高周波数再生が強化された補聴器および音声信号処理方法
【構成】補聴器(50)は,聴覚障害を持つユーザの上限周波数よりも高い周波数を再生する手段(55,56,57,58)を備えている。この発明による補聴器(50)は,聴覚障害を持つユーザが知覚可能な周波数範囲内の低帯域周波数と一致させるために,検出された周波数に基づいて,聴覚障害を持つユーザの上限周波数よりも外側の高帯域周波数を下げる置換を行う手段(55,57)を備えている。置換手段(55,57)は,低周波数帯域の主周波数を検出する適応ノッチフィルタ(15),適応ノッチフィルタ(15)によって制御される適応手段(16),適応手段(16)によって制御される発振器(3),および信号を実際に周波数によって置換する乗算器(4)を備えている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は補聴器に関する。より詳細には,補聴器によって再生されるべき音声信号のスペクトル分布を変更する手段を有する補聴器に関する。さらにこの発明は,補聴器における信号処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
聴覚が低下した人は,生活においてさまざまな不便を感じたり不都合を受けたりする。聴覚による知覚力が残っていれば,補聴器,すなわち聴力不足を補うように適切に周囲音を増幅するように適合された電子装置を用いることによって,恩恵を受けることができる。一般に,聴力不足は様々な周波数で(at various frequencies)生じ,補聴器は,それらの周波数にしたがって聴力損失を補償するために,周波数に応じて選択的に増幅を行うように調整される。
【0003】
しかしながら,高周波数において非常に深刻な聴力損失を持つ人も存在し,そのような人はそのような周波数の増幅によっては音声知覚を向上させることができない。このような急勾配の聴力損失(steeply sloping hearing losses)はスキースロープ聴力損失(ski-slope hearing losses)とも呼ばれ,オーディオグラムにおいてそのような損失を表す非常に特徴的な曲線を描く。聴力が低周波数ではほぼ正常であるが高周波数では急激に低下する。急勾配の聴力損失は蝸牛中の有毛細胞が損傷を受けたことによって生じる感音型(sensorineural type)のものである。
【0004】
急勾配の聴力損失が生じる要因としては,大きな音(たとえば,騒々しい作業)に長期間さらされる,一時的かつ非常に大きな音(例えば,爆発や発砲),誕生の際に十分な酸素の供給がない,種々の遺伝的な疾患,ある種のまれなウイルス感染,またはある種の強力な薬の副作用などが可能性として考えられる。急勾配の聴力損失の特徴的な兆候としては,高周波数の音を知覚する能力の欠如,および大きな高周波音に対する許容度(音の感受性)の低下がある。
【0005】
高周波数(典型的に2〜8kHzおよびそれ以上)において音響知覚のない人は,音声に対してばかりでなく,現代社会において発生するその他の有益な音に対する知覚も困難である。この種の音には,警告音,玄関の呼び鈴,電話の呼出音,鳥の鳴き声,あるいはある種の交通音,速やかな対応が必要な機械から出る音の変化などがある。たとえば,洗濯機の軸受からの異常なキーキーいう音は正常な聴覚の人の注意を引き,火災あるいは別の危険な状態の発生に先だって,軸受を修理または交換するために対策がとられよう。最先端の補聴器の能力も及ばない深刻な高周波数聴力損失の人は,たとえ補聴器の助けを借りていても,音の主周波数成分がその人の有効可聴範囲の外にあるため,この音に全く気づかないであろう。補聴器がいかに強力なものでも,高い周波数における聴覚が残っていない人には高周波音を知覚することができない。そのため,高い周波数中の音響エネルギーを知覚できない人に高周波数の情報を伝達する方法が有用である。
【0006】
米国特許第5014319号は,周波数分析器,および結果的に得られる圧縮された出力周波数帯域が補聴器ユーザの知覚可能な周波数範囲内となるように入力周波数帯域を圧縮する手段を備えたデジタル補聴器を提案している。デジタル周波数置換(digital frequency transposition)(DFC)と呼ばれるこのシステムの目的は,破裂音と二重母音が発生する周波数を,聴覚障害のある補聴器ユーザが知覚できるように十分に低い周波数側に移動するように高い周波数帯域(the upper frequency)を圧縮し,有意な高周波数成分,特に音声中の破裂音と二重母音をもつ音素(phonemes)を高めることである。このシステムは入力信号と周波数分析器の特性に依存して適切に機能する。周波数分析器によって高い周波数帯域中の他の音は検出されず,したがってそれらの周波数は圧縮されることなくユーザは検出できないままとなる。周波数分析器は,音素を正確に認識するためには非常に高感度であることが必要である。このため,補聴器の信号処理装置に大きなひずみ(a great strain)が発生する。
【0007】
欧州特許第1441562A2号は,補聴器における周波数置換のための方法を開示している。非線形周波数置換関数を用いて,選択された周波数fGよりも高いすべての周波数が非線形的に圧縮され,かつ選択された周波数fGよりも低いすべての周波数が線形的に圧縮されることによって,信号のスペクトルに対して周波数置換が行われる。置換による不自然な結果を避けるために低い周波数が線形的に圧縮されるが,それでも利用可能な音声スペクトルの全体が圧縮されるので,不要な副作用や不自然な音の再生が生じてしまう。この方法も,周波数ドメインへの,または周波数ドメインからの信号のFFT変換を含むので,非常にプロセッサ集約的(very processor intensive)である。
【0008】
米国特許第6408273B1号は,入力音声信号のピッチ,発声,エネルギー,およびスペクトル特性を抽出し,上記ピッチ,発声,エネルギー,およびスペクトル特性を互いに独立に修正し,修正された音声信号を聴覚障害を持つ人に与える,聴覚障害を持つ人の聴覚を補正する方法を開示している。この方法は,複雑で扱いにくく,またすべての知覚可能な周波数スペクトルを処理するので,音像(the sound image)に悪影響を及ぼす。この種の集約的処理は,全体的な音像を不可避的に歪ませ,判別不能にすることもあり,ユーザには知覚可能ではあるが認識不可能な音が与えられてしまう。
【発明の開示】
【0009】
従来技術において公知であるすべての周波数置換方法は,ある種のフォームに処理される信号の低周波数成分に影響を与える。これらの方法は,信号中の高周波数成分を急勾配の聴力損失の人に聞こえるようにするが,全体的な信号のインテグリティ(integrity)(完全性)を落とすことにもなるので,多くの公知の音がこのシステムによって認識することが困難になってしまう。特に,入力信号の振幅変調エンベロープは,公知のどの方法によってもひどく劣化する。したがって,結果的に得られる信号の品質をあまり落とさずに,聴覚障害を持つ人に高周波数音を利用可能にさせる,効果的で高速かつ信頼性のある方法が望まれている。
【0010】
この発明によると,少なくとも1つの入力トランスデューサ,信号処理装置,および出力トランスデューサを備え,上記信号処理装置が,第1の周波数部分が第2の周波数部分よりも高い周波数の信号を持つように,上記入力トランスデューサからの信号を第1の周波数部分と第2の周波数部分とに分割する(splitting)手段,上記第1の周波数部分の信号の周波数を置換して,上記第2の周波数部分の周波数範囲内に収まる周波数置換信号(a frequency transposed signal)を生成する手段,上記第2の周波数部分に上記置換信号を重畳(superimposing)して和信号(a sum signal)を生成する手段,ならびに上記和信号を上記出力トランスデューサに与える手段を備えた補聴器が案出されている。このようにして,この発明による補聴器に与えられる信号中の高周波数が,入力信号のインテグリティを落とすことなく,上記補聴器を装着する聴覚障害を持つユーザに対して利用可能とされる。
【0011】
この発明では,高周波数範囲の音が,快適かつ認識可能に,聴覚障害を持つユーザに対して利用可能となる。具体的には,純粋な音(a pure tone)は純粋な音にマッピングされ,スイープ音(a sweep)はスイープ音にマッピングされ,変調信号(a modulated signal)は同等の変調信号にマッピングされ,騒音(noise)は騒音としてマッピングされ,低周波数音(the low frequency sound)はひずみを生じることなく維持させられる。
【0012】
この発明によると,補聴器における信号処理方法も案出されている。この方法は,入力信号を得,上記第1の周波数部分が第2の周波数部分よりも高い周波数の信号を持つように,上記入力信号を第1の周波数部分と第2の周波数部分とに分割し,上記第1の周波数部分の信号の周波数を置換して,上記第2の周波数部分の周波数範囲内に収まる周波数置換信号を生成し,上記第2の周波数部分に上記置換信号を重畳して和信号を生成し,上記和信号を出力トランスデューサに与えるものである。高周波数成分を含む信号にこの方法を適用することによって,高周波数成分が一定量低周波数側にシフトされ,高周波数成分は排除されずに,聴覚障害を持つ人が高周波数成分を含む信号を聞けるようにする。
【0013】
利用可能な可聴周波数スペクトルを2つの部分,すなわち,スキースロープ聴力損失のある人が補聴器なしで感知できると考えられる一の低周波数部分と,聴覚障害のあるユーザが感知できないと考えられる一の高周波数部分とに分割することを考える。スペクトルの低周波数部分を維持し,かつ低周波数部分の範囲内に収まるように,一定量,例えば1オクターブ分,高周波数部分を低周波数側に置換し,かつ低周波数部分に加算すると,高周波数部分に存在する高周波数の情報は,低周波数帯域に既に存在する情報を著しく変化させることなく,感知可能になる。
【0014】
