかを加えた。(実施例1)リン酸-n-トリブチル27g、(実施例2)リン酸-n-トリブチル18gおよびテノイルトリフルオロアセトン7.6g、(実施例3)リン酸-n-トリブチル9gおよびテノイルトリフルオロアセトン15.2g、(実施例4)テノイルトリフルオロアセトン22.8gを加えて30秒間振盪し、ユーロピウムイオンを水相から有機相に抽出し、水相を除去した後、エバポレーターにてヘキサンを除去してユーロピウムイオンにリン酸基あるいはカルボニル基が配位した透明な液状組成物を得た。
【0022】
これらの液状組成物の一滴を濾紙(東洋濾紙製、5B)に滴下し、ブラックライトにて紫外線を照射して発光を観察したところ、実施例1〜4のいずれの場合も滴下直後は赤色の発光は弱かったが、時間経過とともに液が濾紙に広がり1時間後には強い赤色発光が観測された。また、紫外線を照射しない可視光下では、いずれの場合も着色は無かった。
【0023】
これらの実施例1〜4の強い赤色発光が観測された濾紙を分光蛍光光度計(日本分光製FP-6500)にて励起および発光スペクトルを測定した。励起スペクトルおよび発光スペクトルを実施例1について図1および図2、実施例2について図3および図4、実施例3について図5および図6、実施例4について図7および図8に示す。
【0024】
実施例1〜4の赤色発光体は、いずれも300〜400nmの波長域でブロードな励起帯が観測された。このブロードな励起帯の強度は、ユーロピウムのf-f遷移に基づく波長が395nmのシャープな線状ピークの強度に比べて10倍以上の強度であった。特に実施例2および3のリン酸-n-トリブチルとテノイルトリフルオロアセトンを併用した場合は励起帯が400nm以上に広がるとともに220〜300nmの波長域においてもブロードな励起帯が出現した。発光スペクトルについては実施例1〜4の赤色発光体は、いずれも616nmに強い発光ピークが観測された。
【0025】
〔実施例5−10〕
硝子容器中にて酸化ユーロピウム6gに濃硝酸(比重1.38)12gを加えて硝酸ユーロピウム水溶液を調整し、ヘキサン60gにリン酸-n-トリブチル27gを加えて30秒間震盪し、ユーロピウムイオンを水相から有機相に抽出し、水相を除去した後、エバポレーターにてヘキサンを除去してユーロピウムイオンにリン酸-n-トリブチルが配位した透明な液状組成物を得た。
【0026】
これらの液状組成物の一滴を表1に記載の支持体に滴下し、1日放置した後ブラックライトにて紫外線を照射して発光を観察した。
【0027】
表1に結果を示すように材質や形態によらず赤色の強い発光が観測された。
【0028】
【表1】

実施例10の強い赤色発光が観測された多孔質アルミナ板を分光蛍光光度計(日本分光製FP-6500)にて励起および発光スペクトルを測定した。励起スペクトルおよび発光スペクトルを図9および図10に示す。
【0029】
実施例10の赤色発光体は、図9に示すように300〜400nmの波長域でブロードな励起帯が観測され、発光スペクトルについては図10に示すように616nmに強い発光ピークが観測された。
【0030】
比較例1
実施例1および実施例5〜10と同様の方法で作製したユーロピウムイオンにリン酸-n-トリブチルが配位した透明な液状組成物自体の励起および発光スペクトルを分光蛍光光度計(日本分光製FP-6500)にて測定したところ、図11に示す励起スペクトルでは三価のユーロピウムイオンのf-f遷移に基づく励起ピークは観測されたが、300〜400nmの波長域でブロードな励起帯が観測されなかった。発光スペクトルについては図12に示すように616nmに発光ピークが観測されたが実施例に比べると発光強度は弱かった。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】実施例1の赤色発光体の励起スペクトルを示すグラフである。
【図2】実施例1の赤色発光体の発光スペクトルを示すグラフである。
【図3】実施例2の赤色発光体の励起スペクトルを示すグラフである。
【図4】実施例2の赤色発光体の発光スペクトルを示すグラフである。
【図5】実施例3の赤色発光体の励起スペクトルを示すグラフである。
【図6】実施例3の赤色発光体の発光スペクトルを示すグラフである。
【図7】実施例4の赤色発光体の励起スペクトルを示すグラフである。
【図8】実施例4の赤色発光体の発光スペクトルを示すグラフである。
【図9】実施例10の赤色発光体の発光スペクトルを示すグラフである。
【図10】実施例10の赤色発光体の励起スペクトルを示すグラフである。
【図11】比較例1の励起スペクトルを示すグラフである。
【図12】比較例1の発光スペクトルを示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ユーロピウムを含む組成物が支持体に対し被覆された、紫外線照射により発光する赤色発光体であって、300〜400nmの波長域にブロードな励起帯を有することを特徴とする赤色発光体。
【請求項2】
シート状、板状、粒子状、多孔状、繊維状のいずれかであることを特徴とする請求項1に記載の赤色発光体。
【請求項3】
ユーロピウムを含む液状組成物を支持体に塗布、または、該液状組成物を前記支持体に含浸することにより、ユーロピウムを含む組成物を支持体に対し被覆することを特徴とする請求項1または2に記載の赤色発光体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2007−39564(P2007−39564A)
【公開日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−225835(P2005−225835)
【出願日】平成17年8月3日(2005.8.3)
【出願人】(591167430)株式会社KRI (211)
【Fターム(参考)】