説明

高周波焼入れ用鋼

【課題】鍛造性に優れ、かつ、熱間鍛造及び高周波焼入れされた後の転動疲労特性に優れた、高周波焼入れ用鋼を提供する。
【解決手段】高周波焼入れ用鋼は、質量%で、C:0.48〜0.90%、Si:0.15〜0.35%、Mn:0.50〜0.90%、Cr:0.10〜2.0%、Cu:0.10〜1.0%、Ni:0.05〜1.0%、N:0.0030〜0.020%、及び、Al:0.005〜0.050%、を含有し、残部はFe及び不純物からなり、不純物中のP、S、Ti及びOがそれぞれ、P:0.025%以下、S:0.035%以下、Ti:0.0020%以下、及び、O:0.0020%以下であり、式(1)及び式(2)を満たす。Ni≧Cu/2・・・(1)、210≦257.7C+10.7Si+43Mn+17.2(Cu+Ni)+51.5Cr+48.4≦280・・・(2)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高周波焼入れ用鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車部品に代表される機械部品では、強度、耐摩耗性及び転動疲労特性を高めるため、表面硬化処理が施されることが多い。表面硬化処理としては、浸炭焼入れ、窒化、高周波焼入れがよく知られている。高周波焼入れは、他の表面硬化処理と比較して鋼材の局部処理が容易であり、かつ低コストである。
【0003】
機械部品の一例である軸受は、自動車や産業機械に広く適用されている。軸受は、熱間鍛造及び切削により製造された後、表面硬化処理を実施される。軸受に対しても、高周波焼入れが適用されるケースが増加している。
【0004】
軸受に代表される機械部品では、「転がり接触」、「すべり接触」及び「転がり−すべり接触」が起こる。そのため、このような機械部品に利用される高周波焼入れ用鋼では、優れた製造性(鍛造性及び被削性)と、優れた転動疲労特性とを要求される。
【0005】
製造性又は転動疲労特性の向上を目的とした技術が次のとおり提案されている。
【0006】
特開2007−24260号公報(特許文献1)は、製造性の向上を目的とする。特許文献1は、Cuの粒界析出による鍛造性の低下を抑制できる転動部品を提案している。特許文献1に開示された転動部品は、C:0.5〜0.7%、Si:0よりも大きく1.2%以下、Mn:0.2〜1.2%、Cu:0よりも大きく0.3%以下、Ni:0よりも大きく0.20%以下を含有し、残部はFe及び不純物であり、かつ、Cu及びNiの含有量がCu/Ni≦2を満たす。このような化学組成を有することにより、良好な鍛造性が維持されると特許文献1では記載されている。
【0007】
特開平9−329147号公報(特許文献2)及び特開平8−92689号公報(特許文献3)は、転動疲労特性の向上を目的とする。
【0008】
特許文献2は、鋼中に侵入する水素量を低減することにより、転動疲労特性を高めることを目的とする。具体的には、特許文献2は、潤滑剤中に水が混入する環境下でも長寿命を有する転がり軸受を開示する。特許文献2に開示された転がり軸受では、内輪、外輪及び転動体の少なくとも一つがCu:0.05〜0.60%、C:0.10〜1.10%を必須で含み、Nb:0.2%以下及びV:0.2%以下のいずれかを選択的に含む。このような化学組成を有することにより、鋼表面での水素発生量が減少し、さらに水素を透過しにくい被膜が形成される。そのため、鋼中に侵入する水素量が減少する。その結果、水素脆性フレーキングの発生が遅延すると特許文献2では記載されている。
【0009】
特許文献3は、繰り返し応力負荷による鋼材のミクロ組織が変化するのを抑制することにより、転動疲労特性を高めることを目的とする。具体的には、特許文献3に開示された軸受用鋼は、C:0.5〜1.5%、Cu:1.0超〜2.5%、O:0.0020%以下を含有し、かつ、Mo:0.5超〜2.0%及びNi:1.0超〜3.0%の少なくとも1種以上を含有し、残部はFe及び不純物からなる。このような化学組成を有することにより、繰り返し応力負荷によるミクロ組織の変化が少なく軸受寿命が長くなると特許文献3では記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2007−24260号公報
【特許文献2】特開平9−329147号公報
【特許文献3】特開平8−92689号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1は鍛造性及び回転曲げ疲労特性について検討しているが、転動疲労特性に関する検討がなされていない。さらに、C、Si、Mn、Cu及びNi以外の元素は不純物とされており、高周波焼入れを実施した後の転動疲労特性に影響を及ぼす元素についての検討がなされていない。
【0012】
特許文献2では、軸受の転がり寿命評価に、純グリースでの90%残存寿命(以下、寿命Aという)と、水混入グリースでの90%残存寿命(以下、寿命Bという)を利用して、寿命減少率=(寿命A−寿命B)/寿命Aに基づいて耐水素性が評価されている。しかしながら、寿命A及び寿命Bがどの程度の数値であるは不明である。さらに、特許文献2では、高周波焼入れ後の転動疲労特性について検討されていない。さらに、鍛造性、被削性についても検討されていない。また、特許文献3の軸受用鋼は、Cu、Mo、Niを多量に含有するため、鍛造性及び被削性が低いと考えられる。
【0013】