高周波数の実際の置換または移動は,サイン曲線またはコサイン曲線を用いて高周波数信号を屈曲(folding)または変調(modulating)する比較的簡単な方法によって実行することができる。サイン曲線またはコサイン曲線の周波数は固定周波数でもよく,または信号から派生したものでもよい。その後,低周波数音声信号として再生するために,置換高周波数部分の信号は低周波数部分と混合される。
【0015】
図面を参照して,この発明をさらに詳細に説明する。
【実施例】
【0016】
図1は音声信号の周波数スペクトルを示すもので,約10kHzまでの周波数成分を含む直接音声スペクトル(direct sound spectrum),DSSを示している。5〜7kHzの範囲が注目すべき周波数帯域であり,ちなみに6kHz付近にピークを有している。聴力閾値レベルHTLで表されている,典型的ないわゆる「スキースロープ」聴力損失聴力曲線の想定知覚周波数特性(the assumed perceptual frequency response)が,破線によって図中に象徴的に示されており,約4kHzまでは正常であるが4kHzを超えると急激な勾配をなす聴力曲線を示している。このような想定聴力曲線をもつ人は,約5kHzを超える周波数の音を知覚できない。
【0017】
図2は,図1に示す音声信号DSSが特に「スキースロープ」聴力損失HTLをもつと想定される人によってどのように知覚されるかを,破線によって示している。聴力損失スペクトル(hearing loss spectrum),HLSで表される,周波数スペクトルの結果的に知覚される部分が,その下に実線で示されている。このような聴覚障害のある人は,聴力曲線のスロープ部分よりも低い周波数の音を通常は知覚するが,聴力曲線のスロープ部分よりも高い周波数の音については,この周波数帯域における聴力損失が重度であって聴覚機能が残っていないために,強力な増幅をもってしても知覚できないままである。これは,これらの周波数の知覚に通常関与する内耳の基底膜の一部に振動を感知する有毛細胞が残っていない状況において生じる。そのため,この聴力曲線による周波数限界よりも高い周波数を知覚可能にするためには,ある周波数を単純に増幅するのとは異なる取り組みが必要である。
【0018】
図3は,音響周波数スペクトル(the audio frequency spectrum)DSSを圧縮することによって特定の可聴範囲の限界よりも高い周波数の音を知覚可能にする従来技術の方法を利用した結果を示すグラフであり,圧縮音声スペクトル(the compressed sound spectrum)CSSによって示される結果的に得られる周波数スペクトルが,特定の聴力損失HTLの制限に適合するように,補聴器によって再生される。グラフから分かるように,約10kHzまでのオリジナル信号DSSのすべての周波数成分は,聴覚障害のある人の残存可聴範囲HTLの範囲内にマッピングされるが,結果的に得られる周波数スペクトルCSS自体は,特に低周波数において著しく変形している。
【0019】
この方法は高周波音を知覚可能な音に変換するが,全体の音声品質が損なわれ,公知の音を認識することが困難または全く不可能になり,この方法の助けを受けずに知覚される音と再生される音との関係がほとんど存在しない。このように,高い周波数の知覚は,公知の音を容易に認識する能力を犠牲にすることによって得られる。当然,この能力は厳しい訓練により取り戻すことも可能であるが,特に高齢の補聴器ユーザの場合,そのような訓練をうまく実行することが難しい。このように,全周波数スペクトルの圧縮は,高周波音を聴覚障害をもつ補聴器ユーザに利用可能にするという課題に対する最適な解決策ではない。
【0020】
図4は,この発明の方法における第1ステップを示すグラフである。最初に,高周波数部分(the high-frequency part)と低周波数部分(the low-frequency part)の関係が選択されなければならない。この周波数の関係は,たとえば1/2または1/3などの簡単な比として好ましくは選択され,置換のために利用される周波数を計算する際に後述のステップにおいて用いられる。高周波数部分を用意するために,4kHz〜8kHzの周波数帯域,すなわち1オクターブに及ぶように,図1に示すオリジナル音声信号DSSの帯域が限定され(band-limited)BSS,これにより,図5に示すこの発明の第2および第3のステップにおける解析および置換の準備が整う。実際のフィルタリングは,BPF1によって示されている第1のバンドパスフィルタを用いて行われる。
【0021】
図5は,図4の帯域限定(制限)音声スペクトル(the band-limited sound spectrum)BSSが破線によって表されている,帯域限定信号(the band-limited signal)のグラフを示す。帯域限定音声信号(the band-limited audio signal)BSSが,ここでは6kHz付近のBSSグラフ上の円によって特定されているノッチフィルタ周波数(notch filter frequency)NFFによって示されている主周波数(a dominant frequency)のために分析される。この分析は,帯域限定音声信号を処理し,かつ任意の瞬間におけるSPLで表される最高音圧レベルを有する帯域限定信号内の周波数の特定の狭帯域を探し出す適応ノッチフィルタ(an adaptive notch filter)を用いることによって,好適に実行することができる。ノッチフィルタは,その出力を最小にしようとするとともにノッチ周波数を状況に合わせて連続的に適応させる。ノッチフィルタが主周波数に調整されるとノッチフィルタからの全出力が最小になる。主周波数NFFがこのようにして見つけ出されると,この発明の方法の第3ステップが実行され,計算発生器周波数(calculated generator frequency)CGFによって表される,高周波数信号部分(the high-frequency signal part)BSSの実際の置換を行うために用いられる周波数が,計算される。
【0022】
つぎに,第4ステップにおいて,この周波数CGFが帯域限定高周波数信号部分(the band-limited high-frequency signal part)BSSに乗算されて,信号のコピーである,USBで示す高帯域側(an upper sideband)およびLSBで示す低帯域側(a lower sideband)が,それぞれ生成される。これにより,音声スペクトルBSSの帯域限定高周波数部分が高い周波数および低い周波数に置換される。これらの信号部分USBおよびLSBが図5において実線で示されている。しかしながら,低帯域側の信号部分LSBのみが利用される。発振器周波数(oscillator frequency)CGFは,以下の式によって算出される。
【0023】
【数1】
ここで,CGFは計算発振器周波数(the calculated oscillator frequency),NFFはノッチフィルタ周波数,Nは音源帯域と目標帯域の関係である。
【0024】
音がその高周波数成分とともに絶え間なく変化しているような常時変化する聴覚環境にこの方法のこのステップを適応させるために,この計算は入力信号BSSにおいて連続的に行われる。
【0025】
高周波数帯域信号BBSが効果的に取得され,主周波数NFFのたとえば1/2または1/3であるCGFによって,高周波数帯域信号BBSが低周波数側にシフトされる。たとえば1または2オクターブだけNFFが正確にシフトされ,それと平行してサイドローブ(side lobes)が低周波数側にシフトされる。よくケースであるが,高周波数信号が低周波数帯域における基本音の一連の高調波(a series of harmonics of a fundamental tone)である場合,置換信号は,低周波数帯域における基本音の任意の高調波と調和する一連の高調波(a series of harmonics consistent with any harmonics of the fundamental tone)を示す。
【0026】
図6において,第5ステップが実行され,ここでは,図5の低周波帯LSBを選ぶために,BL−LSBによって示されている,置換された低周波帯信号の帯域限定高周波数部分が,BPF2で示されている第2のバンドパスフィルタリングによってさらに帯域限定され,かつ低周波数部分(図示略)すなわち2kHz〜4kHzにおいて,1オクターブ内に収められて,置換信号のいくつかのサイドローブが捨てられる(discarding some side lobes of the transposed signal)。帯域限定フィルタのグラフBPF2が,図6に破線によって示されている。結果として,実線で示す信号のさらなる帯域限定高周波数部分BL−LSBが得られる。
【0027】
第6ステップでは,図7に示すように,信号の,置換された帯域限定高周波数部分BL−LSBが,信号の低周波数部分HLSに加えられ,これにより低周波数部分を変化させずに,スキースロープ聴覚障害HTLを持つ人が音声スペクトルの高周波数部分の音を実際的に聞けるようになる。聴力損失曲線HTLが破線で示され,低周波数部分HLS,および信号の置換された帯域限定高周波数部分BL−LSBが実線で示されている。この合成信号部分(the combined signal parts)は,補聴器プロセッサによって目標範囲におけるユーザの聴力の観点からみて適切にさらに処理され,出力トランスデューサ(図示略)に与えられる。上記課題に対するこのアプローチの重要な利点は,聴覚障害のあるユーザが,追加的なトレーニングを受けることなく,合成音声信号を直ちに認識できるということである。
【0028】
図8は,この発明の好適な実施形態のブロック図である。置換器ブロック(a transposer block)1は,ノッチ分析ブロック2,発振器3,乗算器4,およびバンドパスフィルタ5を備えている。図4にBSSで示すグラフと事実上同じである信号の高周波数部分が,乗算器4の第1入力に与えられ,かつノッチ分析ブロック2の入力に与えられる。ノッチ分析ブロック2の出力は発振器ブロック3の周波数制御入力に接続されており,発振器ブロック3の出力は乗算器4の第2入力に接続されている。ノッチ分析ブロック2は,入力信号の主周波数分析を連続的に行い,ノッチ分析ブロック2の出力として,発振器3の周波数を制御するための制御信号値を与える。
