説明

高強度薄鋼板の抵抗スポット溶接方法

【課題】継手引張特性に優れた高強度薄鋼板の抵抗スポット溶接方法を提供する。
【解決手段】重ね合わせた高強度薄鋼板13、14を一対の電極11、12によって挟み加圧力を加えながら抵抗スポット溶接をするにあたり、1点目を溶接後、電極11、12の位置を移動し、1点目の溶接部13がM点以下の温度まで冷却された後に、1点目の溶接部13に2点目の溶接部17の一部が重なるように2点目の溶接を行なうことを特徴とする高強度薄鋼板の抵抗スポット溶接方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度薄鋼板を抵抗スポット溶接する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、重ね合わせられた鋼板同士の接合には、重ね抵抗溶接法の一種である抵抗スポット溶接法が用いられている。例えば、自動車の製造にあたっては1台あたり数千点ものスポット溶接がなされている。この溶接法は、2枚以上の鋼板を重ね合わせ、その表面を直接、上下の電極で挟み加圧力を加えながら、上下電極間に大電流の溶接電流を短時間通電して接合する方法である。この電極はその電極寿命を延長させるために水冷されており、大電流の溶接電流を流すことで発生する抵抗発熱と電極による抜熱とのバランスにより、点状の溶融部が得られる。この点状の溶融部は、通電停止後は急速に冷却され、ナゲットと呼ばれる接合部(溶接部)が形成される。
【0003】
近年、特に自動車に使用される鋼板においては、衝突安全性の向上や、車体軽量化のために高強度の薄鋼板の使用が拡大しつつある。しかし、高強度の薄鋼板においてはより多くの合金成分が添加されており、抵抗スポット溶接のような急熱、急冷の熱サイクルを受けた場合、溶融、凝固したナゲットはもちろん、周辺の熱影響部も非常に硬く脆い材質となりやすく、特に十字引張において高い強度が得られにくくなることが知られている。
【0004】
このような問題に対して、高い十字引張強度を得るためには、単純にナゲット径を大きくすることで十字引張強度はある程度向上させることができる。
【0005】
また、特許文献1には、溶接通電終了後、板厚の関数で規定された溶接後保持時間経過後に電極を鋼板から離すことを特徴とする高強度鋼板のスポット溶接方法および、溶接通電終了後も後通電を継続し、スポット溶接部の冷却中の温度降下速度を調整することを特徴とする高強度鋼板のスポット溶接方法によって、十字引張強さを改善できることが開示されている。
【0006】
また、非特許文献1においては、本通電終了後、一定時間冷却した後に再度通電を行い、ナゲット部と熱影響部を焼き戻すことにより硬さを低下させ、残留応力を変化させることにより、スポット溶接部の疲労強度を向上させる方法が開示されている。この中で同時にテンパー通電により十字引張強度も改善することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−103048号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】「鉄と鋼」、第68巻、第9号、第1444ページ〜第1451ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、ナゲット径の拡大においては、大きなナゲットを得ようとすると電極で押さえきれずにスパッタが発生しやすくなり、溶接部に残るくぼみも大きくなる。また、溶接するために確保しているフランジ部も狭くすることが困難となるなどの問題がある。
【0010】
また、特許文献1に記載の方法では、溶接後保持時間を板厚の関数として規定しているが、実際のロボットでの溶接を考えると、溶接タイマーに設定できる保持時間と抵抗スポット溶接ロボットが加圧を終了して電極が鋼板から離れるまでの時間は異なり、各溶接ロボットにて確認が必要となる。
【0011】
また、非特許文献1に記載の方法においては、適切なテンパー通電条件範囲が狭いことから実用性に課題があった。また、本通電後に一旦、M点以下の温度まで冷却することが必要であることから溶接時間が長くなるという問題と共に、長い時間をかけたテンパーのプロセスを加えても、ナゲットの径は変化しないため、低強度の鋼板の場合に得られる十字引張強度程度に回復するだけで、従来よりも高い強度が得られるわけではない。
【0012】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、継手引張特性に優れた高強度薄鋼板の抵抗スポット溶接方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を達成するため、高強度薄鋼板の抵抗スポット溶接における十字引張特性を向上させる手法について鋭意検討した。テンパー通電のプロセスをベースに十字引張特性の改善に重要な要素について検討した結果、本通電後、テンパー通電までの間の冷却時間においてM点以下の温度まで冷却されることが重要であることを確認した。つまり、テンパーのプロセスを取る以上、冷却時間を含む溶接時間の増加は避けられない。また、継手強度(破断形態)を向上させるために、2点の溶接を行い接合部の面積を拡大させることを検討したが、各溶接点が独立した状態では、各溶接点のそれぞれが個々に破断してしまい、継手強度、破断形態を向上させることはできない。そこで、1点目の溶接後、2点目の溶接を1点目の溶接部に重なるように溶接することで、高強度薄鋼板の抵抗スポット溶接継手の十字引張特性を向上させることができると考えた。すなわち、1点目の通電後、溶融部を凝固させるに必要なだけ保持した後、電極による加圧を解除し、電極の位置を1点目のナゲットと次に形成させる2点目のナゲットが重なる範囲内の位置に移動し、2点目の溶接を行なう。電極の移動、加圧動作の間に1点目の溶接部にはテンパー通電前に必要なM点以下の温度まで冷却が確保され、2点目の溶接において、テンパーの効果と接合面積拡大の効果を併せ持たせることができると考えた。