本発明の目的は、鍛造性に優れ、かつ、熱間鍛造及び高周波焼入れされた後の転動疲労特性に優れた、高周波焼入れ用鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の実施の形態による高周波焼入れ用鋼は、質量%で、C:0.48〜0.90%、Si:0.15〜0.35%、Mn:0.50〜0.90%、Cr:0.10〜2.0%、Cu:0.10〜1.0%、Ni:0.05〜1.0%、N:0.0030〜0.020%、及び、Al:0.005〜0.050%、を含有し、残部はFe及び不純物からなり、不純物中のP、S、Ti及びOがそれぞれ、P:0.025%以下、S:0.035%以下、Ti:0.0020%以下、及び、O:0.0020%以下であり、式(1)及び式(2)を満たす。
【0015】
Ni≧Cu/2・・・(1)
210≦257.7C+10.7Si+43Mn+17.2(Cu+Ni)+51.5Cr+48.4≦280・・・(2)
ここで、式(1)及び式(2)中の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0016】
上述の高周波焼入れ用鋼は、Feの一部に代えて、Mo:0.20%以下、及び、V:0.50%以下の1種以上を含有し、式(2)に代えて、式(3)を満たしてもよい。
【0017】
210≦257.7C+10.7Si+43Mn+17.2(Cu+Ni)+51.5(Cr+Mo+V)+48.4≦280・・・(3)
ここで、式(3)中の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。対応する元素が含有されない場合、「0」が代入される。
【0018】
上述の高周波焼入れ用鋼は、Feの一部に代えて、Nb:0.10%以下を含有してもよい。
【0019】
上述の高周波焼入れ用鋼は、Feの一部に代えて、Ca:0.020%以下、Mg:0.020%以下、Se:0.020%以下、Te:0.020%以下、Zr:0.020%以下、Pb:0.30%以下、及び、Bi:0.30%以下からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明による高周波焼入れ用鋼は、製造性に優れ、かつ、熱間鍛造及び高周波焼入れされた後の転動疲労特性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1は、高周波焼入れ用鋼の各元素の含有量で定義されるF1及びF2と、ビッカース硬さとの関係を示す図である。
【図2】図2は、ローラピッチング試験で使用される小ローラ試験片の側面図である。
【図3】図3(a)は、ローラピッチング試験方法を示す正面図であり、図3(b)はその側面図である。
【図4】図4は、ローラピッチング試験で使用する大ローラ試験片に対して実施した球状化焼鈍のヒートパターンを示す図である。
【図5】図5は、図4の球状化焼鈍の後に実施する焼入れのヒートパターンを示す図である。
【図6】図6は、図5の焼入れ後に実施する焼戻しのヒートパターンを示す図である。
【図7】図7は、水素分析試験片の作製方法の第1工程を示す図である。
【図8】図8(a)は、水素分析試験片の作成方法の第2工程を示す図であり、図8(b)は第3工程を示す図であり、図8(c)は第4工程を示す図である。
【図9】図9は、実施例中の鋼Cのミクロ組織写真画像である。
【図10】図10は、図9の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面を参照し、本発明の実施の形態を詳しく説明する。図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。以下、元素の含有量の「%」は、質量%を意味する。
【0023】
本発明者らは、高周波焼入れ用鋼の製造性(鍛造性及び被削性)と、転動疲労特性とについて検討し、以下の知見を得た。
【0024】
(a)鋼中のP、S及びCuは、鍛造性を低下する。したがって、鍛造性を高めるためには、これらの元素の含有量をなるべく低くすればよい。しかしながら、後述するように、本発明ではCuを転動疲労特性を高める重要な元素として活用するため、Cu含有量を低くするのは好ましくない。
【0025】
Cu含有量及びNi含有量が式(1)を満たせば、Cuを含有していても鍛造性が高まる。式(1)を満たせば、Niにより、Cuの鋼中への溶解度が向上し、Cuの粒界析出が抑制される。その結果、熱間鍛造時に鋼が割れるのを抑制でき、鍛造性が高まる。
【0026】
Ni≧Cu/2・・・(1)
(b)鋼の硬さと被削性とは、密接な関係を有することは知られている。具体的には、熱間鍛造後に焼準された鋼の硬さが高すぎれば、被削性は低い。優れた被削性を得るためには、鋼の硬さがビッカース硬さで280HV以下であるのが好ましい。一方、熱間鍛造後に焼準された鋼の硬さが低すぎれば、転動部品として使用される際、転動面直下で発生する応力に対し、高周波焼入れ層よりも内部で素材が降伏して転動疲労特性が低下する可能性がある。これを回避するためには、鋼の硬さがビッカース硬さで210HV以上であるのが好ましい。したがって、高周波焼入れ用鋼の被削性及び転動疲労特性を高めるには、熱間鍛造後に焼準された高周波焼入れ用鋼の硬さがビッカース硬さで210〜280HVとなればよい。
【0027】
本発明の鋼の硬さは、元素含有量で構成されるF1及びF2と相関関係を示す。
【0028】
F1=257.7C+10.7Si+43Mn+17.2(Cu+Ni)+51.5Cr+48.4・・・(A)
F2=257.7C+10.7Si+43Mn+17.2(Cu+Ni)+51.5(Cr+Mo+V)+48.4・・・(B)
ここで、F1及びF2中の各元素記号は、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。鋼中にMo及びVが含有されない場合、本発明の鋼の硬さは、F1と相関関係を示す。鋼中にMo及び/又はVが含有される場合、本発明の鋼の硬さは、F2と相関関係を示す。F2において、Mo又はVが含有されない場合、F2中の含有されない元素記号には「0」が代入される。