【0029】
発振器3からの信号は,図4のNFFで示される円に対応する単一の周波数である。発振器3からの信号が信号BSSに乗算され,これにより入力信号BSSの2つの置換バージョンLSBおよびUSBが生成される。乗算器4の出力は,図6の第2のバンドパスフィルタ曲線BPF2に対応するバンドパスフィルタ5の入力に接続されている。バンドパスフィルタ5からの出力は,図6の曲線BL−LSB,すなわち図5の置換信号LSBの帯域限定バージョンに似た信号である。
【0030】
ノッチ分析ブロック2によって検出される入力信号における主周波数が,次式にしたがう発振器周波数を決定することによって,発振器ブロック3の周波数が制御される。
【0031】
【数2】
ここで,Nは音源周波数帯域において検出される,計算発振器周波数fOSCとノッチ周波数fnotch間の周波数関係(the frequency relationship)である。その後,乗算器4において入力信号を発振器3からの出力に乗算することによって,実際の置換が行われる。次に,置換高周波数信号が,置換器ブロック1から出力される前に,バンドパスフィルタ5によって帯域限定される。この帯域限定は,置換信号が目標周波数帯域において1オクターブの範囲内に確実に収まるように行われる。
【0032】
図9は,デジタル発信器アルゴリズムを,図8に示すこの発明と連動するコサイン発生器3の実施に好適なCORDICアルゴリズム・ブロック85とともに示している。CORDICアルゴリズムの動作および内部構造は,例えば,J.S.Waltherによる“A unified algorithm for elementary functions”,Spring Joint Computer Conference,1971,議事録,379−385ページにおいて十分に説明されているので,本願における詳細な説明は省略する。
【0033】
デジタル・コサイン発生器または発振器3は,周波数パラメータ入力23,第1の加算点(the first summation point)80,第1の条件比較器(a first condition comparator)81,第2の加算点82および第1の単位遅延83を備えている。第1の加算点80において,パラメータ入力23から生じる周波数制御パラメータωが第1の単位遅延83の出力と加算される。第1の加算点80の出力は,第2の加算点82の第1入力および第1の条件比較器81の入力として用いられる。第1の条件比較器81によって与えられる引数がπ以上である場合,条件比較器の出力は常に−2πとなり,それ以外の場合には条件比較器の出力は0となる。
【0034】
第1の単位遅延からの出力信号は実質的にはのこぎり波であり,これがCORDICコサインブロック85の入力84に与えられると,CORDICコサイン・ブロック85は出力88にコサイン波を与える。周波数パラメータω(ラジアン)は,このようにして,図8に示す置換器ブロック1において入力信号を変調するのに用いられるコサイン発振器3の発振周波数を,効果的に決定する。
【0035】
図10は,図8に示すノッチ分析ブロック2のデジタル的な実施形態を概略的に示しており,この発明とともに利用するために構成されているものを示している。ノッチ分析ブロック2は,制御ループを構成する,適応ノッチフィルタ15,ノッチ制御ユニット16,CORDICコサイン・ブロック17,第1の定数乗算器18および第2の定数乗算器19と,出力端子23を備えている。
【0036】
分析すべき信号が,適応ノッチフィルタ15の信号入力に与えられる。適応ノッチフィルタ15の適応は,ノッチフィルタ15の出力を常に最小にしようとすることによって,入力信号中の主周波数を探索しかつ検出するように構成されており,ノッチ・パラメータとしての検出周波数値がノッチ制御ユニット16の第1入力に与えられ,勾配パラメータとしての勾配値(the gradient value)がノッチ制御ユニット16の第2入力に与えられる。
【0037】
ノッチ制御ユニット16の出力は,第2の定数乗算器19における係数Rtrによってプレスケールされるノッチフィルタ周波数の更新(an update of the notch filter frequency)であり,このパラメータのコサインは,CORDICコサイン・ブロック17によって算出されて,第1の定数乗算器18によってプレスケールされ,かつ適応ノッチフィルタ15の制御入力に与えられる。プレスケーリング係数Rtrは,次式によって算出される。
【0038】
【数3】
ここでNは,上述のように,発振器周波数とノッチ周波数との関係である。
【0039】
ノッチ制御ユニットの出力は,周波数パラメータωoとして出力23に与えられる。これは,入力信号を置換するために用いられる周波数(ラジアン)(in radians)である。適応ノッチフィルタ15のノッチ周波数ωNを制御するために,ノッチ制御ユニット16からの出力は,CORDICコサイン・ブロック17への入力の前に,第2の定数乗算器19において定数Rtrによってスケーリングされる。このようにして,ノッチ分析ブロック2の出力は,実質的に入力信号の主周波数(a dominant frequency)となる。
【0040】
この発明に用いられるノッチフィルタ15およびノッチ制御ユニット16の実施形態が,図11に示されている。フィルタ15は,非常に狭いストップ・バンド(阻止帯域)(a very narrow stop band)を持つ順行型2デジタル帯域除去フィルタ(a direct-form-2 digital band reject filter)として示されている。フィルタ15は,第1の加算点31,第2の加算点32,第1の単位遅延33,第1の定数乗算器34,第2の定数乗算器35,第3の加算点36,第4の加算点37,第3の定数乗算器38,第4の定数乗算器39,および第2の単位遅延40を備えている。ノッチ制御ユニット16は,正規化ブロック(a normalizer block)43,逆数ブロック44,乗算器45,および周波数パラメータ出力ブロック23を備えている。
【0041】
フィルタ係数RpおよびNcは,かなり狭いストップ・バンドによって分離される2つのパス・バンド(通過帯域)を有するノッチフィルタ特性をもたらすものである。係数Rpはノッチフィルタ15の(二)極の半径(the radius of the (double) pole of the notch filter 15)であり,係数Ncはノッチフィルタ15のストップ・バンドの中心周波数を決定するノッチ係数である。Ncの値は,図10のノッチ制御ユニット16からのスケールされ,かつ調整された制御値(the scaled and conditioned control value)によって決定され,また第1および第2の乗算器34および35において連続的に更新(アップデート)される。
【0042】
図11のノッチフィルタ15は,入力信号の主周波数に一致するようにストップ・バンドの中心周波数を調整することによって,ノッチフィルタ15の出力を最小にしようと連続的に試みるように構成されている。ノッチフィルタ15からの勾配値(the gradient value)は,Grad出力(the Grad output)を経由してノッチ制御ユニット16へ出力され,ノッチ制御ユニット16が,出力信号を最小にするために中心周波数を上下して調整することが必要かどうかを判断するために用いられる。このようにして,ノッチフィルタ15は,狭周波数帯域ではあるが,中心周波数によって決定されるすべての周波数を通過させる。
【0043】
ノッチ制御ユニット16は,信号Gradおよび信号Outputを用いて,以下の式にしたがう周波数パラメータωoを形成する。
【0044】
【数4】
【0045】
ここで
【数5】
μはノッチ周波数に対する発振器周波数の適応速度であり,λはノッチ周波数の波長である。パラメータnormは,2つの式の大きい方として定義される。ノッチ制御ユニット16からの出力は,図8の発振器ブロック3を制御するために用いられる周波数パラメータωoである。
【0046】
補聴器ユーザは,一定の環境下において,上記のようにこの発明を適用して得られる上限8kHzよりも高い周波数からの利益を享受できるよう望むことができる。しかしながら,8kHzよりも高い周波数を2倍に置換したままで(while still transposing frequencies above 8kHz by a factor of two),たとえばより広い周波数範囲を組み込むように置換アルゴリズムを適合しようとすると,置換周波数がシステムの2kHz帯域幅の制限よりも高くなり,置換後の再生が行われないことがある。好ましい実施形態においては,第1のアルゴリズムとパラレルに動作するが,8kHzから12kHzの高周波数範囲を入力として得,かつこの範囲を3倍で置換する,同様の第2のアルゴリズムが用いられ,これにより補聴器ユーザはその周波数範囲の利益をも享受できる。このような付加的アルゴリズムは,第1のアルゴリズムによってすでに実行された置換とそれほど干渉はしない。
【0047】
多帯域置換(multi-band transposition)を行うシステムの実施形態が図12に示されている。図12に示すシステムは,音源選択ブロック10,第1の置換器ブロック11,第2の置換器ブロック12,出力選択ブロック13,および出力段14を備えている。音源選択ブロック10の4つの出力は,第1の置換器ブロック11の入力および第2の置換器ブロック12の入力に,それぞれ接続されている。第1の置換器ブロック11および第2の置換器ブロック12の両方の出力は,いずれも出力選択ブロック13の第2および第3の入力に接続されており,出力選択ブロック13の出力は出力段14の入力に接続されている。
【0048】
入力信号は,一セットの高周波数帯域(a set of high-frequency bands)および一セットの低周波数帯域(a set of low-frequency bands)に分割される。低周波数帯域(the low frequency bands)は出力選択ブロック13の第1入力に直接に進み,高周波数帯域(the high frequency bands)は音源選択ブロック10の入力に進む。低周波数帯域は約20Hz〜約4kHzの周波数を含む。音源選択ブロック10にはOFF,LOWおよびHIGHの3つの設定がある。OFFでは置換器ブロック11,12に信号が進まず,LOWでは第1の置換器ブロック11にのみ入力信号が進み,HIGHでは第1の置換器ブロック11および第2の置換器ブロック12の両方に入力信号が進む。