【0014】
上記の考え方に基づいて、本発明は以下の特徴を有している。
【0015】
[1]重ね合わせた2枚以上の高強度の薄鋼板を一対の電極によって挟み加圧力を加えながら抵抗スポット溶接をするにあたり、1点目を溶接後、電極の位置を移動し、1点目の溶接部がM点以下の温度まで冷却された後に、1点目の溶接部に一部重なるように2点目の溶接を行なうことを特徴とする高強度薄鋼板の抵抗スポット溶接方法。
【0016】
[2]前記1点目の溶接部に一部重なるように2点目の溶接を行なうにあたり、2点目の溶接を行う前に、さらに別の箇所に1点目の溶接のみを行うことを特徴とする前記[1]に記載の高強度薄鋼板の抵抗スポット溶接方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明においては、2つの溶接部(ナゲット)が一部重なるように溶接することによって、テンパー通電の効果とナゲット面積拡大による十字引張特性の向上が可能となった。
【0018】
また、2点溶接することにより、トータルとしてのナゲット径が拡大するため、1点1点のナゲット径は必要以上に大きくする必要がなく、狭いフランジ部への溶接にも適用しやすいという効果がある。1点1点のナゲット径を必要以上に大きくする必要が無いため、設定電流は低く抑えることができ、散りの発生を抑制することができ、溶接部のくぼみも小さくすることができる。
【0019】
また、通常のテンパー通電を行なうプロセスにおいては、本通電とテンパー通電の間の長い冷却時間の間工程がストップしてしまうが、本発明は1点目を溶接した後、溶接位置を移動させてから2点目を溶接するプロセスであるため、このときにさらに次の打点の1点目を溶接しておき、その後、2点目を溶接しに戻ってくることにより、時間を短縮できるという効果もある。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の一実施形態に係る抵抗スポット溶接方法を示す模式図である。
【図2】本発明の実施例1における比較例の十字引張試験後の破断部を切断した断面の図面代用写真である。
【図3】本発明の実施例1における本発明例の十字引張試験後の破断部を切断した断面の図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の実施の形態を以下に述べる。
【0022】
図1は、本発明の一実施形態に係る抵抗スポット溶接方法の模式図である。
【0023】
図1(a)に示すように、高強度薄鋼板13と高強度薄鋼板14とを重ね、電極11及び電極12により、薄鋼板13と薄鋼板14とを接合する部分を挟持する。そして、電極11、12間に電流を通電する。もちろん、この電流は直流、交流どちらでも構わない。これにより、電流が流れた部分が抵抗発熱し、電極による抜熱とのバランスによって、電極間中央部付近に溶融部(ナゲット)15が形成される。このとき、ナゲット15の径は大きければ1点だけでも高い十字引張強度が得られるため、散りの発生しない範囲で大きい径のナゲットのほうが好ましい。1点1点のナゲット径が小さくても十字引張特性に優れた継手を得られることが本溶接方法の特徴であるが、板厚をtとしたときに、ナゲット径が3√tに満たない場合は2点重ねて溶接しても十分な接合面積を得ることが困難となるため、ナゲット径は3√t以上が好ましい。
【0024】
そして、1点目の通電終了後、ナゲット15が凝固するに必要なだけ加圧を保持した後、図1(b)に示すように、加圧を解除し、電極11、12を移動させる。この移動中において、ナゲット15をM点以下の温度まで冷却することにより、2点目の溶接におけるテンパー効果が有効に働くようになる。したがって、2点目の溶接までの間の時間が長くなっても構わないため、図1(b’)に示すように、この間にさらに次の1点目を溶接してナゲット16を形成しておくことも、たとえば鋼板の板厚が厚く1点目と2点目の間に長い冷却時間が必要となる場合などでは、溶接工程を短縮する上で好ましい場合もある。
【0025】
その後、図1(c)に示すように、1点目のナゲット15に2点目のナゲット17の一部重なる位置に2点目を溶接する。この2点目の溶接により、1点目の溶接部にテンパーがかかり、1点目のナゲット15および熱影響部の靱性が改善されるとともに、トータルのナゲット径が拡大することにより十字引張特性が改善される。この2点目の溶接では1点目の溶接部に分流するため、同じ溶接条件では2点目の溶融部の径が小さくなるため、2点目の溶接電流を上げるか、通電時間を延長することがより好ましい。ただし、2点目溶接による溶融部が1点目のナゲットを全て再溶融するような条件の場合には、テンパーの効果がなくなるため脆いナゲットとなり、十字引張特性は改善しない。また、1点目のナゲット15と、2点目のナゲット17が全く重ならない場合は各溶接点のそれぞれが個々に破断してしまうために、この場合も十字引張特性は改善しない。1点目のナゲット15が2点目の溶接によって全て再溶融してしまうこと無く、かつ、2つのナゲット15、17が重なるように、1点目と2点目の溶接位置のずらし量、2点目の溶接条件を選択すればよい。
