説明

高比強度Mg合金材およびその製造方法ならびにMg合金海中構造用部材

【課題】比強度、減衰性能に優れるMg合金材を焼結によることなく得る。
【解決手段】Mg合金インゴット1から切削した粒1aを室温において固めて成形体2とし、該成形体2を450℃以下で押出加工し、好適にはさらに250〜450℃で後方押出などの二次歪み加工を行う。減衰性能を損なうことなく、切削粒の歪みを残存させて高い強度を得ることが可能になる。高比強度Mg合金材は、所望によりNi−Pめっき、Ni−BめっきおよびCrめっきの内の2、3種などのめっき層を層状に形成することができ、深海での環境下において、高強度、防音性、耐食性が要求される海中構造用部材に好適に利用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は軽量で機械強度、耐食性、減衰性能に優れ、特に海中環境下で使用される材料に好適なMg合金材とその製造方法、ならびに前記Mg合金材を用いたMg合金海中構造用部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
無人探査船等などの水中航走体に使用する構造用部材は、航走距離の増大や浮上性の向上、燃費の減少のために船体の質量を軽減する必要がある。また、海中では通信手段や探査・観測手段として音響が用いられるが、様々な周波数帯を使用するため内包する機器の機械雑音が音響機器に干渉しないようにするため部材の防音性の向上も必要である。従来は軽量材料であるTi合金を構造用部材として使用しているが、上記の理由のために更なる軽量化、防音化の必要がある。
【0003】
Mg合金材は、軽量で減衰性能に優れており、マグネシウム合金焼結体による防音材としての適用例も提案されている(例えば特許文献1参照)。
ただし、Mg合金材は、一般的に強度が十分ではなく、このためMg合金にひずみを加えることにより強度を上げる試みがなされている(例えば特許文献2)。またMg合金材は耐食性が良好ではなく一般には表面塗装が施されるが、深海では、水深が増すほど外圧が増加するため、塗料と部材の材質の違いによる収縮率の相違により剥離してしまう。これに対しては、特許文献3に示すように、Mg合金表面にメッキを施す技術が提案されており、この技術の採用によって深海でのMg合金の耐食性を改善することが可能と考えられる。
【特許文献1】特開2003−277876号公報
【特許文献2】特開2000−104137号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記に示した従来技術によるMg合金の強度向上では、深海圧力に耐え得る強度を有するまでには至っておらず、このような用途では相変わらずMg合金の強度が不足するという問題がある。また、防音材として用いる場合、焼結体では深海で水圧のかかる環境には適していないという問題がある。
【0005】
本発明は、上記事情を背景としてなされたものであり、焼結体によることなく、比強度および音減衰性能に優れる高比強度Mg合金材およびその製造方法ならびにMg合金海中構造用部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の高比強度Mg合金材のうち第1の本発明は、Mg合金インゴットから切削した粒で構成される成形体を押し出した押出材であることを特徴とする。
【0007】
第2の本発明の高比強度Mg合金材は、前記第1の本発明において、前記Mg合金インゴットの組成が、質量%でZn:4〜6%、Y:6〜8%、Zr:0〜1.5%を含有し、残りがMgおよび不可避不純物であることを特徴とする。
【0008】
第3の本発明のMg合金海中構造用部材は、前記第1または第2の本発明において、前記第1または第2の本発明に記載の高比強度Mg合金材表面にメッキが施されていることを特徴とする。
【0009】
第4の本発明の高比強度Mg合金材の製造方法は、Mg合金インゴットから切削した粒を加圧成形により固めて成形体とし、該成形体を450℃以下で押出加工することを特徴とする。
【0010】
第5の本発明の高比強度Mg合金材の製造方法は、前記第4の本発明において、前記押出加工後、さらに、250〜450℃で二次歪み加工を行うことを特徴とする。
【0011】
第6の本発明の高比強度Mg合金材の製造方法は、前記第5の本発明において、前記二次歪み加工が押出加工であることを特徴とする。