【0029】
図1は、種々の高周波焼入れ用鋼のF1及びF2とビッカース硬さとの関係を示す図である。図1は後述する実施例3の方法により得られた。
【0030】
図1を参照して、F1及びF2はビッカース硬さに比例した。したがって、F1又はF2が210〜280であれば、高周波焼入れ用鋼の硬さはビッカース硬さで210〜280HVになる。この場合、高周波焼入れ用鋼は優れた被削性を有する。
【0031】
(c)転動疲労特性は、鋼中に侵入する水素量の影響を受ける。Cr、Cu及びNi、特にCuは鋼中への水素の侵入を抑制する。一方、Cr、Cu及びNiは、式(1)、F1及びF2にも影響する。そのため、式(1)を満たし、F1及びF2が210〜280となる範囲でCr、Cu及びNiが多く含有されれば、鋼中に侵入する水素量を低く抑えることができ、転動疲労特性が高まる。
【0032】
以上の知見に基づいて、本発明者らは、次の発明を完成した。
【0033】
本実施の形態による高周波焼入れ用鋼は、質量%で、C:0.48〜0.90%、Si:0.15〜0.35%、Mn:0.50〜0.90%、Cr:0.10〜2.0%、Cu:0.10〜1.0%、Ni:0.05〜1.0%、N:0.0030〜0.020%、及び、Al:0.005〜0.050%、を含有し、残部はFe及び不純物からなり、不純物中のP、S、Ti及びOがそれぞれ、P:0.025%以下、S:0.035%以下、Ti:0.0020%以下、及び、O:0.0020%以下であり、式(1)及び式(2)を満たす。
【0034】
Ni≧Cu/2・・・(1)
210≦257.7C+10.7Si+43Mn+17.2(Cu+Ni)+51.5Cr+48.4≦280・・・(2)
ここで、式(1)及び式(2)中の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0035】
上述の高周波焼入れ用鋼は、Cr、Cu及びNiにより鋼中への水素の侵入を抑制する。そのため、熱間鍛造及び高周波焼入れ後の転動疲労特性に優れる。上述の高周波焼入れ用鋼はさらに、式(1)及び式(2)を満たす。そのため、優れた製造性(鍛造性及び被削性)を有する。
【0036】
上述の高周波焼入れ用鋼は、Feの一部に代えて、Mo:0.20%以下、及び、V:0.50%以下の1種以上を含有し、式(2)に代えて、式(3)を満たしてもよい。
【0037】
210≦257.7C+10.7Si+43Mn+17.2(Cu+Ni)+51.5(Cr+Mo+V)+48.4≦280・・・(3)
ここで、式(3)中の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。対応する元素が含有されない場合、「0」が代入される。
上述の高周波焼入れ用鋼は、Feの一部に代えて、Nb:0.10%以下を含有してもよい。
【0038】
上述の高周波焼入れ用鋼は、Feの一部に代えて、Ca:0.020%以下、Mg:0.020%以下、Se:0.020%以下、Te:0.020%以下、Zr:0.020%以下、Pb:0.30%以下、及び、Bi:0.30%以下からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。
【0039】
以下、本実施の形態による高周波焼入れ用鋼について詳述する。
【0040】
[化学組成]
本実施の形態による高周波焼入れ用鋼は、以下の化学組成を有する。
【0041】
C:0.48〜0.90%
炭素(C)は、鋼の強度、硬さ及び焼入れ性を高める。一方、Cが過剰に含有されれば、鋼の鍛造性及び被削性が低下する。したがって、C含有量は0.48〜0.90%である。好ましいC含有量の下限は、0.48%よりも高く、さらに好ましくは、0.50%以上である。
【0042】
Si:0.15〜0.35%
珪素(Si)は、鋼を脱酸する。Siはさらに、鋼の硬さを高める。一方、Siが過剰に含有されれば、鋼の鍛造性及び被削性が低下する。したがって、Si含有量は0.15〜0.35%である。好ましいSi含有量の下限は0.15%よりも高い。好ましいSi含有量の上限は0.35%未満であり、さらに好ましくは0.30%以下であり、さらに好ましくは0.27%以下である。
【0043】
Mn:0.50〜0.90%
マンガン(Mn)は、鋼の強度、硬さ及び焼入れ性を高める。Mnはさらに、鋼中のS含有量が低い場合、水素発生環境下における鋼の耐食性を高める。一方、Mnが過剰に含有されれば、粒界に偏析して粒界割れを引き起こす。したがって、Mn含有量は0.50〜0.90%である。好ましいMn含有量の下限は0.50%よりも高く、さらに好ましくは0.60%以上である。好ましいMn含有量の上限は0.90%未満である。
【0044】
Cr:0.10〜2.0%
クロム(Cr)は、鋼の強度、硬さ、焼入れ性及び焼戻し軟化抵抗を高める。Crはさらに、鋼中への水素の侵入を抑制する。そのため、Crは鋼の転動疲労特性を高める。一方、Crが過剰に含有されれば、鋼の鍛造性及び被削性が低下する。したがって、Cr含有量は0.10〜2.0%である。好ましいCr含有量の下限は0.10%よりも高い。
【0045】
Cu:0.10〜1.0%
銅(Cu)は水素の鋼への侵入を抑制する。そのため、Cuは鋼の転動疲労特性を高める。Cuはさらに、鋼の硬さを高める。一方、Cuが過剰に含有されれば、鋼の鍛造性及び被削性が低下する。Cuが過剰に含有されればさらに、熱間脆性を引き起こす。したがって、Cu含有量は0.10〜1.0%である。好ましいCu含有量の下限は0.10%よりも高く、さらに好ましくは0.30%以上である。
【0046】
Ni:0.05〜1.0%
ニッケル(Ni)は水素の鋼への侵入を抑制する。そのため、Niは鋼の転動疲労特性を高める。Niはさらに、鋼の硬さ及び靭性を高める。一方、Niが過剰に含有されれば、上記効果が飽和する。したがって、Ni含有量は0.05〜1.0%である。Ni含有量の好ましい下限は0.05%よりも高く、さらに好ましくは0.20%以上である。
