説明

高疲労強度ボルトおよびその製造方法

【課題】本発明は、現状の素材の化学成分やボルト形状を変更することなく、疲労強度を向上させたボルトおよびその製造方法を提供する。
【解決手段】ボルトのねじ部のうち、不完全ねじ部からボルトとナットとの噛合い端部から3山分噛合った部分までのねじ谷部にキャビテーション噴流を噴射することを特徴とする高疲労強度ボルトの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車および各種産業機械で用いられる高疲労強度ボルトおよびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車および各種産業機械に用いられているボルトは、繰返し応力を受けるので疲労強度が重要な特性となっている。またボルトの高強度化においては遅れ破壊特性も求められる。
【0003】
疲労強度の向上に関する技術としては、一般的には、ボルトの化学成分や形状の調整や各種方法による圧縮残留応力の付与がある。
例えば、特許文献1には、非調質ボルトの疲労強度を化学成分の調整と組織制御によって向上させる技術が開示されている。
【0004】
特許文献2には、ボルトのねじ谷形状の改善により、耐遅れ破壊特性および耐疲労特性を向上させる技術が開示されている。
【0005】
特許文献3には、表面処理方法として、キャビテーションピーニングを用いてCVTベルト用エレメントの表面硬度の向上や洗浄に関する技術が開示されている。
【0006】
特許文献4には、ショットピーニングを用いて、ボルトの耐遅れ破壊特性および耐疲労特性を向上させる技術が開示されている。
【0007】
特許文献5には、ボルトの首下丸み部を冷間加工による加工硬化と圧縮残留応力の付与により疲労強度を向上させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2003−321745号公報
【特許文献2】特開2003−4016号公報
【特許文献3】特開2008−246638号公報
【特許文献4】特開平6−229409号公報
【特許文献5】特開平7−180714号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1の疲労強度の向上技術は、化学成分の調整によるためコストアップという課題がある。特許文献2では、ボルトのねじ谷形状の改善により応力集中を低減しているが、疲労強度や遅れ破壊特性の具体的な向上技術は明確になっていない。特許文献3では、CVTベルト用エレメントに限定されており、疲労強度の具体的な向上技術は明確になっていない。
【0010】
特許文献4ではショットピーニングを用いることにより、ノッチ部表面が滑らかな形状となることが記載されているが、具体的データは記載されておらず、その効果は、型磨耗に起因した製品のエッジが改善できる程度とされており、広い意味での表面粗さの改善には繋がっていない。特許文献5では、ボルトの首下丸み部の疲労強度の向上に関する技術であり、ボルトのネジ部の疲労強度の向上技術ではない。
【0011】
従って、本発明は、現状の素材の化学成分やボルト形状を変更することなく、疲労強度を向上させたボルトおよびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記課題を解決するために、鋭意研究を重ねた結果、以下の知見を得た。
(1)ボルトにキャビテーション噴流を噴射することによって、ネジ部や首下R部の表面粗さを劣化させることなく圧縮残留応力を付与でき、それによって、疲労強度が向上できること。
(2)不完全ねじ部からボルト締結時にナットとの噛合い端部から3山分噛合った部分までのねじ谷部に、キャビテーション噴流を噴射することによって、疲労強度が向上できること。
(3)ボルトのねじ谷部に沿って、5mm/秒以下の移動速度で移動しながら、キャビテーション噴流を噴射することによって、効果的に疲労強度を向上できること。
【0013】
本発明は、上記の知見を基に、更に検討を加えてなされたもので、本発明の要旨は、以下の通りである。
【0014】
第一の発明は、ボルトのねじ部のうち、不完全ねじ部からボルトとナットとの噛合い端部から3山分噛合った部分までのねじ谷部にキャビテーション噴流を噴射することを特徴とする高疲労強度ボルトの製造方法である。
【0015】
第二の発明は、キャビテーション噴流をボルトのねじ谷部に沿って、移動しながら噴射することを特徴とする第一の発明に記載の高疲労強度ボルトの製造方法である。
【0016】
第三の発明は、キャビテーション噴流をボルトのねじ谷部に沿って、5mm/秒以下の移動速度で移動しながら噴射することを特徴とする第一の発明または第二の発明に記載の高疲労強度ボルトの製造方法である。
【0017】
第四の発明は、第一の発明乃至第三の発明のいずれかに記載の高疲労強度ボルトの製造方法によって製造されたことを特徴とする高疲労強度ボルトである。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、ボルトのねじ部等にキャビテーション噴流を噴射するので高い疲労強度を有するボルトが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】一般的なボルトセットの模式図で、キャビテーションピーニング噴射の位置関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
第一の発明では、ボルト1のねじ部4におけるキャビテーション噴流の噴射部位を不完全ねじ部5からボルトとナットとの噛合い端部から3山分噛合った部分までの範囲としている。前記範囲を図1に斜線(S)で示す。
【0021】
ボルト1とナット2との噛合い状態では、不完全ねじ部5と遊びねじ部6(遊びねじ部とは、不完全ねじ部5に続く完全ねじ部であって、ボルト1とナット2との噛合い端部までの範囲をいう)及びナット2とボルト1との噛合い端部7での応力集中が高くなるからである。また最初の3山部分とした理由は、以下の通りである。