【0012】
第7の本発明の高比強度Mg合金材の製造方法は、前記第5の本発明において、前記二次歪み加工が後方押出加工であることを特徴とする。
【0013】
第8の本発明の高比強度Mg合金材の製造方法は、前記第4〜第7の本発明のいずれかにおいて、前記成形体は、前記粒を室温固化したものであることを特徴とする。
【0014】
すなわち、本発明によれば、インゴットから切削されたそれぞれの粒に歪みが導入され、この歪みが維持されたままで得られる成形体をさらに押出加工することで、材料に高歪みが付与され、比強度が明らかに向上する。
【0015】
なお、本発明で原料として用いられるインゴットは、既知の方法により溶製されたものを用いることができ、本発明としてはその製造方法が特に限定されるものではない。該インゴットはMg合金に関するものであるが、その組成は、Mg合金材の使用用途などにより適宜設定することができ、本発明としては特定の組成に限定されるものではなく、強度や防音性能などを考慮して適宜の組成を選定することができる。
好適例として、(Zn:4〜6%、Y:6〜8%、Zr:0〜1.5%、残部Mgおよび不可避不純物)の組成(質量%)が挙げられる。
【0016】
ここで、添加元素であるZnは機械強度を向上させる効果があるが、添加量が多過ぎても少な過ぎても強度が減少するため、4〜6%が良い。またYは耐力の向上の効果が期待されるが、6%未満は効果が薄く、8%を超えると原材料コストが増加するため、6〜8%が良い。Zrは、積極的に添加しなくてもよいが、少量で凝固組織を微細化して強度を向上させる効果がある。ただし、1.5%を超えて添加してもそれほど効果が向上せず製造コストが増加する。また、上記作用を十分に得るためには、0.2%以上含有するのが望ましい。
【0017】
上記インゴットから粒を切削する際の工具としては、既知の切削工具を用いることができ、本発明としては特に工具類が限定されるものではない。切削により得られる粒は、本発明としてはサイズが限定されるものではないが、好適には、最大粒長で10mm以下が望ましい。10mmを超えると成形体への製造難易度が上がる。より好ましくは5mm以下である。
【0018】
インゴットから得られる切削粒は、歪みを維持した状態で成形体に固化される。この際に、焼結などのように高温に加熱をすると切削粒に導入された歪みが除去されてしまうため、該歪みが解放されない低温での成形が必要であり、好適には室温で外部からの熱を加えることなく加圧成形するのが望ましい。なお、成形体の固体強度は、ハンドリングができ、後工程での押出が可能な程度であればよい。
【0019】
上記成形体は、450℃以下の温度で押出加工を行う。450℃を超えて押出加工を行うと、切削時に切削粒内に生じた歪みが解放されてしまい、押出品の強度が低下する。好ましくは400℃以下である。また、一度押出を行った押出品は、さらに押出加工、鍛造等の二次歪み加工を行うことができる。この二次歪み加工により強歪みを与えてさらに材料中の歪みを増大させて比強度を向上させることができる。この二次歪み加工は1回の他、さらに割れなどが生じることなく加工が可能であれば、繰り返し行うことができる。二次歪み加工では、その直前の押出が前方押出であれば、続いて後方押出を行うようにしても良い。
【0020】
二次歪み加工では、250〜450℃の温度で加工を行う。加工温度が450℃を超えると、材料に導入されている歪みが解放されて十分な強度を確保することができなくなる。同様の理由で好適には加工温度は400℃以下である。また、二次歪み加工では、加工温度が250℃未満になると、加工中に加工材に割れが生じやすくなるため、250℃以上の加工温度とする。なお、切削粒内に生じたひずみを解放しない加熱条件は、切削粒を加熱して、その硬さの変化を調べることで容易に知ることができる。
【0021】
上記により得られる高比強度Mg合金材は、焼結によることなく優れた比強度と優れた減衰性とを有しており、さらに、所望によりMg合金材表面にNi−Pめっき、Ni−BめっきおよびCrめっきの内の2、3種などを層状に施すことで耐食性を向上させて海中構造用部材として好適に利用することができる。ただし、本発明としては、めっき層の形成が必須となるものではなく、また高比強度Mg合金材の用途が特定のものに限定をされるものではなく、種々の用途への適用が可能である。