【0049】
第1の置換器ブロック11は4kHz〜8kHzの周波数範囲で動作するものであり,入力信号を2倍でダウン置換して(減置換)(transposing the input signal down by a factor of two)置換出力信号に2kHz〜4kHzの周波数範囲を与える。第2の置換器ブロック12は8kHz〜12kHzの周波数範囲で動作するものであり,入力信号を3倍でダウン置換して置換出力信号に約2.6kHz〜約4kHzの周波数範囲を与える。2つの置換器ブロック11,12からの出力は出力選択ブロック13に送られ,ここで,不変信号のレベル(the level of the unaltered signal)と置換器ブロック11,12からの置換信号のレベル(the levels of the transposed signals)のバランスが決められる。20Hz〜4kHzの帯域幅を持つ混合信号は,出力選択段13を出て,さらに処理を行うための出力段14に入る。このようにして,利用可能な周波数範囲が4kHzまでに限定される聴覚障害を持つ人が,4kHz〜12kHzの周波数範囲を聞こえるようにするために,2つの置換器ブロック11,12は並行して動作する。
【0050】
図13は,マイクロフォン51,入力段ブロック52,帯域分割フィルタ・ブロック53,第1の置換器ブロック55,第2の置換器ブロック57,第1の圧縮器ブロック54,第2の圧縮器ブロック56,第3の圧縮器ブロック58,加算点59,出力段ブロック60,および出力トランスデューサ61を備えた補聴器50を示している。これはこの発明の一実施形態であり,別々の置換器ブロック55,56からの出力信号は,置換器ブロック(複数)からの信号と非置換信号部分(the un-transposed signal portions)を加算点59において加算して出力段60に与えるのに先立って,さらなる処理たとえば圧縮器56,58における圧縮の対象とされる。
【0051】
マイクロフォン51によって音がピックアップされ,調整のための入力段ブロック52に与えられる。入力段ブロック52からの出力は,帯域分割フィルタ53,第1の置換器ブロック55,および第2の置換器ブロック57への入力として用いられる。帯域分割フィルタ53は選択周波数限度(a selected frequency limit)よりも低い複数の周波数帯域に入力信号を分割し,各周波数帯域が第1の圧縮器ブロック54によって個別に圧縮される。第1の置換器55は,上記選択周波数限度よりも低い帯域内に収まるように,上記選択周波数限度よりも高い第1の周波数帯域を低周波数側に置換する。第2の圧縮器ブロック56は,第1の置換器55からの置換信号を個別に圧縮する。同様にして,第2の置換器57は,上記選択周波数限度よりも低い帯域内に収まるように,上記選択周波数限度よりも高い第2の周波数帯域を低周波数側に置換する。第3の圧縮器ブロック58も,第2の置換器57からの置換信号を個別に圧縮する。
【0052】
第2および第3の圧縮器56,58からの,上記置換圧縮信号(the transposed, compressed signals)は,加算点59において,第1の圧縮器54からの低域通過圧縮信号(the low-pass filtered, compressed signal)に加算される。その後,選択周波数までの周波数のみを含む,結果信号(the resulting signal)が出力段60によって処理され,出力トランスデューサ61によって音響信号として再生される。
【0053】
このようにして,補聴器50によって,出力信号が選択周波数よりも低い周波数だけから構成されるような方法によって,選択周波数よりも高いおよび低い周波数からなる入力信号が取扱われ,選択周波数よりも低いオリジナルの周波数が周波数変更を伴うことなく(without frequency alteration)再生され,選択周波数よりも高いオリジナル周波数は,選択周波数よりも低い周波数とともにコヒーレントに再生されるように,この発明にしたがって低周波数側に置換される。
【0054】
音源帯域,目標帯域,および置換係数の範囲は,特定の聴力損失のタイプの性質および所望の周波数範囲に応じて,別の実施形態において利用することができる。上記に提案された周波数範囲は単なる例示範囲にすぎず,この発明を限定するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】障害のある聴覚能力の想定される限界を超える周波数成分を有する音声信号を示すグラフである。
【図2】想定される障害のある聴覚能力を持つ人によって知覚される図1における音声信号を示すグラフである。
【図3】従来技術による周波数圧縮方法を示すグラフである。
【図4】この発明による周波数置換方法における第1の段階を示すグラフである。
【図5】この発明による周波数置換方法における第2の段階を示すグラフである。
【図6】この発明による周波数置換方法における第3の段階を示すグラフである。
【図7】この発明の方法を適用後に知覚される図1における音声信号を示すグラフである。
【図8】図4,5,および6における方法の実装のブロック図である。
【図9】図8中の発振器ブロック3の実装の概略である。
【図10】図8中のノッチ分析ブロック2のデジタル的実装のブロック図である。
【図11】ノッチフィルタおよびノッチ制御ユニットの実施形態である。
【図12】2つの別々の置換器ブロックを含む置換器アルゴリズムのブロック図である。
【図13】この発明による補聴器のブロック図である。
【技術分野】
【0001】
この発明は補聴器に関する。より詳細には,補聴器によって再生されるべき音声信号のスペクトル分布を変更する手段を有する補聴器に関する。さらにこの発明は,補聴器における信号処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
聴覚が低下した人は,生活においてさまざまな不便を感じたり不都合を受けたりする。聴覚による知覚力が残っていれば,補聴器,すなわち聴力不足を補うように適切に周囲音を増幅するように適合された電子装置を用いることによって,恩恵を受けることができる。一般に,聴力不足は様々な周波数で(at various frequencies)生じ,補聴器は,それらの周波数にしたがって聴力損失を補償するために,周波数に応じて選択的に増幅を行うように調整される。
【0003】
しかしながら,高周波数において非常に深刻な聴力損失を持つ人も存在し,そのような人はそのような周波数の増幅によっては音声知覚を向上させることができない。このような急勾配の聴力損失(steeply sloping hearing losses)はスキースロープ聴力損失(ski-slope hearing losses)とも呼ばれ,オーディオグラムにおいてそのような損失を表す非常に特徴的な曲線を描く。聴力が低周波数ではほぼ正常であるが高周波数では急激に低下する。急勾配の聴力損失は蝸牛中の有毛細胞が損傷を受けたことによって生じる感音型(sensorineural type)のものである。
【0004】
急勾配の聴力損失が生じる要因としては,大きな音(たとえば,騒々しい作業)に長期間さらされる,一時的かつ非常に大きな音(例えば,爆発や発砲),誕生の際に十分な酸素の供給がない,種々の遺伝的な疾患,ある種のまれなウイルス感染,またはある種の強力な薬の副作用などが可能性として考えられる。急勾配の聴力損失の特徴的な兆候としては,高周波数の音を知覚する能力の欠如,および大きな高周波音に対する許容度(音の感受性)の低下がある。
【0005】
高周波数(典型的に2〜8kHzおよびそれ以上)において音響知覚のない人は,音声に対してばかりでなく,現代社会において発生するその他の有益な音に対する知覚も困難である。この種の音には,警告音,玄関の呼び鈴,電話の呼出音,鳥の鳴き声,あるいはある種の交通音,速やかな対応が必要な機械から出る音の変化などがある。たとえば,洗濯機の軸受からの異常なキーキーいう音は正常な聴覚の人の注意を引き,火災あるいは別の危険な状態の発生に先だって,軸受を修理または交換するために対策がとられよう。最先端の補聴器の能力も及ばない深刻な高周波数聴力損失の人は,たとえ補聴器の助けを借りていても,音の主周波数成分がその人の有効可聴範囲の外にあるため,この音に全く気づかないであろう。補聴器がいかに強力なものでも,高い周波数における聴覚が残っていない人には高周波音を知覚することができない。そのため,高い周波数中の音響エネルギーを知覚できない人に高周波数の情報を伝達する方法が有用である。
【0006】
米国特許第5014319号は,周波数分析器,および結果的に得られる圧縮された出力周波数帯域が補聴器ユーザの知覚可能な周波数範囲内となるように入力周波数帯域を圧縮する手段を備えたデジタル補聴器を提案している。デジタル周波数置換(digital frequency transposition)(DFC)と呼ばれるこのシステムの目的は,破裂音と二重母音が発生する周波数を,聴覚障害のある補聴器ユーザが知覚できるように十分に低い周波数側に移動するように高い周波数帯域(the upper frequency)を圧縮し,有意な高周波数成分,特に音声中の破裂音と二重母音をもつ音素(phonemes)を高めることである。このシステムは入力信号と周波数分析器の特性に依存して適切に機能する。周波数分析器によって高い周波数帯域中の他の音は検出されず,したがってそれらの周波数は圧縮されることなくユーザは検出できないままとなる。周波数分析器は,音素を正確に認識するためには非常に高感度であることが必要である。このため,補聴器の信号処理装置に大きなひずみ(a great strain)が発生する。
【0007】