【0047】
N:0.0030〜0.020%
窒素(N)は、鋼中のAlと結合してAlNを形成する。AlNは、高周波焼入れ時の結晶粒粗大化を抑制する。一方、Nが過剰に含有されれば、鋼中にブローホールが生成されやすくなる。ブローホールは、加工された鋼材(軸受等)に疵を発生する要因となる。したがって、N含有量は0.0030〜0.020%である。好ましいN含有量の下限は0.0030%よりも高く、好ましいN含有量の上限は0.020%未満であり、さらに好ましくは0.010%以下である。
【0048】
Al:0.005〜0.050%
アルミニウム(Al)は鋼を脱酸する。Alはさらに、鋼中のNと結合してAlNを形成する。AlNは上述のとおり、高周波焼入れ時の結晶粒粗大化を抑制する。一方、Alが過剰に含有されれば、鋼の焼入れ性が低下する。したがって、Al含有量は0.005〜0.050%である。
【0049】
本実施の形態による高周波焼入れ用鋼の残部は鉄(Fe)及び不純物からなる。ここでいう不純物は、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップ、あるいは製造過程の環境等から混入される元素をいう。但し、本発明においては、不純物中のP,S,Ti及びOは制限する必要がある。以下、これについて説明する。
【0050】
P:0.025%以下
燐(P)は不純物である。Pは高周波焼入れ時に粒界に偏析しやすい。そのため、Pは粒界割れを引き起こしやすく、転動疲労強度を低下する。したがって、P含有量はなるべく低い方が好ましい。P含有量は0.025%以下である。
【0051】
S:0.035%以下
硫黄(S)は不純物である。SはMnと結合してMnSを形成する。上述のとおり、MnSは、腐食により溶解するときに硫化水素を発生し、鋼中への水素侵入を促進する。Sが過剰に含有されればさらに、MnSが粗大化する。粗大なMnSは転動疲労強度を低下し、スポーリング損傷を発生しやすくする。したがって、S含有量はなるべく低い方が好ましい。S含有量は0.035%以下である。
【0052】
Ti:0.0020%以下
チタン(Ti)は不純物である。Tiは鋼中のNと結合してTiNを形成する。TiNは非金属介在物であり疲労破壊の起点となる。そのため、TiNは鋼の転動疲労寿命を低下する。TiNはさらに、鋼の鍛造性及び被削性を低下する。したがって、Ti含有量はなるべく低い方が好ましい。Ti含有量は0.0020%以下である。
【0053】
O:0.0020%以下
酸素(O)は不純物である。OはAlと結合して硬質な酸化物系介在物を形成する。この酸化物系介在物は鋼の転動疲労強度を低下する。したがって、O含有量はなるべく低い方が好ましい。O含有量は0.0020%以下である。
【0054】
本実施の形態による高周波焼入れ用鋼の化学組成はさらに、次の式(1)及び式(2)を満たす。
【0055】
Ni≧Cu/2・・・(1)
210≦257.7C+10.7Si+43Mn+17.2(Cu+Ni)+51.5Cr+48.4≦280・・・(2)
ここで、式(1)及び式(2)中の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0056】
[式(1)について]
上述のとおり、Cuは転動疲労特性を高める。しかしながら、Cuが粒界に析出すれば、粒界強度が低下する。そのため、熱間鍛造時に割れが起こりやすくなる。つまり、鍛造性が低下する。
【0057】
式(1)を満たせば、Niにより、Cuの鋼中への溶解度が向上し、Cuの粒界析出が抑制される。その結果、熱間鍛造時に鋼が割れるのを抑制でき、鍛造性が高まる。
【0058】
[式(2)について]
熱間鍛造後に焼準された高周波焼入れ用鋼の硬さが低すぎれば、転動部品として使用される際、転動面直下で発生する応力に対し、高周波焼入れ層よりも内部で素材が降伏して転動疲労特性が低下する。一方、熱間鍛造後に焼準された高周波焼入れ用鋼の硬さが高すぎれば、被削性が低い。熱間鍛造後に焼準された高周波焼入れ用鋼の硬さがビッカース硬さで210HV〜280HVであれば、優れた被削性及び転動疲労特性が得られる。
【0059】
C、Si、Mn、Cu、Ni及びCrは、鋼の硬さに影響を与える。したがって、これらの元素の含有量の総量を制限すれば、製造性を高めることができる。
【0060】
式(A)に示すF1(F1=257.7C+10.7Si+43Mn+17.2(Cu+Ni)+51.5Cr+48.4)が210未満であれば、鋼の硬さが210HV未満になり上述のように転動疲労特性が低下する。一方、F1が280を超えれば、鋼の硬さが280HVを超え、被削性が低下する。F1が式(2)を満たせば、優れた被削性及び転動疲労特性が得られる。
【0061】
本実施の形態による高周波焼入れ用鋼はさらに、Mo、及び、Vの1種以上を含有してもよい。これらの選択元素はいずれも、鋼の硬さを高める。
【0062】
Mo:0.20%以下
モリブデン(Mo)は選択元素である。Moは、鋼の強度、硬さ、焼入れ性及び焼戻し軟化抵抗を高める。Moが少しでも含有されれば、上述の効果が得られる。一方、Moが過剰に含有されれば、鋼の鍛造性及び被削性が低下する。したがって、Mo含有量は0.20%以下である。Mo含有量の好ましい下限は0.05%以上である。
【0063】
V:0.50%以下
バナジウム(V)は、鋼中に微細な炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化する。そのため、鋼の硬さ及び靭性が高まる。Vが少しでも含有されれば、上述の効果が得られる。一方、過剰に含有されれば、鋼の鍛造性及び被削性が低下する。したがって、V含有量は0.50%以下である。好ましいV含有量の下限は0.05%以上である。