【発明の効果】
【0022】
以上説明したように、本発明の高比強度Mg合金材は、Mg合金インゴットから切削した粒で構成される成形体を押し出した押出材からなるので、高い比強度を示し、また防音性能にも優れている。
また、本発明の高比強度Mg合金材の製造方法は、Mg合金インゴットから切削した粒を加圧成形により固めて成形体とし、該成形体を450℃以下で押出加工するので、減衰性能を損なうことなく、切削粒の歪みを残存させて高い強度を得ることが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下に、本発明の一実施形態を説明する。
所望の組成(好適例Zn:4〜6%、Y:6〜8%、Zr:0〜1.5%、残部Mgおよび不可避不純物)としたインゴット1を常法により溶製し、切削バイト30などにより好適には最大粒長10mm以下の粒に切削する。この切削により得られる切削粒1aを室温で加圧して固め、成形体2を得る。該成形体2を押出型10に納め、ラム11によって押し出して、押出品3を得る。この際の押出温度は、450℃以下とする。これにより切削粒の歪みが残留したままで高い比強度が得られる。なお、押出温度以外のその他の押出条件(押出比、押出速度など)は、本発明としては特に限定されるものではなく、適宜設定が可能である。
【0024】
上記押出品3は、二次歪み加工としてさらに二次押出型20に納める。該二次押出型20に用いられるラム21は、押出型20の内径よりも小さく、押出型20の内周面とラム21の外周面との間が後方押出空間になる。この押出型20によってラム21を前進させて材料を後方に押出す。この際の押出温度は250〜450℃とする。なお、押出温度以外のその他の押出条件(押出比、押出速度など)は、本発明としては特に限定されるものではなく、適宜設定が可能である。
【0025】
なお、この実施形態では上記二次歪み加工は後方押出として説明したが、本発明としては、二次歪み加工が後方押出に限定されるものではなく、前方押出や鍛造などにより行うことができる。また、本発明では、押出加工のみで二次歪み加工を実施しないことも可能である。
【0026】
上記後方押出加工により得られた高比強度Mg合金材5は、そのまま利用に供することができ、また、所望によりNi−Pめっき、Ni−BめっきおよびCrめっきなどによって1層または複数層によってめっき層6を形成することができる。該めっき層6の形成方法は本発明としては特に限定されるものではなく、既知の方法により行うことができ、高比強度Mg合金材5の一部表面にのみ形成するものであってもよい。
【0027】
上記高比強度Mg合金材は、好適には海中構造用部材に利用することで、深海圧力に耐え得る高い強度を有しており、深海で水圧のかかる環境においても、防音材として高い機能を発揮することができる。
【0028】
以上、本発明について上記実施形態に基づいて説明を行ったが、上記実施形態は本発明の一例であり、本発明が上記実施形態の内容に限定されるものではなく、当然に本発明の範囲を逸脱しない限りは適宜の変更が可能である。
【実施例1】
【0029】
以下に、本発明の一実施例を説明する。
質量%で、Yを7%、Znを5%、Zrを1%配合したMg合金(残部Mgおよび不可避不純物)を金型に鋳込み、その鋳造材(インゴット)を機械で切削することにより1〜2mmの大きさにチップ化した。その切削粒を、加圧成形により直径305mm×高さ400mmの円柱状に室温固化成形し、押出温度375℃、押出比10、押出速度3mm/sで押出し、さらに鍛造温度300℃、鍛造比2、ひずみ速度10−2/sで後方押出鍛造を加えた後、機械加工することにより、高さ142mm、内径70mm、外径88mmの円筒を得た。表面処理として、既知の方法により合計150μm厚で、それぞれ同程度の厚さとなるように、無電解によるNiめっきと電解によるCrめっきを施し、供試材を得た。
【0030】
容器から押出し方向に平行にJIS14A号引張試験片を切出し、室温でひずみ速度10−3/sの引張試験を実施した。図2にTi合金(Ti−6Al−4V)、Al合金(JISA7075合金)と、鋳造に、切削粒化、押出加工、後方押出を組み合わせた比較材および発明材との比強度の比較を示した。比強度は、以下の式で表される。
(比強度)=(引張強度)÷(合金密度)
