説明

高温水系の腐食防止構造および腐食防止方法

【課題】薬品の注入による冷却水の水質制御をせずにプラント運転を可能とする高温水系の腐食防止構造および腐食防止方法を提供する。
【解決手段】高温度の冷却水を通水する高温水系を構成する構造材の、冷却水と接触する側の表面に、LaおよびYの少なくとも一方を含有する物質から成る腐食防止膜を付着させたことを特徴とする高温水系の腐食防止構造である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温水系の腐食防止構造および腐食防止方法に係り、特に加圧水型原子力発電施設の二次冷却系を構成する構造材の腐食を効果的に防止でき構造材からの鉄の溶出を効果的に低減できる高温水系の腐食防止構造および腐食防止方法に関する。
【背景技術】
【0002】
加圧水型原子力発電設備は、核分裂反応によって生じた熱エネルギーで、一次冷却材である加圧水(圧力の高い軽水)を300℃以上に加熱し、蒸気発生器によって二次冷却材の軽水を沸騰させ、最終的に高温高圧の蒸気としてタービン発電機を回転し、電力を生み出す原子炉設備である。この加圧水型原子炉は、原子力発電所等の大型プラントや、原子力艦船などの小型プラントに用いられている。
【0003】
上記加圧水型原子力発電設備をはじめ、高温水が流通するボイラーや蒸気発生器、熱交換器等を有する種々のプラントでは、構造材である金属からのイオン溶出や構造材自体の腐食が大きな問題となっている。この金属イオンの溶出は高温水中で発生する代表的な現象であり、構造材をはじめ、配管や機器の構成部材の腐食によって、運転上の問題やメンテナンス頻度の増加等、様々な影響を及ぼすものである。
【0004】
また、構造材等から溶出した金属イオンは、系統内の配管表面や蒸気発生器等の高温部位に酸化物として付着析出し、熱交換器の伝熱管と支持板との間のクレビス部のような狭隘部では、不純物濃度が非常に高い状態になる可能性があり、このイオンバランスによっては強酸性や強アルカリ性の濃縮水が生成され、さらに腐食が顕著になる恐れもある。
【0005】
このような現象や表面に付着している酸化物による電位上昇から、構造材の腐食割れの現象も確認されている。また、付着した酸化物による熱伝達の低下が起こるため、構造材について高頻度で定期的に化学洗浄等による酸化物の除去が必要となる。
【0006】
一方で、最近では炭素鋼配管における減肉現象により、配管厚さが減少し、破裂が起こる事故も発生する恐れが高くなっている。このように、金属の溶出や腐食現象等は長期間に亘るプラント運転で経時的に蓄積されて、耐用限界になったある時期に突然として災害に発展する可能性を秘めている。
【0007】
さらには、構造部位の形状によっては、上記の腐食速度が加速され、予測し難い現象が発生することもある。例えば、オリフィスや弁等の機器が多用されている配管系では、高温度の液体などの流体が高速度で内部空間を流れることによりエロージョンやコロージョンを引き起こす。このような問題を回避するために、種々のプラント系統内については水質制御をはじめ、様々な防食対策が従来から実施されている。
【0008】
例えば、火力発電所や加圧水型原子力発電所の二次冷却系においては、冷却水中にアンモニアやヒドラジンを注入してpHコントロールを実施して、系統内からの鉄溶出を低減し、蒸気発生器への鉄流入を防ぐ対策を講じている(特許文献1)。さらには、クレビス部のアルカリ濃縮を排除するために、Na/Cl比管理や塩素イオンの腐食影響低減のための塩化物イオン濃度管理、溶存酸素濃度制御(特許文献2)など、様々な水質制御が実機プラントでは実施されている。最近では、エタノールアミンやモルフォリンなどの改良薬品を用いた水質制御方法も取り入れられている。
【0009】