【0064】
高周波焼入れ用鋼がMo、及び、Vの1種以上を含有する場合、高周波焼入れ用鋼の化学組成は、式(2)に代えて式(3)を満たす。
【0065】
210≦257.7C+10.7Si+43Mn+17.2(Cu+Ni)+51.5(Cr+Mo+V)+48.4≦280・・・(3)
[式(3)について]
選択元素であるMo及びVは、鋼の硬さに影響を与える。式(B)に示すF2(F2=257.7C+10.7Si+43Mn+17.2(Cu+Ni)+51.5(Cr+Mo+V)+48.4)は、F1にMo及びVを加えた式である。F1と同様の理由により、F2が210未満であれば、鋼の硬さが210HV未満になり転動疲労特性が低下する。一方、F2が280を超えれば、鋼の硬さが280HVを超え、被削性が低下する。F2が式(3)を満たせば、優れた被削性及び転動疲労特性が得られる。
【0066】
本実施の形態による高周波焼入れ用鋼はさらに、Nbを含有してもよい。
【0067】
Nb:0.10%以下
ニオブ(Nb)は、鋼中に微細な炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化する。そのため、鋼の靭性が高まる。Nbが少しでも含有されれば、上述の効果が得られる。一方、過剰に含有されれば、鋼の鍛造性及び被削性が低下する。したがって、Nb含有量は0.10%以下である。好ましいNb含有量の下限は0.02%以上である。
【0068】
本実施の形態による高周波焼入れ用鋼はさらに、Ca、Mg、Se、Te、Zr、Pb及びBiからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの選択元素はいずれも、鋼の被削性を高める。
【0069】
Ca:0.020%以下
Mg:0.020%以下
カルシウム(Ca)及びマグネシウム(Mg)はいずれも選択元素である。これらの元素は介在物の形態を制御して鋼の被削性を高める。これらの元素の1種以上が少しでも含有されれば、上記効果が得られる。一方、Ca及び/又はMgが過剰に含有されれば、Ca及びMgの酸化物が過剰に生成される。これらの酸化物は溶解しやすいため、孔食の起点となる。そのため、転動疲労破壊が発生しやすくなり、転動疲労特性が低下する。したがって、Ca含有量は0.020%以下である、Mg含有量は0.020%以下である。好ましいCa、Mg含有量の下限は0.001%以上である。
【0070】
Se:0.020%以下
Te:0.020%以下
Zr:0.020%以下
Pb:0.30%以下
Bi:0.30%以下
セレン(Se)、テルル(Te)、ジルコニウム(Zr)、鉛(Pb)及びビスマス(Bi)はいずれも選択元素であり、鋼の被削性を高める。具体的には、Se及びTeはMnと結合して介在物を形成し、鋼の被削性を高める。Zrは酸化物を形成し、鋼の被削性を高める。Pb及びBiは切削時に溶融又は脆化して、鋼の被削性を高める。これらの元素の1種以上が少なくとも含有されれば、上記効果が得られる。一方、これらの元素が過剰に含有されれば、鋼の鍛造性及び被削性が低下する。したがって、Se含有量は0.020%以下であり、Te含有量は0.020%以下であり、Zr含有量は0.020%以下である。Pb含有量は0.30%以下であり、Bi含有量は0.30%以下である。好ましいSe含有量、Te含有量及びZr含有量の下限はいずれも、0.0001%以上である。好ましいPb含有量及びBi含有量の下限はいずれも、0.01%以上である。
【0071】
[製造方法]
上述の高周波焼入れ用鋼の製造方法を説明する。本実施の形態では、一例として、高周波焼入れ用鋼からなる熱間鍛造品を製造する工程を説明する。熱間鍛造品はたとえば、自動車及び産業機械等に利用される機械部品であり、たとえば、軸受である。
【0072】
上述の化学組成及び式(1)〜式(3)を満たす溶鋼を連続鋳造法により鋳片にする。溶鋼を造塊法によりインゴット(鋼塊)にしてもよい。鋳片又はインゴットを熱間加工して、ビレット(鋼片)を製造する。ビレットを熱間加工して、棒鋼を製造する。熱間加工は、熱間圧延でもよいし、熱間鍛造でもよい。
【0073】
製造された棒鋼を熱間鍛造して、粗形状の中間品を製造する。中間品に対して焼準を行う。さらに、焼準を行った中間品を機械加工し、中間品を所定の形状にする。機械加工はたとえば、切削や穿孔である。機械加工を行った中間品に対して調質処理を実施してもよい。
【0074】
次に、中間品に対して高周波焼入れを実施し、中間品の表面を硬化し、中間品の表面に高周波焼入れ層を形成する。そして、高周波焼入れされた中間品に対して仕上げ加工を実施する。仕上げ加工は、研削や研磨である。以上の工程により熱間鍛造品が製造される。
【0075】
上述の実施の形態では、鋳片又はインゴットを熱間加工してビレットを製造し、ビレットから棒鋼を製造する。そして、棒鋼を利用して熱間鍛造して熱間鍛造品を製造した。しかしながら、鋳片又はインゴットを熱間鍛造して熱間鍛造品を製造してもよい。
【実施例1】
【0076】
種々の化学組成を有する複数の高周波焼入れ用鋼を製造した。製造された鋼に対して、鍛造性及び転動疲労特性を評価した。
【0077】
[実験方法]
表1に示す化学組成を有する鋼A1〜A13、鋼B1〜B8及び鋼Cの溶鋼を真空溶解炉により製造した。
【0078】
【表1】

【0079】
表1中の各元素記号欄(C、Si、Mn、P、S、Cr、Cu、Ni、N、Al、Ti、O)には、各鋼中の対応する元素の含有量(質量%)が記入されている。「その他」欄には各鋼中に含有される選択元素及びその含有量(質量%)が記入されている。「式(1)」欄は、対応する鋼が式(1)を満たすか否かを示す。「○」は対応する鋼が式(1)を満たすことを示す。「×」は対応する鋼が式(1)を満たさないことを示す。
