説明

高強度フェライト鋼の寿命評価方法

【課題】高強度フェライト鋼であっても、その熱履歴に拘わらず精度よく寿命評価を行うことを目的とする。
【解決手段】評価対象の高強度フェライト鋼のうち、温度及び時間の経過と共に応力が負荷されることによってクリープ損傷を受ける第一の評価部位と、応力が負荷されずクリープ損傷を受けない第二の評価部位との硬さをそれぞれ測定し、第一の評価部位の硬さと第二の評価部位の硬さの差を算出して、この第一の評価部位の硬さと第二の評価部位の硬さの差に基づいて第一の評価部位のクリープ寿命消費率を推定することにより高強度フェライト鋼の寿命を評価する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度フェライト鋼の寿命評価方法であって、特に、火力発電や原子力発電設備などの高温耐圧部に用いられるクロム(Cr)含有量が9%以上のフェライト系高強度耐熱鋼、すなわち、高強度フェライト鋼の寿命評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
火力発電や原子力発電設備において使用されるボイラチューブ等の高温部材やその溶接部分は、高温(クリープ温度域)かつ高圧下で外力を受けながら長時間に亘って使用されるため、クリープ損傷が進行してボイドが発生し、さらに発生したボイドの連結によって亀裂が生じ、最終的に破断に至る。
【0003】
そこで、高温部材のクリープボイド生成量や硬さがクリープ損傷の進行に伴って変化することを利用して、図5に示すような予め確認した寿命消費率(使用時間/破断時間)とボイド生成量との関係、及び図6に示すような寿命消費率と硬さとの関係を、実際の組織観察によるクリープボイドの計測結果と照らし合わせることで高温部材の寿命を評価し、その交換時期を定めていた。しかし、変化の基準となる初期硬さは、規格の範囲内での化学成分のばらつきや製鋼時の熱処理等ロット毎の差に加え部品製造工程で受けた様々な熱履歴によって、一般的に製品ごとに異なった値となっている。そのため、この初期の硬さを考慮しなければ正確な寿命評価ができない。
【0004】
特開2001−208654号公報(特許文献1)には、高温部材の初期の硬さを測定しなくても正確に寿命を予測するために、時間間隔をおいて複数回測定してこの測定結果の差からクリープ損傷による硬さ低下量を算出し、さらに時間間隔分のクリープ損傷蓄積率を求めて寿命を予測する旨が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−208654号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、高温で使用される部材の使用による硬さの低下は、クリープ損傷のみならず熱履歴にも起因する。すなわち、高強度フェライト鋼の硬さは、高温下で応力が負荷されてクリープ損傷が進行することによって低下するだけでなく、無負荷状態であっても長時間高温に曝されることによっても低下する。このように、高強度フェライト鋼の使用に伴う硬さ変化には、クリープ損傷以外の要因によるものも含まれるため、クリープ損傷の進行に伴って硬さが変化することを利用した上記手法をそのまま用いて寿命評価を行うと、評価結果の寿命と実際の寿命とに差が生じ、寿命評価の精度が低下するという問題がある。
【0007】
本発明は、上記問題を解決するためになされたもので、高強度フェライト鋼であっても熱履歴に拘わらず精度よく寿命を評価することのできる高強度フェライト鋼の寿命評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明は以下の手段を採用する。
本発明は、評価対象の高強度フェライト鋼のうち、温度及び時間の経過と共に応力が負荷されることによってクリープ損傷を受ける第一の評価部位と、応力が負荷されずクリープ損傷を受けない第二の評価部位との硬さをそれぞれ測定し、前記第一の評価部位の硬さと前記第二の評価部位の硬さの差を算出し、前記差に基づいて前記第一の評価部位のクリープ寿命消費率を推定することにより前記高強度フェライト鋼の寿命を評価する高強度フェライト鋼の寿命評価方法を提供する。
【0009】