上記のように、配管の腐食や酸化物等の付着析出、クレビス部の濃縮低減など、実機プラントで既に実施されている対策以外に、改良案として多くの技術が提案されている。注入薬品の改良では、脱酸素剤としてタンニン酸やアスコルビン酸などの有機酸の利用(特許文献3)がある。また、水質制御方法では、全カチオン/SOモル比を制御する運転方法(特許文献2)や原子炉用蒸気発生器への給水中に、イオン濃度が0.4〜0.8ppbになるようにカルシウム化合物及びマグネシウム化合物の少なくとも一種を導入する(特許文献2)提案等がなされている。
【0010】
このように、プラント構造材の腐食溶出対策として薬品を用いた水質制御等による腐食溶出抑制等が現状で広く実施されているが、運転管理の煩雑さ、運転コストや安全性の観点から薬液の注入による冷却水の水質制御をせずに運転できる技術が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第2848672号公報
【特許文献2】特許第3492144号公報
【特許文献3】特開2004−12162号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
現状の加圧水型原子力発電施設の二次冷却系においては、腐食抑制のためにヒドラジンやアンモニア等の薬剤を注入し運転を実施している。この薬品を注入せずに運転可能とするためには新しい技術が必要である。そこで、本発明では、構造材表面を改質する技術を提供することにより薬品の注入による冷却水の水質制御をせずにプラント運転を可能とする高温水系の腐食防止構造および腐食防止方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するために、本発明に係る高温水系の腐食防止構造は、高温度の冷却水を通水する高温水系を構成する構造材の、冷却水と接触する側の表面に、LaおよびYの少なくとも一方を含有する物質から成る腐食防止膜を付着させたことを特徴とする。
【0014】
上記LaおよびYの少なくとも一方を含有する物質から成る腐食防止膜を付着させることにより、構造材の腐食が効果的に防止でき、構造材の接液面から鉄等の金属成分の溶出を大幅に低減することができる。
【0015】
また、上記高温水系の腐食防止構造において、前記高温度の冷却水の温度が、20℃以上350℃以下であることが好ましい。上記付着した腐食防止膜の腐食防止効果は上記常温度から加圧水型原子力発電施設の二次冷却系の運転温度まで広い温度範囲において防食効果を発揮する。
【0016】
さらに、上記高温水系の腐食防止構造において、前記Laを含有する物質が、La,La(OH)、La(CO、La(CHCOO)、La(Cのいずれかであることが好ましい。これらのLa化合物は腐食防止膜に含有されると、何れも優れた防食効果を発揮する。
【0017】
また、上記高温水系の腐食防止構造において、前記Yを含有する物質が、Y(OH)、Y(CO、Y(CHCOO)、Y(Cのいずれかであることが好ましい。これらのY化合物は腐食防止膜に含有されると、種類によって若干の差異はあるが、何れも優れた防食効果を発揮する。
【0018】
さらに、上記高温水系の腐食防止構造において、前記構造材が、炭素鋼、銅合金、Ni基合金のいずれかであることが好ましい。上記構造材が、炭素鋼、銅合金、Ni基合金のいずれの場合であっても、その金属成分の溶出を効果的に防止できる。
【0019】
また、上記高温水系の腐食防止構造において、前記Laの付着量が1μg/cm以上200μg/cm以下であることが好ましい。Laの付着量が上記範囲において高い腐食防止効果が得られる一方、上記範囲の上限を超えても腐食防止効果は飽和してしまう。
【0020】
さらに、上記高温水系の腐食防止構造において、前記のYの付着量が1μg/cm以上200μg/cm以下であることが好ましい。Yの付着量が上記範囲において高い腐食防止効果が得られる一方、上記範囲の上限を超えても、La化合物と同様に、腐食防止効果は飽和してしまう。
【0021】