【0080】
「F1又はF2」欄には、式(A)及び式(B)で定義されるF1又はF2の値を示す。対応する鋼がMo及びVを含有しない場合、その鋼の「F1及びF2」欄にはF1値が記入されている。対応する鋼がMo又はVを含有する場合、その鋼の「F1及びF2」欄にはF2値が記入されている。なお、鋼Cについては、F1値が記載されているが、F1のCu及びNiには「0」を代入して計算した。
【0081】
各鋼番号の鋼塊を1250℃で60分均熱した。均熱後、鋼塊に対して熱間鍛造を実施して、直径35mmの丸棒を製造した。いずれの鋼においても、熱間鍛造における仕上げ温度は1000℃以上であった。熱間鍛造後の丸棒を大気中で常温(25℃)まで放冷した。
【0082】
鋼B2の鋼塊では、熱間鍛造時に割れが発生した。Ni含有量が本発明のNi含有量を満足していたが式(1)を満たさなかったためである。したがって、鋼B2においては、以降の製造工程及び試験を実施しなかった。
【0083】
鋼B2以外の他の鋼番号の丸棒に対して、放冷後に焼準を実施した。具体的には、丸棒を900℃で60分保持した。焼準により、熱間鍛造時に粗粒化した丸棒の組織を均質化した。
【0084】
[ローラピッチング試験]
焼準後の各丸棒の中心部から、図2に示す小ローラ試験片10を採取した。小ローラ試験片10の長手方向は、丸棒の長手方向に一致した。図2に示すとおり、小ローラ試験片10は、円柱状の試験部1と、試験部1と同軸に配置される円柱状の一対の掴み部2とを備えた。試験部1の直径D1は26mmであり、長さL1は28mmであった。小ローラ試験片10の全長L0は130mmであった。
【0085】
小ローラ試験片10の試験部1の表層に対して高周波焼入れを実施した。さらに、高周波焼入れされた表面から2mmの深さを有する有効硬化層を確保するように、150℃で焼戻しを実施した。有効硬化層のビッカース硬さは450Hv以上であった。高周波焼入れ後、試験部1の表層をわずかに研磨して、高周波焼入れにより形成されたスケールを除去した。
【0086】
小ローラ試験片を用いて、図3に示すローラピッチング試験を実施した。図3(a)は、ローラピッチング試験方法を示す正面図であり、図3(b)はその側面図である。図3に示すとおり、ローラピッチング試験において、小ローラ試験片10と大ローラ試験片20とを準備した。大ローラ試験片20は、図3に示すとおり円板状であり、直径D20が130mm、円周面の幅T20が18mm、円周面のクラウニング曲率半径R20が150mmであった。
【0087】
大ローラ試験片20は、次の工程で製造された。JIS G4805(2008)で規定された高炭素クロム軸受鋼材SUJ2の素材を、直径150mmを有する円板に熱間鍛造した。ミクロ偏析を抑制するために、熱間鍛造された円板の鋼材を1250℃で60分保持し、その後、室温(25℃)まで大気中で放冷した。放冷された鋼材に対して、図4に示す処理条件で球状化焼鈍を実施した。その後、鋼材に対して図5に示す焼入れを実施し、さらに、図6に示す焼戻しを実施した。焼戻し後の鋼材を機械加工して、図3に示す形状の大ローラ試験片20を製造した。
【0088】
大ローラ試験片20の円周面を小ローラ試験片10の試験部1の表面に接触し、ローラピッチング試験を実施した。試験条件を表2に示す。
【0089】
【表2】

【0090】
表2に示すとおり、小ローラ試験片10の回転数を1500rpmとし、すべり率を−40%、試験中の大ローラ試験片20と小ローラ試験片10との接触面圧を2500MPa、繰り返し数を2.0×10cycleとした。大ローラ試験片20の回転速度をV1m/sec、小ローラ試験片10の回転速度をV2m/secとしたとき(図3(b)参照)、すべり率(%)は、以下の式により求めた。
【0091】
すべり率=(V2−V1)/V2×100
試験中、潤滑剤(市販のオートマチックトランスミッション油)を油温90℃、塗布量1.0リットル/minの条件で、大ローラ試験片20と小ローラ試験片10との接触部分に回転方向と反対の方向から吹き付けた。以上の条件でローラピッチング試験を実施し、転動疲労特性を評価した。
【0092】
[昇温離脱式水素分析試験]
ローラピッチング試験中、大ローラ試験片20と小ローラ試験片10との接触により潤滑剤が分解されて水素が発生する。そして、発生した水素が小ローラ試験片10の試験部1の表層から内部に侵入する。そこで、ローラピッチング試験後の小ローラ試験片10の試験部1の吸蔵水素量を分析して、鋼の水素侵入抑制効果を評価した。
【0093】
図7及び図8は水素分析試験片の作製方法を説明するための模式図である。図7を参照して、はじめに、ローラピッチング試験後の小ローラ試験片10の試験部1の中央部11を切り出した。図8(a)に示すとおり、中央部11は円板であり、幅W11は7mmであった。さらに、図8(b)に示すように、中央部11対してくり貫き加工を実施し、1mmの肉厚T12を有する円環部材12を製造した。円環部材12を製造したのは、次の理由による。中央部11は、ローラピッチング試験において試験部1が大ローラ試験片20と接触する範囲に相当し、応力が負荷される範囲に相当する。上述のとおり、潤滑剤が分解されて発生する水素は、試験部1の中央部11の表面内に侵入する。水素は表面から侵入するため、表層1mmの厚さ部分の水素濃度は、試験部1中心部の水素濃度よりも高い。したがって、円環部材12内の水素濃度を測定すれば、各鋼における水素吸蔵量を比較しやすい。
【0094】
さらに、円環部材12を図8(c)に示すとおり周方向で4分割し、そのうちの1つ(1/4周部材)を水素分析試験片13とした。水素分析試験片13の質量はいずれも1gであった。
【0095】
