説明

高強度高炭素鋼線の製造方法

【課題】鋼線の高強度化を良好な延性の下に達成する方途を与える。
【解決手段】炭素含有量が0.85〜1.00mass%の高炭素鋼線材に、所定の伸線加工量の下で前段伸線加工を施し、この前段伸線工程を経た中間線材に、引張強さを1323〜1568MPaの範囲に調整するパテンティング処理を施したのち、最終伸線を含む後段伸線加工を施す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タイヤやベルト等のゴム物品の補強材として用いられるスチールコード等の構成要素となる高強度高炭素鋼線の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スチールコードの素線等に用いられる高炭素鋼線は、一般に、0.70〜0.95mass%の炭素を含有し、パテンティング処理、例えばステルモア処理によりパーライト組織とされた、直径が約5.5mm程度の高炭素鋼線材を素材とし、乾式伸線により所定の中間線径まで伸線してからパテンティング処理を施す伸線−熱処理を少なくとも1回行い、最終熱処理されてパーライト組織に調整された鋼線材を、湿式伸線して所望の線径とする、一連の工程により製造されている。
【0003】
例えば、スチールコードを補強材として適用するタイヤの軽量化を所期して、より比強度の高いスチールコードが求められている。従って、このスチールコードの素線として用いられる高炭素鋼線には、より引張強さの高いものが求められている。
【0004】
さて、スチールコードの素線として用いられる高炭素鋼線の直径は、0.10〜0.40mm程度であるのが一般的である。この鋼線の直径を一定とした場合、引張強さを高めるには、炭素含有量がより高い素材を用いること、最終熱処理に供する中間線材の直径を大きくして、最終伸線工程の伸線加工量を大きく設定すること、等の手段が適用されている。
【0005】
かような引張強さの高い高強度鋼線の製造における問題は、高強度化に伴う延性劣化であり、鋼線を撚り合わせてスチールコードを製造する際の断線の増加や、耐疲労性の低下等をもたらす。この高強度化に伴う延性劣化を抑制するために、原材料の改良(特許文献1)、最終伸線工程である湿式伸線条件の改良(特許文献2)等が行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−312209号公報
【特許文献2】特開平7−197390号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のように、高強度化に伴う延性劣化を抑制するための改良は、原材料または最終伸線工程に注目して行われてきた。すなわち、特許文献1には、不均一組織である初析フェライト、初析セメンタイトが伸線後の延性低下の原因となることが指摘され、その対策として、成分、パテンティング処理および最終伸線を工夫している。一方、特許文献2には、最終伸線での加工の均一化による改良に限定した方策がとられている。しかしながら、いずれも十分な効果を得るには至っていない。
【0008】
そこで、本発明の目的は、上記した従来技術の問題点を解消し、鋼線の高強度化を良好な延性の下に達成する方途を与えることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者は、最終的に得られる鋼線の延性に対して、最終熱処理に供する中間線材を得るための前段伸線工程における条件が大きく影響することを見出した。
すなわち、素材であるステルモア処理された高炭素鋼線材は、基本的にパーライト組織が主体であるが、中心偏析や表面脱炭等に起因したマクロ的な成分の不均一や、初析セメンタイトおよび初析フェライト等のミクロ的な成分の不均一を、多かれ少なかれ抱えているのが一般的である。
【0010】
これらの成分不均一は、最終熱処理工程までの段階にて、ある程度緩和されるが、最終的に得られる鋼線には金属組織的な不均一として残留し、破壊の核として作用する場合が有る。特に、鋼線の引張強さが高いほど、この金属組織的不均一に対して敏感に反応する。
特に、金属組織的不均一は、例えば直径が0.18mmで引張強さが3300MPaを超える高強度高炭素鋼線の延性に対する影響が大きい。
【0011】
最終的に得られる鋼線に残留する金属組織的不均一は、最終熱処理の前に行われる前段伸線工程における伸線加工量が大きいほど緩和される。ところが、同じ素材を用いて同じ直径の下に、より引張強さの高い鋼線を得るためには、最終伸線工程における伸線加工量を増加する必要があり、このためには最終熱処理に供する中間線材の直径を大きくして前段伸線工程のおける加工量を小さくすることが必要となる。つまり、高強力化するほど金属組織的不均一が鋼線に残留しやすいことになる。
【0012】
発明者は、以上の知見に基いて、特に前段伸線工程における最適な条件を鋭意究明し、本発明を完成するに到った。
本発明の要旨は次の通りである。
<1>炭素含有量が0.85〜1.00mass%の高炭素鋼線材に、下記式(2)にて定義される伸線加工量εが2.5以上となる前段伸線加工を施し、この前段伸線工程を経た中間線材に、引張強さを1323〜1568MPaの範囲に調整するパテンティング処理を施したのち、最終伸線を含む後段伸線加工を施すことを特徴とする高強力高炭素鋼線の製造方法。