また、本発明に係る高温水系の腐食防止方法は、高温度の冷却水を通水する高温水系を構成する構造材の腐食防止方法において、LaおよびYの少なくとも一方を含有する腐食防止剤を調製する工程と、調製した腐食防止剤を上記構造材の冷却水と接触する側の表面に付着させて腐食防止膜を形成する工程とを備えることを特徴とする。
【0022】
なお、上記腐食防止膜を付着させる前に、構造材の冷却水と接触する側の表面を、予め機械加工処理、高温水中への浸漬処理および化学洗浄処理のいずれかの処理を実施することが好ましい。すなわち、構造材の接液表面を、予めライナー等で研削する等の機械加工を実施して表面部の酸化膜や異物を除去し新生面を出現させることにより、腐食防止膜の付着強度を高めることができる。
【0023】
また、構造材を200℃から350℃の高温水中に浸漬する処理を実施することにより、構造材表面に酸化膜が形成され、この酸化膜がLa,Yを含有する腐食防止膜の作用をより高めて、腐食防止効果をさらに高めることが可能になる。
【0024】
さらに、構造材の接液表面を、予め酸等で洗浄して酸化物や異物を除去して新生面を出現させるなどの化学洗浄処理を実施することにより、上記機械加工を実施した場合と同様に腐食防止膜の付着強度を高めることができる。
【0025】
また、上記高温水系の腐食防止方法において、前記腐食防止剤を構造材の表面に付着させる方法が、スプレー法、CVD法、溶射法、腐食防止剤を含有する高温水中への浸漬法のいずれかであることが好ましい。
【0026】
スプレー法は窒素ガスなどの高圧ガスによって腐食防止剤を構造材表面に噴射させる方法であり、CVD法は腐食防止剤を化学的に蒸気化せしめた後に構造材表面に蒸着させる方法であり、溶射法は構造材表面に溶融した腐食防止剤を吹き付けて被覆する方法であり、浸漬法は腐食防止剤を含有する高温水中へ構造材を浸漬し表面に腐食防止剤を付着させる方法である。何れも従来の冷却材の水質を制御する操作と比較して迅速簡単に施工できる。
【発明の効果】
【0027】
本発明に係る高温水系の腐食防止構造および腐食防止方法によれば、LaおよびYの少なくとも一方を含有する物質から成る腐食防止膜を付着させているために、構造材の腐食が効果的に防止でき、構造材の接液面から鉄等の金属成分の溶出を大幅に低減することができる。また、上記腐食防止膜は、付着量が少量であっても優れた腐食防止を発揮する一方、構造材との付着強度が高いので腐食防止効果が長期間に亘って維持される。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明に係る高温水系の腐食防止構造および腐食防止方法を実施するための腐食抑制構造の一実施例を示す断面図であり、図1(a)は、酸化皮膜が形成された構造材(基材)表面に、Laを含む腐食防止膜を形成した実施例であり、図1(b)は、酸化皮膜が除去された構造材表面に、Laを含む腐食防止膜が直接形成された実施例を示す断面図。
【図2】図1(a)、(b)に示す腐食防止構造における腐食抑制効果と腐食防止構造との関係を示すグラフ。
【図3】Y(OH)から成る腐食防止膜を形成した腐食防止構造における腐食抑制効果を示すグラフ。
【図4】Y(OH)から成る腐食防止膜を形成した腐食防止構造における温度変化の影響を示すグラフ。
【図5】腐食防止膜の付着量と構造部材の腐食量との関係を示すグラフ。
【図6】腐食防止膜を形成する方法と構造部材の腐食量との関係を示すグラフ。
【図7】腐食防止膜に含有される化合物の種類と腐食抑制効果との関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下に本発明に係る高温水系の腐食防止構造および腐食防止方法の実施例について添付図面を参照して説明する。
【0030】
(実施例1)
まず、腐食防止剤としてのLa化合物を含有した腐食防止膜を形成した本発明の実施例について、添付した図1および図2を参照して説明する。