欧州特許第1441562A2号は,補聴器における周波数置換のための方法を開示している。非線形周波数置換関数を用いて,選択された周波数fGよりも高いすべての周波数が非線形的に圧縮され,かつ選択された周波数fGよりも低いすべての周波数が線形的に圧縮されることによって,信号のスペクトルに対して周波数置換が行われる。置換による不自然な結果を避けるために低い周波数が線形的に圧縮されるが,それでも利用可能な音声スペクトルの全体が圧縮されるので,不要な副作用や不自然な音の再生が生じてしまう。この方法も,周波数ドメインへの,または周波数ドメインからの信号のFFT変換を含むので,非常にプロセッサ集約的(very processor intensive)である。
【0008】
米国特許第6408273B1号は,入力音声信号のピッチ,発声,エネルギー,およびスペクトル特性を抽出し,上記ピッチ,発声,エネルギー,およびスペクトル特性を互いに独立に修正し,修正された音声信号を聴覚障害を持つ人に与える,聴覚障害を持つ人の聴覚を補正する方法を開示している。この方法は,複雑で扱いにくく,またすべての知覚可能な周波数スペクトルを処理するので,音像(the sound image)に悪影響を及ぼす。この種の集約的処理は,全体的な音像を不可避的に歪ませ,判別不能にすることもあり,ユーザには知覚可能ではあるが認識不可能な音が与えられてしまう。
【発明の開示】
【0009】
従来技術において公知であるすべての周波数置換方法は,ある種のフォームに処理される信号の低周波数成分に影響を与える。これらの方法は,信号中の高周波数成分を急勾配の聴力損失の人に聞こえるようにするが,全体的な信号のインテグリティ(integrity)(完全性)を落とすことにもなるので,多くの公知の音がこのシステムによって認識することが困難になってしまう。特に,入力信号の振幅変調エンベロープは,公知のどの方法によってもひどく劣化する。したがって,結果的に得られる信号の品質をあまり落とさずに,聴覚障害を持つ人に高周波数音を利用可能にさせる,効果的で高速かつ信頼性のある方法が望まれている。
【0010】
この発明によると,少なくとも1つの入力トランスデューサ,信号処理装置,および出力トランスデューサを備え,上記信号処理装置が,第1の周波数部分が第2の周波数部分よりも高い周波数の信号を持つように,上記入力トランスデューサからの信号を第1の周波数部分と第2の周波数部分とに分割する(splitting)手段,上記第1の周波数部分の信号の周波数を置換して,上記第2の周波数部分の周波数範囲内に収まる周波数置換信号(a frequency transposed signal)を生成する手段,上記第2の周波数部分に上記置換信号を重畳(superimposing)して和信号(a sum signal)を生成する手段,ならびに上記和信号を上記出力トランスデューサに与える手段を備えた補聴器が案出されている。このようにして,この発明による補聴器に与えられる信号中の高周波数が,入力信号のインテグリティを落とすことなく,上記補聴器を装着する聴覚障害を持つユーザに対して利用可能とされる。
【0011】
この発明では,高周波数範囲の音が,快適かつ認識可能に,聴覚障害を持つユーザに対して利用可能となる。具体的には,純粋な音(a pure tone)は純粋な音にマッピングされ,スイープ音(a sweep)はスイープ音にマッピングされ,変調信号(a modulated signal)は同等の変調信号にマッピングされ,騒音(noise)は騒音としてマッピングされ,低周波数音(the low frequency sound)はひずみを生じることなく維持させられる。
【0012】
この発明によると,補聴器における信号処理方法も案出されている。この方法は,入力信号を得,上記第1の周波数部分が第2の周波数部分よりも高い周波数の信号を持つように,上記入力信号を第1の周波数部分と第2の周波数部分とに分割し,上記第1の周波数部分の信号の周波数を置換して,上記第2の周波数部分の周波数範囲内に収まる周波数置換信号を生成し,上記第2の周波数部分に上記置換信号を重畳して和信号を生成し,上記和信号を出力トランスデューサに与えるものである。高周波数成分を含む信号にこの方法を適用することによって,高周波数成分が一定量低周波数側にシフトされ,高周波数成分は排除されずに,聴覚障害を持つ人が高周波数成分を含む信号を聞けるようにする。
【0013】
利用可能な可聴周波数スペクトルを2つの部分,すなわち,スキースロープ聴力損失のある人が補聴器なしで感知できると考えられる一の低周波数部分と,聴覚障害のあるユーザが感知できないと考えられる一の高周波数部分とに分割することを考える。スペクトルの低周波数部分を維持し,かつ低周波数部分の範囲内に収まるように,一定量,例えば1オクターブ分,高周波数部分を低周波数側に置換し,かつ低周波数部分に加算すると,高周波数部分に存在する高周波数の情報は,低周波数帯域に既に存在する情報を著しく変化させることなく,感知可能になる。
【0014】
高周波数の実際の置換または移動は,サイン曲線またはコサイン曲線を用いて高周波数信号を屈曲(folding)または変調(modulating)する比較的簡単な方法によって実行することができる。サイン曲線またはコサイン曲線の周波数は固定周波数でもよく,または信号から派生したものでもよい。その後,低周波数音声信号として再生するために,置換高周波数部分の信号は低周波数部分と混合される。
【0015】
図面を参照して,この発明をさらに詳細に説明する。
【実施例】
【0016】
図1は音声信号の周波数スペクトルを示すもので,約10kHzまでの周波数成分を含む直接音声スペクトル(direct sound spectrum),DSSを示している。5〜7kHzの範囲が注目すべき周波数帯域であり,ちなみに6kHz付近にピークを有している。聴力閾値レベルHTLで表されている,典型的ないわゆる「スキースロープ」聴力損失聴力曲線の想定知覚周波数特性(the assumed perceptual frequency response)が,破線によって図中に象徴的に示されており,約4kHzまでは正常であるが4kHzを超えると急激な勾配をなす聴力曲線を示している。このような想定聴力曲線をもつ人は,約5kHzを超える周波数の音を知覚できない。
【0017】
図2は,図1に示す音声信号DSSが特に「スキースロープ」聴力損失HTLをもつと想定される人によってどのように知覚されるかを,破線によって示している。聴力損失スペクトル(hearing loss spectrum),HLSで表される,周波数スペクトルの結果的に知覚される部分が,その下に実線で示されている。このような聴覚障害のある人は,聴力曲線のスロープ部分よりも低い周波数の音を通常は知覚するが,聴力曲線のスロープ部分よりも高い周波数の音については,この周波数帯域における聴力損失が重度であって聴覚機能が残っていないために,強力な増幅をもってしても知覚できないままである。これは,これらの周波数の知覚に通常関与する内耳の基底膜の一部に振動を感知する有毛細胞が残っていない状況において生じる。そのため,この聴力曲線による周波数限界よりも高い周波数を知覚可能にするためには,ある周波数を単純に増幅するのとは異なる取り組みが必要である。
【0018】
図3は,音響周波数スペクトル(the audio frequency spectrum)DSSを圧縮することによって特定の可聴範囲の限界よりも高い周波数の音を知覚可能にする従来技術の方法を利用した結果を示すグラフであり,圧縮音声スペクトル(the compressed sound spectrum)CSSによって示される結果的に得られる周波数スペクトルが,特定の聴力損失HTLの制限に適合するように,補聴器によって再生される。グラフから分かるように,約10kHzまでのオリジナル信号DSSのすべての周波数成分は,聴覚障害のある人の残存可聴範囲HTLの範囲内にマッピングされるが,結果的に得られる周波数スペクトルCSS自体は,特に低周波数において著しく変形している。
【0019】
この方法は高周波音を知覚可能な音に変換するが,全体の音声品質が損なわれ,公知の音を認識することが困難または全く不可能になり,この方法の助けを受けずに知覚される音と再生される音との関係がほとんど存在しない。このように,高い周波数の知覚は,公知の音を容易に認識する能力を犠牲にすることによって得られる。当然,この能力は厳しい訓練により取り戻すことも可能であるが,特に高齢の補聴器ユーザの場合,そのような訓練をうまく実行することが難しい。このように,全周波数スペクトルの圧縮は,高周波音を聴覚障害をもつ補聴器ユーザに利用可能にするという課題に対する最適な解決策ではない。
【0020】
図4は,この発明の方法における第1ステップを示すグラフである。最初に,高周波数部分(the high-frequency part)と低周波数部分(the low-frequency part)の関係が選択されなければならない。この周波数の関係は,たとえば1/2または1/3などの簡単な比として好ましくは選択され,置換のために利用される周波数を計算する際に後述のステップにおいて用いられる。高周波数部分を用意するために,4kHz〜8kHzの周波数帯域,すなわち1オクターブに及ぶように,図1に示すオリジナル音声信号DSSの帯域が限定され(band-limited)BSS,これにより,図5に示すこの発明の第2および第3のステップにおける解析および置換の準備が整う。実際のフィルタリングは,BPF1によって示されている第1のバンドパスフィルタを用いて行われる。
【0021】
図5は,図4の帯域限定(制限)音声スペクトル(the band-limited sound spectrum)BSSが破線によって表されている,帯域限定信号(the band-limited signal)のグラフを示す。帯域限定音声信号(the band-limited audio signal)BSSが,ここでは6kHz付近のBSSグラフ上の円によって特定されているノッチフィルタ周波数(notch filter frequency)NFFによって示されている主周波数(a dominant frequency)のために分析される。この分析は,帯域限定音声信号を処理し,かつ任意の瞬間におけるSPLで表される最高音圧レベルを有する帯域限定信号内の周波数の特定の狭帯域を探し出す適応ノッチフィルタ(an adaptive notch filter)を用いることによって,好適に実行することができる。ノッチフィルタは,その出力を最小にしようとするとともにノッチ周波数を状況に合わせて連続的に適応させる。ノッチフィルタが主周波数に調整されるとノッチフィルタからの全出力が最小になる。主周波数NFFがこのようにして見つけ出されると,この発明の方法の第3ステップが実行され,計算発生器周波数(calculated generator frequency)CGFによって表される,高周波数信号部分(the high-frequency signal part)BSSの実際の置換を行うために用いられる周波数が,計算される。