ε=2ln(D1/D0)----(2)
但し、D0:前段伸線加工入側の鋼線材の直径(mm)
D1:前段伸線加工出側の中間線材の直径(mm)
【0013】
<2>前記高炭素鋼線材はパーライト組織を有する上記<1>に記載の高強力高炭素鋼線の製造方法。
【0014】
<3>前記高炭素鋼線材の炭素含有量が0.95mass%以下である上記<1>または<2>に記載の高強力高炭素鋼線の製造方法。
【0015】
<4>前記パテンティング処理は、引張強さを1421Mpa以下に調整するものである上記<1>〜<3>のいずれかに記載の高強力高炭素鋼線の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、前段伸線工程での伸線加工量εを2.5以上とすることにより特に金属組織的不均一が緩和されるために、延性を犠牲にすることなしに高強度化を達成できる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の製造方法により製造した高強力高炭素鋼線は、直径Dfが0.10〜0.60mmの範囲にあり、かつ引張強さZ(MPa)が下記式(1)を満足することが好ましい。

Z≧2250−1450logDf----(1)
まず、直径Dfを0.10〜0.60mmの範囲としたのは、0.10mm未満では、細すぎて撚り合わせてコードとなっても必要とする強力が得難いためである。
一方、0.60mmを超えると、最終伸線前の熱処理後線材の直径が太くなり、すなわち前工程の乾式伸線における伸線加工量εを大きくすることが難しい。また、同一曲率となった場合に、歪が大きくなり実用的でない。
【0018】
また、引張強さZを上記式(1)を満足する範囲としたのは、タイヤの補強材として必要な強力を確保するためであり、線径が太いほど破断強力は高くなり、高強力材は線径が太くなるほど製造難易度が増すため、上記式(1)を満足することとした。
さらには、Z≧2843−1450logDfであることが好ましい。
【0019】
次に、上記の高強力高炭素鋼線を製造する方法について詳しく説明する。
まず、素材としては、炭素含有量が0.85〜1.00mass%の高炭素鋼線材を用いる。なぜなら、炭素含有量は、得ようとする鋼線の引張強さが同じ場合、多いほど最終伸線工程の加工量を小さく、つまり前段伸線加工量を大きくできることから、0.85mass%以上とする。一方、炭素含有量が多すぎると結晶粒界に初析セメンタイトが析出し易くなり、金属組織的不均一を招くことから、1.00mass%以下とする。好ましくは、0.95mass%以下とする。
【0020】
上記高炭素鋼線材は、前段伸線加工を施して中間線材にし、この中間線材をパテンティング処理に供する。ここで、前段伸線加工における下記式(2)にて定義される伸線加工量εを2.5以上とすることが肝要である。