【0031】
本実施例1に係る高温水系の腐食防止構造は、図1および図2に示すように2種の構造を含む。すなわち、図1(a)は、酸化皮膜2が形成された構造材(基材)1としての炭素鋼表面に、Laから成る腐食防止膜3を形成した実施例であり、図1(b)は、酸化皮膜が除去された構造材1の表面に、Laから成る腐食防止膜3を直接形成した実施例(試験片)を示す。
【0032】
なお図1(a)における酸化皮膜2は150℃の大気下で構造材1としての炭素鋼の表面部を酸化させて形成した。また、図1(b)における構造材としての炭素鋼1は表面を酸洗いして新生面を露出させたものを使用した。
【0033】
次に、上記のように炭素鋼にLaを付着させて調製した2種類の実施例に加えて、酸化皮膜および腐食防止膜を形成せず炭素鋼のみから成る試験片を比較例として用意した。そして、これらの3種の試験片の表面部を、4MPaの圧力下において温度185℃で溶存酸素5ppb未満でありpHが9.8の熱水中に500時間浸漬する条件下で腐食試験を実施した。そして腐食試験前後における各試験片の重量変化から腐食量(腐食速度)を計算した。測定計算結果を図2に示す。
【0034】
図2に示す結果から明らかなように、炭素鋼のみから成る試験片と比較してLaから成る腐食防止膜3が付着された2種の実施例の試験片では、腐食速度が顕著に抑制されることが判明した。また、酸化皮膜2が存在する場合には、腐食抑制の効果がさらに顕著になることも確認できた。このように、Laを構造材の表面に付着させることにより、炭素鋼の腐食抑制作用が効果的に発揮されることが判明した。
【0035】
上述の実験結果に従って、加圧水型原子力発電設備の二次冷却系を構成する炭素鋼材表面に、Laを含む化合物を付着させることにより、冷却水による全面腐食の抑制効果、流動加速腐食による減肉抑制効果が発現することが期待できる。
【0036】
なお、上記腐食防止効果は、腐食防止剤としてLaを使用した場合に限らず、付着させる腐食防止剤として、La(OH)、La(CO、La(CHCOO)、La(Cを使用した場合でも同様な効果が発現することが実験により確認されている。
【0037】
(実施例2)
次に、腐食防止剤としてのY化合物を含有した腐食防止膜を形成した本発明の実施例について、添付図3を参照して説明する。
【0038】
本実施例に係る高温水系の腐食防止構造は、概略図1(b)に示すような構造を有する。すなわち、本実施例の試験片の表面は、酸化皮膜を薬品により剥離させ、新生面を露出させたものである。腐食防止剤としてはY(OH)を使用した。そして窒素ガスによりY(OH)を含んだ薬剤を炭素鋼の接液表面に噴射させ付着させるスプレー塗布法を用いて腐食防止膜3を形成した。SEM観察で腐食防止膜3の形成状況を調査したところ、ミクロンオーダーのY(OH)の斑点状の塊が炭素鋼表面部に形成されていることが確認された。この観察結果から腐食防止膜3の付着均一性は低く、Y(OH)の付着量は90μg/cmであるが、皮膜厚さは炭素鋼の部位によりかなりのばらつきが存在することが判明した。
【0039】
次に、上記のように炭素鋼にY(OH)を付着させて調製した実施例に加えて、酸化皮膜および腐食防止膜を形成せず炭素鋼のみから成る試験片を比較例として用意した。そして、これらの2種の試験片の表面部を、実施例1と同様に、4MPaの圧力下において温度185℃で溶存酸素5ppb未満でありpHが9.8の熱水中に500時間浸漬する条件下で腐食試験を実施した。そして腐食試験前後における各試験片の重量変化から腐食量(腐食速度)を計算した。測定計算結果を図3に示す。
【0040】
図3に示す結果から明らかなように、炭素鋼のみから成る試験片と比較してY(OH)から成る腐食防止膜が付着された実施例2の試験片では、腐食速度が10分の1程度までに抑制され優れた腐食防止効果が発揮されることが判明した。このように、Y(OH)を構造材の表面に付着させることで、炭素鋼の腐食抑制作用が効果的に発揮されることが判明した。