【0022】
つぎに,第4ステップにおいて,この周波数CGFが帯域限定高周波数信号部分(the band-limited high-frequency signal part)BSSに乗算されて,信号のコピーである,USBで示す高帯域側(an upper sideband)およびLSBで示す低帯域側(a lower sideband)が,それぞれ生成される。これにより,音声スペクトルBSSの帯域限定高周波数部分が高い周波数および低い周波数に置換される。これらの信号部分USBおよびLSBが図5において実線で示されている。しかしながら,低帯域側の信号部分LSBのみが利用される。発振器周波数(oscillator frequency)CGFは,以下の式によって算出される。
【0023】
【数1】
ここで,CGFは計算発振器周波数(the calculated oscillator frequency),NFFはノッチフィルタ周波数,Nは音源帯域と目標帯域の関係である。
【0024】
音がその高周波数成分とともに絶え間なく変化しているような常時変化する聴覚環境にこの方法のこのステップを適応させるために,この計算は入力信号BSSにおいて連続的に行われる。
【0025】
高周波数帯域信号BBSが効果的に取得され,主周波数NFFのたとえば1/2または1/3であるCGFによって,高周波数帯域信号BBSが低周波数側にシフトされる。たとえば1または2オクターブだけNFFが正確にシフトされ,それと平行してサイドローブ(side lobes)が低周波数側にシフトされる。よくケースであるが,高周波数信号が低周波数帯域における基本音の一連の高調波(a series of harmonics of a fundamental tone)である場合,置換信号は,低周波数帯域における基本音の任意の高調波と調和する一連の高調波(a series of harmonics consistent with any harmonics of the fundamental tone)を示す。
【0026】
図6において,第5ステップが実行され,ここでは,図5の低周波帯LSBを選ぶために,BL−LSBによって示されている,置換された低周波帯信号の帯域限定高周波数部分が,BPF2で示されている第2のバンドパスフィルタリングによってさらに帯域限定され,かつ低周波数部分(図示略)すなわち2kHz〜4kHzにおいて,1オクターブ内に収められて,置換信号のいくつかのサイドローブが捨てられる(discarding some side lobes of the transposed signal)。帯域限定フィルタのグラフBPF2が,図6に破線によって示されている。結果として,実線で示す信号のさらなる帯域限定高周波数部分BL−LSBが得られる。
【0027】
第6ステップでは,図7に示すように,信号の,置換された帯域限定高周波数部分BL−LSBが,信号の低周波数部分HLSに加えられ,これにより低周波数部分を変化させずに,スキースロープ聴覚障害HTLを持つ人が音声スペクトルの高周波数部分の音を実際的に聞けるようになる。聴力損失曲線HTLが破線で示され,低周波数部分HLS,および信号の置換された帯域限定高周波数部分BL−LSBが実線で示されている。この合成信号部分(the combined signal parts)は,補聴器プロセッサによって目標範囲におけるユーザの聴力の観点からみて適切にさらに処理され,出力トランスデューサ(図示略)に与えられる。上記課題に対するこのアプローチの重要な利点は,聴覚障害のあるユーザが,追加的なトレーニングを受けることなく,合成音声信号を直ちに認識できるということである。
【0028】
図8は,この発明の好適な実施形態のブロック図である。置換器ブロック(a transposer block)1は,ノッチ分析ブロック2,発振器3,乗算器4,およびバンドパスフィルタ5を備えている。図4にBSSで示すグラフと事実上同じである信号の高周波数部分が,乗算器4の第1入力に与えられ,かつノッチ分析ブロック2の入力に与えられる。ノッチ分析ブロック2の出力は発振器ブロック3の周波数制御入力に接続されており,発振器ブロック3の出力は乗算器4の第2入力に接続されている。ノッチ分析ブロック2は,入力信号の主周波数分析を連続的に行い,ノッチ分析ブロック2の出力として,発振器3の周波数を制御するための制御信号値を与える。
【0029】
発振器3からの信号は,図4のNFFで示される円に対応する単一の周波数である。発振器3からの信号が信号BSSに乗算され,これにより入力信号BSSの2つの置換バージョンLSBおよびUSBが生成される。乗算器4の出力は,図6の第2のバンドパスフィルタ曲線BPF2に対応するバンドパスフィルタ5の入力に接続されている。バンドパスフィルタ5からの出力は,図6の曲線BL−LSB,すなわち図5の置換信号LSBの帯域限定バージョンに似た信号である。
【0030】
ノッチ分析ブロック2によって検出される入力信号における主周波数が,次式にしたがう発振器周波数を決定することによって,発振器ブロック3の周波数が制御される。
【0031】
【数2】
ここで,Nは音源周波数帯域において検出される,計算発振器周波数fOSCとノッチ周波数fnotch間の周波数関係(the frequency relationship)である。その後,乗算器4において入力信号を発振器3からの出力に乗算することによって,実際の置換が行われる。次に,置換高周波数信号が,置換器ブロック1から出力される前に,バンドパスフィルタ5によって帯域限定される。この帯域限定は,置換信号が目標周波数帯域において1オクターブの範囲内に確実に収まるように行われる。
【0032】
図9は,デジタル発信器アルゴリズムを,図8に示すこの発明と連動するコサイン発生器3の実施に好適なCORDICアルゴリズム・ブロック85とともに示している。CORDICアルゴリズムの動作および内部構造は,例えば,J.S.Waltherによる“A unified algorithm for elementary functions”,Spring Joint Computer Conference,1971,議事録,379−385ページにおいて十分に説明されているので,本願における詳細な説明は省略する。
【0033】
デジタル・コサイン発生器または発振器3は,周波数パラメータ入力23,第1の加算点(the first summation point)80,第1の条件比較器(a first condition comparator)81,第2の加算点82および第1の単位遅延83を備えている。第1の加算点80において,パラメータ入力23から生じる周波数制御パラメータωが第1の単位遅延83の出力と加算される。第1の加算点80の出力は,第2の加算点82の第1入力および第1の条件比較器81の入力として用いられる。第1の条件比較器81によって与えられる引数がπ以上である場合,条件比較器の出力は常に−2πとなり,それ以外の場合には条件比較器の出力は0となる。
【0034】
第1の単位遅延からの出力信号は実質的にはのこぎり波であり,これがCORDICコサインブロック85の入力84に与えられると,CORDICコサイン・ブロック85は出力88にコサイン波を与える。周波数パラメータω(ラジアン)は,このようにして,図8に示す置換器ブロック1において入力信号を変調するのに用いられるコサイン発振器3の発振周波数を,効果的に決定する。
【0035】
図10は,図8に示すノッチ分析ブロック2のデジタル的な実施形態を概略的に示しており,この発明とともに利用するために構成されているものを示している。ノッチ分析ブロック2は,制御ループを構成する,適応ノッチフィルタ15,ノッチ制御ユニット16,CORDICコサイン・ブロック17,第1の定数乗算器18および第2の定数乗算器19と,出力端子23を備えている。
【0036】
分析すべき信号が,適応ノッチフィルタ15の信号入力に与えられる。適応ノッチフィルタ15の適応は,ノッチフィルタ15の出力を常に最小にしようとすることによって,入力信号中の主周波数を探索しかつ検出するように構成されており,ノッチ・パラメータとしての検出周波数値がノッチ制御ユニット16の第1入力に与えられ,勾配パラメータとしての勾配値(the gradient value)がノッチ制御ユニット16の第2入力に与えられる。
【0037】
ノッチ制御ユニット16の出力は,第2の定数乗算器19における係数Rtrによってプレスケールされるノッチフィルタ周波数の更新(an update of the notch filter frequency)であり,このパラメータのコサインは,CORDICコサイン・ブロック17によって算出されて,第1の定数乗算器18によってプレスケールされ,かつ適応ノッチフィルタ15の制御入力に与えられる。プレスケーリング係数Rtrは,次式によって算出される。
【0038】
【数3】
ここでNは,上述のように,発振器周波数とノッチ周波数との関係である。
【0039】
ノッチ制御ユニットの出力は,周波数パラメータωoとして出力23に与えられる。これは,入力信号を置換するために用いられる周波数(ラジアン)(in radians)である。適応ノッチフィルタ15のノッチ周波数ωNを制御するために,ノッチ制御ユニット16からの出力は,CORDICコサイン・ブロック17への入力の前に,第2の定数乗算器19において定数Rtrによってスケーリングされる。このようにして,ノッチ分析ブロック2の出力は,実質的に入力信号の主周波数(a dominant frequency)となる。
【0040】