評価対象である高強度フェライト鋼は、温度及び時間の経過と共に応力が負荷されるとクリープ損傷が進行しその硬さが低下する。また、応力が負荷されなくとも、高温下に長時間曝されることによってもその硬さが低下する。そこで、例えば、発電設備等のボイラチューブ等に用いられる高強度フェライト鋼において、温度及び時間の経過と共に応力が負荷されることによってクリープ損傷を受ける第一の評価部位と、応力が負荷されずクリープ損傷を受けない第二の評価部位とを選定し、この第一の評価部位と第二の評価部位の硬さをそれぞれ測定する。この測定結果から、第一の評価部位の硬さと第二の評価部位の硬さの差を算出することで、応力が負荷されて生じたクリープ損傷に起因する硬さの低下量のみを抽出することができる。そして、第一の評価部位の硬さと第二の評価部位の硬さの差に基づいて第一の評価部位のクリープ寿命消費率を推定することにより、精度よく高強度フェライト鋼の寿命を評価することができる。
【0010】
上記した高強度フェライト鋼の寿命評価方法において、所定の負荷を加えた高強度フェライト鋼と、負荷を加えない高強度フェライト鋼とを所定温度で所定時間加熱し、それぞれの硬さを所定時間間隔で複数回計測し、クリープ寿命消費率と、所定の負荷を加えた高強度フェライト鋼の硬さと負荷を加えない高強度フェライト鋼の硬さの差との関係を示すマスターカーブを予め生成し、前記マスターカーブと、前記第一の評価部位の硬さと前記第二の評価部位の硬さの差とに基づいて前記第一の評価部位のクリープ寿命消費率を推定することにより高強度フェライト鋼の寿命を評価することが好ましい。
【0011】
評価対象の高強度フェライト鋼と同一の高強度フェライト鋼を用いて、所定の負荷を加えた高強度フェライト鋼と、負荷を加えない高強度フェライト鋼とを所定温度で所定時間加熱し、それぞれの硬さを所定時間間隔で複数回計測し、クリープ寿命消費率と、所定の負荷を加えた高強度フェライト鋼の硬さと負荷を加えない高強度フェライト鋼の硬さの差との関係を示すマスターカーブを予め生成しておくことで、第一の評価部位の硬さと第二の評価部位の硬さの差をマスターカーブに当てはめることができ、簡便にクリープ寿命消費率を推定することができる。
【0012】
ここで、所定温度、所定時間、及び所定の負荷とは、評価対象の高強度フェライト鋼が適用された製品の使用環境に応じて定め、使用環境に応じたマスターカーブを生成することが好ましい。例えば、高強度フェライト鋼が発電設備のボイラチューブである場合には、その発電設備の運転条件に応じて決定される。一般に、高強度フェライト鋼によって形成された発電設備用のボイラチューブは、発電設備における使用で50MPa程度の応力負荷がかかることが想定され、600°程度の温度で運用されることが考えられる。また、所定時間としては、予想されるクリープ破断時間が約1千〜3万時間程度の温度加速条件や、予想破断時間が約10万時間以上の実際の発電設備と略同等の時間等に設定することができる。
【0013】
また、上記した高強度フェライト鋼の寿命評価方法において、前記第二の評価部位は、第一の評価部位と同一の高強度フェライト鋼で形成され、かつ、同一温度で同一時間加熱された試験片であることが好ましい。
【0014】
高強度フェライト鋼は、その使用形態、使用状況によって、負荷される応力がことなる。例えば、高強度フェライト鋼がボイラチューブに適用された場合、ボイラチューブに曲げ加工がなされている場合がある。従って、そのような場合には、最も応力が作用しクリープ損傷が最も進行すると想定される曲げ加工がなされた部位を第一の評価部位とし、応力が殆ど作用せずクリープ損傷が進行しないと想定される曲げ加工がなされていない部位を第二の評価部とすることができる。
【0015】
一方、評価対象のボイラチューブ等に応力が負荷しない箇所がない場合等も想定されるため、ボイラチューブ等の高強度フェライト鋼を用いた製品の製造時に、予め、応力が負荷しない試験部位を形成しておき、この試験部位を第二の評価部位とすることもできる。また、ボイラチューブ等の高強度フェライト鋼を用いた製品の製造時に試験部位を形成できない場合には、第一の評価部位と同一の高強度フェライト鋼で形成された試験片に対して、評価対象の高強度フェライト鋼と同一温度で同一時間加熱し、これを第二の評価部位とすることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、高強度フェライト鋼であっても、その熱履歴に拘わらず精度よく寿命評価を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施形態のマスターカーブを生成するための高強度フェライト鋼における応力負荷部の硬さと応力無負荷部の硬さとクリープ破断寿命消費率との関係を示す説明図である。
【図2】本発明の実施形態のマスターカーブを生成するための高強度フェライト鋼における応力負荷部と応力無負荷部の硬さ変化量とクリープ破断寿命消費率との関係を示す説明図である。
【図3】本発明の実施形態にかかる高強度フェライト鋼の寿命評価方法を示すフローチャートである。
【図4】高強度フェライト鋼からなるボイラチューブの例を示す説明図である。