【0041】
上述の実験結果に基づいて、加圧水型原子力発電設備の二次冷却系を構成する構造材表面にY(OH)を付着させた場合には、構造材の全面腐食の抑制効果、流動加速腐食による減肉抑制効果が発現することが期待できる。また、上記腐食防止効果は、腐食防止剤としてY(OH)を使用した場合に限らず、付着させる腐食防止剤として、Y(CO、Y(CHCOO)、Y(Cを使用した場合でも同様な効果が発現することが実験により確認されている。
【0042】
(実施例3)
次に腐食防止構造が運転温度(冷却水温度)の高低によって受ける影響を下記実施例3および図4を参照して説明する。
【0043】
本実施例3に係る高温水系の腐食防止構造は、概略図1(b)に示すような構造を有する。すなわち、本実施例の試験片は、腐食防止膜を付着する前の炭素鋼の表面を、#600の紙やすりにより表面を研磨し脱脂して酸化膜および異物を除去した状態としたものを用いた。そして、この炭素鋼の表面(新生面)にスプレー法によりY(OH)を付着させて実施例3に係る試験片を作製した。この試験片におけるY(OH)の付着量は、スプレー時間を調整して50μg/cmとした。なお、SEM観察で腐食防止膜3の形成状況を観察したところ、実施例2と同様に均一性は低かった。
【0044】
次に、上記のように炭素鋼にY(OH)を付着させて調製した実施例に加えて、酸化皮膜および腐食防止膜を形成せず炭素鋼のみから成る試験片を比較例として用意した。そして、これらの2種の試験片の表面部を、実施例1と同様に、4MPaの圧力下において温度が150℃と280℃との2通りで溶存酸素5ppb以下でありpHが9.8の熱水中に500時間浸漬する条件下で腐食試験を実施した。そして腐食試験前後における各試験片の重量変化から腐食量(腐食速度)を計算した。測定計算結果を図4に示す。
【0045】
図4に示す結果から明らかなように、温度が280℃と高い条件では、炭素鋼のみの腐食量も低下する。これは、温度が高いことにより形成された酸化皮膜の安定性が高いためと考えられる。そのため、Y(OH)の付着による腐食抑制作用は低減し、腐食速度に大きな差が現れない。一方、温度が150℃では、本試験条件で形成されるマグネタイト皮膜の溶解度が高いことから腐食速度は大きくなるが、Y(OH)の付着により腐食抑制作用が働くことが分かる。よって、Y(OH)の耐高温性から鑑みて加圧水型原子力発電設備の二次冷却水系統の運転温度である20℃以上350℃以下の冷却水環境において適用が可能である。
【0046】
また、図4から明らかなように、加圧水型原子力発電設備の二次冷却水系統では、脱気器以降で運転温度が150℃以上となる範囲において特に本実施例に係る腐食防止構造は効果的であり、系統内にYを含む薬剤を注入し、構造材表面に付着させることにより、構造材の全面腐食の抑制効果、流動加速腐食による減肉抑制作用が効果的に発現されることが期待できる。
【0047】
(実施例4)
次に、構造材表面に付着させる腐食防止剤の付着量の多少が及ぼす影響について、下記実施例4および図5を参照して説明する。
【0048】
本実施例4に係る高温水系の腐食防止構造は、概略図1(b)に示すような構造を有する。すなわち、本実施例4の試験片は、腐食防止膜を付着する前の炭素鋼の表面を、#600の紙やすりにより表面を研磨し脱脂して酸化膜および異物を除去した状態としたものを用いた。そして、この炭素鋼の表面(新生面)にスプレー法によりLaまたはY(OH)を付着させて実施例4に係る2通りの試験片を多数作製した。なお、LaまたはY(OH)の付着量は、スプレー時間を調整して0〜300μg/cmまでの範囲で変化させて調整した。
【0049】