【0022】
M22ボルトとナットを噛合わせた場合のボルトねじ山の荷重分担率は、ナットとボルトとの噛合い端部から奥にはいるに従い、1つのねじ山の荷重分担率は低減する傾向にあり、ナットとの噛合い端部から3山でボルトが受ける全荷重の約50%を負担しているので、この範囲の疲労強度を強化するためにキャビテーション噴流を噴射することとした。
キャビテーション噴流を噴射することによって、表面粗さを劣化することなく圧縮残留応力を付与でき、疲労強度を向上できるからである。
【0023】
なお、本キャビテーション噴流の噴射は、ボルト1での締結時にナット2の使用に限定されず、タップにより加工された雄ねじに締め込む時にも適用できる。
【0024】
また、キャビテーション噴流の噴射は、ねじ谷部に限定されず、ボルトのねじ部4以外で応力集中が大きくなるボルト首下R部8や必要に応じて、軸部(図1の符号5から符号8の間の円筒部)にキャビテーション噴流を噴射するのが良い。これによって、ボルト全体の疲労強度を向上することができるからである。この場合、ボルト首下R部8は、ボルト1を中心軸周りに5回転/秒以下の回転速度で、軸部は、ボルト1を中心軸周りに5回転/秒以下の回転速度で回転し、且つボルト軸方向に5mm/秒以下の移動速度で移動しながら、キャビテーション噴流を噴射するのが好ましい。なお、何れも回転速度5回転/秒超え、移動速度5mm/秒超えでは、疲労強度の向上に必要な残留応力の付与がなされないからである。
【0025】
第二の発明では、キャビテーション噴流の噴射方法を限定しているが、ボルトのねじ谷部に沿った方向で噴射を行わないと、噴射が確実に行われない可能性があるからである。
【0026】
第三の発明は、さらに、キャビテーション噴流の移動速度を限定している。キャビテーション噴流のボルトのねじ谷部に沿った移動速度5mm/秒超えで噴射すると、疲労強度の向上に必要な残留応力の付与がなされないので、ねじ谷部に沿った移動速度を5mm/秒以下とした。
【0027】
第四の発明は、第一の発明乃至第三の発明のいずれかに記載の高疲労強度ボルトの製造方法によって製造された高疲労強度ボルトである。
【実施例1】
【0028】
本発明を実施例により比較例と対比して説明する。
【0029】
JIS SCM435製のF10T・M22×100ボルトを用いて下記に示すキャビテーション噴流の噴射条件でキャビテーションピーニングを行い、ねじ谷の残留応力と表面粗さを測定後、疲労試験を行った。比較例として、ショットピーニング処理も行った。
【0030】
キャビテーション噴流の噴射条件
高圧水圧力:15MPa、低圧水圧力:0.04MPa、ノズル距離20mmとした。
【0031】
なお、噴射条件は、本条件に限定されるものではなく、疲労強度向上に必要な圧縮残留応力や表面粗さが得られる条件であればよい。
【0032】
ショットピーニング条件
ショット粒は直径0.8mm、硬さHRC60でアークハイト0.45mmA、カバレージ100%である。
【0033】
残留応力測定
X線残留応力測定装置にて、ねじ谷表面を測定した。「−」表示は圧縮残留応力を意味する。
【0034】
表面粗さ測定
ねじ面上を表面粗さ計にて測定し、最大高さ(Rz)で評価した。測定方法はJIS B0601:2001によった。
【0035】
疲労試験
負荷応力をボルト強度の70%(735MPa)とし、応力振幅を変化させて、引張圧縮型疲労試験機を用いて行った。10回での疲労限度を疲労強度とした。
【0036】
試験結果を表1に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
No.4、5は、キャビテーション噴流をボルトのねじ谷部に沿って噴射する移動速度が、本発明の範囲である5mm/秒を超えているため、圧縮残留応力が小さく疲労強度が低下している。
【0039】
No.6はキャビテーション噴流の噴射部位が本発明の範囲からずれているため、噴射されていない部位での残留応力がキャビテーション噴流の噴射前の状態である。従って、疲労強度はキャビテーション噴流の噴射前の状態に相当し、疲労強度の向上はなされていない。
【0040】
No.7はショットピーニングによるものであり、圧縮残留応力は十分大きいが、表面粗さ(最大高さ(Rz))が大きく、残留応力が高い割りには、疲労強度が低い値となっている。
【0041】
No.1〜3は、キャビテーション噴流の噴射部位が本発明の範囲内であり、また、キャビテーション噴流の噴射移動速度も本発明の範囲にあり高い疲労強度が得られている。
【符号の説明】
【0042】
1 ボルト
2 ナット
3 ワッシャー
4 ねじ部
5 不完全ねじ部
6 遊びねじ部
7 ナットと雄ねじとの噛合い端部
8 ボルト首下R部
9 締付け板
S キャビテーション噴流噴射範囲

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ボルトのねじ部のうち、不完全ねじ部からボルトとナットとの噛合い端部から3山分噛合った部分までのねじ谷部にキャビテーション噴流を噴射することを特徴とする高疲労強度ボルトの製造方法。
【請求項2】
キャビテーション噴流をボルトのねじ谷部に沿って、移動しながら噴射することを特徴とする請求項1に記載の高疲労強度ボルトの製造方法。
【請求項3】
キャビテーション噴流をボルトのねじ谷部に沿って、5mm/秒以下の移動速度で移動しながら噴射することを特徴とする請求項1または2に記載の高疲労強度ボルトの製造方法。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかに記載の高疲労強度ボルトの製造方法によって製造されたことを特徴とする高疲労強度ボルト。

【図1】
image rotate