【図5】クリープボイド個数密度とクリープ破断寿命消費率との関係を示す説明図である。
【図6】金属材料のビッカース硬さとクリープ破断寿命消費率との関係を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、本発明に係る高強度フェライト鋼の寿命評価方法の実施形態について、図面を参照して説明する。
【0019】
本発明に係る高強度フェライト鋼の寿命評価方法は、例えば、火力発電や原子力発電設備において使用され、高強度フェライト鋼からなるボイラチューブ等に適用される。従って、以下、発電設備における高強度フェライト鋼からなるボイラチューブを寿命評価の対象として説明する。
【0020】
寿命評価に先立って、評価対象のボイラチューブに用いられた高強度フェライト鋼からなる未使用の試験片を用いて、クリープ破断試験及び中断試験を行い、この試験結果に基づいて寿命評価の基準となるマスターカーブを予め生成する。具体的には、評価対象のボイラチューブと同一の高強度フェライト鋼からなる2つの試験片を準備し、この2つの試験片に対して、加熱前の硬さを計測する。なお、この試験片は、実際の発電設備の運用時にボイラチューブにかかる応力と試験時に試験片にかかる応力の方向が同一となるように採取する必要がある。
【0021】
続いて、一方の試験片Aに対しては負荷を加えずに、また他方の試験片Bに対しては所定の負荷Pを加えて、所定の温度で所定の時間加熱し、一定の時間間隔でその硬さを複数回計測する。この際、2つの試験片A,Bに対して同一温度で加熱する必要がある。所定の負荷Pとしては、例えば、実際の発電設備における作用応力を考慮して65MPa程度の負荷を加えた試験を行うことが考えられる。所定の温度とは、実際の発電設備と同等の温度であり、温度任意に定めることができるが、高強度フェライト鋼に対しては、600°程度が想定される。所定の時間は、予想されるクリープ破断時間が約1千時間〜3万時間程度の温度加速条件や、予想破断時間が約10万時間以上の実際の発電設備と略同等の時間等に設定することができる。
【0022】
無負荷の試験片Aの硬さ及び負荷Pを加えた試験片Bの硬さの測定結果に基づいて、図1に示すように、試験片Aの硬さとクリープ破断寿命消費率(t/tr)との関係、及び試験片Bの硬さとクリープ破断寿命消費率(t/tr)との関係を夫々求める。なお、tは試験時間、trは金属材料のクリープ破断時間を示す。無負荷の試験片Aは、負荷がかかっておらずクリープ損傷による破断が生じていないものの、高温下に所定時間曝されることでその硬さが変化したものである。一方、負荷Pを加えた試験片Bは、高温下に所定時間曝され、かつ、負荷Pが加わったことによりクリープ損傷が進行したことでその硬さが変化している。すなわち、負荷Pが加わった試験片Bは、図1に示すように、加熱及び応力が負荷されたことによってその硬さが低下している。このため、図2に示すように、試験片Bの硬さの測定結果と試験片Aの硬さの測定結果との差をとることで、応力負荷に起因する硬さ変化量(低下量)とクリープ破断寿命消費率との関係を求めることが出来る。従って、この応力負荷に起因する硬さ変化量とクリープ破断寿命消費率との関係をマスターカーブとする。
【0023】
次に、例えば、火力発電や原子力発電設備における高強度フェライト鋼からなるボイラチューブの寿命を評価する方法を図3を参照して説明する。図3は、本実施形態に係る高強度フェライト鋼の寿命評価方法のフローチャートである。
【0024】
発電設備が所定時間運転されることにより、高温下で所定時間使用されたボイラチューブの寿命を評価するにあたり、まず、このボイラチューブの評価部位を決定する。具体的には、ステップS11で、応力の負荷状態を調査し、ボイラチューブのうち、応力が最も作用する箇所、すなわち、高負荷がかかり損傷の程度が高いと推定される箇所を応力負荷部(第一の評価部位)として選定する。また、ボイラチューブのうち、応力がかからないもしくは最も作用しない箇所、すなわち、無負荷もしくは低負荷であって損傷の程度が低いと推定される箇所を応力無負荷部(第二の評価部位)として選定する。
【0025】
ここで、応力負荷部及び応力無負荷部は、例えば、図4(A)に示すように、ボイラチューブ10に曲げ加工がなされている場合には、この曲げ加工がなされた部分が最も応力負荷がかかると想定されため、曲げ加工された部分を応力負荷部11とし、曲げ加工がなされていない部分を応力無負荷部12とすることができる。また、図4(B)に示すように、負荷部11をボイラチューブの応力が最も負荷される部位から選定すると共に、ボイラチューブ10の製造時に、同一ロットの高強度フェライト鋼を用いて応力無負荷部12を予め形成しておくこともできる。さらに、図4(C)に示すように、ボイラチューブの、応力が最も作用する箇所を応力負荷部11とし、このボイラチューブと同一の高強度フェライト鋼からなり、ボイラチューブと同一温度で同時間加熱した試験片を予め作成し、この試験片を応力無負荷部12とすることもできる。