次に、上記のように炭素鋼表面にLaまたはY(OH)を付着させて調製した実施例に加えて、酸化皮膜および腐食防止膜を形成せず炭素鋼のみから成る試験片を比較例として用意した。そして、これらの試験片の表面部を、実施例1と同様に、4MPaの圧力下において温度が185℃で溶存酸素5ppb以下でありpHが9.8の熱水中に500時間浸漬する条件下で腐食試験を実施した。そして腐食試験前後における各試験片の重量変化から腐食量(腐食速度)を計算した。測定計算結果を図5に示す。
【0050】
図5に示す結果から明らかなように、腐食防止膜の付着量が増加するに従って、腐食量が減少し腐食抑制効果が増加する傾向が確認できた。付着量が20μg/cm以上となる範囲では、腐食抑制効果は飽和し、ほぼ同程度の腐食速度となることが確認できた。したがって、腐食防止膜の付着量は、20〜120μg/cmの範囲で必要十分である。
【0051】
ここで、腐食試験前に付着量が約50μg/cmであった試験片について、腐食試験後に試験片表面に残る腐食防止剤の残存付着量を調べたところ、1μg/cm以下であることが確認された。
【0052】
この結果、LaまたはYを含有する薬剤の付着量は、常に一定に保持されていなくても、あるいは、運転期間途中で剥離して付着量が低下しても、施工された初期の段階で、一定の付着量が達成されていれば腐食防止効果が持続することが確認できた。加圧水型原子力発電設備の二次系統の構造材表面に均一の付着量で本腐食防止剤を付着させることは技術的に困難であり、冷却水の流れの影響や温度、高温水系の構造により腐食防止剤の付着量は大きく異なることが予想される。しかしながら前記のように、腐食防止剤の付着量が構造体の部位によって大きく異なった場合においても、当初の腐食防止効果が発現されるという技術的知見は重要な前提技術であり、実機適用に際しきわめて有用である。
【0053】
(実施例5)
次に、構造材表面に腐食防止剤を付着させる方法の相違が及ぼす影響について、下記実施例5および図6を参照して説明する。
【0054】
本実施例5に係る高温水系の腐食防止構造は、概略図1(b)に示すような構造を有する。すなわち、本実施例5の試験片は、腐食防止膜を付着する前の炭素鋼の表面を、#600の紙やすりにより表面を研磨し脱脂して酸化膜および異物を除去した状態としたものを用いた。そして、この炭素鋼の表面(新生面)にスプレー法または高温水中に薬剤を注入し付着させる水化学付着方法を用いて、Laを付着させて実施例5に係る2通りの試験片を作製した。なお、Laの付着量は、スプレー時間または高温水中への薬剤の注入量を調整して50μg/cmに調整した。
【0055】
ここで上記水化学付着方法は、付着させたい物質を流体中に存在させておき、流体の流れによって物質を構造材の表面に付着させる方法である。
【0056】
次に、上記のように炭素鋼表面に異なる方法でLaを付着させて調製した2種類の試験片の表面部を、実施例1と同様に、4MPaの圧力下において温度が185℃で溶存酸素5ppb以下でありpHが9.8の熱水中に500時間浸漬する条件下で腐食試験を実施した。そして腐食試験前後における各試験片の重量変化から腐食量(腐食速度)を計算した。測定計算結果を図6に示す。
【0057】
図6に示す結果から明らかなように、水化学付着方法によって付着形成した腐食防止膜は、スプレー法で形成した腐食防止膜と異なり、より均一に付着することができ、水化学付着法により形成した腐食防止膜の方が、腐食速度抑制作用が大きいことが確認された。
【0058】
加圧水型原子力発電設備の二次冷却水系統の運転中に高温冷却水にLaを含む物質を注入し、構造材表面に付着させることにより、均一性が高い腐食防止膜の付着が実現でき、全面腐食の抑制効果、流動加速腐食による減肉抑制効果が発揮されることが期待できる。同様の効果がYを含む物質を注入した場合においても同様に発揮できる。
【0059】
(実施例6)
次に、構造材表面に他の腐食防止剤としてLa(OH)またはY(COを付着させた場合の効果について、下記実施例6および図7を参照して説明する。