【0026】
ちなみに、本発明において用いる溶接装置は、加圧機構の種類(エアシリンダによるもの、サーボモータによるもの)や形状(定置式、ロボットガン)、電源の種類(単相交流、交流インバータ、直流インバータ)など特に限定されるものではない。また、溶接される高強度鋼板は、そのタイプ(固溶強化型、析出強化型、2相組織型、加工誘起変態型など)にも限定されず、板組み(軟鋼との組み合わせや3枚重ねなど)にも限定されない。
【実施例1】
【0027】
本発明の効果を確認するために、実施例1として、以下の本発明例と比較例を実施した。
【0028】
その際の板組みは板厚1.6mmの980MPa級の高強度薄鋼板の2枚重ねである。電極はDR型の先端径6mmの電極を用いた。溶接は単相交流のサーボモータ加圧式抵抗スポット溶接ロボットを使用した。溶接条件は表1に示すとおりであり、2点溶接する本発明例の場合と1点だけ溶接する比較例の場合で溶接した。なお、本発明例の1点目の溶接条件と比較例の溶接条件とは同じであり、ナゲット径は約4√tとなる条件で溶接を行なった。本発明例の2点目は1点目の位置から2.5mmずらしたところに1点目と同じ溶接条件で溶接を行なった。
【0029】
【表1】

【0030】
そして、それぞれの溶接後の試験体をJIS・Z・3137に規定される十字引張試験を行い、評価した。図2に、比較例の場合の十字引張試験後の破断部を切断した断面を示し、図3に、本発明例の場合の十字引張試験後の破断部を切断した断面を示す。
【0031】
比較例の場合、図2に示すように、界面破断しており、十字引張強度は9.9kNであったのに対し、本発明例では、図3に示すように、ボタン破断となり破断形態が改善され、十字引張強度も13.2kNと向上しており、本発明の有効性が確認できる。
【実施例2】
【0032】
本発明の効果を確認するために、実施例2として、以下の本発明例と比較例を実施した。
【0033】
ここでは、単相交流のサーボモータ加圧式抵抗スポット溶接ロボットを用いて、980MPa級、1180MPa級、1470MPa級の鋼板のそれぞれの2枚重ねの板組みに対して溶接を行った。溶接は表2に示す溶接条件で行い、ここでは、JIS・Z・3144に規定されるたがね試験を行い、溶接部の強さを評価した。また、1点目の溶接部温度が2点目を溶接する前までにM点温度以下まで冷却された場合は(○)、冷却されなかった場合は(×)、と記した。なお、本発明におけるM点は、高周波加熱式全自動変態記録測定装置(formastor-EDF、FTM-1000)を用いた変態膨張変化から測定するものである。また、たがね試験では、たがねを打ち込み、破断しなかったものを良好(○)、界面破断したものを不良(×)と判断した。
【0034】
その結果、表2に示すように、本発明例ではたがね試験で破断せず、接合部が良好な強度を持っていることがわかる。これに対して、2点目溶接をしない従来のもの(No.2、16)、1点目と2点目の間の冷却時間が短く、1点目の溶接部がM点温度以下まで冷却されなかったもの(No.10、11)や、1点目と2点目の間の距離が離れすぎてナゲットが重ならないもの(No.4、14)などの比較例では、たがねを打ち込むと簡単に界面破断し、溶接部が脆く、弱いことが確認できる。
【0035】
【表2】

【実施例3】
【0036】
本発明の効果を確認するために、1点目の溶接の後に、別の箇所に1点目の溶接のみを行い、その後に1点目の溶接部に一部重なるように2点目の溶接を行った。これにより、1点目と2点目を連続して溶接する場合に必要であった1点目と2点目の間の冷却時間を短縮でき、溶接施工全体としての時間短縮、すなわち、タクトタイムの短縮が可能であることを確認した。
【符号の説明】
【0037】
11 電極
12 電極
13 高強度薄鋼板
14 高強度薄鋼板
15 溶融部(ナゲット)
16 溶融部(ナゲット)
17 溶融部(ナゲット)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
重ね合わせた2枚以上の高強度の薄鋼板を一対の電極によって挟み加圧力を加えながら抵抗スポット溶接をするにあたり、1点目を溶接後、電極の位置を移動し、1点目の溶接部がM点以下の温度まで冷却された後に、1点目の溶接部に一部重なるように2点目の溶接を行なうことを特徴とする高強度薄鋼板の抵抗スポット溶接方法。
【請求項2】
前記1点目の溶接部に一部重なるように2点目の溶接を行なうにあたり、2点目の溶接を行う前に、さらに別の箇所に1点目の溶接のみを行うことを特徴とする請求項1に記載の高強度薄鋼板の抵抗スポット溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−172945(P2010−172945A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−19064(P2009−19064)
【出願日】平成21年1月30日(2009.1.30)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】