ε=2ln(D1/D0)----(2)
但し、D0:前段伸線加工入側の鋼線材の直径(mm)
D1:前段伸線加工出側の中間線材の直径(mm)
【0021】
すなわち、前段伸線工程での伸線加工量εを2.5以上とすることにより、特に金属組織的不均一が緩和される。なぜなら、伸線加工量εが2.5以上ではラメラがほぼ縦方向にそろい、金属組織のクロス断面の大きさも約1/3となることで組織の不均一性を小さくすることができるからである。
この前段伸線加工での伸線加工量が大きいほど不均一性は緩和されるが、大きすぎると前段伸線加工が困難になることから、3.5以下とすることが好ましい。
【0022】
この前段伸線工程を経た中間線材には、引張強さを1323〜1568MPaの範囲に調整するパテンティング処理を施す。得ようとする鋼線の引張強さが同じ場合、この熱処理後の引張強さが高いほど後段伸線工程の加工量を小さく、つまり前段伸線加工量を大きくできることから、1323MPa以上に調整することとする。ここに、熱処理後の線材の引張強さは、具体的にはパーライト変態温度により制御できるが、0.85〜1.00mass%の炭素を含有する線材の引張強さを1568MPaよりも大きくするには、パーライト変態温度を下げる必要があり、べイナイトが析出し易くなって金属組織的不均一をまねくため、1568MPa以下、好ましくは1421MPa以下とする。
【0023】
その後、最終伸線を含む後段伸線加工を施して製品径にするが、この後段伸線加工においては特に規制を設ける必要はない。
【実施例】
【0024】
表1および表2に示す炭素含有量および径を有する鋼線材に、表1および表2に示す条件の前段伸線加工、次いで熱処理を施したのち、やはり表1および表2に示す条件の後段伸線加工(最終伸線)を施し、直径0.30mmで引張強さが3400Mpa級および直径0.18mmで引張強さが4250Mpa級の鋼線を製造した。表中の後段伸線加工量は、前段伸線加工量を求める上記式(2)に準拠して求めたものである。
【0025】
なお、熱処理後の引張強さの調整は、同一炭素含有量の材料ではパテンティング処理の温度を変えることで行った。同一のパテンティング処理温度であれば、炭素含有量が多いほど引張り強さは高くなる。
【0026】
かくして得られた鋼線について、その引張強さおよび捻り特性を評価した。その評価結果を、表1および表2に併記する。
なお、引張強さは、JIS Z2241に規定の引張試験に準拠して行った。
また、捻り特性は、フィラメント断面積に応じた重りで196MPaのテンションを負荷し、100mm長を捻り、破断までの回数を100d(d:直径)相当の長さでの捻り回数に換算し、従来例を100として指数化した。
【0027】
【表1】

【0028】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素含有量が0.85〜1.00mass%の高炭素鋼線材に、下記式(2)にて定義される伸線加工量εが2.5以上となる前段伸線加工を施し、この前段伸線工程を経た中間線材に、引張強さを1323〜1568MPaの範囲に調整するパテンティング処理を施したのち、最終伸線を含む後段伸線加工を施すことを特徴とする高強力高炭素鋼線の製造方法。

ε=2ln(D1/D0)----(2)
但し、D0:前段伸線加工入側の鋼線材の直径(mm)
D1:前段伸線加工出側の中間線材の直径(mm)
【請求項2】
前記高炭素鋼線材はパーライト組織を有する請求項1に記載の高強力高炭素鋼線の製造方法。
【請求項3】
前記高炭素鋼線材の炭素含有量が0.95mass%以下である請求項1または2に記載の高強力高炭素鋼線の製造方法。
【請求項4】
前記パテンティング処理は、引張強さを1421Mpa以下に調整するものである請求項1〜3のいずれかに記載の高強力高炭素鋼線の製造方法。



【公開番号】特開2011−206849(P2011−206849A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−162088(P2011−162088)
【出願日】平成23年7月25日(2011.7.25)
【分割の表示】特願2005−308916(P2005−308916)の分割
【原出願日】平成17年10月24日(2005.10.24)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】