【0060】
本実施例6に係る高温水系の腐食防止構造は、概略図1(b)に示すような構造を有する。すなわち、本実施例6の試験片は、腐食防止膜を付着する前の炭素鋼の表面を、#600の紙やすりにより表面を研磨し脱脂して酸化膜および異物を除去した状態としたものを用いた。そして、この炭素鋼の表面(新生面)にスプレー法を用いて、La(OH)またはY(COを付着させて実施例6に係る2通りの試験片を作製した。なお、La(OH)またはY(COの付着量は、スプレー時間を調整して50μg/cmに調整した。
【0061】
次に、上記のように炭素鋼表面にLa(OH)またはY(COを付着させて調製した2種類の試験片の表面部を、実施例1と同様に、4MPaの圧力下において温度が185℃で溶存酸素が5ppb以下でありpHが9.8の熱水中に500時間浸漬する条件下で腐食試験を実施した。そして腐食試験前後における各試験片の重量変化から腐食量(腐食速度)を計算した。測定計算結果を図7に示す。
【0062】
図7に示す結果から明らかなように、炭素鋼表面にLa(OH)またはY(COを付着させて調製した2種類の試験片の腐食量を比較すると、腐食量に大きな差異は無いが、実施例1、2に示した炭素鋼のみから成る試験片と比較すると腐食速度が大幅に抑制されたことが確認された。
【0063】
上述の実施例6のようにLaの水酸化物またはYの炭酸塩を構造材表面に付着形成させることにより大きな腐食防止効果が得られることが実証でき、同様に加圧水型原子力発電設備の二次冷却水系の構造材表面に付着させた場合においても、構造材の全面腐食の抑制効果、流動加速腐食による減肉抑制効果が発揮されることが期待できる。
【符号の説明】
【0064】
1 構造材(炭素鋼)
2 酸化皮膜(酸化物層)
3 腐食防止膜(La膜、Y(OH)膜,La(OH)膜,Y(CO)3膜)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高温度の冷却水を通水する高温水系を構成する構造材の、冷却水と接触する側の表面に、LaおよびYの少なくとも一方を含有する物質から成る腐食防止膜を付着させたことを特徴とする高温水系の腐食防止構造。
【請求項2】
前記高温度の冷却水の温度が、20℃以上350℃以下であることを特徴とする請求項1記載の高温水系の腐食防止構造。
【請求項3】
前記Laを含有する物質が、La,La(OH)、La(CO、La(CHCOO)、La(Cのいずれかであること特徴とする請求項1記載の高温水系の腐食防止構造。
【請求項4】
前記Yを含有する物質が、Y(OH)、Y(CO、Y(CHCOO)、Y(Cのいずれかであること特徴とする請求項1記載の高温水系の腐食防止構造。
【請求項5】
前記構造材が、炭素鋼、銅合金、Ni基合金のいずれかであることを特徴とする請求項1記載の高温水系の腐食防止構造。
【請求項6】
前記LaおよびYの少なくとも一方を含有する物質の付着量が1μg/cm以上200μg/cm以下であることを特徴とする請求項1記載の高温水系の腐食防止構造。
【請求項7】
高温度の冷却水を通水する高温水系を構成する構造材の腐食防止方法において、
LaおよびYの少なくとも一方を含有する腐食防止剤を調製する工程と、
調製した腐食防止剤を上記構造材の冷却水と接触する側の表面に付着させる工程とを備えることを特徴とする高温水系の腐食防止方法。
【請求項8】
前記腐食防止膜を付着させる前に、構造材の冷却水と接触する側の表面を、予め機械加工処理、高温水中への浸漬処理および化学洗浄処理のいずれかの処理を実施することを特徴とする請求項7記載の高温水系の腐食防止方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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