【0026】
続いて、ステップS12では、ステップS11で決定した応力負荷部及び応力無負荷部の硬さを夫々計測し、ステップS13で応力負荷部の硬さと応力無負荷部の硬さとの差をとり、この差をボイラチューブの応力負荷に起因する硬さ変化量とする。次のステップS14では、ステップS13で算出され硬さの変化量を、先に求めたマスターカーブにプロットすることでボイラチューブの破断寿命消費率を求め、これによりボイラチューブの寿命評価を行う。
【0027】
以上述べたように、高強度フェライト鋼の硬さの低下は、クリープ損傷のみならず熱履歴にも起因するものであるため、高強度フェライト鋼に対して、応力負荷部と応力無負荷部とを設け、これらの硬さを計測してその差をとることで、簡便に応力負荷部のクリープ損傷にのみ起因する硬さの変化量を求めることができ、この変化量からクリープ破断寿命消費率を把握することで、精度よく高強度フェライト鋼の寿命を評価することができる。
【0028】
上記した本実施形態においては、応力負荷部及び応力無負荷部の硬さ計測を夫々1回飲み行っているが、これに限られることはなく複数回計測してその計測結果に基づいて寿命を評価することもできる。この場合には、評価結果の精度が向上する。一方、硬さを計測するためには、計測部位に対して表面の研磨等所定の準備を要するが、それに先立って、例えば、測定部位が狭隘区画にあってアクセスが困難な場合、保護カバーが設けられておりこれをはずす必要が生じる場合、測定箇所が高所であって作業員の足場架設を要する場合なども考えられる。このため、本実施形態のように一度の硬さ計測で精度よく寿命評価を行うと、作業時間及び作業コストを削減できるという効果がある。
【0029】
なお、ボイラチューブに無負荷部がなく、何れの部位においても応力が作用している場合等、無負荷部の硬さを計測できない場合には、予め無負荷状態で同一温度で同一時間で加熱した試験片の硬さを計測しておき、この硬さをボイラチューブの無負荷部の硬さとして用いることもできる。
【0030】
また、ボイラチューブの使用前はいずれの箇所においても硬さの変化量は0である。従って、例えば、応力負荷部の硬さを使用前に予め計測しておき、使用後に計測した応力負荷部の硬さとの差をとることで、ボイラチューブに応力無負荷部がないなど、応力無負荷部の硬さ計測が出来ない場合であっても、応力負荷状態の硬さ変化を示す曲線を用いることで大雑把な寿命評価を行うことができる。
【符号の説明】
【0031】
10 ボイラチューブ
11 応力負荷部
12 応力無負荷部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
評価対象の高強度フェライト鋼のうち、温度及び時間の経過と共に応力が負荷されることによってクリープ損傷を受ける第一の評価部位と、応力が負荷されずクリープ損傷を受けない第二の評価部位との硬さをそれぞれ測定し、
前記第一の評価部位の硬さと前記第二の評価部位の硬さの差を算出し、
前記差に基づいて前記第一の評価部位のクリープ寿命消費率を推定することにより前記高強度フェライト鋼の寿命を評価する高強度フェライト鋼の寿命評価方法。
【請求項2】
所定の負荷を加えた高強度フェライト鋼と、負荷を加えない高強度フェライト鋼とを所定温度で所定時間加熱し、それぞれの硬さを所定時間間隔で複数回計測し、クリープ寿命消費率と、所定の負荷を加えた高強度フェライト鋼の硬さと負荷を加えない高強度フェライト鋼の硬さの差との関係を示すマスターカーブを予め生成し、
前記マスターカーブと、前記第一の評価部位の硬さと前記第二の評価部位の硬さの差とに基づいて前記第一の評価部位のクリープ寿命消費率を推定することにより高強度フェライト鋼の寿命を評価する請求項1に記載の高強度フェライト鋼の寿命評価方法。
【請求項3】
前記第二の評価部位は、第一の評価部位と同一の高強度フェライト鋼で形成され、かつ、同一温度で同一時間加熱された試験片であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の高強度フェライト鋼の寿命評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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