次に、水素分析装置を準備した。水素分析装置は、石英チャンバと、赤外線加熱炉と、四重極質量分析計とを備えた。水素分析試験片13を石英チャンバに収納した。その後、石英チャンバ内を10−3Paまで真空に引いた。赤外線加熱炉を用いて、真空に引かれた石英チャンバを、昇温速度が一定になるように加熱した。加熱により、石英チャンバ内の水素分析試験片13からガスが放出された。放出されたガスは四重極質量分析計に送られた。
【0096】
四重極質量分析計は、イオン源部と、四重極部と、イオン検出部とを備えた。四重極質量分析計に送られたガスは、イオン源部でイオン化される。イオン化されたガスは四重極部を通過してイオン検出部に送られる。イオン検出部はイオン化されたガスをイオン化電流として検出し、ガスの定量分析を行う。四重極部では、印加により水素ガスイオンのみが通過できるように制御される。したがって、イオン化電流は水素分析試験片13から放出された水素の放出速度と相関を持つ。検出されたイオン化電流を、予め水素放出速度が検出された標準リークにより得られたイオン化電流と比較することにより、水素分析試験片13の水素放出速度が検量される。そして、縦軸を水素放出速度とし、横軸を温度とする水素放出曲線が得られる。
【0097】
各温度における水素放出速度(ppm/sec)は式(I)で示され、水素分析試験片13中の水素濃度(ppm)は式(II)で示される。
【0098】
水素放出速度=C×I/W・・・(I)
水素濃度=T×Σ(C×I/W)・・・(II)
ここで、Cは換算係数である。Iはイオン化電流である。Wは水素分析試験片の質量である。Tはイオン化電流の測定間隔(sec)である。
【0099】
本実施例では、赤外線加熱炉による昇温速度を10℃/minとして、石英チャンバ内の水素分析試験片13を室温から600℃まで加熱した。そして、上記式(I)及び式(II)に基づいて、水素濃度を検量した。
【0100】
石英チャンバ内に残留した水素を試験前に除去するため、各鋼の試験前には、水素分析試験片13をセットせずに上記昇温速度で石英チャンバを室温から600℃まで加熱した。さらに、分析ノイズを減らすため、石英チャンバに水素分析試験片13をセットせずにイオン化電流IBを検量した。そして、その後水素分析試験片13を石英チャンバに収納して、上記条件によりイオン化電流IAを検量した。そして、式(I)及び(II)におけるイオン化電流Iを式(III)に示すとおり定義して、水素濃度を求めた。
【0101】
イオン化電流I=IA−IB・・・(III)
なお、ローラピッチング試験を実施する前の水素濃度は、いずれの試験番号においても0.15ppm以下であった。
【0102】
[試験結果]
表3に試験結果を示す。
【0103】
【表3】

【0104】
表3を参照して、鋼A1〜A13はいずれも、ローラピッチング試験に耐久し、2.0×10cycle後も破損しなかった。つまり、鋼A1〜A13の丸棒鋼は優れた転動疲労特性を有した。そして、ローラピッチング試験後の鋼A1〜A13の水素濃度は、鋼C(Cu及びNiを含有せず、他の化学組成は本発明の範囲内)の水素濃度よりも低く、1.50ppm以下であった。したがって、鋼A1〜A13では、水素の侵入が抑制された。
【0105】
鋼B1は、Cu含有量及びNi含有量が本発明の下限未満であった。そのため、鋼B1の水素濃度は、鋼Cの水素濃度よりも高かった。
【0106】
鋼B3、B7及びB8の水素濃度は、鋼Cの水素濃度よりも高かった。鋼B3では、C含有量が本発明の下限未満であった。また、鋼B7、B8は化学組成が本発明の範囲内であるものの、F1及びF2がそれぞれ式(2)及び(3)の下限を下回ったため、高周波焼入れ層の転動疲労強度が低下し、転動面直下の塑性変形が増長された。そのため、水素が鋼中に多く侵入したと考えられる。
【0107】
鋼B4〜B6は、ローラピッチング試験中に破損した。鋼B4は、Al含有量が本発明のAl含有量の下限未満であった。そのため、高周波焼入れ層の粗粒化を抑制することができず、転動疲労寿命が低かったと考えられる。鋼B5及び鋼B6のP含有量は、本発明のP含有量の上限を超えた。そのため、高周波焼入れ層の粒界にPが偏析し、鋼の粒界脆化が起こり、転動疲労強度が低かったと考えられる。
【実施例2】
【0108】
実施例1でローラピッチング試験に耐久した鋼A1〜A13、B1、B3の丸棒の中心部から、実施例1と同様に、図2に示す小ローラ試験片10を新たに採取した。そして、採取された小ローラ試験片10を用いて、ローラピッチング試験を実施した。このとき、繰り返し数を実施例1でのローラピッチング試験よりも多い、6.0×10cycleとした。その他の試験条件は実施例1におけるローラピッチング試験と同じとした。
【0109】
試験の結果、鋼B3は3.0×10cycle未満で破損した。その他の鋼A1〜A13、B1及びCの小ローラ試験片10は破損せず、耐久した。
【0110】
耐久した鋼A1〜A13、B1及びCの小ローラ試験片10のミクロ組織を観察した。小ローラ試験片10の試験部1のうち、大ローラ試験片20と接触した面直下の組織を観察できるように、試験部1から、観察面が試験部1横断面となるようにサンプルを切り出した。そして、切り出されたサンプルを樹脂に埋め込み、鏡面研磨した。その後、ナイタル腐食してミクロ組織観察試験を実施した。ミクロ組織観察では、白色組織及び内部き裂の有無を調査した。調査結果を表4に示す。
【0111】
【表4】

【0112】
表4を参照して、鋼A1〜A13では、白色組織及び内部き裂は観察されなかった。一方、鋼B1及び鋼Cでは、白色組織及び内部き裂が観察された。図9は鋼Cのミクロ組織写真画像であり、図10はその模式図である。図9及び図10に示すとおり、鋼Cのミクロ組織には、白色組織WS1及びWS2が観察された。さらに、白色組織WS1及びWS2の周囲には、内部き裂CR1及びCR2が観察された。
【0113】