図2では、発明材が従来のチタン合金と比較して比強度が1.1倍となり、また、鋳造ままのMg合金材料を押出加工したものよりも比強度の優れるマグネシウム合金が得られていることが分かる。
【0031】
さらに、上記と同様にして後方押出鍛造により製造した容器から直径30mm×厚さ5mmに切出した供試材に上記Ni−Pめっき+Crめっき処理を施して、JIS Z 2371に準じた塩水噴霧試験を実施した。624時間におよぶ試験の結果、該供試材には腐食が認められなかった。
【0032】
次に、音響試験のために上記供試材を水没させ、発明材内の音源から音波を発し、1m離れた受信器にて音量を計測した。計測は発明材とAl合金(JISA7075合金)、Ti合金(Ti−6Al−4V)で行い、供試体をはずした状態と比較してどの程度音量が減少したかを評価した。評価方法は、次式の透過損失を各合金の密度で割った値で評価した。
透過損失=10×log(I/I)(dB)
:入射音の強さ(供試体をはずした状態)
:透過した音波の強さ
評 価:(透過損失)÷(合金密度)(dB・g−1・m
【0033】
図3に、各合金の周波数に対する値の変化を示す。人間の耳に聞こえる20kHz以下および探査船の調査や観測手段として主に使用される超長波6〜30kHzの範囲で、Mg合金は密度当たりの透過損失が大きく、防音効果が高いことが分かる。
以上の結果から、軽量で比強度、耐食性、防音効果に優れたMg合金海中構造用部材を製造することができた。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の高比強度Mg合金材の製造工程を示すフロー図である。
【図2】本発明の実施例における各材料の比強度の比較を示す図である。
【図3】同じく、各合金の比重あたりの透過損失と周波数との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0035】
1 インゴット
2 切削粒
3 押出品
5 高比強度Mg合金材
6 めっき層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mg合金インゴットから切削した粒で構成される成形体を押し出した押出材であることを特徴とする高比強度Mg合金材。
【請求項2】
前記Mg合金インゴットの組成が、質量%でZn:4〜6%、Y:6〜8%、Zr:0〜1.5%を含有し、残りがMgおよび不可避不純物であることを特徴とする請求項1記載の高比強度Mg合金材。
【請求項3】
請求項1または2に記載の高比強度Mg合金材表面にメッキが施されていることを特徴とするMg合金海中構造用部材。
【請求項4】
Mg合金インゴットから切削した粒を加圧成形により固めて成形体とし、該成形体を450℃以下で押出加工することを特徴とする高比強度Mg合金材の製造方法。
【請求項5】
前記押出加工後、さらに、250〜450℃で二次歪み加工を行うことを特徴とする請求項4記載の高比強度Mg合金材の製造方法。
【請求項6】
前記二次歪み加工が押出加工であることを特徴とする請求項5記載の高比強度Mg合金材の製造方法。
【請求項7】
前記二次歪み加工が後方押出加工であることを特徴とする請求項5記載の高比強度Mg合金材の製造方法。
【請求項8】
前記成形体は、前記粒を室温固化したものであることを特徴とする請求項4〜7のいずれかに記載の高比強度Mg合金材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−97021(P2009−97021A)
【公開日】平成21年5月7日(2009.5.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−266989(P2007−266989)
【出願日】平成19年10月12日(2007.10.12)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2007年10月10日 社団法人軽金属学会発行の「第113回秋期大会講演概要集」に発表
【出願人】(000004215)株式会社日本製鋼所 (840)
【出願人】(504194878)独立行政法人海洋研究開発機構 (110)
【出願人】(507338714)エムジープレシジョン株式会社 (1)
【出願人】(507338725)株式会社旭鍍金工業所 (1)
【Fターム(参考)】