この発明に用いられるノッチフィルタ15およびノッチ制御ユニット16の実施形態が,図11に示されている。フィルタ15は,非常に狭いストップ・バンド(阻止帯域)(a very narrow stop band)を持つ順行型2デジタル帯域除去フィルタ(a direct-form-2 digital band reject filter)として示されている。フィルタ15は,第1の加算点31,第2の加算点32,第1の単位遅延33,第1の定数乗算器34,第2の定数乗算器35,第3の加算点36,第4の加算点37,第3の定数乗算器38,第4の定数乗算器39,および第2の単位遅延40を備えている。ノッチ制御ユニット16は,正規化ブロック(a normalizer block)43,逆数ブロック44,乗算器45,および周波数パラメータ出力ブロック23を備えている。
【0041】
フィルタ係数RpおよびNcは,かなり狭いストップ・バンドによって分離される2つのパス・バンド(通過帯域)を有するノッチフィルタ特性をもたらすものである。係数Rpはノッチフィルタ15の(二)極の半径(the radius of the (double) pole of the notch filter 15)であり,係数Ncはノッチフィルタ15のストップ・バンドの中心周波数を決定するノッチ係数である。Ncの値は,図10のノッチ制御ユニット16からのスケールされ,かつ調整された制御値(the scaled and conditioned control value)によって決定され,また第1および第2の乗算器34および35において連続的に更新(アップデート)される。
【0042】
図11のノッチフィルタ15は,入力信号の主周波数に一致するようにストップ・バンドの中心周波数を調整することによって,ノッチフィルタ15の出力を最小にしようと連続的に試みるように構成されている。ノッチフィルタ15からの勾配値(the gradient value)は,Grad出力(the Grad output)を経由してノッチ制御ユニット16へ出力され,ノッチ制御ユニット16が,出力信号を最小にするために中心周波数を上下して調整することが必要かどうかを判断するために用いられる。このようにして,ノッチフィルタ15は,狭周波数帯域ではあるが,中心周波数によって決定されるすべての周波数を通過させる。
【0043】
ノッチ制御ユニット16は,信号Gradおよび信号Outputを用いて,以下の式にしたがう周波数パラメータωoを形成する。
【0044】
【数4】
【0045】
ここで
【数5】
μはノッチ周波数に対する発振器周波数の適応速度であり,λはノッチ周波数の波長である。パラメータnormは,2つの式の大きい方として定義される。ノッチ制御ユニット16からの出力は,図8の発振器ブロック3を制御するために用いられる周波数パラメータωoである。
【0046】
補聴器ユーザは,一定の環境下において,上記のようにこの発明を適用して得られる上限8kHzよりも高い周波数からの利益を享受できるよう望むことができる。しかしながら,8kHzよりも高い周波数を2倍に置換したままで(while still transposing frequencies above 8kHz by a factor of two),たとえばより広い周波数範囲を組み込むように置換アルゴリズムを適合しようとすると,置換周波数がシステムの2kHz帯域幅の制限よりも高くなり,置換後の再生が行われないことがある。好ましい実施形態においては,第1のアルゴリズムとパラレルに動作するが,8kHzから12kHzの高周波数範囲を入力として得,かつこの範囲を3倍で置換する,同様の第2のアルゴリズムが用いられ,これにより補聴器ユーザはその周波数範囲の利益をも享受できる。このような付加的アルゴリズムは,第1のアルゴリズムによってすでに実行された置換とそれほど干渉はしない。
【0047】
多帯域置換(multi-band transposition)を行うシステムの実施形態が図12に示されている。図12に示すシステムは,音源選択ブロック10,第1の置換器ブロック11,第2の置換器ブロック12,出力選択ブロック13,および出力段14を備えている。音源選択ブロック10の4つの出力は,第1の置換器ブロック11の入力および第2の置換器ブロック12の入力に,それぞれ接続されている。第1の置換器ブロック11および第2の置換器ブロック12の両方の出力は,いずれも出力選択ブロック13の第2および第3の入力に接続されており,出力選択ブロック13の出力は出力段14の入力に接続されている。
【0048】
入力信号は,一セットの高周波数帯域(a set of high-frequency bands)および一セットの低周波数帯域(a set of low-frequency bands)に分割される。低周波数帯域(the low frequency bands)は出力選択ブロック13の第1入力に直接に進み,高周波数帯域(the high frequency bands)は音源選択ブロック10の入力に進む。低周波数帯域は約20Hz〜約4kHzの周波数を含む。音源選択ブロック10にはOFF,LOWおよびHIGHの3つの設定がある。OFFでは置換器ブロック11,12に信号が進まず,LOWでは第1の置換器ブロック11にのみ入力信号が進み,HIGHでは第1の置換器ブロック11および第2の置換器ブロック12の両方に入力信号が進む。
【0049】
第1の置換器ブロック11は4kHz〜8kHzの周波数範囲で動作するものであり,入力信号を2倍でダウン置換して(減置換)(transposing the input signal down by a factor of two)置換出力信号に2kHz〜4kHzの周波数範囲を与える。第2の置換器ブロック12は8kHz〜12kHzの周波数範囲で動作するものであり,入力信号を3倍でダウン置換して置換出力信号に約2.6kHz〜約4kHzの周波数範囲を与える。2つの置換器ブロック11,12からの出力は出力選択ブロック13に送られ,ここで,不変信号のレベル(the level of the unaltered signal)と置換器ブロック11,12からの置換信号のレベル(the levels of the transposed signals)のバランスが決められる。20Hz〜4kHzの帯域幅を持つ混合信号は,出力選択段13を出て,さらに処理を行うための出力段14に入る。このようにして,利用可能な周波数範囲が4kHzまでに限定される聴覚障害を持つ人が,4kHz〜12kHzの周波数範囲を聞こえるようにするために,2つの置換器ブロック11,12は並行して動作する。
【0050】
図13は,マイクロフォン51,入力段ブロック52,帯域分割フィルタ・ブロック53,第1の置換器ブロック55,第2の置換器ブロック57,第1の圧縮器ブロック54,第2の圧縮器ブロック56,第3の圧縮器ブロック58,加算点59,出力段ブロック60,および出力トランスデューサ61を備えた補聴器50を示している。これはこの発明の一実施形態であり,別々の置換器ブロック55,56からの出力信号は,置換器ブロック(複数)からの信号と非置換信号部分(the un-transposed signal portions)を加算点59において加算して出力段60に与えるのに先立って,さらなる処理たとえば圧縮器56,58における圧縮の対象とされる。
【0051】
マイクロフォン51によって音がピックアップされ,調整のための入力段ブロック52に与えられる。入力段ブロック52からの出力は,帯域分割フィルタ53,第1の置換器ブロック55,および第2の置換器ブロック57への入力として用いられる。帯域分割フィルタ53は選択周波数限度(a selected frequency limit)よりも低い複数の周波数帯域に入力信号を分割し,各周波数帯域が第1の圧縮器ブロック54によって個別に圧縮される。第1の置換器55は,上記選択周波数限度よりも低い帯域内に収まるように,上記選択周波数限度よりも高い第1の周波数帯域を低周波数側に置換する。第2の圧縮器ブロック56は,第1の置換器55からの置換信号を個別に圧縮する。同様にして,第2の置換器57は,上記選択周波数限度よりも低い帯域内に収まるように,上記選択周波数限度よりも高い第2の周波数帯域を低周波数側に置換する。第3の圧縮器ブロック58も,第2の置換器57からの置換信号を個別に圧縮する。
【0052】
第2および第3の圧縮器56,58からの,上記置換圧縮信号(the transposed, compressed signals)は,加算点59において,第1の圧縮器54からの低域通過圧縮信号(the low-pass filtered, compressed signal)に加算される。その後,選択周波数までの周波数のみを含む,結果信号(the resulting signal)が出力段60によって処理され,出力トランスデューサ61によって音響信号として再生される。
【0053】
このようにして,補聴器50によって,出力信号が選択周波数よりも低い周波数だけから構成されるような方法によって,選択周波数よりも高いおよび低い周波数からなる入力信号が取扱われ,選択周波数よりも低いオリジナルの周波数が周波数変更を伴うことなく(without frequency alteration)再生され,選択周波数よりも高いオリジナル周波数は,選択周波数よりも低い周波数とともにコヒーレントに再生されるように,この発明にしたがって低周波数側に置換される。
【0054】
音源帯域,目標帯域,および置換係数の範囲は,特定の聴力損失のタイプの性質および所望の周波数範囲に応じて,別の実施形態において利用することができる。上記に提案された周波数範囲は単なる例示範囲にすぎず,この発明を限定するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】障害のある聴覚能力の想定される限界を超える周波数成分を有する音声信号を示すグラフである。
【図2】想定される障害のある聴覚能力を持つ人によって知覚される図1における音声信号を示すグラフである。
【図3】従来技術による周波数圧縮方法を示すグラフである。
【図4】この発明による周波数置換方法における第1の段階を示すグラフである。
【図5】この発明による周波数置換方法における第2の段階を示すグラフである。