以上の試験結果から、鋼A1〜A13では、2.0×10cycleでのローラピッチング試験後における高周波焼入れ層での水素濃度が1.50ppm以下であった。さらに、6.0×10cycleでのローラピッチング試験後においても、白色組織及び内部き裂の発生が抑制された。したがって、鋼A1〜A13は、優れた転動疲労特性を有した。
【実施例3】
【0114】
種々の化学組成を有する複数の高周波焼入れ用鋼を製造した。製造された鋼の硬さを指標として、各鋼の製造性(鍛造性及び被削性)を評価した。
【0115】
[試験方法]
表5に示す化学組成を有する鋼X1〜X7の溶鋼を真空溶解炉により製造した。
【0116】
【表5】

【0117】
表5中の各元素記号欄(C、Si、Mn、Cr、Cu、Ni、Mo、V)には、各鋼中の対応する元素の含有量(質量%)が記入されている。鋼中のその他の元素(P、S、N、Al、Ti、O)は、いずれの鋼X1〜X7においても、本発明の範囲内であった。「F1又はF2」欄には、上述のF1値又はF2値を示す。
【0118】
各鋼番号の鋼塊を1250℃で60分均熱した。均熱後、鋼塊に対して熱間鍛造を実施して、直径35mmの丸棒を製造した。いずれの鋼においても、熱間鍛造における仕上げ温度は1000℃以上であった。熱間鍛造後の丸棒を大気中で常温(25℃)まで放冷した。放冷後、熱間鍛造割れの有無を確認した。その結果、いずれの鋼においても割れは確認されず、優れた鍛造性を示した。
【0119】
熱間鍛造後の丸棒に対して焼準を実施した。具体的には、丸棒を900℃の焼準温度で、60分均熱した。均熱後、空冷した。焼準後の丸棒に対して、ビッカース硬さ試験を実施した。ビッカース硬さ試験は、JIS Z 2244(2009)に基づいて実施した。試験結果を表5に示す。図1は、表5の結果を図示したものである。
【0120】
表5を参照して、鋼X1、X2及びX5の化学組成は本発明の範囲内であり、かつ、式(2)又は式(3)を満たした。その結果、ビッカース硬さは210HV〜280HVの範囲内であった。したがって、これらの鋼は優れた製造性(鍛造性及び被削性)を示した。
【0121】
一方、鋼X3のF1値は式(2)の上限を超えた。その結果、鋼X3の硬さは282HVであり、280HVを超えた。
【0122】
鋼X4のF2値は式(3)の上限を超えた。その結果、鋼X4の硬さは301HVであり、280HVを超えた。
【0123】
鋼X6、X7のF1値及びF2値は式(2)及び(3)の下限を下回った、その結果、鋼X6の硬さは200HV、鋼X7の硬さは204HVとなり、210HVを下回った。
【0124】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0125】
本発明による高周波焼入れ用鋼は、高周波焼入れされる鋼材に広く適用可能である。さらに具体的には、本発明による高周波焼入れ用鋼は、機械部品に適用可能であり、特に、「転がり接触」、「すべり接触」、「転がり−すべり接触」が起こる軸受の素材として好適である。
【符号の説明】
【0126】
1 試験部
10 小ローラ試験片
20 大ローラ試験片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.48〜0.90%、
Si:0.15〜0.35%、
Mn:0.50〜0.90%、
Cr:0.10〜2.0%、
Cu:0.10〜1.0%、
Ni:0.05〜1.0%、
N:0.0030〜0.020%、及び、
Al:0.005〜0.050%、
を含有し、残部はFe及び不純物からなり、
不純物中のP、S、Ti及びOがそれぞれ、
P:0.025%以下、
S:0.035%以下、
Ti:0.0020%以下、及び、
O:0.0020%以下であり、
式(1)及び式(2)を満たす、高周波焼入れ用鋼。
Ni≧Cu/2・・・(1)
210≦257.7C+10.7Si+43Mn+17.2(Cu+Ni)+51.5Cr+48.4≦280・・・(2)
ここで、式(1)及び式(2)中の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【請求項2】
Feの一部に代えて、
Mo:0.20%以下、及び、
V:0.50%以下、
の1種以上を含有し、
式(2)に代えて、式(3)を満たす、請求項1に記載の高周波焼入れ用鋼。
210≦257.7C+10.7Si+43Mn+17.2(Cu+Ni)+51.5(Cr+Mo+V)+48.4≦280・・・(3)
ここで、式(3)中の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。対応する元素が含有されない場合、「0」が代入される。
【請求項3】
Feの一部に代えて、
Nb:0.10%以下
を含有する、請求項1又は請求項2に記載の高周波焼入れ用鋼。
【請求項4】
Feの一部に代えて、
Ca:0.020%以下、
Mg:0.020%以下、
Se:0.020%以下、
Te:0.020%以下、
Zr:0.020%以下、
Pb:0.30%以下、及び、
Bi:0.30%以下
からなる群から選択される1種以上を含有する、請求項1〜請求項3に記載の高周波焼入れ用鋼。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図10】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−112841(P2013−112841A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−259038(P2011−259038)
【出願日】平成23年11月28日(2011.11.28)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)