【図6】この発明による周波数置換方法における第3の段階を示すグラフである。
【図7】この発明の方法を適用後に知覚される図1における音声信号を示すグラフである。
【図8】図4,5,および6における方法の実装のブロック図である。
【図9】図8中の発振器ブロック3の実装の概略である。
【図10】図8中のノッチ分析ブロック2のデジタル的実装のブロック図である。
【図11】ノッチフィルタおよびノッチ制御ユニットの実施形態である。
【図12】2つの別々の置換器ブロックを含む置換器アルゴリズムのブロック図である。
【図13】この発明による補聴器のブロック図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1つの入力トランスデューサ,信号処理装置および出力トランスデューサを備え,
上記信号処理装置は,
第1の周波数部分が第2の周波数部分よりも高い周波数の信号を持つように,上記入力トランスデューサからの信号を第1の周波数部分と第2の周波数部分とに分割する手段,
上記第1の周波数部分の信号の周波数を置換して上記第2の周波数部分の周波数範囲内に収まる周波数置換信号を生成する手段,
上記第2の周波数部分に上記置換信号を重畳して和信号を生成する手段,ならびに
上記和信号を上記出力トランスデューサに与える手段,
を備えている,補聴器。
【請求項2】
上記和信号を出力トランスデューサに与える手段は,補聴器ユーザの聴力不足を補償するように上記和信号を調整するために適合された出力段を備えている,
請求項1に記載の補聴器。
【請求項3】
上記第2の周波数部分を圧縮する第1の圧縮器,および上記置換信号を圧縮する第2の圧縮器を備えている,
請求項1に記載の補聴器。
【請求項4】
上記第1の周波数部分における主周波数を識別する手段,およびその周波数部分の外側の信号を抑制する手段を備え,上記第1の周波数部分の信号の置換手段は,置換のための上記主周波数についての周波数帯域を選択するように適合されている,
請求項1に記載の補聴器。
【請求項5】
上記置換手段は,第1の周波数帯域の特徴的な周波数を検出することが可能な少なくとも1つの周波数検出器,上記周波数検出器によって制御される少なくとも1つの発振器,および第1の周波数帯域からの信号を上記発振器からの出力信号に乗じることにより上記置換信号を生成する手段を備えている,請求項4に記載の補聴器。
【請求項6】
上記入力トランスデューサからの信号を少なくとも第1,第2,および第3の別々の周波数部分に分割する手段を備え
上記置換手段は,それぞれの置換周波数によって第1および第2の周波数部分を個々に置換するように適合されており,
上記第1および第2の周波数部分の置換されたそれぞれのバージョンを上記第3の周波数部分に重畳することにより,和信号を生成する手段を備えている,
請求項1に記載の補聴器。
【請求項7】
上記主周波数を識別する手段はノッチフィルタを備えている,
請求項4に記載の補聴器。
【請求項8】
上記発振器はコサイン発振器である,請求項5に記載の補聴器。
【請求項9】
補聴器における信号を処理する方法であって,
入力信号を得,
第1の周波数部分が第2の周波数部分よりも高い周波数の信号を持つように,上記入力信号を第1の周波数部分と第2の周波数部分とに分割し,
上記第1の周波数部分の信号の周波数を置換して,上記第2の周波数部分の周波数範囲内に収まる周波数置換信号を生成し,
上記第2の周波数部分に上記置換信号を重畳して和信号を生成し,
上記和信号を出力トランスデューサに与える,
方法。
【請求項10】
上記出力トランスデューサに与えるべき上記和信号を調整して,補聴器ユーザの聴力不足を補償する,請求項9に記載の方法。
【請求項11】
第1の圧縮器において上記第2の周波数部分を圧縮し,第2の圧縮器において上記周波数置換信号を圧縮する,請求項9に記載の方法。
【請求項12】
上記第1の周波数部分の主周波数を識別し,その周波数部分の外側の信号を抑制し,置換のための上記主周波数についての周波数部分を選択する,請求項9に記載の方法。
【請求項13】
上記主周波数によって発振器を駆動し,第1の周波数部分からの信号を上記発振器からの出力信号に乗算して上記周波数置換信号を生成し,上記乗算信号を上記第1の周波数部分からの信号に加算する,請求項9に記載の方法。
【請求項14】
上記第1の周波数部分の帯域幅よりも小さい帯域幅を上記第2の周波数部分として選択する,請求項9に記載の方法。
【請求項15】
上記第1の周波数部分の帯域幅の何分の一の帯域幅を上記第2の周波数部分として選択する,請求項9に記載の方法。
【請求項16】
聴覚障害を持つ補聴器のユーザが知覚可能な帯域幅を上記第2の周波数部分として選択する,請求項9に記載の方法。
【請求項17】
上記主周波数の何分の一として計算されるオフセット周波数によって,上記第2の周波数部分を置換する,請求項12に記載の方法。
【請求項1】
少なくとも1つの入力トランスデューサ,信号処理装置および出力トランスデューサを備え,
上記信号処理装置は,
第1の周波数部分が第2の周波数部分よりも高い周波数の信号を持つように,上記入力トランスデューサからの信号を第1の周波数部分と第2の周波数部分とに分割する手段,
上記第1の周波数部分の信号の周波数を置換して上記第2の周波数部分の周波数範囲内に収まる周波数置換信号を生成する手段,
上記第2の周波数部分に上記置換信号を重畳して和信号を生成する手段,ならびに
上記和信号を上記出力トランスデューサに与える手段,
を備えている,補聴器。
【請求項2】
上記和信号を出力トランスデューサに与える手段は,補聴器ユーザの聴力不足を補償するように上記和信号を調整するために適合された出力段を備えている,
請求項1に記載の補聴器。
【請求項3】
上記第2の周波数部分を圧縮する第1の圧縮器,および上記置換信号を圧縮する第2の圧縮器を備えている,
請求項1に記載の補聴器。
【請求項4】
上記第1の周波数部分における主周波数を識別する手段,およびその周波数部分の外側の信号を抑制する手段を備え,上記第1の周波数部分の信号の置換手段は,置換のための上記主周波数についての周波数帯域を選択するように適合されている,
請求項1に記載の補聴器。
【請求項5】
上記置換手段は,第1の周波数帯域の特徴的な周波数を検出することが可能な少なくとも1つの周波数検出器,上記周波数検出器によって制御される少なくとも1つの発振器,および第1の周波数帯域からの信号を上記発振器からの出力信号に乗じることにより上記置換信号を生成する手段を備えている,請求項4に記載の補聴器。
【請求項6】
上記入力トランスデューサからの信号を少なくとも第1,第2,および第3の別々の周波数部分に分割する手段を備え
上記置換手段は,それぞれの置換周波数によって第1および第2の周波数部分を個々に置換するように適合されており,
上記第1および第2の周波数部分の置換されたそれぞれのバージョンを上記第3の周波数部分に重畳することにより,和信号を生成する手段を備えている,
請求項1に記載の補聴器。
【請求項7】
上記主周波数を識別する手段はノッチフィルタを備えている,
請求項4に記載の補聴器。
【請求項8】
上記発振器はコサイン発振器である,請求項5に記載の補聴器。
【請求項9】
補聴器における信号を処理する方法であって,
入力信号を得,
第1の周波数部分が第2の周波数部分よりも高い周波数の信号を持つように,上記入力信号を第1の周波数部分と第2の周波数部分とに分割し,
上記第1の周波数部分の信号の周波数を置換して,上記第2の周波数部分の周波数範囲内に収まる周波数置換信号を生成し,
上記第2の周波数部分に上記置換信号を重畳して和信号を生成し,
上記和信号を出力トランスデューサに与える,
方法。
【請求項10】
上記出力トランスデューサに与えるべき上記和信号を調整して,補聴器ユーザの聴力不足を補償する,請求項9に記載の方法。
【請求項11】
第1の圧縮器において上記第2の周波数部分を圧縮し,第2の圧縮器において上記周波数置換信号を圧縮する,請求項9に記載の方法。
【請求項12】
上記第1の周波数部分の主周波数を識別し,その周波数部分の外側の信号を抑制し,置換のための上記主周波数についての周波数部分を選択する,請求項9に記載の方法。
【請求項13】
上記主周波数によって発振器を駆動し,第1の周波数部分からの信号を上記発振器からの出力信号に乗算して上記周波数置換信号を生成し,上記乗算信号を上記第1の周波数部分からの信号に加算する,請求項9に記載の方法。
【請求項14】
上記第1の周波数部分の帯域幅よりも小さい帯域幅を上記第2の周波数部分として選択する,請求項9に記載の方法。
【請求項15】
上記第1の周波数部分の帯域幅の何分の一の帯域幅を上記第2の周波数部分として選択する,請求項9に記載の方法。
【請求項16】
聴覚障害を持つ補聴器のユーザが知覚可能な帯域幅を上記第2の周波数部分として選択する,請求項9に記載の方法。
【請求項17】
上記主周波数の何分の一として計算されるオフセット周波数によって,上記第2の周波数部分を置換する,請求項12に記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公表番号】特表2008−544660(P2008−544660A)
【公表日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−517317(P2008−517317)
【出願日】平成17年6月27日(2005.6.27)
【国際出願番号】PCT/DK2005/000433
【国際公開番号】WO2007/000161
【国際公開日】平成19年1月4日(2007.1.4)
【出願人】(500011045)ヴェーデクス・アクティーセルスカプ (99)
【公表日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年6月27日(2005.6.27)
【国際出願番号】PCT/DK2005/000433
【国際公開番号】WO2007/000161
【国際公開日】平成19年1月4日(2007.1.4)
【出願人】(500011045)ヴェーデクス・アクティーセルスカプ (99)
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